2026年7月05日

(院長の徒然コラム)

歯が痛い、顎も痛い、噛み合わせも気になる
「歯が痛い」と聞くと、多くの方はまず虫歯を思い浮かべます。
たしかに、歯科医院で診る歯の痛みの多くは、歯や歯周組織に原因があります。歯に穴があいて神経に炎症が及んでいることもあれば、根の先に炎症が起きていることもあります。歯が割れている、歯周病で歯の周囲に炎症がある、詰め物や被せ物が高く噛むたびに強く当たっている、ということもあります。
歯髄炎、根尖性歯周炎、歯周病、歯根破折、知覚過敏、咬合性外傷などは、日常臨床で頻繁に出会う病態です。したがって、「歯が痛い」と訴える患者さんを診るとき、まず歯や歯周組織を丁寧に確認することは当然です。
しかし、臨床ではそれだけでは説明できない痛みがあります。
奥歯が痛い気がするのに、レントゲンでは大きな異常がない。根管治療をした歯の痛みがなかなか引かない。噛み合わせが変な感じがして、どこで噛めばいいかわからない。歯も痛いが、顎もだるい。耳の前が痛いのに、奥歯が痛いようにも感じる。何件か歯科医院を受診したが、原因がはっきりしない。
このような訴えの中には、歯そのものではなく、咀嚼筋、顎関節、三叉神経、頭痛、副鼻腔、心血管系、あるいは慢性疼痛としての痛みの処理系が関係しているものがあります。
ここで重要なのは、歯の痛みを訴える患者さんに対して、「歯に原因がない」と早々に決めつけることではありません。むしろ逆です。まず歯科医師として、歯や歯周組織に原因がないかを丁寧に確認する必要があります。
そのうえで、歯科的な所見と痛みの訴えが合わないとき、痛みの出方が典型的な歯原性疼痛と異なるとき、処置を行っても痛みの性質が変わらないときには、視野を広げなければなりません。
特に注意したいのが、原因がはっきりしない段階での咬合調整です。
噛み合わせが気になる、噛むと痛い、顎がだるい、奥歯が強く当たる気がする。こうした訴えがあると、咬合紙で当たりを確認し、強く印記された部分を少し削る、という流れに進みたくなることがあります。
もちろん、咬合を確認すること自体は大切です。高い詰め物や被せ物、明らかな早期接触、修復処置後に時間的に一致して出てきた咬合痛、歯根膜への過剰な負荷が疑われる症例では、咬合を診る必要があります。
しかし、咬合を診ることと、歯を削ることは同じではありません。
咬合調整は診断ではなく、治療です。しかも、不可逆的な治療です。
一度削った歯は、元には戻りません。痛みの発生源が歯ではなく咀嚼筋だった場合、あるいは三叉神経の過敏化や慢性疼痛の機序が関係していた場合、咬合調整をしても痛みの原因には届きません。それどころか、「噛み合わせがもっと変になった」「どこで噛めばよいかわからない」という咬合違和感を強めてしまうことがあります。
歯が痛い。顎も痛い。噛み合わせも気になる。
この三つが重なったときこそ、歯科医師は一歩立ち止まる必要があります。
痛みの場所と、痛みの発生源は同じとは限りません。
歯や歯周組織に原因がある痛みを歯原性歯痛と呼ぶのに対し、歯や歯周組織に原因がないにもかかわらず、歯の痛みとして感じられる状態を非歯原性歯痛と呼びます。ここで大切なのは、非歯原性歯痛が「気のせい」ではないということです。痛みは実際に存在します。ただ、その痛みを作っている場所が、患者さんが痛いと感じている歯そのものではないことがある、という話です。

「歯が痛い」は診断名ではなく症状である
「歯が痛い」という言葉は、患者さんの主観的な訴えです。
臨床では、その訴えを出発点として、原因を探していきます。歯が痛いから歯が原因、とは限りません。反対に、歯に大きな穴が見えないから歯が原因ではない、とも言えません。
痛みを考えるときには、少なくとも二つを分ける必要があります。一つは、痛みを感じている場所です。もう一つは、痛みを発生させている場所です。
たとえば、下の奥歯が痛いと感じていても、実際には咬筋の筋痛が奥歯に関連痛を出していることがあります。上の奥歯が痛いと感じていても、上顎洞炎が関係していることがあります。歯の治療後に痛みが長く残っていても、根管内の感染だけでなく、神経障害性疼痛や持続性特発性歯痛を考えなければならないことがあります。
口腔顔面痛の分類では、口腔顔面領域の痛みを単に「歯が痛い」「顎が痛い」という部位の表現だけで終わらせず、歯・歯槽部由来の痛み、筋筋膜性口腔顔面痛、顎関節痛、脳神経由来の痛み、一次性頭痛に類似した口腔顔面痛、特発性口腔顔面痛などに分類して考えます。
この分類は、歯科臨床にとって非常に重要です。
歯髄炎であれば、歯髄の炎症に対する診断と治療が必要です。根尖性歯周炎であれば、根管内感染や根尖部の炎症を考えます。歯根破折であれば、保存可能性の判断が必要です。歯周病であれば、歯周ポケット、動揺、骨吸収、咬合性外傷を評価します。
一方で、筋筋膜性歯痛であれば、痛みを感じている歯だけでなく咀嚼筋を診なければなりません。三叉神経痛であれば、歯を削る治療ではなく神経痛としての評価が必要です。上顎洞性歯痛であれば、副鼻腔の評価が必要になります。心臓性歯痛が疑われる場合には、歯科処置よりも医科的評価が優先されます。持続性特発性歯痛であれば、安易な抜髄、抜歯、咬合調整は避けなければなりません。
つまり、「歯が痛い」という訴えは入口です。診断名ではありません。
非歯原性歯痛は、歯科領域の外にある曖昧な概念ではありません。非歯原性歯痛診療ガイドラインでは、筋・筋膜性歯痛、神経障害性歯痛、神経血管性歯痛、上顎洞性歯痛、心臓性歯痛、精神疾患または心理社会的要因による歯痛、特発性歯痛、その他の疾患による歯痛に分類されています。つまり、痛い歯を見て終わるのではなく、その痛みがどの原疾患から歯に投射されているのかを考える必要があります。
ここを間違えると、治療は迷走します。
歯が痛いから神経を取る。神経を取っても痛いから再根管治療をする。それでも痛いから抜歯する。抜歯しても痛いから、隣の歯を疑う。噛み合わせが気になるから削る。削っても違和感が残るから、さらに削る。
この流れに入ってしまうと、患者さんの痛みも、歯科医師の判断も、どんどん苦しくなります。
歯科治療は、局所の原因がはっきりしているときには非常に強い力を持ちます。虫歯を取り、感染した根管を清掃し、歯周病を治療し、破折を診断し、高い修復物を調整する。これらは歯科医療の基本です。
しかし、痛みの発生源が歯ではない場合、歯を治療しても痛みの中心には届きません。
そのため、歯痛診断では最初から「歯だけ」を見てはいけません。しかし同時に、「歯を見ない」のも誤りです。
正しい順番は、歯原性疼痛を丁寧に確認し、その所見と痛みの出方が合うかを見極めることです。

