2026年9月15日

(院長の徒然コラム)

はじめに
「口腔機能」と聞くと、歯科医師は咀嚼、嚥下、舌圧、口唇閉鎖、構音、咬合などを思い浮かべることが多いと思います。
しかし、口腔機能は歯が生えてから始まるものではありません。
出生直後の赤ちゃんは、歯が一本もない時期から口唇や舌を動かし、吸い、飲み込み、呼吸と協調しながら栄養を摂取しています。口腔は最初から運動器官であると同時に、外界から多くの情報を受け取る感覚器官でもあります。
では、発達の最も早い時期に口腔へ加わる感覚運動入力は、口唇や舌の動きだけではなく、発達中の脳の機能的ネットワークにも何らかの違いをもたらすのでしょうか。
2026年、Dongらは在胎28〜34週で出生した早産児を対象に、Premature Infant Oral Motor Intervention(PIOMI)と呼ばれる口腔運動介入を行い、その前後で安静時機能的近赤外分光法、resting-state fNIRSを測定するランダム化比較試験を報告しました。
最終解析は66人、PIOMI群33人、対照群33人です。介入前には左右いずれの半球でもglobal efficiency、local efficiencyに明瞭な群間差はありませんでしたが、14日後にはPIOMI群で左半球のglobal efficiencyとlocal efficiencyが対照群より高いという結果が出ました。一方、右半球では統計学的に有意な群間差は確認されませんでした。
口への刺激と脳ネットワーク。
非常に興味深い結果です。
ただし、「14日間、赤ちゃんの口を刺激したら左脳が発達した」と結論するには早すぎます。
原著の研究設計、PIOMIの介入量、fNIRSの解析方法、早産児の自然な脳発達、試験登録、さらに原著が引用している先行研究まで照らし合わせると、この論文には非常に面白い部分と、かなり慎重に読まなければならない部分の両方があります。
歯が生える前から、口は高度な感覚運動器官です
人の口腔機能は、歯の萌出とともに突然始まるわけではありません。
胎児期から吸啜や嚥下に関連する運動は始まり、出生後は口唇、舌、顎、咽頭、呼吸器系などを協調させながら哺乳します。
特に早産児では、この「吸う・飲み込む・呼吸する」という協調が十分に成熟する前に出生することがあります。
口腔運動が単純な筋力の問題ではないのはここにあります。
吸啜、嚥下、呼吸は、それぞれ独立した筋肉が勝手に動いているわけではありません。感覚入力を受け取り、その情報を中枢神経系で統合し、適切なタイミングで運動出力を返す必要があります。
当院では以前、口腔機能発達不全症と子どもの口腔機能の発達について取り上げました。
今回の研究は、さらに時間軸を遡ります。
歯がまだない早産児において、口腔から入る感覚運動入力と発達中の脳ネットワークとの関係を調べようとした研究です。
今回の研究では何をしたのでしょうか
Dongらの研究は、前向き・評価者盲検のランダム化比較試験です。
対象は在胎28〜34週、出生体重2500g以下、出生後72時間以内に登録され、循環動態が安定している早産児でした。機械換気を必要とする児、頭蓋内出血のある児、先天性の口腔顔面奇形がある児などは除外されています。
102人がscreeningされ、67人がランダム化されました。PIOMI群33人、対照群34人となり、対照群の1人が他院転院のため脱落したため、最終的には33人対33人、計66人が解析されています。
ランダム化には層別化も用いられました。在胎週数を28〜30週、31〜32週、33〜34週の3群に分け、さらに出生体重1500g未満と1500g以上に分けています。そのうえでblock size 4のブロックランダム化を行っています。割付表は独立した統計担当者が作成し、連番の不透明封筒によって割付が隠蔽されています。
介入を行う看護師自身を盲検化することはできませんが、データ収集者、統計解析者、主要評価項目の評価者は群割付を知らない状態で評価しています。
少なくとも割付方法については、かなり丁寧に設計されたRCTです。

対照群も「口への刺激ゼロ」ではありません
この研究を読むうえで最初に押さえておきたい点があります。
PIOMI群は口腔刺激を受け、対照群は何もされなかった、という研究ではありません。
対照群もNICUで通常行われるケアを受けており、その中にはおしゃぶりを用いた非栄養性吸啜、non-nutritive sucking(NNS)も含まれていました。
PIOMI群では、それに加えて口唇周囲への刺激、歯肉刺激、舌刺激などを系統的に行っています。
原著でも、対照群には通常のNNSの機会があった一方、系統的な口唇周囲マッサージ、歯肉刺激、舌刺激は行っていなかったと記載されています。
したがって今回の比較は、「吸わせた群」と「吸わせなかった群」ではありません。
より正確には、通常のNICUケアとNNSに、構造化された口腔感覚運動刺激を追加すると、14日後の脳ネットワーク指標に違いが生じるかをみた研究です。
なお、原著のFigure 2では両群が「Sucking group」「Non-sucking group」と表記されています。しかし本文では対照群にもpacifierによるNNSが含まれているため、この図の群名は実際の介入内容を正確には表していません。
NICUで治療目的に短期間行われるNNSと、乳幼児期に長期間続くおしゃぶり習慣による歯列への影響も同じ話ではありません。後者については、おしゃぶりの使用と小児期の不正咬合で詳しく扱っています。
PIOMIとは何でしょうか
