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広島大学病院の研究:口腔環境と多発性硬化症:歯周病原菌(フソバクテリウム・ヌクレアタム)が握る「見えない鍵」

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2026年1月23日

広島大学病院の研究:口腔環境と多発性硬化症:歯周病原菌(フソバクテリウム・ヌクレアタム)が握る「見えない鍵」

(院長の徒然コラム)

はじめに

私たちが毎日何気なく行っている歯磨きやうがい、その日常的な習慣の裏には、実は全身の健康、ひいては難病に関わるかもしれないことがあります。

昨今では口腔環境が「口腔から全身疾患への関連性」があることが分かってきています。

この関連性の中でも特に注目されているのが、口腔内の健康状態が脳や脊髄といった中枢神経系に影響を与える分野です。

そしてこの度、日本の広島大学からの画期的な研究が、多発性硬化症(Multiple Sclerosis: MS)という、多くの人々の生活に深く影響を及ぼす難治性の神経疾患の重症度と、予想以上に密接に関わっている可能性を示唆しました。

この発見は、MSの病態解明に新たな光を当てるだけでなく、私たちの日々の口腔ケアが、神経疾患の予防や管理において、これまで考えられていた以上に重要な意味を持つ可能性があることを示しているのです。

今回はこの広島大学が発表した「The periodontal pathogen Fusobacterium nucleatum is associated with disease severity in multiple sclerosis」という論文の解説を主軸にしていこうと思います。

同じ広島の医療従事者として、発信源の一つとなれれば幸いです。

多発性硬化症(MS)とは何か?多発性硬化症の解析に迫る口腔からのヒント

多発性硬化症(MS)は、中枢神経系、すなわち脳、脊髄、視神経に炎症と脱髄病変が生じる、慢性進行性の自己免疫疾患です。

脳からの指令が体の各部にうまく伝わらなくなることで、視力障害、感覚異常、運動麻痺、歩行障害、疲労感、認知機能障害など、多岐にわたる神経症状が時間とともに変動しながら現れます。

その症状は患者さん一人ひとり異なり、日常生活に大きな影響を及ぼすことがあります。

MSの正確な原因は未だ完全には解明されていません。

しかし、遺伝的要因に加えて、エプスタイン・バーウイルス(Epstein-Barrウイルス)感染、喫煙、ビタミンD不足といった環境要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。

(2022年にEBウイルスが多発性硬化症のトリガーとなるという疫学的および分子メカニズムに関するエビデンスが立て続けに報告されています。)

特に近年、日本を含む世界各地でMSの有病率が着実に増加傾向にあり、その背景には食生活や生活習慣の変化が、私たちの体内に共生する微生物叢、特に腸内細菌叢に影響を与えている可能性が指摘されています。

腸内細菌叢の乱れ(ディスバイオーシス)は、免疫系の過剰な活性化や炎症を引き起こし、MSの病態に寄与することが数多くの研究で示されています。

そして、このMSの謎を解き明かす鍵が、意外なことに私たちの口腔にあるかもしれないというのです。

口腔内にも700種を超える菌種によって形成される口腔細菌叢が存在 しています。

その中には歯周病の原因となる歯周病原菌も含まれています。

口腔内の慢性細菌感染症である歯周病は、歯を支える組織の破壊や歯の喪失を引き起こすだけでなく、病原菌や炎症性物質が血流に乗って全身に広がり、糖尿病、心血管疾患、関節リウマチなどの全身性疾患のリスクを高めることが広く知られています。

これは、全身の炎症負荷を増大させ、免疫系のバランスを崩すこともあるからです。

(全部の歯に5mmのポケットがあれば、それは手のひらサイズの炎症と同じリスクとなってしまいます。)

もしこの歯周病菌が、中枢神経系にも直接的または間接的に影響を及ぼすとしたら、MSの新たな病態解明や、これまでにない治療・予防戦略に繋がる可能性があります。

最新研究が解き明かした、MSと歯周病原菌の驚くべき関連性

今回の広島大学の研究チームは、この口腔とMSの関連性を探るべく、調査を実施しました。

研究では、MS患者56名に加え、比較対象として視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)患者31名、MOG抗体関連疾患(MOGAD)患者11名の計98名を対象としました。

