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セラミックス(ジルコニア)は対合歯を摩耗させるのか?:硬さと摩耗の関係性

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2026年3月08日

セラミックス(ジルコニア)は対合歯を摩耗させるのか?:硬さと摩耗の関係性

(院長の徒然コラム)

はじめに

現代の歯科医療において、失われた歯の機能と審美性を取り戻すための補綴治療は、日進月歩の進化を遂げています。

特に、セラミックス材料の発展は目覚ましく、患者さんのニーズに応える多様な選択肢が提供されています。

しかし、これらの優れた材料を選択する上で、見過ごされがちな、しかし極めて重要な考慮しなければいけない要素があります。それが「対合歯(噛み合う相手の歯)への摩耗」です。

見た目の美しさや補綴物自体の耐久性はもちろん大切ですが、長期的に口腔全体の健康を維持するためには、補綴物が天然歯のエナメル質に過度な負担をかけないことが不可欠です。

材料が硬すぎる、あるいは表面が粗い場合、噛み合う天然歯が不必要に摩耗してしまうリスクがあるためです。

今回のコラムでは、この重要なテーマについて、学術論文「Evaluation of Hardness and Wear of Conventional and Transparent Zirconia Ceramics, Feldspathic Ceramic, Glaze, and Enamel」(Dejak B.D.ら2024)のデータを基に、歯科セラミックス、特にジルコニアの特性と、対合歯への摩耗における情報を深掘りしていきます。

第1章:進化する歯科セラミックス:ジルコニアの台頭とその特性

現代歯科治療で用いられるセラミックスには、主に長石系セラミックス、白榴石(Leucite)、二ケイ酸リチウム(Lithium Disilicate)、そしてジルコニア(Zirconium Oxide)などがあります。

それぞれの材料が持つ特性を理解することは、適切な補綴物選択の第一歩となります。

①従来のジルコニア(3Y-TZP):高強度で治療の選択肢を拡大

ジルコニアは、その優れた機械的特性により、歯科領域に登場して以来、急速に普及しました。

特に3Y-TZP(3mol%イットリア安定化正方晶ジルコニア多結晶体)として知られる従来のジルコニアは、その高い曲げ強度(900~1200 MPa)と高い剛性(ヤング率210 GPa)が特徴です。

これらの特性により、ジルコニアはインレー、アンレー、単冠だけでなく、従来の金属材料に代わって、補綴物のコア材料として用いられ、強度が必要なブリッジにも適用可能となりました。

しかし、従来の3Y-TZPジルコニアは、その結晶構造(正方晶)のために不透明であり、審美性を追求するためには、その上に透明性の高い長石系セラミックスなどの築盛用セラミックスを積層する必要がありました。

この積層構造は、審美的な利点をもたらす一方で、築盛されたセラミックスが3~5年で6~15%、金属セラミックス冠(メタルボンド)で10年で4%の割合で剥離(チッピング)するという臨床的な課題を抱えていました。

②透明ジルコニア(5Y-PSZ):審美性と機能性の両立へ

近年、この課題を克服し、審美性をさらに高めた「透明ジルコニア(5Y-PSZ、5mol%イットリア部分安定化ジルコニア)」が登場しました。透明ジルコニアは、イットリウム酸化物の含有量を増やす(4~6モル%)ことで、高い焼結温度(1300~1600℃)での焼結を可能にし、より多くの立方晶相を残存させます。

この立方晶の結晶は大きく、空隙率が低く、等方性屈折率を持つため、天然歯組織に近い透明性と色調を実現します。

透明ジルコニアは、築盛用セラミックスを必要としないモノリシック(単一材料)構造で作製できるため、歯質の削除量を抑えつつ、簡素な技工プロセスで耐久性があり、かつ審美性の高い修復物を提供できるようになりました。

これにより、築盛セラミックスのチッピングという問題も根本的に解決され、臨床における選択肢が大きく広がりました。

ただし、透明性の向上と引き換えに、従来の3Y-TZPと比較して、強化メカニズムである正方晶相の量が少ないため、強度が若干低下するという欠点とはいかないまでも見劣りする部分も存在します。

③その他の歯科セラミックス

⚫︎長石系セラミックス(Feldspathic Ceramics)

歯科治療で古くから使われているセラミックスで、今回の論文研究では「Sakura Interaction」という材料が用いられています。

ガラス質の基質にケイ酸塩などの結晶粒子が含まれており、摩耗するとガラス質が削れ、露出した結晶粒子が対合歯を研磨してしまう特性が指摘されています。

摩耗後は表面に大きな凹凸や欠けが生じやすい特徴があります。

⚫︎グレーズ(Glaze)

