2026年9月21日

(院長の徒然コラム)

はじめに
子どもの歯が急に痛み始め、歯ぐきまで腫れてきた。
そんなとき、「感染しているなら、まず抗菌薬を飲ませた方が早く治るのでは?」と考える保護者の方は少なくないと思います。
その考えが間違っているわけではありません。歯性感染症には、抗菌薬が非常に重要になる場面が確かにあります。頬や顔まで腫れてくる、発熱や倦怠感がある、感染が周囲組織へ広がっている――こうしたケースで、必要な抗菌薬を使わないことも適正使用とは言えません。
ただし、反対側も同じくらい重要です。
「歯が感染している」「歯ぐきが腫れている」というだけで、すべての子どもに全身抗菌薬が必要になるわけではありません。
2026年9月19日、小児の歯性感染症に対する全身抗菌薬の使われ方をまとめたsystematic reviewが『BMC Oral Health』に公開されました。1
このレビューを読み進めると、見えてくるのは単純な「抗菌薬の出しすぎ」だけではありません。
本来なら歯科治療が中心となる場面でも抗菌薬が処方されるoveruse(過剰使用)。
反対に、抗菌薬が必要と判断されたのに投与量が不足するunderdosing(過少投与)。
そして、その細かな境界を支える小児固有の直接エビデンス自体が思いのほか乏しいという問題です。
今回は、この3つを混ぜずに整理してみます。
19研究のsystematic reviewは、何を明らかにしたのか
今回のレビューには19研究が含まれています。
そのうち10本は、実際の小児患者や処方を扱った臨床管理研究。残る9本は、歯科医師の処方行動やガイドライン遵守を調べた研究です。1
臨床管理研究10本に含まれたのは、合計1,695件の小児症例または処方です。
ここは「1,695人」と読み替えてはいけません。患者単位で解析した研究と、処方単位で解析した研究が混在しています。
さらに、19研究がすべて、
- 抗菌薬あり
- 抗菌薬なし
を直接比較した臨床試験だったわけでもありません。
対象には、小児歯科外来、救急歯科、顔面蜂窩織炎、入院症例、先天性心疾患児、1型糖尿病児、感染性心内膜炎予防、歯科医師へのアンケート、処方データ解析など、かなり異なる集団が含まれています。
そして、小児歯性感染症に対する全身抗菌薬レジメンを直接比較したRCTは1本も見つかっていませんでした。1
研究ごとに感染の重症度、抗菌薬の種類、投与量、期間、評価するアウトカム、適正処方を判定する基準、さらには分析単位まで異なります。そのため著者らはメタ解析を行わず、narrative synthesisとしてまとめています。
したがって、この論文を、
「19研究によって、小児の歯性感染には抗菌薬が不要だと証明された」
と読むのは正確ではありません。
より正確には、
小児歯科では、ガイドライン上の適応を超えた抗菌薬使用が複数研究で観察されている。一方で、最適な抗菌薬、量、投与経路、期間を直接比較した高品質な小児研究はまだ少ない。
というのが今回のレビューの立ち位置です。

抗菌薬と歯科治療は、そもそも役割が違う
歯性感染症を理解するうえで、最初に押さえておきたいのがここです。
抗菌薬は、体内に吸収され、血流に乗って感染組織へ届きます。
一方、虫歯が歯髄まで進行し、歯髄が壊死して感染根管になると、根管内部には正常な血液循環が残っているわけではありません。
根管内には、
- 壊死した歯髄組織
- 感染デブリ
- 細菌
- バイオフィルム
などが存在します。
抗菌薬は、これらを物理的に根管外へ除去する薬ではありません。
膿瘍が形成されている場合も同じです。膿がたまっていれば、必要に応じて排膿するという処置が必要になります。
日本の歯科薬物療法資料でも、歯性感染症は複数菌による感染であり、膿瘍腔への抗菌薬移行が低いため、感染根管治療や膿瘍切開などの局所処置を併用することが重要とされています。さらに、切開排膿やデブリードマンは、病原菌数を減らすだけでなく、嫌気性菌が増殖しにくい環境へ変える意味も持ちます。12
つまり、
抗菌薬か歯科治療か
という選択ではありません。
抗菌薬は、血流のある周囲組織へ広がった感染を抑える役割があります。
一方、
- 感染根管を清掃する
- 壊死組織を取り除く
- 膿を排出する
- 保存困難な原因歯を抜歯する
といったsource control(感染源のコントロール)は、歯科治療の仕事です。

