2026年9月17日

(歯科衛生士さんのある日の日誌)

はじめに
歯科衛生士として患者さんとお話ししていると、ときどきこんな疑問を聞きます。
「毎日歯を磨いているのに、どうして私は虫歯になりやすいんですか?」
「親が歯周病だったら、自分もなりやすいですか?」
「口の中の菌って、食べ物や歯磨きで決まるんじゃないんですか?」
虫歯や歯周病のなりやすさには、食生活、プラーク、フッ化物の使用、喫煙、唾液、全身状態、これまで受けてきた歯科治療など、さまざまな要素が関係します。
では、生まれ持った遺伝的な違いは、口の中の細菌にどのくらい関係しているのでしょうか。
2026年9月16日、npj Biofilms and Microbiomesに、乳児と成人の双子を合わせて3,387組調べた大規模研究が発表されました。
研究結果をとても短くまとめると、
9〜12か月の乳児群では、双子が共有する環境の影響が非常に強く、23〜52歳の成人群では、宿主側の遺伝的な違いの影響がよりはっきり見えた
というものでした。
ただし、この一文だけを見ると、
- 赤ちゃんの口内細菌は環境で決まり、大人は遺伝で決まる
- 虫歯菌も親から遺伝する
- 遺伝なら歯磨きをしても意味がない
と思ってしまうかもしれません。
今回の研究は、そのような意味ではありません。
この日誌では、双子3,387組の研究から何が分かったのか、そして「遺伝の影響」という言葉をどう読めばよいのかを整理してみます。
双子3,387組の「唾液」を調べた研究
今回の研究では、スウェーデンの双子登録を利用して、
- 9〜12か月の乳児:939組
- 23〜52歳の成人:2,448組
の完全な双子ペアを解析しました。
合計で3,387組です。
研究者が調べたのは唾液の細菌叢です。
full-length 16S rRNA gene sequencingという方法を使って、
- どんな菌種がいるか
- その菌がいるか、いないか
- その菌がどのくらいいるか
- 細菌叢全体の構成
- 16Sデータから推定した細菌機能
などを解析しました。
なぜ双子を調べると「遺伝」と「環境」を分けられるの?
一卵性双生児は、二卵性双生児より遺伝的によく似ています。
そのため、
一卵性双生児の方が二卵性双生児よりも口内細菌がよく似ている
という傾向があれば、そこに宿主側の遺伝的影響が関係している可能性を推定できます。
今回使われたのは、いわゆるACEモデルです。
- A:additive genetic factors=相加的遺伝要因
- C:shared/common environment=双子が共有する環境
- E:unique/non-shared environment+measurement error=双子それぞれの異なる環境+測定誤差
に、個人差を統計的に分けます。
ここで大切なのは、Aが39%だから「親から39%受け継ぐ」という意味ではないことです。
この点は後ほど詳しく説明します。

赤ちゃんでは、一卵性でも二卵性でもほぼ同じくらい似ていた
まず、9〜12か月の乳児群です。
菌種が「いる・いない」という点で、双子同士がどのくらい似ているかを調べると、
- 一卵性双生児:0.76
- 二卵性双生児:0.75
でした。
ほとんど同じです。
つまり、遺伝的により近い一卵性双生児だけが特別に似ていた、というパターンはほぼ見られませんでした。
さらに、乳児で解析対象になった178菌種について「その菌がいるか、いないか」を調べると、175菌種で共有環境Cの影響が有意でした。
一方、この「菌がいるかどうか」という解析では、有意な遺伝要因Aが検出された菌種は0でした。
かなり印象的な結果です。
ただし、
「乳児の口内細菌には遺伝が全く関係しない」
とは言えません。
「いる・いない」と「どれくらいいる」は別の話
菌の量まで見ると、乳児でも214菌種中14菌種では、有意な遺伝的寄与が認められました。
