2026年9月18日

(院長の徒然コラム)

はじめに
歯周病がある人では認知症が多い。歯を失っている人ほど認知症を発症しやすい。さらに近年は、「歯周治療や定期的なスケーリングを受けている人では認知症が少なかった」という研究まで報告されています。
ここまで結果が積み重なれば、
「歯周病は認知症の原因の一つなのではないか」
「歯周病を治療すれば認知症を予防できるのではないか」
と考えたくなるのは自然です。
実際、2026年9月16日にBMC Oral Healthから公表された新しい系統的レビューでは、口腔の健康と認知症関連アウトカムとの関係を扱った28研究が検討され、そのうち独立性を考慮した24の推定値が主要な定量統合に使われました。
結果は、歯の喪失・歯列状態で1.25、歯周病で1.30、口腔衛生・歯科受診行動で1.32という相対的な関連でした。一方、咀嚼機能低下は1.58でしたが、95%信頼区間は0.93~2.68と1をまたいでいます。
しかも、歯数・歯列状態についてのエビデンス確実性は「Low」、歯周病、口腔衛生・歯科受診、咀嚼機能については「Very low」と評価されました。歯周病については研究間の異質性も非常に大きいものでした。
つまり、この最新レビューから導ける結論は、
「歯周病が認知症を起こす」
ではありません。
むしろ興味深いのは、これだけの研究を集めてもなお、「関連がある」と「原因である」の間に大きな距離が残っていることです。
以前の院長コラムでは、歯周病と認知症の双方向の関係、炎症、歯周病原細菌、口腔機能などを中心に取り上げました。今回はそこから一歩進みます。
歯周病と認知症との関連がこれほど繰り返し報告されているのに、なぜ2026年現在も「歯周病が認知症の原因である」「歯周病を治療すれば認知症を予防できる」とまでは言えないのでしょうか。
今回は、その理由を研究デザインそのものから考えてみます。
最新レビューが調べたのは「口が悪いかどうか」という一項目ではない
まず、今回の中心となるLeeらの系統的レビューを正確に読んでおきます。
レビューには28研究が採択されましたが、「28研究をそのまま一つのメタ解析に入れた」という意味ではありません。同じ集団から複数の結果が報告されている場合などの独立性を考慮し、主要な定量統合に使われたのは24の独立した推定値でした。
さらに、「口腔の健康」も一種類ではありません。
歯の喪失・歯列状態、歯周病、口腔衛生・歯科受診行動、咀嚼機能という4領域に分けて評価されています。
統合された相対的な関連は、歯の喪失・歯列状態が1.25〔95%信頼区間1.15~1.35〕、歯周病が1.30〔1.10~1.54〕、口腔衛生・歯科受診行動が1.32〔1.21~1.43〕でした。
咀嚼機能低下は1.58でしたが、95%信頼区間は0.93~2.68です。点推定値だけを抜き出して「咀嚼機能が低いと認知症が1.58倍」と結論することはできません。
ここで、歯の喪失と歯周病を同一視しないことも重要です。
歯が少ないという状態は、過去の歯周炎だけを反映しているわけではありません。
う蝕、破折、外傷、過去の歯科治療、抜歯方針、歯科医療へのアクセス、経済状況、健康行動など、長い時間の中で生じた多くの要因が含まれます。
したがって歯数は「生涯の口腔疾患や歯科医療の履歴をある程度反映する指標」ではありますが、「歯周炎そのもの」を純粋に測定する指標ではありません。
同じことは歯科受診にも当てはまります。
定期的に歯科医院へ通うかどうかは、口腔衛生だけでなく、所得、移動能力、健康意識、認知機能、家族支援、医療制度へのアクセスなどを含んだ行動指標でもあります。
これらをすべて一括して、
「口が悪い人は認知症になりやすい」
としてしまうと、因果関係を考えるうえで重要な情報が失われます。

「1.30倍関連」は「認知症になる確率が30%増える」という意味ではない
医学論文では、リスク比、オッズ比、ハザード比という指標が頻繁に使われます。
同じ「1.30倍」のように見えても、数学的には別の量です。
リスク比は、ある一定期間にイベントが生じた割合を群間で比較します。
オッズ比は、「イベントが起こる確率」と「起こらない確率」の比であるオッズを比較する指標です。アウトカムが珍しくない場合、オッズ比とリスク比の差は無視できなくなります。
ハザード比はさらに意味が異なります。ある時点までイベントを生じずに経過している人について、その時点でイベントが発生する瞬間的なハザードを群間で比較するものです。
したがって、HR 1.30、RR 1.30、OR 1.30は数字が同じでも厳密には同じ意味ではありません。
今回のレビューで示された「1.30」は、複数研究における相対的な関連の大きさをまとめた指標として読む必要があります。
これを、
「歯周病があると、あなた個人の認知症発症確率が30%増える」
