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授乳中の患者に歯科治療をどう行うか:薬剤・母乳・虫歯・口腔機能を統合して考える

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2026年6月02日

授乳中の患者に歯科治療をどう行うか:薬剤・母乳・虫歯・口腔機能を統合して考える

(院長の徒然コラム)

はじめに

授乳中の患者さんに歯科治療を行う際、私たち歯科医療者は少なからず判断に迷います。

局所麻酔をしてよいのか。

痛み止めを処方してよいのか。

抗菌薬は母乳に影響しないのか。

レントゲン撮影や抜歯、根管治療は通常通り行ってよいのか。

歯科治療を延期した方が安全なのか、それとも治療を行う方が患者さんの利益になるのか。

さらに小児歯科の視点では、母乳や夜間授乳は虫歯とどう関係するのか、授乳は口腔機能発達にどのような意味を持つのか、という論点も加わります。

これらは一見すると、薬剤の問題、小児の虫歯の問題、口腔機能発達の問題として、それぞれ別々に考えられがちです。

しかし実際の臨床では、薬剤、母乳、虫歯、授乳習慣、離乳、咀嚼、口腔機能発達は連続した問題です。

どれか一つだけを切り離して考えると、かえって患者さんの不利益につながることがあります。

授乳中の患者さんは、産後の身体回復の途中にあります。

睡眠不足、育児負担、家事、上の子の世話、復職準備、自分自身の体調変化などを抱えながら、歯科疾患にも向き合っています。

そのような患者さんに対して、歯科医療者が「授乳中だから治療は控えましょう」「薬を飲むなら授乳はやめてください」「母乳は虫歯の原因になるので早く卒乳しましょう」と単純化した説明をしてしまえば、患者さんは必要な治療を受けにくくなります。

また、母乳育児に対する不安や罪悪感を強めてしまう可能性もあります。

授乳中の歯科対応で重要なのは、治療、薬剤、母乳、虫歯予防、口腔機能発達を対立させないことです。

母親の健康を守りながら、母乳栄養の利益を尊重し、乳児への影響を科学的に評価し、不要な断乳や不要な治療延期を避けることです。

授乳期の歯科医療は、単なる「授乳中でも治療できます」という説明にとどまりません。

母親の現在の健康と、子どもの将来の口腔健康を同時に支える医療として捉える必要があります。

授乳中の患者さんを「治療を我慢する人」にしてはいけません

出産後の母親は、歯科受診から遠ざかりやすい存在です。

赤ちゃんの授乳、寝かしつけ、夜泣き、健診、予防接種、家事に追われるなかで、自分自身の歯の痛みや歯ぐきの腫れは後回しになりがちです。

しかも授乳中という条件が加わることで、「薬が飲めないかもしれない」「麻酔が赤ちゃんに悪いかもしれない」「治療は卒乳後まで待つべきかもしれない」と自己判断し、受診そのものを遅らせてしまうことがあります。

しかし、授乳中であることは、歯科疾患を放置してよい理由にはなりません。

急性歯髄炎、急性根尖性歯周炎、智歯周囲炎、歯周膿瘍などを放置すれば、疼痛、摂食障害、睡眠障害、感染拡大のリスクが高まります。

特に産後の患者さんは、もともと睡眠が不安定で、身体的にも精神的にも負荷が大きい時期です。

そこに歯科疼痛や感染が加われば、母親の生活機能そのものが低下します。

母親が痛みで眠れない。

十分に食事が取れない。

抱っこや授乳がつらい。

不安が強くなり、育児にも余裕がなくなる。

これは母親本人だけの問題ではありません。

母親の健康状態は、乳児の生活環境にも影響します。

私たち歯科医療者は、授乳中の患者さんを「薬が使いにくいから治療延期」と見るべきではありません。

むしろ、授乳中であるからこそ、痛みや感染を長引かせないように、必要な診断と処置を行うべきです。

治療を延期することが本当に患者さんの安全につながるのか。

それとも、痛みや感染を放置することの方が不利益なのか。

この視点を持つことが、授乳期対応の出発点です。

授乳を守ることと、母親の痛みや感染を治療することは、本来対立しません。

その両方を支えるのが、授乳期における歯科医療者の役割です。

授乳中かどうかだけで、一律に歯科治療を判断してはいけません

授乳中の歯科治療で最も避けたいのは、「授乳中だからできない」という一律の判断です。

授乳中であることは重要な医療情報ですが、それだけで治療可否を決めるものではありません。

実際に判断すべき要素は多岐にわたります。

治療の緊急性、感染や疼痛の程度、治療を延期した場合のリスク、使用薬剤の種類、投与量と投与期間、乳児の月齢、早産児かどうか、基礎疾患の有無、完全母乳か混合栄養か、母親が現在服用している薬剤、これらを総合して考える必要があります。

