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口腔内の血管腫・血管異常の原因と治療:多くの歯科医師が誤解している「血管腫」の定義

口腔内の血管腫・血管異常の原因と治療:多くの歯科医師が誤解している「血管腫」の定義|広島市中区立町の歯医者(紙屋町、八丁堀、袋町からすぐ)|ブランデンタルクリニック|土曜日、日曜日、祝日診療

2026年2月04日

口腔内の血管腫・血管異常の原因と治療:多くの歯科医師が誤解している「血管腫」の定義

(院長の徒然コラム)

はじめに:口腔内に潜む血管の病変を理解する

私たちの身体を巡る血管は、生命維持に不可欠な役割を担っています。

しかし、その血管が異常な増殖や形態を示す病変「血管異常」として現れることがあります。

特に口腔内は、食事、会話、呼吸といった重要な機能をつかさどる部位であるため、ここに生じる血管異常は、患者の日常生活に大きな影響を及ぼし、歯科医療従事者にとっても特別な配慮が必要となる病態です。

今回のでは、「口腔内の血管腫」をテーマに、その多様な臨床像、診断、治療、そして歯科医療における重要性について、最新の知見とエビデンスに基づき深く掘り下げていきます。

参考文献として、日本における標準的な診療指針である「血管腫・血管奇形・リンパ管奇形診療ガイドライン 2022」、口腔内血管腫の有病率に関する横断研究(Prevalence of Hemangiomas in Oral Cavity, A Cross‑Sectional Study in Udaipur Population)、静脈奇形の遺伝子学的・病態生理学的特徴を包括的に解析した研究(Comprehensive phenotypic and genomic characterization of venous malformations)、これらを主軸とし、今まで研究で明らかになってきたエビデンスを統合して、専門的な視点から解説します。

読者の皆様が口腔内の血管異常に対する理解を深め、日々の臨床や研究に役立てていただけるよう、書いて参ります。

第1章:血管異常の基本:ISSVA分類と口腔内病変の位置づけ

口腔内の血管病変を理解する上で、まず「血管異常」全体の分類を把握することは不可欠です。

国際血管異常学会(International Society for the Study of Vascular Anomalies; ISSVA)による分類は、血管異常を病態生理学的な特徴に基づいて「血管腫(Vascular Tumors)」と「血管奇形(Vascular Malformations)」の二つに大別する、世界的に最も広く受け入れられている分類法です。

このISSVA分類は、診断と治療戦略の決定において極めて重要な役割を果たします。

①血管腫(Vascular Tumors)の定義と特徴

血管腫は、血管内皮細胞の異常な増殖によって形成される真性腫瘍であり、増殖期と退縮期という特徴的な自然経過をたどることが最大の特徴です。この中で最も一般的なのが「乳児血管腫(Infantile Hemangioma)」であり、出生後早期に増殖し、その後自然に退縮する傾向があります。

乳児血管腫は、増殖期の急速な成長と、その後の退縮を経て完全に消失することもあれば、線維脂肪組織や毛細血管拡張を残すこともあります。

⚫︎主な特徴

血管内皮細胞のクローン性増殖によって腫瘍となります。

出生後早期に増殖期があり、その後退縮期に入るのが一般的です。病理学的には増殖した血管内皮細胞と多層化した基底膜によって構成され、急速な増殖と自然退縮が臨床所見です。

「血管腫は実際には内皮細胞のターンオーバーと増殖が促進された新生物である」と提唱された背景(Mulliken氏とGlowacki氏が提唱)もあり、この定義の重要性が示されています。

②血管奇形(Vascular Malformations)の定義と特徴

一方、血管奇形は、血管構造の形態形成異常によって生じる病変であり、血管内皮細胞の増殖は認められません。

血管奇形は、出生時から存在(所見が見られなくても奇形は内在しているということ)し、成長とともに病変が拡大する傾向がありますが、自然退縮することはほとんどありません。

流速によって低流速型(静脈奇形、リンパ管奇形、毛細血管奇形)と高流速型(動静脈奇形)に分類されます。

ここまで言うと、勘のいい歯科医師の方はハッとするかもしれませんが、歯科医師が成人の方で発見する「血管腫」だと思っているものは、この血管奇形のケースだったり、後述の類似疾患だったりするケースが殆どです。

