2026年3月03日

(院長の徒然コラム)

はじめに
現代歯科医療において、CAD/CAM(Computer-AAided Design/Computer-Aided Manufacturing)技術を用いたレジン複合材は、その優れた機械的強度、審美性、そして患者への迅速な提供可能性から、インレーやアンレー、さらにはクラウンといった幅広い修復治療に不可欠な存在となっています。
これらの材料は、その高いフィラー含有量と重合度の高さにより、従来の材料よりも優れた性能を発揮すると期待されてきました。
しかし、口腔内環境は非常に複雑で過酷であり、どんなに高性能な歯科材料であっても、時間とともに劣化は避けられません。
CAD/CAMレジン複合材も例外ではなく、機械的強度の低下、色調の変化、表面光沢の喪失、そして表面粗さの増加といった形で劣化が進行することが知られています。
これらの劣化は、二次う蝕のリスクを高めたり、審美性を損なったりするなど、修復物の長期的な成功に悪影響を及ぼす可能性があります。
口腔衛生を維持するために不可欠な日々の歯磨きは、その清掃効果が重視される一方で、歯科修復材への潜在的な悪影響も指摘されてきました。
歯磨剤に含まれる研磨粒子が、歯面だけでなく修復材の表面も機械的に摩耗させ、粗さを増加させることが、これまでの研究で明らかにされています。
例えば、2015年の小泉氏らや2021年のDe Andrade氏ら、2016年のKamonkhantikul氏らは、歯磨きがレジン複合材やガラスセラミックスなどの修復材の表面粗さを増加させ、光沢を低下させることを報告しています。
ですが近年、機械的な摩耗だけでなく、フッ化物化合物による化学的な劣化も歯科修復材に影響を与える可能性が注目されています。
フッ化物は虫歯予防に極めて有効な成分であり、様々な歯科製品、特に歯磨剤に広く配合されています。
しかし、その一方で、修復材の表面に悪影響を与えるという報告も増えてきました。
2022年のMikami氏は、2.0%の酸性フッ化リン酸(APF)ゲルが、CAD/CAM材料の表面粗さを増加させ、光沢を低下させることを示しました。
また、CAD/CAM用レジンでないものの、2010年にArtopoulou氏らは、1.1%のフッ化ナトリウム(NaF)や4.0%のフッ化第一スズ(SnF2)溶液が、レジン複合材やガラスセラミックスの表面粗さや色調変化を引き起こすことを報告しています。
2022年のKermanshah氏らの研究では、酸性の0.05%NaF溶液がリチウム二ケイ酸ガラスや長石系磁器のビッカース硬度を低下させることが示され、2014年のDe Oliveira氏らも同様に、0.05%NaF溶液への長期間の曝露がレジン複合材の表面粗さを増加させることを報告しています。
このように世界中で「複合レジン」に対してのフッ化物の影響が報告されています。
特に、CAD/CAMレジン複合材に多く含まれるシリカベースのフィラーは、フッ化物化合物によってシリカ成分が溶解し、劣化が進むことが知られています。
今回紹介する論文の先行研究では、1,500 ppmのNaF水溶液が、リチウム二ケイ酸ガラスや長石系磁器、ポリマー浸潤セラミックネットワーク、そしてレジン複合材といったシリカ含有材料の機械的特性と表面粗さを悪化させることを実証しています。
CAD/CAMレジン複合材においては、シリカフィラーの溶解が表面粗さの増加と機械的特性の低下を招くことが明らかになっています。
しかし、市販のフッ化物含有歯磨剤は、フッ化物化合物(NaF、SnF2、Na2FPO3など)だけでなく、研磨剤、精製水、そして泡立ちを良くする「界面活性剤」など、多様な添加物を含んでいます。
これらの成分が複合的にCAD/CAMレジン複合材の特性にどのような化学的影響を及ぼすのか、その詳細なメカニズムはこれまで十分に解明されていませんでした。
そこで今回のコラムでは2025年発表の「Surface degradation of CAD-CAM resin composites by fluoride-containing toothpaste via chemical dissolution」という論文を軸に、歯磨剤(歯磨き粉)の成分の何が複合レジンを劣化させてしまうのかを、解説していこうと思います。
紹介論文研究の画期的なアプローチと見解
