2026年2月26日

(院長の徒然コラム)

はじめに
こんばんは、院長です。
最近小難しいコラムばかり書いてきたので、ちょっと箸休めのコラムと参りましょう。
現代社会において、ビジネスパーソンは常に多忙な日々を送っています。
会議、商談、出張、そして終わりの見えない残業……。
このような環境下で、私たちは自身の健康維持に努めていますが、その中でも特に見過ごされがちなのが「口腔健康」です。
虫歯や歯周病といった口腔内のトラブルは、放置すると痛みを伴うだけでなく、全身の健康にも悪影響を及ぼすことが科学的に証明されています。
しかし、「痛みがなければ大丈夫」「忙しいから後回し」という考えから、未処置のう蝕(Decayed Teeth: DT)を抱えているビジネスパーソンは少なくありません。
特に、仕事の性質上、不規則な生活を強いられがちな男性営業職は、口腔健康において特有のリスクを抱えています。
(もちろん女性営業職の方もリスクが同等あるのですが、今回の紹介論文のタイトルの都合上、ご容赦ください。)
彼らの口腔内はどのような状況にあり、未処置う蝕の背景にはどのような要因が隠されているのでしょうか。
今回は、2019年に石塚氏らよって発表された「男性営業職における未処置う蝕に関連する要因:インターネット調査」と、私が持つ広範なエビデンスや研究データを基に、この重要なテーマを深掘りし、効果的な対策を考察します。
営業職が直面する口腔健康リスクの特異性
営業職という仕事は、顧客との対面が多いため、身だしなみの一環として口腔ケアに気を配る意識は高いかもしれません。
しかし、その一方で、口腔健康を脅かす多くの要因に晒されています。
例えば、不規則な勤務時間、移動中の食事、外食や間食の増加、喫煙、そして仕事に伴うストレスなどです。
これらの要素は、口腔内の環境を悪化させ、う蝕や歯周病のリスクを高める可能性があります。
石塚氏らの研究では、30歳から49歳という働き盛りの男性営業職142名を対象に、インターネット調査を通じて口腔健康の実態を詳細に分析しました。
この年齢層は、キャリアにおいて重要な時期であり、家庭を持つ者も多く、心身ともに多大な負担を抱えがちです。
調査の結果、回答者の約28%にあたる40名が未処置う蝕を抱えていることが判明しました。
この数値は決して低いものではなく、多くの男性営業職が自覚のないまま、あるいは自覚しながらも口腔内の問題を放置している現実を浮き彫りにしています。
(隠れているう蝕もあるので、実際はもっともっと高いでしょう。)
口腔疾患は、単なる口の中の問題ではありません。
う蝕や歯周病は、糖尿病、心血管疾患、脳卒中、誤嚥性肺炎など、多くの全身疾患と密接に関連していることが近年明らかになってきています。
例えば、歯周病菌が血流に乗って全身に広がり、炎症反応を引き起こすことで、これらの疾患を悪化させたり、発症リスクを高めたりするのです。
したがって、男性営業職における口腔健康問題は、個人の生活の質(QOL)だけでなく、企業全体の生産性や医療費負担にも影響を及ぼしうる、見過ごすことのできない重要な課題と言えるでしょう。
データが示す未処置う蝕の実態
石塚氏らの研究は、未処置う蝕を持つ男性営業職の特徴と、その背景にある要因を詳細に明らかにしました。
特に注目すべきは、「夜勤勤務」と「歯科受診行動の欠如」という二つの各々のリスク要因です。
夜勤勤務がもたらす深刻な影響
紹介論文の最も重要な発見の一つは、夜勤勤務が未処置う蝕を持つリスクを約3.5倍高めるという事実です。
これは非常に説得力のある数値であり、夜勤が単なる全身の疲労に留まらず、口腔健康にも深刻な影響を与えていることを示唆しています。
