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詰め物をしたら「空気」で顔が腫れた!歯科治療関連皮下気腫|入口×気体源×圧×筋膜間隙と縦隔・眼窩進展

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2026年9月07日

詰め物をしたら「空気」で顔が腫れた!歯科治療関連皮下気腫|入口×気体源×圧×筋膜間隙と縦隔・眼窩進展

(院長の徒然コラム)

はじめに

2026年9月3日、BMC Oral Healthに査読済み早期公開版として、興味深い症例報告が公開されました。

35歳の女性。根管治療を終えた下顎大臼歯に、直接コンポジットレジン修復が行われました。ところが処置後、頬部から顎下部にかけて腫脹が出現しました。

歯科治療後に急に顔が腫れた。

こう聞けば、まず感染、血腫、通常の術後浮腫、あるいは局所麻酔薬などへの過敏反応を考えるかもしれません。

しかし、この患者では腫脹部に捻髪感・握雪感(crepitus)が認められました。

腫れていたものの少なくとも一部は、膿でも血液でも浮腫でもありません。

組織の中に入り込んだ気体です。

診断は、歯科治療に関連した皮下気腫でした。腫脹と捻髪感は頬部から顎下部へ広がりましたが、大きな侵襲的処置を必要とせず、およそ10日で改善しています。

報告では、深い歯肉縁下欠損などの既存の歯周組織の問題、歯肉への処置、治療中に使用された送気を伴う器具など、複数の条件が関係した可能性が論じられています。ただし、実際の侵入口や原因器具が一つに証明された症例ではありません。

ここで一つ疑問が残ります。

なぜ、抜歯でも大きな口腔外科手術でもない「詰め物」で、気体が顔の組織へ入り込んだのでしょうか。

この疑問を「エアータービンが悪かった」「エアシリンジが悪かった」と一つの器具だけで説明しようとすると、歯科治療関連皮下気腫の全体像はむしろ見えにくくなります。

歯科治療関連皮下気腫は、次の4つに分けて考えるとかなり整理しやすくなります。

  • ① 深部組織へ通じる「入口」
  • ② 空気や酸素などを生じさせる「気体源」
  • ③ 気体を組織へ送り込む「力」
  • ④ 気体が進んでいく「筋膜間隙」

抜歯、根管治療、コンポジットレジン修復、歯周治療、エアフロー、レーザー治療――一見ばらばらに見える症例も、この4つで見ると同じ病態としてつながってきます。

歯科治療関連皮下気腫とは何か

皮下気腫とは、皮下組織や筋膜間隙など、本来は大量の気体が存在しない場所へ空気などの気体が侵入・貯留した状態です。

歯科領域では古くから知られている偶発症で、抜歯だけでなく、保存修復、根管治療、歯周治療、インプラント周囲処置、レーザー治療など、幅広い処置の後に報告されています。

多くは時間とともに吸収され、数日から1~2週間程度で改善します。

ただし、頭頸部の筋膜間隙は頸部から胸郭へ連続しています。そのため、顔面だけで終わる症例もあれば、頸部から縦隔へ下がる症例、側頭部から眼窩へ上がる症例もあります。

「顔に空気が入った」というだけで、すべてが同じ重症度ではありません。

皮下気腫はどのくらい稀なのか――「発生率」と「報告症例の内訳」を分ける

歯科治療関連皮下気腫の論文を読むと、50%、60%という大きな数字が出てくることがあります。

しかし、その多くは発生率ではありません。

Jones氏らが1993~2020年の報告をまとめた系統的レビューでは、135症例が解析されました。そのうち抜歯が54%、圧縮空気駆動のハンドピースが51.1%を占めていました。

これは「抜歯を受けた患者の54%に皮下気腫が起きた」「エアータービンを使用した患者の51.1%に起きた」という意味ではありません。

すでに皮下気腫として報告された症例の中で、それらの処置や器具がどれだけ含まれていたかという数字です。

実際の処置件数を分母にした国内研究では0.102%

この点で重要なのが、坪井氏らが2024年に報告した下顎埋伏智歯抜歯の臨床研究です。

切削器具を使用した下顎埋伏智歯抜歯11,819例中12例に気腫が生じていました。

計算すると、

12 ÷ 11,819=0.102%

です。

約1,000例に1例という規模です。

ただし、これも「歯科治療全体の皮下気腫発生率」ではありません。

  • 単一施設
  • 下顎埋伏智歯抜歯
  • 切削器具を使用した症例

という限定された条件での発生率です。

コンポジットレジン修復や根管治療、歯周治療の発生率を0.102%と推定することはできません。

皮下気腫を「入口・気体源・送り込む力・筋膜間隙」に分けて考える

歯科治療関連皮下気腫を理解するためには、「どの器具を使ったか」だけでは十分ではありません。

少なくとも次の4つを順番に考える必要があります。

  1. 入口――深部組織へ通じる交通路が存在したか。
  2. 気体源――何が空気やその他の気体を供給したか。
  3. 送り込む力――圧、流量、方向、使用時間などがどうだったか。
  4. 筋膜間隙――気体が侵入した先に、どの組織間隙が連続していたか。

