2025年6月12日

(院長の徒然ブログ)

はじめに
いつものように論文を読み漁ってたら、最新論文から面白い情報が得られたので、紹介いたします。
論文:Distortions of lip size bias perceived facial attractiveness
歯科矯正治療は単に歯並びを整えるだけではありません。顔全体のバランスや表情の印象も大きく変化します。
特に、唇の形や厚みの変化は、顔の魅力や表情の自然さに重要な役割を果たしています。
昨今では矯正による唇の変化が外観の改善だけでなく、内面の自信や社会的な印象にまで影響を与えることが明らかになっています。
本コラムでは、発表された学術論文の内容を踏まえながら、矯正治療による唇の変化とその心理的および機能的な効果を詳しく解説します。
矯正治療と唇の変化の関係性
歯列と唇は密接に連動しています。
特に、下顎や上顎の位置を改善する矯正治療は、唇の厚さや位置を自然に近づける効果をもたらします。
論文によると、唇の大きさや形状は、顔の性別によって異なる「sexual dimorphism(性的二形)」を持つことがわかっています。
どういうことかというと、女性はより豊かでふっくらとした唇を好む傾向があり、逆に男性はやや薄めの唇をより好むという結果が、男女別に明確に示されているのです。
唇の変化と魅力度
①唇のサイズと魅力度の関係性
今回の論文で最も興味深い点は、唇のサイズの変化が魅力度にどう影響を与えるかというデータです。
研究では、唇を拡大または縮小する連続的な変化を画像に施し、それがどれだけ魅力的かという評価を被験者に行わせました。
その結果、女性の顔に対しては、ふっくらとした唇(拡大)がより好まれることが、傾向として明らかになりました。
一方、男性の顔に対しては、薄い唇(縮小)にしていく方がより魅力的になる傾向が観察されたのです。
実験データの詳細によると、女性はぷっくりした唇に高評価を付けやすく、男性はスリムな唇のほうを好む、という性別の美意識の差が浮き彫りになりました。
良く男女で可愛い綺麗に感じるのには差があると言われてきましたが、実際に明確に差があるんですね。
②自分と同性の顔に対する美的評価の偏り
さらに驚くべきことに、被験者を性別に分けてみると、「自分と同性の顔に対してより高評価を置く」傾向が強く見られました。
どういうことかというと、男性は男性の顔に対して薄い唇を好み、女性は女性に対してふっくらとした唇を好むという、いわゆる「own gender bias」が明確になったのです。
これは、日常の美容意識や自分自身に対する美的センスにも影響を及ぼすポイントです。
たとえば、女性は自身の顔と他の女性との差異を気にしやすいため、特に自分の性別と一致した顔への評価が高まるということです。
視覚適応の仕組みとその影響
①適応効果と魅力度の変化
今回の重要な発見の一つは、「視覚適応」のメカニズムです。
論文によると、被験者が特定の唇の大きさに長期間曝露される(要するに特定の唇の大きさに長時間見慣れてしまう)と、その大きさが「新たな自分にとっての唇の大きさの基準」になり、その後の魅力度評価が変化します。
例えば、拡大した唇に長時間慣れた参加者は、その後の顔の魅力度評価も、拡大された唇のサイズに偏って、拡大された唇を美しく感じるのです。
②適応と自己イメージの関係性
この視覚的な適応は、実際の美容施術がもたらす長期的な効果や、「自分の理想とする顔」の変化に深く関わっています。
もし、外科やヒアルロン酸注入術によって一時的に唇を大きくした場合、その形状が「新しい正常値」として潜在的に脳に記憶され、新たな美の基準になってしまうのです。
これが、例えば過剰な唇のぷっくり具合に依存し、「唇に対する醜形恐怖症(唇の形状に対する歪んだ認知)」に至る一因とも考えられています。
これにハマるとヒアルロン酸注入から逃れられませんね💦恐るべし美容医療💦
顔全体のバランスと適応の重要性
①顔全体と個別特徴の認知
実験では、唇だけに曝露した場合でも魅力度評価の基準に変化が起きることが示されました。
これは、唇が顔全体の一部としてだけでなく、個別の認知対象としても扱われている証拠です。
