2026年6月18日

(院長の徒然コラム)

はじめに
本コラムは、患者向けに「抗生物質とは何か」をやさしく説明する記事ではありません。歯科外来で抗菌薬を処方する側、つまり歯科医師・歯科医療従事者に向けた、処方行動の再点検です。
歯科臨床では、抜歯後、智歯周囲炎、根尖性歯周炎、歯周炎急性発作、軽度の顎炎、術後感染予防など、さまざまな場面で抗菌薬が処方されます。そのなかで長く温存されてきた慣習があります。抜歯したから抗菌薬を出す。腫れているから出す。術後感染が怖いから3日分出す。ペニシリンよりも「広く効きそう」だから第3世代セフェムを選ぶ。こうした処方は、日本の歯科外来で決して珍しいものではありませんでした。
しかし、現在の抗菌薬適正使用の視点から見れば、この処方文化はすでに限界を迎えています。特に問題となるのは、歯科外来における経口第3世代セファロスポリン系薬、いわゆる第3世代セフェムへの依存です。
2025年の歯科・口腔外科におけるAST介入研究では、歯科における抗菌薬処方は全診療科での抗菌薬処方の約10%を占め、歯性感染・予防ではamoxicillinを中心としたペニシリン系薬が第一選択薬として推奨される一方、歯科では経口第3世代セファロスポリン系薬の処方割合が多いことが明確に整理されています。対象となった経口抗菌薬処方2,996名のうち外来処方は93.3%であり、歯科抗菌薬処方の問題は、まさに外来で起きている問題です。
これは単なる薬剤名の好みではありません。抗菌薬をどのように選ぶかは、治療成績、副作用、C. difficile感染症、MRSA、腸内細菌叢、耐性菌選択圧、医療費、そして地域全体のAMR対策に直結します。WHOは、2019年に細菌性AMRが世界で127万人の死亡に直接関与し、495万人の死亡に関連したと推定しています。抗菌薬の誤用・過剰使用は、ヒト、動物、植物における薬剤耐性病原体発生の主要因とされています。
歯科医師の外来処方は、小さな処方に見えるかもしれません。しかし、その積み重ねが、地域の抗菌薬使用量と耐性菌環境を形づくります。つまり、歯科外来の抗菌薬処方を変えない限り、AMR対策は片手落ちです。

「抗生物質」ではなく、まず抗菌薬として考えるべきです
一般向けには「抗生物質」という言葉の方が通じやすいですが、処方する側はまず「抗菌薬」として考える必要があります。抗生物質は本来、微生物が産生する他の微生物を抑える物質を指しますが、臨床上は合成抗菌薬も含めて抗菌薬として整理されます。
歯科診療で問題にしているのは、細菌感染に対する抗菌薬です。ウイルス感染にも、単なる炎症にも、壊死組織が残った感染源にも、抗菌薬は万能ではありません。抗菌薬は、原因微生物、感染臓器、患者背景、薬物動態、薬力学、感染源制御の可否を踏まえて選択する医療資源です。
ここを曖昧にしたまま、「痛いから」「腫れているから」「抜いたから」と処方する限り、歯科の抗菌薬適正使用は前に進みません。抗菌薬処方は、患者の不安をなだめるための儀式ではありません。歯科医師自身の不安を埋める保険でもありません。感染症診療の一部です。
なぜ歯科では第3世代セフェムが使われすぎたのか
第3世代セフェムが歯科で多用されてきた背景には、歴史的な処方慣習があります。外来中心の歯科診療では、培養検査を行う機会が限られ、処方結果も「悪化しなかったから効いた」と評価されがちです。抜歯後も、智歯周囲炎も、根尖性歯周炎も、歯周炎急性発作も、臨床上は「歯科感染症」として一括りにされやすい。
この環境では、「広く効きそうな薬」が選ばれやすくなります。経口第3世代セフェムは薬剤名として定着しており、患者にも説明しやすく、処方側にも安心感がある。特に、感染予防目的の抜歯後処方では、長く使われてきた薬を変える動機が生まれにくい構造があります。
しかし、抗菌薬選択において「広い」は正義ではありません。歯性感染症で主に想定すべき菌は、口腔レンサ球菌および嫌気性菌です。AST介入研究でも、歯科・口腔外科領域の主要原因菌として口腔レンサ球菌と嫌気性菌を念頭に置き、AMPCやクラブラン酸/アモキシシリンなどを病態に応じて考える必要性が示されています。