PIOMIは「Premature Infant Oral Motor Intervention」の略です。
早産児のために開発された、構造化された口腔運動介入です。
頬、口唇、歯肉、舌などへ一定の順序で刺激を行い、非栄養性吸啜を組み合わせます。
単に「赤ちゃんの口をマッサージする」という方法ではありません。
誰が行っても一定の手順で実施できるよう標準化され、研修と介入忠実度、つまり所定の手順どおり実施されているかが重視されています。
今回の研究でも3人の担当看護師に事前研修を行い、模擬操作動画を用いて手技の一致度を評価しています。さらに研究期間中も症例の10%を毎月video reviewし、手技の標準化を確認しています。
ところが、今回の研究で「PIOMI」と呼ばれている介入には、原型PIOMIと比べてかなり大きな違いがあります。
同じ「PIOMI」でも、介入量はかなり違います
PIOMIの主要研究を、実際の介入条件で並べると違いが分かります。

| 研究 | 1回の時間 | 頻度 | 期間 |
|---|---|---|---|
| Lessen 2011 | 5分 | 1日1回 | 7日 |
| Ghomi 2019 | 5分 | 1日1回 | 10日 |
| Li 2020 | 15分 | 1日1回 | 14日 |
| Wu 2026 | 約5分 | 1日1回 | 7日 |
| Dong 2026 | 15分 | 1日2回 | 14日 |
Lessenらの原型PIOMIは5分のprogramです。
GhomiらのRCTでも5分、2026年に報告された中国版PIOMIも約5分・8ステップで、3分間の口腔刺激と2分間のNNSから構成されています。
一方、Dongらは、1回15分、1日2回、14日間です。
1日合計30分となります。
ただし、15分の口腔運動介入そのものが前例のない方法というわけではありません。Liらは2020年に15分/日を14日間行うPIOMI研究を報告しています。
それでもDongらの研究は15分を1日2回ですので、原型PIOMIより介入量がかなり多いことに変わりはありません。
したがって今回の結果を、「一般的な5分PIOMIで確認された脳ネットワーク効果」と読み替えることはできません。
脳をどうやって測ったのでしょうか
今回使用されたのはresting-state functional near-infrared spectroscopy、安静時fNIRSです。
fNIRSは、神経細胞の電気的発火を直接測る検査ではありません。
近赤外光を頭皮側から照射し、酸化ヘモグロビン(HbO)や脱酸素化ヘモグロビン(HbR)の変化を利用して、大脳皮質表層の血行動態変化を間接的に捉える方法です。
この点ではEEGとは性格が違います。
EEGは神経活動に伴う電気的変化を頭皮上から捉えますが、fNIRSは神経活動に伴う血流や酸素化の変化を捉えます。
乳児や早産児では、MRIのように大きな装置へ移動させる必要がなく、ベッドサイドで比較的測定しやすいという大きな利点があります。
一方で、「fNIRSでニューロンの活動そのものを直接見た」と表現するのは正確ではありません。
今回の研究では760nmと850nmの2波長を用い、10Hzで約8分間、自然睡眠中に記録しています。
前処理では、低SNR channelの除外、spline interpolationによる体動補正、PCAによる全身性生理ノイズの低減、0.009〜0.08Hzのbandpass filteringなどを行い、modified Beer-Lambert lawからHbRとHbOを算出しています。
「脳ネットワーク」は神経線維そのものを見ているわけではありません
今回の研究でいうfunctional connectivityは、2つの脳領域が解剖学的な神経線維で直接つながっていることを撮影したものではありません。
各fNIRS channelから得られたHbR信号の時間変化を比較し、「この2つの場所の信号が、時間的にどの程度一緒に変動しているか」をPearson相関係数で評価しています。
相関が高いchannel同士をネットワーク上のつながりとして扱い、その形をgraph theory、グラフ理論で解析しています。
つまり、「同じような時間変化をする」ことから機能的な結びつきを推定しているのであって、神経線維そのものを可視化しているわけではありません。
左右の脳をつなぐ「通信」を主要解析した研究でもありません
原著のconnectivity matrixを見ると左右半球全体が表示されているため、一見すると左右半球間のつながりまで主要解析しているように見えます。
しかし主要な定量解析では、左右半球をそれぞれ独立した32-node networkとして構築しています。
左右半球をまたぐinter-hemispheric connectionは主要解析から除外されています。
したがって今回の結果を、「左脳と右脳の通信が左優位になった」と表現するのは正確ではありません。
評価されたのは、左半球内部のネットワークと右半球内部のネットワークです。
global efficiencyとlocal efficiencyとは何でしょうか
今回の主要評価項目はglobal efficiencyとlocal efficiencyの2つです。
global efficiency
global efficiencyは、network全体のnode同士がどれだけ効率よく結ばれているかを表す指標です。
あるnodeから別のnodeまで到達するために、どれだけ短い経路を使えるかという考え方を基礎にしています。
