2026年2月25日

(院長の徒然コラム)

はじめに
小さなお子さんを持つご家庭にとって、おしゃぶりは時に育児の強い味方となるでしょう。泣き止まない赤ちゃんを落ち着かせたり、寝かしつけを助けたり、また、乳幼児突然死症候群(SIDS)のリスクを軽減するという報告もあるなど、その恩恵は大きなものです。
しかし、その一方で、おしゃぶりの長期的な使用が、お子さんの歯並びや顎の発育に悪影響を及ぼす可能性があることは、これまでも歯科医療の現場で警鐘が鳴らされてきました。
今回の歯科コラムでは、最新の研究データ、特にMan Hung氏らによって2025年に発表された「Pacifier Use and Its Influence on Pediatric Malocclusion: A Scoping Review of Emerging Evidence and Developmental Impacts」という総説論文(以下、本論文)を主な軸として、おしゃぶりの使用が小児期の不正咬合に与える影響について深く掘り下げ、保護者の皆様が適切な選択をするための情報を提供します。
I. はじめに:おしゃぶりの両面性:恩恵と懸念
おしゃぶりは、乳児が本能的に持っている吸啜反射(吸うこと)を満たすための非栄養性吸啜習慣の一つです。
おしゃぶりは生後間もない時期の口腔機能の発達に不可欠な吸啜反射を促し、歯の生え始めの不快感を和らげる効果も期待されます。
さらに、一部の研究では、おしゃぶりの使用がSIDSのリスクを減少させると報告されており、多くの親が育児のツールとしておしゃぶりを活用しています。
しかし、その手軽さと利便性の裏側には、歯科的な懸念が潜んでいます。
今回の紹介論文は、2014年から2024年の間に発表された英語の査読付き論文262件から、厳密なスクリーニングを経て選ばれた35件の研究を分析し、おしゃぶりの使用と小児期の不正咬合の関連性を包括的に評価しています。
この膨大なデータは、おしゃぶりの長期的な使用が、前歯部開咬、後方交叉咬合、上顎前突といった特定の不正咬合のリスクを著しく高めることを明確に示しています。
不正咬合は、単に見た目の問題に留まらず、咀嚼(噛むこと)、嚥下(飲み込むこと)、発音といった口腔機能、さらには子どもの心理社会的発達にまで影響を及ぼす可能性があります。
II. おしゃぶり使用が引き起こす具体的な不正咬合
今回の紹介論文では、おしゃぶり使用と関連の深い不正咬合のパターンについて詳細に報告されています。
最も頻繁に報告されたのは、
①前歯部開咬(Anterior Open Bite: AOB)
②後方交叉咬合(Posterior Crossbite)
③上顎前突(Overjet)
です。
①前歯部開咬(AOB)
おしゃぶりと最も顕著な関連性が見られたのが前歯部開咬です。
前歯部開咬とは、奥歯を噛み合わせたときに、上下の前歯の間に隙間ができてしまう状態を指します。
今回の紹介論文では、おしゃぶり使用者においてAOBの有病率が非常に高いことが多くの研究で報告されています。
Alves氏ら(2016年)が行った別の研究では、おしゃぶり使用者の55%がAOBを示したのに対し、非使用者では14%に留まりました。
また、2021年のTraebert氏の研究では、おしゃぶり使用者の49.4%にAOBが見られ、非使用者と比較して統計学的に有意な関係性を認めました。
さらに、Al Duliamy氏ら(2020年)とSousa氏ら(2014年)の研究では、おしゃぶり使用者のAOB有病率が87%にも達するという驚くべき報告もあります。
2021年のOliveira氏の研究では、おしゃぶり使用者はAOBを発症するリスクが1.83倍高いとされ、世界各国の研究で警鐘を鳴らされているのです。
《なぜAOBが起こるのか?》
おしゃぶりを吸う際、乳児は舌を低位に保ち、おしゃぶりを介して上顎の前歯部に継続的な圧力がかかります。
これにより、上顎前歯は前方に傾斜し、下顎前歯は後方に傾斜、さらに上下の前歯が垂直的に伸びるのを妨げ、結果として前歯部開咬が生じやすくなると考えられています。
②後方交叉咬合(Posterior Crossbite):奥歯のズレ
後方交叉咬合は、奥歯を噛み合わせたときに、上顎の歯列が下顎の歯列よりも内側に入り込んでしまう状態を指します。
Miotto氏ら(2015年)の研究では、おしゃぶり使用者において後方交叉咬合のリスクが1.77倍増加すると報告されています。
また、Germa氏ら(2016年)は、3歳を過ぎてもおしゃぶりを使い続けている子どもたちの36%に後方交叉咬合が見られると指摘しています。
さらに2022年のHerrera氏らの研究でも、おしゃぶり使用者の13.4%に後方交叉咬合が見られました。
