2026年8月20日

(歯科助手さんの治療見学ノート)

はじめに
被せ物を作る治療の途中で、歯の型取りとは別に、やわらかい材料を上下の歯の間に入れられて、
「いつものところで噛んでください」
と言われたことはありませんか?
短い時間で終わるので、「これも型取りなのかな?」「被せ物の高さを測っているのかな?」と思う方もいるかもしれません。
この工程は「咬合採得(こうごうさいとく)」と呼ばれます。
先に結論からいうと、咬合採得で直接記録しているのは、完成する被せ物の高さそのものではありません。
大切なのは、「上の歯と下の歯を、どの位置関係で合わせるのか」という情報です。
歯型や口腔内スキャンが「歯の形のデータ」だとすれば、咬合採得は「上下の歯列をどう組み合わせるかのデータ」と考えると分かりやすいと思います。
被せ物を作るときの「噛み合わせの型」とは?
被せ物を作るときには、治療する歯の形だけ分かればよいわけではありません。
たとえば上の奥歯にクラウンを作るとします。
削った上の歯の形を精密に記録しても、それだけでは「下の歯がどの位置で噛み合ってくるのか」が十分に分からないことがあります。
そこで必要になるのが咬合採得です。
上下の歯列がどの位置で噛み合っているかという情報を記録し、被せ物を製作するときの参考にします。
患者さんから見ると「材料を噛んだ跡」が残るので、被せ物の高さをそのまま写し取っているようにも見えます。
しかし実際には、咬合採得はクラウンの高さそのものの型ではなく、高さや噛む面を決めるために必要な上下顎関係の記録です。
「歯型」と「噛み合わせの型」は何が違う?
ここは、初めて治療を見ると少し分かりにくいところです。
被せ物を作るための印象採得や口腔内スキャンでは、主に次のような情報を記録します。
- 削った歯の形
- 被せ物の境目になる部分
- 隣の歯との位置関係
- 周囲の歯や歯ぐきの形
- 噛み合う側の歯列(上の歯を治療する場合は下の歯列)
ところが、上顎と下顎を別々に記録しただけでは、上下のデータがそれぞれ存在しているだけです。
そこで、
「この位置で上と下を合わせてください」
という情報が必要になります。
それを伝える役割の一つが咬合採得です。

咬合採得は「上下の模型をつなぐ位置合わせの鍵」
従来の被せ物づくりでは、印象材で採った歯型から石膏模型を作り、上顎模型と下顎模型を準備していました。
しかし、その2つの模型をただ机の上に置いただけでは、患者さんの口の中でどの位置に噛み合っていたのかを正しく再現できません。
そこで咬合記録を利用して上下の模型の位置関係を合わせ、必要に応じて「咬合器」という上下顎の関係や動きを扱う装置に模型を取り付けます。
少し難しい言葉ですが、咬合採得を「上顎と下顎を結びつける位置合わせの鍵」と考えると、役割がイメージしやすくなります。
型取りのあとに何をして被せ物が完成していくのかについては、当院の「型取りの後、次の予約まで何を待っている?」の記事でも補綴物ができるまでの流れを紹介しています。
咬合採得では何を噛んでいるの?
咬合採得に使う材料や方法は、症例や治療内容によって異なります。
従来法では、シリコーン系の咬合記録材をはじめ、ワックスやレジン系材料などが利用されることがあります。
患者さんからすると「少しやわらかいものを噛んで、そのまま固まるのを待つ」という短い処置に見えますが、その材料に残った上下の歯の関係が補綴物を作るための情報になります。