これらの疾患はMSと同様に中枢神経系の炎症性脱髄疾患(末梢神経に炎症が起こり、筋力の低下、感覚障害をきたす病気のこと)ですが、病態やメカニズムが異なります。

研究者たちは、参加者の舌苔サンプルを採取し、定量ポリメラーゼ連鎖反応(qPCR)法を用いて、主要な歯周病原菌である

⚫︎Fusobacterium nucleatum(フソバクテリウム・ヌクレアタム、以下Fn)

⚫︎Porphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス・ジンジバリス)

⚫︎Prevotella intermedia(プレボテラ・インターメディア)

⚫︎Treponema denticola(トレポネーマ・デンティコラ)

以上の4種類のDNAの相対量を測定しました。

この相対量が高い状態は、口腔内にこれらの菌が「優勢に存在している」ことを意味します。

そして、その結果を、MSの重症度を客観的に評価する国際的な指標であるExpanded Disability Status Scale(EDSS)スコアと比較しました。

EDSSスコアは、歩行能力、視力、感覚など様々な神経機能を数値化したもので、0から10までの段階で示されます。

これは多発性硬化症により障害された患者さん個人個人の最大機能を、神経学的検査成績をもとに判定したものです。

特にEDSSスコアが4.0以上は、歩行障害を伴う中等度以上の障害を意味し、患者さんの日常生活の質(QOL)に大きな影響を与える段階とされています。

広島大学の今回の研究の結果、驚くべき事実が明らかになりました。

MS患者において、口腔内のFnの相対量が著しく高い患者群は、そうでない患者群と比較して、統計学的に有意に高いEDSSスコア(すなわち、より重い疾患重症度)を示すことが判明したのです。

特に、EDSSスコアが4.0以上のMS患者では、Fnの相対量が高い割合が61.5%と、低い患者群の18.6%と比較して大幅に高いことが示されました。

これは、口腔内でのFnの増加が、MSの病態悪化と深く関連している可能性を強く示唆するものです。

さらに、興味深いことに、Fn単独だけでなく、Fnと他の歯周病原菌の複合的な相対量の高さも、MSの重症度と関連していることが示されました。

これは、特定の単一菌種だけでなく、口腔内微生物叢全体のバランスや相互作用が、MSの病態に影響を及ぼす可能性を示唆しています。

一方で、Fn以外の他の3種の歯周病原菌や、MS以外の神経疾患グループ(NMOSD、MOGAD)では、Fnのような明確な関連性は見られませんでした。

このことは、FnとMSの重症度との間に、何らかの特異的な関連性が存在することを示唆しています。

この研究は、口腔内の特定の細菌がMSの重症度に関与する可能性を、データに基づいて明確に示した、極めて重要な成果と言えるでしょう。

フソバクテリウム・ヌクレアタムが多いと何でMSが重症化しているの?:MSの「黒幕」?メカニズムの考察

では、なぜFnがMSの重症度とこれほど深く関連しているのでしょうか? 

Fnは、グラム陰性の嫌気性菌であり、歯周病の主要な病原菌の一つとして、長年にわたり研究されてきました。

この菌は、ペリクルの表面に着いた善玉菌の上に結合し、悪玉菌を含む他の様々な細菌が歯面に付着するための「足がかり」となる菌なのです。

つまりFnは多くの細菌と結合できる力を持っており、さらに歯周病菌の栄養分である鉄分や、バイオフィルムの病原性を高める物質も分泌しています。

これによりFnは強固なバイオフィルム(歯垢)の形成を促進してしまうのですが、このバイオフィルムは、細菌を宿主の免疫系から守り、より病原性の高い細菌の増殖を助ける温床となります。

