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クロルヘキシジンは今もゴールドスタンダードなのか?バイオフィルム、細胞毒性、マイクロバイオーム、耐性と日本の0.05%問題を再検証する

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2026年8月13日

クロルヘキシジンは今もゴールドスタンダードなのか?バイオフィルム、細胞毒性、マイクロバイオーム、耐性と日本の0.05%問題を再検証する

(院長の徒然コラム)

はじめに

クロルヘキシジン(chlorhexidine:CHX)ほど、歯科領域で「ゴールドスタンダード」という言葉と強く結びついてきた殺菌消毒薬は少ない。

1940年代に開発され、1970年代にはプラーク抑制作用が広く知られるようになり、その後は洗口液、ゲル、歯磨剤、局所徐放製剤など、さまざまな形で歯科へ応用されてきた。現在でも新しい殺菌・消毒成分や洗口剤を研究するとき、比較の基準となる薬剤としてCHXが選ばれることは珍しくない。

それだけを見ると、CHXは半世紀以上たってもなお「王者」であり続けているように見える。

しかし2026年現在、私たちは50年前と同じ意味で「ゴールドスタンダード」という言葉を使ってよいのだろうか。

現在の研究は、「どの濃度なら何%の菌を殺せるか」だけを見てはいない。成熟したバイオフィルムにはどこまで効くのか。一度殺菌したあと、残った菌はどのように再増殖するのか。宿主の線維芽細胞や免疫細胞には何が起こるのか。口腔マイクロバイオームの構成や代謝機能はどう変わるのか。耐性や交差耐性は実際の臨床で問題になるのか。そして最終的に、歯肉炎、う蝕、創傷治癒、ドライソケット、感染症といった患者にとって意味のある臨床結果を改善するのか。

さらに日本では、海外論文に登場する0.12%、0.2%CHXをそのまま国内臨床へ持ち込むこともできない。日本には医療用医薬品、一般用医薬品、医薬部外品という異なる承認体系があり、その背景には1970年代以降に蓄積したアナフィラキシー報告と、安全対策の歴史がある。

なお、本稿に登場する0.12%、0.2%、さらには2%といった濃度は海外研究の試験条件を紹介するものであり、日本国内で同濃度の口腔使用を推奨するものではない。日本での取り扱いについては後半で現行のPMDA添付文書、厚生労働省の承認基準、日本歯周病学会資料まで分けて整理する。

今回は「CHXは効くのか」という単純な問いではなく、もう一段深いところから考えてみたい。

いま私たちは、何をもってクロルヘキシジンを“gold standard”と呼んでいるのか。

まず整理したい――CHX・CHG・CHHは同じ言葉ではない

本稿では「クロルヘキシジン」という分子・薬剤群全体を指す場合にCHXと表記する。

一方、日本の薬事制度を考えるときは塩の違いが重要になる。

クロルヘキシジングルコン酸塩(chlorhexidine gluconate:CHG)は水溶性が高く、海外の洗口液研究でも頻繁に用いられる。クロルヘキシジン塩酸塩(chlorhexidine hydrochloride:CHH)は性質や製剤用途が異なり、日本では薬用歯磨剤などにも使用されてきた。

したがって、「CHX」という海外論文上の大きな括りと、日本の製品ごとの「CHG」「CHH」を混同すると、後半で扱う0.05%問題が分からなくなる。

なぜCHXは半世紀以上「ゴールドスタンダード」と呼ばれてきたのか

CHXは陽イオン性のビスビグアナイド系化合物である。細菌表面は負に帯電しているため、正に荷電したCHXは細菌表面へ引き寄せられる。

比較的低濃度では細胞膜を障害し、細胞質成分の漏出や酵素阻害を起こす。さらに高い曝露条件では細胞内蛋白質や核酸の沈着などを生じ、より強い殺菌作用へ移行すると考えられている。

そしてCHXの大きな特徴が、substantivity(口腔内の組織や歯面へ吸着し、作用が持続する性質)である。

歯面、口腔粘膜、唾液由来の糖蛋白などへ吸着し、その後徐々に放出されるため、洗口した瞬間だけ作用して終わる薬剤ではない。この持続性こそ、単に試験管内で少量でも菌の発育を抑えられる抗菌物質とは異なるCHXの大きな強みである。

ただし、ここで一つ注意が必要になる。

製品ラベルに書かれた濃度と、バイオフィルム内部のすべての細菌が実際にさらされている濃度は同じではない。

唾液による希釈、蛋白への結合、飲食、バイオフィルムの厚み、接触時間、使用する剤形によって、細菌が実際に受ける抗菌作用の強さは時々刻々と変化するからである。

0.12%と0.2%――濃いCHXほど優れているのか

海外の洗口液研究でよく登場するのが0.12%と0.2%である。

2026年にまとめられた濃度比較のレビューでは、0.12%、0.2%の双方がプラークや微生物制御に有効で、0.2%のほうがわずかに高い効果を示す傾向がある一方、高濃度では着色、味覚変化などの有害事象が増え得ると整理されている。

ここで「0.2%のほうが少し強い。なら0.2%を使えばよい」と終わらせるのは早い。

薬剤を選ぶときに本当に見るべきなのは、追加される効果と、そのために増える副作用・不利益の差である。

さらに、0.2%という同じ数字であっても、30~60秒程度口腔内を通過する洗口液と、局所に保持されるゲルでは、薬剤の接触環境が異なる。

2023年の口腔外科領域のシステマティックレビュー・メタ解析では33研究、4766症例が解析され、CHXは洗口液だけでなくゲルなど複数の剤形で使用されていた。0.2%を用いた研究が26、0.12%が11、ゲルが18、洗口液が21含まれていた。