補綴物の表面に施される薄いガラス質の層で、表面を滑らかにし、審美性を高める効果があります。

しかし、摩耗によってこの薄い層が不均一に剥離すると、表面が粗くなり、対合歯への摩耗を促進する可能性があります。

⚫︎天然歯エナメル質

言うまでもなく、私たちの天然歯を覆う最も硬い生体組織であり、全ての歯科補綴材料の摩耗挙動を評価する上での基準となります。

第2章:見過ごされがちな「摩耗」:対合歯への影響

歯科補綴材料の選択において、その材料自体の強度や耐久性だけでなく、対合する天然歯にどのような影響を与えるかは、長期的な予後を左右する重要な要因です。

理想的な補綴材料は、天然歯のエナメル質と同程度の摩耗抵抗性を持つべきであるとされています。

しかし、実際の口腔内では、材料の硬度、表面粗さ、咀嚼習慣、食習慣、唾液の質など、多くの要因が摩耗に影響を与えます。

今回のDejakらの研究は、これらの要因の中から特に材料の硬度、摩擦係数、そして摩耗量を詳細に比較することで、各セラミックスが対合歯に与える影響の解明を試みました。

研究では、ビッカース硬度試験、ボールオンディスク方式およびピンオンディスク方式摩擦試験、3Dスキャンによる摩耗深さおよび質量損失の測定、表面粗さ分析などの包括的な手法が用いられています。

①硬度データの再確認:ジルコニアは圧倒的に硬い

まず、各材料の硬度をビッカース硬度(HV1)で比較した結果は以下の通りです。

⚫︎従来のジルコニア(Zi): 1454 ± 46 HV1

⚫︎透明ジルコニア(Zol): 1439 ± 62 HV1

⚫︎長石系セラミックス(Sak): 491 ± 16 HV1

⚫︎グレーズ(Glaze): 593 ± 16 HV1

⚫︎天然歯エナメル質: 372 ± 41 HV1

このデータから明らかなように、ジルコニア(ZiとZol)は、天然歯エナメル質と比較して約4倍、長石系セラミックスやグレーズと比較しても約3倍も硬いことがわかります。

一般的に、材料が硬ければ硬いほど、噛み合う相手の材料を摩耗させやすいと考えられがちです。

しかし、その考えは、歯科材料における摩耗のメカニズムを完全に捉えていませんでした。

②摩擦係数と対合歯摩耗の意外な関係

研究結果から硬度以外の摩耗の原因要素を浮き彫りになっています。

⚫︎摩擦係数

対ジルコニアボールに対して、透明ジルコニア(Zol)が0.65と最も低い摩擦係数を示しました。

従来のジルコニア(Zi)も0.66と非常に低値でした。

対照的に、長石系セラミックス(Sak)は0.74、グレーズは0.84と高値でした。

対天然歯エナメル質に対しても、透明ジルコニア(Zol)が0.65と最も低い摩擦係数を示し、従来のジルコニア(Zi)は0.7でした。

長石系(Sak)は0.7、グレーズは0.8でした。

※ポイント

摩擦係数が低いほど、材料間の滑りが良く、摩耗が少ないことを示唆します。

③対合歯エナメル質への摩耗量

⚫︎ジルコニアの優位性

天然歯エナメル質との接触において、透明ジルコニア(Zol)は摩耗深さ0.15 mm、質量損失0.1 mgと、他の材料と比較して最も低い摩耗量を示しました。

従来のジルコニア(Zi)も摩耗深さ0.09 mm、質量損失0.1 mgと非常に優れていました。

⚫︎長石系セラミックスとグレーズの課題

対照的に、長石系セラミックス(Sak)は摩耗深さ0.52 mm、質量損失5.5 mgと最も大きなエナメル摩耗を引き起こしました。

グレーズも摩耗深さ0.35 mm、質量損失4 mgと、有意な摩耗を引き起こすことが示されました。

④摩耗メカニズムの解明:表面のなめらかさが鍵

なぜ、圧倒的な硬度を持つジルコニアが、対合歯に対して優しいのでしょうか。

この疑問は、材料の「表面性状」と「摩耗後の変化」によって説明することができるのです。

⚫︎ジルコニアの表面

今回の紹介論文研究および他の研究によれば、ジルコニア、特に研磨されたジルコニアは、摩擦試験後も非常に滑らかで均質な表面を維持します。

これは、ジルコニアが0.1~1 µmの微細な結晶粒子で構成されており、焼結後も粒子同士が強く結合し、均一な構造を保つためと考えられます。

透明ジルコニア(Zol)の研磨後の表面粗さ(Ra)はわずか0.24 µmであり、これは摩耗後の長石系セラミックスの表面粗さ(Ra 5224 µm)と比較して圧倒的に低い値です。