⚫︎主な特徴

血管構造の形態形成異常であり血管内皮細胞の増殖はみられません。

出生時から存在し、年齢とともに拡大して発見され、自然退縮はしません。

組織学的特徴としては拡張した血管腔と薄い血管壁、正常な血管内皮細胞が見られます。

流速によって分類され、病変は成長に伴い拡大し、発見されます。

この血管奇形の中でも特に「静脈奇形(Venous Malformations; VMs)」は最も一般的な血管奇形であり、静脈奇形は血管内皮細胞の増殖を伴わない先天性の血管疾患であり、通常、薄い内皮細胞と不規則に分布する血管平滑筋(VSM)に囲まれた拡張した静脈様血管によって特徴づけられています。

③ISSVA分類とガイドライン2022の役割

ISSVA分類は、診断基準の統一と治療法の選択において国際的な共通言語を提供してくれます。

日本血管腫血管奇形学会の「血管腫・血管奇形・リンパ管奇形診療ガイドライン 2022」は、このISSVA分類を基盤として、日本の医療環境に合わせた詳細な診断アルゴリズム、検査、治療選択肢、フォローアップの指針を提示しています。

このガイドラインは、口腔内の血管異常を含むすべての血管異常に対する、エビデンスに基づいた標準的なアプローチを確立することを目的としています。

口腔内に現れる血管異常は多岐にわたり、乳児血管腫だけでなく、静脈奇形、リンパ管奇形、動静脈奇形、そしてこれらが混在する複合型病変など、さまざまなタイプが存在します。

それぞれ病態生理、臨床経過、治療法が異なるため、正確な診断が不可欠です。

第二章:口腔内血管腫(Infantile Hemangioma)の臨床像と診断

口腔内の血管腫、特に乳児血管腫は、その視覚的な特徴から歯科医師が日常臨床で遭遇する可能性のある病変の一つです。

しかし、増殖期と退縮期という特有の自然経過や、他の血管異常との鑑別が重要であるため、その臨床像と診断プロセスを正確に理解しておく必要があります。

①定義と病態生理:増殖と退縮のサイクル

乳児血管腫は、出生後数日から数週以内に現れ、生後数ヶ月間(通常は生後5ヶ月まで)に急速に増殖する「増殖期」があります。

この期間は、血管内皮細胞の活発な増殖が特徴です。その後、増殖は停止し、ゆっくりと縮小していく「退縮期」に入ります。

退縮は通常1歳頃から始まり、5~10歳頃までに大部分が完了しますが、完全に消失しない場合もあります。

退縮後も、皮膚の萎縮、毛細血管拡張、線維脂肪組織の遺残などが見られることがあります。

要するに、真の口腔内血管腫は、内皮細胞増殖の結果として口腔内およびその周囲で増殖する良性腫瘍なのです。

②口腔内血管腫の疫学と好発部位

2025年にインドのウダイプール集団における口腔内血管腫の有病率に関する横断研究であり、その疫学的な側面に関する貴重な情報を提供していくれました。

⚫︎口腔内血管腫有病率

論文研究で対象となった集団において、口腔内血管腫の有病率は2.6%と報告されています。

これは、過去の研究と比較してやや高い値であり、地域差や研究方法の違いが影響している可能性がありますが、口腔内血管腫が決して稀ではないことを示唆しています。

⚫︎年齢

血管腫が見つかった患者の平均年齢は54.62歳であり、乳児血管腫は通常、乳児期に発症し退縮する病変ですが、この研究の平均年齢が高いのは、退縮後に病変が残存した場合や、成人期に診断される他のタイプの血管異常(例:静脈奇形)が混在している可能性も考慮する必要があります。

しかし、インドのウダイプールでの研究論文では「診断された18人の参加者の平均年齢は54.62歳であった」とされており、これは口腔内血管腫(Oral Hemangiomas; OHs)と表記されているため、成人期においても口腔内に血管腫として認識される病変が存在することを示しています。

ただし、ISSVA分類に厳密に従えば、成人期に生じる血管腫様病変は乳児血管腫とは異なる場合が多いことに留意が必要です。

⚫︎性別

男性が12人(66.6%)、女性が6人(33.3%)と、男性に多い傾向が示されています。

これは一般的に女性に多いとされる乳児血管腫の疫学とは異なるため、この研究で「口腔内血管腫」として診断された病変群には、ISSVA分類における「静脈奇形」などが含まれている可能性も考えられます。

