2026年5月26日

(院長の徒然コラム)

はじめに:19年ぶりの改訂が意味する歯科臨床のパラダイムシフト
歯科臨床において、正確な診断は適切な治療を選択するための絶対的な羅針盤です。
私たちが長らく親しんできた1999年の旧分類は、臨床的な特徴に基づいた優れたものでしたが、近年の科学的進歩により、その限界も指摘されてきました。
そして2017年、アメリカ歯周病学会(AAP)とヨーロッパ歯周病連盟(EFP)が中心となり、世界中から専門家が集結して「世界ワークショップ」が開催されました。
その成果として2018年に発表されたのが、今回解説する「歯周病およびインプラント周囲組織の疾患と状態に関する新分類」です。
この新分類の最大の特徴は、従来の「疾患名による分類」から、がん医療などで採用されている「ステージング(重症度)」と「グレーディング(進行リスク)」という二次元的な評価軸へと移行したことです。
これにより、患者様一人ひとりの病態を「過去にどれだけ壊れたか」という視点と、「将来どれだけ進みやすいか」という視点の両面から、精密に捉えることが可能になりました。
今回のコラムでは、この新分類の全貌と、それに基づく最新の治療ガイドラインについて詳しく解説してまいります。
第一章:疾患の統合:「歯周炎」という単一のカテゴリーへ
新分類における最も劇的な変更は、これまで別疾患として扱われてきた「慢性歯周炎」と「侵襲性歯周炎」が、単一の「歯周炎(Periodontitis)」という疾患に統合されたことです。
以前は、若年者に発症し急速な破壊を伴うものを侵襲性、高齢者に多く緩やかに進むものを慢性と区別していました。
しかし、最新の微生物学的、あるいは免疫学的研究のエビデンスを精査した結果、この二者を明確に分かつ特異的な因子は見出されませんでした。
つまり、進行の速さや重症度の違いは、疾患そのものの違いではなく、宿主の免疫応答、遺伝的背景、そして生活習慣といった「修飾因子」の差であると結論付けられたのです。
これにより、診断名はシンプルに「歯周炎」となり、その個別具体的な特徴はステージとグレードで表現されることになりました。
また、診断基準も厳格化され、隣接面のクリニカルアタッチメントロス(CAL)が2本以上の歯に認められるか、あるいは頬側・舌側で3mm以上のCALを伴う深ポケットが2本以上の歯に存在することが、歯周炎と診断するための必須条件となっています。
第二章:ステージング(Staging)の深層:過去の破壊と治療の複雑度
ステージングは、現時点までの組織破壊の累積、すなわち「過去の病歴」を評価する指標です。
ステージIからIVの4段階で構成され、数字が大きくなるほど重症であり、治療が困難であることを示します。
1. 重症度(Severity)の評価
ステージを決定する第一の要素は、破壊の程度です。
①ステージI(初期歯周炎)
CALが1~2mm、エックス線画像上の骨吸収は歯根長の15%未満(冠側1/3以内)に留まります。
②ステージII(中等度歯周炎)
CALが3~4mm、骨吸収は15~33%に及びます。
③ステージIII(重度歯周炎)
CALが5mm以上、骨吸収は歯根長の1/3を超えます。また、歯周炎が直接的な原因で喪失した歯が4本以下の場合です。
④ステージIV(超重度歯周炎)
ステージIIIの破壊に加え、歯周炎による喪失歯が5本以上に達し、咬合崩壊や咀嚼機能障害を伴う病態です。
2. 複雑度(Complexity)によるステージの引き上げ
新分類の非常に優れた点は、破壊の量だけでなく「治療の難易度」を診断に組み込んだことです。
例えば、CALの数値がステージIIの範囲であっても、以下の「複雑度因子」が一つでも認められれば、ステージIIIあるいはIVへと引き上げられます。
①ステージIIIへの引き上げ
最大ポケット深さ(PPD)が6mm以上、垂直性骨欠損が3mm以上、II度またはIII度の根分岐部病変、中程度の顎堤欠損がある場合。
②ステージIVへの引き上げ
二次性咬合性外傷(動揺度2度以上)、残存歯数が20本(10対合)未満、歯の移動やフレアアウト、咬合崩壊が認められる場合。
これにより、単なる数値上の破壊量だけでなく、実際にその患者様を治すためにどれほどの高度なスキル(歯周外科や再生療法、あるいは包括的な咬合再構成)が必要かを、診断名そのものが語ることになるのです。
