深在性う蝕でどこまで削るか?選択的う蝕除去から生活歯髄療法(VPT)へ:病変深度に応じた歯髄保存を考える|広島市中区立町の歯医者(紙屋町、八丁堀、袋町からすぐで通いやすい)|ブランデンタルクリニック|土曜日、日曜日、祝日診療

〒730-0032 広島県広島市中区立町2-1 立町中央ビル4F

082-258-6411

ネット予約はこちらから
受付

深在性う蝕でどこまで削るか?選択的う蝕除去から生活歯髄療法(VPT)へ:病変深度に応じた歯髄保存を考える

深在性う蝕でどこまで削るか?選択的う蝕除去から生活歯髄療法(VPT)へ:病変深度に応じた歯髄保存を考える|広島市中区立町の歯医者(紙屋町、八丁堀、袋町からすぐで通いやすい)|ブランデンタルクリニック|土曜日、日曜日、祝日診療

2026年8月25日

深在性う蝕でどこまで削るか?選択的う蝕除去から生活歯髄療法(VPT)へ:病変深度に応じた歯髄保存を考える

(院長の徒然コラム)

はじめに――「虫歯は全部取る」から「露髄させない」へ、そしてその先へ

深在性う蝕を治療するとき、「どこまで削るべきか」という問いは、保存修復と歯内療法の境界で長く議論されてきた。

軟化した象牙質を残して本当に大丈夫なのか。細菌が残っている可能性のある象牙質の上に修復物を置いてよいのか。反対に、完全に取り切ろうとして露髄させることの方が、歯髄にとって大きな侵襲になるのではないか。

かつての治療目標は比較的明快だった。

う蝕に感染していると考えられる象牙質を可能な限り除去すること。

しかし、深在性う蝕ではその考えを貫くほど露髄が増える。

そこで、「う蝕を完全に取り切ること」よりも「歯髄を露出させないこと」に重心を移したSelective Caries Removal(選択的う蝕除去:SCR)やStepwise Removal(段階的う蝕除去)が発展してきた。

ところが近年、状況がもう一度変わり始めている。

ラバーダム、拡大視野、次亜塩素酸ナトリウム(NaOCl)による歯髄創傷管理、MTAやBiodentineなどの水硬性カルシウムシリケートセメント(Hydraulic Calcium Silicate Cement:HCSC)、部分断髄、全部断髄といった現代のVital Pulp Therapy(VPT:生活歯髄療法)の発展により、

「露髄したら治療失敗」

という前提そのものが、必ずしも成り立たなくなってきた。

2026年に公表されたEFCD–ESE–ORCAのS3-level Clinical Practice Guidelineは、深在性う蝕の管理を、①う蝕除去、②窩洞裏層、③露髄歯髄の管理、④直接覆髄・断髄材料という4領域にまたがって整理している。つまり現在の深在性う蝕治療は、保存修復と歯内療法を別々に考えるだけでは説明しにくくなっている。

私は今回、SCRとVPTを競合する二つの治療法としてではなく、

「治癒可能な組織をできるだけ保存する」という同じ目的のもと、病変の進行に応じて保存の境界を深部へ移していく、一つの連続した歯髄保存戦略

として考えてみたい。

これは既存ガイドラインが正式に命名した新分類ではない。

複数のう蝕学的、歯内療法学的、組織学的エビデンスを統合するための、本稿における臨床的な思考モデルである。

そして最後まで考えていくと、「深在性う蝕でどこまで削るか」という問いそのものが、少し不十分であることが見えてくる。

本当に問うべきなのは、

「今、何を守るために、どの組織を、どこまで除去するのか」

なのだと思う。

まず「どこまで削るか」を議論するための言葉を整理する

この分野の文献を読むと、まず用語の混乱にぶつかる。

従来は「感染象牙質」「う蝕影響象牙質」「完全除去」「不完全除去」「部分的う蝕除去」などの言葉が多く使われてきた。

しかし、「感染しているかどうか」は組織学・微生物学的概念であり、診療室で直接測定できるものではない。

そこで現在は、臨床的に判断できる象牙質の硬さを中心として、

  • soft dentine
  • leathery dentine
  • firm dentine
  • hard dentine

という表現が用いられる。

ここで最初に押さえておきたい。

soft dentine=細菌感染象牙質、firm dentine=無菌象牙質ではない。

硬さはあくまで臨床的な代理指標であり、色調や湿潤状態も含め、組織学的な感染境界そのものではない。

実際、Crespo-Gallardoらが2018年に行った歯科医師調査では、深在性う蝕を処置する際に98%が象牙質の硬さを除去基準としており、65%は「硬く、掻爬時に音がする」象牙質まで除去していた。

しかし、現代のInternational Caries Consensus Collaboration(ICCC)以降の考え方では、窩洞全体を同じ硬さまで削ることは必須ではない。

Deep CariesとExtremely Deep Caries

2026年S3ガイドラインでは、ESEの定義を用いてDeep CariesとExtremely Deep Cariesを区別している。

Deep Cariesは、う蝕が象牙質内層1/4まで及ぶものの、歯髄との間に硬い、あるいはfirmな象牙質の層が残っている病変である。

一方、Extremely Deep Cariesは、病変が象牙質全層に及び、X線上で歯髄との間に明瞭な象牙質バリアが認められず、処置による露髄リスクが非常に高い病変である。