脳network研究ではnetwork integration、すなわちネットワーク全体の統合性を表す指標の一つとして使われます。
ただし、global efficiencyが高いからといって、知能や脳全体の情報処理能力が直接高いことを意味するわけではありません。
local efficiency
local efficiencyは、あるnodeの近隣networkがどれだけ効率的に結ばれているかを表します。
局所的なnetwork organizationやsegregationを見る指標として利用されます。
こちらも、local efficiencyが高いからといって、その脳領域の臨床機能が改善したと直接置き換えることはできません。
asymmetry index
さらに左右差を見るためにasymmetry index、AIを使っています。
AI=(Left − Right)÷(Left + Right)
正なら左方化、負なら右方化を意味します。
今回のraw global efficiency、local efficiency、AIは、スパースネス(sparsity)をS=0.15に固定して計算されています。

結果は左半球に集中しました
介入前には、左右いずれの半球でもglobal efficiency、local efficiencyに統計学的に有意な群間差はありませんでした。
14日後には、
- 左半球global efficiency:PIOMI群が高い p=0.006
- 左半球local efficiency:PIOMI群が高い p<0.001
となりました。
一方、右半球のglobal efficiency、local efficiencyには有意な群間差がありませんでした。
AIについても、global efficiency AIはp=0.003、local efficiency AIはp=0.020で群間差が認められました。
PIOMI群ではAIが正方向、つまり左方化する児が多くなっていました。
ただし、右半球で「有意差がなかった」ことは、右半球には介入効果が全く存在しないことを証明したわけではありません。
今回のsample size計算はeffect size d=0.8という比較的大きな差を前提として設計されています。
したがって、小〜中程度の右半球差を検出する統計学的検出力まで十分だったとは限りません。
正確には、「右半球では、このサンプルサイズで統計学的に有意な群間差を検出しなかった」と理解すべきです。
「増えた」のではなく「14日後に群間差があった」です
今回の研究を読むうえで、おそらく最も重要な注意点です。
この研究には介入前と介入後の両方のfNIRS測定があります。
ところが主要解析は、介入前のPIOMI群と対照群の比較、介入後のPIOMI群と対照群の比較という、各時点での群間比較です。
「PIOMI群が14日間でどれだけ変化したか」と「対照群が14日間でどれだけ変化したか」の差を直接評価するrepeated-measures analysisやmixed-effects modelによるgroup × time interactionは行われていません。
これは著者自身もlimitationsとして認めています。
したがって、
「PIOMIによって左global efficiencyが有意に増加した」
とは書けません。
今回の結果を最も正確に表現するなら、「介入前には明瞭な群間差がなく、14日後にはPIOMI群で左半球global/local efficiencyが対照群より高かった」です。
早産児にとって14日は「たった2週間」ではありません
なぜgroup × timeが重要なのでしょうか。
今回の対象は在胎28〜34週で出生した早産児です。
この時期の脳は、完成した脳が単純に大きくなっているだけではありません。神経回路そのものが急速に組織化されている時期です。
Doriaらは29〜43週postmenstrual ageの乳児70人をresting-state fMRIで調べ、30週前後にはまだ断片的だったresting-state networkが、termへ近づくにつれて急速に組織化していくことを示しました。
さらに2025年のPengらのfNIRS研究では、33〜41週の新生児でnetwork connectivityを調べ、37週前後に大きなnetwork organizationの変化が観察されています。
つまり、早産児の14日間は脳networkの発達という観点では非常に大きな時間です。
もちろん、randomizationを行えば自然成熟は原則として両群に起こります。
それでも、これほど急速に自然変化する時期を対象とするのであれば、両群の「変化量の差」を直接検定してほしかったというのが、この研究を読むうえで重要な点です。
実際、別の2026年PIOMI研究ではlinear mixed-effects modelを使用し、time effectだけでなくgroup × time interactionまで評価しています。
乳児の脳networkは「全部つながるほど良い」わけでもありません
Homaeらは正期産児52人を新生児期、3か月、6か月でNIRS測定し、脳networkの自然発達を調べています。
興味深いのは、成長とともにすべてのfunctional connectivityが一方向に強くなるわけではないことです。
側頭、頭頂、後頭領域では一部のconnectivityが増える一方、前頭領域では低下する部分があり、前後方向のconnectivityは新生児期から3か月にいったん低下し、その後6か月へ向けて再び上昇するU字型を示しました。
