2026年9月21日

(受付さんの備忘録)

はじめに
「説明を受けたときは分かったつもりだったけれど、家に帰ったら細かいところを思い出せない」
「家族に話そうとしたら、手術の名前も、その後どうなるのかもうまく説明できない」
重大な病気について説明を受けたあと、そんなふうに感じることがあります。
歯科医院でも、診察室から受付へ戻ってきた患者さんが、「先生からいろいろ聞いたけれど、少し整理できなくて……」と戸惑われることがあります。
まして、突然「がんです」と告げられた直後ならどうでしょうか。
2026年9月18日、富山テレビ/FNNプライムオンラインが、口腔がんの患者説明に関する興味深い取り組みを報じました。
52歳で歯肉がんを経験したアニメーション作家・ミヤサカカズヒデさんが、自身の体験を24話の4コマ漫画にした「キャンサーパンサー ~もしも歯肉がんと言われたら読む本~」です。
告知から手術、入院、回復までを描いたこの冊子。書籍化を持ちかけたのは、ミヤサカさんを治療した富山大学歯科口腔外科の主治医でした。
その背景にあったのが、医療者が説明したことと、患者さんが実際に受け止めたことは、必ずしも同じではないという問題です。
今回は「口腔がんとは何か」「口腔がんはどのように治療するのか」を改めて説明する記事ではありません。
医師は説明した。患者さんも聞いた。
それでもなぜ、両者の間に「ズレ」が生まれるのでしょうか。
漫画、図、動画などの視覚的な資料は、そのズレを埋められるのでしょうか。
そして患者さんや家族は、大切な説明をどう受け取り、どう持ち帰り、どう共有すればよいのでしょうか。
受付さんの備忘録として、研究も交えながら考えてみます。
口腔がん患者の体験を、なぜ「24話の漫画」にしたのか
「キャンサーパンサー」は、一般的な医学書とは少し違います。
2026年8月29日初版、A5判32ページ。ミヤサカさん自身の歯肉がん体験をもとに、医師・歯科医師らが内容を確認しながら制作されています。
一般の書店で広く販売することよりも、歯科医院や医療機関から、必要な患者さんへ手渡して使うことが想定されています。
診察室で医師から説明を受ける。
その場では理解したつもりでも、家へ帰ってから分からないところが出てくる。
冊子をもう一度読む。
家族にも読んでもらう。
そして新しく浮かんだ疑問を、次の診察で尋ねる。
そんな使われ方が想定されているわけです。
主治医が感じていたのは、まさに「説明した側」と「説明を受けた側」との間にある距離でした。
例えば手術後の口の状態や再建について説明するとします。
医学用語を正確に並べれば、医学的には正しい説明になります。
しかし、それだけで患者さんが「食事はどうなるのだろう」「きちんと話せるだろうか」「退院したあと、どんな生活になるのだろう」といったところまで具体的にイメージできるとは限りません。
一方で、術後写真などをいきなり見せると、告知直後の患者さんには刺激が強すぎることもあります。
その間を埋める方法として、「患者本人が経験を漫画にする」という発想が出てきました。
ではそもそも、一般の人は口腔がんについてどの程度知っているのでしょうか。
「口腔がん」という名前を知っている=病気を理解している、ではない
2024年、日本口腔保健学雑誌に、一般の人の口腔粘膜疾患への知識を調べた国内研究が報告されています。
対象は関東地方の食品系企業に勤務する40歳以上の非医療従事者105人。そのうち有効回答97人を分析しました。平均年齢は58.6歳です。
その結果、「口腔がん」という病名を聞いたことがある人は87.6%でした。
約9割です。
この数字だけを見ると、「口腔がんはかなり知られている」と感じるかもしれません。
ところが、具体的な知識になると様子が変わります。
この調査票で「口腔がんの原因」として喫煙を選んだ人は45.4%、飲酒は19.6%でした。
また、「口内炎が2週間以上治らない」という変化を知っていた人は41.2%。口腔粘膜の病変について「色や形が変化する」という特徴を知っていた人も42.3%でした。

ここで、この97人を「日本人全体」と読み替えてはいけません。
全国から無作為に抽出された代表調査ではなく、特定地域・特定企業の40歳以上を対象とした小規模な調査だからです。
