2026年9月10日

(院長の徒然コラム)

はじめに
2026年9月9日、BMC Oral Healthに興味深い研究が早期公開された。
臨床的に「症候性不可逆性歯髄炎」と診断された歯を抜去し、その歯髄を実際に組織学的に観察すると、炎症はどこまで広がっているのか。
結果の一つに、かなり目を引く数字があった。
症候性不可逆性歯髄炎27歯のうち13歯、48.1%では、炎症が歯冠部歯髄に限局していた。
残る14歯、51.9%では、炎症細胞浸潤が根管口を越え、根管冠側1/3の範囲に認められた。
さらにもう一つ。
根尖周囲にX線変化が認められた歯では、炎症が根部歯髄へ波及しているオッズが16倍だった。
一瞬、「X線で歯髄炎を見る研究だったか?」と思うような数字である。
もちろん、通常のデンタルX線写真に炎症を起こした歯髄そのものが写るわけではない。われわれがX線写真で見ているのは歯や歯根膜腔、根尖周囲骨などであり、歯髄内に集まる好中球やリンパ球を直接見ているわけではない。
それでも今回、歯髄の外側に現れた根尖周囲X線変化と、歯髄の内側で炎症がどこまで進んでいたかとの間に関連が認められた。
ここには、近年の生活歯髄療法(VPT)が抱えている問題が凝縮されているように思う。
「不可逆性歯髄炎」と診断したとき、いったい何が、どこまで不可逆なのか。
一本の歯髄全部なのか。
それとも、一本の歯髄の中に「すでに回復困難な組織」と「まだ保存できる可能性のある組織」が同居しているのか。
そしてわれわれは、その境界を治療前あるいは治療中に、どこまで見抜くことができているのだろうか。
2026年9月9日の研究は何を調べたのか
Kaewsuwannaらの研究は、生活歯髄療法の成功率を調べた臨床試験ではない。
対象となったのは抜去された永久大臼歯30歯で、そのうち3歯が臨床的正常歯髄、27歯が症候性不可逆性歯髄炎と診断されていた。
症候性不可逆性歯髄炎群に含まれたのは、生活反応があり、う蝕による露髄を認め、自発痛または温冷刺激を除いた後も続く痛みを示す歯である。根尖周囲にX線変化がある歯も、ない歯も含まれている。
術前には温度診と電気歯髄診を行い、平行法による二次元デンタルX線写真を撮影した。
抜去後は固定・脱灰し、う蝕性露髄部を通るように頬舌方向または近遠心方向の切断面を設定した。露髄部が確認できるところまで標本を整え、その付近から厚さ5μmの連続切片を10〜12枚作製し、ヘマトキシリン・エオジン染色で評価している。
病理組織を評価した2人は、臨床所見やX線所見を知らされていない。
そして今回重要なのが、「根部へ炎症が波及した」という判定基準である。
研究者らは、露髄部、歯冠部歯髄、根管口から根管冠側1/3という領域を観察し、少なくとも一つの根管で炎症細胞浸潤が根管口を越え、根管冠側1/3の範囲に認められた場合を「根部への波及」と分類した。
したがって今回の「根管波及」は、炎症が根尖部まで到達していたという意味ではない。
今回確認されたのは、炎症が歯髄腔内に留まっていたのか、それとも根管口という境界を越えていたのかである。
これは生活歯髄療法を考えるうえでも臨床的に意味のある境界である。全部断髄では歯冠部歯髄を除去し、根管口付近から根尖側の歯髄を残すからだ。
症候性不可逆性歯髄炎27歯は「48%対52%」に分かれた
症候性不可逆性歯髄炎27歯すべてに炎症所見が認められた。
しかし、その炎症の広がり方は同じではなかった。
13歯、48.1%では炎症細胞浸潤が歯冠部歯髄に限局していた。
しかも、この13歯のうち4歯では、炎症は露髄部直下の比較的限られた領域に集中していた。
一方、14歯、51.9%では炎症細胞浸潤が根管口を越え、根管冠側1/3の範囲に認められた。

ただし、この48.1%という数字は慎重に読まなければならない。
これは、「48%の歯髄が正常だった」という意味ではない。
13歯にも炎症は存在している。
また、「不可逆性歯髄炎の48%では神経を残せる」と証明した数字でもない。
今回の48.1%とは、今回観察された組織切片上で、炎症細胞浸潤が根管口を越えていなかった歯の割合である。
治療の成功率とは別の数字だ。
一本の歯髄の中に、壊死・炎症・正常に近い組織が同居していた