乳児脳は、単純に「つながりを増やし続ける」networkではありません。
統合されるnetworkもあれば、分化していくnetworkもあります。
したがって、global efficiencyが高い=発達が良い、左方化した=正常に近づいた、という一方向の解釈はできません。
それでも「口から脳へ」という考え方には生理学的な筋があります
ここまで慎重な話をすると、今回の結果そのものまで疑わしく見えるかもしれません。
しかし、「口腔への感覚入力が中枢神経系へ影響し得る」という生物学的背景は十分にあります。
その重要な研究の一つがBarlowらの研究です。
吸啜にはbrainstemのsuck central pattern generator、sCPGが関与します。
早産児のNNSは、単なる頬や舌の筋収縮ではありません。
口唇、舌、顎などから入るmechanosensory inputが求心性に中枢へ伝わり、脳幹networkから律動的な運動出力が返ってきます。
Barlowらは、吸啜のburst-pause patternを模した人工的なorocutaneous stimulationを早産児へ与えると、NNSの発達をentrainできることを示しました。
刺激群ではNNS patternの発達やoral feedingへの移行にも有利な結果がみられています。
したがって、「口を刺激しても所詮は口の筋肉の話でしょう」と切り離す方が、神経生理学的には不自然です。
口腔は非常に豊富な感覚入力を持つ領域です。
歯科でも、口腔内への機械刺激と感覚運動系の関係については、以前口の中から表情筋を刺激すると何が起きるのかで取り上げました。
ただし、ここには明確な線引きが必要です。
口腔感覚入力が中枢神経系へ届くことと、PIOMIによって左前頭・側頭networkが特異的に再編されたことは同じ命題ではありません。
その途中にどの神経回路が介在するのかは、今回の研究では直接測定されていません。
「口腔介入と脳」を調べた研究そのものが初めてではありません
Dongらは今回の研究を、PIOMIをbrain network perspectiveから評価した最初の研究として位置付けています。
その限定した意味では、新規性は高いと思います。
しかし、「口腔運動介入が早産児の脳機能へ与える影響を初めて調べた研究」とまで広げると正確ではありません。
2021年にはZhangらが早産児112人を対象とするRCTを報告し、oral motor intervention後のamplitude-integrated EEG(aEEG)とNeonatal Behavioral Neurological Assessment(NBNA)を評価しています。
したがって今回の新しさは、PIOMI系介入にresting-state fNIRSとgraph theoryを組み合わせ、左右半球内networkの効率と非対称性をRCTで評価したことと表現するのが適切です。
なぜ左半球なのでしょうか
今回の研究で最も目を引くのは、左右両方ではなく左半球に差が集中したことです。
原著では、左半球がsequential motor controlやtemporal sequencing、言語機能などに関係し、吸啜・嚥下という時間的に協調した運動と関連する可能性を論じています。
仮説としては興味深いと思います。
しかし、乳児期のfunctional lateralizationは、一般に語られる「左脳・右脳」のイメージほど単純ではありません。
Emersonらの乳児縦断研究では、language-related regionのfunctional connectivity asymmetryは乳児期を通して動的に形成されます。
Liuらが3〜9か月の正期産児66人をfNIRSとgraph theoryで調べた研究では、3〜6か月ではlocal efficiency、6〜9か月ではglobal efficiencyに左方非対称性が認められました。
つまり、左右差の出方そのものが発達段階によって変化しています。
機能によっては右半球優位となるnetworkもあります。
したがって、leftward lateralization=脳がより良く発達したとは言えません。
今回確認されたのは、PIOMI群では14日後のnetwork efficiencyが左方へ偏るpatternを示した、というところまでです。
「正期産児のpatternに近づいた」という解釈にも距離が必要です
原著discussionでは、PIOMI群にみられたleftward asymmetryについて、「healthy full-term infantsにみられるpatternに類似する」「発達trajectoryをaccelerateした可能性がある」という解釈が示されています。
しかし著者自身も、full-term controlが存在しないためこの解釈はspeculativeだと認めています。
さらに気になるのが、原著がpost-intervention assessmentをapproximately term-equivalent ageと表現している点です。
対象は在胎28〜34週で出生し、出生後72時間以内に登録され、介入期間は14日です。
研究条件から単純に計算すると、介入終了時のpostmenstrual ageは概ね30〜36週台です。
通常いうterm-equivalent age、40週前後とは一致しません。
そのうえ、比較に引用されているLiuらの対象は3〜9か月の正期産児です。