と翻訳することはできません。
相対的な関連と絶対リスクも別です。
仮に相対値が同じ1.30であっても、もともとの発症確率が1%の集団と30%の集団では臨床的な意味は全く異なります。
さらに、私たちが本当に知りたいのは、観察された関連そのものではありません。
「歯周病を改善させるという介入を行った場合、認知症発症がどれだけ変化するのか」
です。
観察研究から得られた1.30と、その介入による因果効果は同じものではありません。
なぜメタ解析まで行っているのにエビデンス確実性がLow~Very lowなのか
「メタ解析は医学研究の頂点だから、メタ解析で有意ならほぼ確定」という理解は正確ではありません。
重要なのは、何を材料にしたメタ解析かです。
質の高い無作為化比較試験を複数統合したメタ解析と、さまざまな観察研究を統合したメタ解析では、因果関係について言える範囲が違います。
観察研究に存在する交絡、曝露の誤分類、アウトカムの誤分類、選択バイアス、逆因果などは、研究数を増やして平均を取っただけでは自動的に消えません。
むしろ多数の研究を統合すると信頼区間が狭くなり、一見すると非常に精密な数字が得られます。
しかし、数字の精密さと因果推定の正しさは別問題です。
この点をよく示しているのが、2026年のAliらによるアンブレラレビューです。
これは個々の原著研究ではなく、すでに公表されている14件の系統的レビュー・メタ解析をさらに上位から評価した研究です。
結果だけを見ると、歯周炎のある人ではMCIが1.651倍、アルツハイマー病が1.525倍、認知症が1.535倍という有意な関連が得られています。
ところが14件中12件のレビューが高いバイアスリスクと判定され、MCI、アルツハイマー病、認知症のすべてでGRADEによる確実性はVery lowでした。
さらに、レビュー同士も完全に独立しているわけではありません。
例えばメタ解析Aとメタ解析Bがそれぞれ30研究を含んでいても、そのうち25研究が共通しているなら、「独立した60研究で結果が再現された」と考えることはできません。
レビューの本数。
一次研究の本数。
一次研究の独立性。
研究自体の質。
これは別々に考える必要があります。
もちろん、GRADEが低いから観察研究は無価値だという意味でもありません。
認知症のように数十年を要する疾患では、観察研究でなければ調べにくい問題もあります。
しかし因果関係を論じるのであれば、「関連が有意だった」という一点だけでは足りません。
I²95%超――「1.30」という平均値の後ろで研究結果はかなり違っている
今回の歯周病解析では、研究間の異質性が非常に大きくなっています。
I²は「何%の研究が間違っているか」を示す数字ではありません。
研究間で観察された結果の違いについて、各研究内部の偶然誤差だけでは説明しにくい不均一性がどの程度存在するかを示す指標です。
要するに、
「歯周病と認知症」という同じ題名の研究でも、得られている効果の大きさがかなり揃っていない
ということです。
Larvinらによる別のメタ解析でも、歯周病と認知症・アルツハイマー病との縦断的関連はRR 1.22でしたが、I²は92.6%でした。また、歯周病の分類方法や重症度、自己申告か臨床評価かによって結果が変化しています。
歯周病側だけでも、研究によって測っているものが違います。
歯周ポケット深さ(PPD)、臨床的アタッチメントレベル(CAL)、プロービング時出血(BOP)、X線上の歯槽骨吸収、診療報酬上の病名、治療コード、自己申告。
これらは同じ情報ではありません。
中には「重症歯周病」を、PPDやCALではなく、抜歯、歯周外科、骨移植などの治療コードによって分類している研究もあります。
認知症側にも違いがあります。
全認知症、アルツハイマー病、血管性認知症、MCI、認知機能検査の点数低下。
「単語を何個覚えられたかが11年後に少し低下した」という結果と、「15年間に臨床的認知症を新規発症した」という結果は同じではありません。
アルツハイマー病と血管性認知症でも病態は異なります。
仮に歯周炎が脳へ影響するとしても、すべての認知症病型へ全く同じ経路・大きさで作用するとは考えにくいでしょう。
したがって、異質性が非常に大きい状況での「1.30」は、世界中のすべての患者に共通する固定された効果量というより、
かなり異なる研究条件から得られた結果の中心的な要約値
として読むべきです。

それでも「本当に何らかの関連がある」と考えさせる質の高い縦断研究はある
ここまで慎重な話をすると、
「では歯周病と認知症の関連は、すべて研究方法が作った錯覚なのか」
という疑問が出てきます。
それも違います。
複数の国、異なる研究方法で関連が反復して観察されており、十分に検討する価値のある疫学的シグナルです。
特に注目したいのが、2026年の久山町研究です。