私はここを、
「抗菌薬が効かないから歯を治療する」
と説明するより、
「抗菌薬と歯科処置では、担当している仕事が違う」
と考えた方が分かりやすいと思います。
感染した乳歯を保存するか、抜歯するかといった個別の治療判断については、「乳歯の根の感染は抗生物質だけで治る?『どうせ生え変わる』で決めない治療判断と後継永久歯への影響」で詳しく扱っています。
また、感染根管を「薬だけ」で治せない理由については、「根管治療中に入れる白い薬は何のため?水酸化カルシウムの役割と薬だけでは治らない理由」も参考になります。
強い痛みや膿があっても、抗菌薬が必須とは限らない
European Academy of Paediatric Dentistry(EAPD)の2025年ガイダンスは、この点をかなり明確に整理しています。2
EAPDは、乳歯・永久歯を問わず、全身症を伴わないpulpitisや局所性のperiapical periodontitisに対して、全身抗菌薬を推奨していません。
さらに、
歯科治療を行える、全身症のない歯性感染膿瘍
についても、EAPDはNo antibiotics recommendedとしています。
「膿があるなら抗菌薬が必要では?」と感じるかもしれません。
しかし、感染が口腔内に限局し、排膿や原因歯への処置が可能で、顔面への感染拡大や全身症がないのであれば、中心になるのは感染源への歯科治療です。
これは、
「抗菌薬を出さずに何もしない」
という意味ではありません。
むしろ、
抗菌薬だけで様子を見るのではなく、原因そのものへ治療する
という考え方です。
不可逆性歯髄炎でも同様です。強い痛みがあるからといって、直ちに全身抗菌薬の適応になるわけではありません。
歯の急性痛に対する薬の考え方については、「歯科急性痛の経口鎮痛薬をどう選ぶか?」でも詳しく解説しています。
抗菌薬の必要性が高まるのは、感染が局所を越えてきたとき
反対に、どのような場面で抗菌薬の必要性が高まるのでしょうか。
重要なのは、感染の広がりと全身への影響です。
EAPDは、extra-oral swellingやcellulitisがあり、発熱、全身への感染波及、局所リンパ節病変などを伴う場合に、抗菌薬を使用する方向を示しています。
さらに、
- 倦怠感
- 呼吸困難
- 開口障害
- 嚥下障害
- 脱水
なども重要な所見です。感染が急速に進行する場合には、入院や静注抗菌薬が必要になることがあります。2
ただし、こうした症例でも抗菌薬だけを使うわけではありません。
EAPDは同時に、速やかな排膿または感染原因の除去を勧めています。
整理すると、
局所感染
→ source control中心
感染拡大・全身症あり
→ source control+全身抗菌薬
です。

特に、呼吸しにくい、飲み込みにくい、急速に腫れが広がるといった症状がある場合は、通常の予約日まで待つのではなく、速やかな医療評価が必要です。
なお、ここで扱っているのは主に活動性の歯性感染症に対する治療的な抗菌薬使用です。感染性心内膜炎予防などの予防投与や、免疫機能の低下など明確な全身的リスクがある患者さんでは、別の判断が必要になります。3
日本の2026年「歯科編」も、source controlを基本にしている
日本でも、現在の公式方針は同じ方向です。
厚生労働省は2026年1月16日、「抗微生物薬適正使用の手引き 第四版 歯科編」を公表しました。4
この手引きでは、歯性感染症治療は感染根管治療、膿瘍切開、抜歯などの局所処置が基本と整理されています。
そして、局所処置が可能で、全身症状を伴わない根尖性歯周組織炎などでは、経口抗菌薬処方は不要としています。
一方、開口障害や嚥下困難を伴う重症顎炎、顎骨周囲の蜂巣炎では、専門医療機関での静注抗菌薬が推奨されています。
つまり日本の最新手引きでも、
「歯性感染だから一律に抗菌薬」ではなく、局所処置を基本にして、重症度に応じて抗菌薬を追加する
という考え方です。
ただし、この厚労省歯科編は小児歯科専用の抗菌薬ガイドラインではありません。小児の投与量設計については、小児歯科のガイドラインや各薬剤の用法・用量を別途確認する必要があります。
発熱がなければ軽症、とは限らない
感染の重症度を「熱があるかどうか」だけで判断するのも危険です。
15歳未満の歯性感染による入院小児411例を調べた研究では、平均年齢は6.5歳で、97%を超える症例に腫脹がありました。10
それでも、入院時に38℃を超える発熱があったのは20.4%でした。
もちろん、この研究はすでに入院が必要になった子どもを対象にしています。
したがって、
「熱がない歯性感染でも○%が重症化する」
という一般外来のリスク数字として使うことはできません。
それでも、熱がない=軽症と機械的に判断できないことは分かります。
顔面腫脹の範囲、口が開くか、飲み込めるか、水分が取れているか、呼吸状態はどうか、ぐったりしていないか、腫れが急速に進んでいないか。
こうした所見を合わせて評価します。
重症例では、抗菌薬とsource controlがほぼセットになっている
同じ411例の研究では、57.2%が入院前にすでに抗菌薬を使用していました。10
ただし、ここから、
「抗菌薬が効かなかったから入院した」
と結論することはできません。
そもそも感染が重かったため、入院前から抗菌薬が処方されていた可能性があります。
いわゆるconfounding by indicationです。
重要なのは入院後の治療内容です。
入院中はほぼ全例に静注抗菌薬が使われましたが、それと同時に97.7%で原因歯の抜歯と排膿などのsource controlが行われていました。10
つまり重症例では、
抗菌薬か歯科処置か
ではありません。
抗菌薬を使い、同時に感染源も処置する。
これが実際の治療像です。