その推定値は20〜54%でした。
つまり、
ある菌を持っているかどうか
と、
その菌がどれくらいいるか
は、別の性質として解析されています。
「赤ちゃんでは遺伝の影響がゼロだった」とまとめてしまうと、研究結果を単純化しすぎてしまいます。
正確には、
乳児群では共有環境の影響が非常に強く、菌種の存在について有意な遺伝的寄与は検出されなかった。一方、菌量では一部の菌に遺伝的寄与が認められた。
という結果です。
細菌叢全体でも、乳児では共有環境の影響が大きかった
今回の研究では、菌を1種類ずつ調べただけではありません。
唾液細菌叢全体の構成についても、A・C・Eに分けて解析しています。
細菌叢全体の主要な構成を表すPC1〜3では、次のような結果でした。
乳児群
- 共有環境C:約69〜80%
- 遺伝要因A:0〜6%
成人群
- 遺伝要因A:約24〜46%
- 共有環境C:ごく小さい
という大きな違いがありました。
これは今回の研究を象徴する結果の一つです。
ただし、
「成人の口内細菌の46%が遺伝だけで決まる」
という意味ではありません。
この69〜80%や24〜46%は、細菌叢全体を表す主要な構成軸PC1〜3について、ACEモデルで説明された分散の割合です。
残りには、双子それぞれの個別環境や測定誤差などを含むEもあります。
今回の研究が示したのは、
乳児群では細菌叢全体の個人差を共有環境が強く説明していた一方、成人群では共有環境よりも宿主遺伝のシグナルが明瞭に現れた
ということです。

9〜12か月は、そもそも口内細菌が大きく変わる時期
ここで、今回の乳児が9〜12か月だったことにも注目する必要があります。
赤ちゃんの口の中は、成人の口をそのまま小さくしたものではありません。
歯が生え始め、離乳食が進み、口の中に新しい表面や新しい栄養環境が次々に生まれていきます。
別の2025年の乳児研究では、生後4か月・6か月・12か月の唾液細菌叢を調べています。
検出されたphylotypeは、
- 4か月:254
- 6か月:255
- 12か月:313
と、12か月までに増えていました。
さらに、全員に共通して検出されるcore microbiomeも、
- 4か月:9
- 6か月:17
- 12か月:33
へ増えています。
つまり今回の9〜12か月児は、成人型の口内細菌叢が完成して固定されている時期ではなく、まだ口腔内の生態系そのものが大きく形成されている途中と考える必要があります。
一方で、今回の双子研究では、乳児群と成人群の双方で95%を超えて認められる17菌種もありました。
形成途中だからといって、9〜12か月の口腔細菌叢が「何も定まっていない」という意味でもありません。
乳幼児期に口腔細菌叢がどのように形成されていくかについては、以前の乳幼児期に口腔細菌叢が形成されていく過程を解説した記事でも紹介しています。
「環境」といっても歯磨きだけではない
乳児で強かった「共有環境」とは、何を意味するのでしょうか。
ここで注意したいのは、
共有環境=歯磨き
ではないことです。
乳児の双子が共有しているものには、
- 養育者との接触
- 授乳や離乳食
- 家庭内で接触する微生物
- 食生活
- 歯の萌出
- 抗菌薬などの薬剤
- 日々の生活環境
など、さまざまなものがあります。
原著でも、乳児の双子が似ている背景として、同居、養育者との接触、母子間などの微生物伝播、同じfeeding modeなどが考察されています。
ただし、今回のACEモデルは、
「授乳が何%」
「養育者との接触が何%」
「歯磨きが何%」
というように、個々の環境要因を分けて測定したわけではありません。
さらに、先ほどの乳児RCTでも、人工乳3群の主要な全体解析では一貫した明確な差は示されず、一部の解析では群間差がみられたものの、著者らは鉄量やラクトフェリンの影響について結論は不確実としています。