久山町研究――臨床歯周指標を測定して10年間追跡
研究開始時点で認知症のない60歳以上の地域住民1,396人を追跡し、10年間で267人が認知症を発症しました。
この研究の強みは、保険病名や自己申告だけで歯周病を分類していないことです。
平均PPD、CAL、BOPを実際に臨床測定しています。
最も良好な四分位を基準にすると、最も不良な四分位では、全認知症発症のハザード比がPPDで1.72、CALで1.59、BOPで1.56でした。BOPについてはアルツハイマー病との関連も認められています。
さらに5年後にも歯周状態を評価し、その変化を時間依存変数として扱った解析でも、全認知症との関連は概ね残りました。
年齢、性別、教育、血圧、糖尿病、血清コレステロール、BMI、喫煙、飲酒、運動、現在歯数なども共変量として扱われています。
ここまで行っても観察研究であることは変わりません。
しかし、
「短期間の自己申告研究だから関連が出ただけだ」
とも言えません。
一方で、ここにも因果推論の難しさがあります。
例えば、
歯周炎
→ 歯の喪失
→ 咀嚼・栄養変化
→ 認知症
という経路が本当にあるなら、現在歯数は歯周炎の効果の途中にある媒介因子かもしれません。
その場合、現在歯数まで調整すると、歯周炎の総効果の一部を統計的に取り除く可能性があります。
反対に、現在歯数が歯周炎とは別の生活背景や歯科受診歴を反映する交絡因子なら、調整した方がよい。
つまり、
「共変量をたくさん入れた方がよい研究」なのではなく、「想定する因果構造に応じて適切な変数を扱った研究」が必要
なのです。
韓国約88万人の解析でも関連が残った
Hwangらは韓国6施設の診療情報を用い、慢性歯周炎19,421人と、慢性歯周炎のない860,383人を10年間追跡しました。
慢性歯周炎群では、全認知症HR 1.51、アルツハイマー病1.57、血管性認知症1.60、認知症またはMCI 1.55と報告されています。
さらに、認知症診断直前に生じた口腔悪化の影響を減らすため、一定期間を除外する時間差解析も行われ、関連は残りました。
ただし、教育歴、喫煙、飲酒、社会経済状態、口腔清掃習慣などを完全に把握できているわけではありません。
これは巨大医療データ研究に共通する限界です。
患者数を10倍、100倍にすれば偶然誤差は小さくなります。
しかし、測定していない交絡は100万人集めても消えません。
大規模であることと、因果的に偏りが少ないことは別です。
一方で、15年以上追跡しても歯周炎と認知症発症が結びつかなかった研究もある
長期追跡研究だけに限定すれば答えが揃うかというと、そうでもありません。
フィンランドでは「認知機能低下」と「認知症発症」で結果が分かれた
AsherらはHealth 2000研究を用いて、歯周状態と認知機能との関係を詳細に検討しました。
横断解析では、中等度歯周炎、PPD、BOPなどと一部の認知機能との関連が認められました。
11年間の追跡でも、即時記憶や言語流暢性など、一部の認知領域の低下と歯周状態との関連が認められています。
ところが、4,073人を対象とした15年間の認知症新規発症については、歯周状態との有意な関連を認めませんでした。
これは「認知機能」という言葉を一括りにしてはいけないことをよく示しています。
認知検査の変化は重要な情報です。
しかし、患者にとって重要な「認知症を発症するかどうか」と同じアウトカムではありません。
中間指標が変化しても、最終的な疾患発症が変化するとは限りません。
北アイルランドの15.6年追跡では、歯周炎そのものは非有意
Farsiらは642人の高齢男性を平均15.6年間追跡しました。
重度歯周炎と軽度または歯周炎なしを比較した認知症またはMCI発症のオッズ比は0.83、95%信頼区間0.45~1.50で、有意な関連を認めませんでした。
一方、残存歯数については、歯が1本多いごとにオッズ比0.95となり、歯数の多さは低い発症率と関連しました。
これも重要です。
歯周炎と歯の喪失は、認知症研究では交換可能な曝露ではありません。
歯数は、長年の歯周炎だけでなく、う蝕、治療歴、歯科受診行動、社会経済状況などを累積して反映している可能性があります。
スウェーデンでも明確な増加は検出されなかった
Holmerらの全国コホートでは37,174人を平均7.6年間追跡し、4歯以上に6mm以上の歯周ポケットが存在するという臨床基準で歯周状態を評価しました。
調整後HRは1.13、95%信頼区間0.39~3.24で、明確な関連は検出されませんでした。
ただし、この信頼区間は非常に広い。
そのため、
「歯周炎と認知症に関連がないことが証明された」
とも言えません。
ここまでを見るだけでも、かなり長期間追跡した研究同士で結果が完全には一致していないことが分かります。

最大の問題その1――因果の矢印が逆向きでも成立する