歯原性疼痛をまず丁寧に確認する
非歯原性歯痛を考える前に、歯原性疼痛を除外する必要があります。
これは非常に大切です。「歯に原因がない痛みもある」という考えは、歯科疾患の見落としを正当化するものではありません。歯科医師がまず確認すべきなのは、歯や歯周組織に痛みの原因があるかどうかです。
まず疑うのは、歯そのものの炎症です。急性歯髄炎や慢性歯髄炎、歯髄壊死、根尖性歯周炎では、冷温刺激、自発痛、咬合痛、打診痛、根尖部の圧痛などが診断の手がかりになります。特に、痛みが刺激後も長く残るのか、何もしなくても痛むのか、夜間に強くなるのかは、歯髄や根尖部の炎症を考えるうえで重要です。
歯原性歯痛を先に確認する理由は、歯科疾患による痛みが実際に強く、見逃してはいけない病態だからです。歯髄炎では、象牙質と歯髄境界付近のAδ線維による鋭い痛みや、歯髄内のC線維による鈍く長引く痛みが関係します。急性化膿性歯髄炎では、神経痛に近い激烈な痛みを生じることもあります。したがって、非歯原性歯痛を考える場合でも、虫歯、歯髄炎、歯髄壊死、根尖性歯周炎、歯根破折を軽く扱ってよいわけではありません。まず歯科的に説明できる痛みを丁寧に確認し、それでも整合しないときに視野を広げます。
次に、歯の構造そのものも確認します。歯根破折や亀裂歯では、レントゲンで明らかな所見が出にくいことがあります。噛んだ瞬間ではなく、噛んだものを離すときに鋭く痛む。特定の方向でだけ痛い。一部だけ歯周ポケットが深い。このような場合には、咬合痛の再現、染色、透照、マイクロスコープ、CBCTなどを組み合わせて慎重に判断します。
歯周組織も重要です。歯周炎や歯周膿瘍では、歯ぐきの腫れ、出血、排膿、歯の動揺を伴いながら、噛んだときの痛みとして現れることがあります。重度歯周炎や分岐部病変がある歯では、同じ力でも歯根膜や歯周組織への負担が大きくなります。
歯周病が進行して支持組織が減っている歯では、同じ咬合力でも受け止める側の余力が小さくなります。咬合性ストレスは歯周炎の初発因子ではありませんが、炎症のある歯周組織に加わると、歯の動揺、咬合痛、歯周組織破壊の進行に関与する修飾因子になります。したがって、噛むと痛い歯を見たときには、咬合紙の印だけでなく、その歯の歯周支持、動揺、歯周ポケット、分岐部病変、炎症の程度を同時に見ます。咬合の問題を考えるとしても、歯周組織の状態を抜きにして削るかどうかを判断することはできません。
さらに、修復物や補綴物も確認します。詰め物や被せ物が高い、インレーやクラウンが適合していない、最近補綴治療を行ったあとから痛みが始まった、といった場合には、修復物の高位や咬合性外傷を考えます。インプラント周囲炎や顎骨内病変が痛みの背景にあることもあります。
診査では、まず問診が重要です。
最初に確認するのは、痛みの時間軸です。いつから痛いのか、急に始まったのか、徐々に強くなったのか。痛みが数秒で消えるのか、数分以上続くのか、一日中続くのか、夜間痛があるのか。時間の情報だけでも、考える病態は大きく変わります。
次に、痛みを誘発する刺激を見ます。冷たいもの、温かいもの、甘いもの、噛んだとき、噛んだあと、何もしていないとき。それぞれで痛みの出方が違うため、歯髄炎、根尖性歯周炎、亀裂歯、咬合性外傷、筋・筋膜性歯痛を分ける手がかりになります。
痛む場所の聞き方も大切です。患者さんが「この歯」と指で特定できるのか、それとも「このあたり」としか言えないのか。痛みが一つの歯に限局しているのか、複数の歯に広がるのか、日によって移動するのか。ここに、歯原性疼痛と非歯原性歯痛を分ける手がかりがあります。
さらに、最近の治療歴も確認します。詰め物や被せ物を入れたあとから始まった痛みなのか、根管治療後に残っている痛みなのか、歯周病治療の経過で出ている痛みなのか。外傷や強い食いしばりの自覚があるかも、咀嚼筋痛や咬合性外傷を考えるうえで重要になります。
単に「レントゲンで大きな虫歯がないから異常なし」では不十分です。逆に、「痛いと言っているから神経を取る」でも不十分です。
痛みの訴え、診査所見、画像所見、刺激に対する反応、時間経過が、同じ方向を向いているかを見ます。
また、複数の医療機関を受診している患者さんでも、前医の診断をそのまま前提にしすぎないことが大切です。口腔顔面痛では、痛みの原因が複数にわたることがあり、経時的に変化することもあります。前の時点では歯科疾患が疑われていても、現在の痛みは筋・筋膜性歯痛や神経障害性疼痛が主体になっていることがあります。反対に、非歯原性疼痛と思われていた症状の中に、亀裂歯や歯髄炎が隠れていることもあります。だからこそ、紹介状や前医の説明を参考にしながらも、初診時には改めて口腔内診査、画像評価、歯髄検査、筋触診を行います。
歯原性疼痛では、痛みの部位と病変部位が比較的一致しやすい傾向があります。冷温刺激、打診、咬合、歯周検査、レントゲン所見などによって、ある程度その歯が原因であることを説明できる場合が多いです。
一方で、非歯原性歯痛では、その整合性が崩れることがあります。痛い歯がはっきりしない、痛む場所が移動する、複数の歯が痛い、検査所見と痛みの強さが合わない、局所麻酔をしても痛みが消えない、筋肉を押すと歯の痛みが再現される、しびれや灼熱感を伴う、痛みが3カ月以上続いている、歯科処置をしても痛みの性質が変わらない。さらに、頭痛、鼻症状、耳症状、胸部症状を伴う場合もあります。
ここで初めて、非歯原性歯痛の鑑別が重要になります。
この段階で役立つのが、痛みを構造化して聞くことです。口腔顔面痛の診療では、痛みの部位、発現状況、経過、痛みの質、強さ、頻度、持続時間、時間的特徴、増悪因子、軽減因子、随伴症状、痛みが出たときの行動を確認します。たとえば、同じ「奥歯が痛い」でも、夕方に重くなる痛み、冷たい水で数分続く痛み、洗顔や歯みがきで電撃のように走る痛みでは、考える疾患が変わります。痛みの場所だけでなく、痛みの出方と時間経過を整理することで、歯原性疼痛、筋・筋膜性歯痛、神経障害性疼痛、心理社会的要因が関わる痛みを分けやすくなります。
咬合性外傷と「噛むと痛い」を混同しない
「噛むと痛い」という訴えは、咬合の問題を考える重要な手がかりです。
ただし、「噛むと痛い」からといって、すべてが咬合調整の対象になるわけではありません。
噛んだときの痛みでは、まず根の先の炎症や歯根破折、亀裂歯を疑います。特に、噛んだ瞬間ではなく、噛んだものを離すときに鋭く痛む場合には、亀裂や破折の可能性を考えます。
一方で、歯周炎や歯周膿瘍では、歯ぐきの腫れ、出血、排膿、動揺を伴いながら、噛んだときの痛みとして出ることがあります。根尖性歯周炎や歯髄炎の進行でも、歯根膜に炎症が及ぶことで噛むと響くような痛みが出ます。
さらに、詰め物や被せ物を入れた直後であれば、修復物の高位やインレー・クラウンの不適合も確認します。特定の歯だけ強く当たる状態が続くと、歯根膜に負担がかかり、咬合性外傷として痛みが出ることがあります。インプラント周囲炎でも、噛んだときの違和感や痛みが問題になることがあります。
しかし、ここで終わらないことが大切です。
噛むと痛いという訴えは、咀嚼筋痛、顎関節痛、神経障害性疼痛でも起こることがあります。咬筋や側頭筋に痛みがある場合、患者さんは「奥歯が痛い」「噛むと痛い」と感じることがあります。顎関節痛でも、食事や開口時に痛みが増えるため、歯の痛みと混同されることがあります。
つまり、「噛むと痛い」という訴えは大切ですが、それだけで咬合調整に進む理由にはなりません。
咬合紙に印が濃くついていることも、そのまま痛みの原因を意味しません。咬合紙は接触の有無や位置を確認する道具であって、痛みの原因を単独で確定する道具ではありません。
強く印記された部位があっても、そこが本当に病的な早期接触なのか、患者さんの症状と一致しているのか、歯根膜の反応があるのか、修復処置後の時間経過と合っているのかを見なければなりません。
特に、顎関節症や咀嚼筋痛が背景にある患者さんでは、噛み合わせが気になるという訴えが出ることがあります。咬筋や側頭筋が緊張していると、噛んだときの感覚が普段と違って感じられることがあります。日中の歯列接触癖、いわゆるTCH(Tooth Contacting Habit)、睡眠時ブラキシズム、ストレス、姿勢、長時間のPC作業などによって、顎の筋肉が疲労している場合もあります。
このような場合、咬合紙の印だけを根拠に削ると、原因に届かないまま歯質だけが失われます。
「噛むと痛い」「当たる気がする」「噛み合わせが変」という訴えは大切です。しかし、すぐに削る理由にはなりません。
歯、歯周組織、補綴物、咬合、筋肉、顎関節、神経を順番に分けて考える必要があります。
咬合性ストレスを考えるときには、力の大きさだけでなく、作用している時間と回数も見なければなりません。強い力が一瞬かかるだけでなく、弱い力が長時間続くことでも、歯根膜、咀嚼筋、顎関節、歯周組織に負担が蓄積することがあります。特にTCHでは、強い食いしばりではなく、軽い歯の接触が長く続くため、患者さん自身が負担に気づきにくいことがあります。だからこそ、咬合紙の印だけを見て削るのではなく、歯列接触の時間、咀嚼筋の疲労、TCH、睡眠時ブラキシズムまで含めて判断する必要があります。
咬合は診る。しかし、診断前に削らない
噛み合わせは、歯科診療の中で必ず確認すべき要素です。
詰め物や被せ物が高い場合、特定の歯だけ強く当たる場合、噛むたびに同じ歯が痛む場合には、咬合を確認する必要があります。歯周病で支えが弱くなった歯に強い力がかかっている場合や、根管治療後の歯に過剰な咬合力が加わっている場合、あるいは歯根破折が疑われる歯に咬合時の鋭い痛みがある場合も同じです。
歯は、噛み合わせの力を歯根膜で受けています。歯根膜は非常に鋭敏な組織で、わずかな高位や外傷性咬合でも違和感や痛みを感じることがあります。特に、詰め物や被せ物を入れた直後に「噛むと痛い」「その歯だけ当たる」「食事のときに響く」という訴えが出た場合には、修復物の高さや接触状態を確認する必要があります。
ただし、咬合を見ることと、歯を削ることは違います。
咬合紙を噛んでもらい、咬合接触の位置を見る。側方運動時の干渉を確認する。修復物の高さを確認する。打診痛や咬合痛の部位と一致するかを確認する。歯周組織の状態と合わせて評価する。必要に応じてレントゲンやCBCTを確認する。
ここまでは診査です。
一方、歯を削ることは治療です。しかも、元に戻せない治療です。
咬合調整をしたあと、「やはりそこが原因ではなかった」とわかっても、削った歯質は戻りません。被せ物の形態を変えたあとに、痛みの原因が咀嚼筋や神経障害性疼痛だったとわかっても、元の咬合形態を完全に復元することは簡単ではありません。
この不可逆性が、咬合調整を慎重に考えるべき最大の理由です。
「噛み合わせが気になる」という訴えにも、いくつかの背景があります。実際に高い修復物があることもあれば、歯周組織に過剰な負荷がかかっていることもあります。歯根破折や亀裂歯によって噛むと痛い場合もあります。
一方で、咀嚼筋が緊張して噛み方が不安定に感じていることもあります。顎関節症で下顎位や開閉口路が一時的に変化していることもあります。TCHやブラキシズムによって、歯や筋肉が過敏になっていることもあります。神経障害性疼痛や痛覚変調によって、通常の接触を強く不快に感じていることもあります。さらに、咬合違和感症候群のように、客観的な咬合異常が乏しいにもかかわらず、噛み合わせの違和感が強く意識される場合もあります。
このように、「噛み合わせが気になる」という言葉の背景は一つではありません。
だから、訴えだけで削ってはいけません。
高いところがあるかを見るだけでなく、その高いところが痛みの部位と一致しているかを確認します。咬合接触と症状の時間経過が一致しているか、歯根膜や歯周組織の反応があるか、咀嚼筋や顎関節からの関連痛ではないか、神経障害性疼痛や慢性疼痛の可能性がないかを考えます。
咬合調整は、診断の代わりにはなりません。
同じ理由で、補綴物を外す、仮歯に変える、被せ物を作り替えるといった処置も、診断の代わりに行うべきではありません。補綴物や顎位に問題が見つかった場合でも、背景に咬合違和感症候群や痛覚変調性疼痛、心理社会的要因が関係していれば、良かれと思って行った補綴介入が、患者さんの咬合への固執を強めることがあります。「やはり噛み合わせが原因だった」と患者さんが確信し、その後の非歯原性疼痛や慢性疼痛の説明が難しくなることもあります。歯科的介入が必要な症例と、介入すべきでない症例を分けることが先です。
顎関節症や咬合違和感では、初期から不可逆的な処置に進まないことが重要です。通常の歯科治療や補綴関連の咬合治療を行っても改善しない症例だけでなく、介入によって症状がさらに悪化する症例もあります。特に、痛みや違和感の背景に慢性疼痛、痛覚変調性疼痛、心理社会的要因が関係している場合、歯科的な形態修正だけで解決しようとすると、患者さんの注意がさらに咬合へ固定されることがあります。
調整する場合も、どこを、なぜ、どの範囲で削るのかを説明し、必要最小限にとどめます。痛みの原因が咬合以外にある可能性が残る場合には、その点も事前に共有します。