したがって、CHXは

濃度 × 剤形 × 接触時間 × 滞留性 × 使用期間

として評価するほうが臨床の実態に近い。

CHXの前にまずバイオフィルムを壊す――歯ブラシの代わりにはならない

歯周治療ではこの点が特に重要である。

日本歯周病学会の「歯周治療のガイドライン2022」でも、化学的プラークコントロールは機械的プラークコントロールを置き換えるものではない。歯ブラシ、歯間清掃、スケーリング・ルートプレーニングなどによる機械的なバイオフィルム除去が基本にある。

当院でも「マウスウォッシュだけで歯周病予防はできる?」で解説しているが、洗口剤はあくまで機械的清掃を補助する位置づけである。

CHXほど強い薬剤でも、この原則は変わらない。

形成途中のバイオフィルムと、成熟して複雑な基質を形成したバイオフィルムでは、殺菌・消毒成分への感受性が異なる。

2025年末に発表されたCHX+sodium DNA研究でも、S. mutansのバイオフィルム形成初期には各CHX製剤が強い抑制作用を示した一方、成熟したS. mutansバイオフィルムへの作用はかなり小さくなった。

過去の臨床研究でも、0.12%CHXはあらかじめプラークを除去した歯面では高い抗プラーク作用を示す一方、すでにプラークで覆われていた歯面では効果が低下している。

つまり、

「CHXで歯を磨く」のではなく、「物理的にバイオフィルムを崩したうえで、CHXを補助的に使う」

という順序が重要になる。

一度1000分の1まで減った菌が、その後どうなるのか

殺菌・消毒薬の研究では「直後」に目が行きやすい。

ところがバイオフィルムで本当に興味深いのは、その後である。

Chatzigiannidou氏らの多菌種バイオフィルム研究では、0.12%CHXへの曝露直後、生菌数は約3 log低下した。3 log低下というのは、おおまかにいえば1000分の1まで減ったことを意味する。

そこだけを見れば圧倒的な殺菌効果である。

ところが、その後バイオフィルムは急速に再増殖した。

14菌種バイオフィルムでは72時間後には菌数がほぼ元のレベルへ戻り、ヒト由来の口腔細菌叢モデルでも早いものでは24時間後から大きな再増殖を示した。

しかも「元通り」ではなかった。

あるモデルではもともとVeillonella parvulaが大部分を占めていた細菌叢がCHX後にはStreptococcus gordonii優位へ変化し、産生される代謝物もpropionate(プロピオン酸)主体からlactate(乳酸)主体へ変化した。

すなわち、

殺菌 → 再増殖 → 細菌叢の構成変化

が起こり得る。

「一度どれだけ菌数を落としたか」と、「長期間どのような微生物生態系を維持できるか」は別問題なのである。

日本でもS. mutansのバイオフィルム構造を変える研究が出ている

日本からも同方向の基礎研究が報告されている。

2024年の日本小児歯科学会大会では、日本人小児由来S. mutansを用いてコンクールFとCHGによるバイオフィルム形成への影響を検討した研究が報告された。

この試験管内研究では、添加濃度が上がるほどバイオフィルム形成量が減少し、0.1%添加条件でもバイオフィルム密度が有意に低下した。さらにバイオフィルムの基質を構成するglucan(グルカン)量も濃度上昇に伴って減少した。

もちろん学会抄録であり、臨床試験ではない。実際の患者が使用する洗口条件とも同一ではない。

しかし、「CHXは浮遊菌を殺すだけでなく、バイオフィルムの量や構造そのものへ作用する」という方向性を日本の研究からも補強する結果として興味深い。

CHXは菌を殺すだけでなく「行動」まで変える――gtfD、brpA、luxS、vicK

今回このコラムを書くきっかけになった2026年の研究では、CHGやalexidineなどがS. mutansへ与える影響を、単なるMICだけでなくバイオフィルム関連遺伝子まで調べている。