歯周病と認知症研究で最も厄介な問題の一つが、逆因果です。
多くの記事では、
歯周病
↓
慢性炎症など
↓
認知症
という方向だけが描かれます。
しかし臨床現場から考えると、逆方向も十分成立します。
認知機能が低下すると、歯磨きの手順を忘れる。歯間清掃が難しくなる。歯科予約を忘れる。治療の必要性を理解しにくくなる。家族や介護者の援助が必要になる。食生活も変化する。
その結果、
認知機能低下 → 口腔清掃不良・歯科受診減少 → 歯周状態悪化
という経路が生じ得ます。
2026年の日本歯周病学会のレビューでも、歯周病・口腔機能と認知症の研究に共通する最大の課題として「因果の方向性」が挙げられています。認知機能低下によるセルフケア能力低下が歯周病を悪化させる可能性は、大きな論点として残っています。
しかも認知症は、診断された日に突然始まる疾患ではありません。
臨床診断より前から、認知機能や日常行動が徐々に変化する前臨床期があります。
そのため、
「認知症診断の5年前に歯周病が記録されていた」
だけで、完全に時間順序が確定したとは言えません。
時間差解析は逆因果を減らすために重要ですが、完全に除外できるわけではありません。
「認知症→歯周病」を直接追った縦断研究
Maらは、あえて矢印を逆向きにして検討しました。
研究開始時点で歯周炎のない認知症患者8,640人と、認知症のない対応対照8,640人を最大10年間追跡しています。
その結果、認知症患者がその後に歯周炎を発症する調整後HRは1.915でした。
アルツハイマー病患者に限定しても1.667でした。
もちろん、これも診療情報を用いた観察研究であり、
「認知症が歯周炎を直接引き起こす」
ことを証明した研究ではありません。
しかし少なくとも、
認知症→歯周状態悪化という逆方向も、実際の縦断データで観察されている
ことは重要です。
一つの「歯周病と認知症の関連」の中に、歯周病→認知症と認知症→歯周病の両方向が混ざっている可能性があります。
認知症は「自分の歯周病を報告する能力」にも影響する
さらにMamenoらの2026年研究では、75歳以上158,990人を対象に、自己申告の歯周症状と臨床所見を比較しています。
歯肉出血についての自己申告感度は全体で0.24と低く、歯の動揺についても全体の感度は0.43でした。
認知症のない群では歯の動揺の自己申告感度が0.44だったのに対し、認知症群では0.33まで低下していました。つまり、臨床的に明確な歯の動揺があっても、認知症群では約3分の2が自覚・申告できていなかったことになります。
ここには測定バイアスまで入ってきます。
自己申告の歯周病を曝露として使った研究では、認知機能によって曝露測定の精度そのものが変わる可能性があります。
「認知症患者ほど歯周病が多い」という研究と、
「認知症患者ほど自分の歯周症状を正確に報告しにくい」という研究は、
同時に成立し得るのです。

最大の問題その2――歯周病と認知症には共通する「第三の要因」が多すぎる
もう一つ避けられないのが交絡です。
典型例は喫煙です。
喫煙は歯周病と関連します。
一方で、心血管疾患などを介して認知症とも関連します。
したがって、歯周病患者で認知症が多くても、その差の一部は喫煙によって生じている可能性があります。
同じ問題は、糖尿病、教育歴、所得、身体活動、うつ、栄養、フレイル、社会的孤立、健康リテラシー、歯科医療へのアクセス、一般医療の受療行動にも存在します。
「費用のため歯科へ行けない」という曝露で何が起きたか
Velezらは米国All of Usコホートを使い、「費用のため必要な歯科医療を受けられなかった」という状態と、その後の認知症発症を検討しました。
人口統計学的変数だけを調整した解析では、認知症との関連が示唆されました。
しかし、喫煙や糖尿病など、歯科受診困難と同時に存在し得る因子を追加すると推定値は弱まり、不精確になりました。完全調整後には明確な関連は認められませんでした。
これは、
「歯医者へ行かないから認知症になる」
という意味ではありません。
歯科医療を利用しにくい社会的・医学的背景が、認知症リスクとも共有されている可能性
を示しています。
ただし、ここにはさらに難しい問題があります。
統計解析では、
「とにかく多くの変数を調整すればよい」
わけではありません。
因果経路の途中にある変数まで調整すれば、本来知りたい総効果の一部を消してしまいます。
逆に、曝露側の要因とアウトカム側の要因の双方から影響を受ける変数、いわゆるコライダーを条件付けすると、本来存在しなかった関連を作り出すこともあります。
したがって、
「20変数を調整した研究の方が10変数を調整した研究より上」
という単純な序列にはなりません。
必要なのは、
どの変数が原因で、どの変数が媒介で、どの変数が結果なのかを事前に想定した因果構造
です。

