2026年9月23日

(歯科衛生士さんのある日の日誌)

はじめに
歯磨剤の売り場を見ていると、「ハイドロキシアパタイト配合」「nano-HAp配合」「歯の主成分に着目」といった表示を見かけることがあります。
患者さんからすると、こんな疑問が出てくるのではないでしょうか。
「ハイドロキシアパタイトが歯に近い成分なら、フッ素はもういらないの?」
「フッ素を使わない歯磨剤を選ぶなら、ハイドロキシアパタイトは代わりになる?」
「それなら、フッ素とハイドロキシアパタイトの両方が入っている歯磨剤が一番いいの?」
歯科衛生士として私も気になったので、今回はハイドロキシアパタイト歯磨剤について、試験管内の再石灰化研究だけではなく、実際に人が使用したランダム化比較試験(RCT)、systematic review、meta-analysisまで追ってみました。
最初に結論を少しだけ書いておきます。
ハイドロキシアパタイト(hydroxyapatite:HAp)は、「なんとなく歯によさそう」というだけの成分ではありません。
人を対象に虫歯の発生や進行を追ったRCTがあり、1400~1450 ppmFのフッ化物配合歯磨剤と直接比較した試験もあります。
ですから、現在では「HApには人での虫歯予防データがない」と言い切ることはできません。
ただし、ここからすぐに、
「ではフッ素をHApへ置き換えてしまえばよい」
とも言えません。
「HApに臨床研究がある」ことと、「フッ化物を完全に置き換えられるほどエビデンスが成熟している」ことは別だからです。
そして今回いろいろ調べていて、もう一つ面白いと思ったのが、「HApかフッ素か」という二者択一ではなく、HApを含むフッ素複合処方という考え方でした。
まず確認したい――比較相手の「フッ素」はどこまで証明されている?
HApを評価する前に、まず確認しておきたいことがあります。
何の代わりになろうとしているのかです。
フッ化物配合歯磨剤は、虫歯予防成分として非常に長い研究の歴史があります。
小児から成人まで多数のRCTやsystematic review、meta-analysisがあり、「歯の表面硬さが上がった」といった代替指標だけではなく、実際に新しい虫歯がどれだけ増えたかという臨床的なoutcomeまで調べられてきました。
日本でも2023年、日本口腔衛生学会、日本小児歯科学会、日本歯科保存学会、日本老年歯科医学会の4学会が、フッ化物配合歯磨剤の推奨される利用方法を示しています。
- 歯が生えてから2歳:900~1000 ppmF
- 3~5歳:900~1000 ppmF
- 6歳以上~成人・高齢者:1400~1500 ppmF
つまり、「HApとフッ素を比較した研究」と聞いたときにも、500 ppmFと比べたのか、1000 ppmFなのか、1450 ppmFなのかまで見なければ、本当の意味は分かりません。
1450 ppmFと歯磨剤中のカルシウム・リン酸系成分については、以前の「クリンプロF1450は“全部入り”だから強い?11段階で成分・研究・利益相反まで検証」でも詳しく取り上げています。
そもそもハイドロキシアパタイトとは?

ハイドロキシアパタイトは、カルシウムとリン酸を中心としたリン酸カルシウムの一種です。
理想的な化学式では、Ca10(PO4)6(OH)2と表されます。
私たちの歯のエナメル質や象牙質の無機質部分にもHApに近いアパタイト結晶が存在しています。
そのため「歯と同じ成分」と紹介されることがありますが、厳密には天然歯のアパタイトはさまざまなイオン置換を含む生体アパタイトです。
歯磨剤のHApも、削った歯を入れているという意味ではありません。人工的に調製されたHAp粒子です。
虫歯の初期段階では、酸によって歯からカルシウムやリン酸などのミネラルが失われる「脱灰」が起こります。
一方、唾液などからミネラルが歯へ戻る方向を「再石灰化」と呼びます。
脱灰と再石灰化そのものについては、「歯のエナメル質と再石灰化の仕組み」でも解説しています。
HApには、脱灰面への粒子沈着、Ca/P供給、微細な欠損への沈着、酸性環境でのミネラル供給源、歯垢内のCa/P reservoir、歯面への被膜形成など、複数の作用機序が考えられています。
ただし、ここで大切なのは、作用機序がもっともらしいことと、人の虫歯が実際に減ることは同じではないということです。
試験管の中ではHApは本当に再石灰化する?
