2026年6月16日

(院長の徒然コラム)

歯髄診断は、病名を当てる作業ではない
歯髄診断において、可逆性歯髄炎と不可逆性歯髄炎という分類はきわめて便利である。冷たいものに一過性にしみるだけで、原因除去により回復が見込める状態を可逆性歯髄炎と呼び、自発痛や持続痛を伴い、歯髄が治癒不能と判断される状態を不可逆性歯髄炎と呼ぶ。この二分法は、臨床判断を整理するうえで強力な道具である。
しかし、便利な道具ほど、使い方を誤ると臨床を鈍らせる。
可逆性歯髄炎と不可逆性歯髄炎は、病理組織標本を術前に確認して付ける診断名ではない。臨床症状、冷診、温熱診、EPT、打診、咬合痛、画像所見、齲蝕深度、修復物の状態、そして必要に応じて術中の露髄所見や出血の性状を統合して付ける「臨床診断名」である。したがって、診断名は病理像そのものではなく、治療選択に接続するための推定である。
ここを取り違えると、冷診で30秒以上残ったから不可逆性歯髄炎、EPTの反応値が高いから歯髄壊死に近い、温熱痛があるから抜髄、という短絡に陥る。臨床ではそのような単純化が必要な場面もあるが、それを歯髄の実体だと考えてしまうと、歯髄保存療法の時代には判断を誤る。
今回考えたいのは、検査の使い方そのものではない。可逆性歯髄炎と不可逆性歯髄炎の境界というものが、そもそもどの程度実在するのか。そして、その境界を冷診、温熱診、EPTという神経応答検査でどこまで支えられるのか、という問題である。

可逆性と不可逆性という言葉の危うさ
AAEの診断分類では、可逆性歯髄炎は、原因を適切に処置すれば炎症が消退し、歯髄が正常に戻ると考えられる臨床診断とされる。一方、症候性不可逆性歯髄炎は、主観的・客観的所見から、生活歯髄ではあるものの炎症が治癒不能であり、根管治療が必要と判断される臨床診断とされる。
この定義は実用的である。だが同時に、重要な曖昧さを含んでいる。
「可逆性」とは、何が可逆的なのか。痛みが可逆的なのか、炎症細胞浸潤が可逆的なのか、微小循環障害が可逆的なのか、細菌侵入が可逆的なのか、あるいは治療によって生活歯髄を維持できる可能性が高いという意味なのか。臨床で使われる可逆性という言葉には、これらが混在している。
同様に、「不可逆性」とは、歯髄全体が不可逆的に破壊されたという意味なのか、歯冠部歯髄の一部に不可逆的炎症が存在するという意味なのか、それとも従来の治療体系では抜髄が妥当と判断されてきたという意味なのか。ここも混在している。
従来は、この曖昧さが大きな問題になりにくかった。不可逆性歯髄炎と診断すれば、治療は多くの場合、抜髄または根管治療に接続されたからである。
しかし現在は違う。深在性う蝕や齲蝕露髄に対して、生活歯髄断髄法、部分断髄法、Full pulpotomy、Hydraulic calcium silicate cement、MTA、Biodentineなどを用いたVital Pulp Therapyが再評価されている。
この時代においては、「不可逆性歯髄炎だから抜髄」という単純な図式は、もはや絶対ではない。問うべきは、歯髄が可逆性か不可逆性かという二択ではなく、不可逆的変化がどこに、どの程度存在し、それを除去した後に残存歯髄が治癒可能かどうかである。
症状は重要だが、病理像そのものではない
歯髄炎の診断で最も古典的に重視されてきたのは症状である。
冷たいもので一過性にしみる。甘いもので誘発される。刺激を除くと数秒で消える。患者が原因歯を明確に指せる。このような場合、可逆性歯髄炎を考える。
一方で、自発痛がある。夜間痛がある。温熱痛がある。冷水で一時的に楽になる。刺激除去後も痛みが持続する。痛みが放散する。臥位や前屈で増悪する。鎮痛薬が効きにくい。このような所見が揃えば、症候性不可逆性歯髄炎を疑う。
