2026年5月29日

(院長の徒然コラム)

予約制の歯科医院と選定療養は別物です
最近、「2026年6月から、保険診療でもキャンセル料が取れるようになる」という情報を目にした方もいらっしゃるかもしれません。
医療機関や歯科医院のホームページでも、直前キャンセルや無断キャンセルに対してキャンセル料が発生する場合がある、という案内を見かけるようになりました。
しかし、この話はかなり注意して読まなければなりません。
最初に結論からお伝えすると、「予約制の歯科医院であれば、保険診療の患者さんに対して自由にキャンセル料を請求できるようになった」という理解は正確ではありません。
今回の混乱は、患者さん側が勝手に誤解したというよりも、厚生労働省の通知の表現がかなり分かりにくかったことが大きいと私は感じています。
正直、この書き方では誤解されても仕方がありません。
ただし、だからといって無断キャンセルや直前キャンセルが軽く見てよい、という話でもありません。
大切なのは、制度の話と、歯科医院の現場で起きている予約の問題を、きちんと分けて考えることです。
厚生労働省の通知には、たしかに「キャンセル料」という言葉が出てきます
今回の話の出発点になったのは、令和8年3月27日に厚生労働省から出された通知です。
その通知は、「療養の給付と直接関係ないサービス等の取扱いについて」の一部改正に関するもので、令和8年6月1日から適用するとされています。
通知の中では、「療養の給付と直接関係ないサービス等」の具体例として、新たに次の文言が加えられました。
- ク 予約に基づく診察の患者都合によるキャンセル料
- (診察日の直前にキャンセルした場合に限る。なお、診察の予約に当たり、患者都合によるキャンセルの場合には費用徴収がある旨を事前に説明し、同意を得ること。)
- 出典:厚生労働省「療養の給付と直接関係ないサービス等の取扱いについて」の一部改正について
ここだけを読めば、多くの方はこう受け止めるのではないでしょうか。
「予約して受ける診察なら、キャンセル料がかかるようになるのか」
「歯科医院はほとんど予約制だから、歯医者でも一律に対象になるのか」
「保険診療でも、今後はキャンセルしたらお金を払うのか」
これは、無理のない受け止め方だと思います。
問題は、通知の中にある「予約に基づく診察」という言葉です。
一般の患者さんから見れば、これは「予約して受ける普通の診察」に見えます。しかし医療制度上の文脈では、単なる予約制の診療ではなく、選定療養としての予約診療という意味で理解する必要があります。
ここが、今回の誤解の核心です。

「予約制の歯科医院」と「予約に基づく診察」は同じではありません
歯科医院の多くは予約制です。
虫歯治療、歯周病治療、定期検診、クリーニング、根管治療、被せ物の調整など、ほとんどの診療は予約時間を決めて行われます。
歯科では、診療台、器具、材料、歯科医師や歯科衛生士の時間を確保して診療を進めるため、予約制はごく普通の運用です。
しかし、ここでいう一般的な「予約制」と、今回の通知で問題になっている「予約に基づく診察」は、制度上は同じものではありません。
厚生労働省は、選定療養について、患者さんの選択により特別の料金を支払うことで、保険外の診療と保険診療を併用するものと説明しています。
そして、その選定療養の類型の中には「予約診療」が含まれています。
つまり、普通に「次回は何月何日の何時に来てください」と予約を取ることと、選定療養として特別の料金を設定した予約診療を行うことは、制度上まったく同じではありません。
ここをきちんと説明しないまま、単に「キャンセル料が認められた」とだけ広がってしまえば、患者さんが不安になるのも当然です。
医療機関側も、「うちでもすぐにキャンセル料を取れるのか」と早合点してしまう可能性があります。
私は、まさにこの点が今回の通知の最大の問題だと思っています。
選定療養としての予約診療とは何か
「選定療養」という言葉は、一般の方にはあまりなじみがないと思います。
簡単に言えば、患者さんが自ら選んで、通常の保険診療に加えて特別なサービスを受ける場合に、その特別な部分について料金を支払う仕組みです。
代表的なものとしては、差額ベッド代や、大病院を紹介状なしで受診する場合の特別料金などがあります。
その中に、制度上の「予約診療」という考え方もあります。
これは、単に「予約を取る」という日常的な意味の予約ではありません。特別の料金、事前説明、同意、掲示、必要な報告などを伴う、制度上の特別な予約診療です。
実際に、地方厚生局の手続きページにも、保険外併用療養費の報告様式として「予約に基づく診察の実施(変更)報告書」が掲載されています。
つまり、これは普通に予約制で診療している医院すべての話ではなく、保険外併用療養費、つまり選定療養としての予約診療に関わる手続きの文脈で考える必要があります。
ここは非常に重要です。
全国の多くの歯科医院は予約制です。
しかし、全国の多くの歯科医院が、選定療養としての予約診療を行っているわけではありません。
この二つは似ているようで、制度上は別物です。
今回の件について、厚生労働省はその後の疑義解釈で、これは選定療養における「予約に基づく診察」において、診察日の直前に患者都合で予約がキャンセルされた場合に限って、患者から費用の徴収が認められたということかという問いに対し、
「そのとおり」
と回答しています。
また、報道では、対象となるのは予約料を取る「選定療養」として厚生労働省に届け出をした医療機関であり、現時点では全国で920施設ほどに限られるとされています。
全国には多くの医療機関、歯科医院があります。
その中で約900施設という数字を見るだけでも、今回の話が「全国すべての予約制クリニックに一律に適用される話」ではないことが分かります。
つまり今回の本質は、「すべての予約制医療機関でキャンセル料が自由に取れるようになった」のではなく、選定療養として届け出た特別な予約診療に関する扱いが、あらためて整理されたと理解するのが適切です。