CHGはS. mutansに強い抗菌作用を示し、基準株のMIC(最小発育阻止濃度)は2 μg/mL、臨床分離株では4 μg/mLだった。

さらにバイオフィルム量を抑制するとともに、

gtfD
brpA
luxS
vicK

といったバイオフィルム形成・維持に関係する遺伝子発現へ影響した。

gtfDはglucanを介した付着、brpAはバイオフィルムの成熟・構造安定性、luxSは細菌同士の情報伝達、vicKは環境ストレスへの応答などに関与する。

つまり細菌に作用する薬剤は、

「菌が生きているか、死んでいるか」だけを決めるON/OFFスイッチではない。

完全には発育を止めないsub-MIC、つまりMIC未満の条件では、細菌が遺伝子発現や代謝を変化させる可能性がある。

同研究では、MIC未満のamoxicillin曝露でS. mutansのバイオフィルム形成量が12.5~14.3%増加するという逆説的な結果も報告された。

これは「アモキシシリンを服用するとむし歯が増える」という意味ではない。

重要なのは、

抗菌物質は、殺菌濃度に達しない環境では細菌にとって一種の環境シグナルにもなり得る

ということである。

S. mutansを減らせば、本当にむし歯は減るのか

ここで臨床へ戻ろう。

CHXがS. mutansを減らすこと自体には多くの研究がある。

しかし、

S. mutansが減った=人間のう蝕が減った

とは限らない。

過去の臨床レビューでも、CHX洗口によるS. mutans減少は確認される一方、CHX単独による明確なう蝕予防効果についてはエビデンスが弱いと整理されている。

理由は単純で、う蝕はS. mutans一種類で決まる病気ではないからである。

糖摂取頻度、フッ化物、唾液量、緩衝能、歯面形態、多菌種バイオフィルム、酸産生・酸耐性、清掃状態など多数の因子が関与する。

したがって、細菌に作用する薬剤の研究に出てくる

最小発育阻止濃度(MIC) → 生菌数 → バイオフィルム量 → 病原性に関わる遺伝子発現 → プラーク指数 → う蝕病変 → 歯の生存

は、すべて別の評価項目である。

上流にある代替的な指標が良くなっても、その効果がそのまま患者にとって重要な最終的な臨床結果まで伝わるとは限らない。

培養皿では細胞毒性がある。それでも口腔外科ではCHXが有利なのか

CHXをめぐる議論で頻繁に登場するのがcytotoxicity、すなわち細胞毒性である。

今回の2026年研究でもCHGやalexidineによってヒト歯肉線維芽細胞の生存率低下が確認されている。

2024年の細胞毒性に関するシステマティックレビューでも、線維芽細胞、keratinocyte(角化細胞)、歯根膜細胞などを用いた複数の試験管内研究でCHXによる細胞障害が報告されている。濃度や曝露時間によって影響が大きくなる研究も少なくない。

ここだけ読めば、

「CHXを創傷部へ使えば治癒を邪魔するのではないか」

という疑問が生じる。

ところが、人間の臨床結果を見ると話は一気に複雑になる。

33研究・4766症例のメタ解析では、創傷治癒全体はCHX有利

2023年の口腔外科領域のシステマティックレビュー・メタ解析では33研究、4766症例を解析している。

創傷治癒全体では、CHX使用群で不良な治癒・合併症が少ない方向となり、RR(リスク比)は0.66、95%CI(95%信頼区間)は0.55~0.80だった。

ただしI²=85.9%であり、研究間のばらつきは非常に大きかった。

したがって「CHXは創傷治癒を34%改善する」と単純に一本化して読むべきではない。

ドライソケットでは結果がかなり一貫している

一方、alveolar osteitis、いわゆるドライソケットについては結果がかなり安定している。

全体のRRは0.46、95%CI 0.39~0.53、I²=7.1%だった。相対的には発生リスクが約54%低い。

さらに0.12%ではRR 0.47、0.20%ではRR 0.46で、この評価項目では両濃度の推定値は非常に近かった。

当院ではドライソケットの診察・洗浄・鎮痛処置についても詳しく解説しているが、「洗浄」「抗菌」「疼痛」「創傷治癒」を一つの概念にまとめないことが重要である。

同じメタ解析でも「上皮化」「疼痛」は別の答えになる

上皮化ではRR 1.05で有意差なし。疼痛も全体では有意差がなかった。

一方、ゲルに限定した解析では術後疼痛の低下が認められた。

さらに創傷治癒の0.12%群だけを見るとRR 1.59という一見CHX不利の数字も出ているが、これは239例の1研究だけからなる解析である。

ここから「0.12%CHXは傷の治りを悪くする」と結論することはできない。

むしろこの結果が教えてくれるのは、

「創傷治癒」という一語の中にも、ドライソケット、発赤、上皮化、疼痛など異なる評価項目がある

ということである。

次世代CHX研究は「もっと殺す」から「宿主を守りながら殺す」へ

この研究思想の変化を象徴するのが、2025年末に報告されたCHX+sodium DNA研究である。

0.20%、0.12%CHXについてsodium DNAの有無を比較すると、各CHX製剤はS. mutansに強い抗菌作用を示した。

一方、sodium DNAを加えた製剤では、一部のバイオフィルムモデルで抗バイオフィルム作用を維持しながら、D. discoideumの生存や貪食機能への障害が小さく、代謝物解析でもCHX単独より細胞への代謝ストレスが軽減した。

この研究で「抗菌作用と宿主細胞への影響を抑えることのバランス」という意味で最も良好と評価されたのは、単純に最も高濃度の製剤ではなく、0.12%CHX+sodium DNAだった。

ただしD. discoideumはヒトではない。使用菌も標準化された基準株であり、試験管内研究である。

したがって、この製剤を現時点で人へ推奨できるという話ではない。

それでも研究の方向性は興味深い。

昔の問いが、

「一番強く菌を殺すのはどれか」

だったとすれば、新しい問いは、

「必要な抗菌力を保ちながら、宿主への障害を最小化できるのはどれか」

へ変わっている。

口腔内は「無菌に近いほど健康」なのか

CHXの評価をさらに複雑にしたのが口腔マイクロバイオーム研究である。

かつて抗菌療法は「病原菌を見つけ、減らし、殺す」という考え方が中心だった。

しかし口腔内には多数の常在微生物が存在し、栄養素の代謝、pHの調節、他菌の定着抑制、宿主免疫との相互作用など、多数の機能を担っている。

当院でも口腔内細菌叢(オーラルフローラ)や、より広い意味での微生物生態系を扱った歯周病治療後の細菌ネットワークと宿主応答について解説してきた。

現在の口腔用殺菌・消毒成分の研究では、

「菌が何匹減ったか」から、「口腔内の微生物生態系がどう変わったか」へ

評価対象が広がっている。

0.2%CHXを7日間使うと、細菌叢だけでなく唾液の代謝環境まで変わった

Bescos氏らの2020年研究では、健康成人36人が0.2%CHXを1日2回、7日間使用した。

その結果、口腔マイクロバイオームの構成が変化し、FirmicutesやProteobacteriaが増加する一方、Bacteroidetes、Fusobacteriaなどが減少し、細菌叢の多様性も低下した。