問題は、第3世代セフェムが「使われること」ではありません。問題は、第3世代セフェムが、歯科外来で思考停止の第一選択になっていることです。どの菌を狙っているのか。感染源制御は行われているのか。投与量と投与間隔は妥当か。そもそも抗菌薬が必要な病態か。こうした検討を飛ばして薬剤名だけで処方するなら、それは感染症診療ではありません。

国の方向性も、すでに第3世代セフェム依存を許していません
厚生労働省の『抗微生物薬適正使用の手引き 第四版 歯科編』では、歯科領域における抗菌薬適正使用が明確に扱われています。歯科編では、2025年のAWaRe分類に基づき、日本で歯科疾患に対して使用されている代表的な経口抗菌薬が整理され、歯科で使用量が多い第3世代セファロスポリン系抗菌薬やマクロライド系抗菌薬がWatchに分類されること、また2023年時点で日本のAccess薬使用比率が23.2%、Watch薬使用比率が75.7%で、WHOが目標とするAccess薬60%以上とは乖離していることが示されています。
ここで重要なのは、歯科の抗菌薬適正使用が、もはや「意識の高い一部の先生の話」ではないということです。医科だけでなく、歯科もAMR対策の対象です。しかも歯科では、外来経口抗菌薬が中心です。つまり、歯科医院の椅子の上で決まる短期処方こそが、見直しの対象なのです。
『手引き 第四版 歯科編 要約版』でも、抗菌薬投与の注意点として、薬剤耐性菌発生リスクを減らすため、抗菌薬投与の必要性や抗菌薬ごとの薬剤耐性菌発生リスクを十分に考慮することが示されています。治療効果判定は抗菌薬投与後3〜7日以内、治療的投与終了の目安は炎症症状消失後24時間後とされています。
これを読んでもなお、抜歯後に一律で第3世代セフェムを3日分出し続けるなら、それは単なる慣習の継続です。歯科医師は「昔からそうしている」ではなく、「今の知見でなお妥当か」を問われています。
データは「歯科の処方は変えられる」ことを示しています
歯科の抗菌薬処方は変えられます。これは精神論ではなく、データで示されています。
戸畑総合病院歯科・口腔外科で行われた2025年のAST介入研究では、2021年9月から2024年2月までに経口抗菌薬が処方された全患者2,996名を対象に、AST活動が経口第3世代セファロスポリン系薬の使用状況に与える影響が検討されました。AST介入後、外来での経口第3世代セファロスポリン系薬のAUDは0.64から0.13へ低下し、全抗菌薬処方に占める第3世代セフェムの処方割合は61.0%から11.7%へ減少しました。一方で、経口ペニシリン系薬の処方割合は24.2%から64.3%へ増加しています。
この数字は強烈です。第3世代セフェム依存は、歯科医師の人格や根性の問題ではありません。処方の可視化、薬剤師の介入、歯科医師のAST参加、ガイドラインに基づく説明、クリニカルパスの見直しによって、現実に変えられます。
しかも、同研究ではAST介入前の第3世代セフェム処方割合は全体の61.0%であり、特に抜歯後の感染予防では約80%を占めていたとされています。AST介入後、第3世代セフェムのAUD・処方割合は明らかに減少しました。
これは、歯科外来で最も温存されやすい「抜歯後の慣習処方」に介入できることを示しています。歯科抗菌薬処方は、個々の歯科医師の経験則だけでなく、組織的な教育と仕組みによって変えられるのです。

AMPC firstとは、アモキシシリン万能論ではありません
第3世代セフェム依存から脱却するうえで、AMPC firstという考え方は重要です。しかし、ここで誤解してはいけません。AMPC firstとは、すべての歯科感染症に機械的にアモキシシリンを処方するという意味ではありません。
AMPC firstとは、歯性感染症や術後感染予防の多くで、想定菌、スペクトラム、薬物動態、臨床経験、耐性菌選択圧を踏まえ、ペニシリン系薬を基準に処方を設計するという意味です。つまり、薬剤名の置換ではなく、処方設計の再構築です。