論文の結論部分でも、「年齢、性別、発生部位との臨床的相関を確かめるために、将来さらなる研究を行うべきである」と述べられており、これらの疫学データが必ずしも乳児血管腫のみを反映しているわけではない可能性が示唆されています。

⚫︎口腔内の好発部位

口腔内血管腫の好発部位は、口蓋、口唇、舌、頬粘膜、および口腔底であるとされています。

統計的には舌が54%、口腔底が35%、頬粘膜が11%と報告されており、これらの部位が特に注意を要する領域であることが示されています。

これらの部位に発生する病変は、食事や会話などの機能に影響を与えるだけでなく、外傷による出血のリスクも高いため、早期発見と適切な管理が重要です。

③臨床的特徴:視診と触診のポイント

口腔内血管腫の診断は、詳細な臨床観察から始まります。

⚫︎視診

まず色調についてですが、「深紅色または紫がかった赤色や、軽度で薄い青色」と表現が様々です。

これは病変の深さ、血液の滞留具合、増殖の活動性によって変化しうることを示唆します。

増殖期には鮮紅色を呈することが多く、退縮期や静脈奇形では暗赤色や青紫色を呈することが多いです。

形態は「痛みのない軟組織塊で、表面は滑らかであるか、小葉状であるか、有茎性または無茎性である」と表現されています。

大きさは数mmから数cmと多様です。

⚫︎触診

硬さは 比較的硬く感じられます。ただこれも状況により、増殖期にはやや弾性硬、退縮期には軟らかくなる傾向があります。

圧迫による退色(Blanching effect)が見られると言うのは、歯科医師であれば必ず習うこととは思います。

圧迫すると独特の『退色』効果を示し、ゆっくりと再び充満します。

これは、血管腫や静脈奇形に血液が充満していることを示唆する重要な所見であり、血管病変であることの強い証拠となります。

特に、血管奇形(静脈奇形)ではこの現象が顕著です。

さらに触診では拍動性/雑音によっても状況を見極められます。

圧迫しても拍動も雑音も認められないのが普通であり、これは動脈性の成分が少ない(すなわち、動静脈奇形ではない)ことを示唆します。

④診断プロセス:画像診断と鑑別診断

臨床的な視診・触診に加えて、確定診断や治療計画立案のためには、画像診断や病理組織学的検査が不可欠です。

⚫︎問診と既往歴

発症時期、増殖の経過、症状(痛み、出血、機能障害)、全身疾患の有無などを詳細に聴取します。

乳児血管腫であれば、出生後早期の発症と増殖の経過が重要です。

⚫︎ダイアスコピー検査(Diascopy)

透明なガラス板などで病変を圧迫し、血液を駆逐することで色調変化を観察する検査法です。

血管性病変であれば退色し、圧迫解除後に再び充満します。

⚫︎画像診断

⭐︎超音波検査(USG)

血管病変の血流や深さ、大きさの評価に有用です。

カラードップラー超音波検査では血流の速度や方向も評価でき、血管腫の豊富な血流や、静脈奇形の低流速血流を鑑別するのに役立ちます。ガイドライン2022でも診断の第一選択肢の一つとして推奨されています。

⭐︎MRI(Magnetic Resonance Imaging)

軟組織の描出に優れており、病変の正確な範囲、深さ、周囲組織との関係、内部構造を詳細に評価できます。

特に、血管奇形では病変の広がりを評価する上で必須の検査です。

⭐︎CT(Computed Tomography)

組織との関係を評価するのに有用ですが、血管腫構成成分は基本的に軟組織であるため適しません。

血管奇形における骨浸潤の評価や、石灰化(静脈奇形にみられる静脈石など)の確認に限られることが多いです。

⚫︎病理組織学的検査

最終的な確定診断には生検による病理組織学的検査が最も確実ですが、血管性病変は出血のリスクを伴うため、通常は他の診断法で確定できない場合や、治療に抵抗する場合に考慮されます。

第三章:鑑別診断:血管腫と間違えやすい疾患

①静脈奇形(Venous Malformation)

