2026年8月05日

(歯科衛生士さんのある日の日誌)

はじめに
「先週、熱が出て二日ほど寝込んでしまって……」
定期メンテナンスに来られた患者さんが、診療室の椅子に座るなり、少し申し訳なさそうに話してくださいました。
「食事もほとんど取れなくて、歯磨きも一日一回できたかどうかです。二日目は、たぶん一度も磨いていません」
そして最後に、小さな声でこう付け加えられました。
「こんなことを言ったら、怒られますよね」
私は、
「熱があって、水を飲むのもつらい日に、普段と同じ歯磨きをするのは難しいですよ。怒るようなことではありません」
とお答えしました。
歯磨きは、むし歯や歯周病を防ぐために毎日続けたい大切な習慣です。
ただし、高熱、頭痛、強いだるさ、吐き気、喉の痛みなどがある日まで、いつもと同じ100点のセルフケアを求める必要はありません。
大切なのは、できなかった自分を責めることではなく、その日の体調でできる範囲まで口を守り、回復したら普段のケアへ戻すことです。
今回は、発熱や体調不良で歯磨きが難しい日に覚えておきたい、最低限の口腔ケアについてお話しします。

発熱している日は、口の中もいつもと同じではありません
体調不良の日に起こる問題は、「歯磨きの回数が減ること」だけではありません。
発熱すると汗をかきやすくなり、食事や飲水の量も減りがちです。嘔吐や下痢が加われば、さらに多くの水分を失います。
脱水が進むと、口、唇、舌が乾き、唾液の量も減りやすくなります。
また、風邪などで鼻が詰まっていると、口を開けて眠る時間が増えます。唾液の分泌量が大きく減っていなくても、口呼吸によって口腔粘膜から水分が蒸発し、朝起きたときに口や喉が強く乾燥することがあります。
服用している薬によっては、口の乾きを感じやすくなる場合もあります。ただし、口が乾くからといって、処方された薬を自己判断で減らしたり、中止したりしてはいけません。
唾液には、口の中の食べかすを洗い流す、酸を中和する、歯の再石灰化を助ける、粘膜を保護するといった大切な働きがあります。
そのため、体調不良の日には、
- 歯磨きが十分にできない
- 唾液が少なくなりやすい
- 口呼吸で乾燥する
- 甘い薬や補水用の飲料を少しずつ摂る
- 長時間横になって過ごす
- 夜間も何度か飲食する
といった条件が重なりやすくなります。
病気の日の口腔ケアでは、歯ブラシだけでなく、水分を確保すること、口の乾燥を減らすこと、糖分や酸が長時間残り続けないようにすることも大切です。
まず覚えてほしい四つのこと
体調が悪い日に、細かな手順をすべて覚える必要はありません。
まずは、次の四つを覚えておいてください。
1.必要な水分や薬を、歯のために我慢しない
発熱、嘔吐、下痢があるときは、歯のことよりも脱水を防ぎ、全身の回復を助けることが優先です。
2.一度だけ磨けそうなら、就寝前を候補にする
短時間でも構いません。フッ化物配合歯磨剤を使える状態なら、寝る前の一回を候補にします。
ただし、夜になるほど熱が上がる方や、薬を飲むと強い眠気が出る方は、少し体調がよい時間帯に磨きましょう。
3.吐いた直後は、すぐに強く磨かない
まずは水でやさしくすすぎ、30分から1時間ほどを一つの目安として、吐き気と口の中が落ち着いてから磨きます。
4.むせやすい方には、無理にうがいをさせない
寝たきりの方、意識がぼんやりしている方、普段からむせやすい方では、水や歯磨剤を誤嚥するおそれがあります。
通常のうがいを無理にさせず、普段から医療・介護職や歯科から指導されている方法を優先してください。

歯磨きより先に、水分と全身の回復を優先してください
「スポーツドリンクや経口補水液には糖分が入っているから、歯に悪いですよね」