「出しすぎ」と同時に、「少なすぎ」も問題になる
抗菌薬適正使用というと、
「できるだけ処方量を減らすこと」
のように聞こえがちです。
しかし、本来のstewardshipはそうではありません。
不要な人には使わない。必要な人には、必要な量を使う。
この両方です。
今回のsystematic reviewに含まれたMuhsinらの2023年研究では、COVID-19ロックダウン期に救急歯科へ紹介された子どもの抗菌薬処方を調べています。8
レビューでは、amoxicillin処方の51%がunderdosingと整理されています。
さらに、28%の子どもで追加抗菌薬または追加介入が必要になりました。
かなり大きな数字です。
ただし、この結果をそのまま、
「量が少なかったため28%が治療失敗した」
と読むことはできません。
51%under-dose研究には、COVID期という特殊条件がある
この研究は、通常診療ではなくCOVID-19ロックダウン期に行われています。
当時は歯科へのアクセスが制限され、source controlまで時間がかかった可能性や、より重症の症例が救急へ集まりやすかった可能性があります。
また、適正量群と過少量群へランダムに割り付けたRCTでもありません。
したがって、
51%がunderdosingだったこと
と、
28%に追加治療が必要だったこと
は観察されていますが、量不足そのものが追加治療を引き起こしたと因果関係まで証明されたわけではありません。
さらに、Kratunovaらが大学小児歯科279処方を調べた2025年研究では、6.5%がunderdosingと判定され、ガイドライン全体の遵守率は61.6%でした。9
一つの特殊な研究環境では51%、別施設では6.5%。
したがって、underdosingの存在自体は問題ですが、その頻度が小児歯科全体で何%なのかは、まだ確定できません。
この研究群から読み取るべきなのは、抗菌薬を「使う」と決めた後にも、用量を適正化するという別の課題が残ることです。
小児用量は「大人より少なめ」で決めるものではない
子どもの薬では、体重、年齢、最大投与量などを考える必要があります。
「子どもだから少なめなら安全」
という考え方ではありません。
EAPD 2025でも、小児の抗菌薬レジメンでは、年齢、体重、最大投与量、アレルギーなどを考慮し、各国の処方ガイドラインに従うよう求めています。2
また、amoxicillinを含むβラクタム系薬は、薬理学的にはtime-dependentな抗菌薬です。
日本の歯科薬物療法資料でも、ペニシリン系、セフェム系、カルバペネム系などのβラクタム薬は、MICを上回る時間が薬効に関係する薬剤として整理されています。12
患者さん向けに言えば、
「1回だけ高い濃度になればよい薬」でも、「少なければ安全な薬」でもなく、必要な濃度を必要な時間保つように使う薬
ということです。
そのため、1回量を勝手に減らす、飲む回数を減らす、以前余った薬を流用するといった使い方は避ける必要があります。

