2026年2月25日

(院長の徒然コラム)
はじめに

お口の中に「電気」が流れているとしたら、驚かれるでしょうか?
実は、歯に金属の詰め物をしている多くの方が意識しないまま、口腔内で微弱な電流が発生している可能性があります。
これは「ガルバニック電流」と呼ばれる現象で、異なる種類の金属が唾液という電解質に触れることで発生します。
虫歯治療などで詰められた金属の詰め物や、ブリッジ、義歯、インプラントといった金属製の歯科補綴物が複数ある場合、まるで小さな電池のようにお口の中で電流が生じてしまうのです。
近年、このガルバニック電流が口腔内の健康、ひいては全身の健康に与える影響について、科学的な研究が進んでいます。
特に、2023年12月に発表されたChepelova氏らによる「Journal of Functional Biomaterials」掲載の論文「Oral Galvanism Side Effects: Comparing Alloy Ions and Galvanic Current Effects on the Mucosa-like Model」は、この問題に警鐘を鳴らす情報を提供しています。
今回のコラムでは、最新の研究データも踏まえながら、口腔内で発生するガルバニック電流のメカニズム、それが引き起こす身体への影響、そしてなぜ金属の詰め物の交換が推奨されるのかについて、詳しく解説していきます。
I. 口腔内を流れる「ガルバニック電流」とは?
私たちが日常的に使用している電池の仕組みを思い出してみてください。
異なる種類の金属(電極)が電解質溶液に浸かると、電位差が生じ、電子が移動することで電流が流れます。
この原理が、私たちの口の中で起こっているのが「ガルバニック電流(電解腐食電流)」です。
口腔内には、虫歯治療で使われる金銀パラジウム合金、アマルガム、金合金、チタンなど、さまざまな種類の金属が共存している場合があります。
これらの金属はそれぞれ異なる電位を持っており、唾液が電解質の役割を果たすことで、金属間で電位差が生じ、電流が流れるのです。
想像してみてください。
食事のたびに、唾液のpHが変化するたびに、または異なる金属同士が接触するたびに、お口の中で微弱ながらも絶えず電流が発生している状態です。
この電流は通常、意識されることはありませんが、実は様々な身体の不調の原因となりうる存在なのです。
II. なぜガルバニック電流が発生するのか?そのメカニズム
ガルバニック電流の発生には、主に以下の3つの要素が深く関与しています。
1. 異なる種類の金属の存在
口腔内に複数の金属製補綴物があることが、電流発生の第一条件です。
例えば、アマルガム充填と金冠、または複数の種類の金属合金が使われた補綴物などが該当します。
チタン製インプラントと他の金属製クラウンの組み合わせも、電位差を生じさせやすいことが知られています。
Chepelova氏らの研究では、歯科治療で一般的に使用される合金(純チタン、Ti6Al4V、コバルトクロム、ニッケルクロム、ニッケルチタンなど)が多様な副作用を引き起こす可能性が指摘されています。
特に、Ti64-AgPdやNiCr-AgPdといった異なる合金の組み合わせは高い電位差を生じさせ、ガルバニック電流を発生させやすいとされています。
そして例え同じ合金であっても、金属配分が同じでないと、電位差が生じてしまう可能性があります。
2. 唾液の電解質としての役割
唾液は、水、電解質(ナトリウム、カリウム、カルシウムなど)、タンパク質などを含む複雑な液体です。
この電解質成分が、金属間の電子の移動を仲介し、電流が流れる環境を作り出します。
唾液の質やpH値、含まれる成分(例えば食事による酸性度の上昇など)によっても電流の強さは変動します。
紹介論文では、人工唾液を用いて実験が行われ、唾液が電解質として機能することが示されています。