患者さんから、このように聞かれることがあります。
確かに、糖質を含む飲み物を長時間だらだらと飲み続けると、むし歯のリスクは高くなります。酸性の飲み物を頻繁に口へ含み続けることは、酸蝕症にも関係します。
しかし、脱水が疑われる人に対して、歯を心配するあまり必要な水分を控えさせることはできません。
経口補水液は、脱水時のための飲み物です
経口補水液は、水分と電解質を補うことを目的として作られています。日本では、脱水時の使用を想定した特別用途食品として許可されている製品があります。
経口補水液にはナトリウムやカリウム、ブドウ糖などが含まれており、一般的な水とは目的が異なります。
脱水が疑われる場面では、歯のために経口補水液を我慢しないでください。
一方で、日常の水代わりとして長期間飲み続けるものではありません。使用する場面や量は製品の表示に従い、必要に応じて医師、薬剤師、管理栄養士などへ相談しましょう。
腎臓病や心臓病などで、水分、塩分、カリウムなどの制限を受けている方は、自己判断で多量に飲まず、担当医の指示を優先してください。
体調が許せば、
- 飲んだ後に水を一口飲む
- 少量の水で口をすすぐ
- 一日のうち少し楽な時間に歯を磨く
- 脱水が改善した後は通常の水分補給へ戻す
といった方法で、口の中への影響を減らします。
経口補水液とスポーツドリンクは同じものではありません
経口補水液とスポーツドリンクは、どちらも水分補給に使われることがありますが、同じものではありません。
経口補水液は、主に脱水時の水分・電解質補給を目的としています。
一方、スポーツドリンクは一般的な清涼飲料水であり、運動時などの飲みやすさも考えて作られています。経口補水液とは、糖質や電解質の組成、使用目的が異なります。
歯科的には、どちらも製品によって糖質や酸を含むため、口の中へ繰り返し残る飲み方には注意が必要です。
ただし、これは両者の用途や必要性が同じという意味ではありません。
脱水時に必要な経口補水液は、歯を心配して避けるのではなく、必要な範囲で使用します。
飲める状態であれば、最後に水を一口飲む方法があります。夜中にも繰り返し補水する必要があるときは、そのたびに無理をして起き上がり、完璧に歯を磨く必要はありません。
水分補給を優先し、翌朝に体調が戻っていれば、いつもの歯磨きへ戻しましょう。
一方で、脱水が改善した後もスポーツドリンクやイオン飲料を水代わりにだらだらと飲む習慣は残さないようにします。
無糖飲料であっても、酸性度によっては歯の酸蝕へ関係します。糖分が入っていないという理由だけで、歯への影響がないとは限りません。
詳しくは、無糖炭酸飲料でも歯は溶ける?プレーン炭酸水との違いと酸蝕症を防ぐ飲み方もご覧ください。
甘いシロップ薬も、自己判断で中止しないでください
子どもの薬や咳止めなどには、飲みやすくするために甘みが付けられていることがあります。
服用後に口の中の甘さが気になっても、歯を心配して薬を減らしたり、中止したりしてはいけません。
薬の用法や服用回数を、歯磨きの都合で変更しないようにしてください。
服用後に水を飲んでよい薬であれば、水を一口飲むことで口の中に残った甘さを減らせます。
ただし、薬によっては服用方法や服用後の飲水について個別の指示があります。「薬を飲んだ後には必ず水ですすぐ」と一律に考えず、薬の説明書や、医師・薬剤師から受けた指示を優先しましょう。
歯磨きが難しい日の口腔ケアは、五段階で考えます
歯磨きは、「普段どおりできる」か「何もしない」かの二択ではありません。
その日の状態に合わせて、一段階ずつ負担を軽くしていきます。

レベル1 短時間なら歯ブラシを使える
「二分間は無理だけれど、少しなら磨けそう」