第三章:グレーディング(Grading)という指標が意味すること:未来の予測と全身疾患
グレーディングは、歯周炎の進行速度と、今後の治療に対する反応性を予測する指標です。
グレードA(遅い)、B(中程度)、C(速い)の3段階で評価されます。
1.進行速度の推測(間接的証拠)
過去のデータがない場合、最も進行している部位の「骨吸収率(%)÷年齢」という計算式を用います。
①グレードA(進行リスク低)
指数値が0.25未満。
高齢であっても破壊が少ない、安定した症例です。
②グレードB(進行リスク中)
指数値が0.25~1.0。
プラーク量に見合った標準的な破壊速度を持つ症例です。
③グレードC(進行リスク高)
指数値が1.0を超える。
若年で大きな破壊がある場合や、プラーク量に対して組織破壊が著しく激しい症例(かつての侵襲性歯周炎に相当)です。
2. 強力な修飾因子としての喫煙と糖尿病
グレーディングにおいて、全身状態の評価は不可欠です。
喫煙と糖尿病(HbA1c)は、他の指標がどうあれグレードを決定づける重みを持ちます。
①喫煙
非喫煙者はグレードA、1日10本未満はグレードB、10本以上はグレードCとなります。
②糖尿病
診断なしはグレードA、HbA1c 7.0%未満(コントロール良好)はグレードB、7.0%以上(コントロール不良)はグレードCとなります。
これは「歯周病は全身疾患の一症状である」という現代医学の見解を反映したものです。
グレードCの患者様に対し、全身状態の改善を待たずに高度な外科処置や再生療法を行っても、予知性は低いという警告でもあります。
第四章:歯周組織の健康と歯肉炎の再定義
新分類では、何をもって「健康」とするかも明確に定められました。
健康の三つのカテゴリー
①健全な歯周組織における健康
アタッチメントロスが全くない理想的な状態。
②減少した歯周組織における健康(非歯周炎患者)
外傷や外科処置などで組織は減っているが、炎症がない状態。
③安定した歯周炎患者における健康
歯周治療が成功し、骨吸収はあるものの炎症が完全に制御されている状態。
一口腔単位では、BOP率が10%未満であれば「健康」と判定されます。
一方で、BOP率が10%以上30%以下であれば「限局型歯肉炎」、30%を超えれば「広汎型歯肉炎」と診断されます。
治療後にポケットが4mm残っていても、出血(BOP)がなければ、それは「病気」ではなく「安定した過去の傷跡」として管理していくという、ポジティブな視点が導入されました。
第五章:用語の刷新と新たな視点
1. バイオタイプからフェノタイプへ
個々の患者様が持つ歯肉の厚みや形態を指す言葉として長く使われてきた「バイオタイプ」は、遺伝的に決定され変化しないという誤解を招くため、新分類では「歯周フェノタイプ」という用語に改められました。
これは、歯肉の厚み、角化歯肉の幅、そして歯槽骨の厚みという三つの要素を統合した概念です。
矯正治療やインプラント、根面被覆術の予後を予測する上で、このフェノタイプの正確な診査が不可欠となっています。
①歯周フェノタイプの3つの要素
歯周フェノタイプは、単に歯肉が厚いか薄いかだけを指すものではありません。
新分類では、以下の三つの要素が統合された概念として定義されています。
第一の要素は、歯肉フェノタイプです。
これには、歯肉の厚みと角化歯肉の幅の二点が含まれます。
歯肉の厚みは、歯周外科やインプラント、あるいは根面被覆術の予後を決定づける最も重要な因子の一つです。
一般的に1.0ミリメートルから1.5ミリメートルを境界として厚いか薄いかが判断されます。
一方、角化歯肉の幅は、プラークコントロールのしやすさや炎症の広がりに対する抵抗力に関与します。
第二の要素は、骨モルフォタイプ、すなわち唇側・頬側の歯槽骨の厚みです。
歯肉の形態は、その下にある骨の形態を色濃く反映します。
骨が薄い、あるいは裂開や窓開などの欠損がある場合、それは必然的に歯肉退縮のリスクを高めます。
第三の要素は、歯の形態です。
歯冠の形が長方形に近いのか、あるいは三角形に近いのか、そして隣接面接触点の位置がどこにあるのか。これらは歯間乳頭の形態や、骨の厚みと密接に連動しています。
これら三つの要素が組み合わさることで、初めて一人の患者様の歯周フェノタイプが完成します。
② 歯周フェノタイプのカテゴリー分類