「人口寄与割合6.10%」を「歯周病をなくせば認知症が6.10%減る」と読んではいけない
今回集めた資料の中には、さらに公衆衛生的に踏み込んだ研究もあります。
Dengらは26種類の末梢疾患について、202論文から認知症との相対的関連を推定し、世界疾病負担研究の有病率などと組み合わせて人口寄与割合を計算しました。
その結果、歯周病の人口寄与割合は6.10%〔95%CI 0.95~10.28〕と推計されました。解析された個々の末梢疾患の中では最も大きな値でした。
この研究は2026年にNature Human Behaviourへ正式掲載されています。
6.10%という数字は非常に印象的です。
しかし、人口寄与割合は、
「その曝露が因果的であり、仮にその曝露を除去できたなら、疾患の何割が生じなかったか」
という反実仮想的な意味を持つ指標です。
ここには重要な仮定があります。
元になる相対リスクが、少なくとも目的とする因果効果を妥当に表していることです。
元の観察研究の相対リスクに逆因果や残余交絡が含まれていれば、人口寄与割合にもその問題は引き継がれます。
したがって、
「歯周病の人口寄与割合が6.10%だった」
から、
「歯周病を治療すれば認知症の6.10%を予防できる」
へ進むことはできません。
人口寄与割合は重要な公衆衛生指標ですが、因果関係が未確定な曝露では特に慎重な解釈が必要です。
メンデル無作為化法では、観察研究ほど単純な答えにならなかった
交絡をできるだけ減らし、別方向から因果関係へ近づく方法の一つに、メンデル無作為化法(MR)があります。
MRでは、生まれつき持っている遺伝的変異のうち、ある曝露と関連するものを操作変数として利用します。
理想的な条件が成立すれば、所得、歯科受診行動、健康意識など後天的な交絡因子の影響を受けにくい形で因果関係を検討できます。
しかしMRも無作為化比較試験ではなく、強い仮定に依存します。
操作変数が曝露と十分関連しているか。
操作変数が別の経路を通じて認知症へ影響していないか。
歯周病という曝露が遺伝学的に適切に定義されているか。
こうした条件が満たされなければ結果は偏ります。
2026年UK Biobank研究
GaoらはUK Biobankの欧州系参加者約40万人を用い、歯周病の遺伝的操作変数を4種類の基準で選び、逆分散加重法、MR-Egger法、加重中央値法など複数の方法で検討しました。
設定によって採用された遺伝的操作変数は3個から1,020個まで大きく変わりました。
結果も一方向ではありません。
多くの解析では歯周病から認知症への因果関係を支持しませんでしたが、一部の解析では統計学的なシグナルが得られました。
そのため著者の結論も、
「因果関係がない」ではなく、「因果関係を示す証拠は一貫しなかった」
です。
2024年に報告された別の双方向MRや、アルツハイマー病を対象とした二標本MRでも、一貫した遺伝的因果関係は支持されていません。
しかし、
「MRが陰性だったから歯周病と認知症は無関係」
と読むのも誤りです。
歯周病の遺伝的表現型自体が難しく、自己申告の歯周病とPPD・CALで診断した重度歯周炎が同じ遺伝的形質とは限りません。
またMRが主に推定しようとするのは、生涯にわたる遺伝的な歯周病傾向による影響です。
一方で臨床家が知りたいのは、
「60歳で歯周炎を持つ患者へ今から歯周治療を行うと、その後の認知症発症が減るのか」
です。
この二つは同じ問いではありません。
MR、長期コホート、臨床介入研究は、どれか一つが他を完全に置き換えるのではなく、異なる弱点を持つ研究方法を突き合わせながら因果関係を検討する必要があります。
生物学的には十分あり得る――しかし「もっともらしい機序」は人の因果証明ではない
歯周病と認知症を結びつける生物学的仮説は、単なる思いつきではありません。
動物、細胞、死後脳、血液・髄液、疫学研究から複数の候補経路が示されています。
代表的なのがPorphyromonas gingivalisです。
P. gingivalisは歯周炎の病態形成に関与する代表的な細菌の一つで、ジンジパインという蛋白分解酵素を産生します。
Dominyらは2019年、アルツハイマー病患者の死後脳でP. gingivalisやジンジパインに関連する所見を報告し、動物・細胞実験ではジンジパイン阻害による病理学的変化の軽減を示しました。
そのほかにも、歯周組織からの炎症性物質の全身流入、IL-1β、IL-6、TNF-αなどを介した炎症、血管内皮、血液脳関門、細菌由来LPS、外膜小胞、口腔―腸管―脳の連関、歯の喪失による感覚入力低下、咀嚼機能低下から栄養・社会参加へ至る経路など、多くの仮説があります。
しかし、ここで機序研究と人の疾患発症を混同してはいけません。
動物へ大量の菌を投与して脳炎症が増加したこと。
培養細胞へLPSを加えて炎症経路が作動したこと。