そのような日は、短時間でも構いません。
まずは歯列全体へ歯ブラシを一周させます。最初から一本ずつ完璧に磨こうとすると、途中でつらくなり、一部分しか磨けないことがあります。
全体へ毛先を当てた後、まだ余力があれば、
- 歯と歯ぐきの境目
- 奥歯のかむ面
- 一番奥の歯の後ろ側
- 被せ物や矯正装置の周囲
へ戻りましょう。
普段は、年齢に応じた量のフッ化物配合歯磨剤を使い、就寝前を含めて一日二回磨くことが基本です。磨いた後は軽く吐き出し、すすぐ場合も少量の水で一回程度にすると、フッ化物を口の中へ残しやすくなります。
ただし、体調不良の日にまで、いつもの時間や歯磨剤量を無理に守る必要はありません。
吐き気がある、泡を吐き出しにくい、歯磨剤を飲み込みそうという日は、安全にできる範囲を優先します。
一回だけ磨けそうなら、就寝前が一つの候補です。
ただし、夜に熱が上がる人や、薬を飲むとすぐ眠ってしまう人は、夕方など少し楽な時間に済ませて構いません。
大切なのは、決められた時刻を守ることではなく、できる時間に一回行うことです。
レベル2 歯磨剤の味や泡で気持ち悪くなる
発熱や吐き気がある日は、普段は気にならないミントの香りや清涼感、泡が口にたまる感じが急につらくなることがあります。
歯磨剤が原因で歯ブラシそのものを諦めてしまうくらいなら、負担を一段階軽くしましょう。
まずは、歯磨剤の量を一時的に少なくします。
それでもつらい場合は、低発泡または刺激の少ない歯磨剤を選びます。ヘッドの小さな歯ブラシや、毛のやわらかい歯ブラシも使いやすいことがあります。
さらに難しければ、歯磨剤を使わず、水だけで磨いても構いません。
水磨きでも、歯ブラシを動かす物理的な作用によって、歯面に付着した歯垢を落とすことはできます。
一方で、むし歯予防に重要なフッ化物は歯磨剤から供給されます。そのため、水磨きは普段のフッ化物歯磨きと同じではありません。
あくまで、体調が戻るまでの一時的な方法です。
少し回復したら、普段使っているフッ化物配合歯磨剤へ戻しましょう。
レベル3 口内炎や喉の痛みがあり、歯ブラシが触れるとつらい
発熱性の感染症では、喉の痛みだけでなく、唇のひび割れ、口内炎、舌や歯ぐきの痛みを伴うことがあります。
この場合、歯ブラシを無理に奥まで入れると、吐き気や咳が強くなることがあります。
次のように負担を減らしてみてください。
- ヘッドの小さい歯ブラシを使う
- 毛のやわらかい歯ブラシを選ぶ
- 歯磨剤の量を減らす
- 低発泡・低刺激の製品へ一時的に変更する
- 痛い粘膜へ歯ブラシを強く当てない
- 唇の乾燥にはリップクリームなどを使う
- 一度で終わらせず、途中で休む
「低刺激」と書かれている製品でも、刺激の感じ方には個人差があります。
しみる、痛い、吐き気がする場合には無理に使わず、水磨きでつないでください。
普段問題なく使えている歯磨剤を、病気になったという理由だけで必ず変更する必要はありません。
口内炎や白い病変、しこりが長く治らない場合は、単なる体調不良に伴う症状とは限りません。
口内炎・白い病変・しこりが2週間以上治らないとき|歯医者への予約目安と受付で伝えてほしいことも参考にしてください。
レベル4 歯ブラシを口へ入れること自体が難しい
歯ブラシを持つことも難しい、口へ入れると吐きそうになるという日は、水ですすぐ方法へ一段階軽くします。
できれば上体を起こし、少量の水を口へ含みます。
強くぶくぶくしなくても構いません。口へ含み、静かに吐き出すだけでも、口に残った食べ物、薬の甘さ、酸味などをある程度流せます。
うがいをすると吐きそうになる場合は、飲水してもよい状態であれば、水を一口飲むだけでもよいでしょう。
