2026年7月28日

(歯科衛生士さんのある日の日誌)

はじめに
「口が乾くので、最近は保湿ジェルを使っています。前より少し楽になりました」
ある日のメインテナンスで、患者さんがそう話してくださいました。
夜中に口の乾きで目が覚めることがあり、枕元にはいつも水を置いているそうです。朝起きたときには口の中がねばつき、舌が上顎へ貼り付くように感じる日もあるといいます。
保湿ジェルを使い始めてから、乾燥による不快感はいくらか和らいでいました。
ところが、お口の中を確認していくと、歯ぐきが少し下がって露出した歯の根元に、淡い褐色の変化が見つかりました。
まだ大きな穴が開いているわけではありません。しかし、歯垢の付き方や表面の状態を考えると、初期の根面う蝕を疑い、詳しく確認する必要があります。
患者さんは少し驚いた様子で、
「保湿しているので、口の乾燥対策はできていると思っていました」
と話されました。
保湿ケアは、口腔乾燥がある方にとってとても大切です。
ただし、保湿ジェルなどを使って口の不快感を和らげることと、歯を虫歯から守ることは、まったく同じではありません。
口を楽にするためのケアと、歯を守るためのケア。
口腔乾燥がある方には、この二つを分けて考え、両方を組み合わせる必要があります。

一般には「フッ素入り歯磨き粉」「フッ素ケア」という表現がよく使われていますが、歯磨剤や歯科治療で利用しているものは、正確にはフッ化物です。
この記事では、患者さんになじみのある「フッ素ケア」という言葉も併用しながら、主に成人・高齢者の口腔乾燥とフッ化物ケアについて解説します。
口が乾く人にフッ素ケアを強く勧めるのはなぜ?
口が乾く人にフッ化物ケアを強く勧める理由は、単に「口が乾くと虫歯になりやすいから」というだけではありません。
口腔乾燥があると、唾液が普段行っている虫歯への防御が弱くなります。
食後に口腔内へ残った糖や酸を洗い流す働き、細菌が作った酸を中和する働き、歯から失われたミネラルを戻す働きが低下し、口腔内の環境が歯の溶けやすい側へ傾きます。
そのため、フッ化物をただ使うのではなく、適切な濃度と量で、必要な回数、必要な場所へ確実に届けることが大切になります。
フッ化物は、減ってしまった唾液そのものを増やすものではありません。
唾液の働きを完全に置き換えるものでもありません。
しかし、歯からミネラルが失われる脱灰を抑え、歯へミネラルが戻る再石灰化を助けることで、低下した口腔内の防御を歯質側から補ってくれます。
唾液は、口を湿らせるだけの水分ではありません
「唾液が少ないと口が乾く」ということは、多くの方が想像できると思います。
しかし、唾液が減ることによる問題は、話しにくい、食べにくい、口がねばつくといった不快感だけではありません。
唾液は、私たちが意識していない間にも、歯を虫歯から守る大切な仕事をしています。
糖や酸を洗い流す
私たちが食事をすると、食品に含まれる糖が口の中へ入ります。
歯垢の中にいる細菌は、その糖を利用して酸を作ります。また、ジュース、スポーツドリンク、炭酸飲料、柑橘類など、食品や飲み物そのものに酸が含まれている場合もあります。
唾液は、こうした糖や酸を薄め、舌や頬の動き、嚥下とともに少しずつ口の外へ運び出しています。
唾液の量や流れが少なくなると、糖や酸が歯の周囲にとどまる時間が長くなります。
同じ物を食べたとしても、唾液が十分にあるときと少ないときでは、歯が酸へさらされる時間が変わるのです。
酸を中和する
食後の歯垢の中では、細菌が作る酸によってpHが下がります。
唾液には、その酸を中和し、口腔内のpHを元の状態へ戻していく働きがあります。
食事や咀嚼によって唾液分泌が増えると、酸を中和する働きも強まります。
一方、口が乾き、唾液の量や流れが減っていると、食後に酸性へ傾いた口腔内が回復するまでの時間が長くなります。
この「酸性の時間」が長く続くことが、歯からミネラルが失われる脱灰を進める原因になります。