この4条件は独立しているわけではありません。

高圧の器具があっても、深部へ通じる入口がなければ同じ結果になるとは限りません。

反対に、大きな創ではなくても、器具の出口が組織深部へ向き、気体が逃げにくい条件が重なれば、深部へ侵入する可能性があります。

①「入口」――空気はどこから入るのか

気体が皮下や筋膜間隙へ入るには、何らかの交通路が必要です。

歯科治療で考えられる代表的な入口には、次のようなものがあります。

  • 抜歯窩
  • 歯肉溝
  • 深い歯周ポケット
  • 歯肉縁下欠損
  • 切開部
  • 剥離した粘膜骨膜弁の下
  • 粘膜裂傷
  • 歯根膜周囲
  • 根尖孔
  • 根管穿孔
  • インプラント周囲ポケット

2026年の74例研究でも、歯肉溝、歯根膜を介した経路、根管系、外科処置部など、複数の侵入経路が考えられています。

大きな傷でなくても入口になり得る

2024年に報告された歯肉の色素除去処置後の症例では、約4mmの小さな粘膜裂傷が確認され、そこから圧縮空気が侵入した可能性が考察されました。

もちろん、4mmという数字を「これ以上なら危険」という基準にすることはできません。一症例の所見だからです。

重要なのは、皮下気腫に巨大な外科創は必須ではないという点です。

歯肉溝という「見えにくい入口」

この問題は口腔外科だけの話ではありません。

国内では2017年、村上氏らが一般歯科治療に関連して広範な顔面・頸部・縦隔気腫を生じた2例を報告しています。

一例はエアースケーラーによる歯石除去、もう一例はエアータービンによる支台歯形成でした。

著者らは、歯肉溝周囲の粘膜骨膜が器具による機械的損傷や圧縮空気への曝露で部分的に破綻し、そこから気体が深部へ侵入した可能性を考察しています。

つまり、「外科処置かどうか」より、「気体が深部へ入り込める交通路ができていないか」を見る方が病態に近いわけです。

冒頭の2026年のコンポジットレジン修復症例にも、深い歯肉縁下欠損、歯周ポケット、歯肉への処置という局所条件がありました。

「この歯周ポケットが実際の入口だった」と断定することはできません。しかし、気体が深部へ入る入口になり得る条件が存在していたことは、この症例を理解するうえで重要です。

②「気体源」――タービンだけを見ていてはいけない

歯科治療関連皮下気腫で最もよく知られている気体源は、圧縮空気駆動の高速ハンドピースです。

2026年、Kalaitsidou氏らは、歯科治療後に皮下気腫を生じて三次紹介施設へ紹介された74人を解析しました。

その中で、眼窩中隔より後方、深頸部、縦隔のいずれかへ気体が進展した症例は36例、48.6%でした。

多変量解析では、圧縮空気駆動の高速ハンドピース使用は、このような深部進展と有意に関連し、

調整オッズ比4.5
95%信頼区間2.1~9.8

でした。

これは重要な結果ですが、意味を取り違えてはいけません。

「タービンを使うと皮下気腫が4.5倍起きる」という数字ではありません。

すでに皮下気腫を発症した患者の中で、圧縮空気駆動の高速ハンドピースが使われていた症例では、より深い領域へ進展している割合が高かった、という関連です。

エア・ウォーターシリンジも気体源になる

同じ74例の研究では、エア・ウォーターシリンジも複数症例で関与していました。

歯肉縁下、深い窩洞、歯周ポケット周囲、外科創などでは、歯面を見やすくしたり乾燥させたりするために送気する場面があります。

しかし問題は、「空気を使ったこと」だけではありません。

  • 先端がどこを向いていたか
  • そこに入口が存在したか
  • 空気が口腔側へ逃げられたか
  • 組織側へ押し込まれる配置になっていなかったか

まで考える必要があります。

エアフロー・エアポリッシングでも起こる

歯周領域では、エアポリッシング装置も重要です。

Sahin氏らの2026年のレビューでは、1957~2025年に報告された歯周処置関連皮下気腫36症例のうち、24例、66.7%でエアポリッシング装置が関係していました。