この点については、かなり多くの研究があります。
人工的に脱灰させたエナメル質へHApを作用させ、表面硬さ、ミネラル量、lesion depth、microradiography、micro-CTなどで変化を測定した研究です。
HAp処理によって表面硬さやミネラル量が改善する研究は複数報告されています。
さらに、歯片を装置に取り付けて被験者の口腔内へ一定期間入れるin situ研究もあります。
こうした研究を合わせると、HApに初期脱灰面の再石灰化を助ける可能性があることについては、かなりの基礎的支持があります。
ただし、表面硬さが何%戻ったかという結果を、そのまま「人の虫歯が何%減る」と置き換えることはできません。
これは以前の「テオブロミンとフッ素の歯科研究」でも同じでした。
in vitroやin situは重要な研究ですが、ヒトの長期的な虫歯予防とは一段階違うエビデンスです。

HApは10%入っていればいい?
HAp研究を読んでいると、「10%」という数字がかなり頻繁に出てきます。
後で紹介する主要RCTでも10% HApが使われています。
基礎研究では、1%、5%、10%、15%など濃度を変えて再石灰化を比較したものがあり、一定範囲では濃度が高くなるほど改善する傾向が報告されています。
一方で、10%を超えても明確な上乗せが見られない実験もあります。
したがって、「10%が臨床的な最適濃度」「10%未満では意味がない」という基準は確立していません。
市販歯磨剤では、HAp濃度だけでなく、粒径、結晶性、表面積、pH、研磨剤、界面活性剤、他のカルシウム・リン酸化合物、フッ化物の有無なども結果へ影響します。
nano-HApなら、普通のHApより強い?
「nano-hydroxyapatite」という言葉もよく見かけます。
粒子が小さければ表面積が増え、微細な脱灰部へ接触しやすくなる――。材料科学的には納得しやすい考え方です。
しかし、nano-HApの方がmicrocrystalline HApより、人の虫歯を強く予防することが臨床的に証明されたわけではありません。
むしろ、これから紹介する主要な非劣性RCTにはmicrocrystalline HApを用いた研究があります。
「nanoだから上位版」と単純に考えるのはまだ早そうです。
ここからが本題――人がHAp歯磨剤を使ったらどうだった?
HApには基礎研究だけでなく、人を対象にしたRCTがあります。
特に重要なのが、固定式矯正患者、小児、成人を対象にした3つの試験です。

2019年:固定式矯正患者――10% HAp vs 1400 ppmF
2019年のSchlagenhaufらのRCTでは、固定式矯正治療中で虫歯リスクの高い患者150人が登録されました。
比較したのは、フッ素無配合・10% microcrystalline HAp歯磨剤と、1400 ppmFのフッ化物配合歯磨剤です。
約6か月後、ICDAS 1以上のエナメル質病変が増加した割合はITT解析で、HAp群56.8%、フッ化物群60.9%でした。
PP解析でもHAp群54.7%、フッ化物群61.6%でした。
研究で設定された20 percentage pointsの非劣性マージンを満たし、HAp歯磨剤は1400 ppmF歯磨剤に対して非劣性と判定されました。
ただし、この試験には重要な注意点があります。
当初はICDAS 2以上の病変発生を主要評価項目とする予定でした。
ところが、試験終了後の盲検下集計で、ICDAS 2以上の全体発生率が当初想定より低いことが判明したため、群別割付を開示する前に主要評価項目をICDAS 1以上へ変更しています。
主要評価項目の変更は、研究を読むうえで無視できません。
一方で、「HAp群の結果を見てから有利になるよう変更した」と断定できるものでもありません。群別結果を開示する前の変更と報告されています。
またPP解析における実際の群間差はHAp側に6.2 percentage points、片側95%信頼区間の上限も約8.3 pointsで、20 pointsの非劣性境界からはかなり離れていました。
したがって私は、「endpoint変更という注意点はある。ただし、それだけで非劣性結果を無効とはできない」と読むのが妥当だと思います。
なお、この試験はDr. Kurt Wolff社から資金提供を受けています。
2021年:小児――10% HAp vs 500 ppmF
2021年には、乳歯列の子どもを対象にした1年間のRCTが報告されました。
ITT解析対象は207人。
比較したのは、フッ素無配合・10% microcrystalline HAp歯磨剤と、500 ppmFのamine fluoride歯磨剤です。
ICDAS 1以上の虫歯増加が見られた割合は、HAp群72.7%、フッ化物群74.2%でした。
片側95%信頼区間の上限は約9.8%で、事前設定した20%の非劣性マージンを下回りました。
この研究でもHApは非劣性と判定されています。
しかし、ここは非常に重要です。
比較対象は500 ppmFでした。
現在の日本では、歯の萌出から5歳までは900~1000 ppmFが推奨されています。
さらに研究では朝・昼・夜の1日3回、研究用歯磨剤を使用しています。
したがって、
「子どもではHApが現在の1000 ppmF歯磨剤と同等だった」
