2026年3月26日

(院長の徒然コラム)

はじめに
むし歯は、世界中で最も一般的な慢性疾患の一つであり、その主な原因は口腔内の細菌、特にミュータンス菌(Streptococcus mutans)と砂糖の摂取にあると広く認識されています。
しかし、近年、口腔内の酵母菌であるCandida albicans(カンジダ菌)が、むし歯の発生と進行において、これまで考えられていた以上に重要な役割を果たす可能性が指摘されています。
特に、乳幼児う蝕(ECC)との関連性や、ミュータンス菌との相乗効果によるう蝕原性の増強、さらには酸産生能力やフッ化物への高い耐性など、その病原性が注目を集めています。
(以前もコラムで紹介しています。)
一方で、むし歯予防策として広く推奨されている甘味料の一つがキシリトールです。
キシリトールは、多くの口腔内細菌によって代謝されず、ミュータンス菌の増殖、バイオフィルム形成、および酸産生を効果的に抑制することが知られています。
このような特性から、キシリトールは「むし歯予防の甘い味方」として、歯磨き粉やガム、お菓子などに幅広く利用されています。
しかし、このキシリトールが、むし歯に関与するとされるカンジダ菌に対してどのような影響を与えるのか、またカンジダ菌の糖代謝全体がむし歯の病態にどう寄与するのかについては、まだ十分に解明されていませんでした。
今回、東北大学はカンジダ菌のブドウ糖代謝、そしてキシリトールとその前駆体であるキシロースがカンジダ菌に与える影響について、う蝕原性の観点から研究した論文を発表しました。
今回はその論文「Characteristics of Candida albicansmetabolism of glucose and two sugar substitutes, xylose and xylitol and effect of these substitutes on glucose metabolism from a cariogenic perspective」に基づいてお話ししていきたいと思います。
カンジダ菌:むし歯における「見過ごされがちな裏番長」
カンジダ菌は、通常、健康な人の口腔内に常在する微生物であり、日和見感染性の酵母として知られています。
しかし、特定の条件下、例えば免疫力の低下や抗菌薬の使用、あるいは糖分の多い食生活などによって、口腔内の生態系バランスが崩れると、その存在感を増し、様々な病態に関与するようになります。
その中でも、むし歯、特に進行が速く重症化しやすい乳幼児う蝕との関連性が、近年強く示唆されています。
研究により、カンジダ菌は単独でも酸産生能力を持つことが示されており、これが歯の硬組織の脱灰、つまりむし歯の初期病変に寄与する可能性があります。
さらに深刻なのは、カンジダ菌がむし歯の主犯格であるミュータンス菌と非常に「友好的」な関係を築くことです。
両者は共存することで、単独で存在するよりもはるかに強固で厚いバイオフィルム(プラーク)を形成し、その中でミュータンス菌の定着を助け、抗菌剤への耐性を高め、結果としてう蝕原性を著しく増強することが報告されています。
この相乗効果は、従来のむし歯予防戦略がミュータンス菌に焦点を当ててきた中で、カンジダ菌の存在を見過ごしてはならないという警鐘を鳴らしています。
また、カンジダ菌はフッ化物に対しても高い耐性を示すことが同東北大学の先行研究で明らかになっています。
一般的な歯磨き粉に含まれるフッ化物濃度(最大1,500 ppm)でもその代謝活性は阻害されにくく、これがカンジダ菌が関与するむし歯の治療をより困難にする要因となる可能性もあります。
これらの知見は、カンジダ菌がむし歯の複雑な病態において、単なる傍観者ではなく、積極的に関与する影の犯人…いわば「裏番長」である可能性を示唆しているのです。
しかし、カンジダ菌がどのようなメカニズムで糖を代謝し、酸を産生するのか、その基本的な生化学的経路については、これまで十分に理解されていませんでした。
特に、摂取された糖がどのように代謝され、どのような最終産物を生み出すのかは、ほとんど未知の領域でした。
この知識のギャップを埋めることが、カンジダ菌を標的とした新たなむし歯予防・治療戦略を開発する上で不可欠であると言えるでしょう。
キシリトールとキシロース:むし歯予防の甘い味方、その限界は?