歯科医師がやるべきことは、「今まで第3世代セフェムだったから、今後は全例アモキシシリンにする」ではありません。患者背景を確認し、感染臓器を推定し、原因微生物を想定し、感染源制御の可否を判断し、投与量・投与間隔・投与期間を考え、経過観察と紹介基準を決める。そのうえで、多くの症例ではAMPCを中心としたペニシリン系薬を軸に考える、ということです。
AMPC firstを薬剤名のスローガンにしてはいけません。AMPC firstは、感染症診療のロジックとセットで初めて意味を持ちます。
AMPC firstは、ペニシリンアレルギーラベルの精査を含んでいます
AMPC firstを語るなら、ペニシリンアレルギーを避けて通ることはできません。ただし、ここで必要なのは「ペニシリンアレルギーなら別の広域薬へ逃げる」という単純化ではありません。むしろ、曖昧なペニシリンアレルギーラベルを放置すること自体が、抗菌薬適正使用を崩します。
ペニシリンアレルギーと診断された患者を対象にした研究紹介では、英国のプライマリケアデータベースを用い、ペニシリンアレルギー群64,141人、非ペニシリンアレルギー群237,258人を比較しています。平均6年間の追跡で、ペニシリンアレルギー群ではMRSA感染症の調整ハザード比が1.69、C. difficile感染症が1.26でした。さらに、代替薬としてマクロライド系、クリンダマイシン、フルオロキノロン系の使用が増加し、その代替広域薬の使用増加がMRSA感染症リスク上昇の55%、C. difficile感染症リスク上昇の35%に影響したとされています。
さらに同資料では、自己申告したペニシリンアレルギー患者の95%では、実際にはアレルギーが証明されなかったという報告にも触れています。
これは、歯科医師にとって非常に重要です。患者が「ペニシリンアレルギーです」と言った瞬間に、第3世代セフェム、マクロライド、クリンダマイシン、ニューキノロンへ逃げるのは簡単です。しかし、それは適正使用ではありません。
確認すべきなのは、即時型アレルギーなのか、蕁麻疹や呼吸苦があったのか、アナフィラキシーなのか、SJS/TENを疑う重症薬疹なのか、単なる下痢・嘔気などの不耐症なのか、何十年前の記憶不明のラベルなのか、という点です。
歯科薬物療法におけるアレルギー対応の資料でも、歯科領域では薬物アレルギー情報が他院から正確に入手できず、患者の記憶に頼らざるを得ないことが少なくないとされています。抗菌薬、鎮痛薬、局所麻酔薬、造影剤、消毒薬などに注意が必要であり、βラクタム系にアレルギーがある場合の代替候補も整理されています。
ただし、代替薬の羅列に逃げてはいけません。重要なのは、アレルギー歴・薬疹歴を精査し、真に避けるべき薬剤を見極めることです。AMPC firstとは、ペニシリンアレルギーの確認を省略する考え方ではありません。むしろ、ペニシリン系を第一選択に据えるからこそ、薬歴聴取の精度が問われるのです。

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抗菌薬は「強い薬」ではなく、PK/PDで効かせる薬です
歯科外来では、抗菌薬の話がスペクトラムで止まりがちです。「広く効く」「強い」「昔から効く」という言い方です。しかし、感染症診療としては不十分です。抗菌薬の臨床効果は、MICだけで決まりません。吸収、分布、代謝、排泄、組織移行性、投与量、投与間隔、血中濃度推移、そして原因菌に対する薬力学が関与します。
PK/PD理論では、βラクタム系抗菌薬は時間依存性抗菌薬として、薬剤濃度がMICを上回る時間、すなわちT>MICの確保が重要です。一方、キノロン系抗菌薬などではAUC/MICやCmax/MICが重要になります。2025年のPK/PD総説でも、抗菌薬の治療効果はMICのみならず、生体内での薬物動態と薬力学に大きく影響されると整理されています。
