2026年9月24日

(歯科助手さんの治療見学ノート)

はじめに
「えっ、それ、前歯に当てて演奏するんですか?」
歯科助手として治療を見ていると、患者さんの歯に何が当たっているのか、どんな力がかかっているのかが妙に気になるようになります。
そんな目で見ると、かなり気になる楽器があります。
南インドの伝統音楽で使われるmorsing(モルシング)です。
モルシングは、日本でいう「口琴」の仲間にあたる小さな金属製の楽器です。
しかもこの楽器、金属部分を前歯付近へ当てて演奏します。
中央にある細い金属部分を指ではじき、その振動を口の中で響かせながら、舌の位置や口腔内の空間を変えて音色を作ります。
歯科で働いていると、どうしても思ってしまいます。
「これを何年も、何十年も演奏していたら、前歯はどうなるんだろう?」
すると2026年9月22日、まさにその疑問につながる研究がBMC Oral Healthに公開されました。
研究タイトルは、Oral and perioral changes in professional morsing players: a descriptive exploratory pilot study。
南インドのプロのモルシング奏者を集め、実際に歯科検診を行った研究です。
調べたのは歯のすり減りだけではありません。顎関節、顎の痛み、顔面筋の疲労、口腔粘膜、虫歯、歯周組織など、演奏に関係しそうな口周囲をまとめて評価しています。
結果は、62人中36人、58.1%に研究上「中等度〜重度」と分類される前歯のすり減りが認められました。
さらに、72.6%が演奏中の顔面筋疲労を訴えていました。
なかなか目を引く数字です。
ただし、この58.1%だけを見て「モルシングで前歯が削れる!」と結論を急ぐのは禁物です。
今回は少し変わった楽器を入口に、演奏家にとって歯や口は何なのかを見ていきます。
そもそもモルシングってどんな楽器?

モルシングは、南インド古典音楽で使われる口琴の一種です。
口の前へ持っていくので、一見すると「吹く楽器」に見えるかもしれません。
しかし、主な音の発生源は息ではありません。
演奏者は2本の金属部分を前歯付近へ位置させて楽器を保持し、反対の手の指で中央の細い金属部分をはじきます。
そこで生じた振動を口腔内で共鳴させ、舌の位置、口の中の空間、鼻腔への気流などを変えることで音色を調整します。
歯科的に気になるのは、金属と前歯が直接関係する演奏法であることです。
なお、モルシング自体は管楽器ではありません。
この記事では後ほどトランペット、クラリネット、サックスなどの研究も紹介しますが、それらをモルシングと同じ楽器として扱うわけではありません。
口・唇・歯へ反復して機械的な負荷が加わる楽器では、これまで何が研究されてきたのかを考えるための比較材料です。
2024年にプロ奏者62人を歯科検診
研究そのものは、2024年5月から7月にインド南部のTamil Naduで行われました。
論文として公開されたのが2026年9月22日です。
対象になったのは、18〜60歳で、少なくとも3年以上継続して演奏しているプロのモルシング奏者62人。
平均年齢は39.1±11.5歳、平均演奏歴は14.8±9.7年でした。
演奏歴は短い人で3年、長い人では37年。30人、48.4%は毎日練習していました。
ただし、この62人はTamil Naduのモルシング奏者全体から無作為に選ばれたわけではありません。
音楽学校や文化団体、さらに奏者から別の奏者を紹介してもらう方法などを使って参加者を集めています。
つまり、今回の58.1%はこの研究の参加条件を満たして集まった62人の中での割合です。すべてのモルシング奏者へそのまま当てはめることはできません。

