2026年9月27日

(歯科助手さんの治療見学ノート)

はじめに
診療室で、もしこんな前歯のくぼみに出会ったら――。
虫歯らしい黒い穴があるわけではありません。
大きく欠けているようにも見えません。
でも、前歯の先――歯科では「切縁(せつえん)」と呼ぶ部分に、小さなくぼみがあります。
よく見ると、少しV字のような形です。
先生はその1本だけを見るのではなく、下の前歯や隣の歯、反対側の歯まで確認します。
そして、こんなことを患者さんに尋ねるかもしれません。
「殻付きのヒマワリの種を、前歯で割って食べることはありますか?」
ヒマワリの種?
前歯の小さなくぼみから、そこまで食べ方を聞くんだ。
気になって調べてみると、2026年9月25日、Frontiers in Oral Health に、まさにこのテーマをまとめた論文が公開されていました。
タイトルは、
Tooth surface loss associated with unshelled sunflower seed consumption: a scoping review
殻付きヒマワリ種を食べる習慣と、歯の表面が失われる「歯質喪失」をまとめたスコーピングレビューです。
今回は、
ヒマワリの種を前歯で割り続けると、本当に特徴的なくぼみができるのか?
そして、
先生はなぜ、前歯の形を見ただけで食生活や仕事、普段の癖まで聞くのか?
を、今回まとめられた8報を中心に追いかけてみます。

「殻付きヒマワリの種を食べる」とは、殻ごと食べることではありません
まず最初に、ここは少し説明が必要です。
今回の論文でいう「殻付きヒマワリ種」は、殻が付いた状態の種を指します。
ただし、殻そのものを食べるわけではありません。
殻付きの種を上下の前歯の間に置き、前歯で力を加えて殻を割る。
そのあと殻を捨て、中身だけを食べます。
今回のレビューでも、対象となる食べ方は、
殻が付いた種を上下の前歯の間に置き、噛む力で殻を破って中身を取り出す行為
として定義されています。
論文の図1には、実際に殻付きの種を上下の前歯で挟んでいる様子も示されています。
つまり今回問題になっているのは、
「ヒマワリの種を食べること」そのものではありません。
注目されているのは、
殻付きの種を前歯で繰り返し割る、という食べ方
です。

9月25日の論文は、6つの情報源から研究を集めました
今回の研究は「スコーピングレビュー」です。
これは、あるテーマについて現在どんな研究が存在し、どこまで分かっていて、何がまだ分かっていないのかを広く整理する方法です。
研究者らは、
- PubMed
- MEDLINE
- Scopus
- Embase
- Web of Science
- Google Scholar
を検索しました。
開始時点から2026年8月までの文献を調べ、最初に651件を抽出。
239件の重複を除き、412件のタイトルと抄録を確認したあと、最終的に8報が採用されました。
ここで「8研究」ではなく「8報」と書いているのには理由があります。
内訳は、
- 横断研究 2報
- 症例報告 3報
- 症例集積 2報
- 未発表症例を含む叙述的レビュー 1報
でした。
つまり、
8つの大規模研究をまとめて結果を統合した研究ではありません。
症例報告や少人数の症例集積がかなり多く含まれています。
さらに、研究方法や評価項目がばらばらだったため、今回のレビューでは研究の質を一定の方法で点数化するような正式な批判的評価も行われていません。
また、レビューの計画は事前登録されておらず、対象は英語で出版された論文に限られています。
非英語文献を除外したことは、著者ら自身も限界として挙げています。
なのでこの論文は、
「ヒマワリ種を食べると歯が何倍削れやすい」
と答えるものではありません。
今までに、
どんな歯科所見が報告されているのかを整理した研究
と考えるのが正確です。