歯へミネラルを戻す
食事のたびに、歯の表面ではごく小さな脱灰と再石灰化が繰り返されています。
歯が酸の影響を受けると、歯の中からカルシウムやリン酸などのミネラルが溶け出します。これが脱灰です。
その後、口腔内のpHが回復すると、唾液に含まれるカルシウムやリン酸が歯へ戻り、傷みかけた部分を修復します。これが再石灰化です。
フッ化物は、この再石灰化を助けるとともに、歯からミネラルが溶け出すのを抑えます。
唾液が少なくなると、再石灰化に必要な環境そのものが不利になります。そのため、フッ化物を適切に使い、歯の側から防御を補うことが重要になるのです。

「口が乾く感じ」と「唾液が少ない状態」は同じとは限りません
患者さんが感じる「口が乾く」という症状は、口腔乾燥感、あるいはドライマウスと呼ばれます。
一方、検査によって実際に唾液の分泌量が少ないと確認された状態は、唾液分泌低下と呼ばれます。
この二つは重なることが多いのですが、必ずしも一致するとは限りません。
強い乾燥感があるにもかかわらず、測定した唾液量は大きく低下していない方もいます。反対に、本人はそれほど乾燥を感じていなくても、実際には唾液分泌が低下している場合があります。
乾燥感には、唾液の量だけでなく、唾液の粘りや性状、小唾液腺からの分泌、舌や粘膜の状態、口呼吸、服薬、緊張なども関係します。
唾液検査の結果も、測定した時間帯、直前の飲食、水分摂取、服薬、緊張などによって変化します。
そのため、私たち歯科衛生士は、唾液検査の数字だけを見て判断することはありません。
口の乾きが強くなる時間帯、夜中に水を飲むか、乾いた食品を水なしで食べられるか、唾液が泡状や糸状になっていないか、虫歯がどこにできているか、どのような薬を飲んでいるかを一緒に確認します。
「唾液検査が正常だったから、口腔乾燥による虫歯の心配はない」とは限らないのです。
口腔乾燥があると、同じ生活でも虫歯リスクが変わります
「甘い物を増やしたわけでもないのに、最近になって虫歯が増えました」
口腔乾燥のある患者さんから、このような相談を受けることがあります。
虫歯のリスクは、甘い物を食べる量だけで決まるものではありません。
糖や酸を口にする回数、歯垢の量、歯磨きの状態、歯並び、詰め物や被せ物の状態、過去の虫歯、露出した歯根、唾液の量や性状などが重なって決まります。
唾液による洗浄、酸の中和、再石灰化が十分に働いているときには大きな問題にならなかった習慣が、唾液の防御が弱くなったことで、新たな虫歯リスクになる場合があります。
例えば、食事と食事の間に、少量の甘い飲み物や酸性飲料を何度も口にしていたとします。
以前は唾液によって糖や酸が比較的早く薄められていたとしても、口腔乾燥が強くなると、歯が酸にさらされる時間が長くなります。
つまり、食事内容や歯磨き回数が以前と同じでも、口腔内の防御が変われば、虫歯リスクも変わるのです。

特に注意したいのは、歯ぐきが下がって露出した歯の根元です
口腔乾燥がある方では、歯の頭の部分にできる一般的な虫歯だけでなく、歯ぐきが下がって露出した歯根面の虫歯にも注意が必要です。
この歯の根元にできる虫歯を、根面う蝕といいます。
歯根面はエナメル質で守られていません
歯ぐきから上に見えている歯冠部は、体の中でも非常に硬いエナメル質で覆われています。
一方、歯ぐきの中に隠れている歯根面は、エナメル質で覆われていません。
歯周病、年齢に伴う変化、歯周治療、強すぎるブラッシングなどによって歯ぐきが下がると、歯根面が口腔内へ露出します。
露出した歯根の象牙質やセメント質は、エナメル質よりも酸の影響を受けやすく、比較的弱い酸でも脱灰が始まりやすい部分です。
口腔乾燥によって酸の中和や再石灰化が弱くなると、根面う蝕がさらに進みやすくなります。
歯を長く残せるようになったことは、とてもよいことです。
しかし、歯を長く使い続けるほど、歯ぐきが下がって露出した根面を守る必要性も高まります。