今回の研究で、48%という割合以上に重要なのが、実際の組織像だと思う。
多くの症例では、露髄部直下に壊死組織があり、その周囲には好中球、リンパ球、マクロファージなどの炎症細胞が集まっていた。
血管拡張、血管密度の増加、赤血球の血管外への漏出なども認められている。
ところが、同じ一本の歯髄の中でも炎症部から離れると、比較的構造が保たれた歯髄が存在し、象牙芽細胞層が維持されている部位もあった。
別の症例では、露髄部直下だけに炎症反応が集中し、そこから離れた別の歯髄角では、歯髄組織も象牙芽細胞層もかなり保たれていた。
つまり一本の歯髄の中に、壊死した場所、強く炎症を起こした場所、それより軽い炎症が存在する場所、そして正常に近い構造を保った場所が同時に存在し得る。
歯髄全体がある瞬間に「正常」から「可逆性歯髄炎」へ変わり、次の瞬間に全体が「不可逆性歯髄炎」へ切り替わるわけではない。
う蝕直下では細菌刺激が強く、そこから距離が離れるにつれて組織反応の程度が変化し、さらに根尖方向には比較的保たれた歯髄が残ることがある。
歯髄炎には、空間的な勾配が存在する。

「歯髄炎が局在する」こと自体は、新しい発見ではない
今回の研究を2026年になって突然現れた新概念として扱うのは正確ではない。
歯髄炎の組織像が一本の歯髄内で均一ではないことは、かなり以前から知られていた。
1963年、Seltzer、Bender、Ziontzらは、臨床診断と実際の歯髄組織像との関係を詳細に調べ、症状や温度刺激への反応だけでは炎症の性状や広がりを正確に言い当てられないことを示した。
そして現在の診断体系に近い条件で重要なのが、Ricucciらの2014年の研究である。
95歯について臨床診断と組織学的診断を比較したところ、臨床的に正常または可逆性歯髄炎と診断された59歯では57歯、96.6%が組織診断と一致した。
臨床的に不可逆性歯髄炎と診断された32歯では、27歯、84.4%が組織学的にも不可逆性炎症と判断された。
この84.4%という数字は重要である。
少なくともこの研究から、「不可逆性歯髄炎という臨床診断はほとんど当てにならない」とは言えない。
一定の診断基準を使えば、かなりの割合で組織学的な不可逆性病変の存在を捉えている。
ところが、その研究の連続切片を見ると別の問題が見えてくる。
同じ一本の歯でも、ある断面では壊死が明瞭でないのに、約60切片離れた位置では細菌に汚染された壊死部が現れ、さらに約100切片進むと広範な壊死と高度な細菌感染が確認された症例がある。
つまり、「不可逆性病変があるか」という問いと、「その病変が歯髄のどこまで広がっているか」という問いは別なのである。
Ricucciらは2019年にも、う蝕歯を中心とした抜去ヒト歯264歯を組織学・組織細菌学的に検討し、さらに757例の生活歯髄療法症例を追跡している。
露髄部には細菌侵入、高度炎症、微小膿瘍が存在しても、その感染・炎症領域より根尖側では、炎症を免れた正常に近い歯髄が残っていることが多かった。
したがって2026年のKaewsuwannaらの研究で新しいのは、「不可逆性歯髄炎の炎症が局在することを初めて発見した」ことではない。
臨床的に症候性不可逆性歯髄炎と診断された歯について、歯冠部限局48.1%、根部波及51.9%と定量化し、さらにその炎症範囲を術前の根尖周囲X線変化と結び付けたことに大きな意味がある。
「不可逆性歯髄炎」の何が不可逆なのか
この問題については以前、可逆性歯髄炎と不可逆性歯髄炎の境界、冷温診・電気歯髄診の限界を検討した記事でも詳しく扱った。
従来の「可逆性/不可逆性」という診断は、病理切片を採取して、「ここまでは治る」「ここから先は治らない」と測定して付けている病名ではない。
自発痛、温冷刺激への反応、歯髄知覚検査、打診、X線所見、う蝕の深さなどを総合して臨床的に診断する。
「不可逆性歯髄炎」は、臨床所見から、生活している炎症歯髄が治癒不能と判断される状態を表す診断概念として用いられてきた。
問題は、「不可逆性」という強い言葉を一本の歯につけると、「一本の歯髄全部が不可逆的に壊れている」という意味に読み替えやすいことである。
しかしRicucciら2014年の結果を考えれば、「この歯髄内に不可逆性病変が存在する」という診断と、「根管内の歯髄まで、すべて不可逆性病変に陥っている」という診断は同じではない。