さらに、Fnは炎症性サイトカインの産生を誘導し、歯周組織の破壊に直接的に寄与します。

しかし、Fnの影響は口腔内にとどまりません。

近年、Fnが歯周病だけでなく、大腸がん、アテローム性動脈硬化症、関節リウマチなど、他の全身性疾患の病態悪化にも深く関与することが次々と報告されています。

特に注目すべきは、Fnが産生するリポ多糖(LPS)という強力な炎症誘発物質が、血管内皮細胞を傷つけ、脳の防御壁である血液脳関門(blood-brain barrier:BBB)の透過性を亢進させ、神経炎症を促進する可能性があるという点です。

BBBは通常、脳を有害物質から守る厳重なバリアですが、その機能が損なわれると、炎症性物質や免疫細胞が脳内へ侵入しやすくなり、MSの病態悪化を加速させる可能性があります。

これは、Fnが直接的または間接的に中枢神経系に到達し、MSの病態に影響を及ぼすメカニズムとして非常に説得力があります。

さらに、MSの病態生理学において、免疫系の過剰な活性化とそれに伴う慢性炎症が重要な役割を果たすことが知られています。

Fnは、インターロイキン-17(IL-17)という炎症性サイトカインの産生を促すIL-17依存性免疫応答を活性化し、慢性炎症を促進することが示されています。

IL-17は、自己免疫疾患の病態形成に深く関わるサイトカインであり、MSが炎症性脱髄疾患であることを考えると、FnがこのIL-17経路を介してMSの病態悪化に寄与している可能性は十分に考えられます。

Fnによる免疫系の慢性的な刺激が、中枢神経系での自己免疫反応を増悪させるという、いやーな流れが出来てしまうわけです。

また、Fnは口腔内だけでなく、腸内にも生息しており、消化管における炎症反応にも関与することが示されています。

MS患者では、口腔内だけでなく腸内環境においてもFnを含む炎症関連菌が増加しているという研究報告もあります。

これは、口腔内の健康状態が腸内環境に影響を与え、それが全身の免疫系、ひいては中枢神経系へと波及する「口腔環境→腸内環境→免疫応答・中枢神経系」という流れを強く示唆しています。

口腔から摂取されたFnが腸内に定着し、腸管免疫に影響を与える可能性や、口腔と腸という離れた場所で、同じような微生物叢の乱れが生じている可能性も考えられます。

特に、Fnが他の歯周病原菌であるP. gingivalisのバイオフィルム形成を促進し、このP. gingivalisがMSの動物モデルで病態を悪化させるという報告は、Fnが単独ではなく、他の歯周病原菌との複合感染を通じてMSの重症化に関与している可能性を強く裏付けます。

(東京科学大学大学院の鈴木敏彦教授が発表されてましたよね)

今回の研究で、Fnと他の歯周病原菌の複合的な相対量の高さがMSの重症度と関連していたという発見は、この複合的なメカニズムを支持するものになる…ということなのです。

歯科医療が多発性硬化症患者にもたらす新たな希望:口腔ケアの再評価と連携の重要性

今回の研究結果は、歯科医療がMS患者の全身管理において、これまで以上に重要な役割を果たす可能性を明確に提示しています。

これまで歯周病は、歯の喪失や口臭といった口腔内の問題として捉えられがちでした。

しかし今回の研究は、それがMSのような重篤な神経変性疾患の重症度に影響を与える「見えない鍵」を握っているかもしれないことを示唆しています。

この画期的な発見は、MS患者における歯周病の予防と早期治療が、単なる口腔の健康維持にとどまらず、疾患の進行抑制や重症化リスクの低減に貢献する可能性を秘めていることを意味します。

そのため、MSと診断された患者さん、あるいはそのリスクがある方々には、日々の徹底した口腔ケアが、病気と向き合う上での重要な戦略となり得ます。

具体的には、適切な歯ブラシの選択とブラッシング方法の習得、フロスや歯間ブラシを用いた歯間部の清掃、そして定期的な歯科検診と専門的なクリーニング(PMTC)の継続が不可欠です。