ただし、水ですすぐだけでは、歯面に付着した歯垢を十分に落とせません。
あくまで、
今日は水すすぎでつなぎ、少し回復したら水磨きへ戻る
ための方法です。
唇が乾いている場合は、リップクリームなどを薄く塗って保湿します。
レベル5 起き上がれない、うがいができない、むせやすい
寝たきりの方、嚥下機能が低下している方、意識がぼんやりしている方に、通常のうがいを無理にさせてはいけません。
横になったまま多量の水を口へ入れると、水分や歯磨剤が口の中へたまり、むせや誤嚥につながる可能性があります。
介助する際は、
- 可能なら上体を起こす
- 顔の向きなど、普段指導されている姿勢を優先する
- 一度に多くの水を使わない
- 口の中へ水分や歯磨剤をためない
- 咳やむせが出たら中止する
- 途中で休み、飲み込む時間を取る
- 本人が強く拒否したら、無理に続けず後で試す
ことが大切です。
ガーゼやスポンジブラシは、口腔粘膜を湿らせたり、大きな食物残渣や粘ついた汚れを取ったりする補助用具です。
ただし、歯の表面に付着した歯垢を落とす力は、歯ブラシと同じではありません。
健康な成人が歯ブラシの代わりとして常用するものではなく、本人の状態に応じて使用します。
吸引器などを使う場合は、医療・介護職や歯科から使い方の指導を受けている方法を優先してください。
吐いてしまった直後は、すぐに強く磨かないでください
嘔吐した後は、「早く胃酸を落とさなければ」と、すぐに歯を磨きたくなるかもしれません。
しかし、嘔吐直後は胃酸によって口の中が強く酸性へ傾き、歯の表面が一時的に酸の影響を受けています。
その直後に強くブラッシングすると、酸による影響に歯ブラシの摩擦が加わる可能性があります。

嘔吐した後の順番
- まず水でやさしく口をすすぐ
- 吐き気が続く場合は、強くぶくぶくしない
- すぐに歯ブラシで強くこすらない
- 30分から1時間ほどを一つの目安として待つ
- 吐き気が十分に落ち着いてから磨く
- やわらかい歯ブラシとフッ化物配合歯磨剤を使う
30分から1時間たっても吐き気が残っている場合は、時間が来たからといって無理に磨く必要はありません。
十分に落ち着いてから、やさしく磨いてください。
また、これは「食事をした後は、いつも歯磨きを遅らせるべき」という意味ではありません。
今回の注意は、胃酸へ直接さらされた嘔吐直後や、強い酸へ繰り返しさらされている場合の話です。
嘔吐が何度も続くときは、歯磨きのタイミングよりも、水分補給と医療機関への相談を優先してください。
嘔吐や胃酸の逆流が何日も続く、あるいは体調を崩すたびに繰り返す場合は、一時的な対応だけで終わらせないことも大切です。
胃酸へ繰り返しさらされることで歯の酸蝕が進む場合があるため、全身状態が落ち着いた後に、歯科でも歯の表面を確認しましょう。
洗口液だけで、歯磨きの代わりになりますか?
洗口液には、製品によって口臭、歯肉炎、歯垢、むし歯などに対する補助的な役割があります。
しかし、洗口液だけで、歯ブラシによる歯垢除去を置き換えることはできません。
発熱して口が乾いているときや、口内炎、喉の痛みがあるときには、アルコール感や清涼感の強い洗口液がつらく感じられることがあります。
そのような日は、無理に刺激の強い製品を使わなくても、水すすぎで構いません。
「殺菌力が強い洗口液を使えば、歯磨きをしなくてもよい」「洗口液で風邪のウイルスを完全に除去できる」と考えないようにしましょう。
また、幼い子ども、嚥下障害のある方、意識がぼんやりしている方には、通常の洗口液を安易に使用させないでください。
処方されている含嗽薬や洗口液がある場合は、処方した医療者の指示に従います。
短時間しか磨けないなら、どこを優先すればよいですか?