今回紹介する論文の研究グループは、
「フッ化物と歯磨剤の他の添加物、特に界面活性剤がCAD/CAMレジン複合材の化学的劣化にどのように影響するか」
を解明することを目的としました。
歯ブラシによる機械的なブラッシングを行わず、純粋な化学的影響に焦点を当てた加速劣化試験を実施しています
《試験方法の概要》
まず、市販のフッ化物含有歯磨剤(NaF約1,500 ppm含有)の5種類を用意しています。
⚫︎CTC:クリンプロ歯磨きペースト
⚫︎CUS:チェックアップスタンダード
⚫︎GPC:GUM歯周プロケア
⚫︎SCP:センソダイン(Sensodyne):日本ではシュミテクトという商品名
⚫︎MHY:メルサージュヒスケア
これらを、2種類のCAD/CAMレジン複合材(Cerasmart 300およびKATANA Avencia P Block)に直接塗布し、37℃で14日間静置しました。
この14日間の静置は、平均的な歯磨き習慣(1日3回、1回3分)に基づくと、およそ5年間の臨床暴露に相当すると計算されます。
これにより、純粋な化学的影響を評価しています。
次に、市販歯磨剤で最も顕著な複合レジンの劣化を引き起こした歯磨剤に共通して含まれる成分として注目された「ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)」の影響を検証するため、
⚫︎NaF:フッ化ナトリウム(1,500 ppm)のみ
⚫︎SDS:ドデシル硫酸ナトリウム(2.0 wt%)のみ
⚫︎NaF+SDS
の3種類の実験用溶液を用いて同様の加速劣化試験を実施されました。
この実験のSDS濃度は、市販歯磨剤に典型的に見られる濃度に基づいています。
試料の表面は、走査型電子顕微鏡(SEM)と原子間力顕微鏡(AFM)で微細な形態変化を観察し、共焦点レーザー走査顕微鏡で表面粗さ(Sa値)、光沢計で光沢度を定量的に評価されました。
《研究結果:歯磨剤とSDSの隠れた影響》
①市販歯磨剤による劣化
SEM画像では、特定の歯磨剤(特にCTC、CUS)が複合材表面のフィラー溶解と微細孔形成を引き起こすことが明確に示されました。
MHYを除く4種類の歯磨剤(CTC、CUS、GPC、SCP)が表面に顕著な凹凸を引き起こし、表面を粗くしていることがうかがえたそうです。
表面粗さの定量化では、Cerasmart 300、KATANA Avencia P Blockの両方で、CTC、CUS、GPC、SCP歯磨剤が有意に表面粗さを増加させました。
一方、MHY歯磨剤は、どちらの複合材にも表面粗さの変化は見られませんでした。
光沢度においても、CTC、CUS、GPC、SCP歯磨剤が未処理群と比較して有意な光沢度低下を引き起こす一方で、MHY歯磨剤は光沢度にも影響を与えませんでした。
これらの結果は、CTCとCUS歯磨剤が最も顕著な表面劣化を引き起こし、フィラー溶解を加速させたことを示唆しており、両者に共通して含まれる「ドデシル硫酸ナトリウム:SDS」が関与している可能性が高いと言えるのです。
②実験用溶液によるメカニズムの解明
実験用溶液を用いた試験では、SEM画像からNaF単独およびNaF+SDS溶液で処理された試料でフィラー溶解が明確に見られ、特にNaF+SDS溶液で最も広範囲な溶解が観察されました。
一方でSDS単独溶液ではフィラー溶解は観察されませんでした。
AFM画像でも、NaFおよびNaF+SDS溶液処理面が粗く、不均一な構造を示し、NaF+SDS溶液が最も顕著な表面構造変化を引き起こしたことが確認されました。
しかしSDS単独溶液では有意な表面構造変化は見られませんでした。
表面粗さの定量化では、CerasmartおよびAvenciaの両方で、NaFおよびNaF+SDS溶液が未処理群と比較して統計的に有意に表面粗さを増加させました。
さらに重要なことに、NaF+SDS溶液は、NaF単独よりも表面粗さの増加を最も大きく誘導しました。
一方で、またもやSDS単独溶液は表面粗さに有意な影響を与えませんでした。
光沢度も同様に、NaFおよびNaF+SDS溶液が未処理群と比較して統計的に有意に光沢度を低下させ、NaF+SDS溶液が最も顕著な低下を引き起こしました。
そしてお察しの通りSDS単独溶液は光沢度には影響を与えませんでした。
《ドデシル硫酸ナトリウム:SDS単独ではCAD/CAMレジン複合材表面劣化に関与しないという事実》