とは言えません。
この研究から直接言えるのは、「この使用条件では、10% microcrystalline HApが500 ppmF歯磨剤に対して非劣性だった」までです。
この研究もDr. Kurt Wolff社の資金提供を受けています。
2023年:成人189人・18か月――10% HAp vs 1450 ppmF
HAp側にとって特に重要なのが2023年の成人RCTです。
成人189人をITT解析へ含め、10% HAp歯磨剤と、1450 ppmF NaF歯磨剤を18か月比較しました。
この試験の長所の一つは、有効成分以外の処方をできるだけそろえて比較していることです。
市販完成品同士を比べる研究では、研磨剤や界面活性剤など他の違いも混ざります。この研究はHApとNaFの違いを比較的見やすい設計でした。
主要評価項目は、DMFS――虫歯、喪失、充填された歯面の指標が増加しなかった人の割合です。
PP解析では、HAp群89.3%、1450 ppmF群87.4%でDMFS増加なし。
非劣性マージンは20 percentage pointsでしたが、片側95%信頼区間の上限は約6.84%。ITT解析でも上限は約5.68%でした。
つまり、「20%まで悪くても非劣性」という境界ぎりぎりで成立したわけではありません。
この点はHAp側に公平に評価すべきです。
この研究があるため、「HApは低濃度フッ素としか比較されていない」という批判は現在では正しくありません。
一方、この試験も完全にメーカーから独立した研究ではありません。
研究資金にはDr. Kurt Wolff社と大学が含まれ、著者のうち3人が同社社員でした。
したがって、研究デザインとして非常に興味深い結果である一方、独立した研究グループによる再現も見ていきたいという位置づけになります。

「非劣性だった」=「完全に同じ」ではない
ここまで3つのRCTで「非劣性」という言葉が出てきました。
非劣性試験は、「完全に同じ効果だと証明する試験」ではありません。
簡単に言えば、研究を始める前に、
「これ以上悪ければ、代替品としては認めない」
という境界を決めます。
それがnon-inferiority margin、非劣性マージンです。
主要なHAp試験では20 percentage pointsというマージンが使われています。
ですから、「非劣性だった=数学的に完全同一」ではありません。
一方で、今回紹介した試験では実際の群間差や信頼区間が20ポイントの境界に迫っていたわけでもありません。
そのため、「20%というマージンだから全部意味がない」と切り捨てるのも適切ではありません。
見るべきなのは、比較相手、非劣性マージン、実際の群間差、信頼区間、ITTとPP解析の整合性です。
さらに通常の比較研究で、P>0.05だったことを「同じ効果が証明された」と読み替えることもできません。
メタ解析ではHApとフッ素に差があった?
単発のRCTだけでなく、複数研究をまとめたsystematic review / meta-analysisも出ています。
2025年のChatzidimitriouらのsystematic review / meta-analysisでは、25歳未満を対象にHAp歯磨剤とフッ化物歯磨剤を比較した研究を検索しました。
68報が候補となり、最終的に4研究が条件を満たしました。
新規う蝕・既存病変の進行について、
- Risk Ratio:0.98(95%CI 0.85–1.12)
- Odds Ratio:0.90(95%CI 0.57–1.42)
で、HApとフッ化物の間に統計学的な有意差は検出されませんでした。
著者らはknown competing financial interests or personal relationshipsはないと申告しています。
この結果はHApにとって心強いものです。
ただし同時に重要なのが、68報見つかっても、meta-analysisへ入れられた比較研究は4研究だったということです。
「成績が似ている」と「証拠の厚みが同じ」は別
ここまで読むと、「RCTでも非劣性」「meta-analysisでも有意差なし」なら、もうフッ素と同じと考えてよいようにも思えます。
でも、ここは分けて考えたいところです。
1本のRCTで結果が近いことと、研究体系全体の確かさが同じことは違います。
フッ化物歯磨剤には、何十年もの研究歴、多数のRCT、多様な国・年齢・虫歯リスク、複数濃度での検証、systematic review / meta-analysis、長期う蝕発生データがあります。
一方、2026年のfluoride-free歯磨剤に関するscoping reviewでは122研究が整理されましたが、その多くは実験室研究、mechanistic study、短期的なsurrogate outcomeでした。
その中でHApはfluoride-free候補の中では最も一貫したエビデンスを持つと評価されながらも、小児の長期う蝕予防についてフッ化物と同等のエビデンス量には達していないと整理されています。
2026年時点のHApを表すなら、
有望で、臨床試験もある。しかし、フッ化物と同じ厚さの証拠がそろったとはまだ言いにくい。
という表現が一番近いと思います。
レビューによってHApへの評価が違うのはなぜ?