珍しいテーマですが、検査はかなり本格的です
研究者らが評価したのは、次のような項目です。
- 噛み合わせ
- 顎関節
- 顔面筋
- 口腔粘膜
- 前歯のすり減り
- 口腔清掃状態
- 虫歯
- 歯周組織
前歯のすり減りには、Smith and Knight Tooth Wear Indexという評価法が使われました。
顎関節についても、圧痛、クリック音、下顎を動かしたときの偏位や痛みなどを確認しています。
検査を担当した2人は事前に検査基準をそろえる訓練を受けており、検査者間の一致度を示すCohenのκ係数は0.87でした。
研究には特定の研究助成はなく、著者らは利益相反なしと申告しています。
この記事では「歯のすり減り」と呼びます
ここで用語を一つ整理しておきます。
歯の硬い組織が失われていく現象には、歯と歯の接触、歯以外の物との機械的な接触、酸による化学的な作用など複数の仕組みがあります。
この記事では、原因を一つに限定しない広い意味の「歯のすり減り(tooth wear)」という表現を使います。
今回の研究で歯のすり減りが確認されたからといって、「モルシングによる機械的な摩耗が証明された」わけではありません。
62人中36人、58.1%に中等度〜重度の前歯のすり減り
今回もっとも注目された結果がこちらです。
36/62人、58.1%。
95%信頼区間は45.7〜69.5%でした。
ただし、「58%の人の前歯が全部ひどく削れていた」という意味ではありません。
この研究では、前歯の少なくとも1つの評価面がSmith–Knightの指数で2以上なら、研究上「中等度〜重度の前歯のすり減り」と分類しました。
指数2は、単なるエナメル質表面の軽い変化だけではなく、象牙質の露出を含む段階です。
したがって58.1%という結果を正確に言い換えると、
「62人中36人で、少なくとも1つの前歯表面に、この研究の基準で中等度以上に分類されるすり減りが認められた」
となります。
「前歯の58%が削れていた」でも、「58%が重症だった」でもありません。
研究の数字を見るときには、何を数えて、その割合になったのかまで確認することが大切です。
一番多かったのは、実は前歯のすり減りではありません
結果をもう少し見てみます。
- 演奏中の顔面筋疲労:72.6%(45/62)[95%信頼区間 60.4〜82.1%]
- 中等度〜重度の前歯のすり減り:58.1%(36/62)[45.7〜69.5%]
- 顎関節関連症状:53.2%(33/62)[41.0〜65.1%]
- 演奏中の顎の痛み:37.1%(23/62)[26.2〜49.5%]

つまり、この研究でもっとも多かったのは、前歯のすり減りではなく演奏中の顔面筋疲労でした。
前歯より先に、顔が疲れていました。
もちろん、72.6%に筋肉の病気があったという意味ではありません。
あくまで演奏中に顔の筋肉の疲労を感じていた人の割合です。
著者らは、モルシング演奏では頬筋、口輪筋、咬筋などを持続的・反復的に使うため、長時間の演奏が筋疲労に関係する可能性を考察しています。
演奏家にとって、歯だけが楽器と関係しているわけではありません。
歯、唇、舌、顎、頬、筋肉、そして口腔という空間そのものを使って音を作っているわけです。
他の楽器でも歯や唇への影響は研究されています
モルシングそのものを対象にした歯科研究はほとんどありませんでしたが、「口を使う楽器が歯や口周囲へどう影響するのか」という研究は以前からあります。
2024年の小規模な研究では、開始時に管楽器奏者39人と非奏者19人が参加し、2年間追跡されました。
学校や音楽院からの脱落があり、最終的な解析対象は奏者34人、非奏者17人でした。
この研究では、歯並びや唇、歯の摩耗などを調べ、2年後には前歯の摩耗が奏者で多い方向の結果が報告されています。
ただし、この研究も小規模で観察期間は2年間です。すべての管楽器奏者に同じ変化が起こると一般化することはできません。
そして、楽器によって歯や唇への力のかかり方も違います。
- トランペットなどの金管楽器:吹き口を唇へ押し当てる
- クラリネットやサックス:上顎前歯、吹き口、下唇、下顎前歯が独特の位置関係になる
- オーボエなど:上下の唇を歯の上へ巻き込むようにして演奏する
- モルシング:金属部分が前歯へ直接関係する
同じ「口を使って演奏する楽器」でも、負荷の場所や方向は同じではありません。

クラリネットやサックスでは「何gの力か」まで測られています
さらに面白い研究があります。
クラリネット奏者5人とサックス奏者5人、合計10人の吹き口へ圧力センサーを取り付け、演奏時に下唇付近へ加わる力を測定した研究です。
記録された範囲は、
- クラリネット:16〜226g
- サックス:5〜320g
でした。

ただし、これは10人だけの小規模研究です。
「サックスはいつも320gの力がかかる」という意味ではありません。奏者、音程、吹き方、吹き口などによって条件は変わります。
それでも、演奏中の口への負荷は「なんとなく力がかかっていそう」という話ではなく、実際にセンサーで測れる物理量でもあることが分かります。
では、モルシングでは前歯へ実際にどれくらいの力が加わるのでしょうか。
今回の研究では、そこまでは測定されていません。
次の研究では、前歯へ実際に加わる力を測ることが重要な課題の一つになりそうです。
45歳を超えた奏者では「100%」だった
今回の結果には、58.1%よりさらに派手に見える数字があります。
年齢別に「中等度〜重度」の前歯のすり減りを見ると、
- 18〜30歳:18人中 0%
- 31〜45歳:22人中 63.6%
- 45歳超:22人中 100%
でした。