(要するに顔全体のバランスで唇を脳で評価しているだけでなく、パーツ単体でも無意識に評価している)
従来、顔は包括的に処理されると考えられてきましたが、実際には、唇や目といったパーツごとに美的評価の情報が独立して脳で処理されることも明らかとなっています。
②美容施術への示唆
この見解は、外科や美容医療の視点からも重要ですよ。
一つの顔のパーツを変えるだけで全体のバランスに影響が及び、それが心理的満足や社会的信頼感につながることが示唆されるからです。
特に、唇の厚さについては、視覚適応効果により「自己の美の基準」が変化し、より大きな施術や修正を求める動機付けになってしまう可能性もあります。
しかしここで思い出してください。
ヒアルロン酸だけが唇の厚さを変える方法じゃありません。
矯正治療により唇の厚さは変わることがあります。
矯正治療と唇の厚みの関係性
矯正治療を行う際に重要なポイントの一つは、口腔周囲の筋肉や軟部組織の変化です。
歯並びを矯正することで、歯列の幅や奥行きが整い、その影響で唇の形状や大きさに変化がもたらされることがあります。
たとえば、下顎前突症の改善では、下唇の位置や厚みが変わる傾向があります。これには、歯列の前後的な位置関係の改善によって、唇の支えが安定し、結果的にふっくらとした印象が生まれる場合があります。
唇の変化と矯正治療
論文によると、矯正治療後の唇の変化には次のような傾向が見られます。
①唇の厚みの増加・減少
前歯の位置や角度を変えることで、唇を支える骨格や軟組織の変化が促され、唇の厚みや形状の変化につながります。
②唇の位置の改善
上顎前突や下顎前突の修正により、唇がより自然な位置に整い、外見の調和が生まれる。
③唇の弾力性と張りの向上
矯正による咬合の改善は、口周りの筋肉の使い方に影響し、結果的に唇の弾力や張りが向上することも報告されています。
これらの変化は、通常の矯正治療期間(1年半~2年程度)を経て数ミリメートル単位で起こるもので、見た目の印象だけでなく、機能的な改善にも寄与します。
歯列矯正による唇の美容的効果
美容的な側面から見ると、唇の大きさや形状の変化は、顔貌のバランスや表情に大きな影響を与えます。
①リップラインの調整
矯正で歯列が整うと、唇のラインもスムーズに見えるようになり、より若々しく魅力的な印象を与えます。
②口角の位置
歯並びの改善により、口角の位置や角度も自然に調整され、笑顔の印象が大きく向上します。
③顔の対称性の改善
歯と顎のバランスが整うことで、顔全体の対称性も改善され、調和のとれたフェイスラインを実現します。
これらの美容効果は、特に成人矯正患者から高く評価されており、単なる歯並びの改善だけでなく、外見の自信向上にもつながっています。
おまけ:機能面への影響
唇の大きさや形状の変化は、外見の改善だけでなく、口腔の機能にも良い影響を与えます。
①呼吸の改善
矯正治療による歯列の拡大や顎の位置の調整は、鼻呼吸を促進し、口呼吸を減らすことに役立ちます。
②話しやすさの向上
唇と歯の位置関係の調整により、発音が明瞭になり、話しやすくなるケースもあります。
③咬合の安定
正しい咬み合わせは、唇と周囲の筋肉にかかる負荷を軽減し、長期的な口腔の健康維持に寄与します。
終わりに
いかがでしたか?この論文の研究の最大の意義は、『唇は顔の重要な局所特徴であり、そのサイズや形の変化が個人の美意識に大きな影響を与える』という点にあります。
さらに、この変化は性別や自己の「慣れ」に左右され、自分と同性の顔への偏った評価がなされやすいことも明らかになりました。
また、視覚適応の仕組みを理解することで、長期的な美容施術の心理的影響や「理想の顔像」が人工的に形成されてしまう過程も垣間見ることができます。
これにより、患者さんには美的追求への期待とリスクの説明をより注意深く行うことの必要性が高まります。
最後に、顔の各部位は単なるパーツではなく、全体の調和や個別の心理的価値を持つ、重要な要素であることを、理解しながら、より安全で効果的な美容医療を受けるようにしましょう。
整形スパイラルに陥りませんようご注意を!