歯の神経を可能な限り救う治療:生活歯髄断髄法を再考察する|広島市中区立町の歯医者(紙屋町、八丁堀、袋町からすぐ)|ブランデンタルクリニック|土曜日、日曜日、祝日診療

〒730-0032 広島県広島市中区立町2-1 立町中央ビル4F

082-258-6411

ネット予約はこちらから
受付

歯の神経を可能な限り救う治療:生活歯髄断髄法を再考察する

歯の神経を可能な限り救う治療:生活歯髄断髄法を再考察する|広島市中区立町の歯医者(紙屋町、八丁堀、袋町からすぐ)|ブランデンタルクリニック|土曜日、日曜日、祝日診療

2026年2月23日

歯の神経を可能な限り救う治療:生活歯髄断髄法を再考察する

(院長の徒然コラム)

はじめに

歯の痛みは、多くの人々が経験する不快な症状であり、その原因の多くは歯の内部に存在する「歯髄」、いわゆる「歯の神経」の炎症にあります。

特に、この炎症が重度に進行し、「不可逆性歯髄炎」と呼ばれる状態に陥ると、激しい自発痛や持続性の誘発痛を伴い、日常生活に大きな支障をきたします。

これまで、不可逆性歯髄炎の主な治療法は、炎症を起こした歯髄全体を除去する「抜髄」、「根管治療」か、あるいはあまりに虫歯が大きく歯を保存できない場合の「抜歯」が一般的でした。

これらの治療法は、痛みの除去と感染の制御において重要な役割を果たしてきましたが、根管治療は複数回の通院を要する時間的・経済的負担、そして歯の失活(歯の内部の神経を失うこと、または機能を失うこと)による歯質の脆弱化といった課題を抱えており、抜歯に至っては歯そのものを失うという不可逆的な結果を伴います。

しかし近年、歯科医療の分野では、歯を可能な限り健全な状態で温存しようとする「低侵襲治療」の概念が広がり、歯髄の生活性(バイタリティ)を維持する「生活歯髄保存療法(Vital Pulp Therapy, VPT)」が注目を集めています。

その中でも、特に不可逆性歯髄炎に罹患した永久歯に対する「生活歯髄断髄法(Therapeutic Pulpotomy)」は、従来の治療法に代わる、あるいはそれを補完する選択肢として、期待が寄せられています。

本コラムでは、2026年に発表された最新の研究「Therapeutic pulpotomy for permanent teeth with irreversible pulpitis: comparative results from a practice-based quick poll in the USA and UK」(Colloc et al., BDJ Open 2026)のデータを参照しながら、生活歯髄断髄法がどのような治療法であるのか、その診断の重要性、従来の治療法との比較、そして現状の課題と将来の展望について深く掘り下げていきます。

生活歯髄断髄法とは何か?:歯髄の生活性を守る低侵襲アプローチ

生活歯髄断髄法は、歯髄の炎症が歯冠部に限定されている場合に、その炎症部分だけを除去し、歯根部に存在する健康な歯髄組織を温存することで、歯の生活性を維持しようとする治療法です。

この治療の最大の目的は、歯の自然な防御機構と治癒能力を最大限に活用し、歯の長期的な機能と寿命を確保することにあります。

具体的には、虫歯などによって炎症を起こし、不可逆性歯髄炎と診断された歯において、局所麻酔下で歯冠部の炎症歯髄を切除します。

その際、残された歯根部歯髄の表面には、生体適合性の高い特殊な材料を直接適用します。

この材料は、歯髄細胞の再生を促し、外部刺激から歯髄を保護するための新しい象牙質(デンティンブリッジ)の形成を誘導する役割を果たします。

生活歯髄断髄法に使用される主要な材料として、カルシウムシリケート系セメント(Calcium Silicate-based Cement, CSC)が挙げられます。

代表的なものに、Mineral Trioxide Aggregate (MTA) や Biodentine™ などがあります。

これらの材料は、優れた生体適合性、高い封鎖性、そして歯髄組織の治癒を促進する能力を持つため、生活歯髄断髄法の成功率を高める上で不可欠な要素となっています。

(当院ではMTAを使用することが多いですね。)

炎症歯髄を温存するのではなく、炎症部位のみを取り除き、残った生活歯髄にこれらの生体材料を適用することで、歯髄の治癒と再生を促し、歯を失活させずに長期的に保存することが可能になるのです。

これは、従来の根管治療が歯髄をすべて除去し、人工材料で充填するアプローチであったことと比較すると、歯の生物学的側面をより重視した画期的な治療法と言えるでしょう。

正確な診断が成功の鍵:不可逆性歯髄炎の新たな捉え方

生活歯髄断髄法を成功させるためには、正確な診断が極めて重要です。この治療法は、あくまで炎症が歯冠部に限定され、歯根部歯髄が健康な状態を保っている場合に有効であり、炎症が歯根部歯髄にまで及んでいる場合や、歯根尖病変が存在する場合には適応できません。

