乳歯の根の感染は抗生物質だけで治る?「どうせ生え変わる」で決めない治療判断と後継永久歯への影響|広島市中区立町の歯医者(紙屋町、八丁堀、袋町からすぐで通いやすい)|ブランデンタルクリニック|土曜日、日曜日、祝日診療

〒730-0032 広島県広島市中区立町2-1 立町中央ビル4F

082-258-6411

ネット予約はこちらから
受付

乳歯の根の感染は抗生物質だけで治る?「どうせ生え変わる」で決めない治療判断と後継永久歯への影響

乳歯の根の感染は抗生物質だけで治る?「どうせ生え変わる」で決めない治療判断と後継永久歯への影響|広島市中区立町の歯医者(紙屋町、八丁堀、袋町からすぐで通いやすい)|ブランデンタルクリニック|土曜日、日曜日、祝日診療

2026年8月23日

乳歯の根の感染は抗生物質だけで治る?「どうせ生え変わる」で決めない治療判断と後継永久歯への影響

(院長の徒然コラム)

はじめに

「乳歯はいずれ永久歯に生え変わる」。

これは事実です。

しかし、その事実から、

「どうせ抜ける歯だから、根の周囲に炎症があっても永久歯が生えるまで待てばよい」

「腫れたときだけ抗生物質を飲ませておけばよい」

という治療方針が自動的に導かれるわけではありません。

反対に、感染した乳歯ならすべて根管治療をすべき、あるいは後継永久歯への影響を心配してすべて抜歯すべき、という話でもありません。

乳歯の歯髄壊死や感染根管を考えるときには、その歯が修復可能なのか、生理的な歯根吸収と病的な歯根吸収をどう見分けるのか、根尖部や根分岐部にどの程度の病変があるのか、その近くで発育している後継永久歯はどの段階にあるのか、あとどれくらい口腔内で機能する必要があるのか、そして患児がどの程度の治療を安全に受けられるのかまで考える必要があります。

本稿のタイトルでは一般に馴染みのある「抗生物質」という言葉を使いましたが、以下では原則として「抗菌薬」と表記します。

今回考えたいのは、単なる「乳歯にも根管治療が必要です」という話ではありません。

感染した乳歯を、どこまで保存するのか。どこから抜歯を考えるのか。抗菌薬をどの位置づけで使うのか。通常治療が難しい子どもではどうするのか。そして、その判断を後継永久歯まで含めてどう考えるのか。

1970年代から続く日本の小児歯科研究と、2020年代の臨床研究、系統的レビュー、2025~2026年のAAPD、EAPD、IAPDによる推奨を照らし合わせながら整理します。

古い研究と最新の推奨は同じ重さでは読まない

このテーマを調べていくと、日本では1970~90年代に非常に興味深い研究が多数行われていたことが分かります。

松本ら1977年、黒須ら1977年、足立ら1983年、西堀ら1984年と続く研究では、感染した乳歯と後継永久歯胚の位置関係、病変から離れるように見える「回避現象」、その後の萌出過程や形成障害までが検討されていました。

これらは今読んでも非常に面白い研究です。

ただし、40~50年前の研究を、そのまま2026年の治療基準として使うべきではありません。

診断方法も、X線画像も、根管形成法も、洗浄方法も、根管充填材も、歯冠修復も変化しています。

そこで本稿では、古典的研究は主として、

「どのような現象が観察されてきたか」

「乳歯の病変と後継永久歯胚との関係をどう理解してきたか」

を考えるための資料として扱います。

現在の治療判断については、AAPDの診療指針・ガイドライン、EAPDの抗菌薬診療指針、IAPD Porto Forum 2026の国際コンセンサス推奨を中心に据えます。

ここで一つ注意したいのは、IAPD Porto Forum 2026はGRADEで作成された診療ガイドラインそのものではなく、国際専門家によるコンセンサス推奨であるという点です。

Porto Forumでは、小児歯科・歯内療法などの専門家16名が文献を検索し、38の推奨文を作成し、Delphi法を用いて合意形成しています。

したがって、

「IAPDでStrong recommendation(強い推奨)だから、必ず高品質なRCTがある」

という読み方はできません。

同じことは他のガイドラインにも言えます。

AAPD 2020の非生活歯髄療法ガイドラインでは、そもそも乳歯の不可逆性歯髄炎・歯髄壊死をどう診断するか、また非生活歯髄療法と抜歯を何によって振り分けるかについて、直接的なエビデンスに基づく明確な推奨を作れなかったことが記載されています。

つまり、ここから先の話には、

エビデンスが比較的強い部分と、臨床経験・病態生理・専門家合意を組み合わせて判断している部分が混在しています。

そこを分けて読むことが大切です。

「乳歯だから生え変わる」――それだけでは治療方針は決まらない

乳歯は最終的に脱落します。

永久歯のように、その歯を数十年間保存することそのものが治療の最終目的ではありません。

しかし、だからといって「今ある感染を無視してよい」ということにはなりません。

乳歯は後継永久歯が萌出するまでの間、

咀嚼機能を担い、

歯列の空間を維持し、

顎や咬合の発育に関与し、

後継永久歯の正常な萌出を支える役割を持っています。

2026年の前向き研究でも、乳歯を生理的脱落まで維持することは、歯列空間の維持や咬合発育に意味を持つと整理されています。

一方で、感染した乳歯を「残すこと」自体が目的になってしまうのも問題です。

AAPD 2026は、歯髄治療を考える際に、その歯の価値、修復可能性、予後、代替治療を考慮し、感染過程を制御できない、骨支持が回復しない、修復に必要な歯質が残っていない、過度の病的歯根吸収を認める場合には抜歯を考慮するとしています。

つまり、

「乳歯だから残す価値がない」のでもなく、「乳歯だから永久歯交換まで何としてでも残す」のでもない。

その乳歯を残す利益と、その乳歯に感染を残す不利益を比較する。

そこが出発点です。

乳歯の虫歯を「どうせ生え変わるから」と放置すること自体の問題については、乳歯の虫歯は放置しても大丈夫なのかを解説した記事でも詳しく整理しています。

まず何を診断しているのか――歯髄炎・歯髄壊死・感染根管は同じではない

「痛い乳歯」

「神経まで虫歯が近い乳歯」

「神経が死んだ乳歯」

「根の周囲に病変がある乳歯」

は、同じものではありません。

強い自発痛があるだけで歯髄壊死とは限らない

従来、強い自発痛は不可逆性歯髄炎を疑う重要な症状とされてきました。

しかし、臨床診断としての「不可逆性歯髄炎」と、実際の歯髄組織の炎症範囲や治癒能力が完全には一致しないことが、近年改めて問題になっています。

IAPD Porto Forum 2026では、自発痛を認め、従来なら不可逆性歯髄炎と診断され得る乳歯でも、歯髄へ到達した際に根部歯髄が生活しており、壊死や根分岐部透過像を認めなければ、カルシウムシリケートセメントを用いた歯髄切断法を選択できる可能性を示しています。