したがって、
「赤ちゃんの口内細菌は環境で決まる。だから育て方次第」
という話ではありません。
多数の環境要因が重なった結果として、乳児群では共有環境のシグナルが非常に強く見えていた、と考えるのが適切です。
成人群ではパターンが違った――一卵性の方がよく似ていた
では、23〜52歳の成人群ではどうだったのでしょう。
ここで結果が変わります。
成人双子が共有していた菌種数は、
- 一卵性双生児:116種
- 二卵性双生児:109種
で、一卵性双生児の方が多くの菌種を共有していました。
菌種の存在についての双子内相関も、
- 一卵性双生児:0.26
- 二卵性双生児:0.11
でした。
乳児群では0.76対0.75とほぼ同じだったのに対し、成人群では一卵性と二卵性の差がはっきりしています。
ここがこの研究の面白いところです。
乳児群は双子同士そのものが非常によく似ていました。
しかし、一卵性か二卵性かによる差はほとんどありません。
一方、成人群では双子同士の類似性そのものは乳児群より低かったものの、その成人群の中では一卵性双生児の方が二卵性双生児よりも似ていました。
同じ人を赤ちゃんから成人まで追った結果ではないため、「大人になるとこう変わる」とは断定できません。
あくまで、別々の乳児群と成人群で異なるパターンが観察されたという結果です。
成人では多くの菌で遺伝的寄与が検出された
成人の菌種の「存在」では、62菌種で有意な遺伝的寄与が認められました。
菌の「量」については、324菌種中259菌種で有意な遺伝的寄与が検出され、そのAの推定値は5〜42%でした。
ここで数字の読み方には注意が必要です。
259÷324は約80%ですが、
「成人の口内細菌の80%が遺伝で決まった」
という意味ではありません。
正しくは、調べた324菌種のうち259菌種で、その菌量の個人差に有意な遺伝的寄与が検出されたという意味です。
「遺伝的寄与が検出された菌種の割合」と、「その菌が何%遺伝で決まるか」は別の数字です。
「環境から遺伝へ逆転した」は、半分正しく半分危険
今回の研究を短く紹介すると、
乳児では環境、大人では遺伝
と言いたくなります。
しかし、ここには大切な注意点があります。
成人群で小さくなったのは、主としてC=双子が共有する環境です。
成人でも、E=それぞれ異なる環境+測定誤差は残っています。
成人の双子は、しばしば別々に暮らすようになり、
- 食生活
- 口腔衛生
- 喫煙などの健康行動
- 抗菌薬使用歴
- 歯科治療歴
- 現在の局所的な口腔状態
なども違ってきます。
原著でも、成人双子では食事、口腔衛生、健康行動、抗菌薬、歯科治療歴、局所的な口腔状態などの個人差が、細菌叢を形作る可能性を挙げています。
つまり、
「赤ちゃんは環境、大人は遺伝で決まる」
ではありません。
より正確には、乳児群では双子が共有する環境の寄与が非常に強く、成人群では宿主側の遺伝的な違いの影響がより明瞭になった。ただし成人でも個人ごとの生活環境や口腔状態は重要である、という結果です。
虫歯・歯周病に関連する菌にも遺伝的寄与が見つかった
今回の研究では、患者さんにとって気になる菌にも遺伝的寄与が認められています。
成人で、「その菌を持っているかどうか」に対する遺伝要因Aは次のように推定されました。
| 菌種 | 遺伝要因A | 95%信頼区間 |
|---|---|---|
| Streptococcus mutans | 39% | 24〜54% |
| Bifidobacterium longum | 38% | 28〜48% |
| Tannerella forsythia | 22% | 14〜31% |
| Treponema denticola | 27% | 18〜36% |
| Prevotella intermedia | 26% | 17〜34% |