さらに、

唾液pH低下
緩衝能低下
乳酸増加
glucose(グルコース)増加
口腔内の硝酸還元能低下
唾液中亜硝酸塩低下
血漿中亜硝酸塩低下

まで同時に観察された。

これは単なる菌種構成の話ではない。

微生物が口腔内で担っている代謝機能そのものが変化した可能性を示している。

口腔細菌と硝酸塩―亜硝酸塩―NO経路――「CHXで血圧が上がる」とはまだ言えない

口腔内の一部細菌は、食事などから得られた硝酸塩(nitrate)を亜硝酸塩(nitrite)へ還元する。

その一部はその後、一酸化窒素(NO)産生へつながる。NOは血管機能との関連でも研究されている。

このため、抗菌洗口剤が硝酸塩を還元する細菌を大きく変化させれば、口腔だけでなく全身生理への影響があるのではないかという研究が行われてきた。

CHX使用後に亜硝酸塩低下と血圧上昇を認めた小規模研究も存在する一方、血圧変化が確認されなかった研究もある。

したがって現時点で、

「CHXを使うと血圧が上がる」

と断定することはできない。

重要なのは、口腔用の殺菌・消毒成分の評価対象がプラーク指数だけではなく、細菌が担う生理的機能まで広がってきたことである。

2025年研究の逆説――「亜硝酸塩産生菌の割合は増えた」のに「機能は落ちた」

2025年のpropolis mouthwashとCHXを比較した研究は、マイクロバイオーム研究を読むうえで非常に示唆的である。

健康成人45人を0.2%CHX群21人とpropolis群24人へ無作為化し、1日2回、7日間使用した。

CHX群では亜硝酸塩産生菌(nitrite-producing species:NPS)の相対的な割合は増加した。

ところが、実際に亜硝酸塩を産生する機能を表すnitrite-producing activity(NPA:亜硝酸塩産生活性)は有意に低下した。

一見すると矛盾している。

しかしマイクロバイオーム解析で示される「relative abundance=相対的な割合」は、菌の絶対数とは違う。

例えば、1000万個の細菌の30%は300万個だが、1億個の15%なら1500万個になる。

割合だけなら前者のほうが高いが、絶対数は後者のほうが5倍多い。

さらに菌の数だけでなく、硝酸塩還元に関係する酵素活性そのものが変化している可能性もある。

つまり、

誰がいるか ≠ 何匹いるか ≠ その菌が何をしているか

なのである。

同研究ではCHX後にα多様性、つまり一つの検体内にどれほど多様な細菌が存在するかを示す指標が低下し、β多様性、つまり検体同士の細菌叢の違いを示す指標も変化した。さらに17属42菌種の構成変化が確認され、唾液pH・緩衝能・亜硝酸塩・アンモニアは低下し、乳酸・グルコースは増加した。

一方、propolis群は細菌叢と亜硝酸塩産生活性への影響が小さかった。

ただし、この研究を「propolisがCHXの優れた代替薬である」という話へ変えてはいけない。

使用されたpropolis mouthwashは2.5%で、試験管内でS. mutansやRothia dentocariosaの発育を明瞭に抑制したのは20%という大幅に高い条件だった。研究規模も小さく、女性が多く、偽薬群もない。

「細菌叢を乱しにくい」ことと、「十分な抗菌効果がある」ことは、別々に証明する必要がある。

CHXを4週間やめたら、口腔細菌叢は元に戻るのか

2024年のBartsch氏らの研究は、この問題をさらに一歩進めている。

歯周外科後の患者20人が0.2%CHXを1日2回、4週間使用し、

使用前
4週間使用直後
中止4週間後

の唾液と歯肉縁上プラークをショットガンメタゲノム解析によって調べた。

CHX使用後、唾液とプラークの両方でα多様性が低下し、Streptococcusの相対的な割合が増加した。

興味深いのは中止後である。

唾液の多様性は4週間後にはほぼ使用前の状態へ回復した。

ところが歯肉縁上プラークでは、中止4週間後でも元の多様性へ完全には戻らなかった。

つまり「口腔マイクロバイオーム」を一つの生態系として扱うこと自体が粗い。

唾液、舌、歯面、歯肉縁上バイオフィルム、歯肉縁下バイオフィルムでは、環境も細菌も異なり、抗菌剤からの回復速度まで違う可能性がある。

この研究は、

「CHXをやめればすぐ全部元通りになる」

とも、

「一度使ったら永続的な細菌叢の乱れが残る」

とも証明していない。

そこを越えて解釈しないことも重要である。

ではCHXは「耐性菌を作る」のか

ここは今回のテーマの中でも、最も言葉を慎重に選ぶ必要がある。

抗菌薬には菌種ごとの臨床的な判定基準が整備され、「感受性がある」「耐性がある」を臨床的に分けられるものが多い。

しかしCHXのような消毒薬では、抗菌薬と同様の標準化された臨床的判定基準が十分確立していない。

したがって、

MICが2倍になった=臨床的に問題となるCHX耐性菌になった

とは単純には言えない。

Cieplik氏らの2019年レビューでも、「耐性」だけでなく、感受性低下、環境への適応、一時的な耐性状態、少数菌の生き残りなどを区別して考える必要性が指摘されている。

分子レベルではefflux pump(薬剤排出ポンプ)や膜構造変化などがCHX感受性に関与し、その一部は抗菌薬耐性の仕組みとも重なる。

さらに成熟バイオフィルム内部では、表層から深部へ行くほどCHX濃度が低下し、MIC未満の環境が生じる可能性もある。

理論的には耐性を持つ菌が選択されやすくなる圧力が生じ得る。

しかし、理論と実際の患者口腔内での臨床的な耐性は別である。

2024年のヒト耐性遺伝子研究――耐性遺伝子の「増加」はまだ証明されていない

先ほどのBartsch氏らの20人研究では、マイクロバイオームだけでなくantimicrobial resistance genes(ARGs:抗菌薬耐性遺伝子)も解析されている。