顎関節症は「噛み合わせの病気」と単純化できない
顎関節症という言葉は、患者さんにも広く知られるようになりました。
口を開けると顎が痛い。顎から音がする。口が開きにくい。顎が疲れる。耳の前が痛い。噛むと顎がだるい。こうした症状があると、「顎関節症かもしれない」と考える方は多いと思います。
ただし、顎関節症は一つの原因で起こる一つの病気ではありません。顎関節や咀嚼筋に関係する複数の障害を含む、症状群として考える必要があります。
咀嚼筋痛障害では、咬筋や側頭筋などの咀嚼筋に痛みが生じます。この痛みは、奥歯の痛みのように感じられることがあります。患者さんは「歯が痛い」と感じますが、痛みを作っている場所は筋肉かもしれません。
顎関節痛障害では、耳の前あたり、つまり顎関節部に痛みが出ます。開口時、咀嚼時、顎を左右に動かしたときに痛みが出ることがあります。関節包、滑膜、円板後部組織、靭帯などに炎症や機械的負荷が加わることで痛みが生じます。
顎関節円板障害では、関節円板の位置異常が問題になります。開口時にクリック音がする復位性のものもあれば、関節円板が戻らず口が開きにくくなる非復位性のものもあります。いわゆるクローズドロックでは、開口制限が強く出ることがあります。
変形性顎関節症では、関節軟骨、下顎頭、関節円板、滑膜などに退行性変化が生じます。クレピタスと呼ばれるざらざらした関節音、運動時痛、開口障害などが見られることがあります。
顎関節では、画像上の円板転位や骨変化があっても、現在の痛みと必ず一致するとは限りません。画像所見は重要ですが、症状、触診、顎運動、生活障害と合わせて判断します。
これらをすべて「噛み合わせが悪いから」と説明することはできません。
もちろん、咬合が全く関係しないという意味ではありません。咬合は、顎関節症の寄与因子の一つになり得ます。硬いものを噛む、長時間咀嚼する、睡眠時ブラキシズムがある、TCHがある、補綴治療後に咬合が変化する、片側ばかりで噛む、歯周病や歯の欠損によって咬合支持が変化する。こうした要素は、咀嚼筋や顎関節に負荷を与える可能性があります。
しかし、顎関節症は咬合だけで説明できません。
ストレスや睡眠、姿勢、TCH、ブラキシズム、長時間のデスクワーク、スマートフォン使用時の頭位、硬固物の咀嚼、習慣性咀嚼側、痛みの感受性、不安、生活環境、外傷、関節構造、筋の過緊張。こうした要素が複雑に重なります。
同じような噛み合わせでも、顎関節症を発症する人としない人がいます。同じように歯ぎしりをしていても、症状が強く出る人と出ない人がいます。同じ関節円板の転位があっても、痛みが強い人もいれば、ほとんど症状がない人もいます。
つまり、顎関節症は「咬合異常があるから起こる」という単純な線では説明できません。
むしろ、複数の因子が積み重なり、その人の生理的な許容量を超えたときに症状が出る、と考える方が臨床には合っています。
現在は、咬合だけを顎関節症の主因として説明する考え方は一般的ではありません。一方で、顎関節症と咬合を完全に切り離して考えることもできません。顎関節や咀嚼筋の不調が起こると、患者さんは痛みを避けるために噛み方を変えたり、片側ばかりで噛んだり、歯を接触させる時間が増えたりします。その結果として、咬合の不調和や違和感が二次的に生じることがあります。つまり、咬合がすべての原因ではないが、咬合を診なくてよいわけでもない、という整理が必要です。

顎関節症の初期対応は、保存的・可逆的に考える
顎関節症の治療では、初期から侵襲的・不可逆的な治療に進まないことが重要です。
多くの顎関節症では、症状が時間とともに軽減することがあります。痛みや開口障害があると不安になりますが、すべての症例で咬合を変える必要があるわけではありません。
初期対応で中心になるのは、保存的で可逆的な方法です。
まず、患者さんに病態を説明し、生活習慣を確認します。硬いものを避ける、大きく口を開けすぎない、TCHを是正する、咀嚼筋を休ませる、必要に応じて開口訓練や温罨法を行う。このような対応は、歯を削る治療とは違い、必要に応じて調整や中止ができます。
痛みが強い場合には薬物療法を検討することもあります。睡眠時ブラキシズムや咀嚼筋痛、顎関節への負荷が疑われる場合には、スタビライゼーション型口腔内装置、いわゆるスプリントを使うこともあります。睡眠やストレスの影響が大きい場合には、そこも含めて評価します。
ただし、スプリントは「噛み合わせが原因だから歯を削れば治る」という証拠ではありません。
スプリントは可逆的な装置です。歯を削る治療ではありません。装着時間、設計、咬合接触、患者さんの症状、使用後の変化を確認しながら使うものです。
保存的・可逆的な治療という考え方は、「何もしない」という意味ではありません。むしろ、診断に基づいて、戻せる範囲から介入するということです。
顎関節症や咬合違和感では、歯科医師が「治すために形を変える」という発想だけに寄りすぎると、かえって対応が難しくなることがあります。現在は、TMDや咬合違和感への対応では、不可逆的に咬合や顎位を変える治療よりも、病態説明、セルフケア、生活習慣の調整、痛みの管理を重視する方向へ考え方が変わっています。特に原因が咬合に限定できない段階では、治療を急ぐより、痛みと機能を管理しながら経過を見て、必要な介入を絞ることが重要です。
歯を削る前に、生活習慣を見直す。咬合を変える前に、筋痛を評価する。補綴をやり直す前に、TCHやブラキシズムを確認する。不可逆処置に進む前に、顎関節と咀嚼筋の診断を整理する。
この順番が大切です。
TCHは、強い食いしばりとは違う
顎関節症と歯痛をつなぐ重要な要素に、TCHがあります。
TCHとは、Tooth Contacting Habitの略で、上下の歯を持続的に接触させる癖を指します。日本語では、上下歯列接触癖と呼ばれます。
食いしばりというと、多くの方は強く噛みしめる状態を想像します。しかしTCHは、必ずしも強い力ではありません。
上下の歯が軽く触れている。集中しているときに奥歯が接触している。スマートフォンやパソコン作業中に歯が当たっている。家事や仕事中に、無意識に歯が触れている。考え事をしているときに、顎に力が入っている。
このような弱い接触が、長時間続くことがあります。TCHは、日中の作業環境とも関係して見つかることがあります。スマートフォンやパソコン作業では、頭部が前方に出て、下を向く姿勢が続きやすくなります。その姿勢では下顎が閉じる方向へ向かいやすく、上下の歯が軽く接触していることに本人が気づきにくくなります。若年女性を対象にした調査では、顎関節症兆候とTCHが関連し、さらにスマートフォンの長時間使用がTCHと関連する可能性が示されています。歯の痛みや顎の違和感を診るときには、口の中だけでなく、日常の姿勢、作業時間、情報機器の使い方も確認する必要があります。
通常、安静時には上下の歯は接触していません。唇は閉じていても、上下の歯の間にはわずかな空隙があります。上下の歯が接触するのは、会話、嚥下、咀嚼などの短い時間です。
しかしTCHがあると、弱い接触が長時間続きます。力は弱くても、時間が長いと咀嚼筋や顎関節、歯周組織への負担になります。
その結果、顎が疲れる、奥歯が重い、歯が浮いた感じがする、噛むと違和感がある、咬筋や側頭筋が痛い、朝起きたときに顎がだるい、頭痛や肩こりを伴う、噛み合わせが不安定に感じる、といった症状につながることがあります。
ただし、朝起きたときの顎の疲れや痛みは、日中のTCHだけでなく、睡眠時ブラキシズムも考える必要があります。睡眠時ブラキシズムでは、睡眠中に食いしばり、歯ぎしり、下顎のこわばりを伴う反復性の顎筋活動が起こります。起床時に顎が疲れている、歯や顎が痛い、家族から歯ぎしりを指摘される、補綴物の破損や咬耗が多い場合には、睡眠中の負荷も見ます。TCHと睡眠時ブラキシズムは別の概念ですが、完全に切り離せるものでもありません。日中の歯列接触、睡眠、起床時症状を合わせて確認します。
このような症状があると、患者さんは「噛み合わせが悪いのではないか」と感じることがあります。
しかし、問題は歯の高さではなく、上下の歯が接触している時間かもしれません。
その場合、歯を削るより先に、歯を離す練習が必要です。
通常の咀嚼、嚥下、会話で上下の歯が接触している時間は、1日平均で約17.5分と報告されています。つまり、本来は1日の大半で上下の歯は接触していません。TCHでは、強い力ではなくても、軽い接触が長時間続くことで、咀嚼筋や顎関節への負担が増えます。
顎関節症患者のTCH保有割合が高く、2003年時点で80%程度とする報告も示されています。噛み合わせが悪いから削るのではなく、まず「歯が接触している時間」を減らす視点が必要です。