この滑らかな表面が、対合歯との摩擦を最小限に抑え、摩耗を抑制する主な要因となります。

⚫︎長石系セラミックスとグレーズの表面

一方、長石系セラミックスやグレーズは、摩耗により表面が大きく粗化し、凹凸や欠け(チッピング)が多数生じることが観察されました。

長石系セラミックスに含まれるガラス質の基質が摩耗により除去されると、露出した結晶粒子が粗い表面を形成し、それが対合歯を研磨する原因となります。

グレーズも同様に、不均一な摩耗によって表面が粗化し、対合歯への摩耗を促進します。

このように、材料の「硬さ」だけではなく、「表面の滑らかさ」と「摩耗によって表面性状がどのように変化するか」という要素が、対合歯への摩耗に大きく影響することが、明確に示される結果となったのです。

特に、モノリシックで研磨された透明ジルコニアは、その高い硬度にもかかわらず、対合歯に最も優しい材料であるという結論が導き出されています。

第3章:臨床における材料選択の重要性

これまでの科学的知見を踏まえると、歯科補綴物の材料選択は、単に審美性や強度といった個別の特性だけでなく、口腔内全体の生態学的バランスを考慮した包括的な視点で行うべきであることがわかります。

①研磨されたモノリシック透明ジルコニアの推奨

今回の紹介論文で得られるエビデンスは、特に咬合面を含む補綴物において、研磨されたモノリシック透明ジルコニア(5Y-PSZ)が非常に有望な選択肢であることを強く示唆しています。以下に理由を列挙します。

⚫︎対合歯への優しさ

高い硬度を持つにもかかわらず、その均質で滑らかな表面性状と低い摩擦係数により、対合する天然歯エナメル質への摩耗を最小限に抑えます。

これは、患者さんの長期的な口腔健康維持に大きく貢献します。

⚫︎優れた機械的特性

高強度と剛性を維持し、単一材料での製作が可能であるため、従来の築盛型セラミックスで問題となっていたチッピングのリスクを排除できます。

⚫︎審美性

透明性の高さにより、天然歯に近い色調と光透過性を実現し、高い審美性を求める患者さんのニーズに応えられます。

⚫︎効率的な製作

築盛プロセスが不要なため、製作工程が簡素化され、より効率的な治療に繋がります。

② 「研磨」の重要性

ジルコニアの対合歯への優しさは、その表面が適切に研磨されていることに大きく依存します。

研磨が不十分なジルコニア表面は粗く、対合歯に過度な摩耗を引き起こす可能性があります。

そのため、歯科医師および歯科技工士は、ジルコニア補綴物の製作において、最終的な研磨工程に細心の注意を払う必要があります。

患者さんに対しても、日常の歯磨きで研磨剤入りの歯磨き粉を使用する際の注意点や、定期的なメンテナンスの重要性を伝えることが大切です。

③その他の材料の適用と限界

長石系セラミックスやグレーズは、その審美性や特定の適応症において依然として重要な選択肢です。

しかし、咬合力のかかる部位や、対合歯への摩耗が懸念される症例では、より慎重な材料選択が求められます。

これらの材料は摩耗によって表面が粗化しやすいため、定期的な表面の再研磨や状態の確認が不可欠となるでしょう。

終わりに

歯科補綴材料の進化は、患者さんにより良い治療結果をもたらす可能性を秘めています。

今回のDejakらの研究は、従来の常識にとらわれず、科学的根拠に基づいて材料の特性を深く理解することの重要性を再認識させてくれました。

ジルコニアは天然歯エナメル質や他のセラミックスよりもはるかに硬いものの、それだけで対合歯を摩耗させるわけではありません。

硬度だけに捉われない考えが重要です。

また、研磨されたモノリシック透明ジルコニア(5Y-PSZ)は、低い摩擦係数と摩耗後も維持される滑らかな表面性状により、対合歯エナメル質への摩耗を最も少なく抑えることができます。

逆に長石系セラミックスやグレーズは、摩耗によって表面が粗化しやすく、これが対合歯への摩耗を促進する主な要因となりますので、考慮して使用しましょう。

歯科医療に携わる私たち、そして治療を受ける患者さんにとって、この知見は非常に価値あるものです。

各材料のメリット・デメリットを深く理解し、患者さん一人ひとりの状況に合わせた最適な材料選択を行うことで、機能的にも審美的にも、そして長期的な口腔健康の観点からも最良の歯科治療を提供できるようになるはずです。

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