今回の紹介論文研究の結果は、SDSがNaFの存在下でCAD/CAMレジン複合材の表面劣化を加速させることを明確に示しています。
これにより、
①「フッ化物含有歯磨剤はCAD/CAMレジン複合材の表面を化学的に劣化させない」
という歯磨剤擁護意見と、
②「SDSはフッ化物誘発性のCAD/CAMレジン複合材表面劣化に寄与しない」
というSDS擁護意見は共に
「棄却」されたということになります。
SDSがもたらす隠れた作用メカニズムとその多面的な影響
今回の紹介論文研究ではフッ化物含有歯磨剤が「機械的なブラッシングを伴わなくても、CAD/CAMレジン複合材のフィラーを化学的に溶解させ、表面特性を悪化させること」
が示されました。
(要するに機械的に劣化させてるんじゃなくて、明らかに化学的に劣化させてることが明確であるということです。)
特に、二段階の実験アプローチを通じて、界面活性剤であるSDSが、フッ化物(NaF)によって引き起こされるフィラー溶解を増幅させる「化学的促進剤」として機能することが特定されました。
SDSがフッ化物による劣化を加速するメカニズム
CAD/CAMレジン複合材に多く含まれるシリカ(SiO2)やケイ酸ガラスフィラーは、その機械的・物理化学的特性の根幹をなします。
NaF水溶液中では、NaFはナトリウムイオン(Na⁺)とフッ化物イオン(F⁻)に電離します。フッ化物イオンはH⁺と反応して、HF、(HF)2、HF2⁻といった反応性の高いフッ素種を形成します。
これらのフッ素種はシリカと直接反応し、
「SiO2 + 6HF → SiF6²⁻ + 2H2O + 2H⁺」
「SiO2 + 3HF2⁻ → SiF6²⁻ + H2O + OH⁻」
といった化学反応を通じて、シリカベースのフィラーを溶解させます。
これがフッ化物単独で劣化が起こる主要な原因です。
しかし、SDSが共存すると、このプロセスが加速されます。
CAD/CAMレジン複合材のケイ酸ガラスフィラーには、ナトリウム、カリウム、バリウム、カルシウムなどの金属イオンも含まれています。
フッ化物イオンはこれらの金属イオンと反応し、フッ化カリウム(KF)、フッ化バリウム(BaF2)、フッ化カルシウム(CaF2)などの難溶性フッ化物化合物を形成します。
通常、これらの難溶性フッ化物化合物はフィラー表面に析出し、一種の「保護層」として機能することで、ケイ酸ガラスフィラーの溶解速度を遅らせ、さらなる劣化を抑制する可能性があります。
(本来ならそれ以上劣化しないようバリア状にフッ素化合物が形成される)
しかし、SDSが存在すると、この保護層の形成が阻害される可能性が高いということです。
SDSは陰イオン性界面活性剤であり、負に帯電した硫酸基を持ち、界面活性作用を発揮します。
このSDSが、フッ化物によるフィラー溶解によって放出される陽イオン性金属イオン(Na⁺, K⁺, Ba²⁺, Ca²⁺など)と相互作用することで、難溶性フッ化物化合物の形成を妨げると考えられます。
結果として、保護層が形成されにくくなり、フッ化物によるシリカ溶解プロセスが妨げられずに進行し、劣化が加速されると考えられます。
SDS単独ではシリカフィラーと化学的に相互作用しないことが紹介論文研究で確認されたため、SDS自体が劣化を引き起こすのではなく、フッ化物の作用を増強する「触媒的役割」を果たすと論文でも結論付けられます。
SDSの多面的な影響:清掃効果と潜在的リスク
SDSは市販歯磨剤に広く配合されており、その主な役割はプラークや食物残渣の除去を助け、泡立ちを良くすることによる清掃効果の向上です。
界面活性剤の名目の通り、その両親媒性(親水性と疎水性)の性質により、口腔内の汚れに浸透し、乳化・分散させることで、除去を容易にします。
しかし、SDSは口腔内でいくつかの副作用が報告されています。
①フッ化物取り込みの阻害
SDS含有歯磨剤は、エナメル質へのフッ化物取り込みを阻害し、虫歯予防効果を減弱させる可能性が指摘されています。
これは、フッ化物イオンの利用可能性を低下させるか、エナメル質表面への吸着を阻害するためと考えられています。
②アレルギー反応と口腔粘膜刺激
SDSはアレルギー反応や、好酸球性食道炎を含むアレルギー性疾患の誘発因子となる可能性が報告されています。
また、口腔粘膜への浸透と刺激により、舌背部の病変や口腔痛、口腔粘膜の乾燥、剥離性口唇炎などを引き起こすことも知られています。