それでも、この数字は興味深いものです。
「口腔がんという病気がある」と知っていることと、自分の口に変化が起きたとき、その意味を理解して行動できることは別だからです。
同じ研究では、口内炎ができても特に行動しなかった人の多くが、「病院に行くほどではないと思った」ことを理由として挙げています。
また、口腔粘膜疾患について「もっと情報を知りたい」と答えた人は71.1%でした。
つまり、「知られていない病気」というより、病名は知っていても、具体的な意味や行動まで十分につながっていない病気と考える方が近いのかもしれません。
なお、口腔がんの症状や早期発見そのものについては、以前の「口腔がんの早期発見の重要性」で詳しく解説しています。
今回はそこを繰り返さず、「情報を聞いたあと、患者さんの中で何が起こるのか」へ進みます。
がんの説明を受けても、すべてをそのまま覚えて帰れるわけではない
自宅で医学情報を読むなら、途中で止めることができます。
分からなければ一つ前のページへ戻れます。
検索することもできます。
しかし、診察室の説明は時間とともに進んでいきます。
しかも「がん」という重大な診断の場合、一度の診察で扱われる情報は少なくありません。
- 病名
- 病変の場所
- 検査結果
- 病期
- 追加検査
- 手術
- 再建
- 放射線治療
- 薬物療法
- 入院
- 副作用
- 退院後の生活
- 次回の受診予定
さらに患者さん自身の頭の中では、「治るのだろうか」「家族に何と言おう」「仕事はどうしよう」「食べられなくなるのかな」といった別の思考も同時に動いています。
説明を「聞く」ことと、それをすべて「記憶して持ち帰る」ことは同じではありません。
不安が強いと、説明を思い出しにくくなることがある
2019年に報告された研究では、新たに大腸がんと診断された患者78人について、一日で検査や説明を進める診療体制の中で受けた説明を録画し、その36~48時間後にどの程度思い出せるかを調べています。
診察後、32%の患者に臨床的なレベルの不安が認められました。
そして、患者が想起できた医療情報は平均すると約60%でした。さらに、不安が強いほど情報想起が低いという関連がみられています。
ただし、ここから「がん患者は説明の40%を忘れる」と一般化することはできません。
これは特定の診療体制で治療を受けた大腸がん患者78人の結果です。がん種も説明方法も患者背景も異なれば、数字は変わり得ます。
重要なのは、重大な診断を受け、多くの情報を短時間で処理しなければならない場面では、不安と情報想起が関係する可能性があるということです。
「ちゃんと説明を聞いていたはずなのに、あとで思い出せない」ということがあっても、それだけで「聞き方が悪かった」と考える必要はありません。
「分かりました」と「自分の生活が想像できました」は同じではない
診察室で「ここまで大丈夫ですか?」と聞かれて、「はい」と答える。
よくあるやり取りです。
けれども、「分かった」には何段階もあります。
- 病名を聞き取れた
- 検査の名前を覚えた
- 治療法の名前を理解した
- 治療の目的を理解した
- 副作用の意味を理解した
- その治療を受けたら、自分の生活がどうなるのか想像できた
ここまで来て初めて、「自分ごと」として理解できたと感じる場面もあります。
特に口腔がんでは、この医学的説明から生活への翻訳が重要になります。
口腔がんでは「医学的には一言」が、患者さんの生活では一言で終わらない
国内には、口腔がんの根治治療後患者22人へ半構造化面接を行った質的研究があります。
研究では、病気を知った経緯、担当医から受けた病状告知、手術の説明、告知後から調査時までに経験した身体的・心理的・社会的な苦痛、日常生活上の変化などを詳しく聞き取っています。
ここから見えるのが、医療者の言葉と患者さんの生活との距離です。
「咀嚼障害」は、患者さんには「友人と食事できる?」という問題になる
医学的には、「咀嚼機能が低下する可能性があります」と説明されるかもしれません。
医学的には正しい表現です。
でも、患者さんの生活ではもっと具体的です。
- 食べ物が口からこぼれる
- 食事に時間がかかる
- 片側だけで噛まなければならない
- 家族以外の人と食事をすることが気になる