これは、歯髄炎を単純な「可逆/不可逆」の二つだけで捉えることの限界を示しています。

「出血が止まらない」だけでも決められない

歯髄を露出させた際、

「数分たっても出血が止まらないから不可逆性歯髄炎」

という判断は長く使われてきました。

しかしAAPD 2020は、出血が一定時間内に止まらないことだけでは、不可逆性歯髄炎を診断できないとしています。

既存研究では、歯髄の炎症状態と臨床的な止血反応が必ずしも正確に一致しないことが示されています。

では何を見るのか

現在も診断では、

症状、

臨床所見、

画像所見

を組み合わせます。

自発痛、瘻孔、歯周炎では説明できない歯肉・軟組織の腫脹、交換期では説明できない異常動揺、根分岐部または根尖部のX線透過像、内部・外部歯根吸収などが、不可逆性歯髄炎や歯髄壊死を疑う重要な所見として使われています。

したがって本稿でいう「感染乳歯」は、単に大きな虫歯がある乳歯ではありません。

主として、歯髄壊死あるいは感染根管となり、その影響が根分岐部・根尖部などの歯周組織へ及んでいる乳歯を想定しています。

乳臼歯はなぜ特殊なのか――後継永久歯と髄床底副根管

乳臼歯は「小さな永久大臼歯」ではありません。

歯根形態も、根管形態も、永久歯とはかなり違います。

後継小臼歯を抱くような歯根

乳臼歯の歯根は、根の間で発育する後継小臼歯歯胚を抱くように開大しています。

根は細く、彎曲や圧平が強く、根管形態も複雑です。

そのため乳臼歯の感染を理解するときには、根尖部だけでなく根分岐部を見る必要があります。

髄床底には副根管が存在する

1996年にヒト乳臼歯76本を連続切片で調べた研究では、76歯すべてで髄床底副根管が観察され、合計275本、1歯平均3.6本が確認されました。

ただし、ここは慎重に解釈しなければなりません。

組織学的に副根管が存在することと、

そのすべてが完全に開存していて、

すべてが常に感染伝播路として機能すること

は同義ではありません。

実際、後の研究では、副孔は多く認められても完全交通しているものは一部に限られるという報告もあります。

したがって、

「乳臼歯の根分岐部病変は全部副根管から起きる」

とは言えません。

しかし、

乳臼歯では歯髄腔と歯周組織の間に、根尖孔以外の交通路が存在し得る

という事実は、病態を理解するうえで非常に重要です。

深いう蝕から歯髄壊死、根管感染へ進行すると、炎症は根尖部だけでなく根分岐部にも現れ得ます。

だから乳臼歯の感染を、永久前歯の典型的な「根尖病変」のイメージだけで理解すると不十分です。

根管内では何が起きているのか――バイオフィルムと象牙細管内細菌

「抗菌薬だけで治るのか」を考えるには、感染根管の中で何が起きているのかを理解する必要があります。

感染根管の中に存在するのは、液体の中を漂っている細菌だけではありません。

壊死した歯髄組織があり、

根管壁には細菌が集団として付着してバイオフィルムを形成し、

細菌は象牙細管内へも侵入し得ます。

日本では1990年代に、乳歯感染根管における象牙質内への細菌侵入を走査型・透過型電子顕微鏡で観察した研究が行われています。

八若氏の2009年総説でも、乳歯の複雑な根管系に加えて、根管壁の細菌性バイオフィルム、スメア層、象牙細管内細菌が治療上の問題として整理されています。

つまり感染源は、

「根の先に膿の袋が一つある」

という単純な構造ではありません。

根管内感染、側枝や根尖分岐、根尖孔外バイオフィルムなど、感染が残る仕組みをさらに詳しく知りたい方は、根管治療後も根尖性歯周炎が治らない理由を整理した記事もご覧ください。

主根管だけでなく、器具の届きにくい圧平部、側枝、髄床底副根管、根管壁、象牙細管など複雑な空間に細菌が存在します。

だから根管治療では、

感染歯髄・壊死組織を除去し、

可能な範囲で機械的清掃を行い、

洗浄液を作用させ、

細菌性負荷を減少させ、

最後に歯冠側から再感染しないよう封鎖する、

という一連の処置が必要になります。

根管治療そのものの基本的な流れや、なぜ歯の内部を清掃・消毒する必要があるのかについては、根管治療について詳しく解説した記事も参考にしてください。

なぜ抗菌薬だけでは感染源治療にならないのか

ここが今回の中心です。

「抗菌薬が効く」と「感染源が除去された」は別

感染した乳歯に抗菌薬を投与すると、腫れや痛みが軽減することがあります。

これは不思議ではありません。

歯根膜、骨、骨膜、周囲軟組織には血流があります。

感染がこれらの組織へ広がっている場合、全身投与した抗菌薬は周囲組織の感染拡大を抑える方向に作用します。

だから、

「神経が死んだ歯には血管がないから抗菌薬は一切効かない」

という説明も単純化しすぎています。

問題は別です。

壊死した根管内に存在する、

壊死組織、

バイオフィルム、

感染象牙質、

象牙細管内細菌、

複雑な側枝

といった感染源を、全身抗菌薬だけで機械的に除去することはできません。

したがって、

抗菌薬で腫れが引いたことと、感染した乳歯そのものを治療したことは同義ではありません。

AAPD 2026は局所感染では原因歯への処置を求める

AAPD 2026では、不可逆性歯髄炎、根尖性歯周炎、瘻孔、限局性口腔内腫脹などで、感染が歯髄または直近組織に限局し、発熱や顔面腫脹を伴わない場合には、歯髄切断法、乳歯根管治療、抜歯などの処置を行うべきであり、抗菌薬は適応ではなく有効でもないとしています。

EAPD 2025も、乳歯・永久歯の局所性歯髄炎や局所性根尖性歯周炎では抗菌薬を推奨していません。

全身症のない歯性膿瘍についても、原因歯への歯科治療を行う場合には「抗菌薬を推奨しない」という強い推奨を示しています。

ただし「強い推奨=小児RCTが大量にある」ではない

ここも重要です。

EAPDはこの推奨をStrong recommendationとしていますが、根拠の質はlow~very lowです。

しかも局所性根尖性歯周炎・歯髄炎についての一部根拠は成人研究から得られています。

2025年の小児・思春期の歯性顔面腫脹に関するスコーピングレビューでも、22の一次研究と32の二次資料が採用されたものの、小児において抗菌薬処方の診断基準を開発・検証した研究は確認されず、抗菌薬の細かな使い方に関する質の高い小児研究は不足していると結論づけています。