では、普通の歯科医院には関係ないのか
ここまで読むと、「では普通の歯科医院では、キャンセルは気にしなくてよいのか」と思われるかもしれません。
もちろん、そういうことではありません。
今回の記事で私が整理したいのは、制度上の誤解です。
その一方で、無断キャンセルや直前キャンセルが歯科医院にとって大きな問題であることも、やはりお伝えしなければなりません。
歯科医療では、予約時間に合わせて診療台を確保し、スタッフを配置し、器具を準備し、必要な材料を用意します。
治療内容によっては、歯科医師や歯科衛生士がまとまった時間を確保して診療にあたります。
そこに患者さんが来院されない場合、単に「空き時間ができた」というだけではありません。
本来その時間で診ることができたはずの、痛みで困っている患者さんがいたかもしれません。治療を早く進めたい患者さんがいたかもしれません。定期検診や歯周病治療を待っている患者さんに、その枠をご案内できたかもしれません。
予約時間は、医院だけのものではありません。
その時間を必要としている、他の患者さんの受診機会でもあります。
ですから、今回お伝えしたいことは、「キャンセル料を取れるかどうか」だけの話ではありません。
制度上は、予約制の歯科医院だから当然にキャンセル料を請求できる、という理解は正確ではありません。
しかし現場では、予約時間はとても大切な医療資源であるということも、同時に知っていただきたいのです。
この二つは、似ているようでまったく別の話です。
そこを混同しないことが大切です。

当院としての考え方
ブランデンタルクリニックでは、今回の厚生労働省通知を理由に、保険診療の患者さんへ一律にキャンセル料を請求するような運用を始めるものではありません。
私がこの記事を書いているのも、「キャンセル料を取りたいから」ではありません。
そうではなく、今回の通知が、患者さんにも医療機関にも誤解を広げやすい形で伝わってしまったことを、きちんと整理しておきたいからです。
特に「予約に基づく診察」という言葉は、制度を知っている人であれば文脈を補って読めるかもしれません。
しかし、一般の患者さんから見れば、「予約して受ける診察」にしか見えません。
だからこそ、私は今回の通知について、もう少し丁寧な説明が最初から必要だったのではないかと感じています。
ただし、そのことと、予約時間を大切にしていただきたいというお願いは、別です。
体調不良、急なお仕事、ご家庭の事情、交通機関の遅れなどで、予定通りに受診できなくなることは誰にでもあります。その場合は、できるだけ早めにご連絡いただけると、その時間を別の患者さんにご案内できる可能性があります。
私たちは、患者さんを責めたいわけではありません。
けれども、歯科医院の予約時間は、医院だけのものではなく、他の患者さんの治療機会でもあります。
だからこそ、今回の制度の話は冷静に整理しつつ、予約時間の大切さもあわせて共有できればと考えています。
終わりに
今回の厚生労働省通知をめぐっては、「保険診療でもキャンセル料が自由に取れるようになった」という受け止め方が広がりました。
しかし実際には、問題となっているのは、選定療養としての特別な予約診療に関する文脈であり、一般的な予約制の歯科医院すべてにそのまま当てはまる話ではありません。
今回の混乱の原因は、「予約制」と「選定療養としての予約診療」という別のものが、同じように読めてしまう通知の表現にあったと私は考えています。
正しく恐れること。
そして、正しく理解すること。
それが一番大切です。
そのうえで、無断キャンセルや直前キャンセルが、他の患者さんの受診機会にも影響することは、ぜひ知っていただければと思います。
やむを得ず来院が難しい場合には、できるだけ早めにご連絡ください。
患者さんと医院が、お互いに予約時間を大切にしながら、より良い歯科医療につなげていければと思います。
《参考資料》
厚生労働省
「療養の給付と直接関係ないサービス等の取扱いについて」の一部改正について
令和8年3月27日 保医発0327第7号
厚生労働省
保険外併用療養費制度について
厚生労働省
疑義解釈資料の送付について
令和8年5月29日
報道各社
診察キャンセル料に関する厚生労働省通知の訂正報道
