2025年6月18日

(院長の徒然コラム)

はじめに
皆さんこんにちは。
突然ですが皆様は寝てる時「イビキ」をかきますか?
イビキで悩まされている方ならば何度か聞いたことがある「マウステーピング」!
近年、健康や美容をテーマにした情報が瞬時に広まるインターネット、特にSNSの登場により、新たな健康法や美容法が瞬く間に拡散されています。
その中でも、「睡眠時に口をテープで閉じる」—いわゆる“マウステーピング”—は、特にInstagramやTikTok、YouTubeなどの動画プラットフォームを通じて大きな話題となりました。
しかも一部の歯医者さんのホームページでは「効果あり!」「推薦します!」「マストです!」など絶賛する声が多く見られます。
この方法は、口呼吸を改善し、いびきの抑制や睡眠の質を向上させるとされ、一部では「睡眠の質改善法」や「アンチエイジング」の手段として紹介されています。
しかし、これらの主張は、本当に科学的根拠のあるものなのでしょうか?
実際に医療現場や学術研究では、どのように評価されているのでしょうか?
今回のコラムでは2025年5月21日に公開された
という論文の紹介とともに、他のエビデンスや論文をもとに、「マウステーピング」が本当にいびき改善や睡眠の質向上に効果的かどうか、また潜在的リスクについて考えていきたいと思います。
睡眠時の呼吸と口呼吸の関係性
まず、睡眠中の呼吸について理解していきましょう!
①口呼吸と鼻呼吸の違い
正常な呼吸は鼻呼吸が望ましいとされています。
鼻呼吸は、空気を加温・加湿し、異物やアレルゲンを除去する働きがあります。
また、鼻腔には一連の血管や鼻粘膜があり、呼吸を調整する役割も担います。
一方、口呼吸は鼻腔が閉塞していたり、鼻腔機能が低下している場合に無意識に行われやすいですが、多くの場合、睡眠の質の低下やいびき、さらには睡眠時無呼吸症候群(OSA)のリスク因子となります。
口呼吸は、口腔乾燥、喉の渇き、不快感、不眠、いびきの増加に繋がるとともに、長期的には口腔乾燥による虫歯や歯周病のリスク上昇、喘息などの呼吸器疾患とも関係しています。
②口呼吸と睡眠時無呼吸症候群(OSA)の関係
OSAは、睡眠中に気道が閉塞し、呼吸が断続的に停止・低下する病態です。
これにより、酸素飽和度が低下し、睡眠の質が低下します。
口呼吸は気道を狭める要因の一つであり、特に軌道の閉塞や下顎・舌根の位置異常、扁桃肥大などの解剖学的要因と相まって、閉塞性睡眠時無呼吸の悪化に寄与します。
したがって、「口を閉じる」すなわち閉口して鼻呼吸を促進することは、OSAの改善策として理論的に有効と考えられてきました。
SNS発の「睡眠時マウステーピング」とは
近年、SNS上を中心に、「睡眠中の口をテープで閉じる」「マウステープ療法」と呼ばれる手法が急激に広まりました。
①マウステーピングの方法と目的
一般的な方法は、医療用の粘着テープや専用のマウスピース、鼻と口を封じるシールを用いて、口を閉じた状態を維持するものです。
主な目的は以下の通りです。
⚫︎口呼吸の抑制によるいびきや睡眠時無呼吸の改善
⚫︎口腔内乾燥や口臭の軽減
⚫︎顔貌やアンチエイジング
⚫︎睡眠の質向上による日中の集中力や身体の回復促進
②実際の口コミと評価
YouTubeやInstagramでは、「マウステーピングを始めて睡眠の質が向上した」「いびきが減った」「朝の口腔乾燥がなくなった」などといった声が多く投稿され、SNS上でそういったインフルエンサーのフォロワーも増加しています。
一部のインフルエンサーは、「睡眠の質向上にはコレ一択」と豪語し、実演動画を公開しています。(案件か?)