時間や体力がほとんどないときは、まず歯列全体へ毛先を当てることを優先します。
最初から前歯だけを丁寧に磨き過ぎると、奥歯へ到達する前に力尽きてしまうことがあります。
歯列全体を短時間で一周した後、余力があれば、
- 歯と歯ぐきの境目
- 奥歯のかむ面
- 一番奥の歯の後ろ側
- 被せ物や矯正装置の周囲
を追加で磨きます。
フロスや歯間ブラシは、体調が悪い日に無理をしてまで行わなくても構いません。
体調が戻ってから再開しましょう。
数日間十分に磨けなかったからといって、その分を取り返そうと強い力で長時間こすると、歯ぐきを傷つけることがあります。
翌日から、普段の力で普段のケアへ戻せば大丈夫です。
舌の汚れが気になっても、無理に奥まで磨かないでください
発熱時には舌が白っぽく見えたり、口の中がねばついたりして、「舌もきれいにしなければ」と感じることがあります。
しかし、吐き気があるときに舌の奥へ歯ブラシや舌ブラシを入れると、嘔吐反射が強くなることがあります。
その日は、歯の清掃、水分補給、口の乾燥対策を優先してください。
舌を磨く場合も、目に見える前方部分を軽く清掃する程度にし、白い部分を一度ですべて取り除こうと強くこすらないようにします。
舌の白い変化が長く続く、痛みや出血を伴う、こすっても取れない場合は、歯科または医科で確認を受けましょう。
子どもが歯磨きを嫌がるときはどうする?
高熱、吐き気、強い口内炎がある日に、長時間押さえつけて磨く必要はありません。
保護者が短時間で歯列全体へ歯ブラシを当て、難しければ水分補給や水すすぎでつなぎます。
幼い子どもでは、歯磨剤の量を保護者が管理します。
発熱中に安全に吐き出せない場合や、強く泣いて咳き込む場合は、無理に多量の歯磨剤を使わないようにしてください。
子どもが、
- 激しく咳き込む
- 吐きそうになる
- 呼吸が苦しそう
- 水や唾液を飲み込みにくそう
という場合は、いったん中止します。
少し時間を置き、熱が下がっている時間帯や、薬が効いて少し楽になっている時間にもう一度試してみてください。
「今日は前歯だけ」「今日は数秒だけ」という日があっても構いません。
回復してから、いつもの仕上げ磨きへ戻しましょう。
入れ歯を使っている場合はどうする?
取り外しができる体調であれば、入れ歯も流水で洗い、食べ物や粘ついた汚れを落とします。
部分入れ歯を使っている方は、残っている歯、特に金具がかかる歯も、無理のない範囲で磨きましょう。
通常は、就寝時には入れ歯を外し、歯科医院から説明されている方法で保管します。
入れ歯へ熱湯をかけると変形する可能性があるため、使用しないでください。
ただし、抜歯直後に装着した即時義歯など、歯科医師から夜間も装着するよう指示されている場合は、その指示を優先します。
入れ歯を自分で取り外せない、入れ歯の下が強く痛む、粘膜に赤みや傷がある場合は、無理に操作せず、体調が戻ってから歯科へご相談ください。
電動歯ブラシを使ってもよいですか?
普段から電動歯ブラシを使い慣れていて、振動がつらくなければ、無理に手用歯ブラシへ替える必要はありません。
ただし、発熱時には、
- 振動が頭へ響く
- 音がつらい
- 吐き気が強くなる
- 持っているだけで疲れる
と感じる場合があります。
その日は小さな手用歯ブラシへ替える、電源を入れずに使う、短時間にするといった負担の少ない方法を選びましょう。
体調不良の日に、新しい機種や新しい磨き方へ挑戦する必要はありません。
病気の後、歯ブラシは必ず交換した方がよいですか?