日本でも、この問題はすでにかなり議論されている。
泉氏は2024年の総説「歯根完成歯の不可逆性歯髄炎に対する全部断髄」で、不可逆性歯髄炎は冠部から根部へ段階的に進行し、不可逆性炎症が冠部に留まる症例であれば、冠部歯髄を除去して根部歯髄を保存する全部断髄が成立し得るという考え方を整理している。
今回の48.1%という数字は、その考え方へ新たなヒト組織学的データを加えたと見ることができる。
根尖周囲X線変化がある歯では「16倍」
今回の研究でもう一つ目を引くのが、X線所見である。
まず、この研究でいう「根尖周囲X線変化あり」は、明瞭な根尖透過像だけを意味していない。
術前の二次元デンタルX線写真で正常な根尖周囲像から何らかの変化が認められ、歯根膜腔の拡大、あるいは根尖部透過像が存在した場合をまとめて「根尖周囲X線変化あり」としている。
したがって、この結果を一律に「根尖病変あり」と置き換えるのは正確ではない。
症候性不可逆性歯髄炎27歯を分類すると、次のようになった。
| 炎症が歯冠部に限局 | 根部歯髄へ波及 | |
|---|---|---|
| 根尖周囲X線変化あり | 1 | 8 |
| 根尖周囲X線変化なし | 12 | 6 |
根尖周囲X線変化が認められた9歯のうち8歯では、炎症細胞浸潤が根管口を越えていた。
一方、歯冠部限局13歯のうち、根尖周囲X線変化を認めたのは1歯だけだった。
Fisherの正確確率検定ではp=0.013。
単変量ロジスティック回帰分析では、オッズ比16.00、95%信頼区間1.61〜159.31、p=0.018となった。

「16倍」は、診断精度が16倍という意味ではない
16.00という数字は非常に目立つ。
だからこそ、意味を取り違えてはいけない。
今回のオッズ比16.00とは、根尖周囲X線変化のない歯と比べて、変化のある歯では、炎症が根管口を越えているオッズが高かったという意味である。
感度が16倍という意味ではない。
特異度が16倍でもない。
検査の正診率が16倍という意味でもない。
「X線写真を見ると16倍正確に歯髄炎を診断できる」という話ではない。
しかも95%信頼区間は1.61〜159.31と極めて広い。
27歯という小さな標本で、そのうち根尖周囲X線変化が認められたのは9歯しかない。
したがって、関連そのものは興味深いが、その関連の大きさを「16倍」という一点で精密に推定できているわけではない。

X線写真に歯髄炎そのものが写ったわけではない
では、なぜ歯髄内の炎症範囲と根尖周囲X線変化に関連が認められたのだろう。
通常のデンタルX線写真で、好中球やリンパ球、血管拡張、歯髄壊死そのものを見ることはできない。
一つの解釈としては、歯髄内の病態がより根尖方向へ進むにつれて、歯髄由来の炎症反応が根尖周囲の歯根膜や骨にも影響し、その結果の一部が歯根膜腔の拡大や透過性の変化としてX線像に現れた可能性が考えられる。
しかし、今回の研究がその因果経路を証明したわけではない。
この研究が示したのは、根尖周囲X線変化と、根管口を越えた炎症波及との関連までである。
根尖周囲X線変化は「歯髄炎の写真」ではなく、歯髄内でより深く病態が進んでいる可能性を考えるための間接情報と位置づけるのが妥当だろう。
著者らも、根尖周囲X線変化を根部への炎症波及を考える際の補助的な指標としている。

X線像が正常でも、根部歯髄が正常とは限らない
この2×2表は、逆から読むとさらに面白い。
根尖周囲X線変化がなかった歯は18歯だった。
そのうち12歯では炎症が歯冠部に限局していた。
ところが、6歯では炎症が根管口を越えていた。
今回の標本では、X線変化なし18歯中6歯、つまり3分の1に根部への炎症波及が存在したことになる。
したがって、「根尖周囲X線像が正常だから、根部歯髄も正常」とは言えない。
逆方向も同じである。
X線変化があった9歯のうち1歯では、炎症は歯冠部に限局していた。
つまり、「根尖周囲X線変化があるから、根部歯髄は保存不能」という二分法も成立しない。
根尖周囲X線変化を一言で表すなら、判決というより警告灯なのだと思う。