筋・筋膜性歯痛:咬筋や側頭筋が歯の痛みをつくる
歯が痛いのに、歯が原因ではない。
この言葉だけを聞くと、少し不思議に感じるかもしれません。しかし、口腔顔面痛の診療では、決して珍しい考え方ではありません。
特に顎関節症と歯痛をつなぐ中心にあるのが、筋・筋膜性歯痛です。
筋・筋膜性歯痛とは、咬筋や側頭筋などの咀嚼筋に生じた筋痛が、歯の痛みとして感じられる状態です。患者さんは「奥歯が痛い」と感じます。しかし、痛みを作っている場所は歯髄でも根尖部でも歯周組織でもなく、咀嚼筋であることがあります。
このとき、歯は痛みを感じている場所、つまり疼痛感受部位です。一方、咬筋や側頭筋は痛みを発生させている場所、つまり疼痛発生源です。
この二つを分けて考えないと、診断は難しくなります。
咬筋は、食いしばりや咀嚼で強く働く筋肉です。頬の外側、下顎角から頬骨弓にかけて存在し、上下の歯を噛み合わせるときに収縮します。この咬筋に過緊張や圧痛があると、上顎臼歯部や下顎臼歯部に関連痛が出ることがあります。
側頭筋は、こめかみから下顎骨の筋突起に向かう広い筋肉です。側頭筋の前部・中部・後部の緊張やトリガーポイントは、こめかみの痛みだけでなく、上顎歯列や奥歯の痛みとして感じられることがあります。
ここで大切なのは、患者さんが嘘を言っているわけではないということです。
患者さんは本当に歯が痛いと感じています。しかし、痛みの発生源が歯ではない。
この理解が、非歯原性歯痛の診療では非常に重要です。
非歯原性歯痛の中でも、筋・筋膜性歯痛は頻度の高い病態です。非歯原性歯痛の中で筋・筋膜性歯痛が約45〜50%を占めるとされています。
咬筋、側頭筋、顎二腹筋前腹などに生じたトリガーポイントから、関連痛として歯痛が生じることがあります。歯に明らかな病変がないのに奥歯が重く痛い、痛む歯がはっきりしない、咬筋や側頭筋を押すと普段の歯の痛みが再現される場合には、筋・筋膜性歯痛を必ず鑑別に入れるべきです。
筋・筋膜性歯痛では、痛みを感じている歯を削るのではなく、痛みを発生させている筋肉への対応が中心になります。まず、咀嚼筋のこりや過緊張が歯に関連痛を出している可能性を説明します。そのうえで、硬いものを長時間噛む習慣、片側咀嚼、日中の歯列接触、姿勢、ストレス時の顎の緊張を確認します。セルフケアとしては、咬筋や側頭筋のマッサージ、開口ストレッチ、硬固物や長時間咀嚼の制限、TCHの是正を行います。痛みの発生源が筋肉であれば、歯への処置ではなく筋肉の負担を減らすことが治療になります。

なぜ筋肉の痛みが歯に感じられるのか
筋肉の痛みが歯に感じられる背景には、関連痛という現象があります。
関連痛とは、痛みの発生源とは離れた場所に痛みを感じる現象です。一般的には、心臓の痛みが左肩や左腕に出る、首や肩の筋肉の痛みが頭痛として出る、という説明がわかりやすいかもしれません。
痛みの原因がある場所にそのまま痛みを感じる場合は、比較的理解しやすい痛みです。一方で、痛みを感じている部位と、痛みの原因がある部位が異なる場合があります。非歯原性歯痛は、この異所性疼痛の考え方で理解すると整理しやすくなります。歯は痛みを感じる場所、つまり疼痛感受部位になっているものの、実際の疼痛発生源は咬筋、側頭筋、上顎洞、三叉神経、心血管系など別の場所にあることがあります。だからこそ、痛いと感じる歯だけを見て処置を決めるのではなく、痛みがどこから投射されているのかを考える必要があります。
口腔顔面領域でも同じことが起こります。
咬筋に痛みがあるのに、下顎大臼歯が痛いように感じる。側頭筋に痛みがあるのに、上顎大臼歯が痛いように感じる。顎二腹筋前腹の痛みが、下顎前歯部の違和感として感じられる。
このとき、歯に実際の歯髄炎や根尖性歯周炎があるとは限りません。
口腔顔面領域の感覚情報は、主に三叉神経を介して中枢へ伝わります。歯、歯周組織、咀嚼筋、顎関節、皮膚、粘膜からの感覚入力は、三叉神経系の中で複雑に処理されます。異なる部位からの入力が中枢で収束することで、脳が痛みの発生源を正確に区別しにくくなることがあります。
特に深部組織の痛みは、表在の皮膚痛と比べて局在が曖昧になりやすい特徴があります。歯髄、歯根膜、咀嚼筋、顎関節は、いずれも深部痛として感じられやすい領域です。そのため、咀嚼筋からの痛みが、歯の痛みとして投射されることがあります。
患者さんは、痛みを感じている場所を正直に訴えます。しかし、その場所に原因があるとは限りません。
このズレが、筋・筋膜性歯痛の診断を難しくします。

筋触診で何を見ているのか
筋触診は、単に「押して痛いか」を見る検査ではありません。
筋・筋膜性歯痛で確認したいのは、筋そのものに圧痛があるかどうかだけではありません。押したときの痛みが患者さんの普段の痛みに似ているか、さらに、押した場所とは別の場所、特に歯や歯槽部に関連痛が出るかを確認します。
圧痛があるだけなら、筋痛の存在を示す所見です。しかし、「いつもの痛み」が再現されれば、臨床的な意味が強くなります。さらに、歯に関連痛が出れば、筋・筋膜性歯痛の可能性が高まります。
患者さんへの聞き方も大切です。
「ここは痛いですか」だけでは不十分です。「いつもの歯の痛みと似ていますか」「押している場所だけが痛いですか、それとも歯の方に響きますか」「今の痛みは、普段困っている痛みに近いですか」と確認すると、単なる圧痛と関連痛を分けやすくなります。
筋触診で歯痛が再現された場合でも、すぐに歯科疾患を否定するわけではありません。歯原性疼痛と筋筋膜痛が同時に存在することがあるからです。
たとえば、根尖性歯周炎の痛みが長引き、痛みを避けるように噛むことで咬筋が緊張し、筋痛が重なることがあります。逆に、咬筋痛が先にあり、奥歯の痛みを訴えているうちに、実際に別の歯に歯髄炎が起こることもあります。
一つの診断で全部を説明しようとしないことが大切です。
筋触診は、感覚だけで何となく押す検査ではありません。DC/TMDの手法に準じる場合、咬筋や側頭筋を複数の部位に分け、約1kgの力で約2秒圧迫して圧痛の有無を確認します。圧痛がある場合には、さらに数秒圧迫を続け、押している場所とは別の部位、特に歯や歯槽部に関連痛が出るかを確認します。臨床で重要なのは、「押されて痛い」だけなのか、「普段困っている歯の痛みが再現された」のかを分けることです。後者であれば、痛いと感じている歯ではなく、咀嚼筋が痛みの発生源になっている可能性が高くなります。
咬筋や側頭筋の触診で関連痛がはっきりしない場合でも、筋由来の痛みをすぐに否定するわけではありません。胸鎖乳突筋、僧帽筋、顎二腹筋前腹など、頭頸部の筋が関与して歯や顔面に痛みを出すことがあります。頭痛、首や肩のこり、姿勢、長時間のデスクワーク、食いしばりが重なっている患者さんでは、歯列の中だけでなく頭頸部の筋全体を見ていく必要があります。歯の痛みとして来院していても、診査範囲を歯だけに閉じないことが大切です。

局所麻酔診は有用だが、万能ではない
歯痛の鑑別では、局所麻酔診が役に立つことがあります。
痛いと訴える歯に麻酔を行い、痛みが消えるかを確認する方法です。歯そのものや歯周組織が痛みの発生源であれば、適切に麻酔が効いたときに痛みが消えることが期待されます。
一方、筋・筋膜性歯痛のような異所性疼痛では、痛みを感じている歯に麻酔をしても、痛みが消えないことがあります。なぜなら、痛みの発生源が歯ではなく、咬筋や側頭筋にあるからです。
これは、痛みを感じている部位と痛みの発生源が一致しているかどうかを考えるための検査です。痛みを感じている歯そのものに原因がある原始痛では、その部位への局所麻酔で痛みが大きく軽減することが期待されます。一方、歯が疼痛感受部位になっているだけで、発生源が別の筋肉や神経にある場合には、歯の周囲を麻酔しても痛みが残ることがあります。ただし、炎症が強い歯髄、下顎臼歯部、複数の痛みが混在する症例では解釈が難しくなるため、局所麻酔診だけで結論を出してはいけません。
この考え方は非常に有用です。
局所麻酔診は万能ではありません。
麻酔が十分に奏効していなかった可能性もあります。下顎臼歯部では、麻酔効果が不十分なこともあります。痛みが複数の発生源から来ている場合や、歯原性疼痛と筋痛が併存している場合もあります。患者さんの痛みが時間帯で変動している場合や、慢性疼痛として痛みの処理系が変調している場合には、麻酔診の結果はさらに解釈が難しくなります。
したがって、局所麻酔診だけで診断を決めるのではなく、他の所見と合わせて判断します。
局所麻酔で痛みが消えたから歯原性と決める。局所麻酔で痛みが残ったから非歯原性と決める。
このように単純化しないことが大切です。
局所麻酔診は、痛みの発生源を切り分けるための手がかりです。診断そのものではなく、病歴、診査所見、画像所見、筋触診、顎関節の評価と合わせて読むべき情報です。

根管治療後に痛みが残るとき、根管だけを見続けない
根管治療後に痛みが残る場合、まず確認すべきなのは歯原性の原因です。未処置根管、根管内感染、根尖性歯周炎、穿孔、歯根破折、歯周病変、修復物高位などを見落としてはいけません。ただし、根管治療後に残る痛みをすべて「根管の中の問題」と考えるのも危険です。
近年の研究では、ENDO治療後6カ月経過後に痛みが残っている症例の中で、その原因が非歯原性歯痛であったものを調べた研究が示されており、非歯原性歯痛の有病率の平均は3.45%とされています。これは、根管治療後に痛みが残る症例の一部に、筋・筋膜性歯痛、神経障害性疼痛、PIDAPなどが含まれる可能性を示す重要な数字です。
神経障害性歯痛:電撃痛・しびれ・アロディニアを見落とさない
歯の痛みには、炎症による痛みだけでなく、神経そのものの障害によって生じる痛みがあります。
これを神経障害性疼痛といいます。
歯科領域では、三叉神経痛、帯状疱疹による三叉神経障害性疼痛、帯状疱疹後三叉神経痛、外傷後三叉神経障害性疼痛などが問題になります。
神経障害性歯痛が難しいのは、患者さんが「歯が痛い」と感じることがあるからです。
電気が走るように痛い。ピリッとする。ビリビリする。しびれる。触れるだけで痛い。歯ブラシが当たると痛い。風が当たるだけで痛い。何もしていなくても灼けるように痛い。抜歯や根管治療のあとから、感覚が変わった。
このような訴えがある場合、歯髄炎や根尖性歯周炎だけで説明しようとすると、診断がずれます。
神経障害性疼痛では、痛みの質が特徴的です。
炎症性の歯痛では、冷たいもの、温かいもの、噛む刺激、打診などで痛みが誘発されることが多く、歯科所見と痛みの部位が比較的一致します。
一方、神経障害性疼痛では、神経支配領域に沿った痛み、しびれ、感覚鈍麻、アロディニア、痛覚過敏などが出ます。
アロディニアとは、通常なら痛みを起こさない刺激で痛みが出る状態です。痛覚過敏とは、通常痛みを感じる刺激に対して、過剰に強い痛みを感じる状態です。感覚鈍麻は、逆に感覚が鈍くなる状態です。
これらは、単なる「歯がしみる」とは違います。
神経障害性疼痛では、痛みの強さだけでなく、感覚の質を聞く必要があります。
神経障害性疼痛では、痛みの訴えだけでなく、感覚の左右差を確認します。綿棒や爪楊枝などで軽く触れたときに、健側と患側で感じ方が違うか、触れるだけで痛いアロディニアがあるか、しびれや感覚鈍麻があるかを見ます。粘膜や歯肉の見た目が正常でも、神経機能の異常によって痛みや異常感覚が出ることがあります。
ズキズキなのか、ビリビリなのか、電撃様なのか、灼熱感なのか、しびれなのか。触れるだけで痛いのか、痛い部位に感覚低下があるのか、神経の走行に沿っているのか。
この問診をしないまま歯科処置へ進むと、神経障害性疼痛を歯原性疼痛と誤認することがあります。