| Filifactor alocis | 32% | 19〜44% |
| Porphyromonas endodontalis | 33% | 25〜41% |
ここで95%信頼区間にも注目してください。
たとえばS. mutansは「39%」と一点で確定したわけではなく、24〜54%という幅を持った統計的推定値です。
このことからも、39%という数字を個人へそのまま当てはめるべきではありません。
S. mutansは虫歯との関連でよく知られ、T. forsythiaやT. denticolaは歯周病との関連が知られている菌です。
数字だけを見ると、「虫歯も歯周病もかなり遺伝するのでは?」と思うかもしれません。
しかし、そうではありません。

「S. mutans 39%」は“虫歯が39%遺伝する”という意味ではない
ここは今回の研究で最も誤解されやすいところです。
S. mutansの39%という数字は、「親から39%の確率でS. mutansを受け継ぐ」という意味ではありません。
また、「虫歯になる確率の39%が遺伝」という意味でもありません。
今回の数字は、ある研究集団の中で、「S. mutansを持ちやすい人と持ちにくい人がいる」という個人差をACEモデルで分けたとき、そのばらつきの一部を宿主側の相加的遺伝要因で説明できた、という推定です。
もう少し簡単に言えば、
その菌が住みやすい人、住みにくい人という“人側の違い”に、遺伝的背景が関係している可能性がある
ということです。
遺伝率は、その人個人の「運命の割合」ではない
遺伝率は、
「あなたのS. mutansの39%は遺伝、残り61%は環境」
と個人を分解する数字ではありません。
ある研究集団の中で見られた個人差を、遺伝や環境による分散として統計的に推定した数字です。
集団、生活環境、年齢、測定条件などが変われば、遺伝率も変わり得ます。
細菌そのものが、人の遺伝子として受け継がれるわけではない
口腔細菌が家族間で伝わることはあります。
しかし、細菌が人間のDNAとして遺伝することと、人間側の遺伝的な違いによって特定の細菌が住みやすくなることは別の話です。
さらに「菌がいる=病気」でもない
歯周病を考えても、特定の1菌種がいるだけで病気が決まるわけではありません。
歯周病のマイクロバイオーム研究では、健康、歯肉炎、歯周炎に伴い、単一菌ではなく細菌群集全体が段階的に変化することが示されています。
つまり、
T. denticola 27%=歯周病が27%遺伝する
ではありません。
同じように、
S. mutans 39%=虫歯が39%遺伝する
でもありません。

遺伝子はどうやって口内細菌に影響するの?
では、人の遺伝的な違いが口内細菌に影響するとしたら、どのような仕組みなのでしょう。
ここで注意したいのは、以下の仕組みを今回の双子研究が直接証明したわけではないことです。
原著では、これまでの研究をもとに、いくつかの可能性が考察されています。
AMY1
唾液アミラーゼに関係し、デンプンを分解する環境を通して、細菌が利用できる炭水化物環境に影響する可能性があります。
FUT2
口腔表面の糖鎖構造を変え、細菌の付着や栄養環境に影響する可能性があります。
PITX1など
歯の形態、エナメル質、歯の萌出などを通して、細菌が住む場所そのものに影響する可能性があります。
HLA class IIやTLR1など
細菌に対する免疫反応に関係します。
SMR3A・SMR3B、PRB1〜4など
唾液タンパク質や歯面のペリクル、細菌の付着などに関係する可能性があります。
つまり、
遺伝子
↓
唾液・免疫・歯・粘膜などの口腔環境
↓
特定の菌の住みやすさ
という経路が考えられます。
遺伝子が「この人にはS. mutansを住ませる」と直接指示しているわけではありません。

遺伝の影響があるなら、歯磨きしても意味がない?