また、15例、41.7%では縦隔への進展が報告されています。

これらも発生率ではなく、すでに報告された36症例の内訳です。

歯周ポケット、炎症、開放創、骨欠損などの局所条件と、噴射方向・距離・時間などが重なった症例が報告されています。

エアフローの仕組み・効果・注意点についても、器械そのものだけでなく歯周組織の状態を考えながら使うことが重要です。

「予防処置だから安全」「外科処置ではないから深部へは行かない」と、治療の名称だけで分けることはできません。

インプラント周囲でも同じことが起こり得る

2026年には、インプラント周囲をエアポリッシング装置で清掃した後、両側頸部から縦隔まで広範な気腫を生じた症例も報告されています。

インプラント周囲ポケットという入口になり得る条件と、エアポリッシングによる気体供給が組み合わさった症例です。

ここでも、入口+気体源+送り込む力という組み合わせで考えると理解しやすくなります。

電気エンジンなら安全なのか

「タービンの圧縮空気が問題なら、電気エンジンに変えればよい」と考えたくなります。

しかし、それほど単純ではありません。

坪井氏らの国内12症例では、使用されていた切削器具は、

  • タービン:3例
  • 電気エンジンハンドピース:9例

でした。

一方、気体が波及した組織間隙数はタービン症例の方が多く、タービンを使用した症例ではより広範囲に進展していました。

電気エンジンハンドピースでも、機種によっては先端から冷却・清掃用の空気が出ます。

電動=送気なしではありません。

高速・低速ハンドピースとタービン・コントラの違いを考える際にも、皮下気腫予防という観点では、器械の名称より「先端から空気が出る構造なのか」「創部へ向けて空気が流れていないか」が重要になります。

エアータービンを使わなくても、充填後に皮下気腫は起きている

2026年、Rajabian氏らは32歳女性の症例を報告しています。

下顎右側第二大臼歯の充填処置後、頸顔面部の疼痛・腫脹と胸部圧迫感が生じました。

この症例ではエアータービンは使用されていません。

したがって、圧縮空気駆動の高速ハンドピースは重要な危険因子ではあるものの、皮下気腫成立の必要条件ではないと考えるのが妥当です。

レーザーでも起こる――日本の安全管理資料が示したこと

歯科用レーザーも無関係ではありません。

日本レーザー歯学会の研修・安全講習委員会が2015年に報告したアンケート調査では、2013~2014年に行われた研修会・安全講習会の回答から、レーザー歯科治療に関するインシデント・アクシデントの自由記載56件を分析しています。