SDSに関する新たな臨床的課題と歯磨剤選択の重要性
これまで、歯磨剤中のSDSは主にその清掃効果や、人体の口腔粘膜への刺激、フッ化物取り込み阻害といった側面で議論されてきました。
しかし、SDSが歯科修復材、特にCAD/CAMレジン複合材の劣化において、これまであまり知られていなかった「化学的促進剤」としての役割を担っていることが明らかになっています。
フッ化物単独でも複合材のフィラー溶解は進行しますが、SDSが共存することでその劣化が顕著に加速されるという事実は、歯科臨床における歯磨剤選択、ひいてはCAD/CAM修復物の長期的な予後を考える上で極めて重要な意味を持ちます。
機械的なブラッシングがなくとも、フッ化物含有歯磨剤がフィラーの溶解を通じてレジン複合材の表面特性を変化させる能力を持つことが示され、SDSがフッ化物による劣化を顕著に増強するというエビデンスは、歯科医療従事者に対し、患者の口腔内にCAD/CAMレジン複合材が装着されている場合に、単にフッ化物の濃度だけでなく、歯磨剤の全成分表示、特に界面活性剤の種類にも注意を払うよう促すものです。
特に、広範な劣化を示したCTCおよびCUS歯磨剤にはSDSが共通して含まれていました。
一方で、MHY歯磨剤はSDSを含まず、表面性状に変化をもたらしませんでした。
このことは、SDSがCAD/CAMレジン複合材の劣化を促進する主要な要因の一つであることを裏付けています。
現在、市場には「SDSフリー」と謳われる歯磨剤も存在します。
アレルギーや口腔粘膜の刺激を避ける目的で開発されたこれらの製品が、実はCAD/CAMレジン複合材の長期安定性という観点からも有用である可能性を示唆していると言えるでしょう。
歯科医師や歯科衛生士などの歯科医療従事者は、患者の口腔内の状況(CAD/CAM修復物の有無、口腔粘膜の状態など)を総合的に判断し、適切な歯磨剤の選択を指導する責任があることを心がけていく必要があります。
それと同時にまだ多くの未解明な点についても目を向けていかねばなりません。
特に、MHY歯磨剤のようにSDSを含んでいても劣化が見られなかった歯磨剤があったことは、他の成分が劣化を抑制する作用を持つ可能性を示唆しており、さらなる詳細な解析が必要なのです。
SDS以外の界面活性剤や、歯磨剤中の他の主要成分がCAD/CAMレジン複合材に与える影響を系統的に調査することは必須となるでしょう。
また今回はCAD/CAMレジン複合材に焦点が当てられていましたが、ジルコニアやアルミナといったシリカを含まない材料、または異なる組成のガラスセラミックスなど、他の歯科修復材へのフッ化物とSDSの影響を評価することも重要です。
(劣化を避けるためセラミックにしても、それまで劣化するなら意味ないですしね。)
これらの材料がフッ化物含有歯磨剤に対して異なる劣化挙動を示す可能性があり、それらを特定することで、より包括的な材料選択指針を確立できるはずです。
今後の研究も見守っていかねばなりません。
終わりに
CAD/CAMレジン複合材は、現代歯科医療において欠かせない修復材料ですが、その長期的な安定性は、患者が日常的に使用する歯磨剤の成分によって左右される可能性があります。
今回のコラムではフッ化物含有歯磨剤が機械的ブラッシングなしでもCAD/CAMレジン複合材の表面を化学的に劣化させ、特に歯磨剤に広く配合されている陰イオン性界面活性剤であるSDSが、フッ化物によるフィラー溶解を劇的に加速させることを解説していきました。
これはCAD/CAMレジン複合材を装着している患者に対して、歯科医療従事者が歯磨剤を選択する際の新たな考慮事項を提示するものです。
今後は、単に虫歯予防効果や清掃効果だけでなく、「修復材料への影響」という視点も加味した上で、患者個々の口腔内状況に最適な歯磨剤を推奨していく必要性が高まります。
また、材料メーカーに対しても、フッ化物や界面活性剤に対する耐性を高めたCAD/CAM材料の開発、あるいは歯磨剤メーカーに対しても、高い清掃効果と材料への安全性を両立する新規成分の開発が求められます。
歯科医療の進歩は、材料科学と口腔衛生学の密接な連携によって成り立っています。
今回のコラムを読んでくださった方々がCAD/CAMレジン複合材の長期的な成功、ひいては患者さんの口腔健康の維持に貢献することを願っています。