根元の虫歯は、大きな穴から始まるとは限りません
根面う蝕は、最初から大きく欠けたり、黒い穴が開いたりするとは限りません。
白っぽく見える、黄色や淡い茶色に変わる、表面のつやが乏しくなるなど、見た目には小さな変化から始まることがあります。
ただし、色が濃いから必ず進行中、色が薄いから問題がない、と単純に判断することはできません。
歯科医院では、色だけでなく、表面の硬さや粗さ、光沢、歯垢の付き方、病変の広がりなどを確認します。
患者さんが自分で針や爪楊枝などを使い、硬さを調べることは避けてください。表面を傷つけたり、病変を広げたりする可能性があります。
歯の根元の変化が、すべて虫歯とは限りません
歯の根元が黄色や茶色に見える、あるいは少しくぼんでいるからといって、すべてが根面う蝕とは限りません。
強すぎるブラッシングによる摩耗、かみ合わせの力が関係するくさび状欠損、酸性の飲食物などが関係する酸蝕症でも、歯の根元に変色や欠損がみられることがあります。
見た目だけで区別するのは難しいため、色、硬さ、表面性状、欠損の形、歯垢の付着状態などを歯科医院で確認します。
歯周病ケアと根面う蝕ケアは切り離せません
歯周病を治療し、炎症を抑えて歯を残せたとしても、歯ぐきが下がって歯根面が露出することがあります。
歯周病を管理することと、露出した歯根を虫歯から守ることは、同時に考えなければなりません。
ブランデンタルクリニックでは、歯周病のメインテナンスと一般的な定期検診の違いについても解説しています。
また、強すぎる歯磨きによる歯肉退縮や知覚過敏については、こちらの記事も参考にしてください。

フッ化物は、唾液の代わりになるものではありません
ここで誤解してほしくないのは、フッ化物を使えば、減ってしまった唾液の働きをすべて補えるわけではないということです。
フッ化物には、口を潤す働きはありません。
食べ物をまとめて飲み込みやすくしたり、会話中の粘膜の摩擦を減らしたりするものでもありません。
唾液腺の病気や、薬剤による唾液分泌低下そのものを治療するものでもありません。
フッ化物が得意としているのは、歯からミネラルが失われるのを抑え、初期の脱灰部分へミネラルが戻るのを助けることです。
つまり、口腔乾燥がある人のフッ化物ケアは、
「唾液が少ない分、フッ化物をたくさん使えばよい」
という単純な考え方ではありません。
唾液による防御が弱くなった口腔内で、歯を守るための方法を、普段よりも丁寧に組み直すという考え方です。
フッ素ケアを強めるとは、濃度を上げることだけではありません
「フッ素ケアを強くしましょう」とお伝えすると、より濃度の高い歯磨剤へ変更することだと思われるかもしれません。
しかし、実際には濃度だけでなく、使用量、使用回数、使う時間帯、すすぎ方、歯面への届け方まで含めて見直します。
成人では1400~1500ppmFの歯磨剤を基本にします
成人・高齢者では、基本として1400~1500ppmFのフッ化物配合歯磨剤を選びます。
日本で市販されている製品では、「フッ素1450ppm」「高濃度フッ素」などと表示されたものが多くみられます。
ただし、病気や嚥下機能などによって個別の配慮が必要な方もいます。現在使用している歯磨剤が適切か分からない場合は、歯科医院で確認してください。
歯磨剤の量も重要です
1400~1500ppmFの歯磨剤を使っていても、歯ブラシの先へほんの少しだけ付けていると、口腔内へ届けられるフッ化物の総量は少なくなります。
成人・高齢者では、歯ブラシ全体に広がる程度、約1.5~2cmが一つの目安です。
長い間、「歯磨剤は少量でよい」「付けすぎると磨けた気になってしまう」と教わってきた方もいると思います。
確かに、歯磨剤だけに頼り、歯ブラシを十分に動かさないことは避けなければなりません。
しかし、フッ化物の虫歯予防効果を得るためには、適切な量を使用することも大切です。
就寝前を含め、1日2回使用します