演奏中の顎の痛みも、18〜30歳では5.6%だったのに対し、45歳超では77.3%でした。
ここだけを見ると、
「モルシングを長く続けると、いずれ全員の前歯がすり減るの?」
と思ってしまいそうです。
でも、この論文で一番大切なのはここからです。
年齢と演奏歴が強く結び付いていました
研究では、年齢と演奏歴の間に、
ρ=0.74
という強い相関がありました。
さらに、
- 年齢と歯のすり減りの点数:ρ=0.78
- 演奏歴と歯のすり減りの点数:ρ=0.74
でした。
つまり、
長くモルシングを演奏してきた人ほど、前歯のすり減りが大きかった。
これは今回の研究で確認された関連です。
しかし同時に、
長く演奏してきた人ほど年齢も高かった。
これも事実です。
歯は長い年月使い続ければ、モルシングを演奏していない人でもすり減りが増える可能性があります。
そのため、今回のデータだけでは、
- モルシングを長年演奏した影響
- 年齢が高くなったことによる影響
を十分に切り離せません。
しかも今回の論文は、記述統計と2項目間の単純な解析が中心です。年齢と演奏歴など複数の要因を同時に入れて、それぞれの影響を分離する多変量解析は示されていません。

著者ら自身も、年齢と演奏歴が強く結び付いているため、演奏による影響と通常の加齢によるすり減りを、対照群なしでは分離できないと指摘しています。
「今たくさん練習している人ほど削れている」でもありません
もう一つ興味深い結果があります。
現在の練習頻度と歯のすり減りの点数との関係は、
ρ=0.26、p=0.039
でした。
統計学的には有意でしたが、関連の強さとしては弱い相関です。
演奏歴とのρ=0.74に比べると、かなり違います。
つまり今回の研究は、「現在たくさん練習している人ほど圧倒的に歯がすり減っていた」という単純な結果ではありません。
累積してきた演奏時間なのか、年齢なのか、楽器を当てる位置なのか、保持する力なのか、演奏技術なのか、歯並びや噛み合わせなのか。
今回のデータだけでは、そこまで分けることはできません。
そして大きな問題――「演奏していない人」がいません
今回の研究には、モルシングを演奏しない対照群がありません。
モルシングそのものの影響をより強く調べるなら、年齢や性別などをできるだけそろえた非奏者と比較したいところです。
今回分かったのは、
「今回の参加基準を満たしたプロのモルシング奏者62人のうち36人、58.1%に研究定義上の前歯のすり減りがあった」
ということです。
「一般の人より58.1%多かった」わけではありません。
そして、「モルシングによって58.1%の人の歯がすり減った」ことを証明したわけでもありません。
今回の研究は、一時点で状態を調べた探索的な横断研究です。
著者らも、今後のより大きな研究につなげるための初期的なデータとして位置付けています。
58.1%って多い?――実は、その質問にはすぐ答えられません
ここで別の歯のすり減り研究を見てみます。
ブラジルの出生コホートに参加した31歳の成人537人を調べた研究では、61.6%に象牙質まで達した歯のすり減りが認められました。
数字だけを見ると、
「一般成人の61.6%の方が、モルシング奏者の58.1%より高いじゃないか」
と思うかもしれません。
しかし、この2つはそのまま比べられません。
31歳成人の研究では、第一大臼歯と前歯を対象に、簡略化した歯の摩耗指数を使って「象牙質まで達したすり減りがあるか」を評価しています。
一方、モルシング研究は前歯を対象にSmith–Knightの指数を使い、少なくとも1面が2以上という基準です。
違うのは、
- 対象年齢
- 国や生活背景
- 調べた歯
- 調べた歯面
- 評価法
- 判定基準
- 対象者の集め方
などです。
したがって、58.1%対61.6%と数字だけを並べて、多い・少ないを決めることはできません。
歯のすり減り研究は、そもそも測り方がかなり違います
2023年に公表されたスコーピングレビューでは、2,702報をスクリーニングし、273研究が採用されました。
そこで使われていた歯のすり減りの評価法は35種類。
同じ「歯がすり減っている人の割合」でも、何を、どこまで、どんな基準で数えるかによって数字は変わります。
医学論文の「○○%」を見るときには、数字だけではなく、その数字の定義まで確認する必要があります。
歯のすり減りは「犯人一人」で説明できるとは限りません
モルシングは金属部分が前歯へ直接関係します。
ですから、機械的な負荷が歯のすり減りに関係するのではないか、という仮説には十分な理由があります。
でも、
「金属が当たる=見つかったすり減りは全部モルシングによるもの」
ではありません。
