2026年2月27日

(院長の徒然コラム)

はじめに
こんばんは、また性懲りもなくマニアックなコラムです。
歯科医療における接着技術は、過去四半世紀にわたり、目覚ましい進化を遂げてきました。
修復物の耐久性、審美性、そして低侵襲治療の実現において、接着剤の発達は不可欠なものです。
今回コラムでは、接着歯学の黎明期から現代に至るまでの進化の軌跡をたどった最新(2026年)の研究データ「Battle of the bonds: Practice-based standardized dental adhesive testing of immediate dentin shear bond strength over 25 years」が明らかにした画期的な知見を深く掘り下げます。
この包括的な分析を通じて、歯科接着剤の真の性能と、その臨床的意義、そして未来に向けた展望を明らかにしていきましょう。
もはや今回は完全に歯科医療従事者向けの手加減抜きコラムです。
1. 接着歯学の夜明け:エナメル質から象牙質への挑戦
歯科における接着の概念は、1955年にアメリカの歯科医師マイケル・ブーアノコーレがリン酸を用いたエナメル質エッチングの有効性を報告したことから始まりました 。
この技術は、エナメル質の表面に微細な凹凸を形成し、レジン系修復材料との機械的嵌合を可能にすることで、それまでの非接着性の修復治療に革命をもたらしました。
エナメル質接着は比較的安定しており、今日においても「ゴールドスタンダード」としてその有効性は広く認められています。
しかし、歯質はエナメル質だけでなく、象牙質という複雑な構造も持ち合わせています。
象牙質はエナメル質とは異なり、多数の象牙細管を有し、水分と有機質に富んでいます。
この独特の構造が、接着剤の開発者たちに大きな挑戦をもたらしました。
象牙質への接着は困難であり、初期の接着剤では十分な接着強度や耐久性が得られませんでした。
転機が訪れたのは1982年、我らが日本の歯科医師・中林宣夫(東京医科歯科大学)先生らが「象牙質ハイブリッド層」の概念を提唱したことです 。
これは、脱灰された象牙質のコラーゲン線維網にレジンモノマーが浸透し、そこで重合することで形成される複合層であり、象牙質接着のメカニズムを分子レベルで解明する画期的な発見でした。
もはや日本の歯科大生なら穴が開くほど教科書で見た概念ですね。
ハイブリッド層の概念は、低侵襲歯科治療への道を開き、象牙質接着技術の発展の礎を築きました。
2. 接着システムの大いなる進化:世代を重ねる多様なアプローチ
ハイブリッド層の発見以降、歯科接着剤は臨床操作の簡素化、接着強度の向上、そして耐久性の確保を目指して、様々な「世代」へと進化を遂げてきました。
①第4世代接着剤(3ステップ・エッチアンドリンス:ER3)
1980年代後半に登場した第4世代接着剤は、真に信頼性の高い象牙質接着を可能にした最初のシステムとされています。
これは、以下の3つのステップで構成されます。
⚫︎ステップ1:エッチング
リン酸(通常35〜40% H3PO4)で歯質を脱灰し、スメア層を除去し、象牙質表面のコラーゲン線維を露出させます。
⚫︎ステップ2:プライミング
親水性モノマーを含むプライマーを塗布し、露出したコラーゲン線維網に浸透させ、レジンモノマーとの架橋を促進します。
⚫︎ステップ3:ボンディング
疎水性レジン層を塗布し、光重合することで、プライマー層と一体化させます。
ER3システムは、脱灰された象牙質への適切な浸透と連続的で均質なハイブリッド層の形成を保証し、長らく「ゴールドスタンダード」として多くの研究者や臨床医に評価されてきました。
②第5世代接着剤(2ステップ・エッチアンドリンス:ER2)
ER3の複雑な臨床手順を簡素化するため、1990年代半ばには第5世代接着剤が登場しました。
これは、親水性プライマーと疎水性ボンディングレジンを1つのボトルに統合したもので、アプリケーションステップを2つに短縮しました。
(実際昔はマイクロアプリケーターがあっという間になくなってましたよね…)
臨床作業の効率化が図られましたが、ER3と比較して接着性能の維持が課題となることもありました。
③セルフエッチング接着剤の登場(SE)
1990年代後半には、リン酸エッチングステップを不要とするセルフエッチング接着剤という、全く異なるアプローチが登場しました 。
これらの接着剤は、機能性酸性モノマーが歯質を脱灰すると同時に浸透するという特徴を持ちます。
これにより、リン酸による過剰な脱灰や、ポストオペラティブセンシティブ(術後知覚過敏)のリスクを低減することが期待されました。
⚫︎2ステップ・セルフエッチング(SE2)
親水性プライマーと疎水性ボンディングレジンが別々のボトルに分かれています。
⚫︎1ステップ・セルフエッチ(SE1)