HApについては、reviewによって結論の温度差があります。
2024年のupdated systematic review / meta-analysisはHApを比較的積極的に評価しています。
一方、2026年のscoping reviewはHApをfluoride-free候補として高く評価しながらも、長期的な臨床エビデンスについては慎重です。
一つの理由は、何を「十分な証拠」とみなすかです。
- 再石灰化
- in situ
- White Spot Lesion
- 初期病変
- plaque関連指標
- 実際の新規う蝕発生
どこまでを重視するかで、結論の強さは変わります。
もう一つが利益相反です。
2024年のupdated reviewでは著者2人がDr. Kurt Wolff社のsenior scientistで、全著者が同社からtravel grantを受けたことが開示されています。
だからといって研究を無効にする必要はありません。
ただし、研究デザイン、結果、資金源、社員著者、製品提供、独立再現を分けて確認する必要があります。
HApは虫歯菌を殺している?
HApについては、「細菌を吸着する」「歯垢をつきにくくする」といった説明もあります。
短時間のin situ研究では、HAp使用後に歯面への初期細菌付着が減った研究があります。
この結果から、HAp粒子が細菌を吸着したり、歯面への初期付着を妨げたりする可能性が考えられています。
しかし、48時間成熟させたbiofilmを評価した別の研究では、5% HApで十分なbiofilm抑制がみられず、CHXのような明確な抑制効果は確認されませんでした。
つまり、初期付着への作用と、成熟biofilmを抑える持続的抗菌作用は分けて考える必要があります。
「HApは虫歯菌を殺菌する成分」と表現するのは、現時点では強すぎます。
ここまで「HApかフッ素か」で考えてきたけれど……
ここまでずっと、HAp対フッ素という形で研究を見てきました。
でも調べている途中で、もう一つ疑問が出てきました。
この二つ、本当にどちらか一方に決める必要があるのでしょうか。
フッ化物には非常に厚い虫歯予防エビデンスがあります。
HApにも再石灰化を支持する研究や、少数ながらヒトRCTがあります。
そこで研究されているもう一つの方向が、HApを含むフッ素複合処方です。

HApを含むフッ素複合処方を610人・24か月追ったRCT
2022年、Cagettiらは4~5歳と6~7歳の子ども610人を対象に、24か月間のtriple-blind RCTを報告しました。
若年群では表示上1000 ppmF相当、年長群では1450 ppmF相当のHAF複合処方を、それぞれ同じ表示フッ素濃度の対照歯磨剤と比較しています。
ただし、ここは非常に重要です。
これは「同じ通常フッ素歯磨剤にHApだけを足した」試験ではありません。
対照はNaMFPを用いたフッ化物歯磨剤である一方、HAF群はfluoride-substituted hydroxyapatiteを含む複合処方で、さらにMg、Sr、carbonate置換HApやchitosan matrixなどを含んでいました。
つまり、表示上のフッ素濃度はそろえていても、フッ化物の供給形態と製剤全体が異なります。
そのため、この試験を、
「通常のフッ素歯磨剤にHApだけを追加すると、虫歯予防効果が上乗せされることを証明した」
と読むことはできません。
直接言えるのは、同じ表示フッ素濃度で、HApを含むHAF複合処方がNaMFP対照処方より良好な結果を示したということです。
参加者は研究用歯磨剤で2分間、1日3回磨きました。
610人中518人が24か月試験を完遂しています。
24か月後の重度う蝕増加は乳歯列で、4~5歳群ではHAF群0.18、対照群0.27、6~7歳群ではHAF群0.16、対照群0.30でした。
永久歯列でも、初期病変・重度病変の増加がHAF群で少ない方向の結果でした。
これは非常に興味深い臨床シグナルです。
一方、現在の日本のフッ化物配合歯磨剤の利用方法は、就寝前を含め1日2回が基本です。
研究では1日3回・2分間使用しているため、実生活へそのまま同じ効果量を当てはめることもできません。

論文が3本あっても、独立RCTが3回行われたとは限らない
この610人の研究系列からは、その後も複数の論文が発表されています。
2024年にはplaque pHやう蝕関連細菌、2025年にはactive caries lesionがinactiveへ変化する割合などが報告されました。
どれも意味のある追加解析です。
ただし、論文が3本あるから、別々の患者集団で3回再現されたわけではありません。
同じ610人を起点とする研究系列です。
論文数と、独立した患者集団の数は分けて考える必要があります。
「HAp+フッ素」なら、自動的に両方の良さを取れる?