フッ化物配合歯磨剤は、少なくとも1日2回、就寝前を含めて使用することが基本です。
特に重要なのが就寝前です。
眠っている間は、唾液の分泌量が大きく減ります。会話や食事、舌や頬の動き、嚥下も少なくなるため、日中よりも口腔内の自浄作用が弱くなります。
口呼吸や鼻詰まりがある方では、夜間の乾燥がさらに強くなることがあります。
就寝前のフッ化物ケアは、単に「寝る前にも歯を磨きましょう」という生活習慣の問題ではありません。
唾液の防御が最も弱くなりやすい夜間に備え、歯面へフッ化物を届けておくという意味があります。
特に就寝前は、磨いたあとにそのまま就寝できるため、フッ化物を口腔内へ残しやすいタイミングです。

磨いた後に何度も洗い流さないようにします
フッ化物配合歯磨剤で磨いたあと、大量の水で何度も口をすすぐと、口の中に残るフッ化物の量が少なくなります。
磨いたあとは歯磨剤を軽く吐き出し、すすぐ場合も少量の水で1回程度にします。
口腔乾燥が強いと、口の中に歯磨剤が残る感覚を不快に感じることがあります。
その場合は、無理にすすぎを我慢するのではなく、刺激が少なく、発泡が控えめな歯磨剤へ変更する方法もあります。
歯の根元や歯間部へ届かなければ、効果は十分に得られません
適切な濃度のフッ化物配合歯磨剤を使っていても、歯ブラシが歯根面へ届いていなければ、十分な効果は得られません。
特に歯ぐきが下がっている部分は、歯と歯ぐきの境目だけでなく、露出した根面へ毛先を丁寧に当てる必要があります。
ただし、力を入れて強くこすると、歯ぐきや歯根面を傷めることがあります。
歯と歯の間では、歯ブラシだけでは清掃が難しい場合があります。歯間の広さや歯ぐきの形に合わせ、デンタルフロス、歯間ブラシ、ワンタフトブラシなどを使い分けます。
大きすぎる歯間ブラシを無理に入れたり、歯根面を強くこすったりすることは避けましょう。
現在使用している歯間ブラシのサイズが適切か分からない方は、こちらの記事も参考にしてください。

刺激が強い歯磨剤では、正しいケアを続けられないことがあります
「1450ppmFの歯磨剤を使っています」
と患者さんが話してくださっても、実際の使用状況を確認すると、刺激が強くて短時間しか磨けていないことがあります。
口腔乾燥がある方では、舌や頬の粘膜が刺激に敏感になっている場合があります。
香味が強い、泡が多い、磨くと舌がひりひりする、口内炎へしみる、吐き気がするといった理由で、十分に磨けないことがあります。
その場合、濃度だけを見て同じ製品を使い続けることが最善とは限りません。
フッ化物濃度を確認したうえで、低発泡、低刺激、穏やかな香味の製品を選ぶ方法があります。
知覚過敏がある場合には、知覚過敏に対応した成分を含む歯磨剤が適することもあります。
私たち歯科衛生士が確認したいのは、
「何ppmの製品を持っているか」
だけではありません。
必要な量を使い、必要な時間をかけて磨き、それを毎日無理なく続けられているかまで確認します。
どれほどよい成分が含まれていても、痛くて使えない、味が苦手で続けられないのであれば、その方にとって適切な歯磨剤とはいえません。
初期の根面う蝕は、すぐに削るとは限りません
「虫歯が見つかったなら、削って詰めなければならないのですか?」
根面の変化をお伝えすると、このように心配される患者さんもいます。
すでに大きな穴が開いている、清掃できない場所まで進んでいる、歯の強度が失われている、痛みや感染があるといった場合には、詰め物などの修復治療が必要になります。
一方、まだ大きな欠損がなく、歯科医師が初期の根面う蝕と判断した場合には、すぐに削るのではなく、フッ化物とプラークコントロールによって進行を抑えることを目指せる場合があります。
ただし、削らずに管理できるのは、歯科医師が診査して「初期根面う蝕」と判断した場合です。
すでに欠損が深くなっている場合や、清掃できない形になっている場合には、修復治療が必要になります。
