2026年2月17日

(院長の徒然コラム)

はじめに
皆さんは冷たいものを飲んだとき、歯が痛くなった事はありますか?
現代社会において、人々の健康意識が高まるにつれ、口腔内の健康維持への関心も増していますが、その中で多くの人々が日常的に経験しながらも、適切な対処法が見つかりにくい症状の一つに「知覚過敏症」があります。
冷たいものがしみる、歯ブラシの毛先が触れると痛む、といった不快な症状は、生活の質(QOL)を著しく低下させる要因となります。
知覚過敏症の治療法は多岐にわたりますが、近年、歯科医療分野におけるレーザー技術の進化が、この難題に新たな解決策をもたらしています。
特にCO2レーザーは、その独特な特性から象牙細管の封鎖に高い効果を発揮するとされ、大きな期待が寄せられています。
しかし、どのような条件下でレーザーを照射すれば、最も効果的かつ安全に象牙細管を封鎖できるのか、その詳細なメカニズムは未だ十分に解明されているとは言えません。
今回のコラムでは、最新の研究論文「知覚過敏症罹患モデル象牙質を用いたCO2レーザーによる象牙細管封鎖性-CO2レーザーの照射距離と照射速度の影響-」(歯科医学 2025)の内容を深く掘り下げながら、知覚過敏症のメカニズムからCO2レーザー治療の最前線、そしてその適切な照射条件と臨床応用の可能性について、詳細に解説します。
知覚過敏症に悩む方々、そして歯科医療に携わっている幼従事者の方々にとって有益な情報を提供することになればと思います。
1. 知覚過敏症とは何か? その痛みの根源「動水力学説」を理解する
知覚過敏症とは、虫歯や歯周病がないにもかかわらず、冷たい飲食物や歯ブラシの接触、甘いもの、風といった刺激によって歯に瞬間的で鋭い痛みが走る状態を指します。日本国内だけでも多くの人々がこの症状に悩まされており、厚生労働省の調査(令和4年歯科疾患実態調査)からも、成人における残存歯数の増加に伴い、知覚過敏症を訴える患者が増加していることが分かっています。
この痛みのメカニズムは、主に「動水力学説(Hydrodynamic theory)」によって説明されます。
歯の表面は、最も硬いエナメル質で覆われていますが、歯周病による歯肉の退縮や、過度な歯磨きによる歯の摩耗、酸蝕症などによってエナメル質が失われ、その下にある「象牙質」が露出することがあります。
象牙質には、歯髄(歯の神経)へと続く無数の微細なトンネル、すなわち「象牙細管」が存在します。
この象牙細管の内部には、液体(象牙細管液)が満たされており、外部からの刺激(冷たいもの、風など)によって象牙細管液が動くと、その動きが歯髄内の自由神経終末を刺激し、痛みを引き起こすと考えられています。
つまり、知覚過敏症の根本的な原因は、象牙細管の開口と、そこから生じる象牙細管液の動きにあると言えます。
したがって、知覚過敏症の治療においては、いかにして象牙細管を効果的に閉鎖し、外部からの刺激を遮断するかが重要な鍵となります。
2.従来の知覚過敏症治療:そのアプローチと課題
従来の知覚過敏症治療の多くは、この象牙細管を物理的、あるいは化学的に閉鎖することに主眼を置いてきました。
《従来の主な治療アプローチ》
①薬剤塗布による治療
最も一般的で手軽な治療法の一つが、知覚過敏抑制効果のある薬剤の塗布です。
⚫︎フッ化物
フッ素は象牙細管内でフッ化カルシウムを形成し、象牙細管を物理的に閉鎖したり、象牙質表面を強化したりする効果があります。
フッ素入り歯磨剤の使用や、歯科医院での高濃度フッ素塗布が行われます。
⚫︎硝酸カリウム
硝酸カリウムは、歯髄神経の過敏性を抑制することで痛みを緩和する作用があります。
多くの知覚過敏症用歯磨剤に配合されています。
⚫︎シュウ酸塩製剤
シュウ酸カルシウムの結晶を象牙細管内に沈着させ、閉鎖する目的で使用されます。
⚫︎レジン系シーリング材・接着剤
露出した象牙質表面を、レジンや接着剤で物理的に被覆し、刺激の伝達を遮断します。
②イオン導入法
微弱な電流を用いて、フッ化物やその他の薬剤イオンを象牙細管内に効率的に浸透させる方法です。
薬剤の浸透を深めることで、より効果的な象牙細管の閉鎖を目指します。
③物理的な被覆・充填