三叉神経痛は歯痛として来院することがある
三叉神経痛は、歯科で見落とされやすい神経痛の一つです。
三叉神経は、顔面や口腔内の感覚を伝える主要な神経です。第1枝、第2枝、第3枝に分かれ、上顎、下顎、歯、歯肉、顔面皮膚、口腔粘膜の感覚に深く関わります。
三叉神経痛では、三叉神経の支配領域に、非常に短く、鋭く、電撃のような痛みが生じます。
典型的には、数秒から長くても2分程度の発作性の痛みです。痛みは突然起こり、突然消えます。痛みのない時間は、ほとんど無症状であることがあります。
特徴的なのは、トリガーです。
顔を洗う、歯を磨く、髭を剃る、話す、食事をする、冷たい風が当たる、特定の歯肉や口唇に触れる。こうした軽い刺激で、電撃様の激痛が誘発されます。
患者さんは、その痛みを「歯がしみる」「歯に電気が走る」「入れ歯の下が痛い」「奥歯が突然痛む」と表現することがあります。歯科を最初に受診することもあります。
三叉神経痛や神経障害性疼痛は、歯髄炎と似て見えることがあります。患者さんが「歯が痛い」と自覚して歯科を受診し、歯髄炎として治療される可能性があります。一方で、歯科的な器質的異常が見つからないとして脳神経外科疾患を疑った症例でも、改めて口腔内を確認すると歯のひびが原因で、歯科治療によって痛みが消えたという逆方向の見落としもあります。だからこそ、神経障害性疼痛を疑う場合でも、歯原性疼痛の除外を省略してはいけません。
ここで歯科医師が歯原性疼痛と誤認すると、不要な歯科治療につながります。
虫歯がないのに削る。神経を取る。根管治療をする。抜歯をする。噛み合わせを調整する。
しかし、三叉神経痛の発生源は歯髄や歯根膜ではありません。神経の異常興奮が問題です。
歯に明らかな病変がないのに、痛みが瞬間的で電撃様である。歯磨きや洗顔で誘発される。触れるだけで強い痛みが走る。痛みのない時間がある。一歯の病変として説明できない。
このような場合は、歯を削る前に、三叉神経痛を鑑別に入れる必要があります。三叉神経痛が疑われる場合、歯科医院だけで完結させないことも重要です。典型的な三叉神経痛の背後に、血管圧迫、腫瘍、多発性硬化症などが関係することがあります。歯科では歯原性疼痛を丁寧に除外しつつ、発作性の電撃痛、トリガー、神経支配領域との一致、痛みのない時間があるかを確認します。そのうえで、必要に応じて脳神経外科や神経内科へ紹介します。歯を削らない判断と、専門医へつなぐ判断はセットで考えるべきです。

外傷後三叉神経障害性疼痛は、歯科治療後に起こり得る
外傷後三叉神経障害性疼痛は、歯科臨床で特に注意が必要です。
抜歯、下顎智歯抜歯、インプラント埋入、根管治療、歯周外科、外科的矯正治療、伝達麻酔、器具による圧迫、血腫や浮腫、歯科用薬剤の漏洩、炎症による神経障害。こうした処置や外傷のあとに、三叉神経支配領域に痛みや感覚異常が残ることがあります。
外傷後三叉神経障害性疼痛では、痛みだけではなく、感覚異常を伴うことが重要です。
しびれ、感覚が鈍い、触るとビリビリする、歯肉や口唇に膜が張ったような感じがする。歯ブラシが当たると痛い、食事のときに触れると痛い、灼けるような痛みがある、電撃様の痛みがある、触らなくても不快な異常感覚がある。
このような症状は、歯髄炎や根尖性歯周炎とは性質が異なります。
神経障害性疼痛では、粘膜や歯肉の見た目が正常でも、神経機能に異常があることがあります。レントゲンで明らかな異常がなくても、患者さんの感覚異常は実在します。
一方で、患者さんの訴えがあるからといって、すぐに歯科治療を追加するのも危険です。
痛みが残っているから再根管治療をする。噛み合わせが気になるから削る。隣の歯が原因かもしれないから治療する。抜歯部位が痛いから再掻爬する。
神経障害性疼痛では、このような処置が痛みを改善しないばかりか、神経への刺激を重ねてしまうことがあります。
根管治療や抜歯後に痛みが長引く場合には、感染や破折などの歯原性の原因を確認する一方で、神経障害性疼痛や持続性特発性歯痛も考えます。根管治療後の持続性特発性歯痛の発生頻度は約3%とされ、術前の痛みの期間、他の慢性痛の存在、女性、強い痛みを伴う治療を受けた既往などが危険因子として挙げられています。治療後に痛みが残っているからといって、すぐに再根管治療や抜歯を追加するのではなく、痛みの性質、感覚異常、局所麻酔への反応、筋触診での再現性を確認する必要があります。
神経血管性頭痛が歯痛として現れることがある
片頭痛、群発頭痛、三叉神経・自律神経性頭痛などが、歯痛や顔面痛として感じられることがあります。特に群発頭痛では、片側の非常に強い痛みが眼の奥、こめかみ、上顎、歯に広がることがあり、歯科を受診する患者さんもいます。流涙、鼻汁、結膜充血、眼瞼下垂、落ち着かず動き回るような様子、一定期間に発作が集中する経過があれば、歯原性歯痛だけでは説明しにくくなります。
神経血管性頭痛による歯痛で怖いのは、歯科治療が先行してしまうことです。歯に明らかな病変がないにもかかわらず、強い発作性疼痛を歯髄炎と誤認すると、根管治療や抜歯につながることがあります。歯科医師が頭痛を診断しきる必要はありませんが、歯科所見と痛みの強さが合わない発作性の歯痛では、頭痛疾患を鑑別に入れ、必要に応じて頭痛専門医へつなぎます。
上顎洞性歯痛:上の奥歯が痛いときに考えること
上の奥歯が痛い場合、歯科疾患だけでなく上顎洞も考える必要があります。
上顎洞は、上顎臼歯部の根尖に近い位置にあります。上顎洞炎が起こると、上顎臼歯部に痛みや違和感が出ることがあります。
上顎洞性歯痛では、上顎臼歯部に鈍い痛みが出たり、複数の上顎臼歯が痛いように感じたりすることがあります。歯が浮いたように感じる、噛むと違和感がある、前かがみや頭部下方位で痛みが悪くなる、といった訴えもあります。鼻汁、鼻閉、後鼻漏、頬部の圧迫感、頭重感、嗅覚障害を伴う場合には、副鼻腔の関与を考えます。
歯原性の上顎洞炎と、非歯原性の上顎洞炎による関連痛を分けることも重要です。
歯性上顎洞炎では、歯の感染や歯科処置が上顎洞炎の原因になります。根尖病変、歯周病、抜歯後の交通、インプラント、歯根迷入などが関与することがあります。この場合、歯科治療や口腔外科的対応が必要になることがあります。
一方、鼻性の上顎洞炎では、上顎洞の炎症が歯に関連痛を出します。
上顎洞性歯痛では、副鼻腔炎だけでなく、頻度は高くないものの見逃してはいけない病変もあります。近年の研究では上顎洞がんの36%が病初期に上顎臼歯部の歯痛を訴えるという報告も示されています。もちろん、上の奥歯が痛いからすぐ悪性腫瘍を疑うという意味ではありません。ただ、片側性の症状が長く続く、上顎の腫れや義歯不適合が急に出る、画像で上顎洞の不透過性亢進や骨破壊が疑われる、しびれや鼻出血を伴う場合には、歯科だけで完結させず専門医療機関へつなぐ必要があります。
この場合、上顎洞炎の治療が中心であり、耳鼻咽喉科との連携が必要になります。
どちらも上の奥歯が痛くなるため、鑑別が重要です。
上の奥歯の痛みでは、歯だけを見ても不十分なことがあります。反対に、副鼻腔だけを見ても、歯性上顎洞炎を見落とすことがあります。歯と上顎洞の両方から考える必要があります。
上顎洞性歯痛では、画像検査の意味が大きくなります。根尖病変が上顎洞底に近接しているのか、上顎洞粘膜の肥厚が歯性病変と連続しているのか、片側性の不透過性亢進があるのか、骨破壊を疑う所見があるのかを確認します。鼻性の上顎洞炎による関連痛であれば耳鼻咽喉科的治療が中心になりますが、歯性上顎洞炎であれば歯科・口腔外科側の対応が必要になります。どちらか一方に決めつけるのではなく、歯科所見と上顎洞所見を同時に読むことが重要です。