青紫色で圧迫により退色する点など、臨床的特徴が血管腫と類似することがあります。

しかし、静脈奇形は出生時から存在し、自然退縮せず、血管内皮細胞の増殖を伴わない点で異なります。

これと誤診するケースは非常に多いです。

②動静脈奇形(Arteriovenous Malformation; AVM)

高流速型であり、拍動性があり、雑音が聴取されることがあります。発熱感や発赤を伴うこともあります。

③リンパ管奇形(Lymphatic Malformation)

淡黄色や透明な水疱状の病変を呈することが多く、圧迫しても完全に退色しないことがあります。

④化膿性肉芽種(Pyogenic Granuloma)

肉芽組織型血管腫とも呼ばれますが、分類上血管腫には分類されません。

炎症性増殖であり、血管腫とは病態が異なります。通常は赤色で表面が脆弱、出血しやすいのが特徴です。

⑤血管肉腫(Angiosarcoma)

悪性腫瘍であり、急速な増大、潰瘍形成、転移傾向などがみられます。鑑別は非常に重要です。

第4章:口腔内の静脈奇形(Venous Malformation)の臨床像と診断

口腔内の血管異常として、乳児血管腫と並んで歯科医療従事者が遭遇する頻度が高いのが「静脈奇形(Venous Malformation; VM)」です。

静脈奇形は、その病態生理、臨床経過、治療法において血管腫とは大きく異なるため、正確な理解と鑑別が求められます。

今回の紹介論文の一つは静脈奇形の遺伝学的背景と病態生理に関する情報を提示してくれるものです。早速詳しく見ていきましょう。

①定義と病態生理:先天性血管形成異常

静脈奇形は、血管内皮細胞の異常な増殖ではなく、静脈の管腔が不均一に拡張・蛇行し、集合した状態を示す先天性の血管形成異常です。

これは真性腫瘍ではなく、出生時から存在し、成長とともに病変が拡大する傾向がありますが、自然退縮することはありません。

静脈奇形は低流速型血管奇形に分類され、血流が遅いことが特徴です。

先ほども述べたように、静脈奇形(VMs)は最も一般的な血管奇形であり、その病態生理については血管内皮細胞の増殖はなく、不規則に分布する血管平滑筋(VSM)に囲まれた拡張した静脈様血管によって特徴づけられます。

この非増殖性の特徴は、血管腫との決定的な違いです。

②臨床的特徴:外観、症状、好発部位

口腔内の静脈奇形は、その特徴的な臨床像から疑うことができます。

⚫︎視診

色調は暗赤色から青紫色を呈することが多いです。

これは、病変内に血液がうっ滞しているためです。深在性の病変では、皮膚や粘膜の色調変化がほとんど見られないこともあります。

表面は平坦なものから、結節状、腫瘤状まで様々です。

病変部を触れると、軟らかく、ぶよぶよとした弾性のあることが多いです。

血管腫と同様に、病変部を圧迫すると血液が駆逐されて退色し、圧迫を解除するとゆっくりと血液が充満して元の色調に戻る、という現象(ダイアスコピー陽性)が顕著に見られます。