警告灯が点灯しているなら、より深い炎症の可能性を警戒する。しかし、点灯しているだけで治療法が自動的に決まるわけではない。消えているから安全だとも言えない。
二次元X線には、初期変化を捉えにくいという限界もある
画像診断側にも限界がある。
Abellaらは、不可逆性歯髄炎を示す歯の307根について、通常のデンタルX線写真とコーンビームCT(CBCT)を比較した。
根尖部の変化が確認された割合は、デンタルX線3.3%、CBCT 13.7%だった。
三次元画像であるCBCTの方が、小さな根尖部変化を検出しやすいことを示す結果である。
したがってKaewsuwannaらの研究で「X線変化なし」に分類された歯の中にも根部波及が存在した背景には、根尖周囲組織にまだ画像変化が起きていない場合だけでなく、二次元X線では捉えにくい小さな変化が存在した可能性も考えられる。
ただし、Abellaらが評価した根尖部病変と、Kaewsuwannaらが用いた「歯根膜腔の拡大を含む根尖周囲X線変化」は同一の判定基準ではない。
したがって、3.3%対13.7%というAbellaらの数字と、今回のX線変化の割合を直接比較することはできない。
また、CBCTなら歯髄内の炎症範囲が分かる、という意味でもない。
CBCTも主として歯や周囲硬組織の変化を描出している。歯髄内の炎症細胞の分布そのものを見ているわけではない。
48%は「生活歯髄療法の成功率」ではない
この研究で最も起こりやすい誤読は、ここだと思う。
「炎症が歯冠部に留まっていた歯が48.1%だった」
そこから、
「なら不可逆性歯髄炎の約半分は神経を残せる」
と読み替えることである。
しかし、この二つの文の間には大きな飛躍がある。
Kaewsuwannaらは27歯に部分断髄や全部断髄を行い、その後の成功率を調べたわけではない。
抜去された歯を組織学的に調べた研究である。
48.1%とは、今回観察した組織切片で炎症が根管口を越えていなかった割合であって、生活歯髄療法の適応率でも、成功率でもない。
しかも残る14歯、51.9%では炎症が根管口を越えていた。
著者ら自身も、この結果から、不可逆性歯髄炎と診断されたすべての歯を生活歯髄療法で治療できるわけではないと注意している。
病理学的に比較的保存可能な組織が存在すること、その組織を臨床で正しく見つけること、適切な位置まで炎症組織を除去すること、その後、残した歯髄を長期的に生存・治癒させること。
これらは同じ問題ではない。
「48%」という数字自体にも、いくつもの注意点がある
今回の研究は非常に面白い。
しかし、標本は症候性不可逆性歯髄炎27歯である。決して大規模研究ではない。
さらに対象となった歯は、研究のために抜歯されたわけではないものの、通常診療の中ですでに抜去が選択されていた歯である。
非修復性、歯周病学的問題、治療計画上の理由、患者が根管治療を選択しなかったことなどが抜歯理由に含まれる。
したがって、日常診療で保存を検討するすべての症候性不可逆性歯髄炎歯を、そのまま代表する集団ではない。
著者らも、より進行した症例が多く含まれた可能性を選択バイアスとして挙げている。
さらに、病理組織を使えばすべての答えが分かるわけでもない。
抜去後に切片を作れば、臨床時に歯髄表面を観察するよりはるかに詳しく内部を評価できる。しかし今回の研究で歯髄全体を三次元的に完全走査したわけではない。
評価に用いられたのは、う蝕性露髄部を通る一つの切断面から得られた5μm厚の連続10〜12切片、合計約50〜60μmの範囲である。
多根歯の別の根管や、その切断面から外れた領域に根部炎症が存在すれば、見逃した可能性がある。
著者らはその結果、根部波及51.9%という割合そのものが過小評価されている可能性まで指摘している。
組織学的評価もヘマトキシリン・エオジン染色が中心で、免疫組織化学や細菌学的解析を併用した研究ではない。
統計解析も、根尖周囲X線変化だけを説明変数とした単変量解析である。
年齢、根完成度、歯種、症状の持続期間、う蝕の位置や範囲、既存修復物などを同時に調整した多変量解析ではない。
したがって、「症候性不可逆性歯髄炎では真の48%が歯冠部限局である」と固定して覚える数字ではない。
今回の27歯では48.1%だった。今後、より大きな標本、より広い連続切片、全根管を対象とした検討で再現されるかを見る必要がある。