この視点から見れば、「なんとなく広い薬を3日分」は粗すぎます。AMPCを選択する場合でも、投与量が不十分であれば意味が薄くなります。投与回数が不適切であれば、T>MICを十分に確保できない可能性があります。感染源制御がされていなければ、薬剤曝露だけで病態は解決しません。
一方で、経口第3世代セフェムにはバイオアベイラビリティの問題もあります。AST介入研究では、経口第3世代セファロスポリン系薬の問題点として、バイオアベイラビリティが14〜65%程度と低いこと、C. difficile腸炎発症リスクが高いことなどが挙げられています。
抗菌薬は「強い薬」ではありません。狙った感染症に対して、必要な濃度と時間を確保して初めて効く薬です。歯科医師が第3世代セフェムを「強そうだから」という理由で選んでいるなら、そこにはPK/PDの視点が欠落しています。

歯性感染症は、抗菌薬で治す病気ではありません
歯性感染症の本体は、抗菌薬不足ではありません。感染源が残っていることです。
根尖性歯周炎なら感染根管があります。歯周膿瘍なら深い歯周ポケット、縁下歯石、根分岐部、咬合性因子が関与します。智歯周囲炎なら、清掃困難な歯冠周囲組織、咬合による外傷、排膿路、半埋伏の解剖学的条件があります。重度齲蝕なら感染歯髄、壊死歯髄、感染象牙質が存在します。
抗菌薬は、これらの感染源を消してくれる薬ではありません。根管治療、切開排膿、抜歯、洗浄、デブライドメント、咬合調整、歯周基本治療、原因歯の処置があって初めて、抗菌薬は補助的に意味を持ちます。
ADAの歯痛・口腔内腫脹に関する2019年ガイドラインは、歯髄・根尖性疾患に関連する歯痛や口腔内腫脹の緊急管理における抗菌薬使用を扱っており、免疫能に問題のない成人の多くの歯痛・口腔内腫脹では、抗菌薬よりも原因歯に対する歯科処置が中心であると整理されています。 CDCによるADAガイドライン要約でも、免疫正常な成人の多くの歯髄・根尖性疾患由来の歯痛や口腔内腫脹では抗菌薬は不要であり、definitive conservative dental treatmentを行うべきだと整理されています。
これは歯科医師にとって本来当然の話です。しかし、臨床現場では「今日は時間がない」「切開まではしたくない」「腫れが引いてから処置したい」「患者が薬だけを希望している」という理由で、抗菌薬が原因治療の代替のように使われることがあります。
それは治療ではありません。病態の先送りです。
感染源制御が可能なら、感染源を制御する。排膿すべきなら排膿する。根管治療すべきなら根管治療する。抜歯適応なら抜歯を判断する。抗菌薬は、その判断の代わりにはなりません。

抗菌薬を使うべき局面を曖昧にしてはいけません
抗菌薬適正使用は、抗菌薬を減らす運動ではありません。必要な症例では使うべきです。問題は、必要な症例と不要な症例が混在したまま、同じように抗菌薬が処方されていることです。
抗菌薬を積極的に考えるべきなのは、局所処置だけでは制御しきれない感染拡大がある場合です。発熱、倦怠感、蜂窩織炎、開口障害、嚥下痛、頸部腫脹、口底部腫脹、気道リスク、急速な進行、免疫抑制、糖尿病コントロール不良、抗がん剤治療中、ステロイド長期使用、臓器移植後などがあれば、抗菌薬、切開排膿、紹介、入院管理を含めて積極的に動くべきです。
逆に、限局した慢性根尖性歯周炎、排膿路が確保されている軽度の歯周膿瘍、原因処置が即日可能な局所感染、感染徴候の乏しい術後疼痛、ドライソケット様疼痛、単なる炎症性腫脹に対して、抗菌薬を反射的に処方する必要はありません。
重要なのは、「出すか出さないか」ではありません。処方判断の根拠を持つことです。
抗菌薬を処方しない判断には、処方する判断と同じだけ専門性が必要です。処方しないなら、感染源制御、疼痛管理、再診基準、悪化時対応を設計する必要があります。処方するなら、狙う病態、薬剤、用量、投与間隔、投与期間、効果判定時期を明確にする必要があります。
抜歯後予防投与を一律3日から解放するべきです
歯科外来で最も慣習的に抗菌薬が処方されてきた場面は、抜歯後の感染予防です。特に、智歯抜歯や難抜歯では、術後感染が怖いという理由で抗菌薬を3日分処方することが一般化してきました。