その中では、気腫が23%で最も多く報告されていました。

これもレーザー治療患者における23%の発生率という意味ではありません。

事故やヒヤリハットとして記載された56件の中での割合です。

それでも、レーザー歯科治療の安全管理上、皮下気腫が以前から重要な偶発症として認識されてきたことは分かります。

国内には、炭酸ガスレーザー使用時の送気が、内歯瘻などを介して頬隙、咀嚼筋間隙、側頭部、顎下部、傍咽頭部へ広がったと考察された症例もあります。

レーザー光そのものだけでなく、冷却や清掃のための送気と、そこに存在する入口を見る必要があります。

気体は「空気」だけではない――根管治療と過酸化水素水

歯科治療関連皮下気腫を「外から空気が押し込まれた事故」だけで考えると、根管治療の一部症例を説明しにくくなります。

根管治療では、化学反応によって酸素が発生する可能性もあります。

Fasoulas氏らが2019年に行った根管治療関連皮下気腫の系統的レビューでは、51論文65症例が解析されています。

原因として疑われたものには、圧縮空気による根管乾燥、過酸化水素水の根尖外への逸出、ハンドピースやレーザーに伴う送気、オゾンなどが含まれていました。

つまり、根管治療の皮下気腫では、

  • 外から気体を押し込む場合
  • 組織側で気体が発生する場合

を分けて考える必要があります。

日本には「根管治療から縦隔まで進んだ」詳細な症例がある

2004年、雨海氏らは「根管治療に起因した縦隔気腫の1例」を報告しています。

54歳女性。下顎第一大臼歯の根管治療で、過酸化水素水と次亜塩素酸ナトリウムを用いた交互洗浄中に一過性の疼痛が出現しました。

その後、顎下部腫脹、嚥下困難が進み、呼吸困難も出現。CTでは上縦隔まで気腫が広がっていました。

さらに後日、原因歯を抜去すると、根に穿孔が確認されました。

著者らは、

穿孔部から薬液が骨外へ流出

酸素が発生

顎下隙

翼突下顎隙

傍咽頭隙

後咽頭隙

縦隔

と進展した可能性を考察しています。

一症例から推定された機序なので、すべてが直接証明されたわけではありません。

それでも、「歯科皮下気腫=タービンから空気が漏れた事故」だけでは不十分だということはよく分かります。

2025年、日本の根管洗浄で過酸化水素水はどのくらい使われているか

2025年には、日本の根管洗浄の現状を示す二つの調査が報告されています。

歯科大学・歯学部28講座の調査

回答した28講座では、根管洗浄をすべての講座が実施していました。

使用器具はシリンジ96.4%、超音波発振装置89.3%。

洗浄液では次亜塩素酸ナトリウムとEDTAが100%、過酸化水素水が14.8%でした。

また39.3%の講座が、過去に何らかの根管洗浄関連偶発症を経験しており、その内容には皮下気腫も含まれていました。

岐阜県内155診療所の調査

もう一つは、岐阜県内の歯科診療所を対象とした調査です。

884診療所へ調査を依頼し、155診療所から回答があり、回収率は17.5%でした。

洗浄液では、過酸化水素水を34.6%の施設が使用していました。

偶発症の質問に回答した153施設のうち38施設、24.8%が、過去に根管洗浄中の何らかの偶発症を経験していました。その38施設の中では、皮下気腫を経験した施設が3施設ありました。

ここも数字の意味に注意が必要です。

24.8%は、患者の皮下気腫発生率ではありません。

「過去に何らかの根管洗浄事故を経験したことがある診療所」の割合です。

同様に、大学調査の39.3%も患者発症率ではなく、講座単位の偶発症経験率です。

それでも、皮下気腫が古い症例報告だけに存在する偶発症ではなく、現在の日本の根管治療でも安全管理上認識されていることが分かります。

根管洗浄については、根管治療で注射器から液を入れる理由と次亜塩素酸ナトリウム・EDTAの役割でも詳しく解説しています。

③「送り込む力」――何MPaかだけでは判断できない

次に、気体を組織へ押し込む力を考えます。

重要なのは、圧力だけではありません。

  • 流量
  • 方向
  • 使用時間
  • 出口の形
  • 器具と組織との距離
  • 気体や液体が口腔側へ戻れるか

が組み合わさります。

高い圧でも、深部へ通じる入口がなく、空気が十分に外へ逃げれば同じ結果になるとは限りません。

逆に比較的低い圧でも、出口が組織深部へ向き、入口に近接し、長時間送気されれば、組織へ入る総量は増え得ます。

「高圧だから危険」「低圧だから安全」と、圧力の数字だけで線を引くことはできません。

根管洗浄も「圧の逃げ道」が大切

岐阜県の根管洗浄調査では、シリンジの押し込み方や洗浄針の形状によって、根尖方向の圧が変化し得ることが考察されています。

特に、プランジャーを強く押すことや、先端開口型の洗浄針を使用することでは、根尖方向へ圧がかかりやすくなります。

根管洗浄で重要なのは、単に「奥まで針を入れること」ではなく、洗浄液と圧が冠側へ戻れる経路を確保することです。

洗浄針を根管壁へ強く密着させず、過剰な圧を避け、根尖外へ薬液を押し出さない。

これは皮下気腫だけでなく、次亜塩素酸ナトリウムの根尖外逸出を防ぐうえでも重要です。

患者自身が「送り込む力」を作ることもある

気体は歯科器械だけで押し込まれるとは限りません。

文献には、強く鼻をかむ、くしゃみ、咳、強く唾を吐く、いきむといった行動を契機として、気腫が生じたり拡大したりした症例があります。

宮本氏らが2020年に報告した4症例の中にも、抜歯後に上顎洞との交通が残っていた患者が、帰宅後にくしゃみをした直後に頬部の急激な腫脹を生じた症例があります。

一度、口腔や鼻腔と深部組織との交通路ができれば、患者自身が作る内圧も、気体を組織へ押し込む力になり得ます。

ただし、あらゆる歯科治療後に一律で長期間「鼻をかんではいけない」とする根拠があるわけではありません。術式や交通路に応じて考える必要があります。

皮下気腫は必ず「治療中」に起こるわけではない

典型的な症例では、器具を使用している最中に急激な腫脹が起こります。

高速ハンドピースを使用し始めて数十秒程度で顔面や頸部の腫脹が始まった報告もあります。

しかし、すべてがその場で明らかになるわけではありません。

数時間後、帰宅後、あるいは翌日以降に腫脹や痛み、捻髪感が目立つ症例もあります。

2025年のCarter氏の症例では、下顎大臼歯に充填処置を受けた2日後に救急受診しています。胸部単純X線では明らかな異常を認めなかった一方、CTでは顔面から頸部に広がる気体が確認されました。