進行中の根面う蝕は、表面が軟らかく、表面性状が粗く、歯垢が付きやすい状態になっていることがあります。
フッ化物ケアと清掃状態の改善によって表面が硬くなり、表面性状が変化して、進行しにくい非活動性の状態へ移行することがあります。
色が完全に元へ戻るとは限りません。
また、失われた歯の形が自然に元通りになるわけでもありません。
目標は、「見た目を新品の歯へ戻すこと」ではなく、「表面を硬くし、それ以上進行しにくい状態で維持すること」です。
定期的に口腔内写真を撮影し、色、表面の硬さ、表面性状、病変の広がりを比べることで、ケアの効果を確認します。
「今なら削らずに経過を見られる可能性があります」
という説明には、何もしなくてもよいという意味はありません。
毎日のフッ化物ケアと清掃、食習慣の見直し、歯科医院での継続的な確認を積極的に続ける必要があります。

歯磨剤だけでは足りない場合があります
すべての口腔乾燥患者さんが、同じフッ化物ケアを行うわけではありません。
1400~1500ppmFの歯磨剤を正しく使うことが基本ですが、虫歯リスクが非常に高い場合や、すでに初期根面う蝕が見つかっている場合には、追加のケアを検討します。
フッ化物洗口を追加する場合
フッ化物洗口は、フッ化物を含む洗口剤で口をすすぎ、歯面へフッ化物を届ける方法です。
歯磨剤に加えて使用することで、歯ブラシが届きにくい場所を含め、口腔内へ繰り返しフッ化物を届けられます。
ただし、口が乾く方全員が自己判断で追加すればよいわけではありません。
洗口剤を飲み込まずに使用できるか、むせやすくないか、粘膜への刺激がないか、どの時間帯に使うかなどを確認する必要があります。
特に、嚥下機能が低下している方、認知機能に不安がある方、うがいが難しい方では、洗口以外の方法を選ぶことがあります。
また、市販されている洗口液のすべてにフッ化物が含まれているわけではありません。
口臭予防や殺菌を主目的とする洗口液と、虫歯予防を目的とするフッ化物洗口剤は同じものではないため、製品表示を確認する必要があります。
フッ化物洗口剤は、フッ化物配合歯磨剤を使わなくてよい代わりの方法でもありません。
基本となる歯磨剤へ、虫歯リスクに応じて追加するケアです。
使用する製品、回数、タイミングについては、歯科医師や歯科衛生士の説明を受けてください。
歯科医院でフッ化物を塗布する場合
歯根面が広く露出している、初期根面う蝕がある、短期間に虫歯を繰り返している、頭頸部の放射線治療後であるなど、特にリスクが高い方では、歯科医院で高濃度のフッ化物製剤を塗布することがあります。
塗布する前には、歯垢や歯石を除去し、フッ化物が歯面へ作用しやすい状態を整えます。
塗布の間隔は一律ではありません。
虫歯の活動性、唾液の状態、歯根面の露出、セルフケア、食生活などを確認し、患者さんごとに決めます。
フッ化物塗布を受けているから、毎日の歯磨きが不要になるわけではありません。
家庭で繰り返すフッ化物ケアと、歯科医院で行う高濃度フッ化物塗布には、それぞれ異なる役割があります。
保湿ケアとフッ化物ケアは目的が違います
口腔乾燥のケアで最も混同されやすいのが、保湿ケアとフッ化物ケアです。
保湿ジェル、保湿スプレー、人工唾液、水分補給などは、乾燥による不快感を和らげるために使います。
口の粘つき、舌や頬粘膜の痛み、会話のしにくさ、食べにくさ、義歯の擦れなどを軽減することが主な目的です。
一方、フッ化物ケアは、歯の脱灰を抑え、再石灰化を助け、新しい虫歯や根面う蝕の発生・進行を防ぐことが目的です。
保湿ジェルで口が楽になっても、それだけで虫歯への備えが完了したわけではありません。
反対に、1400~1500ppmFの歯磨剤を正しく使っていても、口の粘つきや粘膜の痛みが十分に改善するとは限りません。
口腔乾燥がある方には、
口を楽にするケアと、歯を守るケアの両方が必要です。

乾燥を紛らわせるための飴や飲み物が、虫歯を増やすことがあります