先ほどの273研究をまとめたレビューでは、年齢や性別、病歴、飲み物、食事、口腔衛生、歯科的な要因、歯ぎしり・食いしばり、行動、ストレスなど、さまざまな因子が検討されていました。
年齢についても、調べた128研究のうち57研究で統計学的な関連が報告されています。
歯の欠損や摩耗を「力だけ」で説明できない理由については、当院でも咬合性外傷とアブフラクション仮説の記事で詳しく解説しています。
酸による影響が重なっていることもあります
歯のすり減りには機械的な要素だけでなく、酸による化学的な歯質喪失も関係します。
酸性飲食物や胃酸などが関係する酸蝕症です。
酸の影響を受けた歯質へ機械的な負荷が重なれば、複数の要素が同時に歯のすり減りへ関係する可能性があります。
今回の研究だけで、「何%が楽器による影響で、何%が年齢や食生活による影響か」と分けることはできません。
研究では歯ぎしり・食いしばりのある人を除外していました
一方、研究者側も競合しそうな原因をまったく考えていなかったわけではありません。
除外基準には、
- ブラキシズム(歯ぎしり・食いしばり)
- 爪を噛む癖
- 物を噛む癖
- 前歯欠損
- 前歯部の補綴物
- 糖尿病や薬剤性口腔乾燥など、口腔状態へ影響し得る一部の全身状態
が含まれていました。
これは分かりやすい競合要因の一部を減らそうとした点では研究の長所です。
ただし、原著からはブラキシズムをどの方法で厳密に判定したのかまでは十分に分かりません。
そして、歯ぎしり・食いしばりのある人を除外したから、残ったすり減りがすべてモルシング由来になるわけでもありません。
ブラキシズムと歯の摩耗所見の関係については、睡眠時ブラキシズムの診断と限界でも取り上げています。
顎関節関連症状は53.2%――「顎関節症53%」ではありません
今回、62人中33人、53.2%に顎関節関連症状が認められました。
また23人、37.1%が演奏中の顎の痛みを訴えています。
ここは言葉に注意が必要です。
今回の53.2%は、クリック音、偏位、圧痛などを含む「顎関節関連症状があった人」の割合です。
「53.2%が顎関節症と診断された」という意味ではありません。
一方、2021年の系統的レビュー・メタ解析では、管楽器奏者におけるTMD(顎関節症)の統合有病率が52.8%と推定されました。
ただし、この52.8%と今回の53.2%は測っているものの定義が違います。 数字が近いからといって直接比較することはできません。
さらに、そのメタ解析でTMD有病率についてのエビデンスの確実性は「非常に低い」と評価されています。
今回のモルシング研究でも、演奏歴と顎関節症状の重症度との相関はρ=−0.17、p=0.177で、統計学的に有意ではありませんでした。
したがって、「長くモルシングを演奏するほど顎関節症状が重くなる」という結果でもありません。
顎関節の診察で何を確認しているのかについては、顎関節症の診察で耳の前を触る理由でも詳しく紹介しています。
楽器奏者専用の「口腔内装置」まで研究されています
関連研究を見ると、楽器奏者と歯科の関係はかなり深いことが分かります。
クラリネットやサックスでは、吹き口と下顎前歯の間に下唇が位置するため、演奏中の圧迫感や痛みが問題になることがあります。
そこで、演奏用の薄い口腔内装置、いわゆるミュージック・スプリントを調べた研究もあります。
大学オーケストラの奏者18人を対象に、厚さ1mmまたは2mm、柔らかい材料または硬い材料を組み合わせた4種類の装置を比較しました。
装置を使うと下唇の圧迫感や痛みが軽減し、薄く柔らかいタイプでは、演奏感や音質について奏者自身の評価も比較的良好でした。
ただし、これはクラリネットやサックスなどを対象にした研究です。
モルシングは歯と楽器の接触の仕方が違うため、同じ装置が使えるという意味ではありません。
管楽器と歯根吸収を結び付けた「2症例」もあります
さらに珍しい報告として、2011年には管楽器奏者の上顎切歯に外部頸部歯根吸収がみられた2症例が報告されています。
著者らは、頻繁な管楽器演奏による圧力が、原因候補の一つになった可能性を提案しました。
ただし、2症例だけの報告です。
因果関係を確かめた大規模研究ではありません。
しかも、今回のモルシング研究で調べた歯冠表面のすり減りと、歯根表面で起こる歯根吸収は別の病態です。
今回のモルシング研究では、レントゲンやCTを使って歯根吸収を調べたわけでもありません。
したがって、今回の記事から「モルシングで歯根吸収が起こる」と考えることはできません。
歯根吸収については、外傷後の歯根吸収と経過観察でも詳しく解説しています。
前歯は、演奏家にとって「噛むための歯」だけではない