新分類では、歯周フェノタイプを大きく三つのカテゴリーに分類しています。
一つ目は、薄いスキャロップ型のフェノタイプです。
歯冠は繊細な三角形をしており、隣接面接触点は切縁寄りに位置します。
角化歯肉の幅は狭く、歯肉は非常に薄いため、下の骨の形態が透けて見えることもあります。
当然、下の歯槽骨も非常に薄く、わずかな炎症や過度なブラッシング圧によって容易に歯肉退縮や骨吸収を起こしやすい、極めてハイリスクなタイプです。
二つ目は、厚く平坦なフェノタイプです。
歯冠は四角く、隣接面接触点はより広範にわたります。
角化歯肉の幅は十分にあり、歯肉も厚く線維性で、炎症や物理的な刺激に対して強い抵抗力を示します。下の歯槽骨も厚いため、組織の安定性が高いのが特徴です。
三つ目は、厚くスカラップしたフェノタイプです。これは前二者の中間的な特徴を持ち、歯肉には厚みがありますが、スキャロップの形態がはっきりしています。
2. 歯肉退縮と Cairo 分類
歯肉退縮の診断についても、ミラー(Miller)の分類から、より臨床的に扱いやすいカイロ(Cairo)の分類へと移行しました。
。
隣接面の付着喪失の有無(RT1~RT3)を基準とすることで、術前に根面被覆がどこまで可能かをより正確に予見できるようになりました。
⚫︎Cairo分類
隣接面の付着喪失の状態によって、リセッションタイプ(Recession Type:RT)を1から3の三つのカテゴリーに分けています。
①RT1:隣接面の付着喪失を伴わない歯肉退縮
RT1は、頬側(または舌側)に歯肉退縮が認められるものの、隣接面(歯と歯の間)には全く付着の喪失が認められない状態を指します。
このカテゴリーの最大の特徴は、歯間部のセメントエナメル境(CEJ)が臨床的に検出できない、すなわち、隣接面の付着位置が理想的な高さに維持されていることです。
エックス線画像上でも、隣接面の歯槽骨頂に吸収は認められません。
RT1の症例においては、適切な術式(結合組織移植を併用した冠側移動術など)を選択すれば、理論上100パーセントの完全根面被覆(CRC)が可能です。
②RT2:隣接面の付着喪失を伴う歯肉退縮(軽度から中等度)
RT2は、頬側の歯肉退縮に加えて、隣接面にも付着の喪失が認められる状態です。
ここでの重要な定義は、「隣接面の付着喪失(CAL)の量が、頬側の付着喪失(CAL)の量以下であること」です。
つまり、歯の間も少し下がってはいるが、一番下がっているのは依然として頬側であるという病態です。
Millerの分類では、隣接面の喪失がある時点で予後は一律に「不良」あるいは「部分的被覆のみ可能」とされてきましたが、Cairoの分類ではRT2というカテゴリーを設けることで、「隣接面が多少下がっていても、頬側の欠損量を超えない範囲であれば、かなりの程度の根面被覆が期待できる」という希望を臨床的に示唆しています。
③RT3:隣接面の付着喪失を伴う歯肉退縮(重度)
RT3は、隣接面の付着喪失が著しく、「隣接面の付着喪失(CAL)の量が、頬側の付着喪失(CAL)の量を超えている状態」を指します。
この状態は、歯周炎が進行した結果として生じることが多く、歯間乳頭は著しく退縮し、いわゆるブラックトライアングルが大きく開いています。
RT3と診断された場合、根面被覆術によって露出した根面を完全に覆うことは、現代の技術をもってしても極めて困難、あるいは不可能です。
治療の目的は「被覆」ではなく、「清掃性の改善」や「これ以上の進行停止」へとシフトすることになります。
第六章:インプラント周囲疾患の確立
インプラントはもはや特別な治療ではなくなりましたが、その周囲組織の病態定義はこれまで曖昧でした。
新分類では、天然歯と同様に「インプラント周囲の健康」「インプラント周囲粘膜炎」「インプラント周囲炎」が定義されました。
特にインプラント周囲炎の診断においては、エックス線画像でベースライン時(上部構造装着時)より2mm以上の骨吸収が認められ、かつPPD≧6mmで出血や排膿がある状態を指します。
インプラント周囲炎は天然歯の歯周炎よりも進行が速く、組織破壊のパターンも異なるため、早期発見とCISTプロトコールに基づく段階的な介入が強く推奨されています。
第七章:最新ガイドラインに基づく段階的治療戦略(EFP S3 とJSP 2022)