この整理は臨床的に有用である。特に自発痛と持続痛は、不可逆性歯髄炎を疑ううえで強い情報になる。だが、症状は歯髄の病理像を直接示すものではない。
痛みは主観である。疼痛閾値、炎症メディエーター、神経線維の分布、患者の不安、過去の疼痛経験、睡眠状態、服薬、性差、年齢、修復物、咬合、歯周組織の状態が影響する。さらに歯髄は硬組織に囲まれた閉鎖空間であり、同じ程度の炎症でも、局所圧、血流、排出路の有無によって症状が変わる。
病理組織像では炎症が存在しても無症状のことがある。逆に強い痛みを訴えても、歯髄全体が不可逆的変化に陥っているとは限らない。特に深在性う蝕では、齲蝕直下の限局した領域に強い炎症や微小膿瘍があっても、根部歯髄には保存可能な組織が残っていることがある。
したがって、症状診断は必要である。しかし症状は、歯髄病態の「投影」であって、歯髄病態そのものではない。
冷診は強い。しかし、冷診で見ているのは血流ではない
日常臨床で最も使いやすく、かつ信頼されている歯髄検査は冷診である。冷診は、患者が理解しやすく、術者も実施しやすい。隣在歯や反対側同名歯との比較も容易で、生活歯髄と壊死歯髄の鑑別には有用な場面が多い。
だが、冷診はpulp vitality testではない。pulp sensibility testである。
冷刺激によって象牙細管内液が移動し、歯髄・象牙質複合体内の機械受容器やAδ線維を介して鋭い痛みが誘発される。つまり冷診が見ているのは、歯髄血流そのものではなく、歯髄神経が刺激に反応するかどうかである。
この違いは決定的に重要である。
冷診陽性だから歯髄全体が健全とは限らない。部分壊死があっても、残存する歯髄神経が反応すれば冷診は陽性になり得る。逆に冷診陰性だから必ず歯髄壊死とも限らない。外傷後、根未完成歯、歯髄腔狭窄、石灰化、厚い修復物、クラウン、加齢による第二象牙質形成、検査部位の不適切さ、患者の反応性などで偽陰性は起こる。
冷診の持続時間も同様である。刺激除去後に痛みがすぐ消えるか、30秒以上残るかという基準は、臨床上の目安として有用である。しかし、それは歯髄内の炎症範囲を定量しているわけではない。30秒という数字は、病理組織学的に可逆性と不可逆性を切り分ける絶対的境界ではない。
したがって冷診は、かなり強い検査である。しかし、その強さは主に生活歯髄と非生活歯髄の推定、あるいは症状の再現性確認にある。可逆性歯髄炎と不可逆性歯髄炎の組織学的境界を直接示す検査ではない。
温熱診は不可逆性歯髄炎を示唆し得るが、単独では危うい
温熱痛は、不可逆性歯髄炎を考えるうえで古くから重視されてきた。特に、温かいもので痛みが誘発され、冷水で緩和されるという訴えは、臨床的には強い情報である。歯髄腔内圧の変化、C線維性疼痛、炎症性メディエーター、血流障害、ガス膨張などが関与すると考えられ、冷診とは異なる側面を拾う可能性がある。
しかし、温熱診は冷診ほど扱いやすくない。刺激量の標準化が難しい。患者の表現も揺れやすい。広範囲の修復物やクラウンでは刺激が歯髄に届くまでの条件が変わる。さらに温熱痛があるから不可逆性歯髄炎、温熱痛がないから不可逆性歯髄炎ではない、という判断は成り立たない。
診断精度を比較したシステマティックレビューやメタ解析でも、温熱診は冷診やEPTと比べて強い検査とは言いにくい。温熱診は、典型症状を拾うための臨床的補助線であり、単独で歯髄の保存可能性を決定する検査ではない。
温熱診が意味を持つのは、問診の文脈と一致したときである。患者が「温かい飲み物でズキズキして、そのあとしばらく続く」と訴え、深在性う蝕や大きな修復物があり、冷診でも持続痛が再現され、咬合や歯周由来では説明しにくい。このように複数の情報が同じ方向を向くとき、温熱診は不可逆性歯髄炎を支持する材料になる。
逆に、温熱診だけが陽性で他の所見と合わない場合、それを絶対視してはいけない。