ここは論文の要旨の結論だけを読むと誤解しやすい。

CHX使用中に、tetA(60)、tetB(60)、tet(B)といったテトラサイクリン系薬剤の排出ポンプに関係する耐性遺伝子に増加傾向が観察された。

しかし、抗菌薬耐性遺伝子全体として統計学的に有意な増加は確認されていない。

具体的には、歯肉縁上プラークのtetA(60)はFDR 0.055、tetB(60)は0.804、唾液中tet(B)は0.073だった。FDRは多数の遺伝子を同時に比較するときに偶然の有意差を補正するための指標である。

通常の5%基準なら、有意とはいえない。

したがって、

「0.2%CHXを4週間使うとテトラサイクリン耐性遺伝子が増えることが証明された」

という書き方はできない。

現時点では、

「口腔細菌叢の明瞭な変化は確認された。抗菌薬耐性遺伝子の一部には増加傾向がみられたが、統計学的に確定した耐性遺伝子全体の増加とはいえず、さらに検証が必要」

というのが妥当だろう。

CHXに代わる「次の王者」はもう存在するのか

CHXに欠点があるのであれば、もっと安全で強いものへ置き換えればよい。

理屈では簡単だが、現実はそう単純ではない。

Alexidine

2026年の研究ではalexidineもS. mutansへ非常に強い抗菌作用とバイオフィルム関連遺伝子の抑制を示した。

しかし宿主細胞への影響も認められている。しかもalexidineの口腔応用研究は1970年代から存在しており、突然登場した新薬でもない。

二酸化塩素

慢性歯周炎患者48人で0.2%CHXと0.1%安定化二酸化塩素を比較した研究では、CHXで好気性菌が81.96%、嫌気性菌が86.05%減少した。

二酸化塩素でも嫌気性菌は79.75%減少し、洗口後の菌数では群間差が明確でない評価項目もあった。一方、味や臭いの受容性は二酸化塩素側が良好だった。

つまり、薬剤評価には「殺菌力」だけでなく患者が継続できるかという軸も存在する。

CPC

日本ではcetylpyridinium chloride(CPC:塩化セチルピリジニウム)は身近な口腔抗菌成分である。

厚生労働省の現行「薬用歯みがき類製造販売承認基準」でも、「洗口のみを行うもの」の標準有効成分としてCPC 0.03~0.05%が掲載されている。

Oil pulling

自然由来の代替法として、油を口に含んですすぐoil pullingもしばしばCHXと比較される。

2024年のシステマティックレビュー・メタ解析では25件の無作為化比較試験(RCT)、1184人が対象となった。

プラーク指数についてはCHXがoil pullingより有意に優れ、SMD(標準化平均差)は0.33、95%CI 0.17~0.49だった。

一部の歯肉炎指数ではoil pullingに良い傾向もあるが、GRADEによるエビデンスの確実性は全体としてvery low、すなわち非常に低かった。

したがって、

「自然由来だからCHXより安全で優れている」

という結論は現在のエビデンスからは導けない。

Propolis

先ほどの2025年研究ではpropolisのほうが口腔細菌叢への影響は小さかったが、2.5%製剤そのものにCHXと同等の抗菌力が証明されたわけではない。

抗菌作用と口腔細菌叢を大きく乱さないことの両方を満たして初めて、真の代替候補になる。

周術期のCHX――「菌数が減った」と「感染が減った」を混同しない

術前洗口の研究では、唾液中細菌数やエアロゾル中微生物量が評価項目として頻繁に使われる。

しかし、

唾液中の生菌数低下 → エアロゾル中の微生物低下 → 医療従事者への曝露低下 → 実際の感染成立低下

には複数の段階がある。

「菌数が80%減った」から「感染が80%減る」とは言えない。

2026年RCT――SSIは減った。しかし肺炎は減っていない

2026年7月にBMJ Global Healthで報告された二重盲検無作為化比較試験は興味深い。

口腔衛生状態が不良な成人228人を、0.2%CHX 114人と生理食塩水114人へ無作為化し、全身麻酔下で短時間予定腹部手術を行った。

CHX群では、

術後咽頭痛 18.42% vs 47.37%
培養陽性 21.05% vs 62.28%
SSI(手術部位感染) 4.39% vs 21.93%

と複数の項目で差が出た。入院期間もCHX群で短かった。

しかし、重要なのはここからである。

術後肺合併症全体は17.54% vs 24.56%で有意差なし。

画像診断で確認された肺炎も0.88% vs 1.75%で有意差なしだった。

したがって、このRCTを、

「術前CHXで肺炎が予防できた研究」

として紹介するのは正しくない。

正確には、口腔衛生状態が不良という特定集団で、細菌培養、SSI、咽頭痛、入院期間など複数の臨床結果に有益な差を認めた一方、肺炎について差は証明されなかった研究である。

単一施設の研究であり、多数の評価項目を調べている点なども一般化する際の制限となる。

「CHXを含むVAP予防策で69.5%減少」をCHX単独効果と読んではいけない

2026年の小児ICU研究では、VAP(人工呼吸器関連肺炎)の複合的な予防策を導入した後、VAP発生率が20.0%から6.1%へ低下した。

相対的には69.5%の減少であり、調整後OR(オッズ比)は0.23だった。

数字だけを見ると非常に強い。

しかし介入はCHX単独ではない。

2歳以上には0.12%CHXによる口腔ケア、2歳未満には生理食塩水を使用し、それ以外にも頭部挙上、微生物の定期的な監視、人工呼吸器から離脱できるかどうかの日々の評価など、複数の介入を同時に行った予防策だった。