したがって、

「高品質RCTで完全に証明されたから抗菌薬を使わない」

という話ではありません。

歯性感染症では感染源除去が重要であるという病態生理、

限られた臨床研究、

抗菌薬による副作用、

抗菌薬耐性、

国内外の臨床経験

を総合して、現在の推奨が作られています。

歯科で処方される抗菌薬の種類や基本的な役割については、歯医者で使われる抗生物質について解説した記事でも紹介しています。

顔面腫脹や全身症があれば抗菌薬の意味は変わる

抗菌薬を必要のない薬と考えるのも間違いです。

感染が局所を越えて広がった場合には、抗菌薬の重要性は高まります。

AAPD 2026では、歯性感染による顔面腫脹・蜂窩織炎がある場合、

患児の年齢、

協力度、

局所麻酔か全身麻酔か、

感染の重症度、

全身状態

などを考慮し、抗菌薬を感染拡大抑制の補助手段として使用するとしています。

しかし同時に、抗菌薬は感染源除去や排膿を置き換えてはいけないと明記しています。

発熱、急速に進行する腫脹、嚥下障害、呼吸障害、開口障害、リンパ節腫脹などがある重症例では、入院や静脈内抗菌薬、緊急外科処置が必要になることがあります。

つまり原則は、

局所感染では原因歯への処置が中心。
感染が周囲へ拡大したら、原因歯への処置に抗菌薬を加える。

です。

「歯を治療するか、抗菌薬を使うか」という二者択一ではありません。

日本の症例報告が示す「抗菌薬+局所処置+再評価」

この原則を非常に分かりやすく示す日本の症例があります。

2018年に荒井らが報告した、乳歯根尖性歯周炎に起因する歯性上顎洞炎の症例です。

初診当日、上顎乳臼歯に感染根管治療を行い、歯肉腫脹部を切開し、アモキシシリンを投与しています。

4日後には急性症状が消退しました。

しかしそこで「治った」と終了していません。

急性炎症が落ち着いた後も、原因乳歯には著しい歯根吸収と大きな動揺が残っていたため保存困難と判断し、抜歯しています。

この一連の経過は重要です。

抗菌薬を使った。
腫れが引いた。
だから終わり。

ではありません。

局所処置と抗菌薬で急性炎症を制御し、その後にあらためて保存可能性を評価し、最終的に原因歯を抜歯しています。

なお、この症例では当時の個別的な治療として根管開放なども行われていますが、これを現在の標準術式として推奨するものではありません。

あくまで、

抗菌薬は原因歯処置と組み合わせて使われ、症状改善後も原因歯の予後を再評価している

という臨床判断の流れを見るための症例です。

感染はどこまで広がり得るのか

普通の感染乳歯がすべて重症化するわけではありません。

大部分は、適切に診断・治療されれば、巨大嚢胞や深部感染へ進展することなく管理できます。

それでも、歯性感染は条件によって周囲組織へ進展し得ます。

2025年のスコーピングレビューでは、歯性感染は局所膿瘍から顔面腫脹、蜂窩織炎へ進展し、重症例では静脈内抗菌薬、全身麻酔下の外科処置、入院管理が必要になることが整理されています。

乳歯由来の歯性上顎洞炎

荒井らの症例では、上顎第二乳臼歯の根尖性歯周炎が上顎洞へ波及しました。

乳歯の場合、通常は後継永久歯歯胚が乳歯根と上顎洞との間に位置するため、このような病態は稀です。

原因乳歯抜歯後、保隙装置を装着して経過観察したところ、後継第二小臼歯は1年11か月後に歯列内へ萌出しています。

稀な歯根嚢胞

乳歯由来の歯根嚢胞も稀です。

症例報告では、22×23mmまで拡大した病変によって後継第一小臼歯歯胚が下顎骨下縁近くまで偏位した例もあります。

ただしここから、

「乳歯の感染を放置すると嚢胞になる」

と説明するのは明らかに行き過ぎです。

これは病態の振れ幅を示す稀な例です。

通常の感染乳歯と巨大嚢胞を同列に扱わない。
しかし感染が条件によって周囲骨や隣接組織へ拡大し得ることも無視しない。

この両方が必要です。

感染乳歯は後継永久歯に何を起こし得るのか

乳歯の感染を考えるとき、永久歯にはない大きな条件があります。

そのすぐ近くで、次の永久歯が作られていることです。

日本では1970年代から研究されてきた

松本ら1977年は乳歯根尖病巣と後継永久歯胚の関係を実験病理学的に検討し、黒須ら1977年は感染乳歯根と健全乳歯根で後継永久歯胚との位置関係を比較しました。

その後、足立ら1983年が「後継永久歯胚の回避現象」を臨床的に観察し、西堀ら1984年が萌出過程と形成障害を追跡しています。

これらの研究は古く、研究規模や画像評価にも現代とは異なる限界があります。

しかし、

乳歯の根尖病変だけを見るのではなく、その下の永久歯まで見る

という考え方が、日本の小児歯科ではかなり以前から存在していました。

「回避現象」とは何か

感染乳歯の病変近くにある永久歯胚が、健側と異なる位置を示し、病変から離れるように変位したように見える現象が「回避現象」と呼ばれてきました。

2013年の萌出障害に関する総説でも、先行乳歯の根尖性歯周炎に伴う後継永久歯の回避現象は、永久歯萌出障害の鑑別として挙げられています。

左右の同名歯で発育・萌出・方向に差があれば、画像診査を行う重要性も述べられています。

荒井ら2018年の症例では、CT上、患側第二小臼歯歯胚は初診時に健側より高位にあり、原因乳歯抜歯後には左右差がほとんどなくなっていく様子が観察されています。

ただしこれは症例報告です。

「感染すると永久歯胚が必ず逃げる」と一般化できるものではありません。

清水ら1986年――後継永久歯の形成不全と歯胚形成段階

清水らは、Vitapexで根管充填された乳歯225歯のうち、永久歯との交換または抜去まで追跡できた88歯を検討しています。

感染根管治療の成功率は、前歯で73.6%、臼歯で79.1%でした。

後継永久歯が萌出して評価できた68歯では、8歯、11.8%にTurner歯として記載された形成不全が認められ、その8歯はいずれも先行乳歯の治療時に後継歯胚がNolla分類3以下でした。