すべての成分が1つの溶液に統合されたもので、アプリケーションステップがさらに簡素化されました。
しかし、この簡素化は、接着性能のばらつきや、長期的安定性の問題も引き起こす可能性が指摘されました。
④ユニバーサル接着剤:接着技術の集大成
2011年頃から登場したユニバーサル接着剤は、歯科接着剤分野における最新かつ最も重要な革新の一つです。
これらの接着剤の多くは、10-MDP(10-メタクリロイルオキシデシルジハイドロジェンホスフェート)という機能性モノマーを含有しています。
10-MDPは、歯質のハイドロキシアパタイトと化学的に結合する能力を持つため、接着強度の向上と接着界面の長期的な安定性をもたらすと期待されています。
ユニバーサル接着剤の最大の特徴は、その多用途性です。
臨床医の好みや臨床状況に応じて、エッチアンドリンスモードとセルフエッチモードのどちらでも使用できます。
(エッチアンドリンス(Etch-and-Rinse)モードはリン酸で歯を強力にエッチング・洗浄・乾燥し高接着を得る手法、セルフエッチ(Self-Etch)モードは酸性成分を含むボンディング材でエッチングと処理を同時に行い低侵襲で術後疼痛が少ない手法です。)
さらに、シリカベースセラミックス、ジルコニア、金属、レジンコンポジットなど、広範囲な間接修復材料への信頼性の高い接着を可能にし、デュアルキュア型レジン材料とも互換性があります。
これらの進歩により、従来のER3やSE2といった接着剤が「ゴールドスタンダード」としての地位を維持できるのか、という疑問が投げかけられるほど、その性能は向上しました。
3. 「接着の戦い」:25年間の実臨床データが語る真実
接着剤の世代や分類が多様化する中で、実際の臨床現場でどの接着剤が最も優れた性能を発揮するのか、またその性能を左右する要因は何なのかという疑問は常に存在していました。
この疑問に答えるべく、ミシェル・デグランジュ(Michel Degrange)とベルナール・ラポストル(Bernard Lapostolle)は、2000年に「Battle of the Bonds(接着の戦い)」という教育プログラムを立ち上げました。
このプログラムは、歯科接着の原理と実践を学ぶための体験型トレーニングであり、受講者は様々な接着システムを用いて標準化されたマクロせん断接着強さ(SBS)試験を実施します。
25年以上にわたり、フランスを中心に2000人以上の歯科医師がこのトレーニングに参加し、200種類以上の接着システムとその接着手法(アプリケーションモード)が体系的に記録されてきました。
今回の紹介論文は、この比類ない大規模な実臨床ベースのデータセット(31,201件の標準化された即時象牙質マクロせん断接着強さ試験結果)を分析したものです。
90種類の接着剤/接着手法(アプリケーションモード)の組み合わせについて、同じ術者が同一の手法と機器を使用して試験を行ったことで、長期間にわたるデータの一貫性が確保されています。
この膨大なデータは、接着剤の性能に関する私たちの理解を深め、臨床現場での選択に重要な見解を与えることでしょう。
①即時SBS値(即時せん断接着強さ)の広範なばらつきとトップパフォーマー
分析結果は、即時SBS値が約7 MPaから20 MPa超までと非常に広範囲に及ぶことを示しています。
これは、今日の接着剤において、その性能に大きなばらつきがあることを明確にあらわしています。
最も効果的なシステムの上位20を見ると、そのうち13がワンボトル型ユニバーサル接着剤であることが明らかになりました。
最も高い平均SBS値を示したのは、以下の接着剤です。
👑Scotchbond Universal (ER2モード)
SBS値:20.50 ± 6.45 MPa
3M社製第7世代ユニバーサル接着材
さらに第7世代を超えたとされる次世代型ユニバーサル接着材であるScotchbond Universal Plusも出ています。
👑Optibond XTR (SE2モード)
SBS値:19.14 ± 6.18 MPa
Kerr社製第6世代セルフエッチ・ライトキュア(光重合型)2ステップボンディングシステム
👑Iperbond Ultra (ER2モード)
SBS値19.10 ± 5.84 MPa
Itena Clinical社製第7世代ユニバーサル接着材
これらの間には統計的な有意差は認められませんでした。
ER2モードのScotchbond Universalは、現在のところ最高のSBS値を示していますが、他のユニバーサル接着剤もそれに匹敵する高い性能を発揮していることが分かります。
一方で、最も低いSBS値は7.06 ± 3.48 MPa(DentoBond ER2モード)であり、接着剤間の性能差が非常に大きいことが示されています。
②カテゴリーでは測れない接着性能の真実:多変量解析の衝撃
