2025年5月22日

(院長の徒然ブログ)

はじめに
口腔扁平苔癬(Oral Lichen Planus, OLP)は、自己免疫反応に起因すると考えられる慢性的な炎症性疾患であり、口腔粘膜に白色の網状・レース状の病変とともに潰瘍を形成することを特徴とする疾患です。
世界的にその有病率は約0.5〜2%、特に成人高齢者に多く認められており、女性に多く見られます。
今回のコラムでは、口腔扁平苔癬の原因、症状、診断、治療法について詳しく解説します。
口腔扁平苔癬の原因
口腔扁平苔癬の正確な原因は未だ解明されていませんが、免疫系の異常反応が大きな役割を果たしていると考えられています。
また、どのような因子が疾患の発症を誘発するかに関しては以下のような要因が関与している可能性があります:
⚫︎免疫系の異常
自己免疫疾患として分類されることがあり、免疫系が誤って口腔内の正常な細胞を攻撃することによって発症します。
詳しく書くと、多くの研究によりOLPはT細胞媒介性の免疫反応による自己免疫疾患と位置付けられています。
病変部では、基底層の角化細胞に対するCD8陽性T細胞の浸潤が観察され、これがアポトーシスを誘導し、粘膜上皮の破壊を引き起こします。
さらに、サイトカインの過剰放出(IFN-γ, TNF-α)が免疫反応を促進して、発症が誘発されると考えられています。
⚫︎遺伝要因
特定の遺伝的素因がある個人は口腔扁平苔癬を発症しやすいと考えられています。
例として、特定のHLA遺伝子型(HLA-DR)はOLPリスクと関連しているとの報告もあります。
⚫︎ストレスや喫煙
精神的なストレスが免疫系のバランスを崩し、発症を引き起こす可能性があります。
また喫煙によってリスクが高くなるという報告もあります。
⚫︎ウイルス感染症
感染症(ヘルペスウイルスなど)も発症の誘因と考えられています。
⚫︎アレルギー反応
食物や歯科材料に対するアレルギーが口腔扁平苔癬を誘発する場合があります。
口腔扁平苔癬の症状
口腔扁平苔癬の症状は多様で、患者によって異なる場合があります。一般的な症状には以下のようなものが含まれます。
⚫︎白斑
白色網状病変が最も特徴的な所見で、頬粘膜、舌、歯茎に見られることが一般的です。
多くの場合頬粘膜内側に見られます。
⚫︎赤みや潰瘍、萎縮
口腔内に赤みと痛みを伴う潰瘍や粘膜の萎縮を形成することがあります。
⚫︎灼熱感や痛み
特に食事中や歯磨きの際に生じます。
⚫︎味覚の変動
味覚が変化し、苦味や金属味を感じることがあります。
⚫︎紅斑性の変化
炎症が進むと粘膜が赤くなります。
⚫︎自覚症状
多くの患者は無症状であるが、稀に灼熱感や痛みを伴うこともあり、特に刺激の強い食物(酸味や辛味)による症状増悪が起こります。
口腔扁平苔癬の診断
口腔扁平苔癬の診断は、臨床症状の評価と生検による病理検査が一般的です。
⚫︎視診
歯科医師または口腔外科医が口腔内を直接観察し、特徴的な白斑や潰瘍を確認します。
病変の分布と形態としては頬粘膜内側に白色線維状病変が起こり、段階的に進展することが多いです。
Wickham’s striaeとよばれる網目状の白線は臨床診断の補助になります。
⚫︎生検
必要に応じて、病変部の組織を採取して病理検査を行い、他の疾患と区別します。
疑わしい場合は、組織標本の採取は必須です。
特徴的な所見は粘膜基底層の液状化変性、過形成した上皮、下層の混濁したリンパ球浸潤が見られます。
⚫︎免疫染色法やサイトカイン測定
臨床診断には通常不要です。滅多に行われません。
診断における留意点と鑑別疾患
①扁桃周囲の潰瘍や嚢胞性疾患
臨床所見が類似し得るため、組織検査が診断の決め手となります。迷ったら検査!