この区別は、後ほど非常に重要になる。

象牙質と歯髄を別々の組織として考えると、深在性う蝕は理解しにくい

深在性う蝕を「象牙質の病気」とだけ考えると、SCRとVPTは別々の治療に見える。

しかし象牙質と歯髄は、象牙質・歯髄複合体として一続きの生体組織である。

う蝕が象牙質へ進行すると、細菌そのものが歯髄へ到達するより前から、細菌由来成分や代謝産物が象牙細管を介して歯髄側へ影響する。

象牙芽細胞は単に象牙質を形成する細胞ではない。細菌由来刺激を認識し、炎症反応や防御反応に関与する。

歯髄側でも、樹状細胞、マクロファージ、好中球、T細胞、B細胞などが病変進行に応じて関与し、第三象牙質の形成も生じる。

したがって、

「まだ露髄していないから歯髄は正常」

という理解は正確ではない。

逆に、

「炎症反応があるから歯髄全体が救えない」

とも限らない。

う蝕の進行に応じて、象牙質とその直下の歯髄は連続的に変化している。

深在性う蝕とは、深い象牙質病変であると同時に、程度の差はあっても歯髄側にすでに生物学的反応が生じている病態なのである。

「可逆性」と「不可逆性」は、歯髄全体を表す言葉ではない

深在性う蝕の治療方針を決めるうえで、歯髄診断は重要である。

しかし、「可逆性歯髄炎」「不可逆性歯髄炎」という二分法には限界もある。

Ricucciらが2014年に報告した95歯の研究では、臨床診断と、連続切片・細菌染色を用いた組織学的診断を比較している。

臨床的に正常歯髄または可逆性歯髄炎と診断された59歯のうち57歯、96.6%が組織学的診断と一致した。

一方、臨床的に不可逆性歯髄炎と診断された32歯では27歯、84.4%が一致した。

つまり、

「臨床症状と病理は全く相関しない」

とまで言うのも正確ではない。

少なくとも正常/可逆性側では、かなり高い一致率が認められている。

しかし、不可逆性歯髄炎と診断された32歯のうち5歯は、組織学的には可逆性と判定された。

さらに重要なのは、不可逆性歯髄炎と診断された歯であっても、炎症・感染・壊死が歯冠部の一部に局在し、より根尖側には比較的正常な生活歯髄が残る症例が存在したことである。

この問題については、以前の可逆性歯髄炎と不可逆性歯髄炎の境界を再考した院長コラムでも詳しく扱った。

ここで言いたいのは、

「不可逆性歯髄炎は実は可逆性歯髄炎だった」

ということではない。

より正確には、

臨床的な「不可逆性歯髄炎」という診断名は、その歯の歯髄全体が根尖まで一様に不可逆的変化を起こしていることを意味しない

ということである。

この空間的不均一性が、部分断髄や全部断髄が成立する生物学的理由の一つになる。

なぜSelective Caries Removalが生まれたのか

SCRが普及した背景には、非常に分かりやすい問題があった。

深い病変を硬い象牙質まで完全に除去すると、露髄が増える。

そして当時、う蝕露髄後の治療成績は決して良好ではなかった。

Bjørndalらの成人深在性う蝕を対象とした無作為化比較試験の5年追跡では、Stepwise Removalの成功率は60.2%、硬い象牙質まで非選択的に除去した群は46.3%だった。

露髄率も21.2%対35.5%で、Stepwise群の方が有意に低かった。

しかも同研究内で露髄後に行われた旧来型の直接覆髄または部分断髄では、5年後に生活歯髄を維持できた症例は全体で9%程度だった。

この時代の臨床を前提にすれば、

露髄を避けること自体に非常に大きな治療価値があった

のは当然である。

Stepwise Removalから一回法のSelective Removalへ

次に問題となったのが、

「一度軟化象牙質を残して封鎖したなら、後日わざわざ再び開ける必要があるのか」

という問いである。

Maltzらの299歯を対象とした多施設無作為化比較試験では、一回法の部分的う蝕除去とStepwise Removalが比較された。

3年時点の調整生存率は、一回法が91%、Stepwise Removalが69%だった。

5年追跡では80%対56%となり、一回法が有意に良好だった。

しかし、この数字だけから「Stepwise Removalの生物学的考え方が劣る」と結論することはできない。

Stepwise群で予定された二回目の処置まで完遂した歯だけを見ると、生存率は75%で、一回法の80%と有意差はなかった。

一方、Stepwise Removalを完遂できなかった症例の生存率は5%だった。

つまりこの試験は、生物学だけではなく、

再来院、仮封、患者の遵守、二回目の再介入

という実装上の問題まで含めた「現実の治療成績」を示している。

治療法は、理論上有効であるだけでは足りない。

実際の診療システムの中で完遂できる必要がある。

Selective Removalは「細菌を残してもよい治療」ではない

SCRを説明するとき、

「閉じ込めれば虫歯菌は死ぬから、取り残してよい」

と単純化されることがある。

私はこの説明には少し違和感がある。

深在性う蝕を封鎖すると、培養可能な細菌数が減少し、菌叢が変化し、残存象牙質が乾燥・硬化していくことは古典的な研究から示されてきた。

しかし、そこで起きていることを「完全な無菌化」と表現するのは適切ではない。

より正確には、

外部から発酵性糖質が供給されにくくなることで、残存バイオフィルムの生態環境が変化し、病変活動性が低下する

と考えるべきだろう。

つまりSCRとは、

「細菌を残すことを目的とした治療」ではない。

そして、

「窩洞内を微生物学的に完全無菌化することを治療成功の必須条件としない治療」

である。

この二つは似ているようで、意味が全く違う。

それでもSCR後の象牙質は無菌ではない――Ricucciらの組織細菌学

この問題を病理側から突いたのがRicucciら2020の研究である。

12本の生活歯に対して、う蝕をleatheryまたはfirm dentineまで選択的に除去し、接着修復を行った後に抜去して、連続切片と細菌染色によって評価した。

その結果、12歯すべてで窩底直下の象牙質に染色可能な細菌が認められ、すべての歯髄で程度の差はあるものの慢性炎症細胞浸潤が確認された。

つまり、生活歯として選択的う蝕除去と修復を受けた歯であっても、組織学的には残存細菌と慢性炎症が存在し得る。

ここから、

臨床的成功 ≠ 組織学的正常性 ≠ 微生物学的無菌性

という区別が必要になる。

ここでSCRを否定してはいけない。

長期臨床試験では、SCRによって歯髄を維持できる歯が多数存在する。

したがって問題は、

「細菌を完全に消せたか」ではなく、残存する生物学的負荷を歯髄が許容できる範囲に制御し、それを長期的に維持できるか

ということになる。

これは、単純な「滅菌」よりも、病変生態を制御する発想に近い。

窩洞全体を同じ硬さまで削る必要はない

SCRを理解するときに重要なのは、窩洞周囲と歯髄直上では治療目標が違うことである。

窩洞周囲の目的は、

長期的な封鎖が可能な接着基質を得ること。

ここでは硬い象牙質、健全エナメル質を確保したい。

一方、歯髄近接部の目的は、

不要な露髄を避け、象牙質・歯髄複合体を保存すること。

Deep Cariesであれば、ここではsoft dentineを意図的に残すことが許容される。

つまり、

周辺部では封鎖のために削り、歯髄側では歯髄保存のために削りすぎない。

これがSCRの本質に近い。

2026年S3ガイドラインでは、無症状または可逆性歯髄炎のDeep Cariesに対し、硬い象牙質までの非選択的除去ではなくSelective Removal to Soft Dentineを提案している。

