2025年11月06日

(院長の徒然コラム)

はじめに
こんにちは。
近年、歯科補綴材料の選択肢は多様化し、高機能かつ生体親和性に優れた材料の開発が進められています。(同時にあっという間に消えたりもしていますが)
その一つがポリエーテルエーテルケトン(PEEK)であり、医療分野では人工関節のパーツや外科的補綴に広く用いられています。
歯科補綴においても、金属やセラミックに代替する材料として期待されており、特に弾性率や耐薬品性、低アレルギー性といった特性が評価されています。
本コラムでは、PEEK冠の物性・臨床適応、研究データに基づく長所・短所を詳述し、代表的な歯科用材料であるジルコニア冠と比較しながら、その特徴を解説します。
PEEKの材料特性と臨床応用
①物理的・機械的性質
⚫︎3点曲げ強さ:195 MPa
⚫︎曲げ弾性率:4.7 GPa(吸水7日後)
⚫︎ビッカース硬さ:27 HV
⚫︎吸水量:5.7μg/m㎥
⚫︎耐熱温度:240℃
⚫︎荷重たわみ温度:152℃
⚫︎吸水率:0.14%
これらの数値は、従来の高性能ポリマーの数値と比較しても遜色なく、金属やセラミックと比べても弾性に優れることを示しています。
特に弾性率4.7 GPaは、歯や骨の弾性と近い水準であり、荷重吸収とストレス緩衝を可能にします。
いわゆる「スーパーエンジニアリングプラスチック」に分類されるものです。
(仮歯に使われるポリカーボネート樹脂がエンジニアリングプラスチック、義歯に使われていたポリサルホンはスーパーエンジニアリングプラスチック)
②生体適合性と耐久性
PEEKは化学的に安定で、耐薬品性、耐熱性に優れ、長期使用においても劣化や変色が少ないです。
免疫学的反応もほとんどなく、アレルギーリスクが低いため、金属アレルギー患者や高生体適合性を求める患者に適しています。
③色調と表面改良
純粋なPEEKは淡い灰色がかっており、自然歯との調和や審美性に乏しいです。
歯科に保険適応されるPEEK樹脂ブロックも工夫はされていて、色調調整や表面の滑沢化が進められているのですが、いかんせん透明感がないです。とはいえ、金属冠よりは審美的要求に対応できているとはいえます。
④物性の変化と吸水影響
吸水による物性変化は重要な観点で、吸水7日後の曲げ弾性率4.7 GPaは、その影響を考慮した結果です。
(曲げ弾性率とは、材料に曲げる方向の荷重をかけた時にどれくらい曲がりにくいかの比率です。この数値を持つpeekは非常に優秀な樹脂です。)
吸水が進むと、弾性係数が高まる傾向があり、耐荷重性や形態安定性に影響を与えてしまいます。
PEEK冠は樹脂が入っている歯科補綴物の中で、吸水性という点では非常に優秀です。
PEEK冠の臨床適応
PEEK冠の保険適応条件
PEEK冠は、現時点での日本の保険制度において、以下の条件を満たす場合に適用が認められています。
①適用部位
第一大臼歯(第6番)、第二大臼歯(第7番)、第三大臼歯(第8番)
すなわち、前から6番目、7番目、8番目の歯における単冠修復。
②使用条件
⚫︎十分な歯冠高径の確保
支台歯の歯冠高径が、適切な保持力を確保できるレベルであること。
歯冠長が不足している場合や、コア部分の支持不足の場合は適用できない。
⚫︎過度な咬合圧の回避
補綴物に過負荷がかからない状態であること。咬合圧が非常に高い症例や、歯の破折リスクが高いケースは適用外となる。
⚫︎部分床義歯の支台歯としての適用不可
現在の証拠(エビデンス)が限られており、部分床義歯の支台歯としての使用は推奨されていない。
これらの適応範囲は、歯科医師の臨床判断や患者背景に基づき、長期的な支持性や機能性を考慮して選択されます。
特に、金属アレルギーや歯槽骨吸収リスクの軽減を重視する患者において、PEEKの近年の臨床応用が拡大しています。
臨床的メリットと適用例
⚫︎高い生体親和性と低アレルギー性
PEEKは化学的に安定で、ほとんどの患者に対して免疫反応やアレルギー反応が生じないとされます。
特に金属アレルギーやアレルギー体質の患者にとって、安全性の高い材料です。
⚫︎弾性係数の適合性によるストレス緩和
弾性係数は約4.7 GPaと、歯や骨の弾性に近いため、咬合負荷を柔軟に吸収し、応力集中を防ぎます。
これにより、歯牙自体や歯根への過度なストレス負荷を防ぎ、長期的な支持性と安定性に優れているのです。
⚫︎軽量性と優れた制作性
金属やセラミックに比べるとずっと軽く、患者さんの装着感は良いです。
CAD/CAM加工や調整も比較的容易なため、歯科技工所での作業性も高いです。
⚫︎耐腐食、耐熱性の高さ
酸や溶媒に対して耐性が強く、口腔内の化学的環境に対応できます。
PEEK冠の短所と課題
①審美性の課題
天然歯やセラミック、従来の保険適応のCADCAM冠と比べると、色調や透明感に劣るため、審美面ではあまり優れていません。
改良は進められているますが、伝統的な歯科材料に比べると限られた調整範囲となっています。
②摩耗・耐久性
表面硬度(ピッカース硬度)は約27 HV0.2と低めであり、長期の摩耗や表面劣化が懸念されています。
特に、対合歯との擦り合わせによって摩耗を引き起こす可能性があり、対合歯との適切な咬合調整や対合歯の材料との兼ね合いを考える必要があります。