それでも生活歯髄療法の臨床成績は、もう無視できない
ここまで慎重に読むと、「それなら不可逆性歯髄炎は従来通りすべて抜髄すればよい」という話にもなりそうである。
しかし、それも現在の証拠とは合わない。
生活歯髄療法の基本については、以前の歯の神経を可能な限り救う生活歯髄断髄法の記事で詳しく扱った。
また、深在性う蝕から選択的う蝕除去、部分断髄、全部断髄までの治療選択については、深在性う蝕でどこまで削るかを検討した記事で詳しく整理している。
2025年に公表された永久歯の生活歯髄療法に関する系統的レビュー・メタ解析では、症候性不可逆性歯髄炎に対する部分断髄・全部断髄をまとめた24か月成功率は90%とされた。
正常歯髄・可逆性歯髄炎群では97%で、数値上は差があるものの、p=0.054で統計学的有意差には達していない。
90%という数字は無視できない。
一方、研究ごとに症例選択、診断基準、根尖周囲所見、止血基準、治療法、成功判定、観察期間は異なる。
したがって、「SIPなら90%成功する」という目の前の患者への予測値として、そのまま使える数字でもない。
2026年のEFCD・ESE・ORCAなどによるS3レベル診療ガイドラインでも、不可逆性歯髄炎を示唆する症状を伴い、う蝕除去によって露髄した永久歯に対して、完全なう蝕除去後に部分断髄または全部断髄を選択することが提案されている。
ただし、推奨グレードはBで、術後疼痛や臨床・X線所見に関する証拠の確実性は「低い」と評価されている。
2026年現在、「不可逆性歯髄炎なら生活歯髄療法は禁忌」という単純な時代ではない。
しかし同時に、「不可逆性歯髄炎なら生活歯髄療法をすればよい」という時代でもない。
その間に存在する症例選択こそが、現在の課題なのである。
48%が歯冠部限局でも「部分断髄で十分」とは限らない
ここには少し面白い逆説がある。
約半数で炎症が歯冠部に留まっていたのであれば、「必要最小限だけ切る部分断髄の方が合理的なのではないか」と考えたくなる。
ところが、臨床成績はそれほど単純ではない。
なお、先ほど示した「90%」は部分断髄と全部断髄をまとめて評価した数字であり、両術式を分けて比較した数字とは別である。
同じ2025年の系統的レビューでは、症候性不可逆性歯髄炎に対する成功率は、全部断髄95%、部分断髄88%と整理され、出血が制御できる症例では全部断髄を優先する方向が示されている。
さらに2026年に公表された23研究のメタ解析では、12か月成功率は全部断髄92%、部分断髄89%だった。
直接比較では全部断髄の成功オッズが高く、オッズ比1.85、95%信頼区間1.16〜2.94だった。
ただし、これを支える証拠の確実性は低い〜非常に低い。
したがって、「全部断髄の方が明確に優れている」と確定したわけではない。
それでも少なくとも、「48%が歯冠部限局だったのだから、浅い部分断髄で十分」とは言えない。
その理由の一つは、臨床では炎症の境界をミリ単位で測れないことにある。
今回「歯冠部限局」と分類された13歯の中にも、炎症が露髄部直下に限られていた4歯と、より深い歯冠部歯髄まで炎症が及んでいた歯が含まれている。
病理学的には、いずれも「根管口を越えていない」でまとめられる。
しかし治療中の歯髄に、「あと1.3mm切れば正常歯髄です」などという線が見えるわけではない。
保存できる根部歯髄が存在することと、保存すべき境界で正確に切断できることは別問題である。
現在の臨床では「切ってから診る」情報も必要になる
生活歯髄療法では、術前につけた診断名だけで最終的な切除範囲を完全に固定するのではなく、露髄後の所見を加えて判断する考え方が強くなっている。
- 歯髄の色調
- 壊死組織が存在するか
- 出血の性状
- 出血を制御できるか
- 拡大視野下で残存歯髄がどのように見えるか
これらを確認し、必要であれば部分断髄から全部断髄へ進み、さらに保存困難と判断すれば根管治療へ移行する。
日本でも村松氏は2023年、不可逆性歯髄炎という術前診断が必ずしも抜髄適応を意味せず、出血制御や残存歯髄の視覚的評価を含む術中所見によって治療範囲を判断する方向を論じている。