ここも単純ではありません。
HApはカルシウムを含む化合物です。
一方、フッ化物歯磨剤では、実際に利用できる形のフッ化物がどれだけ存在するかが重要です。
カルシウム系成分とフッ化物は、製剤条件によって反応し、不溶性の化合物を形成することがあります。
その結果、表示されているtotal fluorideと、実際に測定されるsoluble / bioavailable fluorideが一致しないことがあります。
実際、一部のHAp+F市販歯磨剤を分析した研究では、製品によって利用可能なフッ化物量に差があり、カルシウムとの相互作用が関係した可能性が指摘されています。
ただし、この製剤分析から、その製品を使った人の虫歯が増えたことまで証明されたわけではありません。
ここから言えるのは、HApとフッ素を同じチューブに入れれば、自動的に相乗効果になるわけではなく、製剤設計が重要ということです。
この点は、以前取り上げたクリンプロF1450のfTCPにも通じます。
Ca/P系成分とフッ化物をどう共存させるか自体が、歯磨剤の製剤技術なのです。
日本ではHAp歯磨剤の研究は意外と古い
HAp歯磨剤は最近突然登場したものではありません。
日本では1989年、小学4年生181人を約3年間追跡した研究が報告されています。
5%合成HAp配合歯磨剤群では、HApを含まない対照歯磨剤群と比較し、新規う蝕が少ない方向の結果が得られました。
HApのヒトでの抗う蝕作用を考えるうえで興味深い歴史的研究です。
ただし、比較相手は現在標準的な1000~1500 ppmF歯磨剤ではありません。
「日本で3年間の研究がある」ことと、「現在の1450 ppmFと同等だった」ことは別です。
「ハイドロキシアパタイト」は一種類ではない
一口にHApといっても、研究ではかなり異なる材料が使われています。
- synthetic HAp
- microcrystalline HAp
- nano-HAp
- 5% HAp
- 10% HAp
- 20% HAp
- fluoride-substituted HAp
- Mg-substituted HAp
- Sr-substituted HAp
- carbonate-substituted HAp
さらに市販歯磨剤では、HAp以外にも多数の成分が入っています。
ですから、「HApを使った論文がある」から「HApと書いてあるすべての商品に同じ研究結果が当てはまる」わけではありません。
White Spot Lesionには?
固定式矯正中・矯正後に見られる白い脱灰病変、White Spot Lesion(WSL)についてもHAp研究があります。
nano-HAp歯磨剤とフッ化物歯磨剤を比較し、病変面積やDIAGNOdent値の変化を見たRCTがあります。
また、1450 ppmF歯磨剤とbiomimetic HAp歯磨剤を比較した臨床研究もあります。
初期脱灰やWSLは、HApで比較的研究が集まっている領域です。
ただし、白斑の面積や蛍光値の改善と、何年間も新しい虫歯ができなかったことは別のoutcomeです。
MIHや根面う蝕では?