たとえば同じ授乳中の患者さんでも、出生後間もない新生児に完全母乳で授乳している場合と、1歳を過ぎて離乳食が進み、授乳回数が減っている場合とでは、乳児側の曝露量の意味合いが異なります。

また、同じ薬剤であっても、単回投与なのか、数日間の短期投与なのか、長期投与なのかで評価は変わります。

歯科処置そのものについても同様です。

急性炎症があるのに処置を延期することは、患者さんの利益になりません。

局所麻酔を避けて痛みを我慢させながら治療することも、安全な医療とは言えません。

歯科領域では、原因そのものに介入できる処置が多くあります。

歯髄炎であれば、抜髄や感染源の除去。

根尖性歯周炎であれば、根管内の感染制御。

膿瘍であれば、切開排膿や原因歯への処置。

智歯周囲炎であれば、洗浄、消炎、必要に応じた抜歯計画。

歯周膿瘍であれば、排膿、歯周治療、咬合調整。

原因に直接対応することで、結果として薬剤使用量や投与期間を抑えることができます。

授乳中であるという事実は、治療を避ける理由ではありません。

それは、治療計画と薬剤選択を丁寧に行うための背景情報の一つです。

必要な処置を行い、薬剤が必要であれば、薬剤の種類、量、期間、乳児側の条件を見て判断する。

これが、授乳中の患者さんに対する基本姿勢です。

歯科治療を延期すること自体にもリスクがあります

授乳中の患者さんに対して、医療者側が「できるだけ何もしない方が安全」と考えることがあります。

しかし、これは必ずしも正しくありません。

何もしないこと、治療を先送りすることにもリスクがあります。

たとえば、急性歯髄炎の強い疼痛を放置すれば、睡眠不足はさらに悪化します。

食事が取れなければ、母親の体力回復にも影響します。

感染が拡大すれば、抗菌薬だけではなく外科的処置や高次医療機関での対応が必要になる可能性もあります。

産後は、身体的回復だけでなく精神的な不安定さも生じやすい時期です。

痛みや腫れが長引くことで、不安、焦燥感、育児負担感が増すこともあります。

歯科疾患を「命に関わらないもの」と軽く見てはいけません。

授乳期の母親にとって、歯科疼痛や感染は、日常生活と育児を直接妨げる問題です。

だからこそ、歯科医療者は「授乳中だから控える」という消極的判断だけでなく、「授乳中だからこそ、できるだけ負担を減らして適切に治療する」という積極的判断を持つべきです。