ここで注意したいのは、

乳歯根管治療をすると11.8%で永久歯形成不全が起きる

という意味ではないことです。

感染そのものの影響と、当時の治療・材料の影響を完全に切り分けることはできません。

この研究から重要なのは、

永久歯胚がまだ形成初期にある時期に、形成障害が観察された

という点です。

梅澤ら1996年――感染時の形成段階と、萌出後3年間までの追跡

最終稿では、この日本研究も外せません。

梅澤ら1996年は、乳歯根尖性歯周炎によって後継永久歯歯胚への影響が疑われた11名、18乳臼歯を対象とし、後継永久歯の萌出からさらに3年間まで追跡しました。

研究では、

形成不全は第二小臼歯より第一小臼歯で多く、

下顎より上顎で多く、

感染時にエナメル質石灰化が不十分だった症例が多く、

永久歯胚が感染の影響を受けたと考えられる時点の形成段階と、形成不全の程度との間に関連がある可能性が示されました。

さらに、多くの症例で患側永久歯は健側より早く萌出していました。

この研究も11名・18歯という小規模な古典的観察研究です。

したがって、発生率を現代の一般患者へ当てはめることはできません。

しかし、

後継永久歯への影響は「形成不全」だけでなく、萌出時期や発育経過にも現れ得る

という視点を与えてくれます。

Broadbentら2005年――乳歯う蝕と後継歯エナメル質欠陥

BroadbentらはDunedin Studyの一部として、5歳時と9歳時の両方で歯科診査を受けた663人を解析しました。

先行乳歯にう蝕があった場合、後継永久上顎前歯に境界明瞭なエナメル質混濁を認める調整オッズ比は2.19、95%信頼区間1.12~4.29でした。

また、5歳時に外傷以外の理由で先行乳歯を喪失していた場合には、境界明瞭な混濁のオッズ比が4.96、95%信頼区間1.52~16.18でした。

ただし、この研究は乳歯根尖性歯周炎を直接曝露因子とした研究ではありません。

また、5歳時に欠損していた乳歯について、欠損理由の詳細が記録されていないという限界もあります。著者ら自身、重度う蝕や根尖周囲感染が関係した可能性を議論していますが、直接証明したわけではありません。

したがって、

「乳歯根尖性歯周炎で永久歯異常が2.19倍」

と読み替えてはいけません。

2023年の研究――後継永久歯の発育・歯小嚢・萌出方向

2023年には、乳臼歯の根尖性歯周炎をより直接的に扱った研究が複数報告されています。

Patilらは4~10歳児のパノラマX線写真185枚から、感染乳臼歯256本を解析し、同一患者の反対側健全歯を対照としました。

患側では4~7歳で後継永久歯の成熟度が有意に低く、著者らはおおむね4~6か月程度の発育差と解釈しています。

また患側では、歯小嚢周囲の損傷34%、萌出方向偏位25.8%、形態異常6.6%が報告されています。

乳歯側の歯根吸収が高度になるほど、後継永久歯側の歯小嚢損傷が多いという関連も認めています。

しかしこれは後ろ向き画像研究です。

感染の発症時期や持続期間は正確には分かりません。

また評価は二次元のパノラマX線写真です。

したがって34%という数字を、

「感染乳歯の34%で永久歯障害が出る」

という一般集団の発生率として扱ってはいけません。

Liら2023年も、慢性根尖性歯周炎を有する下顎第二乳臼歯159本で、後継永久歯の発育、歯胚周囲、位置、形態の変化を報告しています。

ただしLi研究とPatil研究では異常の定義や割合が大きく異なります。

それ自体が、

「感染乳歯があれば永久歯異常が何%起こる」と単一の数字で示すことの難しさ

を表しています。

2026年の約6年追跡研究は、さらに慎重な結果を示した

de Sousaら2026年は、乳臼歯根管治療を受けた患児を、後継小臼歯が完全萌出するまで追跡した前向き研究です。

最終評価できた47人では、

冠の回転21.3%、

異所萌出10.6%、

エナメル質低石灰化6.4%、

エナメル質形成不全2.1%

が観察されています。

しかし、歯髄状態、根分岐部病変、病的歯根吸収、根充材の根外溢出などと、後継永久歯の異常との間には統計学的に有意な関連を認めませんでした。

さらに、最初に対象となり得た197人から最終解析47人まで大きな脱落があり、達成された統計学的検出力も63%でした。

したがって、

「乳歯感染は永久歯に影響しないことが証明された」

とも、

「乳歯根管治療後の21.3%で永久歯が回転する」

とも言えません。

現在妥当なのは、

乳歯感染と後継永久歯の発育・形成・位置・萌出の変化との関連を示す研究は複数存在する。しかし、個々の患者でどの異常が起こるかを高精度で予測できるほど証拠は成熟していない

という整理です。

暦年齢より重要なのは後継永久歯胚の発育段階

「何歳なら危ないのか」

という疑問は自然です。

しかし、「○歳だから危険」と切るのは適切ではありません。

重要なのは、

感染が生じている時点で後継永久歯がどこまで形成されているか

です。

清水ら1986年では、形成不全を認めた後継永久歯は、先行乳歯治療時にNolla 3以下でした。

梅澤ら1996年も、感染時の永久歯胚形成段階と形成不全の程度との関連を示唆しています。

一方で、最近の研究では年齢との関係が一貫しているわけではありません。

したがって、

「4歳だから危険」

「7歳だから大丈夫」

と暦年齢だけで判断するのではなく、

実際の画像で、

後継永久歯の歯冠形成、

歯根形成、

位置、

方向、

病変との関係

を確認することが重要です。

そもそも乳歯から永久歯へどのような時期に生え変わっていくのかについては、乳歯が生え変わるタイミングを解説した記事も参考になります。

生理的歯根吸収と病的歯根吸収を分けて考える

乳歯歯内療法を永久歯歯内療法と大きく分ける条件の一つが、歯根吸収です。

永久歯では歯根吸収は基本的に病的現象です。

しかし乳歯では、正常に生え変わるために歯根が吸収されます。

つまり、

乳歯では「歯根吸収がある=病気」ではありません。

生理的歯根吸収

後継永久歯の発育・萌出に伴って進行する正常な吸収です。

交換時期が近づけば、根は短くなり、形も変わります。

病的歯根吸収

一方、重度の根尖性歯周炎では炎症性の病的歯根吸収が起こります。

八若氏の総説では、この病的吸収は生理的吸収とは異なり、歯根のさまざまな場所に生じ、もともと薄く短い乳歯歯根の保存可能性を低下させるとしています。

だから、

「根が吸収しているから抜歯」

という単純な判断ではありません。

それが交換に伴う生理的吸収なのか、

炎症に伴う病的吸収なのか、

どの程度の歯根が残っているのか、

あとどれくらい口腔内で機能する必要があるのか

を考えます。

病的吸収にも修復機転が観察されている

さらに興味深いのが、病的吸収が必ず一方向に進み続けるわけではない可能性です。

八若氏らの組織学的観察では、病的吸収窩の一部にセメント質の添加がみられ、歯根表面の修復にまで及ぶ部位が観察されています。

これは、

「感染歯を根管治療すれば吸収した根が元通りになる」

という意味ではありません。

しかし、

炎症が制御され、局所環境が安定すれば、病的吸収部にも修復・安静化の生物学的可能性がある

ことを示唆する興味深い所見です。

乳歯根管治療――どの歯なら保存を狙えるのか

歯髄が壊死し、感染根管となった乳歯を保存する代表的治療が乳歯根管治療、いわゆるpulpectomyです。

感染した歯髄組織や根管内容物を除去し、根管を清掃・洗浄し、乳歯に適した吸収性材料で根管を充填し、歯冠側から再感染しないよう修復します。

ゴールは「一生保存」ではない

乳歯根管治療の目的は、その歯を永遠に残すことではありません。

AAPD 2026では、治療前の臨床症状は数週間以内に消失し、感染性のX線透過像はおおむね6か月で骨形成を伴って改善し、最終的には乳歯根と根充材が生理的交換に合わせて吸収され、後継永久歯が正常に萌出できることを治療目標としています。