この推奨は5件の無作為化比較試験、379歯を基礎としており、推奨グレードはB、100%のコンセンサスであった。

また、Selective RemovalまたはStepwise Removalは、非選択的除去に比べ露髄リスクを減らすというstatementも示されている。

softまで残すのか、firmまで除去するのか――5年RCTから考える

Gözetici-Çilらの無作為化比較試験は、この問題を比較的直接的に検討している。

X線上で象牙質の3/4以上に達するDeep Cariesを対象に、Selective Removal to Soft Dentine(SRSD)とSelective Removal to Firm Dentine(SRFD)を比較した。

5年時点の成功率は、

  • SRSD+カルシウムシリケート材:100%
  • SRSDのみ:94.1%
  • SRFD:75.8%
  • 処置中に露髄した群:81.8%

だった。

2年時点の報告では、firm dentineまで除去する群の露髄リスクはsoft dentineまでの群より大きかった。

少なくともこの患者集団では、

「もう少し硬くなるまで取った方が安全だろう」

という臨床的な直感が、歯髄保存という観点では逆方向に働く可能性がある。

ただし、ここでも「すべての軟化象牙質を残せばよい」とはならない。

病変深度、周辺封鎖、修復可能性、症状、歯髄状態を一緒に考える必要がある。

日本では2024年に「露髄を避ける」方向が強く推奨された

日本のガイドラインも確認しておきたい。

日本歯科保存学会と日本歯内療法学会による2024年の「歯髄保護の診療ガイドライン」では、象牙質深さ2/3を超える深在性う蝕が主な対象とされた。

そのCQでは、「露髄の可能性のある深在性う蝕」に対して、一括してう蝕を除去する方法と比較し、暫間的間接覆髄を行うことが強く推奨され、エビデンスの確実性は「中」とされた。

その根拠となった無作為化比較試験では、暫間的間接覆髄によって露髄を減らし、歯髄温存を増やす方向の効果が示されている。

ただし、ここでいう暫間的間接覆髄は、現在の一回法Selective Removal to Soft Dentineと完全に同義ではない。

むしろ重要なのは、

2024年の日本のガイドラインでは、「露髄リスクを伴う一括除去を避ける」方向に強い推奨が置かれていた

という点である。

その後、Taha 2024、Chew 2026、そして2026年S3ガイドラインが加わり、

「どこまで露髄回避を優先すべきなのか」

という問いが、より細かく検討されるようになってきた。

「深いから裏層する」という考え方も変わった

昔の深在性う蝕治療では、窩底が深ければ水酸化カルシウムなどを置くという考えが一般的だった。

しかし、現代のガイドラインはかなり違う。

2026年S3ガイドラインでは、無症状または可逆性歯髄炎を示すDeep Cariesでroutineに窩洞裏層材を使用しないことが提案されている。

根拠となったsystematic reviewでは12件の無作為化比較試験、1,184歯が解析され、失敗、歯の生存、歯髄生存、術後知覚過敏などについて、裏層による一貫した臨床的利益は示されなかった。

さらに、「歯髄が透けるほど薄い象牙質なら必ずlinerを置く」という考えにも、明確な残存象牙質厚のcut-offを支持するエビデンスはない。

そもそも臨床的に残存象牙質厚を正確に測る方法も確立していない。

したがって現代の深在性う蝕治療では、

「深いから薬を置く」

ことよりも、

どこまで除去するか、露髄を回避する価値がどの程度あるか、そして最終的にどれだけ確実に封鎖できるか

の方が重要になっている。

Deep CariesとExtremely Deep Cariesでは、病理学的背景が違う

ここから話が変わってくる。

Demant、Dabelsteen、Bjørndalらは、68本の未処置永久歯をDeep CariesとExtremely Deep Cariesに分類し、抜歯後に組織学的評価を行った。

Deep Cariesでは細菌がprimary dentineにとどまる傾向が強かった。

一方、Extremely Deep Cariesでは、細菌が歯髄組織へ接している所見、炎症細胞浸潤、部分的歯髄壊死が多く、hyperplastic pulpもExtremely Deep Cariesにのみ認められた。

これは非常に理解しやすい。

病変が深くなるほど、平均的には歯髄障害が強くなる。

しかし、この分類をそのまま「歯髄感染の有無」に置き換えてはいけない。

Ricucci 2026が投げかけた問題――X線上の象牙質バリアは、生物学的バリアなのか

2026年8月14日、RicucciらはJournal of Endodonticsに、“A histobacteriological reappraisal of contemporary deep and extremely deep caries management recommendations”をonline ahead of printで報告した。

32本の抜去永久歯を対象として、術前X線を盲検下でESE基準に従いDeep CariesまたはExtremely Deep Cariesへ分類し、その後、組織細菌学的所見と比較している。

分類可能だった31歯の内訳は、

  • Deep Caries:16歯
  • Extremely Deep Caries:15歯

歯髄内への細菌侵入は、

  • Deep Caries:13/16、81.2%
  • Extremely Deep Caries:13/15、86.7%

であり、両群間に明確な差は認められなかった。

これはかなり刺激的な結果である。

しかし、解釈には大きな注意が必要である。

第一に、これは抜歯された歯が集まった症例群であり、一般臨床で保存可能なDeep Caries全体を代表しているわけではない。

したがって、

「Deep Cariesの81%は歯髄感染している」

と一般化してはいけない。

第二に、この研究はSelective RemovalやStepwise Removalの臨床的有用性そのものを否定しているわけでもない。

この研究が強く示唆するのは、

X線上に象牙質バリアが見えることや、処置による露髄を避けられたことを、そのまま「歯髄に細菌侵入がない」「組織学的に健康である」と解釈してはいけない

ということである。

Demant 2021とRicucci 2026は、一見すると異なる方向の結果にも見える。

しかし両者を合わせると、

Deep/Extremely DeepというX線分類には、平均的な病変重症度や露髄リスクを層別化する価値はあるが、個々の歯髄の細菌感染を確定・除外する診断検査ではない