3.金属の腐食と金属イオンの溶出
電流が流れる過程で、より電位の低い金属は腐食しやすくなり、その金属を構成するイオンが唾液中に溶け出します。
この現象は「ガルバニック腐食」と呼ばれます。
例えば、ニッケルやクロムなどの金属イオンが溶け出すと、アレルギー反応や細胞への毒性を示す可能性があります。
このようにガルバニック電流は、金属の腐食とイオン放出を増加させてしまうのです。
さらに、Chepelova氏らの研究では、口腔内の環境要因もガルバニック電流の強さに影響を与える可能性が示唆されています。
具体的には、以下の点が挙げられています。
①口腔内細菌の活動
細菌叢の活動が電流を増加させる可能性があります。
②フッ化物配合製品の使用
フッ素ベースの口腔ケア製品が電位差を増大させ電流を増強する可能性があります。
③積極的な殺菌液やマウスウォッシュの使用
殺菌剤やマウスウォッシュもpHを変動させ影響を与える可能性があります。
④唾液pHの低下
酸性度が高い環境は腐食を促進し、電流を強める可能性があります。
これらの要因が複合的に作用することで、お口の中では常に、そして時には高いレベルでガルバニック電流が発生し、健康に影響を与えうる環境が形成されるのです。
III. ガルバニック電流と金属イオンの複合的な悪影響
それでは、口腔内で発生するガルバニック電流と、そこから溶け出す金属イオンが、私たちの身体に具体的にどのような影響を与えるのでしょうか。
Chepelova氏らの研究では、この問いに対する重要なヒントを与えています。
彼らは、ヒトの口腔粘膜細胞を模した試験管内モデル(HaCaT細胞(ハーキャット細胞)を用いた粘膜様モデル)を用いて、以下の3つの主要な要因の影響を比較しました。
①ガルバニック電流環境(電流+腐食イオン)
②直接電流のみ
③腐食イオンのみ
この研究の最も注目すべき結論は、短期的(28日間)な細胞毒性においては、ガルバニック電流そのものが主要な損傷要因であるという点です。
具体的には、10µA(マイクロアンペア)の定電流に晒された細胞は、他のグループと比較して「細胞の代謝活性が10倍以上も低下し、増殖能力が著しく抑制」されました。
さらに、炎症性サイトカインであるインターロイキン-6(IL-6)の分泌量が大幅に増加し、細胞層がほぼ完全に破壊される様子も観察されました。
これは、電流が細胞に直接的なストレスを与え、炎症反応を引き起こし、最終的に細胞死や組織の損傷につながることを示しています。
一方、金属イオンの溶出も無視できない影響を与えます。
特にニッケルイオン(Ni2+)は、単独でも細胞増殖の有意な低下を引き起こすことが確認されました。
NiCr(ニッケルクロム)合金とAgPd(銀パラジウム)合金の組み合わせは、Ti64(チタン合金)とAgPdの組み合わせよりも細胞毒性が高く、IL-6の分泌量も高かったことから、ニッケルが炎症反応を強く誘発する可能性が示唆されています。
このことから、ガルバニック電流と金属イオンの溶出は、以下のような複合的な悪影響を口腔内および全身に及ぼすと考えられます。
①細胞毒性と組織損傷
電流は細胞の代謝や増殖を阻害し、粘膜細胞の破壊を引き起こします。
これにより、口腔粘膜の炎症、灼熱感、痛みなどの症状が現れることがあります。
②炎症反応の促進
IL-6などの炎症性サイトカインの増加は、慢性的な炎症状態を招き、口腔扁平苔癬(白斑や赤斑を伴う難治性の病変)や口腔カンジダ症などの病変のリスクを高めます。
③発がんリスクの可能性
長期的な炎症や細胞への慢性的な刺激は、細胞の異常増殖や遺伝子変異を誘発し、口腔がんを含む悪性腫瘍のリスクを高める可能性が指摘されています。
特に、過去の研究ではガルバニック電流が口腔白板症の悪性化に関与する可能性も示唆されています。
