2025年6月23日

乳歯は単なる一時的な歯の集合体ではなく、その後の歯列の健全な発達や全身の健康、さらには子ども本人の心理的な安定にも深く関わっています。
これらの理由から、乳歯の健康管理には特別な注意が必要です。
本コラムでは、乳歯の大切さと、その保護が将来的にどのような影響を及ぼすのかについて、科学的なエビデンスも踏まえながら詳述します。
1. 乳歯の役割とその重要性
乳歯は、子どもの咀嚼機能や発音、顎の発達に不可欠な役割を果たします。適切な咀嚼は、栄養の摂取効率を高め、全身の成長・発達を促します。さらに、乳歯は言語習得や心理的な安定にも大きく影響します。健康な乳歯があることで子どもは自己肯定感を持ちやすく、社会性も育ちやすくなることが、複数の心理学的研究から示されています(Slade et al., 2019)。
2. 乳歯が虫歯になった場合の長期的影響
最も重要なポイントは、乳歯の虫歯が放置された場合、後々どのような悪循環を引き起こすかです。虫歯が進行して乳歯が早期に喪失すると、以下のような悪影響が生じることが明らかになっています。
2.1 乳歯の喪失と永久歯の萌出障害
乳歯は、正しい永久歯の位置や方向に誘導する「誘導役」としての役割を持ちます。早期に乳歯を失うと、そのスペースを保持しつつ、次に生えてくる永久歯が乱れやすくなるのです。これにより、不正咬合や歯列不正が発生しやすく、将来的な矯正治療の必要性も増します(Koh et al., 2018)。
2.2 永久歯への影響:歯の萌出と位置
乳歯の虫歯による感染や炎症は、周囲の歯胚や歯槽骨に悪影響を及ぼす可能性があります。感染によって永久歯の芽が損傷を受けると、歯の形成不全や欠損を引き起こす危険性があります。実際、感染性歯髄炎やう蝕による炎症は、永久歯の萌出時期や位置に遅れやズレをもたらすことが、臨床研究で示されています(Tellez et al., 2021)。
2.3 噛み合わせと歯列の乱れ
乳歯の失われ方や虫歯の進行状態は、その後の噛み合わせに長期的な影響を与えます。例えば、早期喪失によって隣接する歯が移動し、歯列にスペース不足や乱れが生じることもあります。これが長期的な不正咬合や顎関節の問題に発展する可能性も指摘されています。
3. 虫歯が全身の健康に与える影響
乳歯の虫歯は、感染症や痛みだけでなく、全身の健康にも悪影響を及ぼすことが研究で明らかになっています。特に、乳幼児や幼児期の虫歯の放置は、以下のような問題を引き起こす可能性があります。
感染の拡散 :虫歯菌や周囲の細菌が血流に入り込み、局所だけでなく他の臓器への感染リスクを高める。
栄養摂取の妨げ :痛みや不快感による食欲低下が、成長や免疫機能の低下を促進。
発達障害や学習障害との関連 :痛みや感染による不快感は、子どもの集中力や社会性、学習能力の低下に影響を及ぼすことが示唆されています(Cohen et al., 2017)。
4. 虫歯の予防と早期治療の重要性
これらのリスクを回避するためには、乳歯の予防と、虫歯ができた場合の早期治療が不可欠です。
予防歯科:フッ素塗布、シーラント処置、適切な歯磨き習慣の確立。特に、フッ素はエナメル質の再硬化や抗菌作用があり、有効です(Wright et al., 2017)。
定期検診:幼児期からの定期歯科受診により、小さな異常の早期発見と予防的管理が可能になる。
乳歯の早期治療:虫歯の進行を止め、残存乳歯の機能を維持。必要に応じて最小限の侵襲治療を行う。
5. 将来的な歯科医療と社会的な背景
近年の研究では、小児期の口腔ケアは将来的な歯科治療費の削減や、健康寿命の延伸にも寄与すると考えられています。また、子どもの頃からの良好な口腔衛生習慣は、成人後も継続しやすく、生活の質の向上に繋がります。
まとめ
乳歯は一時的なものではなく、長期的に見て子どもの口腔と全身の健康を形作る重要な要素です。虫歯や歯の損失を防ぐことは、将来的な歯列矯正や噛み合わせの安定、さらには全身疾患の予防に直結しています。親や保育者は小さなうちからの適切なケアと定期的な歯科検診を促し、子どもたちには「歯を大切にする習慣」を身につけさせることが、健康な未来を育む第一歩です。