つまり、

正常な永久歯交換まで、感染を制御した状態でつなぐ

治療です。

歯根吸収が少ないことは重要な適応条件

IAPD Porto Forum 2026では、術前歯根吸収のない不可逆性歯髄炎または壊死乳歯について、根分岐部透過像があっても乳歯根管治療を選択肢として考慮できるとしています。

ここは非常に重要です。

根分岐部透過像がある=即抜歯

ではありません。

根分岐部病変があっても、

歯根吸収が少ない、

修復可能である、

感染制御が期待できる、

残存期間に意味がある

なら保存を考えられる症例があります。

AAPD 2020――術前歯根吸収と治療成績

AAPD 2020の非生活歯髄療法ガイドラインでは、術前歯根吸収のない歯の乳歯根管治療成功率は12か月で89%、吸収ありでは47%でした。

24か月でも、吸収なし88%、吸収あり59%でした。

しかしこの数字は絶対的な成功率として読むべきではありません。

AAPD自身がこの比較のエビデンスの質を非常に低いと評価しています。

研究間の異質性が大きく、直接比較ではない研究も含まれるからです。

それでも、

術前歯根吸収が大きいほど乳歯根管治療の予後が不利になる

という方向性は、現在の治療選択でも重要な考え方になっています。

2025年の系統的レビューで見えた成功・失敗因子

Kendreら2025年の系統的レビューでは、1990~2024年の360報から12研究を採用し、乳歯根管治療の長期予後に関係する因子を検討しました。

報告された成功率には38.5~96.2%と大きな幅があり、研究条件の違いが大きいことが分かります。

良好な成績と関連していたのは、

術前根尖病変がない、

術前歯根吸収が少ない、

適切な根管充填、

適切な最終修復

などでした。

一方、術前の根尖病変、腫脹、瘻孔、不適切な根管充填などは失敗と関連しました。

ここでも、

「腫れている乳歯は根管治療しても治らない」

という意味ではありません。

予後を下げ得る因子の一つとして考えます。

乳歯根管治療が難しい理由

乳歯の根管治療は、永久歯より小さいから簡単というわけではありません。

根は細く、

彎曲し、

圧平し、

樋状部や側枝が多く、

生理的・病的な歯根吸収によって根管出口の位置も変化します。

永久歯のように、一定の根尖位置を想定して根管形成・根管充填を行うことが難しい場合があります。

さらに後継永久歯歯胚が近くにあるため、根尖外への器具・洗浄液・根充材の逸出にも注意が必要です。

つまり、

「抗菌薬だけでは感染源治療にならない」からといって、「では普通に根管治療すれば簡単に解決する」という話でもありません。

感染源処置が必要であることと、乳歯根管治療が容易であることは別問題です。

根管充填材にも乳歯特有の条件がある

乳歯の根管充填材には、永久歯とは違う条件が求められます。

最終的に乳歯根は吸収し、後継永久歯が萌出してこなければなりません。

そのため理想的な材料には、

周囲組織への生体親和性、

後継永久歯歯胚への安全性、

根外へ出た場合の吸収性、

乳歯根と調和した吸収速度、

抗菌性、

封鎖性、

操作性

などが求められます。

しかし、現在もすべての条件を満たす完全な材料はありません。

酸化亜鉛ユージノール系材料については、乳歯根より吸収が遅い場合や、根外へ過剰に出た材料が後継歯萌出へ影響する可能性が古くから議論されてきました。

一方、de Sousaら2026年の長期研究では、根充材の溢出と後継永久歯異常との有意な関連は認められませんでした。

つまり、

理論的な懸念はある。
しかし最近の長期臨床データでは明確な因果関係は確認されていない。

というのが妥当な表現です。

LSTR/NIET――「抗菌薬だけで様子を見る」とはまったく違う

通常の乳歯根管治療が難しい症例で使われることがある治療法に、LSTRがあります。

近年はNIET、非器具的歯内療法とも呼ばれます。

ここでは抗菌薬混合物を使うため、

「抗菌薬を使う治療」

という部分だけを見ると、全身抗菌薬の反復投与と混同されやすいのですが、両者は全く別です。

AAPD 2026では、壊死乳歯の歯髄腔を開放し、根管口付近に薬剤保持部を形成し、局所に抗菌薬混合物を置き、その上を封鎖・修復する治療として説明されています。

つまり、

感染歯そのものへ介入する局所歯内療法

です。

歯根吸収がない場合――乳歯根管治療を優先するが、数字の読み方には注意

AAPD 2020では、術前歯根吸収のない乳歯で、乳歯根管治療92%、LSTR 65%という直接比較データがありました。

この結果を受けて、AAPDは乳歯根管治療を優先する条件付き推奨としています。

しかし重要なのは、92%対65%という差自体は統計学的有意差に達していなかったことです。

相対リスクは0.77、95%信頼区間0.56~1.05で、エビデンスの質はlowでした。

したがって、

「92対65だから乳歯根管治療の圧勝」

と読むべきではありません。

AAPDは、直接比較だけでなく関連研究全体を踏まえて、吸収のない乳歯では乳歯根管治療を優先する方向を示しています。

明らかな術前歯根吸収がある場合――LSTRは短期保存戦略として意味を持つ

一方、明らかな術前歯根吸収があり、それでも抜歯せず一定期間保存すると判断した歯では、AAPD 2020はLSTRを選択する条件付き推奨を示しています。

直接比較では、LSTR 76%、乳歯根管治療47%でした。

この比較ではLSTRが有意に良好で、報告された相対リスクは1.65、95%信頼区間1.31~2.08、エビデンスの質はmoderateでした。

しかし、ここで話は終わりません。

24か月の前向き研究ではLSTR成功率が37%まで低下し、36か月追跡では乳歯の過剰残存や、後継永久歯歯冠周囲の根分岐部骨喪失なども報告されています。

IAPD 2026も、術前歯根吸収を伴う乳歯でLSTR/NIETを選択肢としつつ、現在示されているのは主に短期的成功であり、局所抗菌薬使用による抗菌薬耐性の可能性があると明記しています。