8報の中で最も繰り返し報告されたのが「前歯の先のくぼみ」
8報を並べたとき、最も一貫して報告されていたのが、
incisal notching(切縁ノッチ)
でした。
「incisal」は前歯の先端である切縁。
「notch」は切り込みやくぼみという意味です。
つまり、
前歯の先にできる特徴的なくぼみ
です。
しかも報告された形には、
V字型
U字型
の両方がありました。
この切縁ノッチは、
- 横断研究2報
- 症例報告2報
- 症例集積2報
- 叙述的レビューに含まれる1症例
で報告されています。
つまり、
採用8報のうち7報で切縁ノッチが報告されていた
ことになります。
ただし、ここは非常に大切です。
「8報中7報」は、
ヒマワリ種を食べる人の87.5%にくぼみができた
という意味ではありません。
あくまで、
「8本の論文のうち7本に、その所見が書かれていた」
という話です。
症例報告は、そもそも特徴的な患者さんを取り上げて報告する研究です。
そのため、この7/8という数字を一般の人の発症率へ置き換えることはできません。
さらに、この7報の中に含まれる1本の横断研究では、ヒマワリ種だけではなく、ほかの乾燥・ロースト種子もまとめて評価されています。
そのため、
7報すべてが「ヒマワリ種だけ」の影響を独立して調べた研究というわけでもありません。
ここも今回のエビデンスを読むうえで大切な注意点です。

どうしてV字やU字のくぼみになるのでしょう?
今回のレビューでは、この歯質喪失は主として摩耗(abrasion)で説明しやすいと考えられています。
歯のすり減りには、いくつか違う仕組みがあります。
咬耗(attrition)
歯と歯が直接こすれ合うことで起こる摩耗。
酸蝕(erosion)
細菌が作る酸とは別に、飲食物や胃酸などの酸によって歯質が化学的に失われるもの。
摩耗(abrasion)
歯以外の物体との接触や摩擦によって歯質が失われるもの。
殻付きヒマワリ種の場合は、
前歯と「種の殻」が繰り返し接触します。
そのため、今回報告されている歯質喪失は、歯以外の物体との反復接触による摩耗と最も整合すると考えられています。
考え方はかなり分かりやすいです。
同じあたりに種を置く。
上下の前歯で挟む。
殻を割る。
そして、それを長期間にわたって繰り返す。
すると、殻がいつも接触する場所へ機械的な負荷が集中し、局所的なくぼみとして残る可能性があります。
ただし、
この仕組み自体を直接証明した実験は、今回採用された8報にはありません。
殻を割るときにどのくらいの力が加わるのか。
殻の種類や硬さで力がどれだけ変わるのか。
その力で歯質がどの程度失われるのか。
こうしたことは、まだ十分に測定されていません。
著者らも、殻割り時の力や歯への影響を測定する生体力学的研究が今後必要だとしています。
つまり、
「殻で前歯が削れることが実験で証明された」
わけではありません。
正確には、
「殻付きヒマワリ種を前歯で割る人に特徴的な切縁ノッチが繰り返し報告され、その形は反復する機械的接触で説明しやすい」
という段階です。