「風邪をひいたときに使った歯ブラシにはウイルスや細菌が付いているから、治ったら必ず捨てた方がよい」
と聞いたことがあるかもしれません。
しかし、発熱したという理由だけで、毎回必ず新品へ交換しなければならないとは言い切れません。
一般的な歯ブラシの管理として重要なのは、
- 家族と共有しない
- 使用後は流水でよく洗う
- 水気を切る
- 立てて風通しのよい場所で乾かす
- 家族の歯ブラシ同士が触れないようにする
- 湿ったまま密閉し続けない
- 毛先が開いたら交換する
ことです。
次のような場合は交換を検討します。
- 毛先が大きく開いている
- 長期間使用している
- ほかの人が誤って使用した
- 嘔吐物などで明らかに汚れた
- 洗っても汚れや臭いが残る
病気のたびに消毒薬へ漬けたり、熱湯や電子レンジで加熱したりする必要はありません。高温によって歯ブラシが変形する可能性があります。
体調が戻ったら、いつものケアへ一段ずつ戻しましょう
熱が下がったからといって、最初の日からフロス、歯間ブラシ、舌磨きまで、すべてを完璧に再開する必要はありません。
水すすぎだけだった方は、水磨きへ。
水磨きだった方は、フッ化物配合歯磨剤へ。
短時間しか磨けなかった方は、普段の時間へ。
さらに余裕が戻ったら、フロスや歯間ブラシも再開します。
発熱中に歯磨きの回数が減ると、回復後の歯磨きで歯ぐきから出血することがあります。
出血したからといって、その部分を避け続けるのではなく、やわらかい力で清掃を再開してください。
腫れや出血が長く続く場合は、歯科で確認しましょう。
口腔乾燥が体調の回復後も続く場合は、単なる一時的な脱水や口呼吸ではない可能性もあります。
慢性的な口腔乾燥のセルフケアについては、Sjögren病(シェーグレン病)の口腔ケア――朝・食前・就寝前に分けるドライマウス対策でも詳しく紹介しています。
歯磨きより、医療機関への相談を優先したい症状
体調不良の日には、口腔ケアを頑張るより、医療機関へ相談すべき場合があります。
脱水や全身状態の悪化が疑われる場合
次のような状態では、歯磨きより医科への相談を優先してください。
- 水分を飲んでも繰り返し吐く
- 尿が極端に少ない
- 尿の色が非常に濃い
- 立つと強くふらつく
- 口、唇、舌が著しく乾いている
- ぐったりしている
- 普段より反応が鈍い
- 起こしても目を覚ましにくい
- 呼吸が速い、苦しそう
- 水や唾液を飲み込めない
乳幼児、高齢者、持病のある方では、脱水や全身状態の悪化が早く進むことがあります。
迷う場合は、早めに医科へ相談してください。
歯や歯ぐきの感染が疑われる場合
発熱とともに、
- 強い歯痛がある
- 噛むと強く痛む
- 歯ぐきが赤く腫れている
- 口の中に嫌な味がする
- 頬や顎が腫れている
- 口が開きにくい
- 歯ぐきから膿が出る
- 飲み込みにくい
という症状がある場合は、歯や歯ぐきの感染が発熱へ関係している可能性があります。
特に、口や首の腫れによって呼吸、会話、嚥下が難しくなっている場合は、緊急の対応が必要です。
「風邪だと思っていたら、歯の感染による発熱だった」ということもあります。
全身症状だけでなく、歯痛や顔の腫れがないかも確認してください。

発熱中に予約日が来たときは、来院前にご連絡ください
発熱、強い咳、繰り返す嘔吐や下痢などが続いている場合は、無理に来院せず、まずブランデンタルクリニックへご連絡ください。
現在の症状や発症した時期を確認し、必要に応じて予約日の変更をご案内します。
一方で、発熱とともに、
- 強い歯痛
- 頬や顎の腫れ
- 口が開きにくい
- 水や唾液を飲み込みにくい
といった症状がある場合は、そのことも必ずお伝えください。
単なる体調不良ではなく、歯や歯ぐきの感染が関係している可能性があります。
ご相談は、公式LINEまたはお電話で受け付けています。
よくある質問
一晩歯を磨けなかったら、すぐ虫歯になりますか?