②白板症(Leukoplakia)
白色の病変だが、病変の境界がはっきりしており、扁平苔癬のような網目状線維は見られません。
③紅板症(Erythroplakia)
赤色の病変であり、扁平苔癬に比べて進行しやすく、むしろ悪性化リスクが高いとされます。
④カンジダ症
白色の落屑性病変だが、抗真菌薬による治療で改善が見られるため、臨床的検査と治療反応を見て診断を行います。
口腔扁平苔癬の治療
口腔扁平苔癬の治療は主に症状の緩和に焦点を当てています。治療法は以下の通りです:
①局所ステロイド剤
炎症を抑えるために、口腔内への適用が推奨されます。
最も基本的な治療であり、プレドニゾロンやデキサメタゾン含有の軟膏や液剤が用いられます。
②免疫抑制剤
重症例では、全身的な免疫抑制剤の使用が考慮されることがあります。
また重症例以外では、場合によってはシクロスポリンや タクロリムスの局所適用を併用し、治療効果を高めることがあります。
③口腔衛生の改善
良好な口腔衛生を維持することで症状の悪化を防ぐことができます。
④生活習慣の改善
禁煙やストレス管理が推奨され、症状の軽減につながる可能性があります。
扁平苔癬と前癌状態についての補足
口腔扁平苔癬は炎症性疾患であると同時に、特定の条件下で「前癌状態」と見なされることがあります。
つまり、扁平苔癬を持つ人々の一部において、経過中に癌への移行が懸念されるケースが存在します。
通常は比較的良性の疾患とされるのですが、多くの疫学研究により、その癌への移行リスクについては一定のエビデンスが蓄積されているのです。
国際的なガイドラインでは、口腔扁平苔癬の患者の約1-2%が長期的に経過観察の中で口腔扁平上皮癌に進行する可能性があると報告されています。
扁平苔癬の病変から進展した癌組織は、典型的な扁平上皮癌(Squamous Cell Carcinoma, SCC)であり、潰瘍形成、核異型、浸潤性増殖といった組織学的兆候を示します。
潜伏期が長く、経過中に病変が変化し、悪性化することもあります。
ここでは、扁平苔癬と前癌状態の関係に関する重要なポイントを補足します。
①扁平苔癬の前癌状態としてのリスク
⚫︎リスクの多様性
口腔扁平苔癬が直接的に口腔癌に移行する確率は比較的低いとされていますが、リスクは個々の患者の状況によって異なります。
⚫︎特定の病変の変化
潰瘍化した病変、特に紅斑タイプの扁平苔癬や萎縮性病変は、癌性への移行リスクが若干高まるとされています。
⚫︎要因の関与
喫煙や過度のアルコール摂取は、癌転化のリスクをさらに高める要因として知られています。
②前癌状態の早期発見と管理
⚫︎定期検診の重要性
扁平苔癬と診断された場合、初期から定期的に専門の歯科医や口腔外科医による検診を受けることが推奨されます。
定期的なフォローアップにより、異常な変化を早期に発見することができます。
変化の兆候としては、新たな潰瘍の形成、増大する白斑、色素沈着の増強、出血や浸潤の進行などがあります。
⚫︎自己観察
症状の変化や新しい病変の出現について、患者自身も日常的に観察することが重要です。
⚫︎早期治療の開始
異常が認められた場合には、早期に治療を開始し、必要であれば追加の病理検査を実施します。特に喫煙・アルコール摂取といった外的要因は、癌に移行するリスクを有意に増加させるため、生活習慣の改善を促します。
③病院との連携
⚫︎継続的なコミュニケーション
決して1人で放置せず病院と定期的なコミュニケーションを通じて、最新の情報を得て自分の健康状態を正確に把握しましょう。
治療方針や管理計画は常に状況に応じて更新していきます。
口腔扁平苔癬とその前癌状態の可能性について理解を深めることで、適切な管理と早期発見による予後改善が期待できます。
予防策として
口腔扁平苔癬は慢性的な疾患であるため、定期的な歯科検診を受けることが重要です。
早期の診断と適切な治療を行うことで、症状を効果的に管理することができます。口腔扁平苔癬の予防としては、以下の点に留意することが大切です。
①定期的な歯科検診
早期診断・発見、そして発見後の管理により、症状の進行を防ぎ、合併症のリスクを軽減します。
②良好な口腔衛生の維持
正しいブラッシングやデンタルフロスを使用し、口腔内の健康を保つことが重要です。
粘膜への外的要因を少しでも減らしましょう。
③喫煙の回避
喫煙は炎症を悪化させる要因となるため、禁煙が推奨されます。
百害あって一利なしです。
④バランスの取れた食事
栄養バランスの良い食事が全体的な健康をサポートし、免疫系の機能を向上させます。
⑤ストレス管理
ストレスを避けることは口腔扁平苔癬の管理に不可欠です。リラックスできる時間や趣味を見つけて、精神的な健康を促進してください。
今後の展望
現在、口腔扁平苔癬の研究はまだまだ進行中であり、新しい治療法や予防法の開発も期待されています。
免疫系との関係を深く理解することで、より効果的な治療が発見される可能性もあります。
また、患者個々の状態に応じた治療も探求されていくでしょう。
終わりに
いかがでしたか?口腔扁平苔癬は未だ詳細なメカニズムが解明されていない疾患ですが、適切な管理と治療により日常生活への影響を最小限にすることが可能です。
日々のケアと専門医による診断・治療を受けることで、長期にわたり健康な口腔環境を維持することができます。
口腔内に異常を感じた場合は、速やかに歯科医に相談することをおすすめします。
あなたの口腔健康をしっかりとサポートするために、何か疑問点や気になることがございましたらいつでもご相談ください。