「治療直後に腫れなかったから皮下気腫ではない」とも言えません。

遅れて顔面や頸部が腫れた患者では、直前の歯科処置歴を確認することが重要です。

④「筋膜間隙」――入った気体はどこへ行くのか

ここが重症度を左右します。

気体は体内を無作為に広がるわけではありません。

頭頸部には、筋・筋膜、血管、咽頭周囲組織などで区切られた複数の潜在的な組織間隙があります。

これらは互いに連続しており、気体は抵抗の少ない方向へ進みます。

国内で非常に参考になるのが、槙氏らによる2018年の14例CT研究です。

14例中、

  • 下顎:12例
  • 臼歯部:13例

でした。

発症当日にCTが行われた12例のうち、すでに3例で縦隔まで気体が進展していました。

また、傍咽頭隙への進展が13例、後咽頭隙への進展が5例に認められています。

典型的には、

口腔・下顎臼歯部

顎下隙・咀嚼筋隙

傍咽頭隙

後咽頭隙・危険隙

縦隔

という下行性の経路を考えることができます。

なぜ下顎臼歯部が何度も出てくるのか

国内外の研究を読むと、下顎臼歯部が何度も登場します。

2026年の74例研究では、下顎臼歯部の処置は深部進展と独立して関連し、

調整オッズ比2.8
95%信頼区間1.1~6.4

でした。

坪井氏らの研究は下顎埋伏智歯を対象としており、槙氏らの14例でも下顎症例が多く含まれていました。

そして、冒頭の2026年9月3日の症例も下顎大臼歯です。

これらを合わせると、下顎臼歯部は、歯科治療関連皮下気腫の深部進展を考えるうえで特に注意したい部位と考えられます。

気体は「下」だけではなく「上」にも行く――眼窩気腫

頸部・縦隔方向だけではありません。

頭側へ進展し、眼窩へ気体が入る症例もあります。

2026年に報告された17歳女性の症例では、第三大臼歯抜歯後に眼窩周囲の腫脹、結膜浮腫、複視、眼球運動制限が出現しました。

CTでは下顎部から咀嚼筋隙・翼突筋周囲を経て眼窩周囲、さらに眼窩内へ気体が広がっていました。著者らは、側頭下窩から翼口蓋窩周辺、下眼窩裂を介して眼窩へ達する上行経路などを考察しています。

眼窩方向へ進展した場合、

  • 複視
  • 視力低下
  • 眼球運動障害
  • 眼球突出
  • 強い眼痛

などは警戒すべき症状です。

『口腔顎顔面外傷診療ガイドライン2025改訂版』でも、対象は外傷ではありますが、眼窩気腫と眼窩内圧上昇を伴う状態では緊急対応が必要になる場合があることが示されています。

「女性に多い」「若い人に多い」は本当なのか

古い症例集積では、女性や若年者が多いという記述がしばしば見られます。

槙氏らの14例でも女性が多く含まれていました。

しかし、症例集積の「人数」と、実際の「発生率」は分けて考える必要があります。

坪井氏らの11,819例を分母にした研究では、男女間に有意な発生率差は確認されませんでした。

さらに2026年の74例研究でも、年齢や性別は深部進展との有意な関連を示していません。

したがって、「女性だから起こりやすい」「20歳代だから起こりやすい」と患者因子として決めつける根拠は弱いと考えられます。

治療後に急に顔が腫れた――何と鑑別するか

歯科治療後の急性顔面腫脹では、皮下気腫だけを考えるわけにはいきません。

主に、

  • 皮下気腫
  • 血腫
  • 通常の術後浮腫
  • 蜂窩織炎などの感染性疾患
  • 血管性浮腫
  • アナフィラキシー

などを考えます。

握雪感・捻髪感は非常に重要な手掛かり

皮下気腫の診断で特に重要なのが、触診時の握雪感・捻髪感です。

2026年の74例研究では、74例すべてに急性腫脹と触知可能な捻髪感が認められました。

治療後に顔が急に腫れたときは、見た目だけではなく実際に触れることが大切です。

ただし、

捻髪感がある=アナフィラキシーではない

と機械的に判断してはいけません。

2022年のBrito氏らの症例では、歯科医院で過敏反応が疑われ、アドレナリン、ステロイド、抗ヒスタミン薬が投与された後、救急部で捻髪感と画像所見から皮下気腫・縦隔気腫と診断されました。