EPTは歯髄の可逆性を測っていない
EPT、すなわち電気歯髄診は、臨床で非常に便利な検査である。数値として表示されるため、あたかも客観的な検査のように見える。反対側同名歯との差を比較しやすく、冷診が行いにくい症例でも使いやすい。
しかし、EPTの最大の落とし穴は、数値が出ることである。
数値が出ると、術者はそこに過剰な意味を見出したくなる。反応値が高いから歯髄が弱っている。反応値が低いから炎症が強い。反応がないから壊死。左右差が大きいから不可逆性。このように読みたくなる。
だが、EPTが測っているのは、歯髄の血流でも、炎症範囲でも、組織学的可逆性でもない。電気刺激に対して、主にAδ線維を中心とした神経線維が反応したかどうかである。
この点を誤解してはいけない。歯髄の生活性の本質は血流である。神経応答は生活性を推定するための間接所見にすぎない。血流が残っていても神経応答が鈍いことはある。神経が反応しても歯髄組織の保存可能性が高いとは限らない。
Suiらの研究は、この問題を直接扱っている。齲蝕由来の可逆性歯髄炎115例と症候性不可逆性歯髄炎88例、合計203例を対象に、患歯と対照歯のEPT値差が診断分類に使えるかを検討した。調整モデルでは統計的関連は示されたものの、AUCは最大でも0.617であり、臨床的な鑑別能としては弱かった。結論として、EPT値差だけで可逆性歯髄炎と症候性不可逆性歯髄炎を鑑別することは不十分である。
これは非常に重要である。
EPT値は臨床のヒントにはなる。しかし、EPT値は診断名ではない。EPT値の差は、不可逆性歯髄炎の確率を少し動かすかもしれないが、歯髄の保存可能性を決定する根拠にはならない。

sensibility testとvitality testを混同してはいけない
歯髄診断を考えるうえで、sensibility testとvitality testの区別は避けて通れない。
冷診、温熱診、EPTはsensibility testである。つまり、患者の神経応答を利用して歯髄状態を推定する検査である。一方、pulse oximetry、laser Doppler flowmetry、ultrasound Doppler flowmetryなどは、歯髄血流や酸素化に近い情報を得ようとするvitality testである。
Patroらのシステマティックレビュー・メタ解析では、診断オッズ比がpulse oximeterで628.5、cold testで17.24、EPTで10.75、heat testで3.47と報告されている。研究の質や臨床実装上の問題を考慮する必要はあるが、少なくとも原理的には、神経応答を見る検査より、血流・酸素化に近い検査の方が歯髄生活性に近い情報を持つ。
未成熟永久歯の研究でも、この違いは明確に出る。根未完成歯では神経支配が未成熟で、EPTや冷診の反応が不安定になりやすい。一方で血流は存在している。ある研究では、pulse oximeterの診断精度が98.7〜100%であったのに対し、EPTは条件によって76.2〜92.5%、冷診は85〜92.5%であった。これは、神経応答が未熟な歯でsensibility testが不利になることをよく示している。
さらに、全身状態も神経応答に影響し得る。鉄欠乏性貧血女性を対象とした研究では、冷診反応時間に有意差はなかった一方で、EPT反応には貧血群と健常群で有意差がみられた。これも、EPTが歯髄そのものだけでなく、神経伝導や全身的条件の影響を受ける可能性を示唆している。

もちろん、だからといって明日からすべての歯科医院でpulse oximetryやLDFを標準化できるわけではない。歯牙形態に合うプローブ、光の散乱、歯周組織由来のノイズ、修復物、動揺、患者の動き、コスト、操作時間など、多くの問題がある。