しかし、予防投与は「術後に何日か飲ませること」ではありません。手術時に感染成立を防ぐため、適切なタイミングで有効濃度を確保することが本質です。術後に漫然と飲ませることが、常に予防投与として合理的とは限りません。
2025年の下顎埋伏智歯抜歯術後経過に関する前方視的予備的検討では、低リスク患者における術前単回投与群と術後複数回投与群が比較されています。術前単回投与群30例ではSSIは0%、術後複数回投与群28例ではSSIが1例、3.5%でした。痛み、開口量、腫脹にも有意差はなく、低リスク患者では術前単回投与でも良好な術後経過を示す可能性が示されています。
もちろん、この研究を「すべての下顎埋伏智歯抜歯は術前単回でよい」と短絡してはいけません。対象は限定され、智歯周囲炎、感染性心内膜炎リスク、MRONJリスク、免疫抑制、ペニシリンアレルギー、妊娠・授乳などは除外されています。
しかし少なくとも、このデータは「術後に複数日出す方が安全側である」という思い込みを崩します。予防投与は、単純抜歯、埋伏智歯、骨削除、分割、感染の有無、全身リスク、術前投与、術後48時間以内の追加投与という枠組みで再設計すべきです。

SSI治療では、薬剤選択だけでなく用量と検査が問われます
抜歯後SSIが発生した場合も、「何か抗菌薬を出す」だけでは不十分です。治療抗菌薬では、薬剤選択、用量、投与期間、切開排膿、細菌検査、紹介判断が問われます。
新潟大学医歯学総合病院の下顎埋伏智歯抜歯後SSI治療抗菌薬の調査では、2015年から2019年までの下顎埋伏智歯抜歯5,940症例中、SSI発生率は1.6%、96症例でした。AMPC投与は経時的に増加し、2019年には70.4%、19/27症例となっています。一方で、AMPCが選択された症例の1回用量の多くは250mg、投与期間は4日間、細菌検査実施率は11.5%、11/96症例でした。切開が必要とされる重篤なSSIではAMPC 500mgが推奨されるにもかかわらず、該当症例ではすべて推奨量の半量だったと報告されています。
このデータは、AMPC firstの限界ではなく、AMPC firstの実装不足を示しています。第3世代セフェムからAMPCへ移行したとしても、投与量が足りない、切開排膿が遅れる、細菌検査を行わない、重症度評価が甘い、紹介が遅れるなら、それは適正使用ではありません。
「第3世代セフェムをやめたから適正使用」ではありません。
「AMPCを出したから適正使用」でもありません。
病態に対して、必要十分な治療設計を行うことが適正使用です。

第3世代セフェムを第一選択にしてはいけない理由
第3世代セフェムを完全否定する必要はありません。しかし、歯科外来で第一選択として惰性的に使うことは、今後ますます説明不能になります。
第一に、歯性感染症の主要ターゲットに対して、広域スペクトラムが常に必要とは限りません。口腔レンサ球菌と嫌気性菌を中心に考えるなら、ペニシリン系薬を基準にした方が合理的な場面が多いです。
第二に、一部の経口第3世代セフェムにはバイオアベイラビリティの問題があります。薬剤感受性試験上のMICだけを見ても、体内で十分な曝露が得られなければ臨床効果は保証できません。
第三に、広域薬の使用は腸内細菌叢へ影響し、C. difficile感染症や耐性菌選択圧の問題を生じます。これは、1回1回の処方が短期であっても、地域全体では無視できません。
第四に、第3世代セフェムを使い続けることで、歯科医師自身の感染症診療の思考が鈍ります。感染源は何か。排膿すべきか。原因歯を保存するのか抜歯するのか。発熱や開口障害はあるのか。再評価はいつか。紹介するべきか。これらを詰める前に「広めの抗菌薬」を出してしまうと、診断と処置の精度が上がりません。
第3世代セフェム依存とは、薬剤選択の問題であると同時に、感染症診療を薬剤名で済ませてしまう思考の問題です。
「患者が希望するから出す」は、我々専門職の理由になりません