- 友人との食事会へ参加しなくなる
- 同窓会へ行かなくなる
- 旅行を諦める
この国内研究では、食生活の変化が「食べる楽しみ」だけでなく、社会関係や楽しみの機会にまで影響していました。

構音障害も同じです。
「発音しにくくなる可能性があります」という医学的説明の先には、「職場で電話に出られるだろうか」「相手にきちんと聞き取ってもらえるだろうか」「人前で話す仕事を続けられるだろうか」という生活があります。
研究では、口腔がんによる影響は食生活だけでなく、仕事や社会的役割にも広がっていました。
ここに、患者さん自身が体験を漫画にする意味が見えてきます。
医学の言葉を、生活の言葉へ翻訳する。
患者体験には、その役割が期待できます。
口腔がんと告げられた患者さんが知りたいのは、「この病気は何?」だけではない
2026年には、口腔の悪性腫瘍や口腔潜在的悪性疾患を告げられた患者が、その場で実際にどんな質問をしたのかを調べた研究も報告されています。
対象は118人。口腔潜在的悪性疾患68人、口腔悪性腫瘍50人です。
記録された質問は291件でした。
口腔悪性腫瘍の患者では、質問の42.45%が治療について。さらに31.13%が「次に何をするのか」に関する質問でした。
この結果は非常に分かりやすいと思います。
患者さんが知りたいのは、「この病気の定義は何ですか?」だけではありません。
むしろ、「このあと私はどうなるんですか?」です。
- 次はどんな検査をするのか
- いつ入院するのか
- 手術はどう進むのか
- 食事はどうなるのか
- 退院までどのくらいかかるのか
- 家に帰ったあと何に困るのか
ここには「時間軸」があります。
「キャンサーパンサー」が、1枚の説明図ではなく、告知から手術、退院までを24話で追う形式になっているのは、この時間軸を伝える方法としても興味深いところです。
漫画・図・動画にすると、本当に説明は伝わりやすくなる?
では、視覚教材は本当に役に立つのでしょうか。
2026年、『Cancer Control』に、がん領域の視覚的介入をまとめた系統的レビュー(systematic review)が発表されています。
対象となったのは21研究、計5,113人。そのうち11件は無作為化比較試験(RCT)でした。
使われていた視覚教材は、動画、ピクトグラム、図、治療タイムライン、3D模型などさまざまです。
全体として、視覚的な情報を加えることで、知識や理解が改善した研究が複数ありました。
一方で、よく設計された通常の資料と比べて差がなかった研究もあります。

ここが重要です。
「漫画だから分かりやすいに決まっている」とは言えません。
どんな情報を、誰に、どのタイミングで、どのように提示するか。資料そのものの設計も重要だからです。
実は、口の病変を疑われた患者にgraphic novelを読んでもらったRCTもある
漫画と口腔腫瘍という組み合わせについては、すでに臨床研究があります。
2023年、イタリアで、口腔潜在的悪性疾患が疑われ、生検を予定された患者50人を対象とした無作為化比較試験が行われました。
25人には、生検待機中にカラーのgraphic novelを読んでもらい、残り25人が対照群でした。
その結果、graphic novel群では、不安を中心とした心理尺度で良好な結果がみられました。
「漫画に医学的な意味がある可能性」を考えるうえでは興味深い研究です。
ただし、ここも慎重に読みます。
この研究は、「漫画を読めば口腔がんの説明をよく理解できる」ことを調べた研究ではありません。
対象も口腔がん確定患者ではなく、口腔潜在的悪性疾患が疑われ、生検を受ける患者です。50人という小規模研究でもあります。
したがって、「漫画なら理解度が上がる」「漫画で治療選択がよくなる」とは言えません。
現時点では、口腔腫瘍診療のような不安の強い場面で、graphic novelという媒体を使う試みには、臨床研究も始まっているくらいが妥当でしょう。
患者さんは「もっと詳しく知りたい」――でも詳しければ詳しいほどよいとは限らない
国内にも、がん治療を受ける患者・家族へ説明冊子を作った取り組みがあります。
天理よろづ相談所病院から報告された、日本歯科衛生学会のポスター発表です。
