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コロナ後遺症と味覚障害:COVID-19後遺症に苦しむ人の「舌の上」で起きていること

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2026年4月27日

コロナ後遺症と味覚障害:COVID-19後遺症に苦しむ人の「舌の上」で起きていること

(院長の徒然コラム)

はじめに:歯科領域における「味覚」の重要性

私たちは毎日、当たり前のように食事を楽しみ、甘味、旨味、苦味、酸味、塩味という5つの基本味を感知しています。

しかし、2020年から世界を襲った新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、この「当たり前」を根底から覆しました。

急性期の症状として広く知られた味覚・嗅覚障害ですが、感染から数ヶ月、あるいは1年以上が経過してもなお、味覚の違和感に苦しむ「Long COVID(コロナ後遺症)」の患者が少なくありません。

歯科医院は、口腔粘膜や舌の状態を日常的に観察する場であり、こうした味覚障害の悩みが持ち込まれる最前線でもあります。

本稿では、2026年に発表された最新の研究論文『Taste dysfunction in long COVID』の知見を軸に、コロナ後遺症による味覚障害の正体と、そのメカニズムについて、科学的根拠(エビデンス)に基づき深く掘り下げていきます。

1. コロナ後遺症としての味覚障害:その実態

これまでの報告では、COVID-19に感染した多くの患者が数週間以内に味覚を回復するとされてきました。

しかし、一部の患者では、感染から3ヶ月以上経過しても症状が続く「ポスト急性COVID-19症候群(PACS)」、いわゆるLong COVIDに移行します。

⚫︎12ヶ月以上続く「隠れた味覚消失」

最新の研究では、感染から12ヶ月以上経過しても味覚異常を訴える28名の被験者を対象に、精密な味覚検査(WETTテスト)と舌組織の生検が行われました。

ここで驚くべき事実は、「本人が味覚障害を自覚していても、全体的な味覚スコアが極端に低い人はわずか11%程度だった」という点です。

しかし、さらに詳細に分析すると、特定の味、特に「甘味」「旨味」「苦味」のいずれかを完全に消失しているケースが39%(11/28名)も存在することが明らかになりました。

これは、患者が「なんとなく味が薄い」「以前と違う」と感じている背後に、特定の受容体レベルでの深刻な機能不全が隠れている可能性を示唆しています。

2. メカニズムの核心:なぜ「甘味・旨味・苦味」が狙われるのか

味蕾(みらい)の中には、異なる役割を持つ味細胞が存在します。

今回のエビデンスで最も注目すべきは、「PLCβ2依存性」の味細胞へのダメージです。

⚫︎Type II 細胞とPLCβ2の役割

味覚を感知する細胞にはいくつかのタイプがありますが、その中の「Type II 細胞」は、甘味、旨味、苦味を受容する役割を担っています。

これらの味物質が受容体に結合すると、細胞内の「PLCβ2(ホスホリパーゼCベータ2)」という酵素を介したシグナル伝達が行われ、脳へと情報の伝達が始まります。

研究結果によると、長期的な味覚障害を持つ患者の舌組織では、以下の変化が確認されました。

①mRNA発現の低下

舌の糸状乳頭から採取した組織のqPCR解析により、PLCβ2および甘味・旨味の受容体に関連するTAS1R3のmRNA発現が著しく低下していることが確認されました。

②分子レベルの相関

実際に甘味や旨味を感じにくい被験者ほど、これらの分子の発現レベルが低いという強い相関関係が見られました。

つまり、新型コロナウイルスは、味蕾の構造そのものを完全に破壊し尽くすというよりは、「味を伝えるための分子スイッチ(PLCβ2など)」をオフにする、あるいはその数を減らしてしまうような、より微細で長期的な影響を及ぼしているのです。

3. 組織学的変化:舌の上で何が起きているのか

歯科医師や歯科衛生士が視診で舌を確認する際、一見すると大きな異常(炎症や萎縮)が見られないこともあります。

しかし、顕微鏡レベルの組織学的評価では、興味深い所見が得られています。

⚫︎味蕾の構造と神経支配

研究では、味蕾の全体的な構造や神経の入り込み(神経支配)は、多くの後遺症患者において概ね維持されていることが分かりました。

しかし、一部の症例では以下の異常が見られました。

①無秩序な味蕾(Disorganized TBs)