上の前歯だけではなく、下の前歯まで見る理由
ヒマワリの種は、上の前歯だけで割るわけではありません。
上下の前歯の間へ種を挟み、両方から力をかけて殻を割ります。
2017年の症例報告について、今回のレビューでは、上顎・下顎の切歯に約2mmの目立つノッチがあったことがまとめられています。
また、今回のレビューの図1では、殻付きヒマワリ種を実際に前歯のノッチ部分へ置いた臨床写真も示されています。
ここを読んで、先生がなぜ上の前歯だけではなく、下の前歯や周囲の歯まで見るのかが少し分かります。
大切なのは、
「この1本が削れている」
だけではありません。
どの歯が削れているのか。
ほかの前歯にも同じような変化があるのか。
上下の歯にどんな摩耗パターンがあるのか。
口の中全体を見ながら、
どこに、どんな力が繰り返しかかっていた可能性があるのか
を考えているわけです。
2025年の8症例では、22本の前歯に切縁ノッチ
2025年に報告された症例集積では、8人の患者さんが調べられています。
男性4人、女性4人。
7人がマレーシア人で、1人がイラン人でした。
この8人では、合計22本の前歯に切縁ノッチが確認されました。
その中では、上顎右側中切歯が最も多く影響を受けた歯でした。
ただし、ここから、
「右上の前歯が一番削れやすい」
とは言えません。
対象は8人だけです。
さらに、
- どのくらいの頻度で種を食べていたのか
- 何年間続けていたのか
- 1回にどれくらい食べていたのか
- 生涯でどの程度の量になったのか
といった情報が十分記録されていませんでした。
診断も統一された基準だけで行われたわけではありません。
「どの歯が最も削れやすいのか」という一般則を作るには、まだ研究が足りません。
2026年の11症例では、V字・U字の両方が報告されました
2026年には、中国系の11症例をまとめた症例集積も報告されています。
ここでは、
V字型
U字型
の切縁ノッチが確認されました。
さらに、頻繁に殻付きヒマワリ種を食べていた人では、1〜2mmの深い病変も記録されています。
そのほか、
- 象牙質知覚過敏
- 前歯の切縁破折
- 歯の変色
- エナメル質の細かな亀裂
なども報告されました。
また少数例では、
- 歯根膜腔の拡大
- 歯と歯の間の骨の減少
- 顎関節関連の所見
も記録されています。
ここだけ読むと、
「たくさん食べるほど深くなるのでは?」
と思いたくなります。
でも現在は、そこまで言えません。
今回のレビューは、摂取頻度・期間・累積量と摩耗の重症度との関係を十分評価できなかったとしています。
つまり、
「毎日○粒、○年間食べると1mm削れる」
というような量と結果の関係は、まだ分かっていません。

「前歯にV字がある=ヒマワリの種」と決めてはいけません
では、V字やU字のくぼみを見つけたら、
「これはヒマワリの種ですね」
と診断できるのでしょうか。
もちろん、そんなに単純ではありません。
歯の摩耗は、複数の要因が重なって起こることがあります。
一般的な歯の摩耗をまとめた文献でも、内因性の酸、飲食物などの外因性の酸、歯と歯の接触、歯以外の物体との接触などが関係し得るとされています。
たとえば歯ぎしりなどでは、上下の歯が直接こすれます。
この場合、前歯の先端が平らになったり、上下の歯に対応する摩耗面がみられたりすることがあります。
一方、酸による歯質喪失では、飲食物や胃酸などによる化学的な作用が関係します。
また、歯ブラシなど歯以外の物体との接触が関与する摩耗では、歯ぐきに近い歯頸部や頬側に病変がみられることもあります。
一般的な歯の摩耗は一つの原因だけで説明できないことも多いため、
「歯ブラシのせい」
と形だけで決めつけることもできません。
つまり、
同じV字でも、どこにあるV字なのかが大切です。
今回ヒマワリ種との関連で報告されているのは、
歯ぐきの境目ではなく、前歯の先にできるV字・U字の切縁ノッチ
です。
歯ぐき付近の歯が削れている場合については、以前のコラムでも詳しく紹介しています。

だから先生は「食べ物」だけではなく「仕事」まで聞きます
今回のレビューには、診察で確認したい項目をまとめた表があります。
そこには、
- ヒマワリ種の種類
- 生なのか、乾燥・ローストなのか
- 塩味なのか
- 食べる頻度
- スイカやカボチャなど、ほかの種子を食べる習慣
- ペンを噛む癖
- 爪を噛む癖
- パイプをくわえる習慣
- 仕事でネジやピンを前歯に挟む習慣
- 摂食障害
- 胃食道逆流症
などが挙げられています。
「前歯の小さなくぼみなのに、なぜ仕事まで聞くんだろう?」
と思いますが、理由はかなり合理的です。
前歯に局所的な摩耗を作るのは、食べ物だけではありません。
一般的な歯の摩耗を扱った文献でも、
楽器との接触、ペン噛み、爪噛みなどによって前歯の先に通常とは違う摩耗パターンが現れることがある
とされています。
つまり先生は、
「ヒマワリの種を食べますか?」
という一問だけで原因を決めようとしているわけではありません。
どの歯が削れているのか。
周りの歯はどうか。
歯ぎしりらしい摩耗面はないか。
酸による歯質喪失の可能性はないか。
前歯で何かを噛む癖はないか。
仕事で何かを歯に挟まないか。
そうやって候補を一つずつ整理しているわけです。