周術期口腔機能管理を受けるがん患者31人を対象に、患者がどのような情報を知りたいのかを調べています。
知りたい内容として挙がったのは、口腔内トラブル、がん治療中に歯科受診が必要な理由、副作用が発生する時期、口のセルフケア、治療前に準備しておくもの、口の中の変化や入れ歯などでした。
さらに自由回答では、「なぜ口の中に副作用が起こるのか」「どんなケア用品があるのか」、そして「実際の口腔内トラブルの写真も見たい」という要望まで挙がっています。
ところが、冊子を作った医療者側は、その写真を掲載しませんでした。
理由は、リアルな口腔内写真が、患者さんに心理的な負担を与える可能性を考えたためです。
そして、「どこまで詳しい情報を載せればよいのか」が今後の課題だとしています。
なお、この発表は小規模な質問紙調査であり、冊子の臨床効果を検証したRCTではありません。また、抄録には対象者数と回収率について整合しない記載があるため、本稿では回収率は扱いません。
それでも、患者さんは具体的な情報を求めている。しかし、情報は多ければ多いほどよいわけではないという問題はよく表れています。
「写真では生々しすぎる。でも文章だけでは想像しにくい」
ここで、今回の漫画へ戻ります。
患者さんに治療後の状態を伝える方法には、文章、図、イラスト、写真、動画、漫画などがあります。
それぞれ、現実との距離感が違います。
写真は非常に具体的です。
しかし、これから大きな手術を受ける患者さんにとっては、「将来の自分の姿」のように感じられ、心理的負荷が大きくなる可能性があります。
反対に文章だけでは、「咀嚼障害」「再建術」「構音障害」と説明されても、日常生活まで想像しにくい。
漫画は、その間に置くことができます。
- 実際の体験を扱える
- 実写そのものではない
- 時間経過を描ける
- 本人の感情や生活の変化も描ける
こうした特徴があります。
ただし、これは漫画という媒体の一般的な特性や今回の作品設計についての考察です。
キャンサーパンサーを読めば、不安が減る、理解が高まる、治療選択がよくなる――そこまでの臨床効果が検証されたわけではありません。

患者さんの体験談は大切。でも「あなたの未来予想図」ではない
患者本人が描いた漫画には、医学書だけでは得にくい情報があります。
- 何が一番怖かったのか
- どこで困ったのか
- 家に帰ってから何が大変だったのか
- 家族との生活がどう変わったのか
こうした情報は、患者経験だからこそ伝えられます。
一方で、他の患者さんも同じ経過をたどるわけではありません。
例えば同じ歯肉がんでも、発生部位、腫瘍の大きさや深さ、病期、リンパ節転移の有無、切除範囲、再建方法、放射線治療や薬物療法の有無、年齢、持病、全身状態などで治療も術後経過も変わります。
ですから、「漫画の中ではこうなったから、自分もこうなる」ではありません。
むしろ、「こういうことに困る人もいるんだ。では、自分の場合はどうなるのか先生に聞いてみよう」と使うのがよいでしょう。
患者体験漫画は、主治医の説明の代わりではありません。
主治医への質問を作るための補助資料と考えると、役割が分かりやすくなります。
患者向け資料には「答えを教える」以外の役割もある
説明資料というと、「正しい答えを患者さんへ教えるもの」と思いがちです。
しかし、もう一つ重要な役割があります。
「自分は何を聞きたいのか」に気づくことです。
2025年には、がん患者向けの質問促進リスト(Question Prompt List:QPL)について、14研究をまとめた系統的レビュー/メタ解析が報告されています。
QPLを使用した介入では、患者からの質問数や共同意思決定(shared decision-making:SDM)への参加が増えました。
さらに、単に質問リストを渡すだけでなく、「こう使ってください」と使い方を説明した場合には、患者自身から出る質問や意思決定に関する自己効力感で改善がみられました。
一方で、質問リストを渡せば、すべての患者の不安や理解が必ず改善するという結果ではありません。
ここでも「資料だけで完結する」わけではないのです。
漫画を読んで「これを先生に聞いてみよう」と思えたなら、それも一つの役割
例えば漫画の中で、手術後に食事に苦労する場面があったとします。