必要なのは、過剰治療ではありません。

また、授乳中であることを軽視することでもありません。

必要なのは、疾患の重症度、治療の必要性、薬剤の安全性、乳児側の条件を総合して、患者さんにとって最も不利益の少ない選択を行うことです。

薬剤は「母乳に移るか」ではなく「乳児がどれだけ曝露するか」で考えます

授乳中の薬剤使用では、「この薬は母乳に移行しますか」という問いが先に立ちます。

もちろん、母乳移行性は重要です。

しかし、薬剤が母乳中に移行することと、授乳を中止すべきであることは同義ではありません。

薬剤の多くは、程度の差はあっても母乳中に移行する可能性があります。

重要なのは、乳児が実際にどれほどの量を摂取し、その量が臨床的に意味を持つかどうかです。

ここで鍵になるのが、相対的乳児投与量、すなわちRIDという考え方です。

RIDは、母親が服用した薬剤のうち、母乳を介して乳児が相対的にどれほど摂取するかを評価する指標です。

一般にはRIDが10%未満であれば、授乳継続が可能な一つの目安とされます。

ただし、これは絶対的な基準ではありません。

薬剤の性質、乳児の月齢、早産児かどうか、基礎疾患の有無、投与期間、乳児の代謝能力によって判断は変わります。

それでも、母乳に出るか出ないかだけではなく、「どのくらい出るのか」「乳児がどれくらい摂取するのか」という量的評価を行う姿勢は非常に重要です。

歯科臨床で比較的使用頻度が高い薬剤としては、鎮痛薬、抗菌薬、局所麻酔薬があります。

鎮痛薬では、アセトアミノフェンが基本的に選択しやすい薬剤です。

NSAIDsも授乳期に使用される場面はありますが、漫然と長期投与する薬剤ではありません。原因処置を行ったうえで、必要最小限の期間にとどめる姿勢が重要です。

抗菌薬では、ペニシリン系やセフェム系が第一に検討しやすい薬剤群です。

一方で、抗菌薬については「授乳中だから何を選ぶか」以前に、「そもそも抗菌薬が必要な病態か」を見極める必要があります。

局所処置で制御可能な慢性病変に、漫然と抗菌薬を処方するべきではありません。

反対に、発熱、蜂窩織炎への進展、開口障害、全身状態の悪化がある場合には、授乳中であっても感染制御を優先し、適切に対応すべきです。

局所麻酔薬についても、授乳中であることだけを理由に避ける必要はありません。

むしろ、局所麻酔を避けて疼痛を我慢させながら処置する方が、患者さんに強いストレスを与え、治療の安全性も下げてしまいます。

適切な局所麻酔を行い、確実な処置を短時間で終えることは、患者さんの負担を減らすうえでも重要です。

患者さんに説明すべきなのは、「薬が母乳に移るので危険です」という短絡的な説明ではありません。

薬剤によって母乳への移行の程度は異なります。

実際に赤ちゃんが摂取する量を考えて判断します。

短期間の使用であれば授乳と両立しやすい薬剤もあります。

赤ちゃんが低月齢、早産児、基礎疾患がある場合は、より慎重に確認します。

このように、条件を整理した説明が必要です。

添付文書をそのまま患者説明に使う危うさ

授乳中の患者さんへの薬剤説明で、医療従事者が注意しなければならない点があります。

それは、添付文書の記載をそのまま患者説明に用いることです。

添付文書は重要な情報源です。

医師、歯科医師、薬剤師にとって、薬剤の適正使用を考えるうえで確認すべき公的文書です。

しかし授乳婦への薬剤使用においては、添付文書の表現だけでは臨床判断に十分でない場合があります。

従来の添付文書には、「授乳を避けさせること」「授乳を中止させること」といった強い表現がみられることがあります。

こうした文言をそのまま患者さんに伝えれば、「授乳中の薬は禁忌なのだ」と受け取られてしまいます。

しかし実際には、授乳中の薬剤使用は、治療上の有益性、母乳栄養の有益性、乳児への曝露リスクを総合して判断するものです。

特に歯科領域で用いる薬剤は、短期間使用が多いという特徴があります。

数日間の鎮痛薬や抗菌薬と、慢性疾患に対する長期薬物療法では、評価の前提が異なります。

したがって、添付文書を確認することは当然としても、それだけで「授乳を中止してください」と機械的に説明するのは適切ではありません。

歯科医療者には、薬剤の母乳移行、RID、半減期、投与量、投与期間、乳児の背景、代替薬の有無を総合して判断する姿勢が求められます。

判断に迷う場合は、薬剤師、産科、小児科、妊娠と薬情報センターなどの専門情報にアクセスすることも重要です。

患者さんに必要なのは、根拠のない安心でも、根拠のない恐怖でもありません。

必要なのは、納得して判断できる説明です。

なぜこの薬剤を選ぶのか。

どの程度の期間使うのか。

授乳を続ける場合に何を観察するのか。

どのような場合に相談すべきなのか。

ここまで説明して初めて、患者さんは治療を受けることと授乳を続けることを、対立するものではなく、両立可能なものとして理解できます。

この点は、日々の患者説明の質に直結します。

授乳中の患者さんへの説明でどのような言葉を避け、どのような言い換えが望ましいのかは、医院全体で共有しておくべきです。

母乳そのものを虫歯の原因と決めつけてはいけません

小児歯科の現場では、「母乳は虫歯の原因になりますか」と尋ねられることがあります。

特に、1歳半以降も授乳が続いている場合、夜間授乳がある場合、上顎乳前歯に白濁や実質欠損が見られる場合には、母乳と虫歯の関係が問題になりやすくなります。

確かに、卒乳時期が遅い小児では、齲蝕罹患性が高くなる傾向が報告されています。

また、卒乳時期が遅いほど、1日の授乳回数、夜間授乳回数、含糖飲食物の摂取回数も多くなる傾向が示されています。

ここで重要なのは、この結果を「母乳そのものが虫歯を作る」と短絡的に解釈しないことです。

虫歯は多因子性疾患です。

単一の要素だけで発症するものではありません。

夜間授乳、授乳回数、授乳時間、乳歯萌出後の清掃状態、仕上げ磨き、甘味飲料、甘味菓子、間食回数、フッ化物の利用、生活リズム、保護者の口腔衛生意識などが重なり合って、虫歯リスクが高まります。