ロースト・塩・クエン酸は関係するのでしょうか?
今回のレビューには、もう一つ興味深い仮説が出てきます。
著者らは、
乾燥・ローストした種、とくに塩やクエン酸を用いて調製されたものでは、殻の摩耗性が高くなる可能性
について触れています。
さらに一般的な歯の摩耗では、
酸によってエナメル質や象牙質の表面が軟らかくなると、その後の機械的な摩耗を受けやすくなる可能性があります。
そう考えると、
酸による歯面の変化
+
殻を割る機械的接触
が重なる可能性も考えられます。
ただし、ここはまだ仮説です。
今回の8報では、
「クエン酸を使ったヒマワリ種」と「使っていないヒマワリ種」を比較し、歯の摩耗量を測定した研究はありません。
レビューも、この酸と機械的摩耗の組み合わせについては、まだ直接検証されていないとしています。
ですから、
「クエン酸入りだから歯が削れる」
とは言えません。
酸そのものによる歯質喪失については、こちらの記事で詳しく解説しています。
酸蝕症の症状、原因、治療法:生活習慣がもたらす「歯の化学的摩耗」とその臨床対応
くぼみが深ければ、必ずしみるわけではありません
歯が削れれば、すぐ痛くなりそうに思えます。
でも症例を見ていると、そう単純でもありません。
一部の症例では象牙質知覚過敏が報告されていますが、切縁ノッチそのものが必ず症状を伴うわけではありません。
今回の11症例の報告でも、知覚過敏は「追加所見の一つ」として記載されています。
つまり、
「痛くないから摩耗していない」
とも、
「ノッチがあるから必ずしみる」
とも言えません。
また、
ノッチと歯の破折は同じではありません。
長期間の反復接触で歯質が少しずつ失われたくぼみと、ある時点で歯質が割れた切縁破折は分けて考える必要があります。
今回のレビューでは切縁破折も報告されていますが、最も一貫してみられた所見はあくまで切縁ノッチでした。
歯ぐきが下がる?顎関節にも影響する?――ここは証拠の強さが違います
今回のレビューには、切縁ノッチ以外にもいろいろな所見が書かれています。
たとえば、
- 歯肉退縮
- 歯肉出血
- 歯根膜腔の拡大
- 歯槽骨の変化
- 顎関節音
- 咀嚼筋の圧痛
などです。
でも、ここは切縁ノッチと同じ強さで扱ってはいけません。
今回最も繰り返し報告されていたのは、
前歯の切縁ノッチ
です。
一方、歯周組織や顎関節の所見は、少数の症例報告や単一の症例集積に限られています。
レビューの図3でも、V字・U字の切縁ノッチは比較的一貫して報告された所見として扱われる一方、歯周所見、顎関節所見、インプラント周囲の炎症などは、まだ探索的な所見として整理されています。
つまり、
「ヒマワリの種を前歯で割ると歯ぐきが下がる」
とも、
「顎関節症になる」
とも、現時点では言えません。