と考えるのが妥当だろう。

Extremely Deep Cariesでも「何としても露髄させない」が正しいのか

ここが2026年現在、この領域で最も面白い問題の一つだと思う。

従来の深在性う蝕治療では、

露髄させないこと

が非常に大きな治療目標だった。

ところが現代のVPTの予知性が高まるにつれて、

「露髄回避は、どの深さでも常に最大の利益なのか」

という問いを、直接比較する臨床試験が出てきた。

Rechithra 2023――Deep CariesではSCRとFull Pulpotomyがほぼ同等

Rechithraらは、16~35歳の患者60人、下顎大臼歯60歯を対象とした無作為化非劣性試験で、proximal Deep Caries+可逆性歯髄炎に対し、Selective Removal to Soft DentineとFull Pulpotomyを比較した。

12か月のper-protocol成功率は、

  • SRSD:95.45%
  • Full Pulpotomy:95.65%

だった。

この条件であれば、より侵襲の少ないSRSDを優先するという結論には合理性がある。

つまり、

Deep Cariesで象牙質バリアを保存できる症例に、最初から歯髄切除を行う明確な利益は示されなかった。

Taha 2024――firm dentineまでのSCRでは別の結果

一方、Tahaらの2024年の無作為化比較試験では異なる結果が得られた。

成熟永久歯124歯、X線上で象牙質厚の2/3以上に達するう蝕、可逆性歯髄炎が対象だった。

SCR群ではfirm dentineまで除去し、Biodentineを用いて修復した。

Total Caries Removal群ではhard dentineまで完全に除去し、露髄した場合にはBiodentineを用いて即時VPTを行った。

Total Caries Removal群61歯中17歯、28%が露髄した。

12か月の歯髄生存率は、

  • SCR:82.5%
  • Total Caries Removal+必要時VPT:98.4%

で、後者が有意に高かった。

この研究は非常に重要だが、

「SCRは劣る」

と一般化してはいけない。

なぜなら、この試験のSCRはSelective Removal to Firm Dentineであり、2026年S3がDeep Cariesに提案しているSelective Removal to Soft Dentineとは同一介入ではないからである。

この違いは、Gözetici-ÇilらのSRSDとSRFDの差を考えると無視できない。

Chew 2026――Extremely Deep主体ではFull Pulpotomyが優位

そしてChewらの2026年試験で、さらに興味深い結果が報告された。

対象は120本の生活成熟永久歯。

う蝕はX線上で象牙質厚の75%以上に達していたが、症候性不可逆性歯髄炎や根尖病変を認めない歯が組み入れられた。

対象の3分の2以上がExtremely Deep Cariesだった。

3年時点で実際に再診できた症例では、追加の根管治療または抜歯を必要としたものが、

  • SCR:13/44、29.5%
  • Full Pulpotomy:4/37、10.8%

だった。

完全症例のみで見た3年生存率は、

  • SCR:70.5%
  • Full Pulpotomy:89.2%

であった。

さらに追跡不能例を多重代入によって補完した解析では、

  • SCR:74.1%
  • Full Pulpotomy:89.1%

となり、こちらでもFull Pulpotomyが有意に良好だった。

研究内のsubgroupでは、Extremely Deep CariesでFull Pulpotomyの優位性が認められた一方、Deep Cariesだけでは統計学的な差を示せなかった。

Chewら自身も、Rechithra研究との差について、今回の試験にExtremely Deep Cariesが多く含まれていたことを重要な相違点として挙げている。

一見矛盾するRCTは、「病変深度」でつながるのかもしれない

Rechithra、Taha、Chewの結果を並べると混乱する。

ある研究ではSCRとFull Pulpotomyが同等。

別の研究では積極的なう蝕除去+即時VPTが良い。

さらにExtremely Deep主体の研究ではFull Pulpotomyが良い。

私は現時点では、

病変深度が、SCRと計画的VPTの相対的利益を変える「効果修飾因子」である可能性

を考えるのが最も自然だと思う。

Deep Cariesでは、残存象牙質バリアを保つことで歯髄への追加侵襲を避ける利益が大きい。

一方、Extremely Deep Cariesに近づくほど、残存象牙質の下にすでに強い炎症、細菌侵入、部分壊死が存在する可能性が高まり、

「露髄を避けて封鎖する」だけでは十分でない症例が増える

のかもしれない。

ただし、これはまだ仮説段階である。

2026年S3ガイドライン自身も、Extremely Deep Cariesでは露髄リスクが高いことを予測すべきとする一方、Selective RemovalやStepwise Removalをどう位置づけるかについては、さらなる研究が必要だとしている。

Chew研究も探索的無作為化比較試験であり、3年追跡には脱落がある。

さらにSCR群ではRMGIC、Full Pulpotomy群ではBiodentineが用いられており、違いは「露髄させたか否か」だけではない。

したがって、

「Extremely Deep Cariesなら全例Full Pulpotomy」

という結論にはならない。

現段階で言えるのは、

Extremely Deep Cariesでは「露髄回避そのものを絶対的な治療成功条件とする」考えを再検討する必要が出てきた

というところまでだろう。

露髄した瞬間に治療が失敗したわけではない

SCRの文脈では、pulp exposureは避けるべき有害事象である。

これは現在でも間違っていない。

露髄すれば象牙芽細胞層が損傷し、細菌汚染の機会も増える。

しかし現代のVPTの時代には、露髄には別の側面がある。

歯髄を直接観察できるようになる。

未露髄時には、われわれは、

  • 症状
  • 冷診
  • EPT
  • X線
  • う蝕深度
  • 象牙質の硬さ

などを使って、見えない歯髄を推測している。

露髄した瞬間から、

  • 歯髄の色調
  • 出血量
  • 壊死組織の有無
  • 膿の有無
  • 切除後の創面
  • 止血反応

を直接観察できる。

つまり、

露髄は生物学的には侵襲だが、現代のVPTにおいて必ずしも治療失敗と同義ではない。

そして、

治療対象が「う蝕象牙質」から「歯髄創傷」へ切り替わる転換点

でもある。

2026年S3では、無症状または可逆性歯髄炎の永久歯でう蝕除去中に露髄した場合、残存う蝕を非選択的に除去したうえで、直接覆髄または部分・全部断髄を提案している。

ここが非常に重要である。

露髄前と露髄後では、削る目的そのものが変わる。

露髄前と露髄後では、う蝕除去の終点が違ってよい

露髄前。

歯髄直上に軟化象牙質を残す目的は、

歯髄を不必要に開放しないこと。

したがってDeep Cariesでは、歯髄側をsoft dentineで止める合理性がある。

しかし、一旦露髄し、VPTを行うと決めた後は事情が違う。

そこでは残存う蝕が歯髄観察を妨げる。

歯髄の状態を評価し、清潔な創傷面を形成し、適切な材料で封鎖するためには、周囲の残存う蝕を十分に除去する必要がある。

これは一見、

「SCRではsoft dentineを残せと言ったのに、VPTでは全部取るのか」

という矛盾に見える。

しかし矛盾ではない。

治療目的が変わったから、除去の終点も変わったのである。

露髄前は、象牙質バリアを保存する。

露髄後は、歯髄創傷を直接管理する。

この区別をすると、Cariology側のSelective RemovalとEndodontology側の「露髄後は残存う蝕を十分に除去する」という考えは、かなりきれいにつながる。

