2026年6月12日

(院長の徒然コラム)

根管治療で問われる「取れるか」ではなく「取るべきか」という判断
根管内でファイルが破折したとき、術者の思考は反射的に「どう取るか」へ向かいやすくなります。もちろん、破折ファイルを除去する技術は重要です。マイクロスコープ下で破折片を確認し、超音波チップで周囲歯質を慎重に削除し、破折片を緩め、根管内から取り出す。これは現代の歯内療法において、確かに重要な臨床技術の一つです。
しかし、破折ファイル症例で最初に問うべきことは、除去テクニックそのものではありません。
その破折片の根尖側に感染が残っているのか。
その破折片は清掃・形成・洗浄・貼薬・根管充填を妨げているのか。
バイパスによって根尖側へのアクセスを回復できるのか。
除去操作によって失う象牙質量は、その歯の長期予後に許容される範囲なのか。
破折ファイルは、単なる「根管内異物」ではありません。感染制御と歯質保存が衝突する場面です。ここを誤ると、破折片を除去できたにもかかわらず歯を弱くする、という本末転倒が起こります。
破折ファイルは「金属片の問題」ではありません
根管内に金属片が残っているという事実は、術者にも患者さんにも強い心理的インパクトを与えます。紹介症例でデンタルやCBCTに破折片が写っていれば、どうしても「この金属片をどうするか」という話になりがちです。
しかし、根尖性歯周炎の主因は金属片そのものではなく、根管内感染です。破折ファイルが存在することと、その歯が治癒しないことは同義ではありません。
問題は、破折片の根尖側に何が残っているかです。
生活歯の根管形成中、比較的清潔な環境で、すでに根尖側の清掃・形成がある程度進んだ段階で破折したのか。感染根管の再治療で、旧根充材、壊死組織、感染象牙質、バイオフィルムが根尖側に残ったまま破折したのか。初期穿通やグライドパス形成前に破折し、根尖側がほぼ未処置領域として残ったのか。
同じ「破折ファイル」でも、臨床的意味は全く異なります。
破折片を見た瞬間に「異物だから除去」と考えるのは、歯内療法の生物学を単純化しすぎています。破折片は感染源そのものなのか、感染制御を妨げる障害物なのか、それとも感染制御が成立した根管内に封鎖され得る偶発所見なのか。この区別ができなければ、破折ファイル症例の判断は成立しません。

破折はゼロにできる事故ではなく、ゼロに近づけるべき偶発症です
NiTiファイルの登場によって、彎曲根管への追従性は大きく向上しました。一方で、NiTiファイルは塑性変形を視認しにくく、疲労破折が突然起こるという問題を抱えています。
国内の臨床使用データでは、昭和大学歯科病院歯内治療科で2012年4月から2015年3月までの3年間に廃棄されたNiTiファイル647本のうち、器具破折は26本、破折率は4.0%でした。26本の破折のうち17本、65.4%は先端径0.35mm・0.06テーパーのファイルでした。また、5回使用以降の破折が14本、53.8%を占める一方で、初回使用時にも5本の破折が認められています。
このデータから読み取るべきことは、「使い回したから折れた」という単純な話ではありません。使用回数が増えれば破折リスクは高まります。しかし、初回使用でも破折は起こります。根管形態、彎曲、狭窄、石灰化、グライドパスの有無、トルク、ファイルの食い込み、術者の操作、器具の特性が複合して破折に至ります。
もちろん、破折予防は徹底すべきです。無理な根管形成、グライドパス不十分な状態でのロータリーファイル使用、過剰な押し込み、同一ファイルの過使用、根管内での不用意なブラッシングモーションは避けるべきです。使用回数管理、トルクコントロール、潤滑、洗浄、ファイル刃部の確認も当然必要です。
しかし、それでも破折リスクを完全にゼロにはできません。したがって、破折後の判断が重要になります。
破折を起こしたこと自体よりも、破折後に焦って深追いし、穿孔、根尖孔破壊、歯質過剰削除、根尖外押し出しを起こすことの方が、その歯の予後を決定的に悪化させる場合があります。
破折片保持の予後データをどう読むか
破折ファイルが残った歯は、本当に予後が悪いのでしょうか。
Spiliらのケースコントロール研究では、破折ファイル保持症例の治癒率は91.8%、対照群は94.5%であり、統計学的な有意差は認められていません。Panitvisaiらのシステマティックレビュー/メタ解析では、2つのケースコントロール研究、計199症例が対象となり、破折片保持歯の加重平均治癒率は91%、統合リスク差は0.01でした。つまり、破折片が残っているという事実だけで、治癒を大きく阻害すると断定する根拠は強くありません。