キシリトールとその前駆体であるキシロースは、近年使用が増加している天然由来の糖代替甘味料です。
スクロース(砂糖)よりも甘さが控えめであるものの、カロリーが低く、血糖値への影響が少ないため、体重管理や糖尿病患者向けの製品に広く利用されています。
口腔内においては、キシリトールが「むし歯予防に有効な甘味料」としてその地位を確立しています。
これは、キシリトールがむし歯の原因菌であるミュータンス菌によってほとんど代謝されないため、酸が産生されず、歯のエナメル質が脱灰されないためです。
さらに、キシリトールはミュータンス菌の増殖を抑制し、バイオフィルムの形成を阻害し、酸産生を低下させる効果があることが、数多くの研究で示されています。
ミュータンス菌に対するキシリトールの抑制メカニズムの一つとして、「代謝的無益回路(metabolically futile cycle)」が提唱されています。
ミュータンス菌はキシリトールを細胞内に取り込み、キシリトール-5-リン酸へとリン酸化しますが、その後これを代謝することができません。
結果として、キシリトール-5-リン酸は細胞内に蓄積し、リン酸化エネルギーを放出して再びキシリトールに戻され、細胞外へ排出されます。
このプロセスは、ミュータンス菌がエネルギーを無駄に消費するだけであり、増殖や代謝が阻害される原因となると考えられています。
しかし、このキシリトールによる抑制効果は、他の炭水化物の存在、特にブドウ糖の存在下ではその効果が変動することが知られています。
例えば、ブドウ糖が共存する場合に最も強い抑制効果が観察される一方で、フルクトースではほとんど抑制効果がないことが報告されています。
これは、キシリトール取り込みに関わる輸送体が他の糖と競合する可能性を示唆しています。
また、長期間のキシリトール曝露により、ミュータンス菌がキシリトール耐性を獲得する可能性も指摘されています。
このように、キシリトールはミュータンス菌に対して非常に有効なむし歯予防策となり得ますが、口腔内にはミュータンス菌以外にも多様な微生物が存在します。
特に、上述したようにむし歯への関与が示唆されるカンジダ菌に対して、キシリトールがどのような影響を与えるのかは、虫歯の包括的な理解と予防戦略を構築する上で極めて重要な課題でした。
最新研究で解明されたカンジダ菌の糖代謝とキシリトールの影響
今回の論文は、Candida albicansのブドウ糖、キシロース、キシリトールの代謝特性、およびこれらの糖代替甘味料がブドウ糖代謝に与える影響を、う蝕原性の観点から詳細に調査した画期的な研究です。
この研究は、これまでのカンジダ菌に関する理解を深め、口腔マイクロバイオームにおけるその役割に新たな光を当てています。
1. カンジダ菌はキシリトールとキシロースを代謝するが、その速度はブドウ糖と比較して非常に遅い
この研究の重要な発見の一つは、カンジダ菌が好気条件下で、ブドウ糖だけでなく、キシリトールとその前駆体であるキシロースもエネルギー源として利用し、増殖できるということです。
これは、ミュータンス菌がキシリトールを代謝できないのと対照的です。
多くの酵母は、キシロースやキシリトールをキシルロース-5-リン酸に代謝し、ペントースリン酸経路を介してエネルギー源として利用できることが知られており、カンジダ菌もこの代謝特性を共有することが判明しました。
しかしながら、キシロースやキシリトールを単独の基質として与えた場合、カンジダ菌の増殖速度と酸産生量は、ブドウ糖を与えた場合と比較して著しく低いことが明らかになりました。
具体的には、ブドウ糖を基質とした場合に最も高い増殖と酸産生が認められましたが、キシロースやキシリトール単独では、240時間時点での増殖が有意に低く、酸産生もブドウ糖と比較して極めて限定的でした。
この結果は、キシロースやキシリトールがカンジダ菌にとって、ブドウ糖に比べて「う蝕原性の低い」基質であることを示唆しています。