死後脳から細菌由来物質が検出されたこと。
これらは「こういう因果経路が生物学的に存在し得る」という仮説を強くします。
しかし、
一般的な歯周炎患者で、その経路が認知症発症を変化させるほどの量・期間・頻度で実際に作動している
ことまでは証明していません。
Laugischらの研究では歯周病原細菌に対する髄腔内免疫反応を示唆する所見がありましたが、調べた細菌そのものは髄液や血清から直接検出されませんでした。
口腔細菌叢研究でも、認知症群と対照群でどの菌が増減するかについて結果は一致していません。
したがって、
「歯周病菌が血流に乗って脳へ行き、アルツハイマー病を起こす」
という一本線の説明は、人の現時点のエビデンスを超えています。
歯周炎が本当に認知症へ寄与するとしても、加齢、血管リスク、糖尿病、遺伝的素因などと相互作用する上流の修飾因子の一つとして働く可能性も考えなければなりません。
ジンジパインを止めればアルツハイマー病は改善するのか――GAIN試験が教えること
このテーマで非常に重要なのが、ジンジパイン阻害薬atuzaginstat、開発コードCOR388の臨床試験です。
P. gingivalis―ジンジパイン仮説が人のアルツハイマー病に重要であるなら、ジンジパインを薬剤で阻害することで認知機能低下を抑えられる可能性があります。
そこで行われたのが第2/3相GAIN試験です。
軽度~中等度アルツハイマー病患者643人が登録された無作為化二重盲検プラセボ対照試験で、atuzaginstat 40mgまたは80mgを1日2回、48週間投与しました。
共同主要評価項目は、認知機能を評価するADAS-Cog11と、日常生活機能を評価するADCS-ADLでした。
全体集団では、ADAS-Cog11、ADCS-ADLのいずれも共同主要評価項目として統計学的有意差を達成しませんでした。
ただし、結果を「完全な陰性」とだけ扱うのも正確ではありません。
事前に規定されていた、ベースラインの唾液からP. gingivalis DNAが検出された242人のサブグループでは、80mg 1日2回群でADAS-Cog11による認知機能低下がプラセボより57%遅く、40mg群では42%遅いというシグナルが報告されました。80mg群はp=0.02、40mg群はp=0.07でした。
しかし、同じサブグループでも、もう一つの共同主要評価項目であるADCS-ADLには有意な利益は認められませんでした。
安全性にも問題がありました。
正常上限の3倍を超える肝酵素上昇は、プラセボ群2%、40mg 1日2回群7%、80mg 1日2回群15%と用量依存的に増加しました。80mg群では、他の原因で説明できないビリルビン上昇を伴った患者も2人報告されています。
FDAはその後、2022年1月25日にatuzaginstatの治験薬申請へ全面的な臨床試験保留措置を行いました。
この結果から導けるのは、
「P. gingivalis仮説は完全に間違っていた」
でも、
「P. gingivalis陽性患者には効果が証明された」
でもありません。
試験全体では共同主要評価項目未達です。
一方で、事前規定サブグループには認知指標のシグナルがありました。
そして安全性上の問題もありました。
つまり、
基礎研究で魅力的な機序があり、薬剤標的として成立しても、それだけでは人の疾患修飾効果が確立したことにはならない
ということです。
基礎研究から人の治療効果までには、もう一つ大きな橋があります。
歯周治療を受けている人では、本当に認知症が少ないのか
ここまで因果関係に慎重な話をしてきましたが、治療利用に関する観察研究にはかなり興味深い結果があります。
結論から言えば、
歯周治療や定期的なスケーリングを利用している人で認知症発症が少ない
という研究は複数存在します。
ただし、これらは「歯周治療の認知症予防効果」を直接証明した研究ではありません。
台湾研究では、認知症群と対照群で過去のスケーリング利用に差があった
Chenらの2023年研究は症例対照研究です。
認知症症例18,930人と対応対照18,930人について、過去1~3年間の歯周治療利用を比較しました。
3年間のスケーリング利用は認知症との調整OR 0.92でした。一方、歯周炎がありスケーリング利用がなかった群では、歯周炎のない群に対するORが1.22でした。
ここで、
「スケーリングをしたから将来の認知症が減った」
と書くことはできません。
症例対照研究で観察されたのは、認知症症例群と対照群の間で過去の歯周治療利用状況が異なっていたという事実です。
治療→認知症という時間方向まで、この研究だけでは確定できません。
米国では歯肉治療を受けた人のHRが0.62
Qiらは歯周症状を持つ50歳以上866人を最大12年間追跡しました。