したがってLSTRは、

歯根吸収例の短期保存戦略として意味を持ち得るが、通常の乳歯根管治療をそのまま長期的に置き換える方法ではない

と理解するのが妥当です。

抗菌薬耐性の視点も必要になる

LSTRで使う抗菌薬は局所投与です。

全身抗菌薬の反復投与とは異なります。

しかし抗菌薬を使う以上、抗菌薬耐性の問題が完全に消えるわけではありません。

IAPD 2026がLSTRに抗菌薬耐性への懸念を明記していることは、今後この治療を考えるうえで重要です。

つまり、

「局所だから何度使っても問題ない」

という扱いにはできません。

LSTRは、

症例選択、

残存期間、

歯根吸収、

治療後の経過観察

まで含めて使う治療です。

抗菌薬耐性と歯科外来での抗菌薬適正使用についてさらに踏み込みたい方は、歯科外来の抗菌薬処方をどう変えるべきかを検討した記事もあわせてご覧ください。

抜歯――保存しない方が合理的なのはどこからか

感染乳歯を抜歯することは、必ずしも治療失敗ではありません。

保存する利益よりも、その歯を残すことによる感染リスク・治療負担・後継永久歯への潜在的不利益が大きいなら、抜歯は合理的な感染源除去です。

AAPD 2026では、

感染過程を制御できない、

骨支持が回復しない、

修復可能な歯質が不足している、

過度の病的歯根吸収を認める

場合などに抜歯を考慮します。

ただし「抜歯基準」の直接エビデンスは意外に弱い

ここは専門的にかなり重要です。

AAPD 2020のガイドラインは、

どの非生活乳歯で歯内療法ではなく抜歯を選ぶべきか

という問いに対して、直接的なエビデンスに基づく明確な推奨を作れませんでした。

少なくとも、修復不能な歯や、根・歯冠の破壊が大きい歯は歯内療法の対象から除外されていました。

つまり、

「病変が○mmなら抜歯」

「根分岐部透過像があれば抜歯」

「治療○回で治らなければ抜歯」

という普遍的境界線が、高品質エビデンスで決まっているわけではありません。

日本の臨床的考え方と現在のガイドライン

新谷氏は2010年の解説で、

適切な治療をしても症状が改善しない、

再発する、

根分岐部にも明瞭な透過像がある、

外部歯根吸収が進行している、

大きな病変が後継永久歯歯胚へ及んでいる可能性がある、

満足な歯冠修復ができない

といった状況を抜歯判断の材料として挙げています。

これは2026年のガイドラインそのものではありません。

特に、

「根分岐部透過像があれば抜歯」

という単独基準は、現在そのまま採用できません。

IAPD 2026は、術前歯根吸収がなければ根分岐部透過像を伴う壊死乳歯でも乳歯根管治療を選択肢としています。

一方で、

修復可能性、

病的歯根吸収、

感染制御可能性、

後継永久歯への影響

を総合して利益と不利益を比較するという考え方自体は、現在の方向性と共通しています。

「感染した乳歯なら全部抜けばよい」のか

ここまで読むと、

「そこまで考えるくらいなら全部抜歯すればよい」

という逆方向の極論も出てきます。

しかし、これも正しくありません。

3~5歳児100人の無作為化比較試験

Abantoらは、壊死した乳臼歯を少なくとも1本持つ3~5歳児100人を、乳歯根管治療群と抜歯群へ無作為化しました。

12か月後、両群とも口腔関連QOLは改善しました。

しかし乳歯根管治療群の方がQOL指標は良好で、抜歯群では乳歯根管治療群より歯科不安が高いオッズが2.52倍でした。

これは、保存可能な乳歯を残すことにも患者中心の意味があることを示した貴重なRCTです。

ただし、対象は選別された症例です。

研究に参加できた歯は、

十分な歯冠歯質がありラバーダム装着・修復が可能で、

内部吸収がなく、

外部歯根吸収が根長の3分の1を超えず、

後継永久歯の歯胚周囲骨へ病変が及んでいない乳臼歯

でした。

したがって、

「壊死乳歯は全部根管治療した方が抜歯よりよい」

と読むことはできません。

このRCTが支持するのは、

保存適応の高い壊死乳歯まで、「乳歯だから」という理由だけで安易に抜歯しない

という考え方です。

抜歯したら終わりではない――保隙と永久歯萌出

乳臼歯を予定より早く抜歯すると、その後の歯列管理も考えなければなりません。

ただし、

乳臼歯を早期抜歯したら必ず保隙装置が必要

というわけでもありません。

抜歯した歯種、

患児の歯齢、

第一大臼歯の萌出状況、

残存歯列、

スペース、

後継永久歯の位置・形成段階

によって判断します。

荒井らの上顎洞炎症例でも、原因乳歯抜歯後にはNanceのホールディングアーチによる保隙を行っています。

つまり、

抜歯すれば感染源は除去できる。
しかしそれで小児歯科的管理が終わるとは限らない。

ということです。

交換期の乳歯がグラグラしているときに自宅で抜いてよいのか、歯科医院で確認した方がよいのかについては、乳歯を自分で抜いてよい場合と受診した方がよい場合を解説した記事でも整理しています。

治療の成否を決めるのは根管内だけではない

根管治療という名前から、根の中にだけ注目しがちです。

しかし、歯冠側からの再感染を防げなければ、せっかく根管内の感染を減らしても再び汚染されます。

2025年の系統的レビューでも、最終修復の状態は乳歯根管治療の成否に関連する因子として挙げられています。

IAPD 2026は、歯髄切断、NIET/LSTR、乳歯根管治療の後には、再感染を防ぎ長期生存を高めるため、既製冠による修復を条件付きで推奨しています。

もちろん実際の最終修復は、

歯種、

残存歯質、

交換時期、

咬合、

治療環境

によって変わります。

大切なのは、

根管処置と歯冠修復を別々の治療として考えない

ことです。

修復できない歯に根管治療だけを行っても、長期予後は期待しにくくなります。

症状が消えたら「治った」のか

これも今回のテーマの核心です。

「痛くなくなった」

「腫れが引いた」

「ご飯を食べられるようになった」

これらは重要な改善です。

しかし歯内療法の治癒判定としては、それだけでは足りません。

AAPD 2026では、乳歯根管治療後、

治療前の臨床症状は数週間以内に消失し、

X線上の感染性病変はおおむね6か月で骨形成を伴って改善し、

非生活歯髄療法後は少なくとも12か月ごとに臨床・X線評価を行う

ことを目標としています。

さらにAAPD 2020では、症状がなくてもX線透過像が縮小せず変化しない場合、感染は残っていると考えるという整理があります。

だから、

抗菌薬を飲んだ。

腫れが消えた。

痛くない。

だから治癒した。

とは限りません。

逆に、治療直後にX線透過像が残っているから失敗というわけでもありません。

骨病変の改善には時間が必要です。

症状改善と画像上の治癒を、時間軸で分けて評価する。

これが重要です。

治療後も後継永久歯まで見る

乳歯歯内療法の成功判定には、もう一つ永久歯にはない条件があります。

治療した乳歯のすぐ近くに、後継永久歯が存在します。

だから見るべきなのは、

症状再発、

根分岐部・根尖部透過像、

病的歯根吸収、

根充状態

だけではありません。

後継永久歯歯胚の位置、

方向、

形成、

萌出経路

まで必要に応じて追跡します。

「乳歯が痛くない」だけがゴールではない。

その乳歯がどう交換され、次の永久歯へどう引き継がれたか

まで見るのが乳歯歯内療法です。

治療に協力できない子どもでは、「治療しない」のではなく治療戦略を変える

幼児の感染乳歯では、病気そのもの以外にも大きな問題があります。

患児が通常の歯科治療に協力できないことです。

口を開け続けられない。

器具が入ると強く動く。

ラバーダム防湿が難しい。

嘔吐反射が強い。

長時間の処置ができない。

これは実臨床では非常に重要です。

お子さんが歯科治療で泣きやすい、口を開け続けることが難しいといった場合には、予約時点でその情報を伝えていただくことも大切です。子どもの歯医者予約で受付に伝えてほしい内容もまとめています。