広い薬を使えば安心、2種類ならもっと安心――とは限らない
抗菌薬では、
- 広い菌に効く薬ほど強い
- 2種類使った方が安全
- 長く飲めば再発しにくい
というイメージを持たれやすいです。
しかし、必ずしもそうではありません。
非歯周性歯性感染症で、βラクタム単剤にmetronidazoleを追加する利益を調べたsystematic reviewがあります。11
採用できた比較試験は3RCTに限られ、しかも1970~80年代の古い研究でした。
その範囲では、metronidazole単独またはβラクタムへの追加が、βラクタム単剤より優れた臨床成績を示したとは言えませんでした。
著者らは、まず歯科的・外科的なsource controlを行い、抗菌薬が必要な場合には適切な狭域βラクタムを用いるという考え方を支持しています。
ただし、このsystematic reviewは小児だけを対象にした研究ではありません。
ここでは、「薬を追加すれば必ず優れるわけではない」という間接的な補助資料として扱います。
抗菌薬の期間も、機械的に固定するものではない
EAPD 2025では、歯性感染症で抗菌薬を使用する場合、最大5日程度を一つの目安とし、2~3日で再評価し、感染源の除去と全身症状の消失を確認して終了するという考え方を示しています。2
一方、厚労省2026歯科編では、抗菌薬の効果判定の目安を3~7日以内とし、その間に改善がない、増悪する、あるいは有害事象がある場合には、外科的消炎処置の追加や抗菌薬の変更・中止を検討するとしています。4
ガイドライン間で期間の示し方には違いがありますが、共通しているのは、
病態と治療反応を再評価しながら使う
という点です。
これは、
「症状が少し良くなったら、自分で勝手に中止してよい」
という意味ではありません。
処方された日数を保護者の判断だけで途中中止したり、反対に余った抗菌薬を追加して延長したりしないでください。
病態、source control、治療後の反応を見ながら、必要に応じて歯科医師が再評価するという意味です。
抗菌薬適正使用には、いくつもの段階がある
ここまでの話を整理すると、抗菌薬適正使用には少なくとも次の要素があります。
- そもそも抗菌薬が必要な病態なのか
- 必要なら、どの薬を選ぶのか
- 小児の体格に合った量なのか
- 投与間隔は適切か
- 投与期間は適切か
- source controlが行われているか

「抗菌薬の処方件数を減らした」だけでは不十分です。
「第3世代セフェムからamoxicillinへ変更した」だけでも不十分です。
反対に、顔面蜂窩織炎や全身症がある子に「AMRが怖いから」と必要な抗菌薬を使わないことも適正使用ではありません。
不要なら使わない。
必要ならためらわない。
使うなら適切に使う。
この3つを同時に満たす必要があります。
ここまで明確なのに、小児の直接エビデンスはまだ薄い
今回のsystematic reviewのもう一つの重要な点がここです。
19研究を集めても、小児歯性感染症に対する全身抗菌薬レジメンを直接比較するRCTはありませんでした。1
さらに、臨床管理研究10本のうち、7本は具体的な抗菌薬用量を報告していません。
コホート・比較研究ではlow risk of biasが2本、moderate riskが3本。横断研究やauditの多くはfair qualityでした。
研究デザイン、病態、投与法、評価項目が異なるため、メタ解析もできません。
レビュー全体のconfidenceはlow~moderateとされています。1
つまり、
「小児RCTで抗菌薬不要が完全に証明されたから使わない」
という話ではありません。
2021年の乳歯膿瘍レビューでも、直接比較の証拠は乏しかった
Leroyらは2021年、乳歯列の歯性感染膿瘍に全身抗菌薬を使用すべきかをsystematic reviewしています。5
ここでも、全身症や感染拡大のない健康な子どもの乳歯膿瘍について、抗菌薬の利益を直接確かめる比較臨床研究は極めて乏しいことが浮き彫りになりました。
日常診療ではよく遭遇するテーマでも、小児だけに絞ると高品質な比較研究がほとんどない。
これが、この分野の難しさです。
「Strong recommendationなのにVery low evidence」は、おかしくないのか
ここは、今回の資料を読んでいて特に興味深かったところです。
EAPD 2025では、
症候性歯髄炎
→ No antibiotics recommended
→ Strong recommendation
→ Low / very low evidence
歯科治療を行える、全身症のない歯性感染膿瘍
→ No antibiotics recommended
→ Strong recommendation
→ Very low evidence
となっています。
一方、
全身症を伴う歯性感染膿瘍
→ Antibiotics are recommended
→ Weak recommendation
→ Very low evidence
です。2