もう一つ興味深いのが、楽器奏者の歯科治療です。
63歳のプロのオーボエ奏者が外傷で上顎の前歯1本を失った1症例では、暫間的な補綴物からインプラントで支える固定式補綴物へ至る各治療段階で、実際の演奏を録音して評価しました。
これは1症例ですから、「インプラント治療をすれば演奏が良くなる」という研究ではありません。
面白いのは、歯科治療の評価項目に「実際に演奏できるか」まで入る場合があるということです。
プロ奏者にとって前歯は、食べる、見た目を作る、発音するといった役割だけではありません。
楽器によっては、演奏システムの一部でもあります。
この研究で分かったこと
- 参加条件を満たしたプロのモルシング奏者62人を診察した
- 58.1%に研究定義上の中等度〜重度の前歯のすり減りがあった
- 72.6%が演奏中の顔面筋疲労を訴えた
- 53.2%に顎関節関連症状があった
- 37.1%に演奏中の顎の痛みがあった
- 年齢と歯のすり減りの点数には強い相関があった
- 演奏歴と歯のすり減りの点数にも強い相関があった
まだ分からないこと
- モルシングが歯のすり減りを実際に引き起こしたのか
- モルシング非奏者より本当に多いのか
- 1年間にどれくらい歯がすり減るのか
- 前歯へ実際にどれくらいの力が加わるのか
- 楽器のどの位置が、どの歯面へ強く当たるのか
- 演奏時間を減らすと進行が変わるのか
- 年齢、酸、食生活、噛み合わせなどの影響をどこまで分離できるのか
- 歯根へ影響するのか
- 前歯の補綴治療によってモルシングの演奏感がどう変化するのか