ただし、この数字を「破折ファイルは残しても問題ない」と読むのは危険です。
同じPanitvisaiらのレビューでは、術前に根尖病変が存在した症例では80.7%が治癒したのに対し、術前に根尖病変がなかった症例では92.4%が健康状態を維持したとされています。ここで重要なのは、破折片の有無よりも、術前病変の有無、すなわち根管内感染がどの程度存在していたかです。
破折ファイルがあるから治らないのではありません。感染制御が成立していないから治らないのです。
この順番を間違えると、臨床判断が歪みます。破折片を除去することが目的化し、本来の目的である根管内感染の制御が後退します。
除去すべき破折ファイルとは、「そこにある金属片」ではありません。根尖側の清掃・洗浄・貼薬・根管充填を妨げ、感染制御を遮断している破折ファイルです。
この点は、根尖性歯周炎や根管内感染をどう考えるかという問題と直結します。
【根管内感染・根尖孔外バイオフィルム・嚢胞性病変の臨床整理】
位置診断を曖昧にしたまま除去を語るべきではありません
破折ファイル症例で最初に評価すべきなのは、破折片の位置です。
歯冠側1/3にあるのか。中間1/3にあるのか。根尖側1/3にあるのか。湾曲の手前なのか、湾曲部なのか、湾曲を越えた先なのか。根尖孔外に一部逸出しているのか。
この位置診断によって、除去の難易度、バイパスの可能性、必要な歯質削除量、穿孔リスクが大きく変わります。
東京歯科大学の臨床Q&Aでは、歯冠側1/3での破折は除去しやすく、根管の彎曲点より手前の破折は除去可能性が高い一方、Hファイルはリーマーやレンツロと比較して不利であると整理されています。これは臨床感覚としても納得できます。歯冠側や直線的にアクセスできる部位の破折片と、根尖側・湾曲部・湾曲を越えた位置の破折片では、同じ破折ファイルでも全く別の症例です。
根尖側1/3や湾曲を越えた位置の破折片を除去しようとすると、多くの場合、直線化、ステージング、破折片断端の露出、超音波チップの挿入スペース確保が必要になります。これは金属片だけを取る処置ではなく、周囲の象牙質を犠牲にしてアクセスを作る処置です。
特に大臼歯近心根、樋状根、彎曲外側、分岐部側、歯頸部象牙質の菲薄な症例では、破折片に近づくほど保存に必要な歯質を失っていきます。根管内の問題を解決しようとして、歯根そのものの構造的予後を壊すことがあります。

形成段階が違えば、破折ファイルの意味も違います
破折位置と同じくらい重要なのが、破折が根管形成のどの段階で起きたかです。
すでにworking lengthまで穿通し、グライドパスが確保され、洗浄も進んだ段階で折れたのか。あるいは、初期穿通前、根尖側が未処置の状態で折れたのか。再根管治療で、旧根充材や感染性内容物を十分に除去する前に折れたのか。
根管形成の終盤で、根尖側の処置が概ね成立した後に破折した場合、破折片を残しても予後への影響は限定的かもしれません。一方、感染根管の初期段階で破折し、破折片の根尖側が未処置領域として残った場合、その破折片は感染制御の障害物になります。
ここで「生活歯か失活歯か」「術前病変があるか」「破折片の根尖側へ到達する必要があるか」を分けて考えなければなりません。
生活歯で、感染負荷が低く、根尖側処置が進んだ段階で破折した症例と、失活歯・再治療歯・根尖病変あり・根尖側未処置の症例を、同じ「破折ファイル」として扱うべきではありません。
破折ファイルの臨床的重みは、破折片の存在ではなく、破折片の先に未処置感染領域が残っているかどうかで決まります。
視認性は操作性ではなく、方針決定因子です
破折片が見えるかどうかは、除去の難易度を左右するだけではありません。治療方針そのものを左右します。
Nevaresらの前向き臨床研究では、112本の破折器具に対し、除去またはバイパスの総成功率は70.5%でした。さらに、破折片が視認できる群では成功率85.3%であったのに対し、視認できない群では47.7%まで低下しています。これは非常に重要な数字です。
「見えるかどうか」は、単なる見やすさの問題ではありません。
見える破折片は、除去するにしても、バイパスするにしても、戦略を立てられます。破折片の断端、周囲歯質、根管壁との関係、超音波チップの当て方、削除してよい範囲を確認できます。