ただし、「被せ物を作るなら必ず同じ材料を噛む」というわけではありません。
治療する歯の本数、残っている歯、噛み合わせの安定性、従来の型取りを使うか口腔内スキャナーを使うかなどによって、記録方法は変わります。
なぜ「いつものところで噛んでください」と言われるの?
咬合採得をしている場面を見ていると、先生がよく、
「普通に噛んでください」
「いつものところで噛んでください」
と声をかけています。
これにも意味があります。
一般的な1本のクラウンなど、もともとの噛み合わせを大きく変更しない治療では、患者さんが普段噛んでいる位置関係を利用して被せ物を作ることがあります。
ところが「正しく噛まなくちゃ」と強く意識すると、普段とは違って下顎を前へ出したり、横へずらしたりしてしまうことがあります。
つまり、「どう噛んだか」そのものも記録の質に関係するわけです。
途中で「どこがいつもの位置か分からなくなってきた」と感じても心配はいりません。
無理に自分で位置を探そうとせず、そのまま先生へ伝えてください。
何度か噛み直すことがあるのはなぜ?
咬合採得を一度したあと、もう一度材料を入れて噛んでもらうことがあります。
「最初の一回に失敗したのかな?」と思うかもしれませんが、必ずしもそうではありません。
たとえば、
- 普段と違う位置で噛んでいないか確認する
- 上下の位置関係をもう一度確認する
- 記録材が適切に入っているか確認する
- 左右の歯が自然に噛み合っているか確認する
- 必要な範囲の記録が取れているか確認する
といった理由で、採り直したり複数回確認したりすることがあります。
「一度で終わらなかった=治療に失敗した」ではありません。
むしろ被せ物を作るための大切な情報なので、必要なら確認し直します。
噛み合わせが安定している人と、そうでない人では方法が違うことも
咬合採得は、すべての患者さんにまったく同じ方法で行うわけではありません。
上下に十分な歯が残っていて、いつもの噛む位置がはっきりしている場合には、上下顎関係を比較的記録しやすくなります。
一方で、
- 奥歯が多く失われている
- 上下の歯が噛み合う場所が少ない
- 多数の歯を同時に治療している
- 噛む位置そのものを変更する必要がある
- もともとの噛み合わせが安定しにくい
といったケースでは、より慎重に上下顎関係を決める必要があります。
場合によっては単純な咬合記録だけでなく、別の装置や仮歯などを使いながら段階的に確認することもあります。

口腔内スキャナーでは「噛み合わせの型」が残らないことも
現在は、従来の印象材だけでなく、口腔内スキャナーを使って歯列を3Dデータとして記録することもあります。
口腔内スキャナーの仕組みについては、当院の「口腔内スキャナーで歯型が3Dになるのはなぜ?カメラで読み取る光学印象のしくみ」でも詳しく紹介しています。
デジタルになっても、上顎と下顎をどの位置で組み合わせるかという情報は必要です。
代表的な方法では、上顎と下顎をそれぞれスキャンしたあと、患者さんに噛んでもらい、噛んだ状態の歯の頬側を追加でスキャンします。
コンピューターはその情報を利用して、別々に記録した上顎と下顎の3Dデータを組み合わせます。
コンピューター上で上下顎を位置づけることを「バーチャルマウント」と呼ぶこともあります。

つまり、デジタルになったから「噛み合わせの記録がなくなった」のではありません。
物として残っていた噛み合わせの情報が、デジタルデータとして扱われるようになったと考えるほうが正確です。
デジタルなら必ず噛み合わせがぴったり合う?
ここも誤解しやすいところですが、答えは「必ずではありません」です。
口腔内スキャナーを使うことで、従来の印象材や石膏模型を介する工程の一部を減らせる場合があります。
データをそのまま歯科技工側へ送ることができるため、効率化や調整量の減少につながるケースもあります。
一方で、スキャンする範囲やデータの読み取り、上下顎データの位置合わせなど、デジタルならではの確認も必要です。
「デジタル=自動的に完璧な噛み合わせになる」わけではありません。
デジタルになっても、最後に患者さんの口の中で確認することは大切です。
咬合採得で、顎の動き全部を記録しているわけではありません
もう一つ知っておいてほしいのが、咬合採得は「ある位置での上下顎関係」を記録するもので、食事中の顎の動きすべてを一枚の記録材に写しているわけではないということです。
人は食事をするとき、ただ真っすぐ上下に口を開け閉めしているわけではありません。
下顎は前後や左右にも動きます。
そのため、いつもの位置で噛んだときには問題がなくても、顎を横へ動かしたときに被せ物が不自然に強く当たることがあります。
こうした動きまで確認するため、被せ物を装着するときには、必要に応じてカチカチ噛むだけでなく、顎を前や横へ動かしてもらうことがあります。
つまり、
咬合採得=製作に必要な上下顎関係を記録する工程
であり、
完成した被せ物を実際の口の中で確認する工程とは別
なのです。
仮歯で噛み合わせを確認してから最終の被せ物へ進むことも
症例によっては、一回の咬合採得だけで最終的な形を決めるのではなく、仮歯を使いながら噛み合わせや形を確認することもあります。
仮歯には、単に見た目を補うだけではない役割があります。
当院の「仮歯はなぜ必要?見た目だけではない治療途中の大切な役割」でも紹介していますが、仮歯を実際に使ってもらうことで、噛みやすさや形、清掃のしやすさなどを確認できる場合があります。
さらにデジタル技術を利用する治療では、一定期間使って問題のなかった仮歯の形や噛み合わせを口腔内スキャナーで読み取り、その情報を最終補綴装置へ引き継ぐ方法もあります。
「実際に使って問題がなかった形」を最終の被せ物づくりに生かすという考え方です。
もちろん、すべての1本のクラウンでこの方法を行うわけではありません。治療する範囲や噛み合わせの状態によって方法を選びます。