夜勤勤務が口腔健康を損なうメカニズムは多岐にわたります。
まず、人間の生体リズムである概日リズムが乱れることで、唾液の分泌量が減少することが知られています。
唾液には、口腔内の洗浄作用、抗菌作用、再石灰化作用などがあり、う蝕予防に不可欠です。
唾液量が減少すると、口腔内が乾燥しやすくなり(口腔乾燥症)、細菌の繁殖が促進され、う蝕リスクが高まります。
また、夜勤中はストレスが増大しやすく、ストレスは免疫力の低下を招くため、口腔内の炎症反応(歯周病や口内炎など)が悪化する可能性もあります。
さらに、夜勤に伴う不規則な食生活も大きな問題です。
紹介論文では、未処置う蝕を持つグループの方が、間食を多く取る傾向にあることが指摘されています。
夜間はコンビニエンスストアなどで手軽に購入できる加工食品や甘い飲料を摂取する機会が増えがちです。
これらは砂糖を多く含み、口腔内のpHを低下させるため、う蝕菌が活発に活動しやすくなります。
加えて、夜勤明けの疲労により、適切な歯磨きなどの口腔ケアがおろそかになることも、未処置う蝕の進行を助長する要因となります。
このように、夜勤は生活習慣全般を乱し、結果として口腔健康に複合的な悪影響を与えるのです。
歯科受診行動の有無が明暗を分ける
もう一つの重要な発見は、過去6ヶ月以内に歯科医院を受診していないことが、未処置う蝕を持つ独立したリスク要因であるという点です(オッズ比0.084)。
このオッズ比が1を下回るということは、定期的な歯科受診が未処置う蝕のリスクを大幅に減少させることを意味します。
定期的な歯科検診は、口腔疾患の予防と早期発見において極めて重要です。
う蝕は初期段階では自覚症状がほとんどなく、痛みを感じる頃にはかなり進行しているケースが少なくありません。
歯科医師や歯科衛生士によるプロフェッショナルクリーニングは、歯磨きだけでは除去しきれないプラークや歯石を除去し、口腔内を清潔に保つ上で不可欠です。
日本には国民皆保険制度があり、歯科医療へのアクセスは世界的に見ても非常に良好です。
しかし、紹介論文の調査結果では、未処置う蝕を持つグループの方が、過去6ヶ月以内の歯科受診が少ないことが示されています。
これは、制度的なアクセスがあるにもかかわらず、個人の意識や行動が伴っていない現実を浮き彫りにしています。
自覚症状と治療行動の乖離、そして歯科治療への心理的障壁
興味深いことに、紹介論文では未処置う蝕を持つグループが、冷たいものを飲食するときの痛み、歯や歯茎の痛み、頻繁な口内炎といった自覚症状をより多く訴える傾向があることが示されています。
しかし、これらの症状がありながらも、彼らは治療を放置しているという乖離が見られます。
この背景には、歯科治療に対する心理的な障壁が存在することが考えられます。
未処置う蝕を持つグループは、歯科受診ができない理由として「複数回の治療が必要だから」や「治療が好きではないから」と回答する割合が有意に高い結果でした。
これは、歯科治療に伴う時間的・身体的負担への抵抗感や、歯科恐怖症といった心理的な側面が、治療を遠ざける大きな要因となっていることを示唆しています。
一方で、未処置う蝕がないグループは、「希望するときに歯科に行けない」という時間的な制約を挙げる傾向にありました。
これは、未処置う蝕がないグループは治療意欲はあるものの、忙しさで受診が難しいのに対し、未処置う蝕を持つグループは治療自体への抵抗感が強い、という違いを示唆していると言えるでしょう。
また、未処置う蝕を持つグループでは間食が多い傾向も確認されました。
痛みを抱えながらも間食が止められない背景には、ストレスや不規則な生活が影響している可能性も考えられます。
甘いものは一時的にストレスを軽減する効果があるかもしれませんが、う蝕を悪化させる悪循環を生み出します。