後方交叉咬合もまた、おしゃぶりと関連性が高いと警鐘を鳴らされているのです。
《なぜ後方交叉咬合が起こるのか?》
おしゃぶりの継続的な使用は、舌の正常な位置を妨げ、舌が口蓋(上あご)に触れて上顎の成長を促す機会を減少させます。
これにより、上顎の幅が十分に成長せず、下顎と比較して狭くなることで後方交叉咬合が生じやすくなります。
③上顎前突(Overjet):出っ歯の状態
上顎前突は、上顎の前歯が下顎の前歯よりも著しく前方に位置している状態、いわゆる「出っ歯」を指します。
Feldens氏ら(2023年)とMoimaz氏ら(2014年)の研究では、12ヶ月以上おしゃぶりを使用している子どもにおいて、上顎前突の有病率がそれぞれ51.4%と22.8%と報告されています。
また、Chen氏ら(2015年)は、おしゃぶり使用者の10%に過度な上顎前突が見られると報告しました。
上記の2つほどではないですが、上顎前突も世界中の研究者で警鐘を鳴らされているのです。
《なぜ上顎前突が起こるのか?》
おしゃぶりを吸う際の力学的ストレスが、上顎前歯を前方へ、下顎前歯を後方へ押すことで、前歯の突出が助長されると考えられています。
④その他の不正咬合と総合的な咬合状態の悪化
上記以外にも、おしゃぶりの使用は全体的な咬合状態の悪化と関連していることが示されています。
2018年のCosta氏らは、おしゃぶり使用者において、全体的な咬合の結果が悪化していることを報告していますし、Wagner氏ら(2015年)の報告では、おしゃぶり使用者の50.5%が何らかの不正咬合を発症していたと報告しています。
更にAmaralら(2017年)の研究では、おしゃぶり使用の子どもたちの62.3%に不正咬合が見られ、非使用者と比較して有意に高い割合でした。
もっと顕著な数値が出た研究例としては、Pegoraroら(2022年)の研究で、おしゃぶり使用者の86.1%が不正咬合を経験しているという、非常に高い有病率が示されています。
おしゃぶりを使用する子どもがクラスIIまたはクラスIIIの咬合(いわゆる「受け口」または「出っ歯」の重度な形態)になる可能性が高いことをTraebertら(2020年)も報告しており、他の要因を考慮してもその関連性は有意でした。
これらの研究結果は、おしゃぶりの使用が様々な形態の不正咬合と強く関連していることを示唆しています。
III. 不正咬合に影響を与えるおしゃぶり使用の三つの要因
おしゃぶり使用が歯科発達に与える影響の度合いを左右する主要な要因として、「使用期間」「使用頻度」「使用強度」の三つが挙げられています。
①使用期間
多数の研究において、おしゃぶりの使用期間が不正咬合の発生と重症度を最も強く予測する因子、すなわち1番気をつけなければいけない要素であることが示されています。
Lima氏ら(2017年)は、様々な不正咬合の種類において、使用期間が頻度や強度よりも強い予測因子であると結論付けていますし、Assis氏ら(2020年)の研究では、正常な歯列発達をしなかったケースの28.2%がおしゃぶりの使用期間という要素のみによって説明されることが示されました。
《3歳という年齢の閾値》
多くの研究で、3歳という年齢が不正咬合リスクの決定的な閾値であることが強調されています。
Cardoso氏ら(2014年)は、3歳未満でおしゃぶりを使用していた子どものAOB有病率が18.8%であったのに対し、3歳以降も使用し続けた子どもでは65.1%と顕著に増加することを報告しています。
同様に、近年では2023年のGalan-Gonzalez氏らも、3歳未満で使用していた子どものAOB有病率22.3%に対し、3歳以降も使用し続けた子どもでは35.5%に増加することを示しています。
Pimenta氏ら(2023年)も、3歳以降のおしゃぶり使用が遠心咬合(下顎が後方に位置する状態)および開咬と関連が深いことを報告しています
《長期使用による不正咬合リスクの増大》
Golovachova氏ら(2021年)は、18ヶ月を超えて使用を続けるとAOBの有病率が9.3%から13.8%へ、クラスII不正咬合の有病率が22.5%から27.9%へと増加すると報告しています。
Da Rosa氏ら(2020年)は、48ヶ月(4歳)までのおしゃぶり使用が不正咬合のリスクを約5〜15倍高めると示しました。
また、Assis氏ら(2020年)は、18ヶ月を超えておしゃぶりを使用するとAOBのリスクが3.2倍に増加すると報告しています。
このようにおしゃぶり長期使用による不正咬合リスクは、世界中で報告されているのです。
《早期中止による改善の可能性》
「うちの子3歳過ぎたけどまだおしゃぶり使っちゃってるわ」というそこのあなた!