HApについては、MIH(Molar Incisor Hypomineralization:臼歯・切歯低石灰化)や根面う蝕を想定した研究もあります。
MIHエナメル質を用いたin situ研究では、HApと1450 ppmF双方でミネラル増加が見られた研究があります。
根面う蝕についても、HApやHAp+フッ化物を用いたpH cyclingや材料研究があります。
ブランで集めてきた国内資料にも、微粒子HApとフッ化物を組み合わせ、象牙質表面の被膜形成、象牙細管閉鎖、脱灰深度、ミネラル喪失などを調べた基礎研究があります。
こうした研究は、HApとフッ化物を組み合わせた材料系が作用し得ることを考えるうえでは面白い資料です。
ただし、高齢者へ数年間使ってもらい、実際の根面う蝕が何本減ったかを調べた長期RCTとは違います。
「再石灰化するなら酸蝕症にも強い」は同じ話ではない
虫歯では、歯垢中の細菌が糖を利用して酸を作り、その酸によって歯が脱灰します。
一方、酸蝕症では、酸性飲料、食品中の酸、胃酸などが直接歯面へ作用します。
同じ「酸で歯が溶ける」現象に見えても、条件は違います。
HApに再石灰化研究があるからといって、酸蝕症にも同じように強いとは限りません。
実際、erosion / abrasionモデルでは、HAp単独・HAp+F製剤がすべて強い歯質保護効果を示したわけではなく、条件によってはnegative controlとの差が見られなかった研究もあります。
う蝕、初期脱灰、WSL、酸蝕症は分けて評価する必要があります。
nano-HApの安全性は?
「nano-HAp」と聞くと、「ナノ粒子は危なくないの?」と心配になる方もいるかもしれません。
EUのScientific Committee on Consumer Safety(SCCS)は2025年、一定の物性条件を満たすnano-HApについて安全性評価を更新しました。
指定された仕様のnano-HApについて、歯磨剤では最大29.5%、洗口液では最大10%まで安全と評価しています。
ただし、これはすべてのnano-HApに無条件で適用される結論ではありません。
対象となったのは一定仕様のrod-shaped、非被覆・非表面修飾のnano-HApで、needle-shaped particleなどへそのまま適用することはできません。
つまり、「nanoだから危険」でも、「HApならどんなナノ粒子でも全部同じ安全性」でもありません。
さらに、安全に使える濃度と、虫歯予防に最も有効な濃度は別問題です。
29.5%まで安全と評価されたからといって、29.5%が一番よく虫歯を防ぐという意味ではありません。
では歯科衛生士として、どう考える?
一般的な虫歯予防を目的にする場合
現在の日本では、年齢に応じたフッ化物配合歯磨剤が明確に推奨されています。
HApにも臨床試験がありますが、「HApが入っているから」という理由だけで、確立したフッ化物を外す積極的な理由は現時点では乏しいと考えます。
6歳以上であれば、1400~1500 ppmFという現在の推奨をまず基本として考えるのが自然です。
HApにも興味がある場合
HApを選択肢に入れること自体は十分ありだと思います。
特に、HApを含むフッ素複合処方には興味深い臨床シグナルがあります。
ただし、現在の610人RCTはHAp単独の上乗せ効果を分離した試験ではありません。
そのため、「HApをフッ素へ足せば必ずさらに強くなる」とはまだ言えません。
見るべきなのは、HApの種類・濃度、フッ化物濃度・化合物、他のCa/P成分、製剤設計、そして研究された製品そのものかどうかです。
フッ素を使いたくない場合
HApについては、以前よりかなり言えることが増えています。
HApを「科学的根拠のない代用品」と扱うのは正確ではありません。
固定式矯正患者、小児、成人でフッ化物歯磨剤と比較したRCTがあります。
1450 ppmFと真正面から比較した成人18か月RCTもあります。
systematic review / meta-analysisもあります。
したがって、フッ素無配合歯磨剤を希望する場合、HApは科学的に検討できる候補の一つです。
ただし、フッ化物と同じ量・長さ・多様性の臨床研究が蓄積しているわけではないことも含めて選択する必要があります。
虫歯リスクが高い人は、自己判断でフッ素を外さない方がよい
- 固定式矯正中
- 口腔乾燥が強い
- 過去の虫歯経験が多い
- 短期間に新しい虫歯を繰り返している
- 歯根が露出している
- 根面う蝕リスクが高い
- セルフケアが難しい
こうした場合は、「HAp入りだから大丈夫」という成分名だけで決めず、虫歯リスク、唾液、食生活、歯磨き状況、フッ化物濃度、定期管理まで含めて考えた方がよいでしょう。

歯磨剤を見るとき、「HAp入り」だけで決めない
今回さまざまな論文を読んで、患者さんにもぜひ知っていただきたいと思ったのはここです。
- フッ化物が入っているか
- 何ppmFか
- HApはどの種類か
- nanoかmicroか
- HAp濃度は公開されているか
- 論文で使われた製品と同じ処方なのか
- 比較相手のフッ素濃度はいくつか
- in vitroなのか、in situなのか、ヒトRCTなのか
- 何か月・何年追跡したのか
- 独立した研究グループで再現されているか
もちろん、歯磨剤を買うたびに論文を全部読む必要はありません。
ただ、「HAp配合」という一言だけでは、科学的にはまだ情報が足りないということは知っておいて損はないと思います。
結局、ハイドロキシアパタイトはフッ素の代わりになる?