これは静脈奇形の診断において非常に重要な所見です。

先ほど硬さは通常は軟らかいと書きましたが、内部に血栓や静脈石(Phlebolith)を形成している場合は、硬く触知されることがあります。

低流速型であるため、通常触診で拍動性や雑音は認められません。

動脈性の血流音がある場合は、動静脈奇形などの高流速型血管奇形を疑う必要があります。

⚫︎症状

⭐︎機能障害

病変の大きさや部位によっては、咀嚼、嚥下、発音などに影響を及ぼすことがあります。

特に舌や口唇に広範囲にわたる病変がある場合、顕著な機能障害を引き起こします。

⭐︎痛み

通常は無症状ですが、血栓形成や炎症、あるいは病変が神経を圧迫することで痛みを伴うことがあります。

⭐︎出血

表面の粘膜が脆弱な場合や、外傷によって出血しやすい傾向があります。

特に、口腔内という機械的刺激を受けやすい部位では、出血が問題となることがあります。

⭐︎審美的な問題

顔面や口唇の病変は、患者の容貌に影響を与え、心理的な負担となることがあります。

⚫︎口腔内の好発部位

静脈奇形は口腔内の様々な部位に発生し得ますが、特に口唇、頬粘膜、舌、口腔底、口蓋などに頻繁にみられます。

これらの部位は、口腔外科、形成外科、耳鼻咽喉科などの専門医が連携して治療にあたることが多いです。

③診断プロセス:画像診断と遺伝子学的解析の進展

静脈奇形の診断には、詳細な臨床観察に加え、画像診断が極めて重要です。

近年では、遺伝子学的解析が病態生理の理解と治療法の選択に新たな道を開いています。

⚫︎画像診断

⭐︎MRI

軟組織描出に最も優れており、病変の正確な範囲、深さ、周囲組織への浸潤の程度、そして内部構造(血栓や静脈石の有無など)を詳細に評価できます。

T2強調画像で高信号を示し、造影効果が緩やかに現れるのが特徴です。

⭐︎超音波検査(USG)

ドップラー機能を用いることで、低流速の血流を確認できます。

病変の境界、深さ、そして血栓や静脈石の存在をリアルタイムで評価するのに有用です。

⭐︎CT

骨組織の評価には優れていますが、軟組織病変の評価にはMRIが遥かに勝ります。

主に静脈石の確認や、骨浸潤の有無の評価に用いられます。

⭐︎血管造影

診断的価値よりも、硬化療法などの治療に際して、栄養血管や排出血管を確認するために実施されることが多いです。

低流速であるため、動脈相では描出されにくく、静脈相でゆっくりと造影されるのが特徴です。

⭐︎病理組織学的検査

出血リスクがあるため、必ず行われることは少ないですが、他の病変との鑑別が困難な場合や、悪性を完全に否定できない場合に考慮されます。

組織学的には、拡張した薄壁の静脈様血管が不規則に集合しているのが特徴です。

⭐︎遺伝子学的解析

静脈奇形の多くは遺伝子の体細胞変異に起因します。

今回の紹介論文よれば、静脈奇形の約43%にTEK遺伝子変異が検出されています。TEK遺伝子は、血管内皮細胞の増殖と血管成熟に関わるチロシンキナーゼ受容体TIE2をコードしています。

その機能獲得型変異は、血管内皮細胞の異常な形態形成を引き起こします。

また、約11.4%にPIK3CA遺伝子変異が検出されています。PIK3CA遺伝子は、PI3K/AKT/mTORシグナル伝達経路の中心的役割を果たすリン酸化酵素PI3Kの触媒サブユニットを付属しており、この経路の異常活性化は、細胞の増殖、生存、移動を促進します。

今回の紹介論文では、PIK3CA遺伝子変異が、PI3K/AKT/mTORシグナル経路の活性化を通じて静脈奇形の病態形成に深く関与していることが示されています。

この経路は、細胞の増殖、生存、分化、代謝を制御する主要な細胞内シグナル伝達経路であり、その異常活性化は様々な血管異常や癌の発生に関わることが知られています。

詳しく解説すると、TEK変異型VMsおよびPIK3CA変異型VMsにおいて、リン酸化AKT(p-AKT)、リン酸化mTOR(p-mTOR)、リン酸化4EBP1(p-4EBP1)、リン酸化S6K1(p-S6K1)といったmTOR経路の主要な分子のリン酸化レベルが上昇していることが免疫組織化学的に示されています。