一方、見えない破折片に対する操作は、推測の割合が増えます。推測で超音波チップを進めれば、削っているのが破折片周囲の安全域なのか、根管壁なのか、分岐部側なのか、術者自身も分からなくなります。これが危険です。
マイクロスコープを使う意味は、見えないものを無理に取ることではありません。見える範囲、見えない範囲、削ってよい範囲、削ってはいけない範囲を判別することです。
除去を積極的に検討すべき症例
破折ファイル除去が合理的になるのは、除去によって根管治療の質が明確に改善し、かつ除去操作による歯質喪失が許容範囲に収まる場合です。
破折片が歯冠側から中間部に存在し、マイクロスコープ下で断端を視認でき、比較的直線的なアクセスが可能で、除去のために大きな歯質削除を必要としない症例では、除去を積極的に検討できます。
感染根管で、破折片の根尖側に未処置領域が明らかに残っている場合も同様です。根尖病変があり、破折片が清掃・洗浄・貼薬・根管充填の障害になっているなら、その破折片は単なる偶発所見ではなく、治癒を妨げる構造的障害になり得ます。
ただし、ここで重要なのは、除去の目的です。
目的は「金属片を取ること」ではありません。目的は「根尖側の感染制御を回復すること」です。
破折片を除去できても、根管壁を過剰に削除し、穿孔を作り、歯頸部象牙質を失い、補綴後の垂直性歯根破折リスクを上げたなら、その処置は成功とは言えません。
除去成功とは、破折片が根管外へ出たことではありません。除去後に、根管形成、洗浄、根管充填、歯冠側封鎖、補綴、咬合、メインテナンスまで含めて、その歯の長期予後が改善することです。

バイパスは除去失敗の言い換えではありません
破折ファイル症例で過小評価されやすいのが、バイパスです。
バイパスは「取れなかったから仕方なく行う処置」ではありません。破折片を残したままでも、根尖側への清掃・形成・洗浄・貼薬・根管充填を可能にするなら、バイパスは極めて合理的な選択肢です。
特に、破折片が根尖側1/3、湾曲部、湾曲を越えた位置にある場合、除去のために破折片上部まで根管を直線化し、周囲歯質を削除して断端を露出させる必要があります。その操作が大きすぎる場合、除去の利益よりも歯質喪失の害が上回ります。
一方、バイパスによって根尖側へのアクセスが回復できれば、破折片を完全に除去しなくても、根管治療の主目的である感染制御を進めることができます。
臨床上の勝敗は、「破折片を取れたか」ではありません。「根尖側の感染制御を回復できたか」です。
バイパスできた症例で、さらに破折片除去に固執する必要があるかどうかは慎重に考えるべきです。破折片を残しても根尖側の清掃・洗浄・封鎖が成立しているなら、除去による追加利益は小さい可能性があります。むしろ、追加の除去操作による歯質削除の方が長期予後に不利に働く場合があります。
バイパスは敗北ではありません。感染制御の主導権を取り戻すための、積極的な臨床判断です。

経過観察は「放置」ではなく、成立条件を満たした治療方針です
破折ファイルを残して経過観察することもあります。ただし、それは「取れないから様子を見る」という曖昧な判断であってはいけません。
経過観察が成立するのは、根尖病変がない、症状がない、破折片の根尖側に感染制御上の大きな問題がない、根管充填と歯冠側封鎖が適切に行える、除去やバイパスのリスクが利益を上回る、という条件が重なった場合です。
術前に根尖病変がなく、生活歯または感染負荷の低い症例で、形成・洗浄がある程度成立した後に根尖側で破折した場合、無理に除去を追求しない判断は十分にあり得ます。
一方で、根尖病変がある、瘻孔がある、排膿がある、疼痛が続く、破折片の根尖側が未処置である、根管充填が破折片の手前で不十分に終わる、歯冠側封鎖が甘い。このような症例で「経過観察」と称するのは、単なる問題の先送りになり得ます。
ここで区別すべきなのが、entombmentの考え方です。感染制御が成立した状態で破折片を根管内に封鎖することと、感染源を残したまま閉じ込めることは違います。前者は臨床判断になり得ますが、後者は治癒不全の温床になり得ます。
経過観察とは、何もしないことではありません。破折位置、根尖病変の有無、症状、根管充填の状態、歯冠側封鎖、補綴計画、フォロー間隔を明確にした上で選択する治療方針です。
マイクロスコープと超音波は有効ですが、万能ではありません