いいえ。
ここは歯科衛生士として、今回の記事で一番伝えたい部分です。
遺伝的寄与があることと、口内細菌が一生固定されていることは同じではありません。
実際、歯周治療後には歯肉縁下のマイクロバイオームが変化し、歯周病に関連する菌の相対的な割合が低下することが複数研究で報告されています。
口腔細菌叢には、
- 食生活
- 糖を摂る頻度
- プラーク量
- フッ化物利用
- 喫煙
- 唾液
- 歯肉の炎症
- 抗菌薬
- 歯科治療
- メインテナンス
など、さまざまな要素が関係します。
遺伝的背景そのものを変えることはできません。
しかし、「その人の口の中をどのような環境にしておくか」には介入できる部分がたくさんあります。
虫歯のなりやすさは遺伝だけでは決まりません。歯、唾液、食生活、プラーク、フッ化物などを一緒に見ることが大切です。
歯周病も同じです。
宿主側の感受性だけでなく、細菌叢、炎症、喫煙、糖尿病、清掃状態などが複雑に組み合わさります。
ですから、「遺伝だから仕方ない」と考える必要はありません。
今回は「唾液」の研究――歯垢そのものを調べたわけではない
今回の研究で調べたのは唾液細菌叢です。
ここも重要です。
口の中には、
- 唾液
- 舌
- 頬粘膜
- 歯の表面
- 歯肉縁上プラーク
- 歯肉縁下プラーク
など、それぞれ異なる微生物の生息場所があります。
日本人を対象にした東北メディカル・メガバンクの研究でも、唾液と歯垢では細菌叢の構成が明確に異なることが確認されています。
唾液は、口腔内のさまざまな場所から流れてきた細菌を含むため、口全体の状態を捉える検体として使いやすい一方、歯垢は虫歯や歯周病が起こる局所により近い検体です。
したがって今回、「T. denticolaに27%の遺伝的寄与があった」からといって、「歯周ポケット内のT. denticolaの27%が遺伝で決まっている」とは言えません。
細菌の「多様性が高いほど健康」でもない
マイクロバイオーム研究では、「多様性」という言葉がよく出てきます。
すると、「いろいろな菌がたくさんいる方が健康なのかな?」と思うかもしれません。
しかし、口腔内ではそう単純ではありません。
今回のHaworthらの研究では、成人群は乳児群よりspecies richnessもShannon diversityも高い結果でした。
しかし、それを「成人の方が健康な細菌叢」と解釈することはできません。
東北メディカル・メガバンクの日本人研究では、歯周病が重くなるにつれて、唾液と歯垢のα多様性が高くなる傾向がみられています。
また、日本人高齢者を対象にした研究でも、重度歯周炎群の方がnon-severe群よりα多様性が高いという結果でした。
つまり、多様性=健康点数ではありません。
多様性は、その微生物生態系がどのような状態にあるかを見るための指標の一つです。
この研究には大切な限界もある
同じ双子を赤ちゃんから大人まで追った研究ではない
これは最も重要です。
乳児939組と成人2,448組は、別の双子集団です。
つまり、「この赤ちゃんたちを20年、30年追ったところ、環境優位から遺伝優位へ変わった」ことを証明した研究ではありません。
正しくは、9〜12か月の乳児集団ではこのようなパターンだった。23〜52歳の成人集団では別のパターンだった、という横断的な比較です。
原著も、この年齢群の違いを「同じ人の中で起こった発達変化」と結論することはできないとしています。
乳児群と成人群では、唾液を採取した時代も違う
成人STAGE群の唾液は2009〜2010年に集められました。
一方、乳児NewTwin群は2021年秋以降に募集されています。
つまり、乳児と成人の違いには年齢だけでなく、世代、食生活、医療環境、抗菌薬使用などの生活歴といったコホート差が混ざっている可能性もあります。
「年齢だけが原因で遺伝的寄与が変わった」と断定することはできません。
乳児群と成人群ではDNA抽出法も違う
乳児NewTwin群と成人STAGE群では、DNA抽出に使ったkitが異なっています。
双子ペア内では同じ方法を使っているため、それぞれの群の中で遺伝率を推定することへの影響は大きくないと考えられます。
ただし、乳児群と成人群の細菌叢そのものを直接比較するときには制約になります。
双子ACEモデルにも前提がある
ACEモデルは、遺伝と環境を直接目で見て測定する方法ではありません。
たとえば、
- 一卵性双生児と二卵性双生児で共有環境が同程度であること
- 特定の性質が似た人同士で配偶者になる傾向が極端に強くないこと
- モデル化されていない遺伝子と環境の相互作用が大きくないこと
などの前提があります。
これらが成り立たない場合、遺伝率の推定が偏る可能性があります。
ですから、今回のAの数字は、直接測った固定値ではなく、一定の仮定の上で推定した統計値として読む必要があります。
採取直前の食事などの影響も完全には消せない
