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「噛む硬さ」が脳を研ぎ澄ます:咀嚼と認知機能の深い関係:食物の硬さと脳への影響

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2026年5月07日

「噛む硬さ」が脳を研ぎ澄ます:咀嚼と認知機能の深い関係:食物の硬さと脳への影響

(院長の徒然コラム)

はじめに

私たちが毎日、当たり前のように行っている「食べる」という行為。

しかし、その食べることの基本事項である「咀嚼(そしゃく)」が、単に食物を細かくして消化を助けるためだけのものではないことが、近年の脳科学と歯科医学の研究によって明らかになってきています。

特に2025年に発表された研究報告(Lee氏ら)は、私たちが何を噛むか、とりわけ「どの程度の硬さのものを噛むか」が、脳の特定の領域、特に認知機能を司る部位の活性化に直接的な影響を与えることを科学的に示しています。

今回のコラムでは、この研究を紐解きながら、現代の歯科医療が果たすべき「脳を守る役割」について深く考察していきます。

1. 咀嚼は「脳への直接的な入力装置」である

古くから「よく噛んで食べると頭が良くなる」という教えはありましたが、近年の研究はそれを単なる経験則から「科学的な事実」へと引き上げました。

咀嚼運動は、口腔内の歯根膜(しこんまく)や咀嚼筋、顎関節からの感覚情報を、三叉神経を通じて脳幹、さらには大脳皮質へと伝達する巨大な入力システムです。

これまでの研究でも、ガムなどを噛むことが記憶力(ワーキングメモリ)や注意力、エピソード記憶の向上に寄与することは報告されてきました。

しかし、今回の紹介研究が画期的だったのは、「噛む素材の硬さ」に注目し、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて脳内の活性化パターンの違いを詳細に可視化した点にあります。

2. 硬いものを噛むと脳のどこが変わるのか

2025年の研究(Lee氏ら:”Effect of Chewing Hardness on Cognitive-Associated Brain Regions Activation“)では、52名の健康な若年成人を対象に、「ガム(軟らかい素材)」と「木の棒(硬い素材)」を噛んだ際の脳の反応を比較しました。

その結果、以下のような事項が判明しました。

①脳の活性化領域の広がり

紹介論文研究では、まずガムを噛んだ場合でも、運動を司る領域や空間情報を処理する領域(海馬、帯状回など)がある程度活性化することが確認されました。

しかし、硬い素材(木の棒)を噛んだ場合には、これらに加えて、「尾状核(びじょうかく)」や「前頭葉」の広範な領域において、ガムよりも有意に高い活性化が見られたのです。

②尾状核(Caudate Nucleus)の役割

今回特に注目すべきは「尾状核」の活性です。

尾状核は脳の深部に位置する大脳基底核の一部で、単なる運動制御だけでなく、学習、記憶、実行機能、そして「フィードバック処理」に深く関わっています。

硬いものを噛むという行為が、適切な咬合力(噛む力)を調整するための「精緻なフィードバック」を脳に要求し、それが結果として尾状核を強く刺激していると考えられています。

③前頭葉と実行機能

また、「吻側前帯状皮質(ACC)」や「上前頭回」といった、認知コントロールや注意力の維持に不可欠な領域も、硬いものを噛むことでより強く活性化することが示されました。

これらは人間が複雑なタスクを遂行する際に使われる「脳の司令塔」であり、硬い咀嚼がこの司令塔のトレーニングになっている可能性を示唆しています。

3. 「噛む力」と「認知症」の切実な関係

論文研究の結果は、単に「若者の脳を活性化する」という話に留まりません。

高齢化社会において最大の課題である「認知症予防」に、咀嚼という行為が重要であることを示しています。

歯の喪失や歯周病、そして「軟らかい食事」の継続は、咀嚼機能を低下させ、中枢神経系への刺激不足を引き起こします。

これが、長期的な認知機能の低下を招く一因となることが多くの疫学調査で示唆されています。

⚫︎咀嚼機能が低下すると海馬が萎縮する?