従来の、診断名 → 治療法という一本線だけではなく、術前診断 → 露髄後の歯髄所見 → 切除範囲を再評価という判断が加わっている。
だが、この術中診断にも万能な基準はない。
「6分で止血できれば保存可能」という境界線もない
出血と止血時間は、現在の生活歯髄療法で重要視される情報である。
2025年の系統的レビューでは、症候性不可逆性歯髄炎の全部断髄について、6分以内に止血できた症例の方が治療成功率が高い可能性が示されている。
そのため、止血に要する時間を見ることには臨床的な意味がある。
しかし、5分59秒なら治癒可能、6分01秒なら保存不能という病理学的な境界線が存在するわけではない。
Kahlerらのレビューでは、良好な治療成績を報告した研究でも、止血に許容された時間には1〜25分という大きな幅がある。
さらに、止血に何分かかったかと実際の組織学的炎症範囲との間に、日常臨床で使える絶対的な時間基準は確立していない。
止血時間は重要な情報ではある。
しかし、「炎症はここまでです」と直接示してくれる検査ではない。
残した根部歯髄は、本当に治るのか
「根部に比較的正常な歯髄が残っている」ことと、「その歯髄を治療後に残せば、本当に治癒する」ことも別の問題である。
この点について、2026年には興味深いヒト組織研究がもう一つ報告されている。
Nassriらは、症候性不可逆性歯髄炎と診断された根完成下顎小臼歯60歯に全部断髄を行った。
対象は40人の若く健康な患者で、年齢は15〜20歳。これらの歯は矯正治療上、後に抜歯される予定だった。
さらに、この研究では根尖透過像を認める歯は対象から除外され、冷刺激に反応する根完成歯が選択された。術中に10分を超えて出血を制御できなかった症例、暗色で乏しい出血を示した症例、肉眼的に異常な歯髄組織を認めた症例なども除外されている。
つまり、単に「症候性不可逆性歯髄炎」と診断された歯を無条件に集めた研究ではなく、かなり選択された症例群である。
MTA、Biodentine、TotalFill BC RRMの3種類のカルシウムシリケート系材料を使用し、一部は1週間後、残りは6か月後に抜去して、残存した根部歯髄を組織学的に評価した。
1週間後には多くの標本で炎症反応と歯髄組織の構築の乱れが認められた。
ところが6か月後には、炎症の程度と組織構築の乱れが有意に低下し、象牙質様硬組織の形成も増加していた。

これは今回のKaewsuwannaらの研究と非常に良い対になる。
Kaewsuwannaらは、治療前の症候性不可逆性歯髄炎にも、炎症が根管口を越えていない症例が存在することを示した。
Nassriらは、選択された症例で歯冠部歯髄を除去して根部歯髄を残すと、その組織が時間とともに治癒方向へ変化し得ることを示した。
「残っている」と「治り得る」が、別々のヒト組織研究からつながる。
ただし、対象は若年者、矯正抜歯予定歯、根尖透過像なし、術中所見も一定条件を満たした症例に限られ、観察期間は6か月までで、陰性対照群もない。
したがって、「症候性不可逆性歯髄炎の根部歯髄は治る」と一般化してはいけない。
言えるのは、厳格に選択された症例では、全部断髄後に残した根部歯髄が組織学的に治癒方向へ推移し得るというところまでである。
だからといって、根管治療が「古い治療」になったわけではない
生活歯髄療法の論文は、成功率だけを並べると景気がいい。
90%。
95%。
97%。
それだけを見れば、「これからは不可逆性歯髄炎でも神経を残す時代だ。根管治療は古い」と言いたくなるかもしれない。
しかし、それでは証拠の半分しか見ていない。
2026年に報告されたPROVE研究では、8か国の無作為化試験データを統合し、全部断髄と根管治療の短期成績を比較している。
410人が無作為化され、385人が解析対象になった。
どちらの治療でも痛みは改善した。
しかし短期の疼痛軽減と鎮痛薬使用では、根管治療群の方が良好だった。
さらに4週間以内に追加の処置を必要とした早期失敗は、全部断髄10/192=5.2%に対して、根管治療1/193=0.5%だった。
これは生活歯髄療法を否定する結果ではない。
全部断髄を受けた大多数の患者が4週間以内に失敗したわけでもないからだ。