おしゃぶりを早期に中止した場合、不正咬合が自然に改善する可能性も示されています。Scudine氏ら(2021年)の研究では、おしゃぶり中止前は85%の子どもに開咬が見られましたが、中止1年後にはわずか4%にまで減少したと報告しています。
これは、早期の介入が長期的な口腔健康リスクを最小限に抑える上で極めて重要であることを示唆しています。
②使用頻度
おしゃぶりを使用する頻度も、不正咬合の重症度と密接に関連しています。
Alves氏ら(2016年)とCosta氏ら(2018年)の両研究は、おしゃぶりの使用頻度が高いほど不正咬合のリスクが増加することを確認しています。
Nihi氏ら(2015年)は、おしゃぶり使用頻度の増加がAOBのリスクを11.33倍にまで高めるという強い関係性を報告しています。
③使用強度
おしゃぶりを吸う際の力(強度)も影響因子ですが、親の主観的な報告に頼るため、客観的な測定が難しいとされています。
とはいえLima氏ら(2017年)も、吸啜力の定量化が課題であると指摘していますしSamohyl氏ら(2017年)の研究では、測定ツールの有無にかかわらず、活発で力強い吸啜(より強い筋肉の使用を特徴とする)が口腔発達への悪影響と関連していることが報告されました。
Duliamy氏ら(2020年)は、強い筋肉の力(舌の位置や舌癖を含む)が下顎の幅とAOBの主要な寄与因子であると述べています。
これらの3つの要因を理解し、適切に管理することが、お子さんの健やかな口腔発達のために不可欠です。
IV. 不正咬合が子どもにもたらす長期的な影響
おしゃぶりの使用によって引き起こされる不正咬合は、単に歯並びの見た目だけの問題ではありません。
その影響が子どもの生活の多岐にわたる深刻な問題につながる可能性があるのです。
①機能的な問題
⚫︎咀嚼機能の低下
不正咬合は咀嚼機能に影響を与えてしまいます。
適切に食べ物を噛み砕けないと、消化器系への負担が増えるだけでなく、偏食や栄養摂取の偏りにつながる可能性もあります。
⚫︎発音障害
舌、歯、唇、気流の適切な連携が発音には不可欠です。
不正咬合によってこれらが阻害されると、発音に困難が生じることがあります。
特に、開咬は舌の動きを制限し、特定の音の発音を難しくすることが知られています。
⚫︎嚥下機能の異常
舌の不適切な位置(舌低位など)は、嚥下パターンにも影響を与え、将来的に様々な口腔機能の問題を引き起こす可能性があります。
⚫︎口呼吸の誘発と全身への影響
常に口が開いている状態になりやすく、口呼吸が習慣化することで、鼻呼吸による口腔内の清浄化作用が失われ、虫歯や歯肉炎のリスクが高まります。
また、睡眠の質の低下や顔貌の発達への影響も指摘されています。
②審美的な問題と心理社会的影響
歯並びの乱れは、子どもの自尊心や社会性にも深く関わってきます。
⚫︎自尊心の低下
不正咬合は子どもの口腔健康関連QOL(生活の質)や自尊心に悪影響を及ぼします。
歯並びが気になることで、人前で笑顔を見せることをためらったり、積極的に話すことを避けたりするようになることがあります。
⚫︎社交性の影響
特に学童期になると、見た目をからかわれたり、いじめの原因になったりすることで、社交活動への参加を控えるようになるなど、心理的な負担が増大する可能性があります。
③将来的な矯正治療の必要性と経済的・時間的負担
早期に不正咬合に対処しないと、将来的に矯正治療が必要になる可能性が高まります。
乳歯列期の不正咬合が思春期における矯正治療の必要性を予測する重要なファクターとなります。
矯正治療は、期間が長く、経済的な負担も大きいため、子どもの成長段階で回避できるのであればそれに越したことはありません。
早期介入は、こうした将来の負担を軽減するためにも重要な意味を持ちます。
これらの長期的な影響を考慮すると、おしゃぶりの使用に関する適切な知識と、早期の介入がいかに重要かということがわかります。
V. 保護者と歯科医療者が取り組むべきこと
おしゃぶりの使用と不正咬合の明確な関連性があり、早期介入と保護者の方への適切な指導が大切になります。
子どもの健やかな口腔発達を促すためには、保護者の皆様の適切な理解と行動、そして歯科医療者との連携が不可欠です。
①保護者への具体的なアドバイス
⚫︎3歳までの卒業目標
アメリカ小児歯科学会(AAPD)のガイドラインでは、3歳までのおしゃぶり使用中止を推奨しています。