SCRの次には「歯髄組織をどこまで残すか」という問題がある

ここから先は、象牙質ではなく歯髄の話になる。

これは正式な診療用語ではないが、概念的には、

Selective Pulp Tissue Removal

とでも表現したくなる問題である。

SCRでは、歯髄を守るために歯髄近接象牙質を残す。

VPTでは、生活歯髄を守るために、炎症・感染・壊死していると推測される歯髄組織だけを除去する。

介入の程度を並べると、

直接覆髄(DPC)

部分断髄

全部断髄

より深い断髄

抜髄・根管治療

という連続体になる。

生活歯髄断髄については、歯の神経を可能な限り救う治療として生活歯髄断髄法を再考した記事でも詳しく扱っている。

不可逆性歯髄炎でも断髄を考える時代になった

ここも大きな変化である。

従来、臨床的に不可逆性歯髄炎と診断された成熟永久歯は、原則として抜髄・根管治療へ進むことが一般的だった。

しかし2026年S3では、う蝕除去後に露髄し、不可逆性歯髄炎を示す症例でも、部分断髄または全部断髄を提案している。

根拠はLouzadaらのsystematic reviewとJassal、Ramani、Taha & Albakriの3件の無作為化比較試験、計343症例である。

術後疼痛および臨床・X線所見に関するエビデンス確実性はlowであり、長期的な歯の生存は十分報告されていない。

つまり、

「不可逆性歯髄炎だから必ず抜髄」

という一対一対応は崩れ始めている。

しかし同時に、

「不可逆性歯髄炎でもすべてVPTでよい」

という話でもない。

歯冠部の強い炎症・感染組織を除去した後、保存可能な生活歯髄を確保できる症例が存在する。

そこがポイントである。

壊死歯髄、感染根管、根尖性歯周炎まで進んでいれば、適切な根管治療が必要になる。

根管治療の位置づけ自体がなくなったわけではない。根管治療の役割を整理した記事も併せて参照していただきたい。

Partial PulpotomyかFull Pulpotomyか

では露髄後、どこまで歯髄を除去すればよいのか。

答えはまだ明確ではない。

Louzadaら2025のsystematic reviewで直接比較できたのは、わずか2件の無作為化比較試験、合計156歯だった。

1年成功率はおおむね、

  • Full Pulpotomy:約90%
  • Partial Pulpotomy:約83%

だったが、それぞれの試験で統計学的な有意差は認められなかった。

その後の無作為化比較試験を加えた2026年S3でも、現時点ではPartialとFullのどちらか一方を普遍的に優先できるほどのエビデンスはない。

ガイドラインも、不可逆性歯髄炎症例では止血状態や歯髄組織の術中所見を含めて判断するとしている。

ここで重要なのは、

「2~3mm切れば必ず健常歯髄へ到達する」

という病理学的な保証はないことである。

炎症や感染の範囲は患者ごと、歯ごと、露髄部位ごとに異なる。

実際のVPTは、

歯髄を一定量除去
→ 創面を観察
→ 出血・色調・組織状態を評価
→ 必要ならさらに切除

という、動的な術中判断になる。

止血は重要な情報だが、病理診断そのものではない

VPTでは「何分で止血できたか」がしばしば議論される。

Matsuoら1996のう蝕露髄44歯の研究では、露髄時の出血が軽度だった症例で予後が良く、強い出血を認めた症例では成功率が低かった。

つまり、出血状態には予後情報が含まれている。

一方で、研究ごとに採用される止血時間は一定ではない。

6分、10分など複数の基準があり、Ricucciらの臨床プロトコルではさらに短い時間で評価している。

しかも止血時間は歯髄炎症だけで決まるわけではない。

局所麻酔薬に含まれる血管収縮薬、露髄面積、切除面積、NaOCl濃度、圧迫法などにも左右される。

したがって、

「○分以内なら可逆、○分を超えたら不可逆」

というcut-offとして使うのは危険である。

止血は、

処置であると同時に術中情報である。

しかし、

病理診断そのものではない。

現代のVPTと昔の直接覆髄を、同じ名前だけで比較してはいけない

ここで古い研究に戻る。

Barthelら2000のcarious exposureに対する直接覆髄では、

  • 5年成功:37%
  • 10年成功:13%

だった。

Bjørndalの試験でも、う蝕露髄後の旧来型DPC・部分断髄の5年成績は極めて悪かった。

この数字だけを見れば、

「う蝕露髄にVPTなどするべきではない」

という結論になる。

しかし、1990年代~2000年代前半の覆髄と現代のVPTは、処置名が同じでも治療環境がかなり違う。

現在の強化されたVPTでは、

  • ラバーダム
  • 無菌的操作
  • 拡大視野
  • 抗菌的洗浄
  • NaOClによる創傷管理
  • HCSC
  • 確実な最終修復

を一体として考える。

2026年S3も、VPTを行う場合には、ラバーダム、術中抗菌洗浄、拡大視野、適切な材料を含む強化プロトコルを提案している。

したがって、古い水酸化カルシウム主体の覆髄で得られた低成功率を、そのまま現在のMTAやBiodentineを用いたVPTの予後へ当てはめてはいけない。

材料は変わった――しかし材料だけがVPTを成功させるわけではない

HCSCの登場は、VPTの成績向上に大きく寄与している。

Herbstら2025のsystematic reviewでは、直接覆髄におけるHCSCと水酸化カルシウムを5件の無作為化比較試験、552歯で比較した。

臨床・X線的病変を認めない確率はHCSCで高く、

OR 2.68
95%CI 1.70–4.22

で、エビデンス確実性はmoderateだった。

2026年S3も、露髄した正常~可逆性歯髄炎の永久歯で直接覆髄・断髄を行う場合、水酸化カルシウムよりHCSCを提案している。

日本の2024年ガイドラインでも、感染歯質除去後に露髄した永久歯へ直接覆髄を行う場合、水酸化カルシウム製剤よりMTAを使用することが強く推奨されており、エビデンスの確実性は「中」とされている。