今回の調査を整理すると、かなりはっきり言えることがあります。
- HApには再石灰化を支持する基礎研究がある
- ヒトで虫歯の発生・進行を追ったRCTもある
- 1400 ppmFと比較した矯正患者RCTがある
- 500 ppmFと比較した小児RCTがある
- 1450 ppmFと比較した成人18か月RCTがある
- 2025年のSR/MAでもHApとフッ化物の明確な差は検出されなかった
したがって、「HApには虫歯予防の臨床エビデンスがない」とは現在では言えません。
一方で、「フッ化物と完全に同じだけ証明されている」ともまだ言いにくい状態です。
フッ化物には、はるかに多い臨床試験、長い研究期間、多様な年齢・リスク集団、複数の独立した研究グループによる再現、長期う蝕発生データがあります。
2026年時点では、HApはfluoride-free歯磨剤の中では特に有望な候補だが、フッ化物と同じ厚みのエビデンス体系に到達したとはまだ言えない、という整理が最もバランスがよいと思います。

私が今回一番注目したのは「代わり」より「併用の可能性」
今回、最初は「HApはフッ素の代わりになるか?」を調べるつもりでした。
しかし論文を追っていくと、私はむしろ、確立したフッ化物を残しながら、HApを含む複合処方にどこまで追加価値があるのかという方向が興味深くなりました。
フッ化物には非常に強い長期虫歯予防エビデンスがあります。
HApにも、再石灰化を支持する研究とヒトRCTがあります。
610人・24か月RCTでは、HApを含むフッ素複合処方に興味深い臨床シグナルが出ています。
ただし、その試験はHApだけを通常のフッ素歯磨剤へ追加した比較ではないため、HAp単独の「上乗せ効果」としてはまだ分離できていません。
今後必要なのは、
- 通常のフッ化物処方へHApだけを追加した比較
- 独立した研究グループによる再現
- 異なるHAp処方・異なるメーカーでの検証
- 成人・高齢者・高う蝕リスク者での検証
- より長期間の追跡
- 製品中のsoluble / bioavailable fluoride評価
です。
2026年時点では、「HApかフッ素か」という二択より、まず確立したフッ化物をどう使うかを考え、そのうえでHApを含む製剤にどこまで追加価値があるのかを製品単位で検証していく段階と考えるのが、私は一番しっくりきました。
歯磨剤のパッケージには、「HAp配合」「フッ素配合」という短い言葉しか書かれていません。
でも、その後ろには、濃度、粒径、製剤設計、RCT、非劣性マージン、研究期間、利益相反、独立再現性といった、かなり多くの情報があります。
「何が入っているか」だけでなく、「その成分についてどこまで分かっていて、どこから先はまだ分からないのか」。
歯磨剤を選ぶときには、そこまで一緒に見ていきたいですね。
よくある質問
HAp歯磨剤を使えば、フッ素は不要ですか?
一律には言えません。HApにはフッ化物に対する非劣性RCTがありますが、長期研究や独立再現を含めたエビデンス全体では、現在もフッ化物の方がはるかに厚い状態です。
一般的な虫歯予防では、年齢に合った濃度のフッ化物歯磨剤を基本として考えるのが現在の日本の推奨と整合します。
HApとフッ素は一緒に使えますか?
HApを含むフッ素複合処方を24か月使用したRCTでは有望な結果があります。
ただし、それは「通常のフッ素歯磨剤へHApだけを加えた試験」ではありません。またカルシウム系成分とフッ化物は製剤中で相互作用する可能性もあります。
「両方入っている=必ず相乗効果」ではなく、製剤設計と製品ごとの臨床データを見る必要があります。
nano-HApの方が普通のHApより効きますか?
ナノ化には材料学的なメリットが考えられますが、人の虫歯予防についてmicro-HApより明確に優れていることは確立していません。
HApは何%入っていればよいですか?