105人が認知症を発症し、歯肉治療を受けた群の認知症発症率は1,000人年あたり7.4、治療なし群では12.9でした。
多変量調整後HRは0.62でした。
認知機能スコアの低下速度にも小さな差が認められています。
ただし、「gum treatment」という曝露には詳細な歯周治療内容が含まれていません。
どの歯を、どの深さまで、どの器具で、何回治療したのか。
PPD、CAL、BOPがどれだけ改善したのか。
メンテナンスをどこまで継続したのか。
その情報がなければ、
「歯周炎症を改善した生物学的効果」
を測っているのか、
「歯科医療を継続利用できる患者背景」
を測っているのかを完全には分離できません。
韓国の定期スケーリング研究では0.4前後のHR
2026年のKimらは、中等度~重度歯周炎患者26,149人を対象に、定期的なスケーリング利用と認知症発症を検討しました。
解析方法によって多少異なりますが、通常の調整後解析で約0.5、逆確率重み付けを用いた解析では約0.4という大きな関連が報告されています。ランドマーク解析でも同じ方向でした。
数字だけを見ると非常に強烈です。
しかし、
「定期スケーリングにより認知症が約60%予防された」
と翻訳してはいけません。
定期的に歯科医院へ来る患者は、来ない患者と多くの点で異なります。
所得、医療アクセス、健康意識、一般医科への受診行動、糖尿病・高血圧管理、家族支援、認知機能などです。
このような「予防医療を利用しやすい人が治療群へ集まりやすい偏り」をhealthy-user biasと呼びます。
さらに、認知症の前臨床期へ入った患者では、正式な診断より前から歯科受診頻度が低下している可能性があります。
そうであれば、
「スケーリングを受けなくなったから認知症になった」
のではなく、
「認知機能が低下し始めたからスケーリングを受けなくなった」
という逆方向が混ざります。
統計学的な重み付けや時間差解析はこうした問題を減らすための重要な方法ですが、測定されていない交絡因子まで完全に消すことはできません。

「歯周治療で認知症を予防できる」を証明する試験は、実は簡単には作れない
ここまで読むと、
「それなら歯周炎患者を治療群と無治療群へ無作為に分けて15年間追えばいい」
と思うかもしれません。
しかし倫理的にも実務的にも容易ではありません。
活動性歯周炎がある患者を、認知症研究のために何年も意図的に無治療のまま置くことは許容しにくいからです。
したがって現実的には、標準歯周治療と、より集中的な治療・メンテナンス戦略を比較する、治療開始時期やメンテナンス頻度を比較する、あるいは既存の医療データから無作為化試験に近い条件を再現する「試験模倣型」の解析を行うなど、研究設計自体を工夫する必要があります。
そして「歯周治療」という曝露も、もっと細かく定義しなければなりません。
ベースラインPPD、CAL、BOP、プラーク量、現在歯数、治療対象部位、治療回数、治療後のPPDやBOP改善、セルフケア、メンテナンス継続状況。
神経学側でも、単なる保険病名だけではなく、標準化された認知機能評価、認知症病型、必要に応じてMRI、PET、amyloid、tau、neurofilament light chainなどを組み合わせる必要があります。
さらにAPOE、糖尿病、喫煙、教育、所得、フレイル、うつ、栄養、歯科アクセスなども事前に因果モデルへ組み込む必要があります。
2026年のレビューでも、次世代の歯周病―脳研究では歯周指標と神経学的アウトカムを同時に詳細測定し、長期追跡する必要性が整理されています。
介入研究が全くないわけではありません。
Inamochiらの2024年の系統的レビューでは20研究が検討され、口腔ケア8研究、歯科治療8研究、口腔運動4研究が含まれていました。
一部研究には認知機能改善を示唆する結果がありましたが、レビュー全体としては、口腔介入が認知機能を明確に改善すると結論できるだけの一貫した証拠は得られていません。
軽度アルツハイマー病患者を対象とした小規模な無作為化比較試験もあります。
しかし、
「すでに認知症を発症している患者で、短期間の認知機能指標が変化するか」
と、
「認知症のない歯周炎患者へ治療介入し、10~15年後の認知症新規発症を減らせるか」
は全く別の問いです。
2026年現在、後者を十分な規模と期間で証明した臨床試験はありません。

Lancet Commissionが歯周病を14の修正可能リスク因子に入れていない意味
2024年のLancet Commissionでは、認知症に関する14の修正可能リスク因子が整理されました。
教育不足、難聴、高LDLコレステロール、高血圧、喫煙、肥満、うつ、身体活動不足、糖尿病、過度の飲酒、頭部外傷、大気汚染、社会的孤立、視力低下などです。
歯周病・口腔健康は独立した項目には採用されていません。
しかし、
「Lancet Commissionが歯周病と認知症の関連を否定した」