MTAそのものについては、MTAを使った歯内療法とバイオセラミック材料についてまとめた記事で詳しく取り上げた。

ただし、

「MTAを置けば治る」

と考えてはいけない。

  • 症例選択
  • 感染源の除去
  • ラバーダム
  • 歯髄創傷管理
  • 材料操作
  • 最終修復

がそろって初めて、材料の性能が生きる。

HCSCは現代のVPTを構成する重要な要素であって、VPTそのものではない。

NaOClは歯髄創傷には有用だが、接着側では別の顔を持つ

このあたりは、保存修復と歯内療法の境界領域として非常に面白い。

NaOClはVPTで、洗浄、抗菌、止血のために広く利用される。

しかし、強力な酸化剤でもあるため、象牙質接着には影響を与え得る。

武本ら2011は、牛歯象牙質を10%NaOClで処理した後、4-META/MMA-TBB系レジンセメントの接着を評価した。

未処理象牙質では約20~25MPaだったせん断接着強さが、

  • 60秒処理:13.5±3.2MPa
  • 300秒処理:11.1±5.1MPa

まで低下した。

一方、還元剤を用いることで接着強さは未処理象牙質に近い水準まで回復した。

もちろん、これは牛歯・特定接着システムを用いたin vitro研究であり、現在のすべての接着材へ数値を外挿できるわけではない。

それでも、

歯内療法的な歯髄創傷管理に望ましい操作と、保存修復的な接着操作に望ましい条件が、必ずしも完全には一致しない

という点は、現代のVPTを考えるうえで重要である。

最終修復の冠側封鎖は、VPTの「後処置」ではない

SCRでは、残存病変を口腔内環境から隔離することが治療成立の前提になる。

VPTでも同じである。

Barthelらの長期研究では、露髄後2日以内に最終修復を行ったことが歯髄生存と関連していた。

残存う蝕を封鎖する場合でも、露髄歯髄をHCSCで被覆する場合でも、外部から細菌・栄養源が再び侵入すれば生物学的戦略は破綻する。

したがって、

冠側封鎖はVPTの後処置ではなく、VPTそのものの一部である。

SCRでも同様である。

歯髄近接部にsoft dentineを残すという選択は、

長期的に確実な封鎖を維持できること

を前提としている。

防湿や修復が困難な症例では、同じ病変深度でも治療選択が変わる可能性がある。

「成功率」を見る前に、何を成功と定義したのかを見る

この分野の研究を読み比べると、もう一つ注意が必要になる。

研究によって「成功」の定義が違う。

  • 冷診陽性を生活歯髄維持とする研究
  • 無症状かつ根尖透過像なしを成功とする研究
  • 根管治療や抜歯を回避したことを生存とする研究
  • 修復物の再治療まで失敗に含める研究