したがって、今回の早産児にみられた左方化を「同じ修正月齢の正期産児に近づいた」「正常化した」と読むのは、現時点ではかなり強すぎる解釈です。
Vitaliらの研究は「早産児研究」ではありません
原著discussionには、もう一つ注意して読んだ方がよい引用があります。
DongらはVitali and Campusの研究について、「sucking frequency in preterm infantsがsensorimotor cortexのbeta-band synchronizationと関連した」と紹介しています。
ところが、Vitaliらの実際の対象は17人、中央値22か月、年齢範囲6〜42か月です。
そのうち早産出生だった児は2人だけで、32週未満で出生した児はいませんでした。
つまりVitaliらの研究は、「早産新生児において吸啜頻度と皮質beta synchronizationの関連を示した研究」ではありません。
研究そのものは非常に興味深く、17人の乳幼児でNNS frequencyとsensorimotor beta synchronizationとの関連を示しています。
しかし、今回の早産新生児集団に対する直接の裏付けとして扱うには対象が大きく異なります。
fNIRSの解析には多くの選択肢があります
HbRを中心にnetworkを作っています
今回のfunctional connectivityは主としてHbR信号を用いています。
HbRを使うこと自体が誤りではありません。
ただしHbOとHbRは常に全く同じ結果になるわけではありません。
2026年にSzeberényiらが正期産新生児192人のfNIRSデータを統合した研究でも、gestational ageやbirth weightとHbO/HbR responseとの関係には違いがみられています。
Dongら自身も、HbOとHbRで結果が完全には一致しなかったことをlimitationとして挙げています。
したがって、今回の左方化patternがHbOでもどこまで再現するかは重要です。
PCAで全身性生理成分を除去しています
Dongらはprincipal component analysisを用い、第1主成分をglobal physiological noiseとして除去しています。
動脈拍動、呼吸、心拍などの全身性成分を減らす目的があります。
一方で、広い領域で同期する神経由来の共変動まで一部除去する可能性があります。
近年のfNIRS研究では、短いsource-detector separationを持つshort-separation channelを使い、頭皮血流などの表在性信号を直接推定する方法も重視されています。
今回の公開本文には、short-separation channelを使用したとの記載は確認できません。
Pearson相関と自己相関
今回のnetworkは、bandpass filtering後のHbR信号にPearson相関を使って構築しています。
しかしresting-state signalには自己相関があります。
filteringも信号の有効自由度に影響します。
乳児のresting-state NIRSデータを用いた方法論研究でも、prewhiteningなど自己相関への対処によってfunctional connectivity patternが変わり得ることが報告されています。
したがって、Pearson相関が高い=神経同士の結合がその分だけ直接強い、とは言えません。
もちろん、今回すべての参加者に同じ解析手順を適用しているため、この問題だけで群間差が無効になるわけではありません。
重要なのは、解析方法を変えても同じ左半球差が再現するかという頑健性です。
主要解析はS=0.15に固定されています
raw global efficiency、local efficiency、AIの主要解析はsparsity S=0.15で行われています。
graph theoryでは、networkをどの閾値で切るかによってmetricが変わる場合があります。
small-world propertyについては0.1〜0.3の範囲を走査しています。
一方、主要なraw efficiencyの群間差について、複数のsparsityやAUCでも同じ結論が得られるかという感度分析は十分には示されていません。
多重比較補正はどうでしょうか
主要評価項目はglobal efficiencyとlocal efficiencyの2つです。
原著ではこの2つについてBonferroni補正を行い、統計学的有意水準をP<0.025としています。
一方、実際には左右半球それぞれについてglobal/local efficiencyを比較しているため、「どこまでを一つのfamilyとして補正するか」には議論の余地があります。
ただし、この点を過大に批判する必要もありません。
仮に左右×2 metricの4比較として単純にP<0.0125まで厳しくしたとしても、左global efficiencyのp=0.006、左local efficiencyのp<0.001は残ります。
ですから、この点は結果をひっくり返す問題というより、統計解析計画のfamily定義をもう少し明確に示してほしかったという程度に評価するのが妥当だと思います。
再現するには、本文だけでは分からないparameterも残っています
今回の研究を別施設がほぼ同じ条件で再現しようとすると、公開本文だけではいくつか情報が足りません。
- 実際のsource–detector distance