正常なラグビーボール状の形が崩れ、細胞の配置がバラバラになっている味蕾が観察されました。

②孤立したPLCβ2陽性細胞

本来は味蕾の中に収まっているべき味細胞が、味蕾の外側の皮下組織や上皮内にポツンと孤立して存在しているケースが確認されました。

これは、味細胞の「ターンオーバー(入れ替わり)」のサイクルが、ウイルス感染によって乱された可能性を示しています。

味細胞は通常10日〜2週間程度で新しく作り替えられますが、感染時の炎症や免疫反応によって、新しい細胞が正しい場所で正しく分化できなくなっている可能性が考えられます。

4. ウイルスはどこへ消えたのか?持続的な炎症の謎

Long COVIDの大きな謎の一つは、「ウイルスが体内に残っているから症状が続くのか、それともウイルスがいなくなった後の『後遺症』なのか」という点です。

⚫︎ウイルスRNAの非検出

今回の紹介論文研究で行われた生検サンプルのPCR検査では、全ての被験者の舌組織から新型コロナウイルスのRNAは検出されませんでした。

つまり、12ヶ月以上続く味覚障害の原因は、ウイルスの直接的な攻撃が続いているわけではなく、感染時に引き起こされた「生物学的な負の遺産」によるものだと言えます。

⚫︎エピジェネティックな記憶と免疫

ウイルスがいなくなった後も味覚が戻らない理由として、現在の科学では「炎症記憶(Inflammatory memory)」という概念が注目されています。

初期の激しい炎症によって、味蕾の幹細胞の遺伝子スイッチ(エピジェネティクス)が書き換えられ、ウイルスがいなくなった後も「正常な味細胞を作れない状態」が続いてしまうという仮説です。

また、味細胞をサポートする周囲の細胞や、味神経そのものの微細な損傷も、長期的な障害に関与している可能性が示唆されています。

5. 歯科臨床における対応と患者へのアドバイス

歯科医院を訪れる患者から「味がわからない」と相談を受けた際、私たちはどのように向き合うべきでしょうか。

最新のエビデンスを踏まえた対応策をまとめます。

① 心理的サポートと共感

多くの患者は、周囲から「見た目は元気なのに」「気のせいではないか」と理解されず、孤独感を抱えています。

今回の研究が示す通り、「味覚テストの数値が正常範囲内であっても、特定の味(甘味や旨味)が欠落しているケースがある」という事実は、患者の自覚症状を裏付ける強力な根拠となります。

「あなたの感じている違和感には、科学的な理由があります」と伝えることは、大きな救いになります。

② 栄養管理と摂食指導

甘味や旨味が感じられないと、食事の満足度が著しく低下し、食欲不振や逆に濃い味付け(塩分の過剰摂取)を招く恐れがあります。

⚫︎酸味の活用

酸味(Sour)は比較的ダメージを受けにくいことがわかっています。

レモンや酢を活用し、味のアクセントをつける工夫を提案しましょう。

⚫︎テクスチャー(食感)の重視

味覚以外の感覚(歯ごたえ、温度、喉越し)を意識することで、食事の楽しみを補償してあげましょう。

③ 口腔乾燥(ドライマウス)のケア

味物質は唾液に溶け込むことで初めて味細胞に届きます。

後遺症患者の中には、唾液分泌量の低下を併発しているケースも多いため、口腔保湿剤の使用や唾液腺マッサージを行い、味物質が受容体に届きやすい環境を整えることが基本となります。

④ 味覚トレーニングの可能性

嗅覚障害においては「匂いを意識的に嗅ぐ」トレーニングが有効とされていますが、味覚においても、特定の味を意識しながら食べる「味覚リハビリテーション」が期待されています。

6. 今後の展望と歯科界の役割

新型コロナウイルスがもたらした教訓の一つは、口腔感覚がいかに私たちのQOL(生活の質)にいかに直結しているかという再認識です。

最新の研究(Morad氏:2026)は、Long COVIDの味覚障害が、単なる「気分の問題」ではなく、PLCβ2やTAS1R3といった具体的な分子の機能低下を伴う生物学的な現象であることを示しました。

歯科医療従事者は、単に虫歯や歯周病を治すだけでなく、「食べる喜び」を支える味覚の守護者でもあります。

今後も進化するエビデンスを注視し、多職種と連携しながら、後遺症に苦しむ患者への理解と支援を深めていくことが求められています。

終わりに

味覚障害の克服には時間がかかるケースが多いのが現状です。

しかし、組織学的には味蕾の構造が完全に失われているわけではないという事実は、回復への「希望」を残しています。

適切な口腔ケアと栄養管理、そして何より患者の苦しみに寄り添う歯科医療の姿勢が、Long COVIDという長いトンネルを抜けるための灯火となるでしょう。

私たちは、これからも科学の目と温かな対話を通じて、患者さんの「健やかなお口」と「豊かな人生」を支え続けて参ります。

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