歯科外来では、患者が「抗生物質を出してほしい」と希望することがあります。以前に抜歯後抗菌薬を出された経験がある患者、腫れた時に薬で治ったと思っている患者、仕事を休めない患者、痛みに強い不安を持つ患者では、抗菌薬処方が安心材料として求められます。
しかし、専門職として言えば、ここで患者希望に流されてはいけません。
患者の不安に対応することと、不必要な抗菌薬を処方することは別です。必要なのは、抗菌薬を出すことではなく、感染源の評価、原因処置、疼痛管理、腫脹の経過説明、再診基準、悪化時の連絡基準です。
「抗菌薬を出さないと不親切に見える」という感覚は理解できます。しかし、医学的適応が乏しい処方を安心材料として使うことは、長期的には患者にも地域医療にも不利益です。
処方しないなら、処方しない理由を説明する。
処方するなら、何を狙って、どの量を、どの間隔で、どの期間、いつ評価するかを決める。
このどちらかです。
【歯が痛い時の電話予約で何を伝える?急患相談で受付に伝えてほしいこと】
予防投与の例外を雑に扱ってはいけません
抗菌薬適正使用を語るとき、「原則」を強調しすぎると、例外が軽視される危険があります。歯科外来では、例外を拾うことも専門性です。
感染性心内膜炎予防について、ADAは、以前に比べて予防投与が適応となる患者集団は限られていると整理しています。感染性心内膜炎のリスクが高い一部の心疾患患者に対して、歯肉操作、根尖部操作、口腔粘膜穿孔を伴う歯科処置では予防投与が推奨されます。一方、人工関節については、一般に歯科処置前の予防的抗菌薬は推奨されず、合併症既往などがある場合に整形外科医と相談して個別判断する整理です。
ここでも、「例外があるから全員に出す」ではありません。
例外があるからこそ、全員一律処方をやめる必要があります。
免疫抑制状態、化学療法中、臓器移植後、コントロール不良糖尿病、ステロイド長期使用、放射線治療歴、骨吸収抑制薬使用、重度腎機能障害、妊娠・授乳、重症薬疹歴、アナフィラキシー既往などを拾わずに、抗菌薬を出すのも危険です。拾わずに出さないのも危険です。
適正使用とは、患者背景を読んだうえで、処方と非処方を分けることです。

薬物アレルギー対応は、代替薬リストではなく情報管理です
歯科医療では、薬物アレルギーの扱いが甘くなりがちです。抗菌薬、鎮痛薬、局所麻酔薬は日常的に使用しますが、アレルギー情報はしばしば患者の記憶に依存します。患者が「抗生物質で湿疹が出た」「麻酔で気分が悪くなった」「痛み止めが合わない」と言っても、その情報だけでは、即時型アレルギーなのか、副作用なのか、不安反応なのか、血管迷走神経反射なのか、消化器症状なのか、重症薬疹なのか判別できません。
歯科薬物療法の資料では、薬物アレルギー患者の歯科診療において、医薬品、ラテックス、金属、気管支喘息などに注意が必要であり、薬物アレルギー情報は他院から正確に得られず、患者の記憶を頼りにすることも少なくないとされています。
また、重篤な皮膚障害では、発疹、38℃以上の発熱、眼の充血、眼分泌物、瞼の腫れ、口唇・陰部のびらん、咽頭痛などに注意し、初期症状を認めた場合には皮膚科専門医へ紹介することが重要とされています。アナフィラキシーでは、初期対応としてバイタルサイン確認、助けを呼ぶ、アドレナリン筋肉注射、仰臥位、酸素投与、静脈ルート確保、心肺蘇生、バイタル測定などが整理されています。
専門家向けに言えば、薬物アレルギー対応は「ではクラリスで」「ではクリンダマイシンで」と代替薬を選ぶだけの作業ではありません。情報を整理し、真の禁忌を見極め、処方記録を残し、必要に応じて薬剤師・医科・皮膚科と連携する作業です。
AMPC firstを本気で実装するなら、薬歴聴取を本気でやる必要があります。
歯科医院レベルで処方を変える方法
抗菌薬処方を変えるには、院長が一度勉強して終わりでは不十分です。医院全体の仕組みに落とし込む必要があります。
まず、自院で抗菌薬を処方している場面を洗い出すべきです。抜歯、智歯抜歯、根尖性歯周炎、歯周炎急性発作、智歯周囲炎、義歯性潰瘍の二次感染、外傷、インプラント周囲炎、粘膜疾患、腫脹急患などです。