咬合採得と「赤や青い紙をカチカチ噛む」のは別の工程
被せ物の治療では、完成したクラウンを入れる日に赤や青の薄い紙を噛むことがあります。
これは「咬合紙」と呼ばれるもので、咬合採得とは役割が違います。
咬合採得は、被せ物を作るために上下顎関係を記録する工程。
咬合紙は、出来上がった被せ物が実際の口の中でどこに当たっているかを確認するための道具。
です。

咬合紙を使った確認については、当院の「咬合紙で何を確認している?」で詳しく解説しています。
咬合採得をしたのに、なぜ完成した被せ物をまた調整するの?
ここまで読むと、
「そこまで噛み合わせを記録しているなら、完成した被せ物はそのまま入るのでは?」
と思うかもしれません。
確かに、咬合採得は被せ物の咬み合わせを作るための重要な情報です。
しかし、口の中を完全にそのまま別の場所へ移すことはできません。
従来法なら、印象採得、模型製作、咬合採得、模型の位置合わせ、技工作業など複数の工程があります。
デジタル法でも、スキャン、上下データの位置合わせ、CAD設計、加工という工程があります。
さらに実際の口の中では、歯は歯根膜という組織を介して骨に支えられており、噛む力によってごくわずかに動きます。
下顎も一つの方向だけに動くわけではありません。
そのため、完成したクラウンは最後に患者さん自身の口の中で噛んでもらって確認する必要があります。
装着日に少し咬合調整をしたからといって、直ちに「型取りや咬合採得に失敗した」ということではありません。
被せ物を入れる日の試適・高さ確認・接着までの流れは、「被せ物を入れる日は何をしている?」でも紹介しています。
「この歯だけ先に当たる気がする」という感覚も大切です
完成した被せ物を入れたあと、患者さんが感じる感覚も大切な確認材料です。
たとえば、
- この歯だけ先に当たる感じがする
- 以前より噛みにくい
- 噛むとその歯だけ痛い
- 顎を横へ動かすと引っかかる感じがする
- いつもの位置で噛めない感じがする
といった違和感があれば、遠慮せずに伝えてください。
歯科医師は咬合紙などによる接触の確認と、患者さん自身の感覚の両方を参考にしながら必要な調整を行います。

短い「噛んでください」に、被せ物を作るための重要な情報があります
治療を見ていると、咬合採得は本当に短い工程です。
材料を準備して、患者さんに噛んでもらい、固まったら取り外す。
それだけを見ると、被せ物づくりの中では小さな作業に見えます。
でも、記録しているのは、
「この患者さんの上の歯と下の歯は、この位置関係で噛んでいます」
という、とても重要な情報です。
歯型・口腔内スキャン=歯の形を伝える情報。
咬合採得=上下の歯列をどう組み合わせるかを伝える情報。
その両方を使いながら、反対側の歯と不自然にぶつからず、患者さんの噛み合わせの中へ入る被せ物を作っていきます。
従来のシリコーンなどを使う方法から、口腔内スキャナーを使ったデジタル咬合採得へ方法が変わっても、「患者さんが実際にどう噛んでいるかを、被せ物を作る側へ伝える」という目的は変わりません。
広島市中区で被せ物の高さ・噛み合わせが気になる方へ
ブランデンタルクリニックは、広島市中区・立町駅徒歩1分、立町中央ビル4階にあります。4階まではエレベーターをご利用いただけます。
被せ物を入れたあとに、
- 高さが合わない気がする
- そこだけ先に当たる
- 噛むと痛い
- クラウンや詰め物が動く・外れた
- 以前と噛み合わせが違う感じがする
といった症状がある場合は、予約時にその内容をお伝えください。
当院では当日電話受付可・急患同日可として、症状や予約状況を確認しながらご案内しています。
特に、強い痛み、被せ物の脱離、噛めないほどの違和感などがある場合は、WEB予約だけで空きを判断せず、お電話でご相談ください。