口腔健康を守るための多角的アプローチ
男性営業職における未処置う蝕の問題は、個人の努力だけでなく、企業や社会全体でのアプローチが不可欠です。
石塚氏らの論文が示すエビデンスに基づき、具体的な対策を記載してみます。
1. 個人の意識改革と実践:今日からできるセルフケアとプロフェッショナルケア
①定期的な歯科検診とプロフェッショナルクリーニングの習慣化
最低でも半年に一度は歯科医院を受診し、検診とクリーニングを受けましょう。
自覚症状がなくても、初期のう蝕や歯周病は進行している可能性があります。
定期的なチェックは、将来的な大掛かりな治療を防ぐための最も効果的な投資です。
②適切なセルフケアの徹底
毎日の歯磨きは、フッ素配合歯磨き粉を使用し、歯ブラシだけでなく歯間ブラシやデンタルフロスを併用して歯と歯の間の汚れもしっかり除去しましょう。
特に夜勤従事者は、口腔乾燥対策として保湿剤の使用や水分補給をこまめに行うことも重要です。
③食生活の見直し
間食の回数を減らし、砂糖を多く含む飲食物の摂取を控えましょう。
どうしても間食が必要な場合は、キシリトールガムやチーズなど、口腔健康に優しいとされる食品を選ぶように心がけてください。
④歯科治療への向き合い方
歯科治療に対する不安や恐怖心がある場合は、そのことを歯科医師に伝えましょう。
最近では、痛みの少ない治療法や、患者さんの不安に寄り添う丁寧なカウンセリングを行う歯科医院が増えています。
適切なコミュニケーションを通じて、信頼できる歯科医院を見つけることが重要です。
2. 企業が果たすべき役割:従業員の口腔健康をサポートする環境整備
①職域歯科検診の導入・奨励
企業は従業員の健康経営の一環として、職域歯科検診を積極的に導入すべきです。
特に夜勤従事者など、通常の勤務時間中に歯科受診が難しい従業員に対しては、特別休暇の付与や、勤務時間外に受診できる体制の整備を検討することが求められます。
②口腔衛生教育の機会提供
従業員向けに、口腔健康に関するセミナーや情報提供の機会を設けることで、口腔健康リテラシーの向上を促します。
う蝕や歯周病の予防法、全身疾患との関連性など、専門的な知識を分かりやすく伝えることが大切です。
③歯科受診を促すための制度設計
歯科治療に要する時間に対する理解を示し、治療のための特別休暇やフレックスタイム制度の活用を奨励するなど、従業員が歯科受診しやすい環境を整えることが、結果として従業員の健康維持と生産性向上に繋がります。
④職場環境の改善
ストレス軽減のための施策導入や、健康的な間食の選択肢を提供するなど、従業員の生活習慣全体をサポートする取り組みも口腔健康に間接的に良い影響を与えます。
終わりに:口腔健康は未来への投資
営業職における未処置う蝕の問題は、単なる口のトラブルに留まらず、夜勤勤務という働き方や歯科受診に対する心理的・時間的障壁など、多岐にわたる要因が複雑に絡み合って生じていることが、示されています。
この問題を解決するためには、個人が自身の口腔健康に対する意識を高め、適切なセルフケアと定期的なプロフェッショナルケアを実践すること。
そして、企業が従業員の口腔健康を積極的にサポートし、受診しやすい環境を整備することが不可欠です。
口腔健康は、全身の健康の入り口であり、日々の仕事のパフォーマンスや、ひいては人生の豊かさにも直結する重要な要素です。
未処置のう蝕を放置することは、将来的に大きな痛みや治療費、そして全身疾患のリスクを抱えることに繋がります。
営業職の皆さまが自身の口腔健康に真剣に向き合い、今日からできる小さな一歩を踏み出すことで、より健康的で充実したビジネスライフ、そして豊かな人生を送れることを心から願っています。