口が乾くと、何かを口に入れていたくなることがあります。
飴をなめると一時的に唾液が出るため、楽に感じるかもしれません。飲み物を少しずつ口にすると、乾燥感も和らぎます。
しかし、ここに注意が必要です。
砂糖を含む飴を長時間なめていると、歯垢の細菌へ糖が繰り返し供給されます。
ジュース、スポーツドリンク、乳酸菌飲料、加糖コーヒーなどを少量ずつ飲み続ける場合も、歯が糖や酸へさらされる時間が長くなります。
「一度にたくさん飲んでいないから大丈夫」とは限りません。
虫歯リスクでは、摂取した総量だけでなく、口に入れる回数と、歯へ触れている時間が重要です。
また、「シュガーレス」と表示されている飴でも、強い酸味が付いている製品があります。
砂糖が含まれていなくても、酸への接触が長く続けば、歯の表面が影響を受ける可能性があります。
口を潤すための基本的な飲み物は、水です。
咀嚼や嚥下に問題がない方では、シュガーレスガムをかむことで唾液分泌を促せる場合もあります。ただし、顎関節症、義歯、筋力低下、嚥下機能などによって適さないこともあります。
特に避けたいのが、就寝中に糖や酸を含む飲み物を繰り返し飲むことです。
睡眠中はもともと唾液分泌が少なくなっています。その時間帯に糖や酸が加わると、歯を守る防御が極端に弱い状態になります。
どうしても夜中に口が乾く場合は、基本的には水を選び、乾燥そのものについて歯科医院や医療機関へ相談してください。
歯科衛生士は口が乾くこと以外も確認しています
口腔乾燥の程度や虫歯リスクを評価するとき、私たち歯科衛生士は「口が乾きますか」と聞くだけではありません。
乾燥が強くなる時間帯を確認します。
朝起きたときだけなのか、日中の会話中にも乾くのか、食事中に水が必要なのか、夜中に乾燥で目が覚めるのかによって、考えられる背景や必要な対策が変わります。
パン、クラッカー、焼き菓子などの乾いた食品を、水なしで食べられるかも大切な情報です。
口腔内では、口底に唾液がたまっているか、唾液が泡状や糸状になっていないか、ミラーが粘膜へ貼り付かないか、舌や口唇に乾燥や亀裂がないかを確認します。
歯については、歯根面の白濁や褐色変化、前歯の切縁、奥歯の山の部分、詰め物や被せ物の境目など、一般的な虫歯とは少し異なる場所にも注意します。
さらに、乾燥を和らげるために何を口へ入れているかも確認します。
飴、ガム、飲み物、トローチなどの種類だけでなく、1日に何回、どのくらいの時間口へ入れているかが重要です。

薬を飲み始めてから口が乾くようになった場合
口腔乾燥の原因として多いのが、薬の影響です。
降圧薬、利尿薬、抗ヒスタミン薬、睡眠薬、抗不安薬、抗うつ薬、頻尿や過活動膀胱の治療薬など、さまざまな薬が口腔乾燥へ関係することがあります。
一つの薬だけでなく、複数の薬の作用が重なることもあります。
私たちは、お薬手帳やスマートフォンの服薬情報を見せていただき、薬が増えた時期と口腔乾燥が始まった時期を確認します。
ただし、口が乾くからといって、患者さんの自己判断で薬を中止したり、量を減らしたりしてはいけません。
薬は、血圧、心臓、精神状態、アレルギー、排尿など、重要な病気や症状を管理するために処方されています。
薬の影響が疑われる場合も、歯科側だけで中止を決めるのではなく、必要に応じて処方した医師と連携します。
薬を変更できない場合でも、保湿、飲食習慣、フッ化物、歯科医院での管理を組み合わせることで、口腔内のリスクを下げられる可能性があります。
年齢だけのせいと決めつけないことが大切です
「年を取ったから、口が乾くのは仕方がないのでしょう」
と話される方もいます。
確かに、年齢とともに薬を飲む機会や全身疾患が増え、口腔乾燥を訴える方は多くなります。
しかし、健康な加齢だけで、すべての人の唾液が大きく減るとは限りません。
薬、脱水、糖尿病、口呼吸、鼻詰まり、咀嚼機能の低下、唾液腺の病気、頭頸部の放射線治療など、複数の要因が重なっている場合があります。