- modified Beer-Lambert lawで使用した具体的なDPF
- low-SNR channelを除外する具体的なSNR threshold
- 最終的なgraphをbinaryとして扱ったのかweightedとして扱ったのか
これは「書いていないから研究が無効」という意味ではありません。
例えばPearson相関は一様な信号スケーリングには不変ですので、DPFが明記されていないこと自体が直ちにfunctional connectivityの群間差を作り出すという話ではありません。
それでも、HbO/HbR濃度変化の再現、光路長条件の確認、解析手順の完全な再現という意味では重要な情報です。
公開されているSupplementary Material 1はCONSORT 2025 checklistであり、これらの技術parameterを補足する資料ではありません。

| 公開本文で確認できる | 公開本文では不明瞭 |
|---|---|
| 760/850nm | source–detector distance |
| 10Hz | 具体的DPF |
| 約8分 | SNR cutoff |
| 0.009〜0.08Hz | binary / weightedの最終設定 |
| PCA第1成分除去 | ― |
| Pearson相関 | ― |
| S=0.15 | ― |
同じfNIRSデータでも、解析方法で結果の細部は変わり得ます
2025年のFRESH initiativeは、この問題を非常に分かりやすく示しました。
38の研究チームが同じ2つのfNIRSデータセットを、それぞれ独立した解析手順で解析しました。
興味深いのは、結論が完全にばらばらだったわけではないことです。
約80%のチームはgroup-level resultで一致し、特に先行研究による仮説が強い場合には一致率が高くなりました。
一方で、data qualityをどう扱うか、反応をどうmodel化するか、どの統計解析を採用するかなどが結果のばらつきの主要因でした。
この知見から、「fNIRSは解析者次第だから信用できない」と結論するのも正しくありません。
むしろ、興味深い結果だからこそ、別施設、別解析手順、別threshold、HbO/HbRの両方で再現するかを確認したいということです。
睡眠状態も完全には統一されていません
今回のfNIRSは自然睡眠中に測定されています。
これは早産児への負担を減らすという点では合理的です。
一方、新生児ではactive sleepとquiet sleepでresting-state functional connectivityのpatternが変わることが報告されています。
simultaneous EEG-fNIRSを用いた研究では、active sleepではinterhemispheric connectivityが相対的に強く、quiet sleepではより短距離のintrahemispheric connectivityが強くなる傾向が示されています。
DongらはEEGなどを用いた厳密なsleep stagingを行っていません。
著者らもこれをlimitationとして認めています。
ランダム化によって睡眠状態の違いが両群へある程度均等に分散することは期待できますが、個々のnetwork metricへ影響する可能性は残ります。
介入そのもの以外に「医療者に触れられる時間」も増えています
もう一つ重要なlimitationがあります。
PIOMI群では1日2回、15分ずつ追加の介入があります。
つまり、口腔への特異的刺激だけではなく、医療者に触れられること、身体への触覚刺激、医療者との接触時間そのものも増えています。
対照群にも通常のhandlingとNNSはありますが、PIOMI群と同じ時間だけ非特異的な接触を加えるなど、接触時間をそろえた対照介入ではありません。
著者自身も、PIOMI特有の効果と追加の触覚刺激や医療者との接触による非特異的効果を完全には分離できないと認めています。
新生児期は感覚入力そのものが発達に関与する時期です。
したがって、今回の差が「口腔刺激の内容」によるものなのか、「追加された触覚・接触時間」を含む複合効果なのかは、現段階では完全には分かりません。
試験登録は研究終了後でした
臨床試験を評価するとき、もう一つ重要なのが試験登録です。
原著には、ChiCTR2600126146、2026年6月4日登録、retrospectively registeredと明記されています。
一方、Figure 2ではscreening期間が2020年1月から2025年12月となっています。
そして論文のreceived dateは2026年6月11日です。
時系列としては、2025年12月までにscreening終了、2026年6月4日に試験登録、その7日後の6月11日に論文投稿となります。
retrospective registrationだから研究結果が誤っている、という意味ではありません。
しかし今回のように、HbOかHbRか、どの周波数帯を使うか、どの前処理をするか、どの相関法を使うか、どのsparsityを選ぶか、どのnetwork metricを主要評価項目にするかなど、解析上の選択肢が比較的多い研究では、研究開始前に固定されたprotocolとstatistical analysis planがあることは特に重要です。
公開Supplementary Material 1のCONSORT checklistでは、trial protocolとstatistical analysis planのアクセス先を本文page 11と申告しています。