この研究の最も画期的な発見は、多変量線形混合効果モデルを用いた分析によって明らかになりました。
この分析では、アプリケーションモード(ER2、ER3、SE1、SE2)、ユニバーサル接着剤であるか否か、10-MDP含有量、または市販開始年といった要因が、接着剤システムごとの分類分析を調整した後では、即時SBS値に有意な独立した影響を及ぼさないことが判明しました。
これは極めて重要な見解です。
これまで私たちは、接着剤を「世代」や「カテゴリー」(例えば、「第5世代ER2は優れている」や「10-MDP含有は必須」といった認識)で判断しがちでした。
しかし、この結果は、接着剤の性能は、そのカテゴリーや属性(例えば、どの世代に属するか、ユニバーサルであるか、10-MDPを含むかなど)によって意味のある順位付けができるものではなく、むしろ「接着材固有の化学的特性」によって決定され、個別に評価する必要があることを示しています。
接着剤の性能は、モノマー組成、溶媒の種類、親水性、pH、フィラー含有量、光重合開始剤の濃度、そして臨床での取り扱い方(能動的な塗布、擦り込み、溶媒の蒸発、空気乾燥など)といった、複雑で多要因な相互作用から生まれるものです。
これらの個々のパラメーターが、即時接着強度だけでなく、長期的な耐久性と臨床的信頼性にも影響を与えます。
したがって、接着剤は、特定の機能やマーケティング上の分類に過度に期待するのではなく、個々の製品として実証された性能に基づいて評価・選択されるべきであるという結論に至ります。
③接着剤の包装形態が性能に与える影響
多変量解析において、唯一有意な独立した影響が認められた要因は、「包装形態」でした。
ボトル供給と比較して、シングルドーズ(個包装)形態は有意に高い即時SBS値と関連していました。
この発見は、臨床現場における接着剤の取り扱いに重要な示唆を与えます。
ボトル入りの接着剤は、繰り返し開封されることで溶媒が揮発しやすくなり、組成が変化する可能性があります。
また、空気中の湿気や汚染物質が混入するリスクも高まります。
一方、シングルドーズ形態は、このような累積的な蒸発や汚染を避けることができ、製品成分が劣化せずに維持しされ、接着結果の一貫性を向上させることができます。
接着剤は温度変化にも敏感であるため、保存状態も重要です。
今回の紹介論文研究では、接着剤はセッション間で冷蔵保存され、使用前に室温に戻されていました。
この厳格な管理下でもシングルドーズの優位性が示されたことは、ボトル接着剤の日常的な使用における溶媒揮発や組成変化のリスクが、想像以上に大きい可能性を示唆しています。
④接着性能の経時的変化:進化の傾向と潜在的要因
25年間の即時SBS値の経時的分布を見ると、2000年代初頭から2014〜2015年にかけて平均SBS値が緩やかに上昇し、その後わずかに低下する傾向が示されました。
この経時的変化は、歯科接着剤の進化の歴史を反映しています。
⚫︎初期の上昇期
ER3やSE2といった複雑な多ステップシステムに関する初期の学習曲線や、接着技術の着実な進歩を反映していると考えられます。
⚫︎後のわずかな低下期
これは、多ステップの「ゴールドスタンダード」接着剤から、より簡素化された、そして「使いやすい」とされるユニバーサル接着剤への移行期と重なります。
最新のユニバーサル接着剤は高いSBS値を示すものもありますが、簡素化されたシステムでは、臨床操作のわずかな差異が性能に影響を与える可能性も指摘されています。
興味深いことに、この低下期は、スマートフォンが臨床現場や教育現場で普及した時期と重なる可能性も指摘されています。
ユニークな見解として、デジタルデバイスによる集中力の低下が、技術的感度の高いマクロSBS試験の実施に影響を与えた可能性は否定できませんが、これはあくまで仮説であり、検証されたものではありません。
いずれにせよ、この経時的変化は、個々の接着剤の真の進化を示すものではなく、25年間で「接着の戦い」プログラムで使用された接着剤の成分配合が変化した結果として解釈すべきであると、論文著者は強調しています。
4. 臨床的意義と今後の展望
今回の紹介論文研究は、これまでの接着歯学の常識に一石を投じる、非常に重要な知見を提供してくれています。
①接着剤選択への新たな視点
最も重要な結論は、
接着剤を「世代」や「カテゴリー」といった分類ではなく、個々の製品として評価し、その実証された性能に基づいて選択すべきである
という点です。
特にユニバーサル接着剤は、その多用途性と高い接着性能から、今後の主流となる可能性を秘めていますが、すべてのユニバーサル接着剤が同等の性能を持つわけではありません。
臨床医は、製品のマーケティング戦略や広範な分類に惑わされることなく、独立した研究データや臨床成績に基づいた個別の性能評価を重視する必要があります。
(頑張れ製品開発会社!我々を納得させるエビデンスを示してください!!)