歯肉退縮が著しく、根面が広範囲に露出している場合などには、レジンなどの歯科用材料を用いて、露出した象牙質を直接的に被覆・充填することで刺激を遮断します。
また、歯肉移植術によって、露出した根面を歯肉で覆う外科的な治療法も存在します。
《従来の治療法の課題と限界》
これらの従来の治療法は、多くの患者さんに対して効果を発揮しますが、いくつかの課題も抱えています。
⚫︎一時的な効果と再発
薬剤塗布やシーリング材による被覆は、時間とともに効果が薄れたり、摩耗によって象牙細管が再び開口したりすることが少なくありません。
保存療法の治癒率は60~70%程度との報告もあり、症状の再発の可能性があるります。
一度症状が改善しても、再発に悩む患者さんも少なくありません。
⚫︎効果の個人差
同じ薬剤や処置を行っても、患者さんの象牙質の状態、知覚過敏症の重症度、生活習慣などによって効果に個人差が生じやすいという側面があります。
⚫︎処置の侵襲性
接着性材料による被覆などは、歯面をわずかに削合する必要がある場合もあり、完全に非侵襲的とは言えません。また、外科的な処置は、患者さんの負担も大きくなります。
これらの課題は、より確実で持続性のある、そして低侵襲な知覚過敏症治療法の開発が求められる背景となっています。
近年注目されるCO2レーザー治療は、まさにこうした従来の治療法の限界を克服する可能性があるのです。
3.知覚過敏症治療の進化:レーザー技術による治療
上記のような背景から、生体への侵襲が少なく、より確実な治療効果が期待できる「レーザー治療」が注目されるようになりました。
レーザー治療は、その出力や波長によって、生体組織に様々な影響を与えます。大きく分けて、低出力レーザー治療(Low Reactive Level Laser Therapy: LLLT)と高出力レーザー治療(High Reactive Level Laser Therapy: HLLT)があります。
LLLTは、生体の光化学作用を利用し、歯髄神経の鈍麻や象牙芽細胞の活性化を促すことで、知覚過敏症状の緩和や治癒を促進する効果が期待されます。
一方、HLLTは、レーザーの熱作用を利用して象牙質表層のタンパク質を凝固させたり、象牙細管自体を融解・封鎖したりすることを目的とします。
特にCO2レーザーは、その波長特性から水分やハイドロキシアパタイトに対する吸収性が非常に高く、象牙質の表面に作用しやすい「表面吸収型レーザー」として、象牙細管の直接的な封鎖に適していると考えられています。
この特性が、他のレーザー(例えばEr:YAGレーザーやNd:YAGレーザー)との大きな違いであり、CO2レーザーが知覚過敏症治療において独自の地位を確立する理由となっています。
4. レーザーによる象牙細管封鎖性のメカニズムと適切な照射条件
今回の紹介研究論文は、CO2レーザーを用いた知覚過敏症治療の最適な照射条件を科学的に解明しようとするものです。この研究では、特に「照射距離」と「照射速度」が象牙細管の封鎖性にどのように影響するかを詳細に検証しています。
①研究の目的と方法
研究者らは、ウシの歯から作製した象牙質ディスクを「知覚過敏症罹患モデル象牙質」として使用しました。
これは、リン酸と次亜塩素酸ナトリウム処理によって象牙細管を人工的に開口させ、ヒトの歯髄内圧に近い25mmHgの圧力をかけた状態で、象牙細管内の液体(人工DF、牛血清の4倍希釈液)の移動量を測定するという、臨床を再現したモデルです。
使用されたCO2レーザーは、Bel Laser(BL)とPanalas C05Σ(PA)の2種類であり、これらのレーザーを、以下の異なる条件で象牙質ディスクに照射しました。
⚫︎照射出力:どちらも2W
⚫︎照射距離:0mm(レーザーチップを試料表面に接触させる)または2mm(試料表面から2mm離す)
⚫︎照射速度:low-speed(1.0mm/s)またはhi-speed(2.3mm/s)
これらの条件の組み合わせで計8グループ(BL0lo, BL2lo, PA0lo, PA2lo, BL0hi, BL2hi, PA0hi, PA2hi)に分け、レーザー照射前後の象牙細管液の移動量を測定し、「象牙質透過抑制率」を算出しました。