新分類による診断が確定した後、私たちはどのように治療を進めるべきでしょうか。
ヨーロッパ歯周病連盟のEFP S3ガイドラインおよび日本歯周病学会の2022年ガイドラインは、新分類と密接に連動した「4つのステップ」を提唱しています。
ステップ1:基盤の構築(Behavior Change & Risk Control)
すべての患者様に適用される最も重要な段階です。プラークコントロールの確立(セルフケアの質の向上)、喫煙や糖尿病といったリスク因子の管理、そして患者様のモチベーションを高めるための行動変容を促します。
これが達成されなければ、いかに高度な手術を行っても長期的な成功は望めません。
ステップ2:原因除去(Subgingival Instrumentation)
歯肉縁下のバイオフィルムと歯石を徹底的に除去します(SRP)。
手用キュレットと超音波スケーラーの併用が効率的であるとされています。
また、補助療法としての抗菌療法(LDDSや経口投与)については、重度(ステージIII/IV)かつ進行リスクが高い(グレードC)症例に限定して検討すべきである、という慎重な立場が取られています。
ステップ3:複雑な病態への介入(Surgical Therapy)
ステップ2の再評価後、依然として深いポケット(PPD≧6mm)や根分岐部病変が残る部位に対して、外科的処置を行います。
ここでは、ステージングの際に評価した「垂直性骨欠損」に対する再生療法(リグロス、エムドゲイン、GTR法)が主役となります。
また、根分岐部病変に対しても、切除療法だけでなく、再生療法を積極的に取り入れることが、最新のガイドラインでは推奨されています。
ステップ4:継続管理(Supportive Periodontal Care)
治療後の安定を維持するためのフェーズです。ここでグレーディングが真価を発揮します。
グレードCの患者様には、1~3ヶ月という短い間隔でのリコールを設定し、再発の兆候をミリ単位で見逃さない厳密な管理を行います。
一方で、グレードAの患者様には、より柔軟なメインテナンス間隔を設定することが可能になります。
第八章:超高齢社会における日本の独自性とペリオドンタルメディシン
日本歯周病学会のガイドライン(JSP 2022)では、国際標準の新分類を取り入れつつも、日本独自の課題である「高齢者への配慮」が非常に手厚く記述されています。
超高齢社会の日本では、通院困難な患者様への在宅歯科医療や、がんの手術前後における周術期口腔機能管理が歯周治療の重要な一翼を担っています。
全身疾患を抱える「有病者」への治療では、過度な外科介入による身体的ストレスを避け、非外科的なデブライドメントを繰り返すことで、QOLの維持と誤嚥性肺炎の予防を目指すという、柔軟かつ慈愛に満ちた戦略が示されています。
また、「口腔バイオフィルム感染症」という概念は、特定の歯の治療だけでなく、口腔内全体の細菌負荷を減らすことが、糖尿病の改善や心血管疾患のリスク低下に繋がるという、ペリオドンタルメディシンの神髄を象徴する言葉です。
私たち歯科医療従事者は、単なる「歯の番人」ではなく、患者様の「全身の守り手」としての責任を負っているのです。
終わりに:新分類を使いこなすために
歯周病の新分類は、一見すると複雑な計算やチェック項目が多く、煩雑に感じられるかもしれません。
しかし、その根底にあるのは「科学的根拠に基づいた、患者様への深い敬意」です。
過去の組織破壊をステージとして受け止め、未来の進行リスクをグレードとして予測し、全身状態を含めた全人的なアプローチを行う。
この一連のプロセスこそが、私たちが目指すべき「真の個別化医療」の姿です。
新分類という共通言語を用いることで、歯科医師と歯科衛生士の連携はより強固になり、さらには医科との情報共有もスムーズになります。
そして何より、患者様に対して「なぜこの治療が必要なのか」「なぜこの間隔で通院しなければならないのか」を、エビデンスに基づいて明確に説明できるようになります。
新分類は完成されたマニュアルではなく、今もなお進化を続ける生き物のようなものです。
常に最新のエビデンスに触れ、この地図を頼りに、患者様と共に「生涯自分の歯で食事ができる」というゴールを目指して歩みを進めてまいりましょう。
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