つまり、キシリトールを摂取してもカンジダ菌はわずかに増殖し、酸を産生するものの、その能力はブドウ糖摂取時と比べて格段に低いため、むし歯リスクへの寄与も小さいと考えられます。
しかし、完全に無害というわけではなく、ブドウ糖が利用できない環境下では、わずかとはいえキシリトールもカンジダ菌のエネルギー源となり得る点には留意が必要です。
この増殖と酸産生の遅さは、細胞内のNADH蓄積(NADH(還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)はATPを作る際の電子の運び屋)と酸素供給の制限に起因すると考えられます。
キシロース代謝に必要なNADPHの供給源が、ブドウ糖が唯一のエネルギー源である場合とは異なり、限られているため、代謝が効率的に進行しない可能性が示唆されています。
2. キシリトールやキシロースはカンジダ菌のブドウ糖代謝を阻害しない
ミュータンス菌においてキシリトールがブドウ糖代謝を阻害する「代謝的無益回路」を引き起こすことはよく知られていますが、今回の論文研究では、カンジダ菌に対しては全く異なる結果が示されました。
驚くべきことに、キシリトールやキシロースがブドウ糖と共存していても、カンジダ菌のブドウ糖代謝や増殖を阻害する効果はほとんど見られませんでした。
これは、カンジダ菌における糖輸送体の特性や代謝経路が、ミュータンス菌とは異なることを示しています。
カンジダ菌は、ブドウ糖が存在する環境下では、ブドウ糖を優先的にエネルギー源として利用し、キシロースやキシリトールなどの代替栄養源の代謝に関わる酵素の遺伝子発現を抑制する「ブドウ糖抑制(glucose repression)」と呼ばれる現象を示すことが知られています。
つまり、ブドウ糖が豊富にある状況では、カンジダ菌はキシリトールやキシロースには「見向きもせず」、ブドウ糖の代謝に集中するため、キシリトールがブドウ糖代謝を阻害する効果は見られないのです。
この発見は、むし歯予防戦略において非常に重要です。
キシリトールがミュータンス菌に対しては直接的な抑制効果を持つ一方で、カンジダ菌に対しては、ブドウ糖代謝を阻害するメカニズムは期待できないということです。
したがって、カンジダ菌が関与するむし歯においては、ミュータンス菌に対するキシリトールの効果とは異なるアプローチが必要となるかもしれません。
ただし、以前の研究でキシリトールがC. albicansの増殖を抑制したという報告もありました。
その研究で使用されたキシリトール濃度(MIC(最小発育阻止濃度)とMFC(最小殺真菌濃度))が1314mM〜2629mM)は極めて高く、これはキシリトール自体の毒性というよりも、浸透圧効果によるものである可能性が指摘されています。
通常の食品や口腔ケア製品に含まれる濃度では、そのような強い抑制効果は期待しにくいと考えられます。
3. カンジダ菌のブドウ糖代謝の主な最終産物はエタノールと二酸化炭素
紹介論文研究は、カンジダ菌のブドウ糖代謝経路の全体像を、代謝産物の定量的分析と化学量論的解析に基づいて初めて明らかにしました。
その結果、好気条件下でブドウ糖が豊富にある場合、カンジダ菌は摂取したブドウ糖炭素の約50.48%をエタノールに、約21.95〜24.72%を重炭酸塩(二酸化炭素由来)に、約5.70%をグリセロールに、そしてわずか2.88%を有機酸(ギ酸、酢酸、ピルビン酸、乳酸、リンゴ酸、フマル酸、コハク酸など)に変換することが判明しました。
このデータは非常に興味深く、カンジダ菌のブドウ糖代謝が、いわゆる「Crabtree効果(クラブツリー効果)」を示すことを強く示唆しています。
Crabtree効果とは、高濃度のブドウ糖が存在する好気条件下であっても、多くの酵母が効率的な呼吸よりも、エタノールや二酸化炭素を産生する発酵経路を優先する現象です。
(ハルバート=グレイス=クラブツリーが発見した)
これは、迅速な増殖のためにATPを効率よく得るよりも、ブドウ糖を迅速に消費し、競合する微生物の増殖を阻害するエタノールを産生することを選択している、という生存戦略の結果であると考えられています。