特に、p-AKTの発現レベルは、TEK変異型VMsでPIK3CA変異型およびその他変異型VMsよりも高いことが報告されています。

このことは、TEK遺伝子変異とPIK3CA遺伝子変異が、異なるメカニズムを介してmTOR経路を活性化し、静脈奇形の病態形成を促進している可能性を示唆しています。

このmTOR経路の異常活性化は、後述するシロリムス(Sirolimus:商品名ラパリムスなど)などのmTOR阻害剤を用いた治療の根拠となっています。

④静脈奇形と血管腫の鑑別診断

口腔内の静脈奇形と血管腫、特に乳児血管腫の鑑別は、治療戦略を大きく左右するため極めて重要です。

⚫︎発症時期と経過の違い

⭐︎乳児血管腫

出生後数日~数週で出現し、急速に増殖した後、自然に退縮します。

⭐︎静脈奇形

出生時から存在し、年齢とともに病変が拡大しますが、自然退縮はしません。

⚫︎触診所見

⭐︎乳児血管腫

増殖期には比較的硬く、退縮期には軟らかくなります。

⭐︎静脈奇形

圧迫すると退色し、通常は軟らかいですが、内部に血栓や静脈石があれば硬く触れます。

⚫︎画像診断

⭐︎超音波検査

乳児血管腫では増殖期の豊富な血流(高流速)が特徴的です。

静脈奇形では低流速血流が確認されます。

⭐︎MRI

血管腫ではT2強調画像で高信号を示し、退縮期には脂肪組織への置換が観察されます。

静脈奇形では内部に静脈石(フローボイド)を伴うことがあり、造影剤造影効果は緩徐です。

これらの特徴を総合的に評価し、ISSVA分類に則って診断を進めることが、適切な治療への第一歩となります。

第5章:口腔内血管異常の治療戦略と歯科医療における配慮

口腔内の血管異常に対する治療は、病変の種類(血管腫か血管奇形か)、大きさ、部位、患者の年齢、症状の有無、機能障害や審美的影響の程度によって多岐にわたります。

日本血管腫血管奇形学会の「血管腫・血管奇形・リンパ管奇形診療ガイドライン 2022」は、これらの治療選択肢について包括的な指針を提供しており、歯科医療従事者もその概要を理解しておく必要があります。

①乳児血管腫の治療戦略

口腔内の乳児血管腫の治療は、その自然退縮傾向を考慮し、原則として経過観察が中心となります。

しかし、機能障害(摂食障害、呼吸障害など)、生命を脅かすリスク、潰瘍形成、著しい審美的問題がある場合には積極的な介入が必要です。

⚫︎経過観察

小さく、症状のない乳児血管腫の場合、自然退縮を期待して定期的な観察を行います。

⚫︎薬物療法

⭐︎プロプラノロール(β遮断薬)

乳児血管腫の第一選択薬です。

経口投与により、血管収縮作用、血管新生阻害作用、アポトーシス誘導作用により血管腫の増殖を抑制し、退縮を促進します。

口腔内病変に対しても有効性が高く、潰瘍化や機能障害を伴う場合に特に推奨されます。

⭐︎ステロイド

プロプラノロールが導入される以前は広く用いられましたが、現在はその全身性副作用のため、主に重症例やプロプラノロールが禁忌または効果不十分な場合に限定的に使用されます。

⚫︎レーザー治療

表層性の潰瘍形成や残存する毛細血管拡張の治療に用いられます。

⚫︎外科的切除

退縮後の遺残病変が機能障害や著しい審美的問題を引き起こす場合、あるいは増殖期において急速な増大や機能障害が強く、薬物療法では制御困難な場合に検討されます。

口腔内病変では、腫瘤の大きさや周囲組織との関係を慎重に評価し、機能温存を最優先に計画されます。

②静脈奇形の治療戦略

静脈奇形は自然退縮しないため、症状や機能障害、審美的問題がある場合には何らかの治療介入が必要です。

治療は、硬化剤を病変内に直接注入する硬化療法や、外科的切除、レーザー治療、そして近年では遺伝子変異に基づいた標的治療が注目されています。

⚫︎硬化療法

硬化剤(エタノール、ブレオマイシン、OK-432、フィブリン糊など)を病変内に直接注入し、異常血管の内皮細胞を損傷させて血管を閉塞させ、線維化を促進します。

口腔内病変では、局所麻酔下で行われることも多く、病変の大きさや深さによって複数回に分けて行われることがあります。

特に口腔内という狭い空間で精密な注入を行うには、術者の経験と技術が不可欠です。

ガイドライン2022では、硬化剤の種類とその選択基準、注入方法、合併症のリスク管理について詳細に解説されています。

血管奇形の種類や局在、患者の状態に応じた適切な硬化剤の選択と、熟練した手技が良好な治療成績につながると記されています。

⚫︎外科的切除

病変が限局しており、機能障害や審美的問題が著しい場合、あるいは硬化療法が困難な部位や効果不十分な場合に検討されます。

口腔内の静脈奇形は、粘膜下組織に広く浸潤していることが多く、完全切除は困難な場合があります。

また、切除範囲が広くなると、機能障害や神経麻痺などの合併症のリスクも高まります。

⚫︎レーザー治療

表層性の病変や、硬化療法後の残存病変、あるいは色調の改善を目的として用いられます。

Nd:YAGレーザーや色素レーザーなどが使用されますが、深部の病変には効果が限定的です。

標的治療(分子標的薬)