次に、過去半年から1年の処方を可視化します。AMPC、AMPC/CVA、第3世代セフェム、マクロライド、ニューキノロン、クリンダマイシンが、それぞれどの病態で、何日分出ているのかを確認します。ここで初めて、自院の処方癖が見えます。
そのうえで、第一選択、代替薬、アレルギー時、重症時、紹介時、再診基準を決めます。完璧な院内ガイドラインを初日から作る必要はありません。まずは「抜歯後一律第3世代セフェム3日」をやめる。次に「歯性感染症で感染源制御を先に考える」。そして「AMPC firstを用量・投与間隔・患者背景込みで実装する」。この順で十分です。
2025年の薬剤師による歯科・口腔外科外来への介入研究では、AMPCとCDTR-PIを対象に、2018年10月〜2020年9月を介入前、2020年10月〜2022年9月を介入後として比較しています。介入前のAUD平均値はAMPC 22.2、CDTR-PI 139.3でしたが、介入後はAMPC 62.7、CDTR-PI 82.3となり、CDTR-PIは有意に低下しています。
歯科医師だけで処方文化を変えるのは難しい場合があります。薬剤師、感染対策担当者、医科、検査部門と連携できるなら、巻き込むべきです。連携できない診療所でも、少なくとも自院処方の可視化と半年ごとの見直しはできます。

歯科医師が明日から更新すべき処方行動
第3世代セフェム依存から脱却するために、歯科医師が明日から更新すべき行動は明確です。
歯性感染症では、まず感染源制御を考えるべきです。根管治療、切開排膿、抜歯、歯周処置、洗浄、デブライドメント、咬合管理を抜きにして、抗菌薬だけで治すという発想を捨てるべきです。
抜歯後予防投与では、一律3日分を見直すべきです。単純抜歯、難抜歯、下顎埋伏智歯、感染の有無、骨削除・分割、全身リスクを分けて考えるべきです。予防投与の本質は、術後に漫然と飲ませることではなく、手術時に必要な抗菌薬濃度を確保することです。
AMPC firstは、薬剤名の置換ではなく、処方設計として理解すべきです。用量、投与間隔、T>MIC、感染源制御、薬歴確認、ペニシリンアレルギー精査、再評価まで含めなければ、AMPC firstは形だけになります。
第3世代セフェムは、第一選択として漫然と使うべきではありません。必要な場面をゼロにする話ではありません。考えずに使うことをやめる話です。
そして、自院の処方を数えるべきです。歯科医師は、自分の処方癖を過小評価しがちです。何を何例出しているのかを見ない限り、処方文化は変わりません。
FAQ
Q1. 第3世代セフェムは歯科外来で完全に不要ですか?
完全に不要とは考えません。ただし、第一選択として漫然と使う場面は大幅に減らすべきです。歯性感染症や術後感染予防では、口腔レンサ球菌や嫌気性菌を念頭に、AMPCを中心としたペニシリン系薬を基準に考える場面が多くあります。第3世代セフェムを選ぶなら、なぜAMPCではなく第3世代セフェムなのか、想定菌、薬物動態、患者背景、アレルギー、重症度まで説明できる必要があります。
Q2. AMPC firstは、とりあえずアモキシシリンを出すという意味ですか?
違います。AMPC firstは、薬剤名だけの置換ではありません。歯性感染症の病態、想定菌、スペクトラム、PK/PD、投与量、投与間隔、感染源制御、経過観察を踏まえて、ペニシリン系薬を軸に処方を設計するという意味です。AMPCを選んでも、量が不足している、感染源制御をしていない、重症感染の紹介判断が遅れているなら、それは適正使用ではありません。
Q3. 抜歯後の抗菌薬3日分はやめるべきですか?
一律3日分は見直すべきです。低リスクの下顎埋伏智歯抜歯では、術前単回投与でも良好な術後経過を示す可能性が報告されています。 ただし、感染を伴う症例、侵襲が大きい症例、全身リスクがある症例では個別判断が必要です。重要なのは、「抜歯したから3日分」ではなく、処置内容と患者背景から予防投与を設計することです。
Q4. 歯性感染症で抗菌薬を出さないのは危険ではありませんか?