③表面処理と接着性
プラスチック系の素材であるため、適切な表面処理が不可欠。
サンドブラストや専用プライマー(MMAとPDMA)と接着セメント使用による接着強化が必須ですが、その最適化はまだ研究途上です。
④反りが起きやすい
材料の性質上、内部応力や形状によっては、加工後の変形が起こります。
⑤長期臨床データの不足
研究実験による性能評価は良好であるが、実臨床における10年以上の長期経過に関するデータはまだ限定的です。
摩耗や色調保持、破損のリスク評価には追加研究が必要な状況です。
ジルコニア冠との比較
①機械的性質の違い
まず、ジルコニアとPEEKの最大の違いは、その硬さと弾性にあります。
⚫︎ジルコニア
臨床研究によると、ビッカース硬さは約1200 Hvに達し、高い耐摩耗性と耐久性を持ちます。
弾性係数は約200 GPaと非常に硬く、一般的な歯科用セラミックと同程度です。
この高弾性は長期の咀嚼負荷や摩耗に耐えるのに有利ですが、対合歯の摩耗も多いのが欠点です。
⚫︎PEEK冠
対してPEEK冠の弾性係数は約4.7 GPa(吸水後)で、ジルコニアの約40分の1に過ぎません。
ビッカース硬さも27 HV0.2と低いため、表面は摩耗しやすく、長期的な摩耗耐性はジルコニアに大きく劣ります。
しかし、この柔軟性は、負荷を吸収しやすくストレスを緩和するため、咬合荷重の影響を低減できます。
②摩耗耐性と対向歯への影響
ジルコニアは、その硬度により補綴物の摩耗を最小限に抑えるとともに、長期にわたり形態を維持できる一方、硬度が仇となって対合歯が摩耗しやすいという課題も指摘されています。
PEEK冠は、硬さがセラミックスに比べて格段に低いため、対合歯の摩耗を大きく抑えることができます。
世界の実験でも、ジルコニアの対合歯摩耗性がPEEK冠の約3倍という結果が示されており、長期の対合歯保護に適しています。
③色調と審美性の比較
ジルコニアは、透明感や半透明性に優れ(リチウムジシリケートには劣りますが)、複雑な色調調整も可能です。
ジルコニアの多層・多色系は高い審美性を実現しており、前歯部や審美領域に広く用いられる。
一方PEEK冠は、ベースにある淡い灰色調から自然歯との調和が難しく、審美的に劣るとされています。
色の安定性の実験データでも、ジルコニアより劣ることが示され、色調の劣化が進んでいきます。
④応力緩衝と荷重吸収性
ジルコニアは、硬くて剛性が高いため、外力を直接伝達しやすく、頑丈ではありますが負荷集中による破折リスクはあります。
(ダイヤモンドをハンマーで叩いたら割れてしまうのと同じ)
PEEK冠は、弾性係数が歯や骨に近いため、咬合負荷を吸収しやすいのです。
研究実験でも、変位抵抗(荷重による微小移動)ではPEEKの方がジルコニアより高かったのです。つまり、応力を分散しやすく、破折や歯根破折のリスクを低減できるのです。
⑤製作と修復性
ジルコニアとPEEKの最大の差異のひとつは、製作工程と修復性に関する特性です。
**ジルコニア**は、硬度と弾性の高さから、セラミックの特性により、非常に硬く高強度の材料であるため、非常に正確なCAD/CAM加工が必要です。
硬度が高く、工具への負荷も大きいため、研磨や調整は高精度な工具と必要とします。
さらに、一度硬化すると再修復や部分的な調整は困難であり、修理や修正には特殊な研磨やコーティング技術が必要となります。
例えば、修復作業においては、研削や再焼成が求められることもあり、その場合コストや時間も増加します。
一方、PEEK冠は、その材料の柔軟性と比較的低硬度(ビッカース硬さ約27 HV0.2)により、修理というより摩耗して交換ということがほとんどです。
コスト的にもジルコニアより圧倒的に安価です。
結論としてジルコニアは長期の耐摩耗性と高い剛性に優れるが、修復と調整には高度な技術とコストが必要であるのに対し、PEEK冠は再作成のコスト面で有利であることが特徴的である。
⑥製造コスト
⚫︎ジルコニア
高度なCAD/CAM技術と高硬度の工具が必要であり、初期製作コストは高いです。
修理時も専門的な設備と技術が必要となるため、総合的にコスト増となります。
⚫︎PEEK冠
比較的廉価な加工設備で済むため、コスト面での優位性があります。
コスト効率では、PEEKの方が有利といえます。
終わりに
いかがでしたか。
本コラムでは、PEEK冠の物理的特性、臨床応用、研究データを詳細に紹介し、ジルコニア冠との比較を通じてそれぞれの適応と課題を整理してみました。
冠PEEKは、制作性や対合歯との緩衝に優れ、保険適応のため価格の面で優秀です。
一方、補綴物自体の摩耗・耐久性や審美性に関しては、ジルコニアの優位性が明らかです。
さらにいえば吸水性の面、汚れの付着しやすさでもジルコニアが圧倒的に優位です。
(樹脂の中ではPEEKは低い方なのですが)
アレルギーリスク低減については、そこまでの差異は見当たりませんが、今後の研究次第でわかってくることもあるでしょう。
今後の臨床研究および材料改良により、PEEK冠の長期臨床使用に関するエビデンスが増えれば、より広範な臨床応用が期待されます。