不可逆性歯髄炎の診断は、患者の自覚症状(例えば、自発的な強い痛み、冷たい刺激や温かい刺激に対する持続的な痛み)と、臨床検査(電気歯髄診、温冷刺激試験、打診、触診)に基づいて行われます。

X線写真による虫歯の深さの確認や、歯根尖病変の有無の評価も不可欠です。

今回の紹介論文でも言及されているように、治療時に歯髄からの出血が10分以内に止血できることは、生活歯髄断髄法に進む上での重要な臨床的基準の一つとされています。

これは、歯髄の炎症が局所的でコントロール可能であることを示唆するサインだからです。

しかし、症状だけで歯髄の炎症状態を正確に把握することは依然として困難であり、過去には「不可逆性歯髄炎」という用語自体が、「歯髄が回復不能である」という誤解を生む可能性がありました。

実際、最近の研究では、不可逆性歯髄炎と診断された歯でも、炎症が歯冠部に留まっていれば、生活歯髄断髄法によって歯髄の生活性を維持できることが示されています。

この新しい知見は、従来の診断概念に一石を投じるものです。

このような背景から、歯髄の炎症を「初期」「中等度」「重度」といった段階で分類する新たな診断システムが注目を集めています。

これにより、炎症の程度に応じたより適切な治療法を選択することが可能となり、従来の「不可逆性」という言葉の呪縛にとらわれず、積極的に歯髄の保存を目指す治療へと繋がると期待されています。

米国と英国における生活歯髄断髄法の現状と課題:文化と教育がもたらすギャップ

今回の2026年の論文は、米国と英国の歯科医師を対象とした調査を通じて、不可逆性歯髄炎に対する診断と管理、特に生活歯髄断髄法に対する認識と実践の現状が明らかになっています。

この調査結果からは、治療法が臨床現場に浸透する上での複雑な要因(問題点といってもいい)が浮き彫りになります。

①依然として主流の根管治療と抜歯

調査によると、米国と英国の歯科医師の大多数は、不可逆性歯髄炎の治療として依然として「根管治療」を第一選択としています(米国で77%、英国で90%)。

特に英国では、「抜歯」も50%と高い割合を占めており、これは国民保健サービスの体制、患者の経済状況、あるいは医療アクセス状況などが背景にある可能性が示唆されます。

一方で、生活歯髄断髄法を緊急処置として実際に実施していると回答した歯科医師は、米国で20%、英国で16%と比較的低い割合に留まっています。

この数字は、生活歯髄断髄法が確立された治療法として認識されつつあるものの、臨床現場での普及にはまだ時間を要することを示しています。

②材料選択に見る意識の変化

生活歯髄断髄法に使用される材料については、米国では水酸化カルシウム(44%)が最も多く、次いでMTA(24%)が続きます。これに対し、英国ではMTA(29%)が最も多く、Biodentine™(11%)が続く傾向が見られます。

特に注目すべきは、英国では水酸化カルシウムの使用が米国よりも少ない点です。

これは、英国の歯科医師が、より新しいカルシウムシリケート系セメントの優れた生体適合性や治癒促進効果を重視していることを示しています。

また、米国ではホルムクレゾール(21%)の使用も報告されているのに対し、英国では0%であり、旧来の材料に対する意識の差も浮き彫りになっています。

(発癌性もあるので、日本でも勉強している歯科医師は使っていないと思います。)

③歯科医師の意識と行動のギャップ

興味深いことに、生活歯髄断髄法を「最終的なな治療選択肢」として検討する意欲については、米国で47%、英国で82%と非常に高い割合を示しています。

特に英国では、「患者も賛成し、自身も賛成する」と回答した歯科医師が82%に上り、治療法としての潜在的な受容性が極めて高いことが伺えます。

しかし、実際に「臨床で生活歯髄断髄法を実施していない」と回答した英国の歯科医師は57%にも及び、この意識と実際の行動との間には大きなギャップがあることが浮き彫りになりました。

このギャップの背景には、実践的なトレーニングの不足、長期的な予後に関する確信の欠如、材料の費用、保険制度の制約、あるいは伝統的な治療法への慣れと固執など、複合的な要因が考えられます。

エビデンスが示され、多くの歯科医師がその有効性を認識していても、日々の臨床に導入するには、知識だけでなく技術、そしてそれを支える環境が求められることが示唆されています。