この研究の弱点も整理しておきます
1.62人という小規模研究
珍しい職業集団を実際に診察した価値はありますが、大規模研究ではありません。
2.無作為抽出ではない
音楽学校、文化団体、人の紹介などを通じて参加者を集めています。
3.一時点だけを調べた横断研究
演奏を始める前にどうだったのか、その後何年間でどれくらい変化したのかは分かりません。
4.対照群がない
同年代の非奏者との直接比較ができません。
5.年齢と演奏歴が強く結び付いている
演奏歴の長さと、普通の加齢による歯のすり減りを十分に切り離せません。
6.複数の要因を同時に分離する解析ではない
年齢、演奏歴、食生活など多数の要因を同時に調整した解析ではありません。
7.前歯欠損・前歯補綴のある奏者は除外されている
したがって、前歯を失っている人や前歯に被せ物などが入っている奏者まで含めたモルシング奏者全体へ、今回の結果をそのまま一般化することはできません。
次の研究で確認したいこと
今回の結果を一歩先へ進めるには、年齢などをそろえた非奏者の対照群と、数年間にわたって変化を追う縦断研究が欲しいところです。
口腔内スキャナーを使えば、前歯の3次元形態を定期的に記録して、どの位置が何年間でどれくらい変化したかを測れるかもしれません。
モルシングへ力センサーを取り付ければ、前歯へ実際にどの程度の力が加わっているのかも調べられそうです。
さらに、顔面筋の活動量、酸性飲食物、胃食道逆流、噛み合わせ、歯ぎしり・食いしばり、演奏時間、楽器の当て方なども同時に評価する。
そこまでできれば、
「モルシング奏者に歯のすり減りが多くみられた」
から、
「何が、どの程度、どこへ影響しているのか」
へ一歩近づけそうです。
原著の著者らも、対照群を置いた縦断研究、筋活動や歯に加わる力の客観的測定、異なる口琴文化の比較などを今後の課題として挙げています。
「モルシングを演奏すると58%の人の歯が削れる」ではありません
今回、一番大切なのはここです。
この研究が示したのは、
「参加条件を満たしたプロのモルシング奏者62人を診察したところ、36人=58.1%に、研究定義上の中等度〜重度の前歯のすり減りが認められた」
という事実です。
一方、
「モルシングが36人の歯を削った」
ことを証明した研究ではありません。
小規模な横断研究で、対照群はなく、年齢と演奏歴も強く結び付いていました。
それでも、金属部分が前歯へ直接関係する独特な演奏法を持ち、演奏歴と歯のすり減りの点数に強い関連がみられたことから、モルシングと前歯のすり減りの関係を、さらに詳しく調べる価値は十分にあります。
今回の研究は、
「答えが出た研究」ではなく、「面白い疑問が初めて数字になった研究」
と考えるのがよさそうです。
歯科助手として見ていて思ったこと
最初は、
「前歯に金属を当てて演奏する楽器なんてあるんだ」
というところから始まりました。
でも関連する研究を見ると、楽器奏者と歯科の関係は思っていた以上に深い世界でした。
- 歯がすり減る
- 唇が痛くなる
- 顔の筋肉が疲れる
- 顎が痛む
- 楽器から口へ加わる力をセンサーで測る
- 奏者用の口腔内装置を作る
- 前歯を失ったプロ奏者では、歯科治療中に実際の演奏まで評価する
私たち歯科側から見ると、前歯は「歯」です。
でも演奏家にとっては、歯、唇、舌、顎、頬、そして口の中の空間まで含めて、一つの演奏システムなのかもしれません。
モルシングは、そのことがとても分かりやすい楽器でした。
今回の研究だけから、「モルシングは歯に悪い楽器」とは言えません。
ただ、長年口を使って演奏する人の歯や顎を診るとき、
「どんな楽器を、どんなふうに、何年くらい演奏しているのか」
という情報が、歯科にとって意味を持つことはありそうです。
演奏家にとって、歯は「楽器の外側」にあるものではないのかもしれません。
よくある質問
Q.モルシングを演奏すると必ず前歯がすり減りますか?
いいえ。今回の研究では62人中36人に一定以上の前歯のすり減りが確認されましたが、対照群のない横断研究です。モルシングがそのすり減りを引き起こしたと証明した研究ではありません。
Q.58.1%ということは、58%の人の前歯がひどく削れていたのですか?
そうではありません。この研究では、前歯の少なくとも1つの評価面がSmith–Knightの指数で2以上だった人を「中等度〜重度」と分類しました。「前歯全体が高度にすり減っていた人が58.1%」という意味ではありません。
Q.演奏歴が長いほどすり減っていたなら、モルシングが原因では?
演奏歴と歯のすり減りには強い相関がありました。しかし、年齢と演奏歴にもρ=0.74という強い相関があります。長く演奏している人ほど年齢も高かったため、演奏の影響と加齢の影響を今回の研究だけでは十分に分離できません。
Q.45歳を超えた奏者は本当に全員に中等度以上のすり減りがあったのですか?
今回の研究対象では、45歳超の22人全員が研究定義上の「中等度〜重度の前歯のすり減り」に該当しました。ただし22人という小集団の結果で、非奏者との対照比較もありません。「45歳を超えたモルシング奏者なら全員そうなる」という意味ではありません。
Q.トランペットやクラリネットでも歯へ影響することがありますか?
楽器によって歯、唇、顎への接触の仕方は違いますが、管楽器奏者では歯の摩耗、唇の傷、歯列、顎関節症などが研究されています。ただし研究規模や評価方法にはばらつきがあり、「管楽器を演奏すれば必ず歯や顎に障害が起こる」という意味ではありません。
Q.楽器奏者用の口腔内装置はありますか?
クラリネットやサックスなどでは、下唇への圧迫感や痛みを減らす演奏用の口腔内装置が研究されています。ただしモルシングとは演奏時の接触の仕方が異なります。同じ装置がモルシングにも有効という意味ではありません。
Q.顎が疲れるだけなら放っておいて大丈夫ですか?
一時的な疲労と病気は同じではありません。ただし、痛みが続く、口が開きにくい、症状が悪化する、食事にも支障が出る、演奏できないほど痛むといった場合には、歯科で相談してください。
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