しかし、現在公開されているArticle in Press本文からは、その公開先を確認できません。
したがって、HbRを主要解析に使うことや、S=0.15を固定thresholdとすることなどが研究開始前から規定されていたかは、現在公開されている資料だけでは独立確認できません。
Figure 2には出生体重条件の不整合があります
細かな点ですが、記録しておきたいところです。
Methodsではinclusion criteriaとして、birth weight ≤2500gと明記されています。
一方、Figure 2のflowchartでは、birth weight ≥2500gと表示されています。
実際の対象児の出生体重やMethodsの記載から考えれば、Figure 2側の不等号が逆になった誤植と考えるのが自然です。
現在はArticle in Pressですので、最終版で修正される可能性があります。
研究の主要結論を左右する問題ではありませんが、図だけを見た読者は混乱する部分です。
PIOMIの臨床エビデンスは「有望」ですが、評価はまだ揺れています
では、脳networkとは別に、PIOMIそのもののfeedingへの効果はどこまで確かなのでしょうか。
これまでPIOMIやoral motor stimulationでは、oral feeding readiness、完全経口摂取までの期間、feeding efficiency、weight gain、入院期間などを評価する研究が多数行われています。
例えばBandyopadhyayらのRCTでは、full spoon feedingまでの期間がPIOMI群9.93日、対照群16.43日で、平均差は−6.5日でした。
一方、すべての研究、すべてのoutcomeが同じ方向に揃っているわけではありません。
2026年のPuspitasariらのsystematic review/meta-analysisでは、low risk of biasの研究だけをみるとPIOMIは完全経口摂取までの期間を有意に短縮していました。
ところが、対象となる研究をすべてpoolすると、MD −5.43日、95%CI −12.35〜1.49、p=0.12、I²=76%となり、統計学的有意差はなくなりました。
研究の質や介入方法によって結果がかなり変わることを示しています。
2024年のMahmoodabadiらのmeta-analysisでも、PIOMI subgroupではpositive signalがある一方、独立経口摂取ではI²=93.73%、退院時体重ではI²=96.64%と非常に大きなheterogeneityがみられています。
一方、2026年のAsadiらによるPIOMI-specific meta-analysisは14件のRCT、855人をまとめ、完全経口摂取への移行について約3.9日の短縮を報告し、この主要結果のcertaintyをmoderateと評価しています。
Cochrane Review 2023では、oral stimulation全体として28試験、1831人が対象となりましたが、methodological limitations、heterogeneity、imprecisionのため、多くのoutcomeのcertaintyはlowまたはvery lowと評価されています。
つまり現時点のPIOMIエビデンスを一言で表現するなら、「経口摂取への移行を早める可能性はかなり示されているが、研究方法や介入量の違いが大きく、効果量と確実性の評価はsystematic reviewによっても揺れている」というところでしょう。
「根拠のない介入」ではありません。
しかし、「どの早産児にも、どの方法でも、確実に同じ効果が出る確立した介入」と言える段階でもありません。
今回の研究は「脳」と「feeding」をまだ直接つないでいません
今回のDong研究を読むと、PIOMIから左半球network差が生じ、それがfeeding改善につながる、という一本の線を想像したくなります。
しかし、この線は今回証明されていません。
fNIRS networkは評価されていますが、「左global efficiencyが高かった児ほど完全経口摂取が早かった」「AIがより左方化した児ほど吸啜が改善した」という対応関係は検証されていません。
したがって今回確認されたのは、PIOMI群と対照群で14日後の脳network metricに差があったというところまでです。
その差がfeeding能力改善を説明しているかは、まだ分かりません。

今回確認されたこと
PIOMI系介入
↓
14日後の左半球network metricに群間差
まだ確認されていないこと
左半球network差
↓
吸啜改善
↓
嚥下・経口摂取改善
↓
長期の言語・認知・運動発達
長期的な知能や言語発達が良くなる研究ではありません
ここは特に重要です。
今回測定されたのは14日後のfNIRS network metricです。
IQを測った研究ではありません。
言語発達を長期追跡した研究でもありません。
学習能力や認知機能を評価した研究でもありません。
著者自身も、今回観察された短期的な左方化が3〜6か月後に自然発達によって弱まる可能性や、長期的な意味が分からないことをlimitationsで認めています。
今後は6、12、24か月でBayleyやGriffithsなどを用いたfollow-upが必要としています。
なお、PIOMIそのものには3か月、6か月程度のneuromotor outcomeまで追跡した研究があります。