④金属アレルギーの発症・悪化
溶出した金属イオン(特にニッケル、クロム、コバルトなど)は、体内でアレルゲンとなり、接触性皮膚炎や掌蹠膿疱症など、口腔内だけでなく全身にアレルギー症状を引き起こすことがあります。
口腔内にアレルギー症状として、金属の接触部に一致した赤み、腫れ、ただれ、口内炎などが現れることもあります。
⑤神経症状への影響
微弱な電流が神経伝達に影響を与え、原因不明の頭痛、めまい、肩こり、自律神経失調症のような症状を引き起こす可能性も示唆されています。
⑥補綴物の寿命低下
ガルバニック腐食により、金属補綴物自体の劣化が進み、変色、強度低下、さらには二次カリエス(虫歯の再発)のリスクを高めることにもつながります。
Chepelova氏らの研究では、「通常は生体適合性が高いとされるチタン合金も、AgPdとのガルバニック結合においては細胞毒性を示すことが示されました。」
このことは、たとえ生体親和性の高い素材であっても、異なる金属と組み合わされることで予期せぬ悪影響が生じる可能性を示唆しています。
IV. あなたのお口は大丈夫?ガルバニック電流が示すサイン
ガルバニック電流は、多くの場合、自覚症状がないまま進行しますが、時には以下のようなサインとして現れることがあります。
①金属味覚(ガルバニー味)
お口の中に常に金属のような味がする、あるいは特定の食べ物と接触したときに強い金属味を感じる。
②ピリピリ感、灼熱感
口腔粘膜、舌、歯肉などに原因不明のピリピリとした刺激や灼熱感がある。
③原因不明の痛み
歯や歯肉、顎関節などに、虫歯や歯周病とは異なる原因不明の痛みを感じる。
④金属アレルギー症状
口腔内に炎症、ただれ、赤み、白斑(口腔扁平苔癬など)が見られる。
また、手のひらや足の裏に水疱ができる掌蹠膿疱症や、全身の皮膚炎などのアレルギー症状が確認される。
⑤補綴物周辺の変色
金属の詰め物や冠の周辺の歯肉が黒ずんでいる、あるいは詰め物自体が変色している。
これはガルバニック腐食が進行しているサインかもしれません。
⑥電流を感じる
ごく稀に、スプーンなどの金属製品が特定の歯に触れた際に、ピリッとした電気的な刺激を感じることがあります。
これらの症状は、ガルバニック電流以外の原因で生じることも多いため、自己判断は禁物です。
しかし、複数の症状が当てはまる場合や、長期間症状が続く場合は、歯科医師に相談し、口腔内の環境を詳しくチェックしてもらうことを強くお勧めします。
V. 金属の詰め物を交換するメリットと非金属素材の選択肢
ガルバニック電流が引き起こす潜在的なリスクを考慮すると、金属の詰め物を、より生体適合性の高い非金属素材に交換することは、多くのメリットをもたらします。
1.金属の詰め物を交換するメリット
①ガルバニック電流の抑制・消失
異なる金属の共存がなくなることで、ガルバニック電流の発生を根本的に断ち切ることができます。
これにより、電流による細胞への直接的な損傷や炎症の連鎖を止めることが期待できます。
②金属イオンの溶出阻止
腐食の源となる金属がなくなるため、ニッケルなどの有害な金属イオンが口腔内に溶け出すリスクがなくなります。金属アレルギーの症状の改善や発症予防に繋がります。
③アレルギーリスクの低減
金属アレルギーの原因となる金属成分を除去することで、全身的なアレルギー症状を含む、多様な健康問題のリスクを軽減できます。
④審美性の向上
セラミックスなどの非金属素材は、天然歯に近い色合いと透明感を持つため、口元の審美性が飛躍的に向上します。
特に前歯部や目立つ部位の治療においては大きなメリットとなります。
⑤生体適合性の高い素材への変更
非金属素材は生体親和性が高く、歯肉や周囲組織への刺激が少ないため、より健康的な口腔環境を維持しやすくなります。
⑥二次カリエスリスクの低減