一晩磨けなかっただけで、翌朝すぐに虫歯が完成するわけではありません。
むし歯は、歯垢、糖質、時間、唾液、フッ化物など、複数の条件が重なって進みます。
磨けなかったことを悔やんで強く磨くより、体調が戻ってから普段のケアを再開する方が大切です。
水でうがいするだけでも意味はありますか?
食べ物の残り、薬の甘さ、酸味などを流す補助にはなります。
ただし、歯面へ付着した歯垢は、水ですすぐだけでは十分に取れません。
体調が少し戻ったら、水磨き、フッ化物配合歯磨剤を使った歯磨きへ戻しましょう。
一度しか磨けないなら、朝と夜のどちらですか?
基本的には、就寝前が候補です。
ただし、夜に熱が上がる、薬を飲むとすぐ眠ってしまうという場合は、体調が比較的よい時間に磨いてください。
就寝前まで待たなければならないと考える必要はありません。
歯間ブラシやフロスもした方がよいですか?
体調が悪い日に、無理をしてまで行う必要はありません。
まずは歯ブラシで歯列全体を清掃することを優先し、回復後に再開してください。
歯磨きできない日は、ガムをかめばよいですか?
意識がはっきりしていて、吐き気や嚥下の問題がなく、安全にかめる方であれば、シュガーレスガムによって唾液分泌を促す方法はあります。
ただし、
- 発熱中に眠気が強い方
- 寝たままの方
- むせやすい方
- 幼い子ども
- 吐き気がある方
には使用させないでください。
ガムは歯磨きの代わりではありません。
歯磨き後に薬を飲んだら、もう一度磨くべきですか?
薬を飲むたびに、必ず歯を磨き直す必要はありません。
水を飲んでよい薬であれば一口飲み、次に無理なく磨ける時間へつなげます。
処方された服用回数や服用時刻を、歯磨きの都合で変更しないでください。
「今日はここまでできた」で大丈夫です
冒頭の患者さんは、私の話を聞いて、
「一日くらい磨けないと、全部だめになってしまうような気がしていました」
とおっしゃいました。
歯磨きは、毎日の積み重ねです。
けれど、積み重ねとは、一日も休まず完璧に続けることだけではありません。
体調の悪い日は、ケアを小さくする。
少し回復したら、一段階戻す。
元気になったら、また普段の歯磨きと歯間清掃を続ける。
その繰り返しも、立派なセルフケアです。
元気な日は、いつもの歯磨きを。
少しつらい日は、短時間のフッ化物歯磨きを。
歯磨剤が無理なら、水磨きを。
歯ブラシも難しければ、水すすぎと保湿でつなぎます。
そして、吐いた直後には強く磨かず、まず水ですすぎましょう。
「昨日は磨けなかった」と、申し訳なく思わなくて大丈夫です。
今日できる一回から、また始めていきましょう。
参考文献
- 日本口腔衛生学会・日本小児歯科学会・日本歯科保存学会・日本老年歯科医学会「フッ化物配合歯磨剤の推奨される利用方法について」
- 日本小児歯科学会「イオン飲料とむし歯に関する考え方」
- 消費者庁「経口補水液について」
- American Dental Association, “Dental Erosion”
- American Dental Association, “Mouthrinse(Mouthwash)”
- American Dental Association, “Toothbrushes”
- NHS, “Dry Mouth”
- NHS, “Dehydration”
- NHS, “Dental Abscess”
- Department of Health and Social Care, “Delivering Better Oral Health: Chapter 8 Oral Hygiene”