現在、非外科的な破折ファイル除去の中心は、マイクロスコープと超音波です。破折片を視認し、周囲歯質を慎重に削除し、超音波振動を破折片に作用させ、根管壁から遊離させる。これは非常に有効な方法です。
国内の報告でも、マイクロスコープ下で超音波機器を用いた破折片除去は有用とされています。2001年から2011年までの10年間に、開業医から日本歯科大学新潟病院へ紹介され、マイクロスコープ下で超音波機器を用いて除去を試みた18名、20破折片の検討では、破折位置、破折器具の種類、視認性、根尖孔外逸出の有無が難易度に関与していました。
この報告では、破折片上部まで根管を40号まで拡大し、根管を直線化し、必要に応じて切縁や咬頭を切削して歯冠部歯質を犠牲にした上で、マイクロスコープ下に超音波チップを作用させています。1回の治療時間は30分を一単位として評価されています。
ここで注目すべきなのは、除去のために「直線化」と「歯質削除」が必要になっている点です。つまり、除去とは金属片だけを取り出す処置ではありません。破折片へ到達するために、根管内外の形態を変える処置でもあります。
同報告では、歯頸部1/3が5例、根管中央部が3例、根尖部1/3が8例、一部逸出例が3例で、Hファイルでは困難性が高く、根尖孔外へ破折片先端の一部が逸出していた症例では接触痛や打診痛を伴い長時間を要したとされています。一方、根管口側1/3や中央部の浅い症例では、接触後すぐに動揺し、15分以内に除去できた症例もあります。
この差こそが臨床です。
マイクロスコープがあるから取れる。超音波チップがあるから取れる。この考え方は危険です。
正しくは、マイクロスコープと超音波があるからこそ、どこまで追うべきか、どこで止めるべきかを判断できる、ということです。
除去操作が作る第二の偶発症を軽視してはいけません
破折ファイル除去で最も避けるべきなのは、破折という偶発症を、より大きな偶発症へ発展させることです。
破折片を追う過程では、根管壁の削除が避けられません。直線的アクセスを作るための歯質削除、破折片断端を露出させるためのステージング、超音波チップを作用させるためのスペース確保、破折片周囲の象牙質削除。これらはすべて、歯根の構造的強度を犠牲にします。
特に危険なのは、大臼歯近心根、分岐部側、彎曲外側、歯頸部象牙質、薄い根管壁、ポスト予定歯、残存歯質の少ない歯です。ここで破折片を深追いすれば、strip perforation、根管側方穿孔、根尖孔破壊、歯質菲薄化、将来的な垂直性歯根破折を招く可能性があります。
破折ファイル除去は、術者の技術を見せる処置ではありません。その歯を長く残すために、本当に除去すべきかを判断する処置です。
取れたことが成功なのではありません。取るために歯を弱くしたなら、その処置は長期的には失敗に近づきます。
この点は、パーフォレーション症例の判断とも重なります。破折片を追った結果、穿孔を作れば、問題は破折ファイルから歯根損傷へ移行します。

外科的歯内療法へ移行すべき症例
非外科的除去やバイパスに固執すると、判断を誤ることがあります。
非外科的に除去もバイパスも困難で、根尖病変が残る場合。破折片が根尖側にあり、根管内からのアクセスが歯質削除リスクを大きくしすぎる場合。根尖孔外に一部逸出している場合。既存ポストや補綴物の除去リスクが高く、根管内からの再治療が現実的でない場合。
このような症例では、外科的歯内療法を検討すべきです。根尖切除、逆根管形成、逆根管充填によって、非外科的に到達困難な根尖側感染源を処理できる場合があります。
ただし、外科も万能ではありません。歯根形態、病変の大きさ、歯周支持、根尖と解剖学的構造の位置関係、補綴設計、清掃性、咬合力まで含めて判断する必要があります。
再根管治療、外科的歯内療法、抜歯の分岐は、破折ファイル単独では決まりません。その歯が治療後に再修復され、咬合に参加し、長期的に機能できるかで決まります。
抜歯を含めて考えるべき症例
破折ファイルを除去できるかどうか以前に、歯としての保存価値が低い症例があります。
垂直性歯根破折が疑われる症例、広範な穿孔がある症例、歯根が極端に菲薄化している症例、残存歯質が補綴的に不十分な症例、重度歯周病変を伴う症例、分岐部病変が進行している症例、再治療してもフェルールや補綴設計が成立しない症例では、破折ファイル除去だけに集中すると治療目標を見失います。
破折ファイル症例の判断は、根管内だけで完結しません。保存修復、補綴、歯周、咬合、メインテナンスまで含めた、その歯全体の予後判断です。