②シングルドーズ包装の優位性
シングルドーズ包装がボトル供給よりも高いSBS値を示すという発見は、接着剤の取り扱いにおける「接着剤の成分の完全性の重要性」を浮き彫りにします。
溶媒の揮発や汚染は接着性能に直接影響を与えるため、可能な限りシングルドーズ形態の接着剤を選択することが、より一貫した接着結果を得る上で推奨されます。
(でも高い💸)
③接着性能のばらつきとその要因
今回の論文研究では、即時SBS値に大きなばらつきがあることが示されました。
ER2接着剤は全体的に最も低い分散(SD%)を示し(ユニバーサルER2で33.7%)、SE1接着剤は最も高い分散を示しました(ユニバーサルSE1で41.2%)。
これは、ユニバーサル接着剤を含むER2システムが、より許容度の高い操作性を提供し、臨床操作によるばらつきが少ない可能性を示唆しています。
象牙質接着の技術的感度、特にスメア層の厚さや性状、エッチングの深さ、モノマーの浸透度、溶媒の蒸発、光重合の均一性など、多くの要因が接着性能に影響を及ぼします。
今回の研究は、統一された手順と操作者によって実施されたにもかかわらず、接着性能のばらつきが依然として存在することを示しており、臨床における操作技術の重要性を再認識させます。
④研究の限界と将来への示唆
本研究は、これまでの接着歯学研究において最も大規模なデータセットの一つですが、いくつかの限界も存在します。
⚫︎即時SBS試験の限界
本研究は即時SBS値に焦点を当てており、経時的な劣化や長期的な臨床成績を直接評価するものではありません。
熱サイクルや長期水浸漬といった加速劣化試験を組み合わせることで、接着界面の耐久性に関するより深い知見が得られる可能性があります。
⚫︎失敗様式の未記録
接着界面の失敗様式(接着性破壊、凝集性破壊など)が記録されていないため、接着失敗の原因を特定し、材料の欠陥と操作上の問題とを区別することが困難となっています。
⚫︎データの収集方法
トレーニングプログラムの一環として収集されたデータであるため、厳密な臨床試験とは異なる点もあります。
例えば、接着剤がランダムに割り当てられたわけではないこと、
トレーニングセッション間で試験製品のパネルが異なることなどです。
これらの限界があるにもかかわらず、今回の研究は、大規模な実臨床ベースのデータセットを用いて、これまでの接着剤に関する知見を再評価する画期的な試みと言えます。
得られた知見は、歯科接着剤の性能評価において、個別の製品固有の特性を重視することの重要性を強調し、臨床医がより賢明な材料選択を行うための指針となるでしょう。
今後の研究では、個々の接着剤の化学組成や物理的特性と臨床成績との相関関係をさらに詳細に分析し、長期的な臨床試験を通じて、これらの接着剤が患者の口腔内でどのように機能するかを検証していく必要があります。
また、シングルドーズ包装の採用促進や、接着剤の操作技術に関する継続的な教育も、接着治療の成功率向上に不可欠でしょう。
終わりに
25年間の「接着の戦い」プログラムから得られたこの包括的なデータ分析は、現代の歯科接着剤が、多くのカテゴリーや世代だけでは評価できない、複雑な製品固有の特性を持つことを明確に示しました。
ワンボトル型ユニバーサル接着剤が高い即時SBS性能を示すものが多数存在し、シングルドーズ包装がボトル供給よりも優れた結果をもたらすという発見は、臨床実践に直接的な影響を与えるでしょう。
歯科接着剤の進化は止まることなく、私たちは常に最新の研究に基づいて知識を更新し、患者にとって最善の治療法を提供し続ける必要があります。
この紹介論文の研究は、接着剤の選択において、より批判的かつ個別的な評価の重要性を強調し、歯科接着治療の未来をさらに確実なものとするための強力な一歩となるでしょう。
さあ、これを読んだ歯科医師の方々!先生方が使っている製品の性能を再チェックです!