この症例から学ぶべきことは「アドレナリンを使わない」ということではありません。

皮下気腫という鑑別を思い出すこと。

そして、本当にアナフィラキシーが疑われる状況では、その治療を遅らせないこと。

この二つは両立させる必要があります。

「皮下気腫だから感染ではない」と決めてはいけない

歯科治療に伴う医原性皮下気腫は、それ自体が感染を意味するわけではありません。

しかし、「組織内にガスがある」という所見だけで、感染性疾患を自動的に除外することもできません。

発熱、強い疼痛、発赤・熱感、炎症反応の上昇、液体貯留や膿瘍形成、全身状態の悪化などがあれば、感染性疾患も鑑別する必要があります。

医原性皮下気腫では、

  • 歯科処置との時間的関係
  • 急激な腫脹
  • 握雪感・捻髪感
  • 画像上の気体分布
  • 感染を示す所見の有無

などを合わせて判断します。

「空気があるから感染ではない」のではなく、病歴、診察、画像、全身所見を合わせて判断する。

皮下気腫だと気づいたら、次に問うのは「どこまで行っているか」

診断がついたから終わりではありません。

むしろ、そこからが重症度評価です。

  • 顔面だけなのか
  • 頸部まで下がっているのか
  • 咽頭周囲へ入っているのか
  • 縦隔へ到達しているのか
  • 眼窩へ上がっているのか

を評価します。

2026年の74例研究では、眼窩中隔より後方、深頸部、縦隔のいずれかへの進展が36例、48.6%でした。

また、深頸部への進展が21例、縦隔気腫が12例、眼窩への進展が15例に認められています。

ただし、これらの解剖学的カテゴリーには重複があります。

同じ患者が深頸部と縦隔の両方へ進展している場合もあるため、21+12+15を別々の患者として合計することはできません。

さらに、48.6%を「歯科皮下気腫の約半数が重症化する」と解釈することもできません。

三次紹介施設へ紹介され、全例CT評価を受けた74症例です。軽症例よりも重症例が集まりやすい紹介バイアスを考慮する必要があります。

深部進展を疑う警戒所見

特に注意したいのは、次のような所見です。

  • 頸部まで広がる握雪感・捻髪感
  • 明らかな嚥下障害
  • 嗄声・発声障害
  • 呼吸困難
  • 胸痛・胸部圧迫感
  • 急速な腫脹拡大
  • 複視・視力低下などの眼症状

2026年の74例研究では、嚥下障害自体は多く報告されましたが、その多くは軽い咽頭違和感でした。一方、臨床的に明らかな嚥下障害は深部進展と関連していました。

「少し喉が詰まる感じ」と「唾液も飲み込みにくい」を、同じ重みで扱わないことも重要です。

CTは誰に必要なのか

CTの価値は、単に「空気がある」と確認するだけではありません。

どの筋膜間隙へ入り、どこまで進んでいるかを評価できる点にあります。

槙氏らの14例研究では、発症当日にCTを撮影した12例のうち、すでに3例で縦隔まで気体が進んでいました。

一方、皮下気腫と分かったすべての患者にCTが必須とする、歯科医原性皮下気腫専用の学会診療ガイドラインは確認されていません。

2026年の74例研究では、症状、頸部進展、高圧の送気器具、下顎臼歯部などを考慮した管理手順が提案されていますが、一施設の後ろ向き研究から提示された手順であり、学会診療ガイドラインとは区別する必要があります。

少なくとも、

  • 頸部まで捻髪感が広がる
  • 明らかな嚥下障害
  • 嗄声
  • 呼吸困難
  • 胸痛
  • 眼症状
  • 急速な進行
  • 触診だけでは範囲を判断できない