治療可能な問題だけを見てはいけません。治療しても長期的に機能しない歯であれば、破折ファイル除去の成否は本質ではなくなります。
患者説明と記録を曖昧にしてはいけません
破折が生じた場合、術者が避けるべきことは、焦ってその場で無理に除去を続けることです。
東京歯科大学の資料でも、破折させた当日にそれ以上無理をして除去しようとせず、まずエックス線写真で破折小機器の位置と根管形態を確認し、マイクロスコープ下で断端や周囲歯質を観察する流れが示されています。超音波チップで破折片周囲の歯質削除と振動を加える際にも、根尖孔の開大やパーフォレーションを起こさないよう注意すべきとされています。
これは極めて実践的です。
破折当日に、視野も診断も不十分なまま超音波チップを進めれば、穿孔や根尖孔破壊を起こしかねません。まずはデンタル撮影を行い、必要に応じてCBCTを検討し、破折位置、根管形態、症状、根尖病変の有無、使用器具、破折時点、根管形成の進行状況を記録すべきです。
患者説明では、破折した事実を曖昧にしないことが重要です。その上で、除去、バイパス、経過観察、専門医紹介、外科的歯内療法、抜歯を含む選択肢と、それぞれの利益とリスクを説明します。
破折ファイル症例で信頼を失うのは、破折そのものだけではありません。説明不足、記録不足、無理な処置による二次的偶発症が、問題を大きくします。
歯科医師として重要なのは、破折をなかったことにすることではありません。破折後に、診断、説明、記録、紹介判断を含めて、臨床的に正しい軌道へ戻すことです。
また、破折ファイル症例は特殊な偶発症ではありますが、根管治療そのものの基本は、感染した根管を清掃・消毒し、再感染を防ぐように封鎖することにあります。当院で行っている根管治療の基本的な流れについては、こちらでも説明しています。
破折ファイル症例の意思決定
破折ファイルを見たとき、最初に問うべきことは「取れるか」ではありません。
まず、その破折片は根尖側の感染制御を妨げているかを考えます。根尖病変があるのか、症状があるのか、破折片の先に未処置感染領域が残っているのかを見ます。
次に、破折片の位置と視認性を評価します。歯冠側か、中間部か、根尖側か。湾曲部か、湾曲を越えた先か。根尖孔外に逸出しているか。マイクロスコープ下で断端が見えるか。見えるなら、除去またはバイパスの成功可能性は上がります。見えないなら、深追いのリスクが上がります。
次に、バイパスできるかを考えます。バイパスによって根尖側の清掃・洗浄・封鎖が成立するなら、破折片除去に固執する必要性は下がります。
その次に、除去によってどれだけ歯質を失うかを考えます。除去による利益が、歯質削除、穿孔、歯根破折リスクを上回るなら除去を検討します。利益が小さく、リスクが大きいなら、経過観察や外科的歯内療法を含めて再評価します。
そして最後に、その歯を残す価値があるかを見ます。根管内の問題だけを解決しても、補綴的に成立しない歯、歯周的に支持が乏しい歯、垂直性歯根破折が疑われる歯では、治療のゴールを見失ってはいけません。
破折ファイル症例の分岐は、除去、バイパス、経過観察の三択だけではありません。非外科的再治療、外科的歯内療法、意図的再植、抜歯までを含む、歯の総合的な予後判断です。
破折ファイルを診るとは、その歯の未来を診ることです
破折ファイル症例で問われるのは、器具を取る技術だけではありません。
どの症例で取るべきか。どの症例でバイパスを優先すべきか。どの症例で残して経過を追えるのか。どの症例で外科的歯内療法に移行すべきか。どの症例で抜歯を含めた再設計を考えるべきか。
この判断力こそが問われます。
破折片があるから治らないのではありません。感染制御が成立しないから治らないのです。
破折片を取ったから治るのでもありません。取る過程で歯質を失い、歯根を弱くすれば、その歯の長期予後はむしろ悪化します。
破折ファイルをどう考えるか。
その答えは、「取れるか」ではなく、「その歯にとって取るべきか」です。
根管内の金属片だけを見ているうちは、破折ファイル症例の本質は見えません。見るべきものは、その破折片の先に残る感染であり、除去操作で失われる歯質であり、最終的にその歯がどれだけ長く機能できるかです。
破折ファイルを診るとは、根管内の異物を診ることではありません。
その歯の未来を診ることです。
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