④世代間の違いと教育の影響

紹介論文では、英国の回答者に若年層が多く(21~40歳が50%)、米国の回答者に高齢層が多い(51歳以上が63%)という年齢分布の違いにも言及されています。

この年齢差が、治療選択肢に対する認識の違いに影響を与えている可能性が指摘されています。

若年層の歯科医師は、大学教育において最新のエビデンスに基づいた低侵襲治療やカルシウムシリケート系材料の利用について学んでいるため、生活歯髄断髄法に対する抵抗感が少ないと考えられます。

しかし、大学教育における生活歯髄保存療法の「座学」は広範に行われているものの、「実習」の機会は限られているという課題も指摘されています。

実習機会の不足は、歯科医師が新たな治療法を自信を持って臨床に導入する上での大きな障壁となり得ます。

教育と臨床実践の間のこの断絶は、新しい技術や知識の普及において常に存在する問題であり、これをいかに埋めるかが重要な課題となります。

⑤根管治療と比較した生活歯髄断髄法の利点

根管治療は、一般的に複数回の通院を要します。

論文によると、米国では2回の通院(31%)または1回の通院(22%)で完了することが多いとされていますが、英国では2回の通院(60%)または3回の通院(25%)が必要とされており、より時間と労力がかかる傾向があります。

これに対し、生活歯髄断髄法は、歯髄の生活性を維持できるだけでなく、治療回数の削減や治療時間の短縮が期待できるため、患者と歯科医師双方にとって負担の少ない選択肢となる可能性があります。

生活歯髄断髄法がもたらす多大なメリット:患者と歯科医療システムの双方に

生活歯髄断髄法は、その性質上、患者と歯科医療システムの両方に多大なメリットをもたらす可能性を秘めており、従来の治療法の限界を補完する形で、より広範な歯科医療の改善に貢献し得ます。

①患者へのメリット

⚫︎歯の生活性維持と長期保存

生活歯髄断髄法の最大の利点は、歯髄の生活性を維持できる点にあります。

歯髄が生きていることで、歯は温度変化などの外部刺激に対する感受性を保ち、歯根の成熟が継続します。

特に若年者の永久歯では、未完成な歯根の成長を促し、歯根の壁を厚くすることで、歯の強度と寿命を格段に向上させることができます。

これにより、歯の抜歯や失活による歯質の脆弱化、将来的な補綴治療の複雑化を防ぐことが可能です。

⚫︎低侵襲で歯質保存的

根管治療では、歯冠部から歯根部まで歯質を大きく削る必要がありますが、生活歯髄断髄法は炎症部分のみを除去するため、健全な歯質を最大限に温存できます。

これは、歯の構造的完全性を保ち、歯の破折リスクを低減することに寄与し、結果として歯の寿命を延ばします。

⚫︎治療回数と時間の短縮

根管治療が複数回の通院を要することが多いのに対し、生活歯髄断髄法は通常1回または2回の通院で完了することが多く、患者の通院負担を大幅に軽減します。

これは、多忙な現代人にとって大きな利点となります。

⚫︎術後の痛みの軽減

根管治療後には術後痛が比較的頻繁に報告されますが、生活歯髄断髄法は歯髄の生活性を維持するため、術後の不快感や痛みが少ない傾向にあります。

⚫︎治療費の削減

根管治療やそれに続く複雑な補綴治療(クラウンなど)と比較して、生活歯髄断髄法は一般的に治療費用が低く抑えられる傾向にあります。

これは、患者の経済的負担を軽減し、より多くの人々が質の高い歯科治療を受けられるようになることに貢献します。

②歯科医療システムへのメリット

⚫︎紹介の減少と一般歯科医の役割拡大

従来、不可逆性歯髄炎は根管治療専門医への紹介が必要なケースもありました。

しかし、生活歯髄断髄法が一般歯科医によって広く実施されるようになれば、専門医への紹介が減り、一般歯科医がより多くの症例に対応できるようになります。

これは、専門医の負担軽減にも繋がり、より専門性の高い複雑な症例に貢献できるでしょう。

これは、歯科医療システム全体の効率化と、患者がより迅速に適切な治療を受けられるようになることへと繋がります。

⚫︎医療費の抑制と資源の最適化

複雑な根管治療や、それに続く高額な補綴治療(クラウンなど)を回避できるため、国や患者全体の医療費負担を軽減する効果が期待できます。

医療資源(専門医の時間、高価な医療機器や材料)が、本当に必要とされるケースに集中して配分されることで、医療システム全体の効率性が向上します。

⚫︎治療ガイドラインの進化と研究の推進

生活歯髄断髄法の普及は、現在の治療ガイドラインの見直しを促します。

紹介論文でも言及されているように、米国歯内療法学会(AAE)や欧州歯内療法学会(ESE)も不可逆性歯髄炎に対する生活歯髄断髄法を推奨しており、今後のガイドライン改訂を通じて、より多くの歯科医師がこの治療法を適切に実践できるようになることが期待されます。