といった場合には、CTによる範囲評価を積極的に考える理由があります。

外傷ガイドラインから学べる「皮下気腫の見方」

『口腔顎顔面外傷診療ガイドライン2025改訂版』は、歯科治療関連皮下気腫の専用ガイドラインではありません。

対象は口腔顎顔面外傷です。

しかし、外傷初期診療のABCDE評価では、気道を確認した後、呼吸の評価として胸郭を触診し、皮下気腫の有無を確認することが明記されています。

この考え方は歯科治療後の気腫でも参考になります。

皮下気腫を、単なる「頬の腫れ」で終わらせず、気道、呼吸、胸部、深頸部まで見る所見として捉えるということです。

CTで見ると、気体はどのくらいの速度で消えるのか

Shimizu氏らは2022年、歯科治療関連皮下気腫3例について、CTから気体量を三次元的に測定しています。

各症例の気体量は、

  • 症例1:713mL → 248mL
  • 症例2:376mL → 204mL
  • 症例3:108mL → 24mL

と減少しました。

論文本文には3例すべてで半分以上減少したと読める記載がありますが、掲載された実数から計算すると、症例2の減少率は約45.7%です。

したがって、「全例が3日で半分以下になった」とは言えません。

言えるのは、数日でかなり吸収される症例がある一方、吸収速度には症例差があるということです。

抗菌薬は本当に必要なのか

歯科治療に伴う医原性皮下気腫は、それ自体が細菌感染を意味するわけではありません。

一方、口腔内から気体が深部へ押し込まれる際に、細菌や汚染物質まで深部へ運ばれる可能性は理論上あります。

このため、過去の歯科関連症例では予防的に抗菌薬が使用されることが非常に多くありました。

しかし、

多くの症例で抗菌薬が使われたこと

と、

使うことで転帰が改善すると証明されたこと

は同じではありません。

Sahin氏らの歯周関連36症例レビューでは、抗菌薬を投与されなかった症例もあり、管理法や抗菌薬投与について統一した指針や合意はないとされています。

Matsushita氏らの2026年の文献レビューでも、抗菌薬を使用しなくても良好に経過した報告が含まれ、抗菌薬の有効性は明確ではないとされています。

Fasoulas氏らの根管治療関連65症例のレビューでも、特定の管理法が回復を明らかに早めることは示されていません。

したがって、「皮下気腫なら全例に抗菌薬」と機械的に決めるだけの高水準の根拠はありません。

一方、感染徴候、深部汚染の懸念、外科創、患者の全身状態などを無視してよいという意味でもありません。

症例ごとの判断が必要です。

高濃度酸素を使えば早く消えるのか

広範な皮下気腫や縦隔気腫では、高濃度酸素が使用されることがあります。

理論上、高濃度酸素を吸入すると血液中の窒素分圧が低下し、組織内に閉じ込められた窒素が血液側へ移動しやすくなると考えられます。

2026年の74例研究でも、一部症例に100%酸素が使用されました。

ただし、歯科治療関連皮下気腫を対象として、全例に高濃度酸素を使用した方が治癒が早いことを示した比較試験はありません。

理論的な利点と臨床使用例はありますが、全症例への一律投与が確立しているわけではありません。

ステロイドはどうか

ステロイドも、一部の症例で軟組織腫脹や気道への影響を考慮して使用されています。

しかし、皮下気腫の気体そのものを消す標準治療として確立しているわけではありません。

2026年の74例研究でも一部患者に全身性ステロイドが使用されていますが、治療効果を比較した試験ではありません。

「使われた」という観察事実と、「使うべき」という推奨は分けて読む必要があります。

気体を外へ出すために切開やマッサージをするのか

多くの歯科治療関連皮下気腫は、時間とともに自然吸収されます。

そのため、通常例で気体を抜くために切開・排出することは一般的ではありません。

非常に大量の気体が貯留し、圧迫が問題になる特殊な症例では減圧処置が報告されていますが、通常症例へ一般化はできません。

また、「押せば空気が外へ出るだろう」と強くマッサージすることも、気体をより深部へ移動させる可能性を考えると、一律に勧める根拠は乏しいでしょう。

多くは自然に治る――それでも見逃してはいけない理由

多くの皮下気腫は良好に経過します。

根管治療関連症例のレビューでは完全消失まで1~17日、Saito氏らの11例では平均約8日、2026年の74例研究でも全例が7~14日で臨床的に改善しています。

問題は、

発症したその瞬間には、その患者が軽症群なのか、深部へ進展する群なのかがまだ分からない

ことです。

2026年の74例研究では、2例で緊急気管切開が必要でした。

これは三次紹介施設の症例群なので、一般歯科で生じる皮下気腫全体の2.7%に気管切開が必要という意味ではありません。

しかし、気道へ影響する症例が実際に存在することは事実です。

国内でも、63歳男性が全身麻酔下で下顎埋伏智歯抜歯を受けた後、顔面・頸部・前胸部の皮下気腫に加えて、縦隔気腫、心嚢気腫、気胸まで確認され、挿管したまま集中治療室で管理された症例が報告されています。

また眼窩まで進展すれば、視機能へ影響する可能性もあります。

多くが自然に治ることと、発症時の評価を軽くしてよいことは同じではありません。

歯科医院で突然顔が腫れたら、最初に何を見るか

歯科治療中に急激な顔面腫脹が起きた場合、原因器具を探す前に、まず患者の状態を確認します。

① まず処置を中止する

送気、切削、洗浄など、原因となり得る操作を止めます。

② 気道・呼吸・循環を確認する

会話ができるか、呼吸は苦しくないか、SpO₂、血圧、脈拍、意識状態はどうかを確認します。

『口腔顎顔面外傷診療ガイドライン2025改訂版』でも、外傷初期診療では気道を最初に確認し、続く呼吸評価で胸郭を触診して皮下気腫の有無を確認する流れになっています。