しかし、少なくとも概念としては、現在われわれが日常臨床で使っている冷診・温熱診・EPTは、歯髄の生命活動を直接測っているわけではない。この自覚がないまま検査値を読むと、歯髄診断は粗くなる。
病理組織像は、臨床診断の単純さを裏切る
臨床診断と病理組織診断は一致することも多い。しかし完全ではない。
Ricucciらの研究では、臨床的に正常歯髄または可逆性歯髄炎と診断された59歯のうち57歯、つまり96.6%が病理診断と一致した。一方、臨床的に不可逆性歯髄炎と診断された32歯では、病理診断との一致は27歯、84.4%であった。この数字は、臨床診断が決して無意味ではないことを示す。同時に、不可逆性歯髄炎の領域では一定のズレが残ることも示している。
より重要なのは、不可逆性歯髄炎と診断された歯において、炎症や壊死がどのように分布しているかである。
不可逆性歯髄炎という名前から、歯髄全体が不可逆的に破壊されている印象を受ける。しかし実際には、歯冠部歯髄の齲蝕直下に膿瘍や強い炎症が存在しても、少し離れた組織は比較的正常に近いことがある。根部歯髄に血流と細胞活性が残っていれば、感染・壊死・不可逆的炎症部位を選択的に除去することで保存可能性が生じる。
この視点が、VPT時代の歯髄診断を根本的に変える。
不可逆性歯髄炎という診断名は、歯髄全体の死刑宣告ではない。少なくとも、すべての症例でそう扱うべきではない。むしろ問うべきは、どの範囲までが感染・壊死・不可逆的炎症に陥っており、どこから先が治癒可能な歯髄なのかである。
従来の抜髄中心の時代には、この問いは治療選択に直結しにくかった。しかし生活歯髄断髄法や部分断髄法を真剣に考えるなら、この問いから逃げることはできない。
術前診断と術中診断は分けて考えるべきである
歯髄診断を難しくしている原因の一つは、術前診断と術中診断を混同することである。
術前診断では、問診、冷診、温熱診、EPT、打診、咬合痛、画像検査、齲蝕深度、既存修復物、歯周組織を評価する。しかし、それでも歯髄内の炎症局在や感染の深さは直接見えない。
一方、術中診断では、齲蝕除去後の露髄の有無、歯髄の色調、出血の性状、止血性、壊死組織の有無、膿性滲出、歯髄組織の硬さ、マイクロスコープ下での視認性を評価できる。これは術前診断とは異なる情報である。
ESEのPosition Statementでも、齲蝕露髄後には、歯髄の損傷、壊死の有無、出血の程度、齲蝕破壊の真の範囲を評価する機会が生じることが述べられている。つまり、術中所見は単なる処置中の観察ではなく、診断の一部である。
ここで重要なのは、「出血があるから生活歯髄」「出血が多いから不可逆性」「止血できたから成功」という単純化もまた危ういことである。
出血は生活性を示す重要な所見である。しかし、炎症性充血でも出血は起こる。止血性は重要だが、使用する薬剤、圧迫時間、露髄面の大きさ、血餅の処理、術者の操作によって変わる。出血が止まったから組織学的に健全とは限らないし、出血が強いから即座に全抜髄とは限らない。
術中診断は、術前診断を補正するための重要な情報である。ただし、それもまた絶対ではない。歯髄診断とは、術前と術中の情報を連続的に更新するプロセスである。

VPT時代の不可逆性歯髄炎は、抜髄適応ではなく炎症局在の問題として再解釈される
VPTが注目されているからといって、すべての不可逆性歯髄炎を断髄すべきだという話ではない。これは非常に危険な誤解である。
VPTが成立するには、感染源の除去、適切な歯髄組織の選択的切除、確実な止血、血餅の管理、生体親和性材料の選択、緊密な封鎖、接着修復、咬合管理、経過観察が必要である。MTAやバイオセラミック材料を置けば歯髄が救える、という単純な話ではない。
むしろ、VPT時代だからこそ診断は難しくなる。