インプラント周囲にヒマワリ種の殻が入り込んだ症例もありました
8報の中には、少し毛色の違う症例もあります。
2014年の症例報告では、ヒマワリ種の殻がインプラント周囲の溝へ入り込み、
- 発赤
- 排膿
- 局所的な炎症
が確認されました。
ただしこれは、
「ヒマワリ種を食べると歯周病になる」
という話ではありません。
殻が物理的な異物としてインプラント周囲へ入り込んだ、局所的な異物性トラブルです。
今回の前歯の摩耗とは、仕組みがまったく違います。
先日の「口琴プロ奏者62人」と、少し似ています
この論文を読んでいて、以前の治療見学ノートで取り上げた研究を思い出しました。
南インドの伝統楽器「モルシング」、いわゆる口琴のプロ奏者62人を調べた研究です。
モルシングは、金属部分を前歯へ接触させながら演奏します。
その研究では、62人中36人、58.1%に、研究基準上の中等度〜重度の前歯の摩耗が確認されました。
ヒマワリ種と口琴。
食べ物と楽器です。
まったく別物ですが、一つ似ています。
特定の物を、長期間、前歯の決まった場所へ繰り返し接触させること。
口琴では金属。
今回は種の殻。
どちらも、文化的な行動が歯の形へ痕跡として現れる可能性を考えさせるテーマです。
ただし、口琴研究にも限界があります。
比較群のない横断研究で、対象は62人。
さらに年齢と演奏歴が強く関連していたため、加齢による摩耗と演奏による摩耗を完全には分けられません。
研究者自身も、今後の研究につなげるための予備的な研究と位置づけています。
口琴も、
「楽器が原因と証明された」
わけではありません。
今回も、
「ヒマワリ種が原因と証明された」
わけではありません。
でも、
物を繰り返し前歯へ当てる行為と、その接触部位の摩耗
という共通点は、とても興味深いと思います。
口琴の研究については、こちらで詳しく紹介しています。
楽器で前歯がすり減る?南インドの“口琴”プロ奏者62人、58%に中等度〜重度の摩耗

歯は、食べ物だけでなく「使い方」の痕跡を残すことがあります
考えてみると、人は歯を食事だけに使っているわけではありません。
ペンを噛む。
爪を噛む。
物を前歯で挟む。
仕事で小さな物を歯に保持する。
楽器を歯へ当てる。
種の殻を割る。
前歯を、少し道具のように使うことがあります。
その使い方が長く続けば、接触していた場所に特徴的な摩耗が現れることがあります。
ただし、
痕跡があることと、原因が証明されたことは別です。
だから歯科では、
- 形
- 場所
- 左右差
- 上下の歯の状態
- 周囲の摩耗
- 食生活
- 酸への曝露
- 歯ぎしり
- 仕事
- 日常の癖
を合わせて考えます。
先生が見ているのは、
「V字かどうか」
だけではありません。
「昔できたくぼみ」なのか「今も進んでいる」のか
もう一つ大切なのが、
現在も進行しているのかどうか
です。
昔は殻付きヒマワリ種を頻繁に食べていたけれど、今は食べていない人。
今も習慣が続いている人。
どちらも診察したその日に、同じようなくぼみが見える可能性があります。
1回の診察だけで、
「深いから今も急速に進んでいる」
とは言えません。