心臓性歯痛:歯科処置より医科評価を優先する痛み
歯や顎の痛みの中には、心臓由来の痛みがあります。
これは頻度としては多くありません。しかし、見落としてはいけない痛みです。
心臓性歯痛で注意すべきなのは、狭心症だけではありません。急性冠症候群、大動脈解離、心膜炎、肺疾患など、胸部疾患が顎や歯の痛みとして現れることがあります。特に、広範囲の歯痛や下顎痛が突然出て、その後に胸痛や背部痛へ移る場合、歯科疾患として扱うのは危険です。歯科検査で痛みを説明できる原因が見つからず、労作時痛、胸部圧迫感、息切れ、冷汗、背部痛、左肩や首への放散を伴う場合には、歯科処置ではなく医科的評価を優先します。
狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患では、胸部の痛みだけでなく、下顎、歯、頸部、肩、腕に痛みが放散することがあります。患者さんによっては、歯や顎の痛みを主訴に歯科を受診することがあります。
心臓性歯痛では、痛みの性質と出る場面が重要です。
締めつけられるような圧迫感、灼熱感、下顎や両側の歯の痛みが、歩行や階段、重いものを持ったときなどの労作で出る場合には注意が必要です。胸部不快感、息切れ、冷汗、左腕や肩、頸部への痛みを伴う場合には、歯科疾患だけで説明しようとしてはいけません。安静で軽くなる痛みも、心臓由来を疑う手がかりになります。
歯原性疼痛は、冷温刺激、咬合、打診、歯周組織、画像所見などと関連して出ることが多いです。心臓性歯痛では、歯科刺激よりも身体活動や循環器症状との関連が重要になります。
特に注意すべきなのは、胸痛を伴わない場合です。
患者さんが「歯が痛い」「顎が痛い」とだけ訴え、胸の痛みをはっきり自覚していないことがあります。下顎の痛み、両側性の歯痛、労作時の痛み、息切れ、冷汗があれば、歯科処置よりも医科的評価を優先する必要があります。
このような症例で、咬合調整や根管治療に進むことは危険です。
心臓性歯痛は、歯を削って治す痛みではありません。循環器疾患の関連痛です。必要なのは、循環器内科や救急医療への連携です。

PIDAP:検査所見と痛みが合わない、長引く歯の痛み
歯科臨床で最も難しい痛みの一つに、検査所見と痛みが合わない歯痛があります。
虫歯が見つからない。根尖病変もはっきりしない。歯周ポケットも痛みを説明するほどではない。破折も確認できない。咬合紙で明らかな早期接触もない。それでも、患者さんは特定の歯や歯ぐき、歯槽部の痛みを強く訴える。
このような痛みが長く続く場合、持続性特発性歯痛(PIDAP:persistent idiopathic dentoalveolar pain)を考えることがあります。
以前は、非定型歯痛という言葉で扱われていた領域と重なります。ただし、現在は「非定型」という曖昧な呼び方だけで終わらせず、口腔顔面痛分類の中で整理して考える方向に進んでいます。
PIDAPで重要なのは、歯や歯周組織に明らかな原因が見つからないにもかかわらず、歯または歯槽部に持続する痛みがあることです。
痛みは一歯に限局して感じられることもあります。抜歯後の部位に残ることもあります。根管治療後の歯に残ることもあります。インプラントや外科処置後の違和感として訴えられることもあります。処置歴がはっきりしないまま発症することもあります。
この病態で難しいのは、患者さんが痛む場所をかなり明確に示すことです。
「この歯が痛い」「この歯ぐきの中が痛い」「抜いたところがまだ痛い」「神経を取った歯なのに痛い」「レントゲンで異常がないと言われたけれど、ここが痛い」。
痛む場所が明確だと、歯科医師もその部位に原因を探したくなります。患者さんも「そこを治療してほしい」と考えます。
しかし、PIDAPでは、局所に明らかな歯科的原因が見つからないことがあります。だからといって、痛みが存在しないわけではありません。痛みは確かにあります。ただ、痛みを作っているしくみが、単純な歯髄炎や根尖性歯周炎とは異なる可能性があります。
ここで最も避けたいのが、不可逆的処置の連鎖です。
痛い歯を削り、神経を取り、再根管治療を行い、それでも痛いから歯根端切除や抜歯を考える。抜歯しても痛みが残るため、隣の歯を疑う。噛み合わせが気になるため、咬合調整を繰り返す。補綴物を外し、さらに別の歯を治療する。
局所に原因がある場合、これらの処置が必要になることはあります。しかし、痛みの主因がPIDAPや痛覚変調性疼痛である場合、不可逆的処置を重ねても痛みは消えにくく、むしろ痛みの範囲や違和感が広がることがあります。
PIDAPは、歯科医師にとって非常に慎重な判断を求める病態です。
歯科疾患を見落としてはいけない。
しかし、歯科疾患がない場所に処置を重ねてもいけない。
この両方を同時に守る必要があります。
PIDAPやPIFPでは、歯科治療による微細な神経損傷が関与する可能性が考えられてきました。一方で、明らかな侵害刺激がないにもかかわらず発症する例もあり、中枢性の痛み処理の変化が関係している可能性があります。ICOP-1の解説でも、PIDAP/PIFPには痛覚変調性疼痛の機序が関与する可能性が記載されています。つまり、歯に異常がないのに痛い状態を、すぐ心理的な問題として片づけるのではなく、痛みの処理システムが変化している可能性として理解する必要があります。

痛覚変調性疼痛として歯痛を見る
長引く歯痛では、痛覚変調性疼痛という視点も重要です。
痛覚変調性疼痛は、明らかな組織損傷や神経損傷だけでは説明しにくい痛みを、痛みの処理系の変調として考える概念です。歯科領域では、PIDAP、口腔灼熱痛症候群、持続性特発性顔面痛などと関連して考えられることがあります。
痛みの機序は、侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、痛覚変調性疼痛の3つに分けて整理されます。侵害受容性疼痛は、炎症や組織損傷など末梢組織の問題による痛みです。神経障害性疼痛は、神経そのものの損傷や機能異常による痛みです。痛覚変調性疼痛は、明らかな組織損傷や神経損傷だけでは説明できないにもかかわらず、痛みの処理系が過敏になり、痛みが続く状態として考えます。実際の患者さんでは、これらが完全に分かれるわけではなく、比率を変えながら重なっていることがあります。
この視点で重要なのは、痛みを「局所の故障」だけで説明しないことです。
痛みは、単なるセンサー反応ではありません。末梢組織からの入力、三叉神経系での処理、脳幹での調節、大脳での認知、情動、不安、睡眠、過去の治療経験、注意の向き方、痛みに対する恐怖。これらが重なって、痛みとして体験されます。
慢性疼痛では、痛みが長く続くことで、神経系が過敏になることがあります。通常なら気にならない刺激が痛く感じられる。軽い違和感が強い痛みとして感じられる。痛みへの注意が高まり、さらに痛みを強く感じる。痛みを避けるために噛み方や生活が変わり、筋緊張や不安が増える。
ここで注意したいのは、心理社会的要因という言葉の扱いです。
心理社会的要因が関係するということは、「気のせい」という意味ではありません。痛みがある人では、不安、睡眠障害、生活支障、仕事への影響、治療への不信、将来への恐怖が起こるのは自然です。これらは痛みの結果でもあり、同時に痛みを増幅する要因にもなります。
歯科治療後に痛みが残った患者さんは、不安になりやすいです。
この歯は本当に大丈夫なのか。神経を取ったのに、なぜ痛いのか。抜歯しないと治らないのか。噛み合わせが壊れたのではないか。一生このままなのではないか。
この不安は、痛みへの注意を強めます。注意が強まると、わずかな接触や違和感も強く意識されます。すると、さらに噛み合わせが気になり、舌で歯を触る、歯を何度も合わせる、咬合確認を繰り返す、という行動が増えることがあります。
この行動自体が、歯根膜、咀嚼筋、顎関節への刺激になります。
痛みがあるから不安になる。不安になるから噛み合わせを確認する。歯を何度も合わせることで筋肉が緊張し、歯根膜が過敏になる。違和感が増えると、さらに不安が強くなり、また咬合を確認する。
この循環に咬合調整で入ると、さらに複雑になります。
削っても違和感が残る。削ったことで感覚が変わる。患者さんの注意がさらに咬合へ向く。別の場所が気になる。さらに調整したくなる。
痛覚変調性疼痛を考えるときには、局所の歯だけではなく、この循環全体を見なければなりません。

咬合違和感症候群:削っても治らない違和感
噛み合わせの違和感が強いにもかかわらず、客観的な咬合異常が乏しい状態があります。
これを咬合違和感症候群、あるいはocclusal dysesthesiaと呼ぶことがあります。
狭義のocclusal dysesthesiaでは、歯髄疾患、歯周疾患、咀嚼筋や顎関節疾患が認められず、臨床的にも明らかな咬合異常がないにもかかわらず、咬頭嵌合位での不快感が6カ月以上持続する状態と整理されています。ここで重要なのは、患者さんの違和感が存在しないという意味ではないことです。違和感は実在します。しかし、その違和感が、歯を削ったり補綴物を作り替えたりすれば解決する種類の咬合異常とは限りません。
患者さんは、非常に強い不快感を訴えます。
どこで噛めばよいかわからない。左右が合わない。前歯が当たる。奥歯が浮いている。治療後から噛み合わせが狂った。何度調整しても合わない。食事が怖い。噛み合わせが気になって眠れない。
このような訴えは、患者さんにとって深刻です。
しかし、咬合紙、模型、口腔内所見、補綴物の適合、顎関節や筋の評価を行っても、訴えの強さに見合う明確な咬合異常が見つからないことがあります。
ここでさらに咬合調整を重ねると、問題が複雑になります。
削った直後は少し楽に感じる。しかし、すぐに別の場所が気になる。また調整する。次は反対側が気になる。さらに調整する。咬合面の形が変わる。咀嚼の感覚が変わる。患者さんの注意がさらに咬合に集中する。違和感が固定化する。
この流れは非常に危険です。
咬合違和感症候群では、問題の中心が「咬合接触そのもの」だけではなく、「咬合感覚の処理」「注意の固定」「不安」「慢性疼痛」「身体感覚への過敏化」にあることがあります。
もちろん、最初に咬合を確認することは必要です。実際に高い修復物、早期接触、補綴物不適合、咬合支持の崩壊、顎位の大きな変化があれば、適切に対応する必要があります。
咬合違和感を診るときには、まず歯科的に対応すべき問題があるのか、それとも介入を避けるべき咬合違和感なのかを分けます。実際に補綴物が高い、咬合支持が崩れている、顎位に大きな変化がある、歯科的・補綴的な問題が明らかな場合には、歯科的対応が必要になることがあります。しかし、歯髄疾患、歯周疾患、咀嚼筋痛、顎関節疾患、明らかな咬合異常が否定的で、それでも強い咬合違和感が続いている場合には、歯を削る治療ではなく、咬合感覚の過敏化や注意の固定を含めて考えます。同じ「噛み合わせが気になる」でも、介入すべき症例と、介入で悪化し得る症例を分けることが重要です。
しかし、明らかな原因がないまま削り続けることは避けるべきです。
注意したいのは、検査で顎位や咬合接触にわずかな偏りが見えた場合でも、それだけで術者主導的に「正しい顎位」へ誘導する治療を始めないことです。咬合違和感が長く続いている患者さんでは、現在の咬頭嵌合位、筋緊張、痛みの回避行動、咬合への注意が複雑に絡んでいます。わずかな接触を削ったり、補綴物を外したり、仮歯へ置き換えたりすると、患者さんの感覚がさらに不安定になることがあります。顎位を評価することは必要ですが、評価と不可逆的介入は分けて考えます。
また咬合違和感症候群で大切なのは、患者さんの訴えを否定しないことです。
「気のせいです」「問題ありません」「もう削るところはありません」。これだけでは、患者さんの不安は強くなります。
必要なのは、次のような説明です。
噛み合わせの違和感は確かにある。ただ、歯を削って直せる明確な高い場所は、現時点では見つかっていない。これ以上削ると、かえって噛み合わせの感覚が不安定になる可能性がある。歯を削るのではなく、筋肉、顎関節、歯の接触習慣、痛みへの注意、神経の過敏さを含めて整理する必要がある。
この説明は難しいですが、避けて通れません。
咬合違和感症候群では、歯科医師が「削らない勇気」を持つ必要があります。
咬合違和感が長期化している場合、管理の中心は、歯の接触をさらに細かく修正することではありません。ODの管理では、口腔健康関連QOLの改善を目的とし、咬合への過剰な注意を少しずつ外すこと、症状を一定程度受け入れながら生活機能を戻すこと、病態を説明して患者さんと共有することが重要とされています。必要に応じて、認知行動療法、リラクゼーション、身体的運動、短期間のオーラルアプライアンス、薬物療法などを組み合わせます。ただし、オーラルアプライアンスによって、かえって咬合に意識が向きすぎる患者さんもいるため、目的と期間を明確にする必要があります。