カンジダ菌においても、ブドウ糖代謝で得られるNADHが主にエタノールとグリセロールの産生に利用されることが示されており、これは発酵経路が優勢であることを裏付けています。
これにより、カンジダ菌は大量のエタノールと二酸化炭素を産生し、有機酸の産生はごく一部にとどまるという代謝課程が明らかになりました。
4. エタノール産生が口腔内環境に与える影響と新たな懸念
カンジダ菌がブドウ糖から大量のエタノールを産生するという発見は、口腔内の健康に新たな懸念をもたらします。
エタノール自体は直接むし歯を引き起こす酸ではありませんが、口腔内にはエタノールを代謝する他の細菌が存在します。
特に、ストレプトコッカス菌の一部は、カンジダ菌が産生したエタノールを、発がん性物質であるアセトアルデヒドに変換する能力を持つことが報告されています。
したがって、カンジダ菌が高糖度食環境下で活発にブドウ糖を代謝し、大量のエタノールを産生することで、間接的に口腔内でのアセトアルデヒド濃度を上昇させ、口腔がんのリスクを高める可能性が考えられます。
これは、口腔内の微生物間の複雑な相互作用が、単なるむし歯だけでなく、より広範な口腔疾患リスクに影響を与えることを示唆する重要な知見です。
また、エタノールはエタノール感受性を持つ特定の細菌の増殖を阻害する可能性があり、その結果、口腔内のマイクロバイオームの組成を変化させることも考えられます。
このような生態系の変化は、むし歯だけでなく、歯周病や口腔乾燥症など、他の口腔疾患の病態にも影響を及ぼす可能性があります。
結論と今後の展望:むし歯予防戦略の再考
今回の紹介論文研究は、Candida albicansがキシロースとキシリトールを代謝する能力を持つものの、その際の増殖と酸産生はブドウ糖と比較して極めて低いことを明らかにしました。
これは、キシロースやキシリトールがカンジダ菌にとっても「う蝕原性の低い」基質である可能性を示唆しています。
しかし、キシリトールやキシロースがミュータンス菌に有効な「代謝的無益回路」をカンジダ菌に引き起こすことはなく、カンジダ菌のブドウ糖代謝を阻害しないという重要な違いが判明しました。
もう一つ注目すべきは、カンジダ菌のブドウ糖代謝が、大量のエタノールと二酸化炭素を産生するという代謝過程です。
このエタノールが口腔内の他の細菌によって発がん性物質であるアセトアルデヒドに変換される可能性、また口腔マイクロバイオーム全体に与える影響は、今後の虫歯予防戦略や口腔がん予防の観点から、考察されるべき新たな課題です。
今回の紹介論文ではCandida albicansという単一の菌株(タイプ株JCM1537)の酵母形態を用いた好気条件下での実験結果ですが、異なる臨床分離株や、バイオフィルム内での菌糸形態(hyphal forms)における代謝、さらには嫌気条件下など、より生理的・病態的な口腔内環境を模倣した状況でのカンジダ菌の糖代謝については、さらなる研究が必要です。
特に、バイオフィルム内部のような酸素濃度の低い環境では、本研究で示された代謝経路とは異なる挙動を示す可能性も考えられます。
今後、カンジダ菌がむし歯の病態にどのように関与しているのか、その詳細なメカニズムを解明することで、これまでのミュータンス菌中心のむし歯予防戦略に、カンジダ菌を標的とした新たなアプローチを加える必要性が浮上してくるでしょう。
例えば、カンジダ菌のブドウ糖優先利用を抑制したり、エタノール産生を制御したりする介入方法が、将来のむし歯予防に貢献するかもしれません。
歯科医療従事者や一般の方々にとっても、むし歯の予防は単に砂糖を避けるだけでなく、口腔内の微生物全体のバランスや、個々の微生物が糖をどのように代謝するかという複雑な視点からアプローチすることが、より効果的な予防へと繋がるという認識を持つことが重要です。
キシリトールは確かに優れたむし歯予防甘味料ですが、その効果を過信せず、カンジダ菌のような「見過ごされがちな裏番」にも目を向けることが、真の口腔健康維持への道筋となるでしょう。