研究自体も、個々の予防策がどれだけ結果へ寄与したかを分離できないことを限界として認めている。さらに過去の患者群を対照とした前後比較研究、単一施設、予定症例数未達などの問題がある。

したがって、

「CHXで小児VAPが69.5%減った」

ではなく、

「CHXを含む多面的なVAP予防策の導入後に69.5%減った」

と書かなければならない。

ICUのCHX論争――危険を示す兆候も無視はできない

ICU領域では、CHXの評価が歯科外来以上に激しく揺れている。

2%CHXでは295人中29人に口腔粘膜病変

2016年のEuropean ICU報告では、2%CHX mouthwashを使用した295人中29人、9.8%に、びらん、潰瘍、白黄色のプラーク様病変、粘膜出血などが認められた。

CHXを中止した症例では病変は消失した。

ただし、この9.8%という数字を通常の歯科で用いられる0.12~0.2%へ外挿してはいけない。

これは2%という高濃度をICU患者へ使用した研究である。

8万人超の観察研究では死亡との関連が出た

2018年には82,274人を対象とした院内全体の後ろ向き観察研究で、CHXによる口腔ケアと院内死亡との関連が報告された。

低曝露群でも調整後OR 2.61という大きな関連が出た。

しかしこれは無作為化比較試験ではない。

CHXによる口腔ケアは、自分で口腔清掃できない患者にも多く行われており、そもそもCHXを使われた患者のほうが重症だった可能性がある。つまり、「CHXを使ったから死亡が増えた」のではなく、「重症患者だからCHXによる口腔ケアが必要だった」という影響を完全には除けない。

実際、同研究では人工呼吸器を使用していた患者や一部の心血管手術患者では同じ有害な関連が確認されなかった。

したがって、

「CHXによる口腔ケアで死亡率が上がることが証明された」

とも書けない。

2025年には専門誌で「YES!」論文まで出た

この論争を象徴するように、2025年にはIntensive & Critical Care Nursingに“Should we still use chlorhexidine oral care? Yes!”という論争形式の論文が掲載された。

このYES側論文は、過去の無作為化比較試験やメタ解析でVAP低下が報告され、死亡増加は無作為化比較試験をまとめると有意ではないことなどを根拠に、適切な対象へのCHX継続使用を支持している。

一方、反対側にはVAP診断そのものの判定の偏り、死亡増加を示唆する結果、高濃度での粘膜障害、誤嚥の可能性などを問題視する議論が存在する。

同じCHXという薬剤を見ながら、専門家の結論すら割れる。

だからこそ、タイトルではなく、

対象患者は誰か
濃度はいくつか
使用期間は何日か
CHX単独か複数の予防策の一部か
主要な評価項目は何か
研究方法は無作為化比較試験か観察研究か

へ戻って読む必要がある。

ここから日本の話――「日本ではCHXは0.05%まで」で終わらせてよいのか

海外論文を読んでいると0.12%、0.2%CHXが当然のように登場する。

一方、日本では「CHXは0.05%まで」という説明を目にすることがある。

しかし、現行制度を詳しく確認すると、この一文だけでは不十分である。

医療用CHGは0.05%でも「口腔内へ使ってよい」わけではない

2026年8月時点でPMDAに掲載されている医療用医薬品「ヒビテン・グルコネート液20%」は、2025年3月改訂の添付文書で、

「腟、膀胱、口腔等の粘膜面には使用しないこと」

を禁忌としている。

理由として、これらの部位への使用でショック、アナフィラキシーの症状が報告されていることが明記されている。

一方、同じ添付文書には「皮膚の創傷部位の消毒」にCHG 0.05%水溶液を使用する用法がある。

ここが非常に重要である。

この0.05%は「口腔内なら0.05%まで使える」という意味ではない。

皮膚創傷部など、その医療用製剤に承認された使用部位についての濃度である。

したがって、医療用CHG殺菌消毒剤を「0.05%へ薄めれば口腔粘膜に使用できる」と理解するのは誤りである。

現行添付文書では、使用前にCHX過敏症歴や薬物過敏体質を十分問診することも求められ、重大な副作用としてショック、アナフィラキシーが記載されている。

では、なぜ日本でCHG配合マウスウォッシュが販売されているのか

ここで当然、疑問が生じる。

「口腔粘膜が禁忌なら、なぜCHG配合のマウスウォッシュが日本にあるのか」と。

現在もコンクールFは医薬部外品の薬用マウスウォッシュとして販売され、薬用成分としてクロルヘキシジングルコン酸塩液を含んでいる。

これは医療用医薬品として承認された「殺菌消毒剤」と、医薬部外品として承認された「薬用口腔製品」が同じ承認体系ではないためである。

したがって、

「日本ではCHXの口腔使用は禁止されている」

も正確ではない。

同時に、

「0.05%以下ならCHXを自由に口腔内使用できる」

という理解も正確ではない。

製品区分、塩、剤形、用法、使用部位、個々の承認内容まで確認する必要がある。

厚労省の現行承認基準を読むと「洗口のみ」の標準成分にCHXは入っていない

2026年8月時点で厚生労働省の医薬部外品ページに掲載されている薬用歯みがき類製造販売承認基準は、2021年6月28日付けの基準である。

この基準は薬用歯みがき類を、

  • ブラッシングを行うもの
  • 口に含み、すすいで吐き出した後にブラッシングするもの
  • 洗口のみを行うもの

に分けている。

「ブラッシングを行うもの」の標準有効成分には、クロルヘキシジン塩酸塩(CHH)が0.001~0.05%で掲載されている。

一方、「洗口のみを行うもの」の標準リストは、CPC 0.03~0.05%、ベンゼトニウム塩化物0.01%、トリクロサン0.02%であり、CHXは標準成分として掲載されていない。