唾液採取前には、飲食やガムを少なくとも30分避けるよう指示されていました。
ただし原著は、直前の食事などによるばらつきが残っていれば、それがEを大きくし、逆に遺伝要因Aを小さく見積もる可能性も指摘しています。
スウェーデンの研究なので、日本人に同じ数字が当てはまるとは限らない
今回の研究は、スウェーデンの双子集団を対象としています。
原著自身も、祖先集団、食事、生活様式、環境曝露などが異なるため、他の集団へそのまま一般化できない可能性を指摘しています。
ですから、「日本人でもS. mutansは39%」とは言えません。
日本人を対象とする東北メディカル・メガバンクでも、地域・集団によるマイクロバイオーム差を考慮し、日本人のreference dataを構築する重要性が述べられています。
full-length 16Sでも「菌株」までは分からない
今回使われたfull-length 16S rRNA sequencingは、比較的高い分類解像度を持つ方法です。
ただし、同じ菌種の中に存在するstrain=菌株レベルの違いまでは十分に評価できません。
同じ菌種でも、菌株によって病原性、薬剤耐性、増殖能力などが異なることがあります。
原著も、今回の遺伝率はspecies levelのシグナルであり、strain levelの解析にはshotgun metagenomicsなどが必要だとしています。
細菌の「機能」は直接測定したものではない
今回の研究では、16SデータからPICRUSt2を使って細菌の機能も推定しています。
乳児では4,024の推定機能を解析し、成人では5,192を解析しました。
成人では4,589、約88%の推定機能で有意な遺伝的寄与が検出されましたが、そのAの推定値は16〜42%でした。
つまり、「成人では細菌機能の88%が遺伝で決まる」という意味ではありません。
正しくは、解析対象となった推定機能の88%で、有意な遺伝的寄与が検出されたという意味です。
しかもこれは、細菌の全遺伝子、RNA、タンパク質、代謝産物を直接測定した結果ではなく、16Sデータからの機能予測です。
虫歯や歯周病の発症率そのものを調べた研究ではない
今回評価したのは、
- 唾液細菌叢
- 菌種の存在
- 菌量
- 細菌叢全体の構成
- 16Sから推定した機能
です。
虫歯の本数や将来の虫歯発症率、歯周ポケット、アタッチメントロス、歯槽骨吸収などの疾患そのものの遺伝率を調べた研究ではありません。
この違いは必ず分けて考える必要があります。
「3歳までに口内細菌が形成される」と今回の研究は矛盾しない
以前のコラムでは、乳幼児期に主要な口腔細菌叢の形成が大きく進むことを紹介しました。
では、「乳幼児期に細菌叢が形成される」ことと、「成人群では遺伝的寄与がより明瞭だった」ことは矛盾するのでしょうか。
矛盾しません。
この2つは、違う質問をしています。
以前紹介した研究は、「口腔細菌叢はいつ頃、成人に近い形へ形成されていくのか」という問いです。
今回の双子研究は、「その細菌叢の個人差を、遺伝と環境がどのくらい説明するのか」という問いです。
乳幼児期に細菌叢の主要な顔ぶれが形成されたとしても、その後の唾液、免疫、歯の形態、生活環境などを通して、成人群では宿主遺伝の違いが細菌叢に反映される可能性があります。
「幼い頃に形成が進む」と「成人では遺伝的背景も関係する」は、同時に成り立ちます。
歯科衛生士として、この研究から一番伝えたいこと
今回の研究は、とても興味深いものです。
口内細菌は、「歯磨きをしているか」「甘いものを食べるか」だけで決まっているわけではなく、人側の生物学的な違いも関係している可能性を、大規模な双子研究が示しました。
同じようにセルフケアを頑張っていても、虫歯や歯周病の現れ方には個人差があります。
今回の研究は、その個人差を考えるうえで「宿主遺伝」という一つの要素を示しています。
でも、「だから体質だから仕方ない」で終わる研究ではありません。
むしろ大切なのは、自分では変えられない要素と、変えられる要素を分けて考えることだと思います。
遺伝的背景を変えることはできません。
でも、歯垢を減らすこと、フッ化物を適切に使うこと、糖を摂る頻度を見直すこと、歯肉の炎症を放置しないこと、必要な歯周治療を受けること、定期的に自分の口腔状態を確認することはできます。
「遺伝か、環境か」の二者択一ではありません。
遺伝的な背景を持つ一人ひとりが、どのような口腔環境の中で生活しているのか。
そこまで見ていくことが、虫歯や歯周病の予防には大切です。
広島市中区立町のブランデンタルクリニックは、立町駅徒歩1分、立町中央ビル4階です。エレベーターをご利用いただけます。虫歯や歯周病のなりやすさが気になる場合も、細菌だけを見るのではなく、歯や歯ぐき、唾液、セルフケア、食生活などを含めて確認していきます。
よくある質問
Q1.口内細菌そのものが親から遺伝するのですか?