一般的な歯の摩耗では、経過観察が重要とされています。
写真や模型、臨床的な評価法などを使って前回と比較し、進行しているかを見る方法があります。
さらに、口腔内スキャナーで3次元データを残し、将来のデータと比較して摩耗の進行量を測定する方法も研究されています。
ただし、これはあくまで一般的な歯の摩耗に関する話です。
ヒマワリ種による切縁ノッチを口腔内スキャンで長期間追跡した十分な研究があるわけではありません。
今回のレビューが今後必要としているのも、まさにこうした長期追跡研究です。
見つかったら、全部レジンで埋めるのでしょうか?
ここも大事なところです。
今回のレビューからは、
「切縁ノッチがあれば全員この治療をする」
というヒマワリ種専用の治療基準は作れません。
レビューには、歯質喪失の程度に応じた管理案として、
- 習慣への助言
- 知覚過敏への対応
- 必要に応じたコンポジットレジン修復
- より大きな歯質喪失では補綴治療
などが挙げられています。
しかし著者ら自身が、
これらは一般的な歯の摩耗の管理法から当てはめたものであり、ヒマワリ種関連の摩耗だけを対象に治療効果を確かめた研究はない
と明記しています。
つまり、
ノッチがある=すぐ削って詰める
ではありません。
実際には、
- どのくらい歯質が失われているか
- 今も進行している可能性があるか
- しみるか
- 痛みがあるか
- 見た目が気になるか
- 噛む機能に影響しているか
- 原因候補となる習慣が続いているか
などを個別に見て考えます。
治療するかどうか以前に、
なぜそこが削れた可能性があるのかを探すことが大切
ということです。
「ヒマワリ種を食べない」ではなく、「前歯で殻を割らない」
今回のレビューでは、代替案として、
殻を取り除いたヒマワリ種の中身を食べる
方法も挙げられています。
ここでも大切なのは、
ヒマワリの種そのものを悪者にしないこと
です。
問題として考えられているのは、
前歯で殻を繰り返し割るという機械的な負荷
です。
ただし、
「前歯で割るのをやめれば、その後の摩耗が何%減る」
といった介入研究もまだありません。
著者らも、こうした習慣変更の有効性を直接検証した研究はないとしています。
理屈としては合理的でも、
「これで必ず進行が止まる」と証明されたわけではありません。
この8報で比較的一貫していたこと
ここで一度整理してみます。
現在の8報で比較的一貫していたのは、
殻付きヒマワリ種を前歯で割る習慣のある人で、前歯のV字・U字の切縁ノッチが複数の報告に繰り返し登場している
ということです。
8報の中でも、切縁ノッチは最も一貫して報告された所見でした。
また、
種殻との反復する機械的接触が関係する
という説明は、現在報告されている所見とよく整合します。
一方で、まだ分からないことはかなりあります。
まだ分からないこと
たとえば、
- 殻付きヒマワリ種を食べる人の何%にノッチができるのか
- 食べない人と比べて何倍起こりやすいのか
- 1日何粒からリスクが上がるのか
- 何年間続けるとできるのか
- 生の種とローストした種で違うのか
- 塩やクエン酸がどの程度関係するのか
- V字とU字には進行段階の違いがあるのか
- 1年間に何mm、何µm進むのか
- 習慣を中止すると進行が止まるのか
- 歯肉退縮や顎関節所見と本当に因果関係があるのか
- 最も効果的な予防法は何か
- 最適な治療法は何か
こうしたことは、まだ答えが出ていません。
今回のレビューも、今後必要な研究として、
- 長期的に追跡する研究
- 適切な比較群を置いた研究
- 摂取頻度・期間・累積量を詳しく測る研究
- 殻を割る際の力を測定する研究
- 地域や文化をまたいだ多施設研究
- 習慣変更による予防効果を調べる研究
などを挙げています。