AAPD 2020は、標準的な治療アルゴリズムから変更する可能性がある条件として、

患児の協力度、

複雑な全身状態、

十分な局所麻酔が得られない、

開口制限、

強い嘔吐反射、

顔面腫脹

などを挙げています。

IAPD Porto Forum 2026も、協力度、局所麻酔の難しさ、開口制限、強い嘔吐反射、顔面腫脹などによって治療方針を変更し得るとしています。

ここで重要なのは、

「治療できない」と「感染源へ何もしない」は同義ではない

ことです。

選択肢として、

行動調整、

短時間で完結できる治療、

症例を選んだLSTR/NIET、

小児歯科専門施設への紹介、

鎮静、

全身麻酔、

抜歯

などを考えます。

つまり、

協力できないから治療を放棄するのではなく、治療の方法・環境・目標を変える

わけです。

では実際に何を見て治療方法を決めるのか

ここまでを、一つの臨床判断へ戻します。

まず確認するのは、感染が局所にとどまっているか、周囲・全身へ波及しているかです。

局所の疼痛・腫脹だけなのか。

顔面腫脹、蜂窩織炎、発熱、倦怠感、開口障害、嚥下障害、呼吸障害などがあるのか。

全身への波及があれば、感染の重症度に応じて抗菌薬、排膿、原因歯処置、必要なら病院管理を組み合わせます。

次に、その歯を保存可能かを見ます。

修復可能な歯質があるか。

病的歯根吸収はどの程度か。

残存歯根長はどの程度か。

根分岐部・根尖部病変はどの程度か。

後継永久歯歯胚との関係はどうか。

生理的交換までどの程度の期間があるか。

通常の乳歯根管治療を安全に完遂できるか。

治療後に十分な歯冠修復ができるか。

長期経過観察へ通えるか。

これらを総合します。

その結果、

歯根吸収が少なく、修復可能で、保存価値があり、感染制御が期待できる
→ 乳歯根管治療を検討。

歯根吸収があり、抜歯を避けて短期間残す臨床的意味があり、症例条件が合う
→ LSTR/NIETを検討。

修復不能、過度の病的歯根吸収、感染制御困難、保存による不利益が大きい
→ 抜歯を検討。

という方向になります。

ただしこれは万能な数式ではありません。

AAPD 2020ですら、非生活歯髄療法と抜歯を分ける高品質な直接エビデンスは不足しているとしています。

だからこそ、

診断・画像・予後・残存期間・後継永久歯・患児の条件を合わせて臨床判断する

必要があります。

「抗菌薬だけ」「全部根管治療」「全部抜歯」――三つの極論を避ける

現在のエビデンスを一通り見ていくと、避けるべき極端な考え方は三つあります。

「乳歯はどうせ抜けるから、腫れたら抗菌薬だけで待てばよい」

局所感染に対しては、現在のAAPD・EAPDの考え方とは一致しません。

抗菌薬が必要になる状況はあります。

しかし感染源処置の代わりにはなりません。

「感染した乳歯なら全部根管治療する」

これも違います。

乳歯根管治療には適応があります。

病的歯根吸収、修復可能性、残存期間、病変の広がり、後継歯胚、患児の治療協力度によっては、抜歯やLSTR/NIETの方が合理的なことがあります。

「永久歯への影響が心配だから全部抜歯する」

これも違います。

保存適応の高い壊死乳臼歯では、乳歯根管治療が抜歯より良好な患者中心アウトカムを示した無作為化比較試験もあります。

乳歯の感染治療で本当に見なければならない三つの時間軸

乳歯感染を考えるときには、目の前の今日だけではなく、三つの時間軸を見る必要があります。

一つは、現在の感染

歯髄が生活しているのか。

壊死しているのか。

感染は歯の中に限局しているのか。

根分岐部や根尖部へ及んでいるのか。

顔面・全身へ広がっているのか。

二つ目は、その乳歯の残り時間

あと数か月で自然脱落するのか。

あと数年間必要なのか。

修復して機能させる価値があるのか。

三つ目は、後継永久歯の未来

今どの形成段階か。

病変との位置関係はどうか。

萌出方向はどうか。

交換後まで追跡が必要か。

この三つを同時に見る必要があります。

まとめ

乳歯はいずれ永久歯へ生え変わります。

しかし、

「いずれ抜ける歯」であることと、「感染していても治療しなくてよい歯」であることは同義ではありません。

乳臼歯には永久歯とは異なる複雑な根管形態があり、髄床底副根管や根分岐部病変を考慮する必要があります。

感染根管内には壊死組織、バイオフィルム、象牙細管内細菌などが存在し、全身抗菌薬だけでそれらの感染源を除去することはできません。

一方で、感染が周囲軟組織や全身へ波及している場合には、抗菌薬が重要になります。

つまり抗菌薬は、

「効くか、効かないか」

ではなく、

「何を治療する目的で使っているのか」

を考える必要があります。

乳歯感染と後継永久歯の発育・形成・位置・萌出との関連は、1970年代の日本の研究から2023~2026年の臨床研究まで複数報告されています。

しかし、

感染乳歯があれば永久歯に必ず障害が起こるわけではありません。

また、

乳歯根管治療を行えば永久歯への影響を完全に防げることが証明されているわけでもありません。

保存できる歯は適切に保存する。

保存の利益が乏しい歯は抜歯を考える。

歯根吸収が少なく保存価値があるなら乳歯根管治療を検討する。

条件によってはLSTR/NIETも選択肢となる。

感染が周囲・全身へ波及していれば抗菌薬を適切に併用する。

子どもが通常治療へ協力できなければ、治療自体を諦めるのではなく、治療法、治療環境、紹介先を変える。

そして治療後も、症状だけではなく画像と後継永久歯まで追跡する。

それが現在の感染乳歯に対する考え方です。

乳歯は、いつか抜けます。

だからこそ、

「どうせ抜けるから何もしない」

ではなく、

その歯が生え変わるまでをどう安全につなぎ、その先の永久歯へどう引き継ぐか。

そこまで考えるのが、乳歯の感染治療だと思います。

参考文献

  1. American Academy of Pediatric Dentistry. Use of Antibiotic Therapy for Pediatric Dental Patients. The Reference Manual of Pediatric Dentistry. American Academy of Pediatric Dentistry; 2026.
  2. Rajasekharan S, Lygidakis NN, Cauwels R, Declerck D, Monteiro J, Parekh S. Best clinical practise guidance for the use of antibiotics in children: an EAPD policy document. Eur Arch Paediatr Dent. 2025;26:1037-1043. doi:10.1007/s40368-025-01068-9.
  3. Welti R, Ravindra D, Teoh L, Sloan A, Burgner D, Silva M. The use of antibiotics in the management of odontogenic facial swellings in children and adolescents: A scoping review. J Dent. 2025;153:105523. doi:10.1016/j.jdent.2024.105523.
  4. American Academy of Pediatric Dentistry. Pulp Therapy for Primary and Immature Permanent Teeth: Indications and Objectives. The Reference Manual of Pediatric Dentistry. American Academy of Pediatric Dentistry; 2026.
  5. Dhar V, El-Karim I, Coll JA, et al. Consensus-Based Recommendations on Pulp Therapies in Primary and Permanent Teeth: IAPD Porto Forum. Int J Paediatr Dent. 2026;36(2):371-386. doi:10.1111/ipd.70068.