「Very lowなのにStrongとはどういうことか」と思うかもしれません。
しかし、推奨強度はRCTの本数だけで決まるものではありません。
- 病態生理
- source controlが可能か
- 成人からの間接エビデンス
- 抗菌薬を追加する利益
- 副作用
- AMR
- 専門家コンセンサス
- 実行可能性
などを総合して推奨が作られます。
ですから、
Very low evidence=好きに処方してよい
ではありません。
同時に、
Strong recommendation=小児RCTで完全に証明済み
でもありません。
この2つを分けて読む必要があります。
日本の小児歯科では、実際に何が変わったのか
日本の歯科では、歴史的に第3世代セフェム系抗菌薬が多く使われてきたという背景があります。
その経緯については、「第3世代セフェム依存からの脱却:歯科外来抗菌薬処方をどう変えるべきか」で詳しく扱っています。
ここでは、小児歯科のデータに絞ります。
全国18病院では「薬の種類」は変わったが、総使用量は減っていない
2021年、全国18の歯科大学・歯学部附属病院小児歯科外来を対象とした研究が報告されています。13
対象は2015年4月から2018年3月までに受診した1歳以上16歳未満の患者です。
結果は、
第3世代セフェム系は減少。
ペニシリン系は増加。
でした。
一方で、経口抗菌薬の総使用量は2015~2017年度の間で減少せず、横ばいでした。
使用理由は歯性感染症治療が最も多く、次いで術後感染予防。この2つで8割強を占めています。
つまり、
より適切な種類の抗菌薬へ変更すること
と、
抗菌薬そのものを必要な症例だけに絞ること
は別の課題です。
2016年の講習会後、処方構成は大きく変わった
単施設では、さらに分かりやすい変化が報告されています。
福岡歯科大学の小児歯科外来で、2014~2021年、延べ90,178人を対象に処方動向を調べた研究です。14
2014~2016年には、第2・第3世代セファロスポリン系が処方の95%を超えていました。
その後、2016年5月に抗菌薬適正使用についての講習会が行われました。
翌2017年には、
セファロスポリン系 34.9%
ペニシリン系 65.1%
へ大きく変化。
2019年以降はペニシリン系が90%を超え、2021年にはペニシリン系97.7%、第3世代セファロスポリン系1.9%となりました。
DODで見た抗菌薬使用量も、2015年0.2708から2021年0.1732へ低下しています。

この研究では、教育介入と同時期に処方構成が大きく変化しており、継続的なAMR教育やstewardshipが処方行動を変えうることを示唆しています。
ただし、これは無作為化された介入試験ではありません。
また、このDODは成人のDDDを基にした指標です。体重によって1日用量が変わる小児では、他施設との単純比較には限界があります。
さらに、この研究が直接示しているのは主として処方行動の変化です。
「ペニシリン系へ変更したことで患者さんの治癒率が改善した」
とまでは言えません。
「何を出したか」が改善しても、「なぜ出したか」が正しいとは限らない
ここが、日本の抗菌薬データを読むうえで一番重要なところです。
仮に、第3世代セフェムをやめてアモキシシリンへ変更したとします。
薬剤選択としては改善かもしれません。
しかし、その患者さんが全身症のない不可逆性歯髄炎だったとしたら、本当に問うべきなのは、
「セフェムかアモキシシリンか」
ではありません。
「そもそも全身抗菌薬を処方する必要があったのか」
です。
日本の大規模処方データでは、何を処方したか、何件処方したか、何日処方したかは比較的追いやすい。
しかし、
- 顔面腫脹があったか
- 発熱があったか
- 開口障害があったか
- 排膿したか
- 原因歯を処置したか
- source controlが困難だったのか
まで患者単位でつなげるのは簡単ではありません。
全国18病院調査でも、処方薬剤名は17/18施設で電子的に抽出できた一方、病名は10/18施設、用量用法は9/18施設でした。13
したがって、日本について、
「薬剤選択は改善している」
とは言えます。
しかし、
「不要な抗菌薬処方が現在どこまで減ったか」
については、まだ十分には見えていません。
次に評価すべきなのは「何を処方したか」より「なぜ処方したか」
本当に抗菌薬適正使用を評価するなら、薬剤名だけでは足りません。
必要なのは、診断、局所感染か感染拡大か、発熱・全身症、顔面腫脹、source controlの有無、体重に応じた用量、投与間隔、期間、再診時の転帰。
こうした情報が患者単位でつながることです。
つまり日本の歯科では、
「どの抗菌薬を選ぶか」というstewardshipから、
「そもそも、なぜその抗菌薬を出したのか」というstewardshipへ
もう一段進む必要があると思います。