それを読んで、「私はいつ頃から口で食べられますか?」と聞く。
家族との会話に困った場面を読んで、「私の手術では話し方にどのくらい影響しますか?」と聞く。
漫画に書かれている答えをそのまま自分へ当てはめるのではなく、自分の場合を主治医へ確かめるための質問へ変える。
それなら、患者体験と個別医療を混同せずに利用できます。
「何を聞けばいいか分からない」も、立派な相談内容です
がんと告げられたあと、最初からきれいな質問リストを作れるとは限りません。
そもそも、「何が分からないのか分からない」ということがあります。
国立がん研究センター「がん情報サービス」は、2026年8月に「医療者と話し合うときのヒント」を全面更新しています。
そこでは、一度に多くの説明を受け、その場ですべて理解できなかった場合、もう一度説明してもらうことや、自分の理解が合っているか確認することが案内されています。
診察前に質問をメモしておくこと、家族や親しい人に一緒に聞いてもらうこと、看護師、薬剤師、医療ソーシャルワーカー、がん相談支援センターなどへ相談する方法も紹介されています。
ですから、「何を聞けばいいか分かりません」と伝えても構いません。
それ自体が、医療者にとって大切な情報です。
家族と一緒に読む意味――患者さん一人ですべて覚える必要はない
「説明は家族にも聞いてもらった方がいいですか?」という疑問もあります。
もちろん、誰と情報を共有するかは本人の希望が最優先です。
そのうえで、同伴者が情報整理を助ける可能性を調べた研究があります。
65歳以上のがん患者100人と、そのうち同伴者がいた71人を対象とした研究です。
患者本人が覚えていた内容と同伴者が覚えていた内容を合わせると、どちらか一人だけの場合より多くの情報を補完できました。
これは、「患者本人は覚えられないから、家族に任せる」という意味ではありません。
本人が覚えている部分。家族が覚えている部分。それぞれ違うことがあり、互いに補える可能性がある、という話です。
口腔がんでは、治療後に食事、発声、通院、生活動作などで家族の支援が必要になる場合もあります。
そう考えると、家族も「これから何が起こり得るのか」を知っておくことには意味があります。
「あとで見返せる」こと自体にも意味がある
口頭説明には、一つ大きな弱点があります。
その瞬間が過ぎると、同じ内容をそのまま再生できないことです。
そこで、診察内容の録音や書面要約を患者へ渡す方法も研究されています。
古い試験を中心にまとめたCochrane Reviewでは、成人がん患者を対象とした16試験、計2,318人を検討しています。
録音や書面要約を受け取った患者の多くが実際に資料を利用し、研究によっては家族や友人と共有していました。
情報想起を評価した研究の一部では改善もみられました。
ただし、このレビューに含まれた研究の多くは古く、文献検索も2007年までです。現在のスマートフォン録音などをそのまま検証した最新研究と考えるべきではありません。
また、すべての研究で一貫した改善が示されたわけではなく、QOLや生存への効果を示すものでもありません。
それでも、診察室を出たあとに、患者さんが情報へ戻れるという考え方は重要です。
漫画。冊子。メモ。診療情報。許可を得た録音。
形はさまざまでも、共通しているのは「あとで戻れる」ことです。
説明を受ける日に、患者さん側でできること
難しい準備をする必要はありません。
次のような方法があります。

1.聞きたいことを事前にメモしておく
全部でなくて構いません。「今日一番聞きたいこと」を一つ書くだけでも違います。
2.診察中にもメモを取る
説明を全部書き写す必要はありません。分からなかった用語や、あとで確認したいことだけでも残せます。
3.分からない言葉は、その場で聞く
「再建」「郭清」「病期」など、初めて聞く言葉が出てくることがあります。
4.渡された資料を持ち帰って読み返す
その場ですべて理解しようとしなくて構いません。
5.希望があれば、家族や信頼できる人の同席について相談する
医療機関によって対応が異なるため、事前確認がおすすめです。
6.録音したい場合は事前に確認する