  6. Coll JA, Dhar V, Vargas K, et al. Use of Non-Vital Pulp Therapies in Primary Teeth. Pediatr Dent. 2020;42(5):337-349.
  7. 張 野,後藤讓治.ヒト乳臼歯髄室床部の副根管に関する組織学的研究―歯根未完成乳臼歯と歯根完成乳臼歯との比較―.小児歯科学雑誌.1996;34(5):1181-1203. doi:10.11411/jspd1963.34.5_1181.
  8. 八若保孝.乳歯根管治療の現状と可能性.小児歯科学雑誌.2009;47(5):710-718.
  9. 谷口晃一,八若保孝,小島 寛,小口春久.乳歯感染根管における根管象牙質内への細菌侵入について.北海道歯誌.1993;14:59-66.
  10. 谷口晃一,八若保孝,小島 寛,小口春久.乳歯感染根管における根管象牙質内への細菌侵入について―走査型電子顕微鏡による観察―.小児歯科学雑誌.1995;33:572-580.
  11. 八若保孝,谷口晃一,小島 寛,小口春久.乳歯感染根管における根管象牙質内への細菌侵入について―透過型電子顕微鏡による観察―.小児歯科学雑誌.1995;33:581-593.
  12. Yawaka Y, Osanai M, Akiyama A, Harada R, Oguchi H. Histological study of deposited cementum in human deciduous teeth with pathological root resorption. Ann Anat. 2003;185:335-341.
  13. 荒井 亮,有泉由紀子,秋元佐和子,高野紗弥佳,辻野啓一郎,新谷誠康.乳歯根尖性歯周炎に起因する歯性上顎洞炎の1例―CT画像の三次元的解析による検討―.小児歯科学雑誌.2018;56(3):390-395.
  14. Toomarian L, Moshref M, Mirkarimi M, Lotfi A, Beheshti M. Radicular cyst associated with a primary first molar: A case report. J Dent (Tehran). 2011;8(4):213-217.
  15. 松本光吉,首藤 実,原田美惠子ほか.乳歯根尖病巣が根尖部,根尖周囲組織,後続永久歯胚に及ぼす影響に関する実験病理学的研究.小児歯科学雑誌.1977;15:46-51.
  16. 黒須一夫,柴田輝人,今村基遵.乳歯根と後継永久歯胚との位置的関係 1.同一個体内の健全乳歯根と感染乳歯根の比較.小児歯科学雑誌.1977;15:142-149.
  17. 足立 守,今村基遵,西堀久美ほか.小児の乳歯根尖性歯周炎が後継永久歯歯胚に及ぼす影響 第1報 後継永久歯胚の回避現象の臨床的観察.小児歯科学雑誌.1983;21:1-10.
  18. 西堀久美,今村基遵,足立 守,曾田栄一,黒須一夫.小児の乳歯根尖性歯周炎が後継永久歯歯胚に及ぼす影響 第2報 後継永久歯の萌出過程と形成障害.小児歯科学雑誌.1984;22:651-660.
  19. 清水桂子,千葉秀樹,真柳秀昭,神山紀久男.乳歯根管治療に関する臨床的研究―適応症に関する検討と後継永久歯に対する影響について―.小児歯科学雑誌.1986;24(2):369-377.
  20. 梅澤理絵子,荻野由美,柳原正恵,鎌田未幾,土岐裕子,井上美津子,佐々竜二.乳歯根尖性歯周炎が後継永久歯の発育に及ぼす影響―後継永久歯の萌出過程と形成障害について―.昭和歯学会雑誌.1996;16(1):16-23. doi:10.11516/dentalmedres1981.16.16.
  21. 上田公子.萌出障害について.四国歯誌.2013;25(2):65-69.
  22. Broadbent JM, Thomson WM, Williams SM. Does caries in primary teeth predict enamel defects in permanent teeth? A longitudinal study. J Dent Res. 2005;84(3):260-264. doi:10.1177/154405910508400310.
  23. Patil N, Vishwakarma AP, Singh R, Aggarwal M, Ali MO, Khan AR. Effect of Chronic Apical Periodontitis in Primary Molars on Succedaneous Permanent Teeth: An Observational Retrospective Study. Cureus. 2023;15(9):e45275. doi:10.7759/cureus.45275.
  24. Li L, Yang X, Ju W, Li J, Yang X. Impact of primary molars with periapical disease on permanent successors: a retrospective radiographic study. Heliyon. 2023;9:e15854. doi:10.1016/j.heliyon.2023.e15854.
  25. de Sousa RL, de Oliveira EV, Soares JP, Alencar N, Barasuol J, Santos PS, Cardoso M, Bolan M. Assessment of Alterations in Permanent Premolars After Endodontic Treatment of Predecessor Primary Molars: A Prospective Study. Int J Paediatr Dent. 2026;36:33-39. doi:10.1111/ipd.70024.
  26. Kendre SB, Bhatane AU, Kale YJ, Dadpe MV, Dahake PT. Factors Affecting Success and Failure of Pulpectomy in Primary Teeth: A Systematic Review. Int J Clin Pediatr Dent. 2025;18(12):1530-1540. doi:10.5005/jp-journals-10005-3343.
  27. Chouchene F, Oueslati A, Masmoudi F, Baaziz A, Maatouk F, Ghedira H. Efficacy of non-instrumental Endodontic treatment in primary teeth: a systematic review of clinical randomized trials. Syst Rev. 2024;13:112. doi:10.1186/s13643-024-02505-4.
  28. Baghlaf K, Alamoudi RA. Clinical and radiographic success of lesion sterilization and tissue repair in primary teeth: a systematic review and meta-analysis. Saudi Dent J. 2025;37:61. doi:10.1007/s44445-025-00059-2.
  29. 新谷誠康.小児歯科系「感染根管乳歯について,抜去すべきか保存可能かを決める際の要点について教えてください。」歯科学報.2010;110(5):587-588.
  30. Abanto J, Tsakos G, Olegário IC, Paiva SM, Mendes FM, Ardenghi TM, Bönecker M. Impact of pulpectomy versus tooth extraction in children’s oral health-related quality of life: A randomized clinical trial. Community Dent Oral Epidemiol. 2024;52:13-23. doi:10.1111/cdoe.12895.

TOP