しかし同時に、生活歯髄療法には実際に早期失敗する症例があり、失敗時には追加処置や根管治療への移行が必要となり得る。
だからこそ、症例選択と術中評価が重要になる。
根管治療については、以前の歯を残すための根管治療について解説した記事で詳しく扱っている。
生活歯髄療法と根管治療を、新しい治療 対 古い治療という勝ち負けで考えるべきではない。
問題は、どちらを選ぶべき歯なのかを見極められるかなのである。
目の前の歯が「48%側」か「52%側」かを、どう見抜くのか
結局、臨床医が知りたいことはここに戻ってくる。
いま診療台にいる患者の症候性不可逆性歯髄炎が、炎症が歯冠部に留まっている48%側なのか。
それとも、炎症が根管口を越えている52%側なのか。
残念ながら、今回の研究はそこまで答えてくれない。
われわれは疼痛歴を聞く。
温度診をする。
電気歯髄診をする。
打診する。
X線写真を撮る。
露髄した後には歯髄の外観、出血の性状、止血状態を見る。
どれも重要な情報である。
しかし、どれも、歯髄内の炎症の三次元的な境界を直接表示する検査ではない。
今回、根尖周囲X線変化が根部への炎症波及と強く関連したことは一つの前進である。
それでもX線変化がなかった18歯中6歯では根部波及が存在した。
したがって、X線単独で目の前の一本を48%側と52%側に振り分けることはできない。
ここが現在の歯髄保存療法に残る大きな診断上の空白である。
MMP-9やMRI――「一本の病名」から「炎症の地図」へ
歯髄診断の研究は、この空白を埋めようとしている。
温度診や電気歯髄診は現在も重要な診査法だが、主として歯髄神経が刺激へ反応するかを見る検査である。
われわれが本当に知りたいのは、そのさらに先だ。
歯髄組織のどこで、どの程度の炎症・感染・組織破壊が起きているのか。
その一つの候補が、炎症や組織破壊に伴って増える分子を測定する方法である。
たとえばMMP-9。
Ballalらは、同じ患者の浅いう蝕と深いう蝕から象牙細管内液を採取し、30人中27人で深いう蝕側のMMP-9量が多かったと報告している。
さらにSharmaらの予備的研究では、症候性不可逆性歯髄炎の歯髄血中の活性型MMP-9は正常歯髄より高く、全部断髄の失敗例では成功例より有意に高かった。
これは非常に興味深い。
現在は、「何分で止血したか」「歯髄がどのように見えたか」という情報から病態を推測している。
将来は、「その歯髄でどの程度の組織破壊が起きているか」を分子で測定する可能性がある。
ただし、現時点ではMMP-9の数値を測り、「この値なら部分断髄」「この値なら全部断髄」「この値なら根管治療」と決められる段階ではない。
画像診断にも同じ方向の研究がある。
森山氏の大阪大学博士論文では、温度診や電気歯髄診だけでは術前に炎症範囲を正確に把握できないという問題から、超高磁場MRIを使って歯髄炎の炎症領域を非破壊的に可視化するための基礎研究が行われている。
ただし、これは動物モデルを含む基礎段階の研究であり、現在の一般歯科臨床で使用できる診断法ではない。
それでも、目指している方向は分かりやすい。
現在の診断は、「この歯は不可逆性歯髄炎です」という一本の歯に対する診断である。
次に必要なのは、「この歯髄では、不可逆的な組織変化がここまで進んでいます」という空間的な診断なのかもしれない。

「不可逆性」という名前そのものも見直され始めている
この問題は、治療法だけでなく診断用語にも波及している。
2017年、Woltersらは従来の可逆性/不可逆性という二分法から離れ、歯髄炎を初期・軽度・中等度・重度のように段階化する新しい分類を提案した。
そして現在、より大きな見直しが進められている。
米国歯内療法学会(AAE)と欧州歯内療法学会(ESE)は共同で、歯髄・根尖部診断用語の改訂作業を行っている。
2025年に公表された提案段階の歯髄診断表では、従来の「reversible pulpitis」「irreversible pulpitis」という名称ではなく、軽度歯髄炎(mild pulpitis)、重度歯髄炎(severe pulpitis)などの名称が置かれている。
重度歯髄炎でも一律に根管治療という構造ではなく、臨床所見と術中所見に応じて、部分断髄、全部断髄、根管治療などを選択する考え方が提示されている。