国立がん研究センターも、医療機関によって録音が禁止されている場合があるため、録音したい場合は「録音してもよいですか?」と事前に確認するよう案内しています。
歯科治療でも、説明や同意に使う時間は「処置をしていない余分な時間」ではありません。
以前の「歯医者はなぜ治療前の説明・同意に時間を取る?予約時間が“処置だけ”ではない理由」でも、診察、検査、治療選択肢の説明、質問、希望確認まで含めて予約時間が組まれていることをご紹介しました。
歯科医院から大学病院・口腔外科へ紹介されたら、「自分一人で全部説明し直す」必要はない
口腔がんや、がんを否定できない粘膜病変が見つかった場合、地域の歯科医院から大学病院や病院歯科口腔外科へ紹介することがあります。
そのとき、「向こうの先生に、ここで聞いたことを全部自分で説明しないといけませんか?」と不安になることもあると思います。
そのために、診療情報提供書、いわゆる紹介状があります。
紹介状には、症状、これまでの経過、検査結果、持病や服薬、紹介元の歯科医師が専門医に確認してほしいことなどが記載されます。
患者さん自身が、病名や検査結果を一字一句覚えて運ぶ必要はありません。
歯科の別領域ではありますが、薬剤関連顎骨壊死のポジションペーパーでも、口頭だけの受診指示は不確実になりやすく、意図が正確に伝わりにくい可能性があるとして、文書による情報共有の重要性が指摘されています。
大学病院や市民病院へ紹介する際の情報のつながりについては、「歯科治療で紹介状が必要になるのはどんな時?大学病院・市民病院と連携する理由」でも詳しく解説しています。
また、口腔粘膜病変では、「その場でがんと確定診断すること」と、「専門医療機関で詳しく調べる必要がある人を見分けること」は別です。
一般歯科から専門医療機関へつなぐ考え方については、「口腔がんAIは“診断”するのか?大阪大学発『Mucosight AI』の承認と、平岡氏らの研究から考えるAIトリアージの現在地」も参考になります。
説明のズレは、患者さんだけの問題ではない
ここまで「患者さんがどう理解するか」を中心に書いてきました。
でも、説明のズレを「患者さんがきちんと聞かなかったから」だけで片付けることはできません。
医療者側にも、「説明したか」ではなく、「どう伝わったか」を考える必要があります。
「分かりましたか?」だけでなく、患者さんがどう理解したか確かめる
その方法の一つとして知られているのが、患者さん自身の言葉で理解を確かめるTeach-backです。
単純に「分かりましたか?」と尋ねるだけでなく、患者さんがどのように理解したかを、自分の言葉で説明してもらう方法です。
ただし、Teach-backも万能ではありません。
2026年9月に発表された系統的レビュー/メタ解析では、18件のRCT、計1,985人を対象に検討しています。
知識獲得を評価した9件のRCTでは、明確で一貫した改善パターンは示されず、エビデンスの確実性もvery lowと評価されました。
一方で、自己効力感や短期的な行動遵守などでは改善方向の結果もありました。
したがって、「Teach-backさえすれば説明のズレはなくなる」とは言えません。
それでも、情報を発した側が、「自分は説明した」で終わらず、「相手にはどう届いたか」を確認しようとするという考え方は重要です。
受付として思うこと――「一度で全部分からなかった」を失敗にしなくていい
診察室から出てきて、「先生には説明してもらったんですけど、家族に何て言ったらいいのか……」「さっきは分かったと思ったんですけど……」となることがあります。
そんなとき、一度で全部理解できなかったことを「失敗」にする必要はないと思います。
まして、がんという重大な説明です。
初めて聞く病名。
初めて見る画像。
初めて聞く検査。
手術。
入院。
食事。
仕事。
家族。
これからの生活。
すべてを一回の診察で整理するのは、簡単なことではありません。
一度聞く。
持ち帰る。
冊子を読む。
漫画を見る。
家族と話す。
分からないところが出てくる。
メモをする。
次の診察でもう一度聞く。
そうやって理解が少しずつ更新されていくこともあります。
「キャンサーパンサー」は、医師の説明の代わりではない
この24話の漫画は、新しい口腔がん治療を紹介したものではありません。