過去の動物実験や臨床研究では、噛む刺激が減ることで、記憶を司る「海馬」の神経細胞が減少したり、シナプスの可塑性が低下したりすることが報告されています。

人間においても「硬い刺激」が認知関連領域を活性化するため、歯科治療によって「硬いものをしっかり噛める状態を維持すること」が、認知症という巨大な社会的課題に対する、極めてシンプルかつ非侵襲的な予防になり得ることを裏付けています。

4. 現代の「食の軟化」という落とし穴

現代社会の食生活を振り返ると、私たちは大きなリスクに直面していることがわかります。

いわゆる「ファストフード」や、調理済みの加工食品の多くは、少ない咀嚼回数で飲み込める「軟らかい食事」です。

かつての日本人が一食で噛む回数は約2,500回だったと言われていますが、現代人は約600回程度まで激減しているというデータもあります。

この「咀嚼の質の低下」は、単なる食文化の変化ではなく、私たちの「脳の活性化機会の喪失」を意味しています。

今回のエビデンスに基づけば、軟らかいものばかりを好んで食べることは、脳の尾状核や前頭葉への刺激を自ら放棄しているようなものです。

特に成長期の子どもから、働き盛りの世代、そして高齢者に至るまで、「適度な硬さのある食材」を意識的に選ぶことの重要性が再認識されるべきでしょう。

5. 歯科医師の視点:脳を守るための「口腔機能維持」

では、歯科医療従事者はどのようにして「噛む力」を守り、脳の健康を維持すべきでしょうか。

歯科医学的な観点から、3つの重要なステップを提案します。

① 「噛み合わせ」の精密な調整

単に歯が残っているだけでは不十分です。

尾状核の活性化は、噛む際の精緻なコントロールから生まれます。

左右均等に、そして適切な力加減で噛める「噛み合わせ」が整っていて初めて、脳への良質な刺激が送られます。

詰め物や被せ物が合っていない、あるいは噛み合わせがズレている状態は、脳への入力信号にノイズを混ぜているようなものです。

② 歯周病の徹底管理

歯周病は、歯を支える骨を溶かすだけでなく、歯根膜という「噛み応えを感じるセンサー」の機能を著しく低下させます。

歯周病が進むと、痛みや揺れのせいで硬いものを避けるようになり、結果として脳への刺激が減少します。

定期的なメンテナンスは、単に歯茎を健康にするためだけでなく、「脳への刺激回路」を維持するために不可欠です。

③ 失った歯への速やかな対応

もし歯を失ってしまった場合、インプラントや義歯(入れ歯)などの補綴(ほてつ)治療を行うことは、食事の楽しみを取り戻す以上の意味を持ちます。

硬い素材を噛むという負荷が認知機能にプラスに働く以上、しっかりと負荷に耐えうる口腔環境を再構築することが重要です。

6. 日常生活で実践できる「脳トレ」としての咀嚼

プロフェッショナルな歯科での口腔ケアに加えて、今日から家庭で実践できる「咀嚼による脳の活性化」についても触れておきましょう。

①食材の切り方を工夫する

野菜を少し大きめに切る、加熱時間を短めにして歯ごたえを残す。

②「噛み応え」のある食材をプラスする

食物繊維の多い根菜類、ナッツ類、玄米など、自然と咀嚼回数が増える食材を献立に取り入れる。

③「一口30回」の意識

回数自体も重要ですが、硬いものを「意識して噛み締める」ことが脳へのフィードバックを強化します。

今回の紹介論文研究では「木の棒」という極端に硬い素材が使われましたが、日常においては「自分の歯で、しっかりとした抵抗感を感じながら咀嚼する」こと自体に価値があります。

7. 終わりに:歯科医療は「認知症予防」に繋がる

これまでの歯科は「虫歯を治す」「歯を白くする」といった、口腔内完結型の医療が主流でした。

しかし、これからは「口腔の健康を通じて、脳の認知機能を最適化し、QOL(生活の質)の低下を防ぐ」という、全身健康管理の最前線を担うことになります。

「硬いものを噛める」ということは、単に食事が美味しいということではありません。

それは、あなたの脳に強力なシグナルを送り込み、尾状核や前頭葉を活性化し、思考をクリアに保つための「生涯続く脳トレーニング」なのです。

歯を失ってから後悔するのではなく、今ある歯を大切にし、噛める喜びを「脳の喜び」として捉え直す。

そんな新しい歯科健康観が、これからの超高齢社会を明るく照らすことになるかもしれません。

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