危険なのは、抗菌薬を出さないことそのものではなく、病態評価をしないことです。限局した感染で原因処置が可能な場合、抗菌薬よりも感染源制御が重要です。一方で、発熱、蜂窩織炎、開口障害、嚥下痛、頸部腫脹、免疫抑制、全身状態不良があれば、抗菌薬、切開排膿、紹介、入院管理を含めて積極的に対応すべきです。非処方にも、処方にも、診断根拠が必要です。
Q5. ペニシリンアレルギーがある場合、AMPC firstはどう考えるべきですか?
AMPC firstは、全例にAMPCを機械的に処方するという意味ではありません。まず確認すべきは、患者の言う「ペニシリンアレルギー」が、即時型アレルギー、アナフィラキシー、重症薬疹、消化器症状、不耐症、記憶不明のラベルのどれに近いのかです。曖昧なアレルギー歴をそのまま受け入れて広域代替薬へ逃げることも、逆にアレルギー歴を軽視してAMPCを処方することも、どちらも適正使用ではありません。ペニシリンアレルギーラベルは、MRSAやC. difficile感染症リスク上昇とも関連し得るため、薬歴聴取の精度が重要です。
Q6. 感染性心内膜炎や人工関節ではどう考えるべきですか?
感染性心内膜炎予防は、全例ではなく、最高リスク群に限って考えるべきです。人工弁、感染性心内膜炎既往、一部の先天性心疾患などでは、歯肉操作、根尖部操作、粘膜穿孔を伴う処置で予防投与を検討します。一方、人工関節では一般に歯科処置前の予防的抗菌薬は推奨されず、合併症既往などがある場合は整形外科医と連携して個別判断する整理です。
Q7. 培養・感受性検査は歯科外来でどこまで必要ですか?
すべての軽症歯性感染症で必要とは言えません。しかし、重症化、再燃、治療反応不良、入院・紹介を要する症例、免疫抑制患者、通常治療で改善しない感染では、経験的処方だけで進めるべきではありません。抗菌薬適正使用では、正確な微生物学的診断と薬剤感受性検査が重要です。検査結果の報告法も抗菌薬選択に影響するため、重症例では検査部門や高次医療機関との連携を考えるべきです。
Q8. 医院単位で最初にやるべきことは何ですか?
最初にやるべきことは、自院の抗菌薬処方を可視化することです。過去半年から1年で、どの病名・処置に、どの抗菌薬を、何日分出しているかを確認します。特に、抜歯後予防、智歯抜歯、根尖性歯周炎、歯周炎急性発作、智歯周囲炎に対する第3世代セフェムの割合を見るべきです。見える化しなければ、処方文化は変わりません。
終わりに:第3世代セフェム依存から脱却するということ
第3世代セフェム依存から脱却するというのは、薬剤名を変えることではありません。歯科外来の感染症診療を、慣習から診断へ戻すことです。
抜歯したから出す。腫れているから出す。患者が不安だから出す。広そうだから出す。
この処方文化から離れることです。
歯科感染症は、抗菌薬だけで治す病気ではありません。感染源を見つけ、排膿を判断し、原因歯を処置し、全身状態を読み、必要なときに必要な抗菌薬を、必要な量と期間で使う病態です。
歯科医師は、抗菌薬を処方できる職種です。だからこそ、処方しない判断にも責任を持たなければなりません。
第3世代セフェムを第一選択として漫然と使い続ける時代は終わりつつあります。これからの歯科外来に必要なのは、AMPC firstを単なる流行語にせず、感染源制御、PK/PD、患者背景、ペニシリンアレルギー精査、予防投与設計、再診評価、紹介判断まで含めて処方を再設計することです。
抗菌薬は、患者を安心させるための儀式ではありません。
歯科医師の不安を埋めるための保険でもありません。
感染症診療の中で、必要な場面に、必要な設計で投入する医療資源です。
歯科外来抗菌薬処方を変えることは、明日からできます。
まずは、自院の第3世代セフェム処方を数えることから始めるべきです。

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