透過抑制率が高いほど、象牙細管が効果的に封鎖されたことを意味します。
さらに、レーザー照射後の象牙質表面を、共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)と走査電子顕微鏡(SEM)で観察し、象牙細管の閉鎖状態や表面の変化を詳細に確認しました。
②主要な研究結果と考察
⚫︎low-speed(1.0mm/s)での照射
BL0lo群(Bel Laser、照射距離0mm)が、BL2lo群(Bel Laser、照射距離2mm)およびPA2lo群(Panalas C05Σ、照射距離2mm)よりも有意に高い透過抑制率を示しました。
これは、照射距離が0mmの場合、レーザーのエネルギーが象牙質表面に最も効率的に伝達されたことを示唆しています。
照射距離が2mmになると、エネルギーが減衰するだけでなく、レーザーの焦点が広がり、単位面積当たりのエネルギー密度(フルエンス)が低下するため、封鎖効果が低下したと考えられます。
Bel Laser(BL)は、Panalas C05Σ(PA)に比べてデューティ比(レーザーがONになっている時間の割合)が高く、結果的にエネルギー密度が優れていました(BL: 42 J/cm²、PA: 20 J/cm²)。
このことが、BLの良好な封鎖性の一因と考えられます。
SEMやCLSM観察では、すべての条件で象牙細管が「凝集構造物」によって封鎖されていることが確認されました。
重要な点は、炭化層や亀裂といった、歯質に有害な熱変性が認められなかったことです。
これは、本研究で採用された照射条件が、歯質に過度なダメージを与えることなく象牙細管を封鎖できる可能性を示しています。
⚫︎hi-speed(2.3mm/s)での照射
すべてのグループ(BL0hi, BL2hi, PA0hi, PA2hi)間で、透過抑制率に有意差は認められませんでした。
これは、low-speedの場合と比較して、hi-speedでは各レーザーのエネルギー密度の差が小さく(BL: 18 J/cm²、PA: 8 J/cm²)、照射距離によるエネルギー減衰の影響も相対的に小さくなったためと考察されています。
low-speedと同様に、hi-speedでもSEMやCLSM観察により凝集構造物による象牙細管の封鎖が確認され、炭化層や亀裂は認められませんでした。
③この研究が示すこと
今回の論文研究の最も重要な発見は、CO2レーザーによる象牙細管封鎖において、「照射距離」と「照射速度」がエネルギー密度を通じて封鎖効果に影響を与えることです。
特に、デューティ比が高い照射モード(Bel LaserのBPモード)が、より良好な象牙細管封鎖性を有することが示されました。
また、適切な照射条件を選択すれば、歯質に有害な熱変性を起こすことなく、象牙細管を効果的に封鎖できる可能性が示されたことは、臨床応用におけるCO2レーザーの安全性と有効性を示すエビデンスとなりえます。
5.安全なレーザー治療のために:歯髄への影響と適切な使用法
レーザー治療を臨床に応用する上で、最も懸念される点の一つは、歯髄(歯の神経)への熱影響です。
レーザー照射によって歯髄の温度が過度に上昇すると、不可逆的な歯髄の損傷を引き起こす可能性があります。
研究論文の考察でも、この点について複数の先行研究が引用されています。
例えば、サルを用いた動物実験では、CO2レーザーを3Wで2秒間照射しても歯髄に障害は認められなかったと報告されています。
また、ヒトの抜去歯を用いた実験では、2WのCO2レーザーを2.5秒間連続照射した場合、大臼歯で1.12℃の温度上昇が測定されたという結果もあります。
しかし、一方で別の研究では、サルで歯髄腔壁の温度が5.5℃上昇すると15%の歯髄が壊死する可能性が示されており、レーザー照射条件の慎重な設定が求められます。
本研究論文においては、レーザーのハンドピースを「移動」させることで照射を行っており、しかも「往復照射」ではなく一方向への移動のみで行われています。
この照射方法により、特定の部位に熱が集中することを防ぎ、歯髄への熱影響は極めて低いと考えられると研究者らは述べています。