8報もあるのに、なぜ「原因」とは言えないのでしょう?
最初に「8報」と聞くと、
「8本も論文があるなら、もうヒマワリ種が原因と言っていいのでは?」
と思うかもしれません。
でも、中身を見ると、
症例報告。
症例集積。
小規模な横断研究。
叙述的レビューに含まれる症例。
が中心です。
さらに、
- 摂取頻度が不明
- 摂取期間が不明
- 量が不明
- 殻の割り方が不明
- 一部研究はヒマワリ種以外の乾燥種子も含む
- 研究地域が偏っている
- 英語以外の論文は除外されている
- レビュー計画の事前登録がない
- 長期追跡研究がない
といった問題があります。
さらに、歯周組織、顎関節、重症度に関する所見の一部は、今回のレビュー著者らが関与した単一の症例集積に依存しているため、著者ら自身も慎重に解釈するよう述べています。
だから最終結論もかなり慎重です。
著者らは、殻付きヒマワリ種を前歯で割る習慣について、
「確立したリスク因子」ではなく、「歯質喪失に関与している可能性がある曝露」
として考えるべきだとしています。
この違いはとても重要です。
先生が見ていたのは、前歯の形だけではありませんでした
最初の診療室の場面に戻ります。
V字のくぼみを見たからといって、
「ヒマワリの種だ」
と形だけで原因を当てているわけではありません。
先生は、
どの歯が削れているのか。
隣の歯はどうか。
上下の歯にはどんな摩耗があるか。
歯ぎしりらしい平らな摩耗面はないか。
酸による歯質喪失を疑う所見はないか。
前歯で何かを噛む癖はないか。
仕事で何かを歯に挟まないか。
食生活はどうか。
そんな情報を一つずつ集めていきます。
歯の形だけで原因を決めているわけではありません。
歯に残った形を手掛かりに、
その歯がこれまでどんな使われ方をしてきた可能性があるのか
を考えているのです。
少し前に見た口琴の研究では、楽器と前歯との繰り返し接触が問題になっていました。
今回は、食べ物の殻です。
まったく違う文化、まったく違う行動です。
それでも、
同じ場所へ同じ物が繰り返し触れることで、その人特有の「歯の使い方」が形として残ることがある。
歯科で見ているのは、虫歯や歯周病だけではありません。
前歯のほんの小さなV字やU字からでも、食文化や生活習慣を考える手掛かりが見つかることがあります。
もちろん、その形だけでヒマワリの種が原因と断定することはできません。
それでも今回の8報は、
歯には、毎日の「使い方」が痕跡として残ることがある――そんな可能性を考えさせてくれる研究でした。
参考文献
- Veerabhadrappa SK, Ramachandra SS, Yadav S, Adtani P, Porntaveetus T. Tooth surface loss associated with unshelled sunflower seed consumption: a scoping review. Front Oral Health. 2026;7:1889799. doi:10.3389/froh.2026.1889799.
- Rath A, Ramamurthy PH, Fernandes BA, Sidhu P. Effect of dried sunflower seeds on incisal edge abrasion: a rare case report. J Conserv Dent. 2017;20(2):134-136. doi:10.4103/0972-0707.212237.
- Warreth A, Abuhijleh E, Almaghribi MA, Mahwal G, Ashawish A. Tooth surface loss: a review of literature. Saudi Dent J. 2020;32(2):53-60. doi:10.1016/j.sdentj.2019.09.004.
- Al-Habahbeh MR, Al-Batayneh OB, Al-Jutaily S, Dar-Odeh NS, Abu-Hammad OA. Effect of dried roasted seeds on tooth surface loss. Pak Oral Dent J. 2011;31(2):439-442.
- Bidra AS. Nonsurgical management of inflammatory periimplant disease caused by food impaction: a clinical report. J Prosthet Dent. 2014;111(2):96-100. doi:10.1016/j.prosdent.2013.06.017.
- Veerabhadrappa SK, Ramachandra SS, Yadav S, Lee XY, Leng LG. Oral health implications of shelled sunflower seed chewing: a clinical case series. Oral Dis. 2026;32(1):251-253. doi:10.1111/odi.70033.
- Yüce M, Kaya EN, Tarçın B, Gümrü Tarçın B. Incisal tooth wear associated with prolonged sunflower seed chewing: a case report. Eur J Res Dent. 2025;9(3):215-220. doi:10.29228/erd.118.
- Vanishree HS, Tegginamani A. Unusual incisor tooth wear: a diagnostic sign of dietary habits. Acta Stomatol Naissi. 2025;41:3137-3141. doi:10.5937/asn41-55799.
- Rusu Olaru A, Popescu MR, Dragomir LP, et al. Identifying the etiological factors involved in the occurrence of non-carious lesions. Curr Health Sci J. 2019;45(2):227-234. doi:10.12865/CHSJ.45.02.15.
- Smith BG, Knight JK. An index for measuring the wear of teeth. Br Dent J. 1984;156(12):435-438. doi:10.1038/sj.bdj.4805394.
- Bartlett D, Ganss C, Lussi A. Basic Erosive Wear Examination (BEWE): a new scoring system for scientific and clinical needs. Clin Oral Investig. 2008;12(Suppl 1):S65-S68. doi:10.1007/s00784-007-0181-5.
- Chan AKY, Tsang YC, Lai EHH, Chu CH. Tooth Wear in Older Adults: A Review of Clinical Studies. Geriatrics. 2024;9:12.
- Leven AJ, Ashley M. Epidemiology, aetiology and prevention of tooth wear. Br Dent J. 2023;234(6):439-443. doi:10.1038/s41415-023-5624-0.
- Jagtha SS, Sruthi KG, Krishnaraj D, et al. Oral and perioral changes in professional morsing players: a descriptive exploratory pilot study. BMC Oral Health. 2026. doi:10.1186/s12903-026-09415-y.