保護者の方に覚えておいてほしいこと
論文の細かな数字をすべて覚える必要はありません。
実際の受診で大切なのは、次のような考え方です。
- 歯が痛いだけで、必ず抗菌薬が必要になるわけではありません。
- 歯ぐきから膿が出ているだけで、必ず全身抗菌薬が必要とは限りません。
- 感染した歯そのものへの処置、排膿、抜歯などが重要です。
- 頬・顔まで腫れる、発熱、強い倦怠感、口が開かない、飲み込みにくい、水分が取れない、呼吸しにくい場合は早めの評価が必要です。
- 抗菌薬を処方されたら、自分で量や回数を減らさないでください。
- 以前余った抗菌薬を、今回の歯痛に使わないでください。
- 抗菌薬を飲んでいても腫れが広がる場合は、「薬を飲んでいるから大丈夫」と待ち続けず再診してください。
抗菌薬服用後の発疹、吐き気、下痢、アレルギーについては、「歯医者でもらった抗生物質・痛み止めで発疹や吐き気が出たら?」も参考にしてください。
FAQ
Q1.子どもの歯ぐきから膿が出ています。抗菌薬は必要ですか?
膿があるという事実だけでは決まりません。
感染が口腔内にとどまっているか、顔面まで広がっているか、全身症があるか、排膿や原因歯への処置が可能かを合わせて判断します。
EAPDでは、全身症のない歯性感染膿瘍で歯科治療を行える場合には、全身抗菌薬をルーチンに追加しないことをStrong recommendationとしています。2
Q2.頬が腫れていますが熱はありません。様子を見てもよいですか?
発熱がないという理由だけで軽症とは判断できません。
顔面まで腫れが広がっている場合には、感染範囲の評価が必要です。
特に、急速に腫れが広がる、口が開かない、飲み込みにくい、水分が取れない、呼吸しにくいといった症状があれば、通常の予約を待つのではなく、速やかな医療評価が必要です。
Q3.以前余ったアモキシシリンを飲ませてもいいですか?
やめてください。
今回そもそも抗菌薬が必要なのか、どの薬が適切なのか、現在の体格に対する量が適切なのかが分かりません。
似たような歯痛でも、前回と同じ病態とは限りません。
Q4.抗菌薬を出されたら、必ず最後まで飲むべきですか?
処方された日数を、保護者の判断だけで途中中止したり、逆に余った薬を追加して延長したりしないでください。
現在の小児歯科ガイダンスでは、抗菌薬は臨床反応を再評価し、感染源除去や全身症状の改善を確認しながら治療期間を判断する考え方が示されています。2
したがって、
「耐性菌を作らないため、何があっても最終日まで機械的に飲む」
という説明だけでも十分ではありません。
重要なのは、処方指示に従い、必要に応じて歯科医師が再評価することです。
まとめ――目指すのは「抗菌薬を減らすこと」ではない
2026年9月19日に公開されたsystematic reviewでは、小児歯科でガイドライン上の適応を超えた抗菌薬使用が複数研究で確認されました。1
一方で、必要な場面でのunderdosingも報告されています。
しかも、その境界を直接比較する小児RCTは乏しく、19研究を集めてもメタ解析はできませんでした。
ですから結論は、
「子どもの歯性感染には抗菌薬はいらない」
ではありません。
同時に、
「感染なら、とりあえず抗菌薬を出しておけば安心」
でもありません。
必要なのは、
感染源へ歯科治療を行い、
感染がどこまで広がっているかを見極め、
全身抗菌薬が必要な子に、
適切な薬・量・間隔・期間で使うこと。
抗菌薬を出すこと自体が良い治療なのでもなく、抗菌薬を出さないこと自体が良い治療なのでもありません。
その子に今、何が必要なのかを判断する。
小児歯性感染における抗菌薬適正使用は、結局そこに尽きるのだと思います。
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