しかしながら、これらはあくまで個人の体験談であり、客観的なデータや臨床研究による根拠が十分に示されているわけではありません。
科学的根拠とエビデンスの現状
①研究の内容と論文システマティックレビュー
近年、科学的な研究や論文が増加していますが、そのほとんどが規模や質に課題がある、または限定的な結果に留まっているのが現状です。
特に、2020年以降に公開された複数のメタアナリシスやシステマティックレビューによれば、「睡眠時の口閉じや口封じの効果」に関するエビデンスは未だ不十分であり、確固たる臨床効果を示す研究は少ないと指摘されています。
例えば、今回のJess Rhee氏のシステマティックレビューでは、10の研究を評価した結果、「マウステーピングは一部の軽度の患者ではわずかな効果を示すこともあったが、臨床的意義は乏しく、多くのケースでは有用性は証明されていない」と結論づけています。
②具体的な論文データと分析
Rhee氏らの調査では、AHI(睡眠時無呼吸指標)やいびき指数(SI)、酸素飽和度(SpO2)の改善を示す研究もありましたが、その数はごく少なく、多くは統計的に有意な結果に達していません。
更に、多くの研究は被験者数が少なく、強いバイアスや倫理的・方法論的問題も抱えているため、エビデンスの信頼性は低いものでした。
一方、質の高い臨床研究では、鼻閉や気道解剖学的要因により、口閉じやマウステーピングが逆に窒息などのリスクを増す可能性も指摘されています。
特に、鼻疾患や気道狭窄がある患者では、呼吸困難や窒息のリスクも存在し、十分な注意が必要です。
③臨床的な評価とエビデンスの欠如
米国睡眠医学会(AASM)や日本耳鼻咽喉科学会も、「マウステープ療法に関するエビデンスは限定的であり、安全性に留意しながらの使用が求められる」と推奨していますが、「全面的に推奨または否定」とは述べていません。
要するに、現状「科学者」「医療従事者」はマウステーピングが有効だと誰も言えない状況なんです。
マウステーピングの潜在的リスクと注意点
①安全性の問題
最も懸念されるのは、鼻閉あるいは鼻閉を伴う疾患を持つ患者にとって、口を閉じる行為は窒息や気道閉塞のリスクです。
実際、複数の研究では、「口テープによる閉口は、鼻閉の患者や喘息患者にとって危険」として警告しています。
また、飲み込みや嘔吐時に呼吸が妨げられる可能性も指摘されており、特に睡眠時の意識状態では自己判断が難しいため危険性は高くなるでしょう。
②逆効果の可能性
2021年に発表されたHsuらの研究では、口呼吸が多い患者は、気道の狭窄や喉頭の損傷を引き起こすことが示唆されており、逆に口を閉じることで気道閉塞を悪化させるケースも想定されます。
また、2021年のYang氏らの研究では、高度に口呼吸している患者に対し、口を閉じることで気流が減少し、むしろ呼吸が悪化した例も報告されています。
睡眠時無呼吸症候群の代替治療やエビデンス
①一般的な睡眠時無呼吸治療
⚫︎CPAP療法
最も確立された治療方法であり、多くの研究でその有効性が証明されています。
⚫︎姿勢療法や体重管理
特に肥満や仰向け姿勢が原因のケースでは効果的です。
⚫︎外科的治療
子供の扁桃肥大や鼻中隔偏位に対する手術も選択肢の一つとなり得ます。
②鼻腔の閉塞を改善するケアと使えるポイント
そもそも鼻詰まりを治してしまえということです。
鼻炎やアレルギーの管理、鼻腔拡張器やテープの使用、適切な睡眠環境の整備がまず第一歩です。
③鼻呼吸訓練と口腔ケア
それでも口呼吸に問題を感じる場合は、口腔内トレーニングや呼吸療法、鼻に問題がある場合は耳鼻咽喉科や睡眠医療専門医と相談することが最も安全かつ効果的です。
歯医者としては口腔乾燥対策や睡眠時用の補助マウスピースなどでアプローチします。
現状確認と今後の展望
現時点において、「睡眠時のマウステーピング」が科学的に効果の証明された治療法であるとはいえません。
いくつかの個別のケースでは軽微な改善例も報告されていますが、大規模な臨床試験やメタアナリシスでの確かな証拠はほとんどなく、多くの研究は質が低いため、医療的には推奨できる段階には至っていません。
さらに、鼻閉や気道閉塞のある患者に対しては、危険性も大きく、自己判断で行動すべきではありません。医療現場や専門家の指導の下で適切な診断と治療を行うことが重要です。
今後の研究に期待するとともに、患者さんや一般の方は、「SNSの情報だけに流されず、しっかりとした医学的根拠や専門医のアドバイスを得ること」が健康を守る上で不可欠です。
そして研究者達は、一刻も早くエビデンスの高いデータを出して、マウステーピングが有効なのか否か、結論を出すことを望みます。
医療従事者の方へ
いくつかのホームページで、マウステーピングを絶賛して推奨する方をお見受けします。
我々は医療従事者です。インフルエンサーの方と違って、「エビデンスに基づき患者さんに説明する義務」があります。
一個人としての見解も結構ですが、医療従事者としての「役割」をどうか忘れないでいただきたい。
そう願うばかりです。
終わりに
SNSを通じて広まった新しい健康法は確かに興味深いものが多いですが、「科学的証拠の裏付け」と「安全性」が最も重要です。
特に、睡眠や呼吸に関する治療法は本人だけでなく、周囲の人の安全も関わるため、むやみやたらに自己流の「改善策」を採用することは避けるべきでしょう。
正しい情報と専門家の意見をもとに、健康的な睡眠と呼吸を目指しましょう。
それでも使用する場合は、必ず自己責任のもと何かあった際の備えは必ずしてください。