という意味ではありません。
2026年の日本歯周病学会レビューでも、口腔健康と認知症との関連自体は多数報告されている一方、教育歴などによる交絡、逆因果、因果方向の不明確さが残ることが整理されています。
つまり、
「関連がないから採用されていない」のではありません。
「その因子を修正すれば認知症発症を減らせる、独立した因果的リスク因子」として扱うには、まだ証拠が足りない。
この違いはかなり重要です。
それでも歯周病を治療する意味は全く変わらない
ここまで慎重な話をすると、
「それなら歯周病治療をしても意味がないのか」
という逆の誤解が起こります。
もちろん違います。
歯周炎は、それ自体が治療すべき疾患です。
歯肉の炎症や出血を抑える。歯周ポケット内の炎症負荷を減らす。歯周組織の破壊をできるだけ抑える。歯を長く維持する。咀嚼機能を保つ。疼痛や不快感を減らす。患者自身が清掃しやすい口腔環境を維持する。
これらは、認知症予防効果が証明されるかどうかとは独立した歯周治療本来の目的です。
歯周病と認知症について患者さんへ説明するのであれば、2026年現在は、
「歯周病や歯の喪失と認知症との関連は、多くの研究で繰り返し報告されています。しかし、歯周病そのものが認知症を起こすことや、歯周病を治療すれば認知症を予防できることまでは、現在の研究では証明されていません」
という説明が最も妥当だと私は考えます。
一方で、認知機能が低下してからは、むしろ歯科とのつながりを途切れさせないことが重要になります。
認知症が進行すると継続的な歯科受診やセルフケア自体が困難になります。日本の補綴領域の総説でも、中等度以降では積極的な「治療」だけではなく、管理しやすい口腔環境を維持する「ケア」へ重点を移す必要性が整理されています。
認知症のあるご家族を歯科へ予約するときに伝えたい内容はこちら
結論――「関連あり」を「因果あり」にしない。「因果未確定」を「無関係」にもしない
今回集めた研究から見えてくる答えは、単純なYes/Noではありません。
歯周病、歯の喪失、口腔衛生状態と認知症との関連は、複数の国、複数の集団、複数の研究デザインで反復して観察されています。
最新の系統的レビューでも関連は残りました。
久山町研究のように、PPD、CAL、BOPを実際に測定して10年間追跡しても関連が認められる研究があります。
韓国の約88万人を用いた長期解析でも関連があります。
したがって、
「歯周病と認知症の関係など、単なる思いつきに過ぎない」
という段階ではありません。
十分に検討に値する疫学的シグナルです。
しかし、その一方で、フィンランドの15年追跡では歯周状態と認知症新規発症との明確な関連は認められず、北アイルランドの15.6年追跡でも歯周炎そのものは認知症・MCI発症と関連しませんでした。
認知症から歯周炎への逆方向の関連も縦断研究で観察されています。
教育、所得、喫煙、糖尿病、栄養、フレイル、医療アクセスなどの残余交絡も残ります。
自己申告による歯周症状は、認知症の有無によって精度そのものが変わる可能性があります。
MRでも、一貫した因果関係は確認されていません。
P. gingivalisやジンジパインには興味深い基礎研究がありますが、ジンジパイン阻害薬atuzaginstatのGAIN試験では、全体集団の共同主要評価項目を達成できませんでした。
歯周治療や定期的スケーリングを利用する人で認知症発症が少ない観察研究もありますが、健康行動、社会経済状態、歯科アクセス、前臨床期の認知機能低下による逆因果を完全には除けません。
したがって、2026年現在の最も正確な結論は、
歯周病・歯の喪失と認知症には関連がある。
しかし、歯周病が認知症を起こすとまでは確定していない。
そして、歯周病を治療すれば認知症を予防できることも、まだ証明されていない。
というものです。
これは歯科の役割を小さく評価する結論ではありません。
むしろ、研究は次の段階へ進んでいるのだと思います。
これから問うべきなのは、
「歯周病と認知症に関連があるか」
だけではありません。
どの歯周病表現型が関係するのか。
PPDなのか、BOPなのか、長期的なCALなのか、歯の喪失なのか。
全認知症なのか、アルツハイマー病なのか、血管性認知症なのか。
どの年齢、どの全身状態、どの遺伝的背景を持つ人で関連が強いのか。
そして何より、
歯周治療という介入によって、患者にとって重要な認知症発症そのものを本当に変えられるのか。
そこを検証しなければなりません。
「関連あり」を「予防できる」へ飛躍させない。
しかし、「因果未確定」を「関係なし」へ読み替えない。
現在のエビデンスに対しては、この二つを同時に守ることが最も重要だと私は考えます。
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