しかし、この承認基準に掲載されていない製品がすべて承認不能という意味でもない。

厚労省は、この基準に適合しない薬用歯みがき類についても、承認前例を示す資料または有効性・安全性資料を提出し、それに基づいて審査する仕組みを明記している。

したがって、「現在の標準リストにCHX洗口液がない」ことと、「現にCHG配合の医薬部外品洗口剤が存在する」ことは制度上両立する。

では日本歯周病学会の「0.05%」は何を意味するのか

日本歯周病学会「歯周治療のガイドライン2022」の表10では、グルコン酸クロルヘキシジン洗口剤について、

欧米で用いられている濃度:0.12~0.20%
日本の薬事での上限濃度(医薬部外品として):0.05%

と整理されている。

海外との濃度差を臨床家が理解するうえでは非常に分かりやすい。

しかし、先ほど厚労省の承認基準を詳しく見たように、行政上は「ブラッシング」「洗口後ブラッシング」「洗口のみ」で標準成分が異なり、さらに基準外の個別審査も存在する。

したがって学会表の0.05%を、

「日本のあらゆるCHX口腔製剤に一律に適用される単純な法的上限」

と読み替えるのは少し粗い。

学会資料は臨床的な整理、行政資料は製品承認体系の詳細を示している。両者は見ている粒度が違うと考えるほうが理解しやすい。

日本の低濃度CHXにも抗菌作用の臨床データはある

ここで、「日本では低濃度だから、海外のCHXとはまったく別物で効果がないのではないか」という疑問も生じる。

日本の臨床研究を見ると、そう単純でもない。

2014年、新潟大学の研究では、歯周基本治療後に5mm以上の残存歯周ポケットを有する患者30人を、

  • CHH+CPC群
  • CHG配合コンクールF群
  • 抗菌成分を含まない対照群

の3群へ10人ずつ無作為化し、二重盲検で4週間比較した。

CHG群では歯肉縁上プラーク中の総菌数が有意に低下した。

CHH+CPC群では、唾液中総菌数、唾液中S. mutans、舌苔中総菌数、歯肉縁上プラーク中総レンサ球菌数など、複数の微生物学的指標が低下した。

CHH+CPCの実使用濃度はそれぞれ0.01%だった。

また、この30人の研究では3群とも有害事象は認められなかった。

ただし、10人/群という小規模研究であり、主な評価は微生物学的な指標である。

したがって、

「日本の0.01%製剤が海外0.2%と同等の臨床効果を持つ」

と結論することはできない。

一方で、

「海外より低濃度だから日本のCHXには何の抗菌作用もない」

という説明も適切ではない。

濃度だけでなく製剤、併用成分、使用頻度、口腔内での持続性を含めて考える必要がある。

なぜ日本ではCHXの取り扱いが海外と違うのか――1974年からのアナフィラキシー史

背景には、日本で比較的早くから蓄積したアナフィラキシー報告がある。

2015年に報告された国内文献レビューでは、1974年以降のCHG関連アナフィラキシー84症例が収集された。

そのうち、使用部位と濃度が確認できた77例について、当時の承認範囲に当てはめて解析すると、57例、74.0%が承認範囲外の使用方法だった。

内訳を見ると、使用部位そのものが適応外だったものが35例。そのうち粘膜使用が29例で、口腔・口唇周囲が16例を占めた。

使用部位は適応内だが濃度が高かったものが23例。

部位・濃度とも適応内だったのは10例だった。

日本では1974年に当時の厚生省「医薬品副作用情報」でCHGによるアナフィラキシーが取り上げられ、その後の症例集積を受け、1985年8月には医療用CHG製剤の使用上の注意が改訂され、粘膜面への使用が禁止されたという経緯がある。

これは現在の日本のCHX事情を考えるうえで非常に重要な歴史である。

ただし、

「日本ではCHXそのものが特別危険だったから低濃度になった」

と単純化するのも正しくない。

過去報告のかなりの割合には、現在なら適正使用とはいえない粘膜使用や高濃度使用が含まれていたからである。

低濃度ならアナフィラキシーは起こらない、でもない

一方、低濃度なら絶対安全ということでもない。

2004年の厚生労働省「医薬品・医療用具等安全性情報」では、口腔用CHG製剤に関連して歯科で起きたアナフィラキシーショック2症例が紹介されている。

一例は歯周ポケットをCHGとして0.005~0.010%の希釈液で洗浄した直後にショックを発症した。

もう一例では、それ以前にも0.0007~0.0010%という低濃度で歯周ポケット洗浄を複数回受けており、その後の再曝露で全身症状、呼吸困難、嘔吐、著しい血圧低下を伴うショックを生じた。

なお、いずれも歯周ポケット洗浄は当該資料上、適応外使用として扱われている。

したがって、

「0.2%だからアレルギーが起こる。0.01%なら起こらない」

という単純な濃度依存性だけでアナフィラキシーを説明することはできない。

濃度依存的な局所毒性と、免疫学的な即時型アレルギーは分けて考える必要がある。

2017年の国内外136症例解析――CHXアナフィラキシーは日本だけの現象ではない

2017年の国内外文献調査では、1985年から2017年までのCHX関連アナフィラキシーとして、日本54例、海外82例、合計136例が集積された。

約80%はCHXとの接触後10分以内に発症した即時反応で、33例が重症と判定されていた。一方、この文献集積に含まれた症例では死亡例は確認されていない。

この結果からも、CHXアナフィラキシーを「日本だけに特有の問題」と考えるべきではない。

各国でCHXの使用量、使用部位、製剤、医療制度、副作用報告制度が異なるため、「日本人はCHXアレルギーを起こしやすい」と結論できるデータもない。

2017年、日本では医薬部外品にもアナフィラキシー警告が拡大された

2017年10月、厚生労働省はCHGまたはCHHを有効成分として含有する医薬部外品についても、ショック・アナフィラキシーに関する使用上の注意を追加するよう通知した。