精密に作られたセラミックスなどは、歯との適合性が高く、細菌の侵入を防ぎやすいため、二次カリエス(詰め物の下の虫歯)のリスクを低減する効果も期待できます。
2.非金属素材の選択肢**
現在、金属の代わりに用いられる非金属素材には、以下のようなものがあります。
①セラミックス(陶材)
⚫︎ジルコニア
非常に強度が高く、白色で審美性に優れます。
生体親和性も非常に高いため、インプラントの上部構造や、奥歯のクラウン・ブリッジにも広く使われています。耐久性が求められる部位に最適です。
⚫︎e-max(二ケイ酸リチウムガラスセラミックス)
透明感が高く、天然歯のような自然な色調を再現できます。主に審美性が重視される前歯や、インレー(部分的な詰め物)、オンレー(歯の大部分を覆う詰め物)などに適しています。
②コンポジットレジン(歯科用プラスチック)
白い素材で、小さな虫歯の治療に直接充填して使用されます。
比較的安価で治療期間も短いですが、セラミックスに比べて強度や耐久性、色調の安定性で劣ることがあります。近年
では、強度や審美性を向上させた新しいタイプのハイブリッドレジンも開発されています。
これらの素材は、それぞれ特性や費用、保険適用状況が異なります。ご自身の口腔内の状態や希望、予算に合わせて、歯科医師と相談しながら最適な素材を選択することが重要です。
VI. 詰め物交換における歯科医師の役割と患者さんへのアドバイス
金属の詰め物の交換は、単に見た目を改善するだけでなく、口腔内の健康状態を根本から見直す重要な機会です。
《患者さんへのアドバイス》
①症状に気づいたら早めに相談を
口腔内の異変(金属味、ピリピリ感、原因不明の痛み、粘膜の変化など)に気づいたら、自己判断せずに歯科医院を受診しましょう。
特に、複数の金属がある方は、一度専門医に相談することをお勧めします。
②適切な情報収集と対話
インターネットの情報だけでなく、信頼できる歯科医師から直接説明を受け、疑問点は積極的に質問しましょう。
ご自身の身体のことですから、納得のいくまで話し合うことが大切です。
③定期的な歯科健診の継続
詰め物を交換した後も、定期的な歯科健診は欠かせません。
口腔内の状態をチェックし、補綴物のメンテナンスを行うことで、健康な状態を長く維持できます。
④全身の健康状態との関連を意識する
口腔内の健康は全身の健康と密接に繋がっています。ガルバニック電流の問題は、単なる口の中のトラブルにとどまらず、全身の不調の原因となる可能性も秘めていることを理解しましょう。
終わりに
口腔内で発生するガルバニック電流は、私たちの意識しないところで、細胞レベルでの損傷や炎症、さらにはアレルギー反応や発がんリスクにまで繋がる可能性がある「サイレントキラー」となりうる存在です。
Chepelova氏らの最新の研究は、短期的には電流そのものが、そして長期的には溶出する金属イオン(特にニッケル)が、口腔粘膜に影響を与えることを明確に示しています。
現代の歯科医療では、ジルコニアやe-maxセラミックス、高性能コンポジットレジンなど、生体適合性に優れ、審美性も兼ね備えた非金属素材が豊富に利用可能です。
これらの素材への交換は、ガルバニック電流のリスクを排除し、金属アレルギーの不安から解放され、より健康的で美しい口腔環境を手に入れるための有効な選択肢となります。
もし、ご自身のお口の中に複数の金属の詰め物がある方、原因不明の口腔内症状に悩まされている方、あるいは将来の健康リスクを積極的に回避したいと考えている方は、ぜひ一度、信頼できる歯科医師に相談し、口腔内の金属アレルギー検査やガルバニック電流の評価を含めた詳細なチェックを受けることを強くお勧めします。
健康な口腔環境は、豊かな人生を送るための基盤です。この機会に、お口の中の「見えない電気」に目を向け、より安全で快適な生活を目指してみてはいかがでしょうか。