MS患者さんは、病状の進行に伴い、手先の巧緻性低下や疲労感、認知機能の低下などにより、セルフケアが困難になる場合があります。

また、口腔乾燥を引き起こす薬剤の服用や、シェーグレン症候群などの合併症により、口腔環境が悪化しやすい傾向にあります。

このような状況においては、歯科医師や歯科衛生士が個々の患者さんの状態に合わせた、よりきめ細やかな口腔ケア指導やサポートを提供することが極めて重要です。

専門家による口腔内の定期的な評価と適切な介入は、Fnなどの病原菌の増殖を抑制し、全身の炎症負荷を軽減する上で大きな役割を果たすでしょう。

さらに、本研究が示すように、神経疾患と口腔内環境が密接に関わるという知見は、医療における「多職種連携」の重要性を改めて浮き彫りにします。

神経内科医、かかりつけ医、そして歯科医師が緊密に連携し、MS患者さんの口腔健康状態を総合的に管理するシステムを構築するきっかけとなるかもしれません。

例えば、MSの診断時に口腔内の精密検査を推奨し、歯周病が認められた場合には、神経内科医と歯科医師が情報を共有しながら、適切な歯周病治療計画を立案・実行する。

このような連携によって、患者さんはより包括的で質の高い医療を受けることができ、結果的にMSの病態改善に繋がる可能性が高まります。

歯科医師は、歯周病の早期発見・治療を通じて、全身の炎症負荷を軽減し、MSの病態改善に貢献できる強力なパートナーとなり得るのです。

今後の展望:口腔ケアが拓く未来

ただし今回の研究は横断的研究であり、Fnの増加がMSの重症化を「引き起こす」という因果関係を直接証明するものではありません。

しかし、その強力な関連性は、今後のさらなる研究の必要性を強く示唆しています。

今後の研究では、

①大規模な介入研究

歯周病治療や口腔ケアの徹底が、MS患者の疾患活動性(再発と寛解)や進行度、EDSSスコアの変化にどのような影響を与えるかを検証する、大規模かつ長期的な臨床試験が求められます。

これにより、口腔ケアがMSの疾患経過に与える影響の因果関係をより明確にすることができます。

②メカニズムの解明

今回のはあくまでも「仮説」です。

FnがMSの病態悪化に寄与する具体的な免疫学的・分子生物学的メカニズムを、さらに深く解明する研究が必要です。

例えば、Fn由来のLPSや外膜小胞(Outer Membrane Vesicles :OMV)が、BBBをどのように通過し、中枢神経系でどのような免疫細胞を活性化させ、脱髄を促進するのか、詳細な細胞・動物モデル研究が期待されます。

③バイオマーカーとしての応用

口腔内細菌叢の構成、特にFnの相対量をモニタリングすることで、MSの疾患活動性や進行リスクを予測するバイオマーカーとして利用可能になるかもしれない。

これにより、個々のMS患者のリスクを早期に評価し、パーソナライズ化された治療戦略や口腔ケア戦略を立てることが可能になるかもしれません。

④新たな治療戦略の開発

Fnなどの病原菌を標的とした新たな治療法の開発も期待されます。

例えば、特定の抗菌療法、Fnの増殖を抑制する口腔内プロバイオティクス、あるいはFnの病原性因子を無力化する薬剤などが、MS治療の選択肢として浮上する可能性も十分に考えられます。

また、口腔ケアと既存のMS治療薬との相乗効果についても研究が進められるでしょう。

(実際BioGaia社の「プロデンティス」はFn菌増殖抑えますもんね…当院でも販売中です)

終わりに

私たちの口腔は、単なる食事の入口ではありません。

全身の健康を司る重要な「健康の扉」であり、歯周病原菌は、MSのような難病の病態にも影響を及ぼす「見えない鍵」を握っているかもしれないのです。

今回の研究は、日々の口腔ケアの重要性を再認識させるとともに、歯科医療がMS患者の未来を明るくする一助となることに大きな期待を抱かせるものです。

口腔の健康を守ることが、全身の健康、ひいては脳の健康を守ることに繋がるというこの新しい知見が、多発性硬化症に苦しむ多くの患者さんの希望となり、そのQOL向上に貢献することを心から願っています。

最後に、広島大学総合診療科の方々、研究お疲れ様でした。陰ながら応援しております📣

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