遺伝子解析は、静脈奇形の治療において新たな可能性を提示しています。

TEK遺伝子変異やPIK3CA遺伝子変異によって活性化されるmTOR経路を標的とする薬剤、特にシロリムス(Sirolimus)が注目されています。

紹介論文の考察では、「mTOR阻害剤であるシロリムスは、複雑な血管異常を持つ患者の大部分にとって効果的で安全な治療薬である」と述べられており、さらに「mTOR活性化状態はこれまでVMsでは研究されておらず、シロリムスの正確な作用機序は完全に理解されていない」とも指摘しつつも、「mTOR経路がVMsにおいて高度に活性化されていることが示されたことは、VMs治療におけるシロリムスの使用の治療的根拠となり得る」と記載されています。

シロリムスは、PIK3CA変異を伴う血管奇形(特にリンパ管奇形や複合型血管奇形)に高い有効性を示すことが報告されており、適用が拡大されつつあります。

口腔内の広範な静脈奇形や、従来の硬化療法や外科的切除が困難な症例において、今後さらに重要な治療選択肢となる可能性があります。

しかし、シロリムスは免疫抑制作用など全身性の副作用を伴うため、専門医による慎重な管理が必要です。

③歯科医療における重要性と配慮

口腔内の血管異常は、歯科医療においていくつかのリスクをもたらします。

以下で一部を紹介いたします。

⚫︎出血リスクの管理

血管腫や血管奇形は、その性質上、血管に富んだ病変であり、わずかな刺激や外傷でも容易に出血する可能性があります。

歯科治療、特に抜歯、インプラント手術、歯周外科手術、根管治療時のラバーダムクランプ装着、さらにはスケーリングやブラッシング指導といった日常的な処置においても、出血リスクを常に念頭に置く必要があります。