歯を削る前に確認する鑑別手順
歯が痛い。顎も痛い。噛み合わせも気になる。
このような訴えがあるとき、診療の出発点は「どこを削るか」ではありません。まず行うべきことは、痛みの発生源を整理することです。
痛みの場所は、患者さんが教えてくれます。しかし、痛みの発生源は、診査しなければわかりません。
このとき役立つのが、構造化問診です。痛みの部位、発現状況、経過、痛みの質、強さ、頻度、持続時間、時間的特徴、増悪因子、軽減因子、随伴症状、痛みが出たときの行動を順番に確認します。同じ「奥歯が痛い」でも、夕方に重くなる痛み、冷たい水で数分続く痛み、洗顔や会話で電撃のように走る痛みでは、考える病態が違います。構造化問診は、患者さんをチェックリストに当てはめるためではなく、痛みの発生源を見失わないための臨床の地図です。
患者さんが「この歯が痛い」と訴えていても、原因がその歯とは限りません。咬筋や側頭筋の関連痛かもしれません。三叉神経痛かもしれません。上顎洞性歯痛かもしれません。あるいは、歯原性疼痛と筋痛が重なっているかもしれません。
診査では、まず痛みの部位を確認します。一歯に限局しているのか、複数歯にまたがるのか。上下どちらか、左右どちらか。歯なのか、歯ぐきなのか、顎なのか、耳の前なのか。患者さんが指で一点を示せるのか、「このあたり」と曖昧に示すのか。痛みが移動するのかも重要です。
次に、痛みの性質を確認します。鋭い痛みなのか、鈍い痛みなのか、拍動性なのか、電撃様なのか、灼熱感なのか。しびれを伴うのか、触れるだけで痛いのか、圧迫感なのか、歯が浮いた感じなのか。噛むと響くのか、何もしなくても痛いのか。こうした痛みの質は、歯原性疼痛、神経障害性疼痛、筋・筋膜性歯痛を分けるうえで大きな手がかりになります。
時間経過も確認します。急に始まった痛みなのか、治療後から始まった痛みなのか、数秒で終わるのか、数分続くのか、数時間続くのか。一日中あるのか、3カ月以上続いているのか、朝に強いのか、夕方に強いのか、仕事中や集中後に悪くなるのか、睡眠後に顎が疲れているのか。
さらに、痛みを誘発する因子を見ます。冷たいもの、温かいもの、甘いもの、噛んだとき、噛んだものを離すとき、歯ブラシで触れたとき、洗顔や髭剃り、会話、開口、前かがみ、歩行や階段。どの刺激で痛みが出るかによって、考えるべき病態は変わります。
そのうえで、歯科的診査を行います。視診、触診、打診、動揺度、歯周ポケット、出血、排膿、冷温診、電気歯髄診、咬合痛、咬合紙、破折線の確認、透照、必要に応じたレントゲンやCBCTを組み合わせて評価します。
ここで重要なのは、検査所見が痛みを説明できるかどうかです。
虫歯があるから痛みの原因とは限りません。根尖部に透過像があるから、現在の痛みのすべてを説明できるとは限りません。咬合紙に印がついたから、その接触が痛みの原因とは限りません。
痛みの性質、部位、時間経過、誘発因子、検査所見が同じ方向を向いているかを確認します。
その次に、咀嚼筋と顎関節を診ます。咬筋や側頭筋を触診し、筋触診でいつもの歯痛が再現されるかを聞きます。顎関節部の圧痛、開口量、開閉口路、クリックやクレピタス、開口時痛、側方運動時痛、ロックの既往も確認します。
さらに、神経症状を確認します。しびれ、感覚鈍麻、灼熱感、アロディニア、痛覚過敏、電撃痛、感覚の左右差、神経支配領域との一致、外科処置や抜歯、インプラント、根管治療後の発症がないかを見ます。
最後に、医科的赤旗を確認します。発熱、腫脹、開口障害の急激な悪化、鼻症状、鼻出血、顔面の知覚鈍麻、頭痛発作、流涙や鼻汁を伴う片側性の激痛、胸部圧迫感、息切れ、冷汗、労作時の顎・歯の痛み、悪性腫瘍の既往、免疫抑制状態などがある場合、歯科処置よりも医科的評価や専門医連携を優先することがあります。

どの段階で咬合調整を検討するか
咬合調整を完全に否定する必要はありません。
問題は、いつ、どのような根拠で行うかです。
咬合調整を検討しやすいのは、詰め物や被せ物を入れた直後から症状が出た場合です。患者さんが「この歯だけ高い」と訴え、咬合所見と一致している。咬合痛が一歯に限局している。打診痛や歯根膜症状がある。歯周組織の支持低下があり、特定歯に過剰な負担がある。咬合性外傷を示す所見がある。こうした条件がそろうと、咬合調整を検討する根拠になります。
ただし、それでも咬合調整は、他の原因を確認したうえで、局所の高位が合理的に説明できる場合に限るべきです。調整範囲が明確で、必要最小限にとどめられることも重要です。
一方で、咬合調整を避けるべき場面もあります。
痛みの部位が移動する。複数歯が痛い。筋触診でいつもの歯痛が再現される。局所麻酔で痛みが消えない。しびれ、灼熱感、アロディニアがある。頭痛や鼻症状、胸部症状がある。画像所見と痛みが合わない。患者さんの咬合違和感が強いが、客観所見が乏しい。何度調整しても違和感が移動する。「もう少し削れば治る」という流れが続いている。
このような場合、咬合調整は慎重に避けます。
咬合調整は、原因が咬合であると合理的に判断できる場合に、必要最小限で行う処置です。診断がつかない痛みに対する探索的処置として行うべきではありません。
「少し削って診断する」という考え方は危険です。削ることは、検査ではなく治療です。