抜髄を前提にするなら、不可逆性歯髄炎の診断はある程度荒くても治療は成立する。しかし歯髄を残そうとするなら、どの歯髄を残すのか、どの歯髄を切除するのか、感染はどこまで及んでいるのか、止血可能な歯髄が本当に治癒可能なのかを、より厳密に考えなければならない。
不可逆性歯髄炎という診断名の役割も変わる。従来は「根管治療へ進むための診断名」であった。これからは、「歯髄保存の限界をどこに設定するかを考えるための診断名」になる。
根管治療は不要になるわけではない。歯髄壊死、根尖性歯周炎、制御不能な感染、広範な壊死、修復不能歯、垂直性歯根破折疑い、根管内感染が成立した症例では、適切な根管治療や外科的歯内療法が必要になる。
だが、従来なら不可逆性歯髄炎として一括で抜髄されていた症例の中に、保存可能な歯髄を含む症例が存在する。この事実を認めることが、VPT時代の出発点である。
根尖所見がない不可逆性歯髄炎をどう読むか
不可逆性歯髄炎では、しばしば根尖部に明確なX線透過像がない。打診痛や咬合痛もないことがある。これは矛盾ではない。炎症が歯髄内に限局し、根尖歯周組織にまだ波及していなければ、根尖所見は出ない。
この段階では、歯髄は強く炎症を起こしていても、根尖周囲組織は正常である。AAE分類でも、症候性不可逆性歯髄炎に正常根尖組織が組み合わさる診断は十分にあり得る。
逆に、根尖透過像がある場合には、歯髄壊死と根管内感染、根尖性歯周炎を強く疑う必要がある。ただし、透過像の大きさだけで病変の本質は決まらない。根尖性歯周炎の治療で重要なのは、黒い影そのものを削ることではなく、根管内感染源を減らし、根尖周囲組織への刺激を遮断することである。
歯髄炎の段階と根尖性歯周炎の段階を混同してはいけない。可逆性歯髄炎、不可逆性歯髄炎、歯髄壊死、根尖性歯周炎は連続することがあるが、同じものではない。歯髄診断と根尖歯周組織診断を分けて記載するAAE分類の意義はここにある。
検査精度の数字は、臨床の免罪符ではない
診断精度の研究を読むときには注意が必要である。
感度、特異度、正診率、陽性的中率、陰性的中率、診断オッズ比。これらの数字は重要である。しかし、数字は研究デザインに依存する。対象歯が健全歯なのか、抜歯予定歯なのか、根管治療予定歯なのか、外傷歯なのか、根未完成歯なのか、深在性う蝕なのかで結果は変わる。対照歯の設定、検査順序、ブラインド化、gold standardの定義、術者の経験、検査材料、刺激時間、患者集団の有病率でも変わる。
例えば、生活歯髄と壊死歯髄の鑑別を目的とした研究で冷診の精度が高いとしても、それをそのまま可逆性歯髄炎と不可逆性歯髄炎の境界判定に用いることはできない。なぜなら、生活歯髄と壊死歯髄の鑑別と、炎症の可逆性判定は別の問いだからである。
ここを混同すると、エビデンスを使っているようで、実際にはエビデンスの射程を超えてしまう。
冷診が有用であることと、冷診だけで不可逆性歯髄炎の範囲を決められることは違う。EPTが有用であることと、EPT値で可逆性と不可逆性を切れることは違う。pulse oximeterの精度が高いことと、明日から全症例で標準的に使えることも違う。
診断精度の数字は、臨床判断を補強するために使うべきであり、臨床判断を停止させるために使うべきではない。
これからの歯髄診断は、神経応答から炎症局在へ向かう
現在の歯髄診断の最大の弱点は、炎症の局在を術前に直接見られないことである。
冷診もEPTも、歯髄の神経応答を見ている。画像診断は齲蝕深度や根尖周囲組織を評価できるが、歯髄内の炎症範囲を直接示すものではない。CBCTで歯髄腔や根尖病変は見えても、歯髄組織内の炎症細胞浸潤や微小循環障害をそのまま見ることはできない。
だからこそ、将来的には、血流、酸素化、炎症性バイオマーカー、分子診断、MRIなどが重要になる可能性がある。