母乳中にはラクトースが含まれます。

しかし、ラクトースだけを問題にするなら、育児用ミルクにも同様にラクトースが含まれていることを考えなければなりません。

臨床で見るべきなのは、「母乳か人工乳か」という単純な分類ではありません。

授乳が続く生活環境の中で、糖質が口腔内に停滞する時間が長くなっていないか。

夜間授乳後に清掃が難しい状態が続いていないか。

甘味飲料や甘味菓子が日常化していないか。

仕上げ磨きが十分にできているか。

フッ化物配合歯磨剤やフッ化物塗布が活用されているか。

生活リズムが乱れ、間食が頻回化していないか。

これらを見なければなりません。

保護者への説明として、「母乳をやめれば虫歯は防げます」と伝えるのは、臨床的に粗い説明です。

さらに、母乳育児を続けている母親に対して、不要な罪悪感を与える可能性があります。

より適切なのは、次のような考え方です。

母乳そのものだけが虫歯の原因になるわけではありません。

夜間授乳や授乳回数、甘い飲み物やお菓子、仕上げ磨き、フッ化物などが重なることで虫歯リスクが高まります。

授乳を続ける場合ほど、清掃とフッ化物、間食の管理を一緒に整えていきましょう。

このように説明すれば、母乳育児を否定せずに、虫歯リスクを下げる具体策を提案できます。

歯科医療者が行うべきなのは、断乳指導ではありません。

生活全体を見たリスク管理です。

母乳育児を支援する視点と、虫歯予防の視点は両立します

母乳と虫歯の関係を説明する際、歯科医療者は二つの極端な立場を避ける必要があります。

一つは、「母乳は虫歯になるから早くやめるべき」という立場です。

これは母乳育児の利益や親子関係を十分に考慮していません。

もう一つは、「母乳は自然なものだから虫歯とは関係ない」と言い切る立場です。

これは夜間授乳、頻回授乳、清掃不良、甘味飲食物の影響を軽視してしまいます。

どちらも不十分です。

歯科医療者に必要なのは、母乳育児を尊重しながら、虫歯リスクを現実的に評価する姿勢です。

授乳が続いていること自体を責めるのではなく、口腔内に糖質が停滞しやすい時間帯、清掃が難しい状況、間食や飲料の内容、フッ化物の利用状況を丁寧に確認します。

とくに夜間は唾液分泌が低下し、清掃も難しくなります。

そのため、夜間授乳が続く場合には、日中の甘味飲食物の管理、寝る前の清掃、フッ化物の活用、定期的な観察がより重要になります。

つまり、指導の焦点は「母乳をやめるかどうか」だけではありません。

授乳を続けるなら、虫歯リスクをどう下げるか。

卒乳に向かうなら、母子に無理のない形でどう進めるか。

夜間授乳が続くなら、どのリスク因子から優先的に整えるか。

このように考えるべきです。

授乳は、栄養だけでなく口腔機能発達の出発点でもあります

授乳を歯科的に考える際、虫歯の話だけで終わらせてはいけません。

授乳は、乳児の口腔機能発達に関わる重要な行為でもあります。

直接哺乳では、乳児は口唇、舌、下顎、頬、口腔周囲筋を協調させながら哺乳します。

これは単に液体を吸い込むだけの動作ではありません。

乳房をとらえ、口唇を閉じ、舌を動かし、下顎を運動させながら栄養を取り入れる。

この一連の動きは、その後の離乳、嚥下、咀嚼、食行動、口腔機能発達へとつながる基礎的な経験です。

もちろん、母乳かミルクかだけで単純に優劣を決めるべきではありません。

哺乳瓶が必要な児もいます。

母親の体調や生活背景によって、授乳方法はさまざまです。

それでも、歯科医療者は、直接哺乳が口唇、舌、下顎の協調運動に関わり、その後の食べる機能の発達と連続していることを理解しておく必要があります。

近年、口腔機能発達不全症への関心が高まっています。

しかし、口腔機能を何で評価し、どのように育てるかについては、まだ十分に整理されていない部分もあります。

だからこそ、乳幼児の口腔機能を「歯が生えてから」「離乳食が始まってから」だけで見るのではなく、授乳期から連続して捉える視点が重要です。

授乳期には、吸う、口唇を閉じる、舌を動かす、下顎を運動させるという経験があります。

離乳食期には、口に取り込む、舌と上あごでつぶす、食塊を作る、飲み込むという経験が加わります。

手づかみ食べでは、手と口の協調、前歯でかじり取る経験、食べ物の大きさや硬さを学ぶ経験が加わります。

咀嚼経験が増えると、臼歯部で噛む、左右に食塊を送る、噛み合わせながら食べるという機能が育っていきます。