人間の遺伝子の中にS. mutansなどの細菌が組み込まれて受け継がれるわけではありません。
細菌が家族間で伝播することと、人側の遺伝的背景によって特定の菌が住みやすくなることは別の話です。
今回の研究が見ている「遺伝」は、後者です。
Q2.親が虫歯だらけなら、子どもも虫歯になりますか?
それだけでは決まりません。
家族は遺伝的背景だけでなく、食事、間食、歯磨き、フッ化物利用、歯科受診習慣など多くの環境も共有します。
親に虫歯が多いことは参考になる情報ですが、子どもの将来が決まっているわけではありません。
Q3.S. mutansの39%という数字は、虫歯になる確率ですか?
違います。
今回の39%は、この研究集団の中でS. mutansを持ちやすい・持ちにくいという個人差の一部を、相加的遺伝要因で説明できたという推定値です。
しかも95%信頼区間は24〜54%で、39%という一点が絶対的な値というわけではありません。
Q4.成人は遺伝の影響が強いなら、歯磨きをしても菌は変わらないのですか?
いいえ。
成人でも個人ごとの食生活、口腔衛生、喫煙、抗菌薬、歯科治療、歯周炎など、多くの要因が細菌叢に関係します。
歯周治療によってマイクロバイオームが変化することも報告されています。
Q5.赤ちゃんでは環境の影響が強いなら、親の育て方の責任ですか?
そのような結論は出せません。
今回の「共有環境」には、食事、養育者との接触、家庭環境など多数の要素がまとめて含まれます。
ACEモデルは、特定の育児行動が何%影響したかまで調べたものではありません。
Q6.唾液検査をすれば、自分の「遺伝的な虫歯リスク」が分かりますか?
今回の研究からは分かりません。
研究用の16S解析と双子ACEモデルから集団レベルの遺伝的寄与を推定した研究であり、市販の唾液検査から「あなたのS. mutansの遺伝率は39%です」と算出できるものではありません。
Q7.日本人にも39%や27%という数字が当てはまりますか?
分かっていません。
今回の研究はスウェーデンの双子集団を対象としています。
遺伝的背景だけでなく、食生活や生活環境も集団によって異なるため、日本人で同じ値になるとは限りません。
まとめ
今回の双子3,387組の研究では、乳児群と成人群で、唾液マイクロバイオームの個人差に関係する要因の見え方が大きく異なりました。
9〜12か月の乳児群では、双子が共有する環境の寄与が非常に強く、細菌叢全体の主要な構成では共有環境Cが約69〜80%を説明していました。
一方、23〜52歳の成人群では、一卵性双生児の方が二卵性双生児より細菌叢が似ており、細菌叢全体の主要な構成に対する遺伝要因Aは約24〜46%と推定されました。
S. mutansや歯周病に関連する複数の菌でも、遺伝的寄与が検出されています。
しかし、
- 虫歯菌が遺伝する
- 虫歯の39%が遺伝する
- 成人は遺伝で決まるから歯磨きをしても意味がない
という研究ではありません。
さらに、今回の研究は同じ双子を乳児期から成人期まで追跡したものでもありません。
口内細菌の個人差は、遺伝だけでも環境だけでも説明できません。
生まれ持った人側の条件と、その後に作られる口腔環境の両方が関係している。
今回の研究から一番大切なのは、そのように受け取ることだと思います。

参考文献
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