③ 腫脹部を触診する

握雪感・捻髪感があるか、その範囲がどこまで広がっているかを確認します。

④ 顎下部・頸部まで確認する

頬だけに限局しているのか、下顎下縁を越えて頸部へ広がっているのかを確認します。

⑤ 嚥下・発声・呼吸・胸部・眼症状を確認する

  • 飲み込みにくさ
  • 嗄声
  • 呼吸困難
  • 胸痛・胸部圧迫感
  • 複視や視力変化

などがあれば、深部進展を疑う材料になります。

⑥ 何をしたかを記録する

  • 高速ハンドピース
  • 電気エンジン
  • エア・ウォーターシリンジ
  • エアフロー
  • レーザー
  • 根管洗浄液
  • 処置歯
  • 歯周ポケット
  • 粘膜裂傷
  • 穿孔の可能性

を整理します。

原因を考えるためだけでなく、紹介先へ正確な情報を伝えるためにも重要です。

⑦ 深部進展が疑われれば、画像評価と気道管理が可能な医療機関へつなぐ

SpO₂が正常だから深部進展がないとは言えません。

国内2017年の一般歯科治療後症例では、SpO₂が98%でありながら、CTで側頭隙、眼窩内、咀嚼筋隙、顎下隙、傍咽頭隙、頸動脈隙、咽頭後隙、危険隙、前胸部、縦隔まで広範な気体が確認された症例があります。

SpO₂という一つの数字ではなく、症状と解剖学的な広がりを見る必要があります。

予防――「タービンを使わない」だけでは足りない

予防も、最初の4つの条件を逆向きに考えると整理しやすくなります。

入口を作らない・見逃さない

粘膜裂傷、剥離部、深い歯周ポケット、歯肉縁下欠損、根管穿孔などを把握します。

すでに深部への交通路になり得る条件がある場合には、送気を伴う操作をより慎重に考えます。

気体源を把握する

圧縮空気駆動の高速ハンドピースだけではありません。

  • エア・ウォーターシリンジ
  • 電気エンジンハンドピースの先端送気
  • エアポリッシング装置
  • レーザー冷却時の送気
  • 根管内での気体発生

なども考えます。

送り込む力を減らす

圧だけでなく、方向、流量、時間、器具先端と組織の位置関係を見ます。

創やポケットの深部へ向けて送気し続けないことが重要です。

根管では圧を逃がす

洗浄針を根管壁へ強く密着させない。強圧をかけない。冠側への戻り道を確保する。

根管深部へ圧縮空気を吹き込んで乾燥させる操作にも注意します。

解剖を知る

特に下顎臼歯部では、顎下隙、傍咽頭隙、後咽頭隙、縦隔へ連続する可能性があります。

解剖を知ること自体が、予防と早期発見につながります。

もう一度、2026年9月3日の「詰め物」症例へ戻る

最初の症例に戻ります。

なぜ、直接コンポジットレジン修復で患者の顔が「空気」で腫れたのでしょうか。

答えを、

「コンポジットレジンだったから」

とはできません。

また、

「エアシリンジが犯人だった」

とも断定できません。

しかし、この症例を4つの条件で読み直すことはできます。

入口
深い歯肉縁下欠損、歯周ポケット、歯肉への処置。

気体源
修復処置中に使用された送気を伴う器具。

送り込む力
気体の圧、流量、方向、使用時間。

筋膜間隙
下顎大臼歯部から頬部・顎下部へ連続する軟組織の空間。

これらが重なった可能性として読む方が、単一の器具を犯人にするより病態に近いと思います。

そう考えると、抜歯、根管治療、コンポジットレジン修復、支台歯形成、歯石除去、エアフロー、インプラント周囲処置、レーザー治療という一見ばらばらの症例が、一つの病態としてつながって見えてきます。

歯科治療関連皮下気腫は、「どの器械が悪かったのか」を探すだけでは理解しにくい偶発症です。

入口はどこにあったのか。

何が気体を供給したのか。

どのような力で組織へ送り込まれたのか。

その先にどの筋膜間隙があったのか。

この4つを順番に考える。

そして、治療後に患者の顔が急に腫れたとき、感染やアレルギー、血腫だけでなく、

「これは気体ではないか」

と思い出して触診する。

さらに、

「気体があるか」だけでなく、「どこまで進んでいるか」を評価する。

稀な偶発症だからこそ、起きたときに思い出せる形で知識を持っておくことが大切なのだと思います。

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