今回の紹介論文の分析でも、3歳までにおしゃぶりの使用を中止した子どもは、不正咬合の発生率が著しく低いことが示されています。
お子さんの口腔機能と顎の健全な発達のためにも、この年齢を一つの目標としましょう。
⚫︎使用期間、頻度、強度を意識した管理
おしゃぶりは、夜間や寝かしつけの際など、本当に必要な時に限定して使用し、日中のだらだら吸いを避けることが大切です。
可能な限り使用時間を短くし、徐々に使用頻度を減らしていくよう努めましょう。
⚫︎SIDS予防とおしゃぶり使用のバランス
SIDS予防のためのおしゃぶり使用は、生後6ヶ月から12ヶ月頃までが推奨されています。
この時期を過ぎたら、徐々に使用頻度を減らすことを検討しましょう。
⚫︎指しゃぶりとの比較と対策
おしゃぶりと同様に、指しゃぶりも長期化すると不正咬合の原因となります。
おしゃぶりはコントロールしやすい習慣ですが、指しゃぶりは子ども自身の意志に頼る部分が大きいため、より注意が必要です。
《おしゃぶり卒業のヒント》
⭐︎段階的に減らす
最初は日中の短時間から、次に夜間の寝入り時のみに、と段階的に減らしていきます。
⭐︎代替策の提示
ぬいぐるみやブランケットなど、おしゃぶりに代わる安心できるものを提供します。
⭐︎ポジティブな声かけ
おしゃぶりなしで過ごせた時間を褒め、達成感を育みます。
⭐︎強制せず、子どもの気持ちに寄り添う
無理やり取り上げると、逆効果になることもあります。焦らず、子どもの発達段階に合わせて見守りましょう。
②歯科医療者の役割
⚫︎早期からの情報提供とカウンセリング
Degan氏ら(2019年)の研究では、歯科医療者による専門的な指導が、おしゃぶり中止の成功率を90%に引き上げたことが報告されています。
歯科医師は、保護者に対し、おしゃぶりの利点とリスク、そして適切な使用方法について、明確かつエビデンスに基づいた情報を提供する必要があります。
生後早い段階からの定期的な歯科検診を通じて、おしゃぶり使用による不正咬合の兆候を早期に発見し、適切なタイミングで介入を促すことが重要です。
発音や嚥下機能に問題が見られる場合は、小児科医、耳鼻咽喉科医、言語聴覚士などとの連携を図り、包括的なサポートを提供しましょう。
VI. 今後の課題
今回の紹介論文は、おしゃぶりの使用と不正咬合に関する現在の知見をまとめる一方で、今後の研究課題も提示しています。
市場には「矯正用おしゃぶり」と呼ばれる様々な形状のおしゃぶりが存在しますが、これらの特定のおしゃぶりデザインが、従来のタイプと比較して不正咬合のリスクを本当に軽減するのかについては、まだ十分なエビデンスが不足しています。
倫理的な配慮から実験が難しい分野ですが、詳細な観察研究や縦断研究が求められます。
また、 「使用強度」のように、現在のところ保護者の主観的報告に頼る部分が大きい影響因子について、客観的で標準化された測定方法の開発が望まれます。これにより、より詳細な因果関係の解明と、より的確な指導に繋がると期待されます。
VII. 終わりに:子どもの未来のために
おしゃぶりは、乳児の時期に多くの家庭で活用される便利な育児用品であり、その恩恵は否定できません。
しかし、今回の論文によって示された最新のエビデンスは、おしゃぶりの「使用期間」「使用頻度」「使用強度」が、小児期の不正咬合、特に前歯部開咬、後方交叉咬合、上顎前突の発生に深く関連していることを明確に指摘しています。
そして、3歳という年齢が、これらのリスクが顕著に増加する重要な閾値であることを示しています。
不正咬合は、咀嚼、発音、嚥下といった口腔機能の問題だけでなく、見た目に関する自尊心の低下や社会性の発達への悪影響、さらには将来的な高額な矯正治療の必要性といった長期的な影響を子どもにもたらす可能性があります。
お子さんの健やかな成長と、将来の美しい笑顔のために、保護者の皆様には、おしゃぶりの使用に関して最新のエビデンスに基づいた適切な知識を持ち、慎重な判断をすることが求められます。
そして、歯科医療者は、これらの情報を保護者に分かりやすく伝え、早期からの介入と、必要に応じたおしゃぶり卒業へのサポートを提供することが極めて重要です。
適切な時期におしゃぶりと上手に「お別れ」することは、お子さんが生涯にわたって健康的で自信に満ちた笑顔を育むための大切な一歩となります。
保護者と歯科医療者が協力し、子どもの口腔健康を守るための最善の努力を続けることが、私たちの社会の健やかな未来へと繋がるのです。