ただし、これは2026年9月現在も確定した新診断分類ではない。
AAEとESEによる共同提案であり、関係者からの意見をもとに改訂作業が続いている。
2026年に公表された意見への回答文書では、一つの歯髄の中に、たとえば冠部では不可逆的な病変がありながら、根尖側には正常に近い歯髄が存在するという混在した状態についても議論されている。
そのような組織学的不均一性が実際に存在する一方、現在の診断手段では、その炎症範囲を術前あるいは術中に正確に決定することが難しい。
この問題は、Kaewsuwannaらの研究結果と驚くほどよく重なる。
一本の歯髄内に複数の状態が共存する。
しかし、その境界をわれわれはいまだ正確には測れない。
だから「不可逆性歯髄炎という診断は間違いだった」とも言えない
ここで反対側へ振り切れるのも避けたい。
最近の生活歯髄療法研究を読んでいると、「そもそもirreversibleという言葉が間違っていたのではないか」と言いたくなることがある。
しかし、それも単純すぎる。
Ricucciら2014年では、臨床的不可逆性歯髄炎と組織学的不可逆性炎症は84.4%で一致している。
Kaewsuwannaらの2026年研究でも、症候性不可逆性歯髄炎27歯すべてに炎症所見があり、多くの症例で壊死や強い炎症を含む病理変化が認められている。
つまり、「不可逆性歯髄炎という臨床診断には何の意味もなかった」という話ではない。
問題は、不可逆性病変の存在を表す診断名と、その病変が一本の歯髄のどこまで広がっているかを示す地図は同じではないということだ。
病名は病態の存在をある程度示せる。しかし、病変の位置や量、保存可能な組織がどの程度残っているかまで教えてくれるわけではない。
一本の歯につける診断名は、一本の歯髄内の地図ではない。
2026年9月9日の論文で、何が変わり、何が変わらなかったのか
この研究一本で歯内療法がひっくり返るわけではない。
48.1%という数字を根拠に、症候性不可逆性歯髄炎の約半数へ生活歯髄療法を行えばよいという話ではない。
根尖周囲X線変化があれば根管治療、なければ全部断髄、という新しい二分法が完成したわけでもない。
それでも、新しく加わった情報は明確にある。
- 症候性不可逆性歯髄炎27歯のうち、13歯、48.1%では炎症が歯冠部に限局していた。
- 14歯、51.9%では炎症が根管口を越えて根部歯髄へ波及していた。
- 根尖周囲X線変化は、その根部への炎症波及と強く関連していた。
- 一方で、X線変化がなくても根部への炎症波及は存在した。
- 48.1%は生活歯髄療法の成功率ではない。
この研究がわれわれに突きつけているのは、「不可逆性歯髄炎か、そうでないか」という問いだけではない。
不可逆的な病変は、いまこの歯髄のどこまで来ているのか。
という問いである。

一本の病名から、一本の歯髄の中へ
「不可逆性歯髄炎」という言葉を、私は長く一本の歯に対する診断名として使ってきた。
もちろん現在も、臨床上意味のある診断概念である。
しかし一本の歯についた一つの診断名の内側に、正常に近い歯髄、炎症を起こした歯髄、壊死した歯髄が同時に存在することがある。
2026年9月9日の研究では、その炎症が歯冠部に留まっていた歯が48.1%、根管口を越えていた歯が51.9%だった。
そして根尖周囲X線変化は、その境界が根管側へ越えている可能性を考えるための警告灯になり得る。
しかし、その警告灯だけで治療法を決めることはできない。
目の前の一本が48%側なのか、52%側なのか。
われわれはいまだ、それを完全には見抜けない。
生活歯髄療法の次の進歩は、新しい覆髄材だけから生まれるのではないのかもしれない。
MTAをはじめとするカルシウムシリケート系材料によって、残した歯髄を治癒へ導く技術は大きく進歩した。
次に必要なのは、どの歯髄を残すべきかを見つける技術なのではないだろうか。
「この歯は可逆性か、不可逆性か」。
その二択だけではない。
この歯髄の、どこまでが不可逆なのか。
その境界を測ること。
2026年になった現在も、そこがまだ解けていない。
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