この流れ全体を支えることが、歯科医療者の役割です。

離乳食支援は、栄養指導だけではなく口腔機能支援です

離乳食というと、月齢、食材、量、アレルギー、栄養バランスの話が中心になりがちです。

もちろん、それらは重要です。

しかし歯科医療者が見るべきなのは、何を食べるかだけではありません。

どのように食べているかを見る必要があります。

口を開ける。

唇を閉じる。

スプーンから食べ物を取り込む。

舌で食物を移送する。

上あごや歯ぐきでつぶす。

前歯でかじり取る。

臼歯部で噛む。

食塊をまとめる。

飲み込む。

これらはすべて、日々の食事の中で育っていく口腔機能です。

したがって、乳幼児の食事支援では、何を食べるかだけでなく、どう食べているかを観察しなければなりません。

丸のみしていないか。

水分で流し込んでいないか。

前歯でかじり取る経験があるか。

軟らかいものばかりに偏っていないか。

手づかみ食べを経験しているか。

食べる姿勢は安定しているか。

口を閉じて食べているか。

食事に時間がかかりすぎていないか。

食べること自体が苦痛になっていないか。

こうした視点は、虫歯予防と別の話ではありません。

甘味飲料やお菓子に偏った食習慣は、虫歯リスクを高めるだけでなく、食経験の幅そのものを狭める可能性があります。

反対に、食材の形態や硬さを段階的に経験し、前歯でかじり取り、臼歯部で噛む経験を積むことは、口腔機能発達にとって重要です。

歯科医療者は、離乳食を栄養指導としてだけではなく、口腔機能支援として捉える必要があります。

ただし、ここでも保護者を責める指導は避けるべきです。

育児環境は家庭によって異なります。

共働き、保育園、祖父母の協力、兄弟姉妹、アレルギー、発達特性、母親の体調など、背景はさまざまです。

理想論を一方的に押しつけるのではなく、その家庭で実行できる小さな改善を提案することが重要です。

授乳中の患者さんへの説明で避けたいこと

授乳中の患者さんや保護者に対して、医療者の言葉は非常に大きな影響を持ちます。

特に避けたいのは、問題を単純化した断言です。

「授乳中だから薬は出せません」

「薬を飲むなら母乳はやめてください」

「母乳を続けているから虫歯になります」

「夜間授乳をやめないと治りません」

「哺乳瓶だから歯並びが悪くなります」

こうした言葉は、一見わかりやすく聞こえるかもしれません。

しかし、臨床的には粗い説明です。

授乳期の薬剤使用は、薬剤の種類、量、期間、乳児側の条件によって判断が変わります。

虫歯は多因子性疾患であり、母乳だけで説明できるものではありません。

口腔機能発達も、母乳かミルクかだけで決まるものではありません。

医療従事者に必要なのは、断言ではなく、条件を整理した説明です。

「授乳中でも、必要な歯科治療は行えます」

「薬剤は種類、量、期間、赤ちゃんの状態を考えて選びます」

「母乳そのものだけが虫歯の原因ではありません」

「夜間授乳が続く場合は、仕上げ磨き、甘味飲食物、フッ化物を一緒に整えましょう」

「授乳は栄養だけでなく口腔機能発達にも関わりますが、虫歯予防も同時に考えましょう」

このように伝えることで、患者さんは治療と育児を対立させずに考えやすくなります。

説明の目的は、患者さんを安心させることだけではありません。

患者さんが納得して判断できるように支えることです。

そのためには、言い切りすぎず、曖昧にもせず、根拠と条件を示す説明が必要です。

歯科医院として、授乳期対応をどう整えておくべきか

授乳中の患者さんへの対応は、歯科医師個人の知識だけで完結するものではありません。

医院全体として、どのような問診を行い、どのように治療計画を立て、どのように薬剤説明を行い、どのように予約や通院支援を考えるかという視点が必要です。

問診では、単に「授乳中ですか」と聞くだけでは不十分です。

乳児の月齢。

完全母乳か混合栄養か。

早産児や低出生体重児か。

乳児に基礎疾患があるか。

母親が現在使用している薬剤はあるか。

授乳回数や夜間授乳の状況はどうか。

母親の睡眠や体調はどうか。

こうした情報があると、薬剤選択や治療計画、説明内容がより具体的になります。

また、授乳期の患者さんは、赤ちゃんの体調、預け先、授乳時間、睡眠不足、産後の体調変化などの影響を受けやすく、一般的な患者さん以上に治療中断や予約変更が起こりやすい背景があります。