実際に、論文研究の照射条件(18~42 J/cm²)では、歯質表面に炭化層や亀裂が認められなかったことからも、歯髄への過度な熱影響を抑えられていることが示唆されます。
臨床におけるCO2レーザー治療では、この「ハンドスピード」の適切な制御が非常に重要となります。
今回の紹介論文では、ハンドスピードに関する詳細な報告が少ないとしながらも、hi-speed(2.3mm/s)であっても、薬物塗布と同程度の象牙細管封鎖性が見込める可能性を指摘しています。
これは、実際の臨床現場で術者が比較的動かしやすい速度でも、十分に効果が得られる可能性を示しており、安全性と効率性の両面から非常に重要な示唆と言えます。
したがって、歯科医師は、レーザー機器の特性(デューティ比、出力など)を十分に理解し、さらに照射距離とハンドスピードを適切に調整することで、知覚過敏症に対する安全かつ効果的なCO2レーザー治療を提供できると言えるのです。
6.CO2レーザー治療の臨床的意義と今後の展望
本研究の成果は、CO2レーザーによる知覚過敏症治療の臨床応用において、有用なテータを提供してくれています。
まず、デューティ比が高いCO2レーザー機器を用いることが、象牙細管の封鎖において有利であることが示されました。
これは、歯科医院でレーザー機器購入の際の機器選択の重要な指標となります。
次に、照射距離を短くする(0mm)ことが、low-speed照射において、より高い封鎖効果をもたらすことが明らかになりました。
これは、レーザー照射時の物理的距離の重要性(焦点を合わせること)を改めて認識させるものです。
さらに、たとえ照射速度が速いhi-speed(2.3mm/s)であっても、薬物塗布と同程度の象牙細管封鎖性が見込めるという点は、
臨床効率の向上に貢献する可能性があります。適切なハンドスピードを保ちつつ、広範囲の知覚過敏症を治療できることは、患者さんの負担軽減にもつながるでしょう。
知覚過敏症は、単に不快な症状であるだけでなく、痛みが続くことで歯磨きがおろそかになり、虫歯や歯周病のリスクを高めることもあります。
効果的なレーザー治療は、これらの悪循環を断ち切り、患者さんの口腔内健康を維持し、生活の質を向上させる上で極めて重要な役割を果たすことができます。
CO2レーザーは、象牙細管の封鎖以外にも、初期齲蝕除去、歯質の耐酸性向上、歯内治療、歯周治療など、歯科医療の多岐にわたる分野で応用が報告されています。
この汎用性の高さも、CO2レーザーの大きな魅力です。
今回の論文のような基礎研究が積み重ねられることで、CO2レーザー治療はより洗練され、知覚過敏症に悩む多くの人々にとって、安全で効果的な標準治療として確立される日が来ることを期待せずにはいられません。
7.終わりに:CO2レーザーが示す知覚過敏症治療の新選択
今回のコラムでは、知覚過敏症のメカニズムから始まり、CO2レーザー治療の最新研究、特に「照射距離と照射速度」が象牙細管封鎖性に与える影響に関する詳細な分析を通じて、その臨床的意義と今後の可能性について深く掘り下げてきました。
知覚過敏症の痛みは、象牙細管の開口による象牙細管液の動きが原因であり、その治療には象牙細管の確実な封鎖が不可欠です。
CO2レーザーは、その特性から象牙細管封鎖に優れた効果を発揮することが期待されています。
今回取り上げた研究論文は、デューティ比の高い照射モードや短い照射距離が、より良好な象牙細管封鎖性をもたらすことを科学的に裏付けました。
また、適切なハンドスピードでの照射が、歯質に損傷を与えることなく、安全に効果を発揮できる可能性も示されました。
この研究成果は、歯科医療従事者にとって、CO2レーザーをより効果的かつ安全に活用するための指針を与えるものであり、知覚過敏症に苦しむ多くの患者さんにとっては、これまで対処が難しかった痛みが、より確実かつ低侵襲な方法で緩和される希望となるでしょう。
歯科医療は常に進化しています。
CO2レーザーのような医療機器への正しい理解と適切な応用が、患者さんのQOL向上と口腔内健康の維持に大きく貢献します。
知覚過敏症でお悩みの方は、ぜひかかりつけの歯科医師にご相談いただき、ご自身の症状に合った最適な治療法について情報収集されることをお勧めします。