Full Pulpotomyでは歯冠部歯髄を除去しているため、冷診やEPTの反応が弱い、あるいは消失していても、それだけで失敗とは言えない。

したがって、

  • 歯髄生存
  • 歯の生存
  • 治療生存
  • 修復物生存
  • 患者報告アウトカム

を同じものとして扱ってはいけない。

S3ガイドライン自体も、深在性う蝕研究ではtooth survivalが十分報告されていないことを問題としている。

成功率95%と80%を比べる前に、

その95%と80%が何を数えた数字なのか

を確認する必要がある。

歯髄を残すことにも、利益と不利益のバランスがある

VPTの話をすると、「歯髄を残せるなら残した方がよい」という方向だけに議論が流れやすい。

もちろん生活歯髄を維持する生物学的価値は大きい。

しかし、歯髄保存にも不利益はある。

  • 長期的な歯髄腔・根管の狭窄
  • 石灰化
  • 将来の根管治療の難化
  • 材料による変色
  • 長期follow-upの必要性

などである。

Barthelらの長期直接覆髄研究でも、成功・判定保留症例では歯髄腔の石灰化が観察されている。

したがってVPTを選択するということは、

現在の生活歯髄を保存する利益

だけでなく、

将来再介入する必要が生じた場合の難易度

まで含めて考えることでもある。

「削ってみないと分からない」時代から抜け出せるか――歯髄の生物学的診断

この分野の最大の弱点は、歯髄内の炎症範囲を術前に直接測定できないことである。

冷診やEPTは神経応答をみる検査であり、歯髄血流、細菌侵入範囲、炎症細胞浸潤、壊死範囲を直接測定しているわけではない。

そこで研究されているのがbiomarkerである。

ElSalhyらは、

  • 正常歯髄:25歯
  • 無症候性carious exposure:40歯
  • 不可逆性歯髄炎:43歯

の歯髄血を解析した。

IL-8は不可逆性歯髄炎群で高く、IL-6/IL-10比、IL-8/IL-10比にも群間差を認め、歯髄炎症を反映する候補として報告された。

Ballalら2017はさらに一歩進み、露髄させず、象牙質創面から採取したdentinal fluidを調べている。

同一患者30人についてshallow cariesとdeep cariesを比較すると、30人中27人でdeep lesion側のMMP-9が高値だった。

これは非常に興味深い。

将来、

「X線で深そうだから」
「冷診が長く続いたから」
「露髄して血が多かったから」

という間接的な診断だけでなく、

象牙質を介して、その下の歯髄の炎症状態を分子レベルで読む

ことができるようになるかもしれない。

ただし、まだ臨床応用段階ではない。

Ballalらの研究も、対象歯の実際の組織学的歯髄状態を確認できていないことを限界としている。

エビデンスが変わっても、歯科医の手はすぐには変わらない

Crespo-Gallardoら2018のスペインの歯科医師125人を対象とした調査では、65%が深在性う蝕を硬い象牙質まで除去していた。

また、可逆性歯髄炎に相当する一過性の温冷刺激痛であっても、58%が歯内療法を選択すると回答していた。

さらに、「硬い象牙質まで除去する」という考えと、露髄リスクがあっても完全除去を重視する考えには強い関連があり、ORは15.8だった。

長年教育されてきた、

「軟化象牙質を残してはいけない」

という感覚は強い。

エビデンスが変わっても、実際の診療行動はすぐには変わらない。

しかし私は、今後は反対方向の過剰修正にも注意が必要だと思う。

「SCRが新しいから、とにかくsoft dentineを残す」

という新たな固定観念である。

完全除去という固定観念を、SCRという別の固定観念に置き換えるだけでは意味がない。

  • 病変深度
  • 症状
  • 歯髄診断
  • 修復可能性
  • 防湿
  • VPTを行える設備・技術
  • 患者の希望
  • 再来院可能性

まで含めて治療法を選ぶ必要がある。

未成熟永久歯と成熟永久歯を同じに考えすぎない

ここまでの議論では、主として成熟永久歯を中心に考えてきた。

未成熟永久歯では、歯髄を保存することによって根の発育を継続させるという、成熟歯にはない大きな治療目標が存在する。

そのため、未成熟永久歯ではVPTの意義がさらに大きくなり得る。

一方で、成熟永久歯でも近年の研究では高いVPT成功率が報告されている。

したがって、

「若い歯だからVPT、成熟歯だから根管治療」

と年齢や根完成だけで単純に二分するのも適切ではない。

症状、病変深度、露髄状態、歯髄創面、修復可能性などを合わせて判断する必要がある。

2026年現在、私は深在性う蝕をどう考えるか

ここまでのエビデンスを一つの臨床像としてまとめてみる。

Deep Caries+正常歯髄~可逆性歯髄炎

X線上で歯髄との間に象牙質バリアが残り、症状も軽度であれば、

周辺部はhard dentine、歯髄側はsoft dentineまで

というSCRは、現在もっとも合理性の高い基本戦略の一つだと思う。

これは2026年S3とも整合する。

Extremely Deep Caries

ここでは、

「絶対に露髄させないこと」を唯一の成功条件にしない。

病変自体が歯髄に極めて近接しており、組織学的には強い炎症・部分壊死が増える。

処置開始前から、ラバーダム、拡大視野、NaOCl、HCSC、部分断髄、全部断髄まで実施できる体制を整えておく。

露髄した場合

露髄=即根管治療とはしない。

残存う蝕を除去し、歯髄を直接評価する。

保存可能と判断できれば、直接覆髄、部分断髄、全部断髄へ移行する。

さらに深部まで感染・壊死が疑われる場合

保存可能な生活歯髄を確保できなければ、根管治療へ進む。

修復不能・長期保存不能と判断される場合

根管治療を行っても予知性のある修復ができない、歯根破折などにより保存不能であると判断される場合には、抜歯も治療選択肢になる。

これは、

全例SCRでも、全例VPTでもない。

治療を進めながら、

「どこから先の組織にはまだ保存価値があるのか」

を更新し続ける考え方である。

「どこまで削るか」には、実は三つの境界がある

多くの資料を読み直してみると、深在性う蝕には三つの境界が存在しているように思う。

第一の境界――う蝕象牙質

どこまでcarious dentineを除去するか。

これは従来、Cariologyが扱ってきた問題である。

第二の境界――歯髄組織

どこまで炎症・感染・壊死したpulp tissueを除去するか。

これはEndodontologyの問題である。

第三の境界――診断

最も難しいのが、

第一・第二の境界を、何によって判断するのか。

という問題である。

現在われわれは、病変深度、症状、冷診、EPT、X線、象牙質の硬さ、露髄の有無、出血、歯髄色調、止血反応、拡大視野所見を組み合わせて推測している。

しかし、どれも病理組織そのものではない。

将来はそこへ、MMP-9、IL-8、その他の炎症性biomarker、血流検査、新しい画像診断が加わるのかもしれない。

この三つを一緒に考えると、Selective Caries RemovalとVital Pulp Therapyが、別々の治療には見えなくなってくる。

おわりに――削らないことが低侵襲なのではない

Selective Caries Removalは、歯髄を守るために象牙質を残す。

Vital Pulp Therapyは、歯髄を守るために生活歯髄を残す。

両者が保存している組織は違う。

しかし目的は同じである。

治癒可能な組織を必要以上に除去せず、感染・炎症を制御し、長期的に歯を保存すること。

Deep Cariesでは、象牙質バリアを保存する利益が大きい。

Extremely Deep Cariesへ進むにつれて、そのバリアの下に存在する歯髄病変を無視できない症例が増える可能性がある。

露髄したら、保存対象が象牙質から歯髄へ移る。

部分断髄で足りなければ、さらに深い歯髄へ保存境界を移す。

それでも保存可能な生活歯髄を得られなければ、根管治療へ進む。

だから深在性う蝕で本当に問うべきなのは、

「虫歯をどこまで削るか」

だけではない。

今、この段階で何を守るべきなのか。

その組織を守るためには、逆に何を除去しなければならないのか。

その問いを治療の各段階で更新し続けることなのだと思う。

完全除去という固定観念を、Selective Removalという別の固定観念に置き換える必要はない。

露髄を恐れるあまり、歯髄内部の病態を見失う必要もない。

そして現代のVPTが使えるからといって、保存できる象牙質バリアを意図的に失う必要もない。

削らないことが低侵襲なのではない。

必要以上には削らず、しかし必要な場所では躊躇なく介入する。

それが、2026年現在の深在性う蝕治療における「minimal intervention」を、最も実態に近く表しているのではないだろうか。

参考文献

  1. Schwendicke F, et al. Deep Caries Management: EFCD-ESE-ORCA S3-Level Clinical Practice Guideline. Int Endod J. 2026;59:1298–1315. doi:10.1111/iej.70132.
  2. Ramezanzade S, Bjørndal L, Chen H, Baysan A. Effectiveness of Stepwise Excavation or Selective Excavation in Comparison with Non-Selective Caries Removal in Managing Deep Caries in Vital Permanent Teeth: A Systematic Review with Trial Sequential, Pairwise, and Network Meta-Analyses. Caries Res. 2026;60:80–109. doi:10.1159/000545052.
  3. Duncan HF, Galler KM, Tomson PL, et al. European Society of Endodontology position statement: Management of deep caries and the exposed pulp. Int Endod J. 2019;52:923–934.
  4. Innes NPT, Frencken JE, Bjørndal L, et al. Managing Carious Lesions: Consensus Recommendations on Terminology. Adv Dent Res. 2016;28:49–57.
  5. Banerjee A, Frencken JE, Schwendicke F, Innes NPT. Contemporary operative caries management: consensus recommendations on minimally invasive caries removal. Br Dent J. 2017;223:215–222.