そのため、理想論だけで治療計画を組むのではなく、現実的な通院回数、1回あたりの処置時間、応急処置と根本治療の優先順位を考える必要があります。

急性症状がある場合は、まず痛みと感染を抑える。

そのうえで、再発防止や根本治療へつなげる。

患者さんが通院しやすい時間帯や治療時間も考慮する。

このような配慮は、単なるサービスではありません。

授乳期の患者さんが治療を完了するための医療的支援です。

さらに、母親の治療だけでなく、子どもの口腔健康支援へつなげる意識も重要です。

授乳、卒乳、夜間授乳、仕上げ磨き、フッ化物、間食、離乳食、咀嚼、歯列、咬合。

これらは、母親が歯科医院で相談しやすいテーマです。

歯科医院は、母親を治療する場所であると同時に、親子の口腔健康を支援する場所でもあります。

授乳期の歯科対応は、成人歯科と小児歯科をつなぐ領域です

授乳期の患者さんを診るということは、母親の口腔内だけを見ることではありません。

母親の歯科疾患を治療しながら、子どもの虫歯予防や口腔機能発達にも関わることになります。

これは、成人歯科と小児歯科が重なる領域です。

同時に、薬剤学、母子保健、育児支援、口腔機能発達、食行動支援が交差する領域でもあります。

母親の口腔内に未処置虫歯や歯周炎があれば、母親本人の健康に影響します。

痛みや感染があれば、育児負担は増します。

一方で、母親が歯科医院に来院することは、子どもの口腔健康について相談する機会にもなります。

生まれた子どもの歯磨き。

フッ化物の使い方。

授乳や卒乳。

離乳食。

手づかみ食べ。

咀嚼。

歯並び。

口呼吸。

おしゃぶり。

甘味飲料や間食。

これらは、母親が不安を抱きやすいテーマです。

授乳期の歯科対応を単なる「治療可否」や「薬剤可否」の問題として終わらせてしまうのは、もったいないことです。

授乳中の母親が歯科医院を受診した瞬間は、親子の口腔健康を同時に支援できる貴重な接点です。

授乳を守ることと、母親を治療することは対立しません

授乳中の歯科医療では、複数の価値を同時に考える必要があります。

母親の痛みを取ること。

感染を制御すること。

母乳栄養の利益を守ること。

乳児への薬剤曝露を最小限にすること。

子どもの虫歯を予防すること。

口腔機能発達を支えること。

母親を不安にさせすぎず、しかし根拠のない安心も与えないこと。

これらは、どれか一つを選ぶものではありません。

統合して考えるべきものです。

授乳中だから治療を止める。

薬を使うから授乳を止める。

母乳があるから虫歯になる。

そのような単純な図式では、授乳期の患者さんを適切に支えることはできません。

大切なのは、授乳中であることを理由に治療を避けることではありません。

母子に配慮しながら、必要な治療を適切に行うことです。

薬剤は、母乳移行の有無だけでなく、乳児が実際に曝露する量で考えます。

虫歯は、母乳そのものではなく、授乳習慣、甘味飲食物、清掃状態、フッ化物、生活背景を含めて評価します。

口腔機能は、授乳、離乳、手づかみ食べ、咀嚼経験を連続した発達過程として捉えます。

歯科医療者がこの視点を持てば、授乳中の患者さんは必要な歯科治療を諦めずに済みます。

母乳を続ける場合にも、卒乳へ向かう場合にも、虫歯予防と口腔機能発達を両立した支援が可能になります。

母親の健康を守ることは、乳児の生活環境を守ることにもつながります。

そして子どもの口の未来を支えるためにも、まず母親が必要な医療を受けられる環境を整える必要があります。

授乳期の歯科対応は、単なる「薬を出せるかどうか」の問題ではありません。

母親の現在の健康と、子どもの将来の口腔健康を同時に支える医療です。

授乳を守ることと、母親を治療することは対立しません。

その両方を支えることこそ、これからの歯科医療者に求められる授乳期対応だと考えます。

参考文献

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