ですから「PIOMIと神経発達を追った研究が全くない」わけではありません。
しかし今回のfNIRSで観察された左半球network差が、将来のIQ、言語、認知能力に結びつくという証拠はありません。
一般の赤ちゃんへ家庭で行う「脳育トレーニング」でもありません
さらに重要なのは、今回の対象がNICUで管理される早産児だということです。
この研究から、健康な正期産児の口を家庭で刺激する、舌を繰り返しこする、強く吸啜させるといったことを勧めることはできません。
早産児のfeeding interventionでは、呼吸状態、SpO₂、心拍、徐脈、疲労、嚥下、誤嚥、全身状態などを見ながら進める必要があります。
今回の研究では、事前研修と一致度評価を受けた看護師が規定の手順に沿ってPIOMIを実施しています。
したがって、この研究を家庭で独自に口腔刺激を行う根拠にはできません。
また、赤ちゃんの哺乳障害にはさまざまな原因があります。
例えば舌小帯短縮症と哺乳への影響のような解剖学的問題もあれば、呼吸、神経、全身疾患、早産による未熟性などが複合している場合もあります。
「口を刺激すればよい」と単純化することはできません。
歯科医として、この研究が面白いと思う理由
今回の研究を読んで最も面白いのは、「左半球の数値が上がった」という結果だけではありません。
もっと根本的なところです。
歯科医は日常的に、歯、歯列、咬合、舌、口唇、咀嚼筋、唾液、嚥下を診ています。
しかし発達という時間軸で見ると、これらは歯の萌出後に突然完成する機能ではありません。
歯が生えるはるか前から、口は外界を感じ、運動し、呼吸と協調し、中枢神経系と情報をやり取りしています。
そして発達初期の脳も、外から刺激されるまで何もない「白紙」ではありません。
胎児期には自発活動によって基本的な神経回路が自己組織化され、その後、外界からの感覚入力が加わることでnetworkがさらに調整されていくと考えられています。
つまり、刺激が脳をゼロから作るのではありません。
すでに激しく自己組織化している発達中の神経系へ、口腔、聴覚、視覚、触覚、姿勢、運動などのさまざまな入力が加わり、そのnetworkが発達していきます。
今回のPIOMI研究は、その膨大な感覚入力の一つである「口腔からの入力」を取り出し、脳networkという視点から見ようとした研究です。
この発想自体には大きな価値があると思います。
今回の研究から言えること、まだ言えないこと
今回の研究から言えるのは、早産児66人のランダム化比較試験で、介入前にはglobal/local efficiencyに明瞭な群間差がなかったこと、14日後にはPIOMI群の左半球global efficiencyとlocal efficiencyが対照群より高かったこと、AIでもPIOMI群に左方化patternがみられたことです。
右半球では統計学的に有意な群間差が確認されませんでしたが、それは右半球に全く効果がないことの証明ではありません。
また、吸啜を含む口腔感覚運動入力が中枢神経系と密接に関係するという考え方には、sCPGや過去のorocutaneous stimulation研究から生理学的な妥当性があります。
一方で、今回の結果だけでは、PIOMIによって左半球networkの「発達速度」が有意に上がったとは確定できません。
左方化が「正常化」や「より良い脳発達」を意味するとも言えません。
知能、言語、認知能力が向上するとは言えません。
network差がfeeding改善を仲介したとも言えません。
原型の5分PIOMIでも同じ結果になるとは限りません。
正期産児や一般乳幼児へそのまま外挿することもできません。
「口は脳につながっている」は正しい。しかし、その先はこれからです
「口と脳は関係していますか」と聞かれれば、もちろん関係しています。
口腔は感覚と運動が非常に密集した領域です。
吸啜、嚥下、咀嚼、構音は、中枢神経系から独立した単なる筋肉運動ではありません。
その意味で今回の研究は、「発達初期の口腔感覚運動入力が、脳networkの組織化にも反映されるのではないか」という非常に面白い問いへ一歩踏み込んだ研究です。
ただし、面白い研究ほど結果を大きく言い過ぎないことが大切です。
- 66人
- 単施設
- 14日間
- fNIRSという間接指標
- 固定sparsity
- 研究終了後の試験登録
- group × time interactionなし
- 長期follow-upなし
こうした条件を残したまま、「口への刺激で脳が発達した」と表現すれば、論文が実際に示した範囲を越えてしまいます。
それでも、この研究を歯科医が読む意味は大きいと思います。
歯科医は歯が生えてから口を診始めるわけではありません。
口は出生した瞬間からすでに、食べる器官であり、感じる器官であり、動く器官であり、呼吸と協調する器官であり、中枢神経系と絶えず情報をやり取りする感覚運動器官です。
今回のRCTは、その関係をbrain networkという形で可視化しようとした興味深い一歩です。
左半球に現れた差が何を意味するのか。
それがfeeding能力と本当につながるのか。
数か月後、数年後の発達に残るのか。
原型の5分PIOMIでも再現するのか。
別施設、別解析手順、HbO/HbRの両方でも再現するのか。
そこまで分かって初めて、今回観察された14日後のnetwork differenceが臨床的に何を意味していたのかが見えてくるのだと思います。
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