患者さんにどう説明するか
原因がはっきりしない歯痛では、説明が治療の一部になります。
患者さんは痛みで困っています。原因がわからないことにも困っています。何件も受診している場合、すでに不安や不信感を抱えていることもあります。
長引く痛みでは、歯や顎だけでなく、生活全体が影響を受けます。食事が怖い、仕事に集中できない、外出を避ける、何度も鏡や舌で歯を確認する、眠れない、家族も疲れてくる。このような状況では、痛みの強さだけでなく、患者さんの生活機能や不安も見なければなりません。痛みは感覚であると同時に、情動的な不快体験でもあります。検査所見がはっきりしないからといって、患者さんの痛みや生活支障が存在しないわけではありません。
このとき、歯科医師が避けるべき表現があります。
「異常ありません」「気にしすぎです」「精神的なものです」「噛み合わせを削れば治ります」「とりあえず神経を取りましょう」「とりあえず抜きましょう」「少し削って様子を見ましょう」。
もちろん、文脈によっては「現時点で明らかな異常はありません」と伝える必要があります。しかし、それだけで終わると、患者さんは痛みを否定されたように感じます。
より適切なのは、痛みを認めたうえで、処置の適応を分ける説明です。
痛みがあることは前提として考える。ただ、今の検査では、歯を削る、神経を取る、抜くことで治る原因ははっきりしない。歯以外から歯に痛みが響くことがある。筋肉、顎関節、神経、頭痛、副鼻腔なども確認する。削る処置は戻せないので、診断がつく前には慎重にする。必要なら専門の医療機関とも連携する。
このように説明すると、患者さんの痛みを否定せずに、不可逆処置を避ける理由を伝えられます。
不安、睡眠障害、痛みによる生活支障が強い場合には、痛み診療に理解のある心療内科・精神科、ペインクリニックと連携することがあります。
紹介や連携を提案するときには、「歯ではないのでうちでは診ません」という言い方では不十分です。歯科で確認できる範囲はここまでで、歯を削る処置や根管治療で改善する原因は現時点でははっきりしない。そのため、神経、頭痛、上顎洞、慢性疼痛、心理社会的要因を含めて、必要な専門領域でも評価する。こう説明すれば、患者さんの痛みを否定せずに、歯を守るための連携として伝えられます。
削らないことは、何もしないことではありません。
検査する。説明する。経過を見る。セルフケアを提案する。TCHを確認する。筋痛に対応する。必要なら画像検査を追加する。必要なら紹介する。
それも、痛みを診るための治療の一部です。
削らない判断は、診断を放棄することではない
原因がはっきりしない歯痛や咬合違和感で、すぐに歯を削らないことは、診断を放棄することではありません。むしろ、歯を守るための積極的な判断です。
歯原性疼痛を確認する。筋触診を行う。TCHを減らす。局所麻酔診を参考にする。神経障害性疼痛を考える。上顎洞や心臓性歯痛の赤旗を見落とさない。必要なら専門医療機関へつなぐ。こうした手順を踏むことで、治療すべき歯を見逃さず、同時に治療すべきでない歯を削らずに済みます。
歯科医師の仕事は、歯を削ることだけではありません。削るべき歯を見極めること、削るべきでない歯を守ること、その両方が必要です。咬合を診る。しかし、咬合調整に飛びつかない。この姿勢が、顎関節症と非歯原性歯痛を診るうえでの中心になります。
よくある質問
Q. 歯が痛いのに、歯が原因ではないことはありますか?
あります。
歯が痛いと感じても、痛みの発生源が歯ではないことがあります。咬筋や側頭筋などの咀嚼筋、顎関節、三叉神経、片頭痛や群発頭痛、上顎洞炎、まれに心臓由来の痛みなどが、歯の痛みとして感じられることがあります。
ただし、最初から歯が原因ではないと決めるわけではありません。まず虫歯、歯髄炎、根尖性歯周炎、歯周病、破折、修復物の高位などを丁寧に確認します。
Q. 顎関節症で歯が痛くなることはありますか?
あります。
特に咬筋や側頭筋などの咀嚼筋の痛みは、奥歯の痛みとして感じられることがあります。これを筋・筋膜性歯痛として考えることがあります。
顎関節症には、咀嚼筋痛障害、顎関節痛障害、関節円板障害、変形性顎関節症などが含まれます。歯が痛いという訴えがある場合でも、歯だけでなく、筋肉や顎関節を確認することが大切です。
Q. 噛み合わせを調整すれば、顎関節症や歯の痛みは治りますか?
必ずしもそうではありません。
明らかに高い詰め物や被せ物があり、症状と一致している場合には、咬合調整が必要になることがあります。しかし、顎関節症や非歯原性歯痛のすべてが、咬合調整で治るわけではありません。
痛みの原因が咀嚼筋、顎関節、神経、頭痛、上顎洞、慢性疼痛の機序にある場合、歯を削っても原因には届きません。咬合調整は不可逆的な処置なので、診断前には慎重に考える必要があります。
Q. 噛み合わせが気になるのに、なぜ削らないことがあるのですか?
歯を削ることで改善する噛み合わせの問題もあります。たとえば、被せ物や詰め物を入れた直後から明らかに高い場合、症状と咬合所見が一致する場合です。
一方で、咬合違和感症候群のように、明らかな咬合異常がないのに噛み合わせの違和感が強く続くことがあります。この場合、削っても一時的に安心するだけで、また別の場所が気になったり、違和感が広がったりすることがあります。歯を削る処置は元に戻せないため、原因が咬合と合理的に判断できる場合に限って、必要最小限で検討します。
Q. 咬合調整は絶対にしてはいけないのですか?
いいえ。必要な場合はあります。
高い修復物、明らかな早期接触、修復処置後に時間的に一致して出た咬合痛、歯周組織への過剰な負荷、咬合性外傷などでは、咬合を確認し、必要に応じて調整することがあります。
ただし、痛みの原因がはっきりしない段階で、症状改善を目的にとりあえず削ることは避けるべきです。咬合を診ることと、歯を削ることは同じではありません。
Q. 歯に大きな異常が見つからないのに痛い場合、どう考えますか?
歯科的な原因を再確認したうえで、非歯原性歯痛を考えます。
筋・筋膜性歯痛、三叉神経痛、外傷後三叉神経障害性疼痛、片頭痛や群発頭痛に関連する痛み、上顎洞性歯痛、心臓性歯痛、PIDAPなどを順番に確認します。
「異常がない」という言葉だけで終わらせるのではなく、「歯を削って治す原因が見つからないのか」「歯以外の発生源があるのか」を分けて考える必要があります。
Q. 根管治療後に痛みが残ることはありますか?
あります。
根管内の感染、未処置根管、根尖性歯周炎、歯根破折、補綴物の問題、咬合性外傷など、歯原性の原因が残っている場合があります。
一方で、根管治療後の痛みがすべて根管の問題とは限りません。筋・筋膜性歯痛、神経障害性疼痛、PIDAPなどが関係することもあります。治療後に痛みが長く続く場合は、再治療の前に、痛みの性質と検査所見の整合性を確認する必要があります。
再根管治療を検討する場合でも、まず感染、未処置根管、根尖病変、歯根破折、歯周病変、修復物高位を確認します。ただし、歯科所見と痛みが合わない、局所麻酔で変化しない、筋触診で痛みが再現される、しびれや灼熱感がある場合には、再治療の前に非歯原性歯痛も考えます。根管の中だけを見続けると、痛みの発生源を見誤ることがあります。
Q. TCHや食いしばりは、歯の痛みに関係しますか?
関係することがあります。
TCHは、上下の歯を軽く接触させ続ける癖です。強い食いしばりではなくても、長時間歯が触れていると、咀嚼筋や歯周組織に負担がかかります。
その結果、奥歯の違和感、顎のだるさ、咀嚼筋痛、歯が浮いた感じ、噛み合わせの違和感につながることがあります。歯を削る前に、歯を当て続ける習慣がないかを確認することが大切です。
自分にTCHがあるか確認するときは、パソコン作業中、スマートフォンを見ているとき、運転中、家事中、考え事をしているときに、上下の歯が触れていないかを見ます。本来、安静時には上下の歯は接触していません。唇は閉じていても、奥歯はわずかに離れているのが自然です。気づいたときに肩の力を抜き、舌を楽にし、奥歯をそっと離すことが第一歩になります。
Q. 心臓が原因で歯や顎が痛くなることはありますか?
まれですがあります。
労作時に下顎や歯が痛む、胸部圧迫感、息切れ、冷汗、肩や腕への痛みを伴う場合は、心臓由来の痛みを考える必要があります。この場合、歯科処置ではなく、医科的評価が優先されます。
強い胸部症状、冷汗、息切れ、労作時痛がある場合は、歯科予約を待たず医科・救急での評価が必要になることがあります。
Q. 歯が痛い症状で、歯科以外を急いだ方がよいことはありますか?
あります。運動や階段昇降で下顎や歯が痛む、安静で軽くなる、胸の圧迫感、息切れ、冷汗、吐き気、背中や左肩への痛みを伴う場合は、心臓や血管の病気を考える必要があります。
また、片側の上顎の痛みが長く続く、鼻出血、顔面のしびれ、上顎の腫れ、義歯が急に合わなくなった、画像で上顎洞の異常がある場合も、専門医療機関での評価が必要になることがあります。歯の痛みとして感じていても、歯科処置を優先すべきではない場面があります。
Q. どのようなときに専門医や医科へ紹介されますか?
歯科所見と痛みが合わない場合、神経症状がある場合、長期間改善しない場合、上顎洞疾患や頭痛疾患、心血管疾患が疑われる場合には、専門医や医科との連携を考えます。
紹介先は症状によって異なります。口腔外科、口腔顔面痛外来、耳鼻咽喉科、神経内科、脳神経外科、循環器内科、ペインクリニック、心療内科などが候補になります。
Q. 痛みがあるのに「異常なし」と言われた場合、どうすればいいですか?
痛みがあることと、歯を削って治す原因が見つからないことは別です。
歯科的な病変が見つからない場合でも、咀嚼筋、顎関節、神経、頭痛、副鼻腔、慢性疼痛の機序などを確認することで、別の見方ができることがあります。
強い痛みが続く、しびれを伴う、腫れや発熱がある、鼻症状がある、労作時に顎や歯が痛む場合は、再評価や専門医への相談が必要です。
まとめ:咬合は診る。けれど、診断がつく前に削らない
歯が痛いという訴えは、歯科診療の出発点です。しかし、それ自体は診断名ではありません。
歯が痛いとき、まず確認するのは歯原性疼痛です。虫歯、歯髄炎、根尖性歯周炎、歯周病、歯根破折、亀裂歯、咬合性外傷、修復物の高位、インプラント周囲炎、顎骨病変。こうした病態を丁寧に見ます。
しかし、歯科所見と痛みが合わない場合には、視野を広げる必要があります。
咀嚼筋痛、顎関節痛、筋・筋膜性歯痛、三叉神経痛、外傷後三叉神経障害性疼痛、帯状疱疹関連痛、片頭痛や群発頭痛、上顎洞性歯痛、心臓性歯痛、PIDAP、痛覚変調性疼痛、咬合違和感症候群。これらは、歯の痛みとして感じられることがあります。
顎関節症も、噛み合わせだけで説明できる病気ではありません。咀嚼筋痛障害、顎関節痛障害、関節円板障害、変形性顎関節症などがあり、TCH、ブラキシズム、睡眠、姿勢、ストレス、痛みの感受性などが関係します。
咬合は重要です。咬合を診ない歯科診療は不十分です。高い修復物、明らかな早期接触、咬合性外傷、歯周組織への過負荷は、きちんと確認する必要があります。
しかし、咬合調整は診断ではありません。歯を削ることは、不可逆的な治療です。
痛みの発生源が歯ではない場合、咬合調整は原因に届きません。筋・筋膜性歯痛に対して歯を削っても、咬筋や側頭筋の痛みは消えません。神経障害性疼痛に対して咬合を変えても、神経の過敏化には届きません。PIDAPや咬合違和感症候群で削合を繰り返すと、痛みや違和感がさらに複雑化することがあります。
患者さんの痛みは実在します。ただし、その痛みが歯を削れば治る痛みとは限りません。
だからこそ、歯科医師は痛みを否定せず、同時に不可逆処置を急がない姿勢が必要です。
痛みの場所と、痛みの発生源を分ける。歯原性疼痛と非歯原性歯痛を分ける。筋痛、顎関節痛、神経痛、頭痛、副鼻腔、心臓性の赤旗を確認する。TCHやブラキシズム、咬合確認行動を評価する。必要なら専門医や医科と連携する。
そのうえで、本当に咬合調整が必要な場合にだけ、必要最小限で行う。
歯を削ることは、診断ではありません。
咬合は診る。
けれど、痛みの発生源を見極める前に、戻せない処置へ進まない。
それが、歯が痛い患者さんを本当に守るための鑑別思考です。
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