  6. 日本歯科保存学会・日本歯内療法学会. 『歯髄保護の診療ガイドライン』. 2024.
  7. Bjørndal L, Fransson H, Bruun G, et al. Randomized Clinical Trials on Deep Carious Lesions: 5-Year Follow-up. J Dent Res. 2017;96:747–753.
  8. Maltz M, Garcia R, Jardim JJ, et al. Randomized Trial of Partial vs. Stepwise Caries Removal: 3-year Follow-up. J Dent Res. 2012;91:1026–1031.
  9. Maltz M, Koppe B, Jardim JJ, et al. Partial caries removal in deep caries lesions: a 5-year multicenter randomized controlled trial. Clin Oral Investig. 2018;22:1337–1343.
  10. Gözetici-Çil B, et al. Clinical outcomes of selective removal to soft dentin versus firm dentin for deep caries lesions: a randomized controlled trial up to 5 years. Clin Oral Investig. 2025;29:23.
  11. Demant S, Dabelsteen S, Bjørndal L. A macroscopic and histological analysis of radiographically well-defined deep and extremely deep carious lesions: carious lesion characteristics as indicators of the level of bacterial penetration and pulp response. Int Endod J. 2021;54:319–330. doi:10.1111/iej.13424.
  12. Ricucci D, Loghin S, Siqueira JF Jr. Correlation between clinical and histologic pulp diagnoses. J Endod. 2014;40:1932–1939.
  13. Ricucci D, Siqueira JF Jr, Li Y, Tay FR. Vital pulp therapy: histopathology and histobacteriology-based guidelines to treat teeth with deep caries and pulp exposure. J Dent. 2019;86:41–52.
  14. Ricucci D, et al. Pulp and dentine responses to selective caries excavation: A histological and histobacteriological human study. J Dent. 2020;100:103430. doi:10.1016/j.jdent.2020.103430.
  15. Ricucci D, Milovidova I, Frazier KB, Kalathingal S, Bush S, Tay F. A histobacteriological reappraisal of contemporary deep and extremely deep caries management recommendations. J Endod. 2026. Online ahead of print. doi:10.1016/j.joen.2026.08.007. PMID:42600772.
  16. Wolters WJ, Duncan HF, Tomson PL, et al. Minimally invasive endodontics: a new diagnostic system for assessing pulpitis and subsequent treatment needs. Int Endod J. 2017;50:825–829.
  17. Lin LM, Ricucci D, Saoud TM, Sigurdsson A, Kahler B. Vital pulp therapy of mature permanent teeth with irreversible pulpitis from the perspective of pulp biology. Aust Endod J. 2020;46:154–166.
  18. Rechithra R, Wani W, Sharma S, et al. Selective Removal to Soft Dentine versus Full Pulpotomy for Management of Proximal Deep Carious Lesions: A Randomized Controlled Non-Inferiority Trial. Caries Res. 2023;57:536–545. doi:10.1159/000530895. PMID:37552970.
  19. Taha NA, et al. Pulp survival and postoperative treatment needs following selective vs. total caries removal in mature permanent teeth with reversible pulpitis: A randomized clinical trial. J Dent. 2024;151:105408.
  20. Chew JJR, et al. Three-Year Clinical and Economic Evaluation of Selective Caries Removal and Full Pulpotomy for Extensive Caries: An Exploratory Randomised Controlled Trial. Int Endod J. 2026;59:439–453. doi:10.1111/iej.70068.
  21. Louzada LM, Hildebrand H, Neuhaus KW, Duncan HF. The effectiveness of partial pulpotomy compared with full pulpotomy in managing deep caries in vital permanent teeth with a diagnosis of non-traumatic pulpitis. Int Endod J. 2025;58:37–54. doi:10.1111/iej.14149.
  22. Herbst SR, et al. Effectiveness of calcium hydroxide compared to hydraulic calcium silicate cements for direct pulp capping in managing deep caries in vital permanent teeth: A systematic review and meta-analysis. Int Endod J. 2025;58:1110–1125. doi:10.1111/iej.14256.
  23. Kosan E, Kosan D, Sturm R, Schwendicke F, Paris S. Efficacy of different cavity liners compared to no cavity lining in managing deep caries in vital permanent teeth—A systematic review. Clin Oral Investig. 2025;29:529.
  24. Barthel CR, Rosenkranz B, Leuenberg A, Roulet JF. Pulp capping of carious exposures: treatment outcome after 5 and 10 years: a retrospective study. J Endod. 2000;26:525–528.
  25. Matsuo T, Nakanishi T, Shimizu H, Ebisu S. A clinical study of direct pulp capping applied to carious-exposed pulps. J Endod. 1996;22:551–556.
  26. ElSalhy M, Azizieh F, Raghupathy R. Cytokines as diagnostic markers of pulpal inflammation. Int Endod J. 2013;46:573–580.
  27. Ballal V, Rao S, Bagheri A, Bhat V, Attin T, Zehnder M. MMP-9 in Dentinal Fluid Correlates with Caries Lesion Depth. Caries Res. 2017;51:460–465.
  28. Mente J, Petrovic J, Gehrig H, et al. A Prospective Clinical Pilot Study on the Level of Matrix Metalloproteinase-9 in Dental Pulpal Blood as a Marker for the State of Inflammation in the Pulp Tissue. J Endod. 2016;42:190–197.
  29. Zehnder M, Wegehaupt FJ, Attin T. A First Study on the Usefulness of Matrix Metalloproteinase 9 from Dentinal Fluid to Indicate Pulp Inflammation. J Endod. 2011;37:17–20.
  30. 武本真治ほか. 次亜塩素酸ナトリウム処置した象牙質の接着に及ぼす還元剤の効果. 日本歯科理工学会誌. 2011;30:41–46.
  31. Crespo-Gallardo I, Hay-Levytska O, Martín-González J, et al. Criteria and treatment decisions in the management of deep caries lesions: Is there endodontic overtreatment? J Clin Exp Dent. 2018;10:e751–e760.

TOP