森山らの超高磁場MRIを用いた研究では、温度診や電気歯髄診では歯髄炎の広がりを術前に正確に決定することが困難であるという問題意識から、う蝕進行に伴う可逆性・不可逆性歯髄炎を非破壊的に評価する基盤が検討されている。露髄群ではMR信号比が有意に低下し、その低MR信号領域にCD43、CD68、MMP9などの炎症関連所見が対応していた。さらに低MR信号領域を指標に不可逆性炎症部位を除去した断髄後、残存歯髄が回復する可能性も示唆されている。
これは、現在の臨床でそのまま使用できる技術というより、歯髄診断の方向性を示す研究である。歯髄診断は、神経応答から炎症局在へ向かうべきである。痛みの有無や冷診の秒数ではなく、どこに、どの程度、不可逆的炎症があるのかを評価する方向へ進むべきである。
バイオマーカー研究も同じ流れにある。MMP、PGE2、サイトカイン、ケモカイン、神経ペプチドなど、歯髄炎の段階や予後と関連する可能性のある分子は多く報告されている。しかし、臨床で再現性高く、即時に、低侵襲に、治療選択へ接続できる診断法として確立するにはまだ課題が多い。
現時点では、われわれは不完全な検査で歯髄診断を行っている。その事実を認めることが、より精密な臨床への第一歩である。
歯髄診断における「境界」は、線ではなく判断の幅である
可逆性歯髄炎と不可逆性歯髄炎の境界は存在するのか。
臨床分類としては存在する。治療方針を決めるためには、どこかで判断しなければならない。経過観察、齲蝕除去と修復、間接覆髄、直接覆髄、部分断髄、全部断髄、抜髄、根管治療、再根管治療、外科的歯内療法、抜歯。臨床は必ず選択を迫られる。
しかし、病理組織学的な意味で、冷診30秒、EPT値、温熱痛の有無によって一直線に切れる明瞭な境界があると考えるのは危うい。
実際の歯髄炎は、齲蝕に近い歯冠部歯髄、髄角、冠部歯髄中央、根管口周囲、根部歯髄で状態が異なる。細菌侵入、炎症細胞浸潤、微小膿瘍、血管拡張、浮腫、神経線維の過敏化、C線維優位の疼痛、部分壊死、修復象牙質形成が同じ歯髄内で混在し得る。
そのような複雑な組織を、可逆性か不可逆性かの二語で表すこと自体に限界がある。
したがって、歯髄診断における境界とは、線ではない。判断の幅である。確率である。術前診断と術中診断を通して更新される臨床推論である。
終わりに:冷診もEPTも、歯髄診断の答えではなく、問いを絞るための道具である
可逆性歯髄炎と不可逆性歯髄炎の境界を、冷診の秒数、温熱痛の有無、EPT値だけで決めることはできない。
冷診は有用である。温熱診も重要な場面がある。EPTも臨床のヒントになる。しかし、それらはいずれも歯髄血流や組織学的可逆性を直接測定しているわけではない。冷診・温熱診・EPTは、歯髄の神経応答を利用したsensibility testである。歯髄の生命活動、炎症範囲、感染深度、保存可能性を直接示す検査ではない。
不可逆性歯髄炎という診断名もまた、歯髄全体が不可逆的に破壊されていることを意味するとは限らない。歯冠部歯髄の限局した強い炎症や膿瘍形成があっても、残存歯髄に治癒可能性がある症例は存在する。だからこそ、VPT時代の歯髄診断では、不可逆性歯髄炎かどうかだけではなく、どの歯髄を残せるのか、どの歯髄を除去すべきなのかを考える必要がある。
歯髄診断とは、検査結果を機械的に読む作業ではない。症状の時間軸、誘発刺激、疼痛の余韻、自発痛、温熱痛、冷診、EPT、齲蝕深度、修復物、歯周組織、根尖所見、術中の露髄、出血、止血性、壊死組織の有無を統合し、不確実性の中で治療可能性を推定する臨床推論である。
冷診もEPTも、答えではない。
それらは、歯髄という見えない組織に対して、問いを絞るための道具である。
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