CHXでアレルギー症状を起こしたことがある人は使用しないこと。

使用後すぐにじんましん、息苦しさ、意識混濁などが現れた場合は直ちに使用を中止し、医療機関を受診すること。

こうした注意表示が医療用医薬品だけでなく医薬部外品まで拡張された。

2026年1月に改正された一般用医薬品の使用上の注意体系にも、CHXを含む含そう薬や歯痛・歯槽膿漏薬について、CHXアレルギー歴、口腔内の傷・ひどいただれ、ショック・アナフィラキシーに関する規定が残されている。

つまり日本は、CHXを「口腔から完全排除した国」ではない。

一方で、海外と同じ製剤・濃度・使用部位をそのまま認めている国でもない。

過去の重篤な安全性情報を背景に、製品区分、使用部位、濃度、剤形を細かく分けながら管理してきたと理解するほうが実態に近い。

それでもCHXは「ゴールドスタンダード」なのか

ここまで読むと、「結局CHXは良いのか、悪いのか」と聞きたくなるかもしれない。

しかし私は、その二択自体が現在のCHX研究には合わなくなっていると思う。

CHXには明らかな長所がある。

広範囲の抗菌作用がある。

口腔内へ吸着し、作用が持続する。

プラーク・歯肉炎の抑制について長期間にわたり多数の臨床研究が蓄積している。

口腔外科、とくにドライソケットでは比較的一貫した有益な結果が示されている。

そして2026年になっても、alexidine、二酸化塩素、propolis、新しいCHX製剤などを評価する際の比較基準としてCHXが使われ続けている。

これは、CHXが依然として基準となる薬剤である証拠でもある。

一方で、限界も明らかになった。

成熟バイオフィルムは簡単には排除できない。

大きく菌数を減らしたあとでも再増殖する。

菌数だけでなく細菌叢の構成や代謝まで変わる。

試験管内では宿主細胞への細胞毒性がある。

口腔細菌叢の多様性や硝酸塩還元機能への影響が報告されている。

感受性低下や抗菌薬耐性遺伝子への影響についても監視を続ける必要がある。

そして何より、

微生物学的な評価項目が改善したからといって、すべての臨床結果が改善するわけではない。

2026年の「gold standard」は、50年前と同じ意味ではない

もしgold standardを、

「最も強く菌を殺す薬」

と定義するのであれば、その定義自体が古くなりつつある。

現在、理想的な口腔用の殺菌・消毒成分に求められるのは、病的バイオフィルムを十分に抑え、必要な臨床的効果を得ながら、宿主細胞への障害を小さくし、健康に関与する常在細菌叢への攪乱をできる限り抑え、耐性菌が選択される圧力を小さくし、患者が継続でき、最終的に患者にとって意味のある臨床結果を改善することである。

そこまでを完璧に満たす薬剤は、まだない。

CHXを明確に全面的に置き換えるだけの臨床的根拠を蓄積した代替薬も、現時点では見当たらない。

だから私は、現在のCHXをこう考えるのが最も妥当だと思う。

CHXは2026年現在も、歯科で用いる殺菌・消毒成分を評価する際の基準としての「gold standard」である。

しかし、

「gold standardだから無条件に使う薬」ではない。

むしろ、

「gold standardだからこそ、その長所と限界を理解して適応を選び、濃度、剤形、期間、使用部位、患者背景を考えて使う薬」

へ変わったのだと思う。

最後に――抗菌剤の目的は、口の中を無菌にすることではない

歯周治療の基本は現在も機械的なバイオフィルム除去である。

歯周病の基本的な治療も、マウスウォッシュの使い方も、この原則から外れることはない。

洗口液は歯ブラシの代わりではない。

強い殺菌剤が不十分な機械的清掃を帳消しにしてくれるわけでもない。

そして口腔内には、排除すべき病原微生物だけではなく、人間と共生しながら口腔環境を支える膨大な微生物が存在する。

これからの口腔内の殺菌・消毒を考えるうえで問うべきなのは、

「何%殺せるか」

だけではない。

「どのバイオフィルムを、どの程度、どの期間抑えれば、宿主と患者にとって最も良い結果になるのか」

である。

CHXが半世紀以上gold standardであり続けてきたことは、決して偶然ではない。

しかし、これからのgold standardは単純な「殺菌力の王者」ではない。

微生物、生態系、宿主、安全性、耐性、そして患者の臨床結果まで含めて評価される薬剤。

CHXをめぐる最近の研究は、歯科における殺菌・消毒の考え方そのものが、その新しい基準へ移行している途中であることを示しているのかもしれない。

ブランデンタルクリニックでの洗口剤・歯周病治療の考え方

ブランデンタルクリニックでは、洗口剤だけに頼るのではなく、歯周組織の診査、プラーク・歯石・バイオフィルムの機械的除去、患者さん自身のセルフケアを基本に、必要に応じて口腔ケア製品を選択します。

広島市中区立町の当院は立町駅徒歩1分、立町中央ビル4階でエレベーター利用可能です。洗口剤による口腔粘膜の刺激、歯ぐきの腫れや痛みなどで早めの診察をご希望の場合は当日電話受付可で、診療状況に応じて急患同日可です。

なお、CHXを含む製品の使用直後に息苦しさ、全身じんましん、意識の異常などアナフィラキシーを疑う症状が生じた場合は、歯科医院への通常受診を待つのではなく、緊急性の高い全身症状として速やかに救急対応を受ける必要があります。

主な参考文献・公的資料

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