10% HApは臨床研究でよく使用されていますが、「10%が最適」「10%未満では効かない」という臨床基準は確立していません。
子どもならHApだけでもよいですか?
小児RCTはありますが、代表的な2021年RCTの比較相手は500 ppmFで、現在日本で乳幼児に推奨される900~1000 ppmFとは異なります。また研究では1日3回使用しています。
したがって、「子どもではHApだけで現在の標準的フッ化物歯磨剤と同じ」とまでは言えません。
HApは虫歯菌を殺してくれますか?
短時間では歯面への初期細菌付着を減らす研究がありますが、成熟biofilmを十分抑えられなかった研究もあります。
現在は殺菌剤というより、歯面への沈着、ミネラル供給、再石灰化、初期付着への影響などを中心に考える方が適切です。
nano-HApは安全ですか?
EU SCCSは2025年、一定の物性条件を満たすnano-HApについて、歯磨剤で最大29.5%、洗口液で最大10%まで安全と評価しました。
ただし、すべてのnano-HApを無条件に同じと評価したものではありません。粒径、形状、表面性状など材料仕様が重要です。
フッ素を使いたくない場合、HApは候補になりますか?
候補の一つにはなります。
HApには小児、固定式矯正患者、成人でのRCTがあり、systematic review / meta-analysisもあります。
したがって「何の臨床根拠もない代替品」という位置づけではありません。
ただし、フッ化物と同じ量・期間・多様性の臨床研究が蓄積しているわけではないことも含めて選択するのがよいでしょう。
主な参考文献・資料
- Schlagenhauf U, et al. Impact of a non-fluoridated microcrystalline hydroxyapatite dentifrice on enamel caries progression in highly caries-susceptible orthodontic patients: A randomized, controlled 6-month trial. J Investig Clin Dent. 2019.
- Paszynska E, et al. Impact of a toothpaste with microcrystalline hydroxyapatite on the occurrence of early childhood caries: a 1-year randomized clinical trial. Scientific Reports. 2021.
- Paszynska E, et al. Caries-preventing effect of a hydroxyapatite-toothpaste in adults: an 18-month double-blinded randomized clinical trial. Front Public Health. 2023.
- Pawinska M, et al. Clinical evidence of caries prevention by hydroxyapatite: An updated systematic review and meta-analysis. J Dent. 2024.
- Chatzidimitriou K, et al. The role of hydroxyapatite-based, fluoride-free toothpastes on the prevention and the remineralization of initial caries lesions: A systematic review and meta-analysis. J Dent. 2025.
- Cagetti MG, et al. Efficacy of HAF toothpastes in primary and permanent dentitions. A 2-years triple-blind randomized clinical trial. J Dent. 2022.
- Campus G, et al. Effects of Hydroxyapatite-Containing Toothpastes on Some Caries-Related Variables: A Randomised Clinical Trial. Int Dent J. 2024.
- Cocco F, et al. Hydroxyapatite-Fluoride Toothpastes on Caries Activity: A Triple-Blind Randomized Clinical Trial. Int Dent J. 2025.
- Wong AJ, Donnell CC. Navigating fluoride hesitancy: mapping the evidence base for fluoride-free toothpaste alternatives. Eur J Pediatr. 2026.
- 日本口腔衛生学会・日本小児歯科学会・日本歯科保存学会・日本老年歯科医学会. フッ化物配合歯磨剤の推奨される利用方法. 2023.
- 日本における5%合成ハイドロキシアパタイト配合歯磨剤の学童3年間追跡研究. 1989.
- HApによる初期細菌付着を評価したin situ研究、および48時間biofilmを評価したin situ研究.
- White Spot Lesionに対するnano-HAp/biomimetic HAp歯磨剤の臨床研究.
- MIHエナメル質に対するHApと1450 ppmFのin situ研究.
- HAp+フッ化物歯磨剤のsoluble / bioavailable fluorideおよびerosion / abrasionを評価した研究.
- Scientific Committee on Consumer Safety(SCCS). Scientific Opinion on Hydroxyapatite (nano), Submission IV. 2025.
※本記事は歯磨剤成分と研究結果について一般向けに解説したもので、個々の患者さんに特定の製品や治療方法を一律に推奨するものではありません。虫歯リスク、年齢、口腔乾燥、矯正装置の有無などによって適したセルフケアは異なります。