⚫︎術前の評価

血管異常の正確な診断と、その広がり、深さ、血流の評価が不可欠です。

⚫︎止血対策

止血剤の準備、圧迫止血、レーザーによる凝固などの準備を整えておく必要があります。

重症例では、術前の血管塞栓術や、専門医との連携が不可欠です。

⚫︎感染リスク

特にリンパ管奇形や、静脈奇形に血栓が形成されている場合、感染しやすい傾向があります。

歯科治療における感染源(歯周病、う蝕など)の徹底した除去は、血管異常病変の合併症予防にもつながります。

⚫︎機能障害への対応

巨大な血管異常は、開口障害、咀嚼障害、嚥下障害、構音障害を引き起こすことがあります。

補綴処置を行う場合は、義歯の設計や調整、あるいは補綴物の種類選択において、病変への刺激を最小限に抑え、機能を最大限に回復させる工夫が必要です。

また病変除去後は、必要に応じて口腔顔面筋機能療法(MFT)などを組み合わせ、機能回復を支援することもあります。

また、小児期の血管異常は、顎骨の発育や歯列形成に影響を与える可能性があります。

成長発育に影響を与えないためにも定期的な歯科検診と、矯正歯科医や小児歯科医との連携が重要です。

⚫︎定期的な口腔ケア

出血リスクを伴うため、患者自身による適切な口腔清掃が困難な場合があります。

歯科衛生士による専門的な口腔清掃指導や、定期的なメンテナンスが不可欠です。患者の病状や状態に応じて、適切な清掃方法や補助器具の選定が求められます。

⚫︎多職種連携

 口腔内の血管異常は、単一の専門分野で完結できないことも、良くあります。

歯科医師、口腔外科医、形成外科医、耳鼻咽喉科医、皮膚科医、放射線科医、小児科医など、複数の専門医が連携し、患者ごとに最適な治療計画を立てることが極めて重要です。

第6章:血管異常研究の進展と未来の展望

血管異常の診断と治療は、近年目覚ましい進歩を遂げています。

特に遺伝子学的研究の進展は、これまで原因不明とされてきた多くの血管異常の病態解明に光を当て、新たな治療選択肢を開拓しています。

①遺伝子学的解析が拓く個別化医療

静脈奇形におけるTEK遺伝子変異およびPIK3CA遺伝子変異の詳細な解析を通じて、遺伝子型と臨床病理学的特徴との間に有意な相関があることを明らかにしました。

例えば、TEK変異型VMsは若年患者に多く、皮膚浸潤がより頻繁に見られる傾向がある一方、リンパ球凝集を伴わないという臨床的特徴が指摘されています。

今後もこのような遺伝子と臨床の相関を理研究することは、将来の個別化医療への道を開くものです。

②精密医療

遺伝子変異の情報に基づいて、特定のシグナル伝達経路を標的とする分子標的薬(例:mTOR阻害剤シロリムス)を選択する治療法は、従来の対症療法から病因に基づいた根本治療へと移行する可能性を秘めています。これは、特に難治性の血管奇形患者にとって大きな希望となります。

③早期診断とリスク層別化

遺伝子学的スクリーニングが将来的に導入されれば、高リスクの血管異常を早期に特定し、増悪する前に介入することが可能になるかもしれません。

④最新技術がもたらす新たな洞察

空間トランスクリプトミクス(病理組織切片上のどの位置で、どの遺伝子が発現しているかを、位置情報を保ったまま網羅的に解析する技術。従来は遺伝子データを抽出しちゃってたんで位置関係とかわかんなかったんです。)という最先端の技術が用いられ、静脈奇形病変内の特定領域(例:TEK変異型血管、PIK3CA変異型血管、正常血管)における遺伝子発現パターンが解析されています。

⑤局所的な遺伝子発現の解明

病変組織内の特定の細胞タイプや構造において、どのような遺伝子が活性化または不活性化されているかを空間的にマッピングすることで、従来のバルク解析(細胞や組織から抽出したDNAやRNAをまとめて解析し、サンプル全体の平均的な遺伝子発現や配列情報を解析する方法)では見過ごされていた局所的な病態生理学的メカニズムが明らかになります。

⑥TEK変異型VMsにおける特異的なシグナル経路

TEK変異型VMsにおいて「血管発達」、「細胞移動の正の制御」、「細胞外マトリックス組織化」に関わる遺伝子がアップレギュレート(遺伝子発現上昇・上方制御)されていることが示されました。

また、転写因子SP1がTEK変異型VMsの内皮細胞で高発現しており、p-AKT発現と正の相関を示すことも報告されています。

これらの知見は、TEK変異型VMsが病態形成に関与するメカニズムの理解を深め、より特異的な治療法の開発につながる可能性があります。

⑦PIK3CA変異型VMsとの比較

TEK変異型VMsとPIK3CA変異型VMsでアップレギュレートされる遺伝子群が異なることも示されており、それぞれの遺伝子型に特有の病態生理学的な機序が存在する可能性が強く示唆されています。

この差異を詳細に解明することが、それぞれのタイプの静脈奇形に対する最適な治療法を開発するための鍵となります。

終わりに

口腔内の血管異常、特に血管腫と血管奇形は、その病態生理、臨床像、治療戦略において多様であり、歯科医療において特別な注意と深い理解が求められる病変です。

今回のコラムでは、この病変の基本から最新の遺伝子学的知見、そして歯科医療における実践的な配慮までを解説してみました。

口腔内血管腫は、増殖と退縮という特徴的な自然経過をたどり、その管理は経過観察から薬物療法、外科的切除まで多岐にわたります。

一方、静脈奇形は自然退縮せず、従来の療法以外に遺伝子解析の進展により、シロリムスに代表される分子標的薬が新たな治療選択肢として浮上しています。

これらの治療法は、患者さんのQOL(生活の質)を大きく向上させる可能性を秘めています。

歯科医療の現場では、口腔内の血管異常患者に対して、出血リスクの管理、機能障害への対応、感染予防、そして多職種連携を基盤とした包括的なケアを提供することが不可欠です。

早期発見と正確な診断、適切な治療への紹介が、患者さんの予後を左右する重要な鍵となります。

今後、遺伝子診断技術のさらなる発展と、それに基づく分子標的薬の研究開発が進むことで、より個別化された、副作用の少ない効果的な治療法が確立されていくことが期待されます。

歯科医療従事者も、これらの最新の知見に常にアンテナを張り、血管異常患者の治療とケアに積極的に貢献していくことが求められます。

口腔内の健康と全身の健康は密接に結びついており、歯科医師達の更なる研鑽が求められると思います。

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