読めば自分の治療方針が決まる本でもありません。
同じ歯肉がんだからといって、漫画と同じ手術、同じ経過になるわけでもありません。
そして現時点では、この冊子自体が患者の理解、不安、意思決定、QOLなどを改善することを検証した臨床試験があるわけでもありません。
それでも、このニュースが投げかけている問いには意味があります。
医療者が正確に説明すること。
患者さんが聞くこと。
そして、患者さんがその内容を自分の生活の中で意味のある情報として理解すること。
この3つは、完全には同じではありません。
漫画は「説明」と「生活」の間に引かれた補助線なのかもしれない
一般の人の調査を見ると、「口腔がん」という病名を知っている人は多くても、具体的な症状や関連要因まで十分理解されているとは限りません。
がん診療の研究を見ると、不安の強い場面では、説明内容をあとから思い出すこと自体が難しくなる可能性があります。
口腔がん患者の質的研究を見ると、「咀嚼障害」「構音障害」という医学用語の先には、食事、家族、仕事、旅行、友人、社会とのつながりという生活があります。
視覚教材は、その理解を補える可能性があります。
しかし、漫画だから必ず伝わるわけではありません。
患者体験も、自分の未来予測にはなりません。
だからこそ、「漫画に答えを教えてもらう」のではなく、「漫画を読んで、自分の場合に聞きたいことを見つける」という使い方がよいのかもしれません。
主治医から聞いた医学の言葉。
自分がこれから暮らす生活。
家族が知っておきたいこと。
次の診察で聞きたいこと。
「キャンサーパンサー」は、その間をつなぐ一本の補助線として考えると、24話にまとめられた意味が見えてきます。
よくある質問
Q.口腔がんの説明を、家族と一緒に聞いてもいいですか?
本人が希望する場合、家族や信頼できる人に説明へ同席してもらえることがあります。医療機関や診療内容によって対応は異なりますので、あらかじめ確認しておくとスムーズです。
家族に治療を決めてもらうという意味ではなく、本人と家族で情報を共有する方法の一つです。
Q.先生の説明を録音してもいいですか?
録音についてのルールは医療機関によって異なります。
あとで聞き直したい場合には、無断で録音するのではなく、「説明をあとで家族と確認したいので、録音してもよいですか?」と事前に確認してください。
Q.一度説明された内容を、もう一度聞いてもいいですか?
もちろん構いません。
「前回ここまでは理解できたのですが、この部分をもう一度教えてください」と伝えると整理しやすくなります。
一度の説明で完全に理解することを目標にしなくても大丈夫です。
Q.患者さんの闘病漫画や体験談を、自分の治療の参考にしてもいいですか?
「どんな疑問が出るのか」「生活のどこで困ることがあるのか」を考える参考にはなります。
ただし、がんの場所、病期、手術範囲、再建方法、全身状態などによって経過は異なります。
体験談だけで自分の治療や予後を判断せず、「この人の場合はこうだった。では、自分の場合はどうですか?」と主治医へ確認するための補助として利用してください。
Q.口腔がんかもしれないと思ったら、最初から大学病院へ行くべきですか?
必ずしも最初から大学病院でなければならないとは限りません。
地域の歯科医院や歯科口腔外科で確認し、必要に応じて専門的な検査・診断のできる医療機関へ紹介することがあります。
患者さん自身が症状だけで「がんか、がんではないか」を判断する必要はありません。
Q.紹介先で何を聞けばいいか分かりません
最初から質問を完璧に用意する必要はありません。
- 次に何をしますか?
- 治療の目的は何ですか?
- 食事や会話にはどんな影響が考えられますか?
- 退院後に、どんな症状があれば連絡すればいいですか?
など、今気になっていることを一つでもメモしておくと役立ちます。
そして、「何を聞けばいいのか分からないです」と伝えること自体も、立派な相談です。
参考文献
- 富山テレビ/FNNプライムオンライン.「がんになったから漫画を描いた 口腔がん経験のアニメーション作家が患者の『心の助け』になる漫画本を出版」.2026年9月18日.
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