「年齢のせいだから仕方がない」と終わらせず、原因を確認したうえで、できる対策を考えることが大切です。
特に強い管理が必要になる口腔乾燥があります
口腔乾燥の程度や原因によって、必要な虫歯予防の強さは変わります。
シェーグレン病
シェーグレン病では、唾液腺や涙腺の働きが低下し、口や目の乾燥が起こります。
口腔内では、唾液が泡状・粘稠になる、舌の表面が変化する、口腔カンジダ症を繰り返す、通常とは異なる場所に虫歯が多発するなどの変化がみられることがあります。
目の乾燥も強い、唾液腺が繰り返し腫れる、水がなければ乾いた食品を飲み込みにくいといった症状がある場合は、歯科だけでなく医科との連携が必要になることがあります。
シェーグレン病については、院長の徒然コラムでも詳しく解説しています。
糖尿病
糖尿病では、血糖コントロール、脱水、服薬、歯周病などが重なり、口腔乾燥や口腔内環境の変化につながることがあります。
糖尿病がある方のメインテナンスでは、歯ぐきからの出血だけでなく、口の乾燥や虫歯の変化も確認します。
頭頸部の放射線治療後
頭や首のがんに対して放射線治療を受け、唾液腺が照射範囲に含まれた場合、唾液分泌が大きく低下することがあります。
放射線治療後の口腔乾燥では、短期間に複数の歯へ虫歯が広がる場合があり、一般的な口腔乾燥よりも強い予防管理が必要になります。
治療前からの歯科受診、毎日のフッ化物ケア、食生活の管理、歯科医院での継続的な確認が重要です。
要介護状態やセルフケアが難しい場合
手指の動きが低下している方、認知機能に不安がある方、寝たきりの方では、適切な量の歯磨剤を使用し、歯根面や歯間部まで磨くことが難しい場合があります。
この場合は、ご本人だけに説明して終わらせず、ご家族や介護者とケア方法を共有します。
フッ化物洗口が難しい方へ無理に洗口を行うのではなく、歯磨剤の使い方、介助磨き、歯科医院での塗布など、実行できる方法を組み合わせます。
今日から見直したい、口腔乾燥がある人の1日のケア
口腔乾燥がある方のフッ化物ケアは、特別なことを一度だけ行うのではなく、毎日の生活の中で繰り返すことが大切です。
朝のケア
朝は、1400~1500ppmFの歯磨剤を適切な量使用し、歯の表面だけでなく、露出した歯根面や歯間部まで丁寧に磨きます。
磨いたあとは歯磨剤を軽く吐き出し、すすぐ場合も少量の水で1回程度にします。
日中のケア
日中に口を潤したいときは、水を基本にします。
ジュース、スポーツドリンク、砂糖入りの飲み物、酸味の強い飴などを、長時間にわたって繰り返し口へ入れないようにします。
食事と食事の間をできるだけ空け、口腔内のpHが回復する時間を確保することも重要です。
就寝前のケア
就寝前には、必ずフッ化物配合歯磨剤で歯を磨きます。
夜間の乾燥が強い方は、歯磨き後に保湿ジェルなどを使用します。
ただし、製品ごとに使用方法が異なるため、説明書や歯科医院の指示を確認してください。
歯科医院でのケア
歯科医院では、歯根面の変化や新しい虫歯がないかを定期的に確認します。
必要に応じて、歯磨剤の種類や量、歯間清掃器具、フッ化物洗口、歯科医院でのフッ化物塗布、受診間隔を調整します。

こんな変化があれば、乾燥だけと思わず相談してください
口が乾く症状があるだけで、必ず重大な病気が隠れているわけではありません。
しかし、短期間に複数の虫歯ができた、歯の根元が白や黄色、茶色に変わった、根元が欠けてきた、舌や口角の痛みを繰り返す、口の中の白い付着物や赤みが続くといった変化は、口腔内の防御が低下しているサインかもしれません。
唾液腺が腫れる、目の乾燥も強い、乾いた食品を水なしで飲み込めない、薬が増えたあとから急に乾燥が強くなった場合も、原因を確認した方がよいでしょう。
口腔乾燥の原因を一つに決めつけず、歯科医師による診察を行い、必要に応じて医科と連携します。
よくあるご質問
口が乾いたら、水をこまめに飲むだけでは足りませんか?