また、この分野の研究はさらに加速し、より効果的な材料や手技の開発、長期的な成功率を高める要因の解明へと繋がるでしょう。

生活歯髄断髄法の今後の展望と課題:普及に向けた多角的なアプローチ

生活歯髄断髄法は、その潜在的なメリットが非常に大きい一方で、臨床現場での普及にはまだいくつかの課題が存在します。

①エビデンスのさらなる蓄積と長期的な追跡調査

現在までも生活歯髄断髄法の有効性を示す短期から中期のエビデンスは豊富に存在します。

Collらの包括的なレビューとメタアナリシス(2025年)も、間接歯髄保護、直接歯髄覆罩、部分的断髄、完全断髄において91〜97%という高い成功率を示しています。

しかし、従来の根管治療と比較した、より長期的な無作為化比較試験(RCT)による質の高いエビデンスの蓄積が引き続き求められています。

特に、歯髄の炎症が重度である不可逆性歯髄炎における生活歯髄断髄法の長期的な成功率や、その成功に寄与する要因、失敗する要因を詳細に分析することが不可欠です。

英国で進行中のPIP(Pulpotomy in Permanent Teeth with Irreversible Pulpitis)研究のようなRCTは、このエビデンスギャップを埋める上で極めて重要な役割を果たすでしょう。

②教育とトレーニングの拡充

今回の論文で指摘されているように、大学における生活歯髄保存療法の座学は普及しているものの、実習機会が不足している現状は大きな課題です。

歯科医師がこの治療法を自信を持って臨床に応用するためには、学生時代から十分な実践的トレーニングを積む必要があります。

また、卒後研修や生涯学習の機会を充実させ、最新の知識と技術を習得できるプログラムを提供することが重要です。

シミュレーションを用いたトレーニングや、経験豊富な指導医による学習の場の提供は、技術習得の障壁を低減し、より多くの歯科医師が生活歯髄断髄法を安全かつ効果的に実践できるようになるために不可欠です。

③臨床導入支援とガイドラインの整備

歯科医師が生活歯髄断髄法を日常診療に取り入れるためには、明確で実用的な臨床ガイドラインが不可欠です。

診断基準、手技の手順、使用材料の選択基準などを具体的に示したガイドラインは、歯科医師の意思決定を支援し、治療の標準化に貢献します。

④認識の向上と患者教育

生活歯髄断髄法は、従来の根管治療と比較してまだ浸透していない概念(手技自体は昔からある)であり、まだ一般の患者には広く知られていません。

この治療法のメリット、リスク、成功率などについて、歯科医師が患者に適切に情報を提供し、理解を深めてもらうことが重要です。

患者が自身の歯の保存に積極的に関与し、治療選択肢の一つとして生活歯髄断髄法を考慮できるよう、説明していく必要があります。

終わりに

今回紹介した2026年の研究は、不可逆性歯髄炎に対する生活歯髄断髄法への関心が、米国と英国の両国で高まっていることを明確に示しました。

特に英国では、多くの歯科医師がこの治療法を「決定的なな選択肢」として前向きに捉えているものの、実際の臨床実践においては普及に遅れがあるという、意識と行動の間のギャップが浮き彫りになりました。

このギャップは、教育、トレーニング、エビデンス、そして制度的な支援の必要性を強く示唆しています。

生活歯髄断髄法は、昔からあった治療法であるものの、歯科医療におけるパラダイムシフトになり得るかもしれません。

それは、歯の痛みを取り除くだけでなく、歯の生命を最大限に尊重し、自然治癒力を活用することで、患者自身の歯を長期にわたって維持しようとする「患者中心」で「生物学的」なアプローチへの移行を意味します。

歯を失活させることなく、健全な歯質を温存し、本来の機能を保つことは、患者のQOL(Quality of Life)を向上させるだけでなく、歯科医療システム全体の持続可能性にも貢献します。

今後、質の高い研究を通じてエビデンスがさらに強化され、大学教育や卒後研修において実践的なトレーニングの機会が拡充されるとともに、明確な臨床ガイドラインと制度的な支援が整備されることで、生活歯髄断髄法は不可逆性歯髄炎に対する標準的な治療選択肢の一つとして、広く普及していくことでしょう。

歯は、一度失われると二度と元には戻らない、かけがえのない体の一部です。

その歯の生活性を守り、患者自身の歯を大切にするという生活歯髄断髄法の理念は、現代歯科医療が目指すべき方向性を示しています。

この治療法が広く臨床に根付き、多くの人々の歯の健康と笑顔を守る未来が、着実に近づいています。

歯科医療従事者一人ひとりが、この新しい潮流を理解し、自身の知識と技術を更新していくことが、患者中心のより良い歯科医療を実現するための鍵となるでしょう。

TOP