水分補給は、口腔乾燥による不快感を和らげるために役立ちます。
ただし、水には唾液と同じように酸を中和し、歯へカルシウムやリン酸を供給する働きがあるわけではありません。
水分補給だけでなく、フッ化物ケア、食習慣、歯垢の管理を組み合わせる必要があります。
保湿ジェルを使っていれば、虫歯も予防できますか?
保湿ジェルの主な目的は、口腔内の乾燥感や粘膜の不快感を和らげることです。
製品によって成分は異なりますが、保湿ジェルを使用しているだけで、フッ化物配合歯磨剤と同じ虫歯予防効果が得られるとは限りません。
保湿ケアとフッ化物ケアは、目的を分けて考えましょう。
口が乾く人は、全員フッ化物洗口をした方がよいですか?
全員に必要なわけではありません。
過去の虫歯、現在の初期病変、歯根面の露出、唾液の状態、洗口や嚥下の能力などを確認して判断します。
洗口剤の種類や使用回数についても、自己判断ではなく歯科医院で相談してください。
市販のマウスウォッシュなら、どれでも虫歯予防になりますか?
市販の洗口液のすべてにフッ化物が含まれているわけではありません。
口臭予防や殺菌を主な目的とする洗口液と、虫歯予防を目的とするフッ化物洗口剤は別のものです。
製品表示を確認し、使用目的が分からない場合は歯科医院で相談してください。
唾液検査が正常なら、口腔乾燥による虫歯の心配はありませんか?
口腔乾燥感と、検査で確認される唾液分泌低下は必ずしも一致しません。
唾液の量だけでなく、粘りや性状、乾燥する時間帯、虫歯の発生部位、薬、食生活などを含めて評価します。
口が乾くので、薬を減らしてもよいですか?
自己判断で薬を中止したり、減量したりしないでください。
薬との関連が疑われる場合は、処方した医師と相談しながら対応を検討します。
薬を変更できない場合でも、歯科側で行える予防方法があります。
インプラントが入っていても、フッ化物配合歯磨剤を使えますか?
インプラントが入っていても、ご自身の歯が残っている場合には、虫歯予防のためにフッ化物配合歯磨剤を使用します。
ただし、インプラント周囲や露出した歯根面の状態に合わせて、歯ブラシや歯間清掃器具の選び方を調整することがあります。
海外で販売されている高濃度フッ素歯磨剤を使った方がよいですか?
海外では、日本で一般に市販されている製品より高濃度のフッ化物歯磨剤が、処方や専門的な管理のもとで使用されることがあります。
しかし、日本とは承認や使用方法が異なります。
個人輸入した製品を自己判断で使用するのではなく、日本国内で使用できる1400~1500ppmFの歯磨剤、フッ化物洗口、歯科医院での塗布を、口腔内の状態に合わせて組み合わせることが基本です。
まとめ 口を潤すだけでなく、歯を守る仕組みも補いましょう
口腔乾燥がある人にフッ化物ケアを強く勧めるのは、単に「口が乾くと虫歯になりやすいから」ではありません。
唾液が毎日担っていた、糖や酸を洗い流す働き、酸を中和する働き、歯へミネラルを戻す働きが弱くなるためです。
特に、歯ぐきが下がって露出した歯根面は、エナメル質で覆われた歯冠部よりも酸の影響を受けやすく、口腔乾燥がある方では根面う蝕に注意しなければなりません。
フッ化物ケアを強めるとは、単に濃度の高い歯磨剤へ変更することではありません。
成人・高齢者では1400~1500ppmFの歯磨剤を適切な量使い、就寝前を含めて1日2回磨き、磨いたあとに何度も洗い流さないようにします。
さらに、歯根面や歯間部までフッ化物を届け、必要に応じてフッ化物洗口や歯科医院でのフッ化物塗布を組み合わせます。
保湿剤は、口を楽にするために役立ちます。
フッ化物は、歯を守るために役立ちます。
どちらか一方だけでなく、その方の乾燥の原因、唾液の状態、虫歯リスク、生活環境に合わせて、二つのケアを組み合わせることが大切です。
口の乾きや虫歯の増加が気になる方は、現在使用している歯磨剤や保湿剤、お薬手帳をご持参のうえ、歯科医院へご相談ください。
