2026年10月08日

(歯科衛生士さんのある日の日誌)

はじめに
「このお薬、シュガーフリーって書いてあるので、歯には大丈夫ですよね?」
お子さんがシロップのお薬を飲んでいる保護者の方から、こんな質問を受けることがあります。
むし歯のことを考えると、「薬に砂糖が入っているか」はたしかに気になるところです。
特に、
- 「寝る前にも飲ませています」
- 「毎日何回か飲んでいます」
- 「短期間ではなく、長く続けています」
というお話を聞くと、歯科衛生士としては服薬そのものだけでなく、口の中への影響も少し気になります。
これまでなら、まず「糖が入っているか」を確認したくなる場面です。
ところが、2026年10月6日に『Scientific Reports』で公開された研究を読むと、小児用の飲み薬を歯の側から見るとき、糖の有無だけでは十分ではないことがよく分かります。
ベルギーで販売されている小児用経口製剤20製品を実際に分析したところ、今回測定した3種類の発酵性糖が定量されたのは7製品でした。
では、残りの製品は歯のことを考えなくてよいのでしょうか。
そう単純ではありません。
20製品のpHは2.37〜9.26まで大きくばらつき、13製品がpH5.5未満でした。
さらに、今回測定した果糖・ブドウ糖・ショ糖が定量されなかった製品の中にも、pHの低いものがありました。
研究者たちは糖とpHだけでなく、酸を中和するのにどれくらいの量が必要かを見る滴定酸度まで調べています。
今日は、
「砂糖入り=むし歯」
「砂糖ゼロ=歯に安全」
という二分法では見えにくい、子どもの薬と歯の関係を整理してみます。
最初に、とても大切なことを書いておきます。
この記事は、歯への影響を心配して必要な薬を自己判断でやめたり、服用回数を減らしたりするための記事ではありません。
薬は、病気を治療したり症状を和らげたりするために必要なものです。
その必要性を守ったうえで、長期・頻回に服薬しているお子さんでは、歯科の側からも見ておきたいことがある。
今回の研究は、そのことを考える材料の一つです。
2026年10月、Scientific Reportsに掲載された研究です
今回取り上げる論文は、
Fermentable sugars, pH and titratable acidity of paediatric over-the-counter oral medicines marketed in Belgium
という研究です。
ベルギーの薬局で入手できる小児用経口製剤20製品を対象に、薬そのものの物理化学的な特徴を調べています。
対象は、
- シロップ 10製品
- 顆粒 7製品
- 発泡錠 3製品
でした。
研究者たちが調べた主な項目は、
- 果糖・ブドウ糖・ショ糖
- pH
- 滴定酸度
です。

20人の子どもを調べた研究ではありません
ここは最初に区別しておきたいところです。
「20」という数字は子どもの人数ではなく、薬の製品数です。
実際の子どもに薬を飲んでもらって、
- 何本むし歯が増えたか
- 酸蝕による歯の摩耗がどれだけ増えたか
- 服薬後に口の中のpHが何分間下がったか
を追跡した研究ではありません。
薬剤を研究室で調べた実験室内の製品分析です。
そのため、今回の数字をそのまま「病気になる確率」と読み替えることはできません。
シロップと顆粒・発泡錠では、pHの測り方も少し違います
ここも研究方法として大切です。
シロップは、そのまま室温でpHを測っています。
一方、顆粒や発泡錠などの固形製剤は、原則として製品の説明書に示された量の水へ溶かしてから測定しています。
複数の調製量が示されている場合には、製品同士を比べやすくするため、200 mLの水に溶かす条件が使われました。
つまり今回の、
「発泡錠のpH」
「顆粒のpH」
という数字は、乾いた粉や錠剤そのものを測った値ではありません。
実際に水へ溶かして調製した後のpHです。
この違いは、結果を見るときに意外と大切だと思います。
今回の研究が面白いのは「砂糖」だけを測らなかったことです
小児用のシロップと歯という話を聞くと、真っ先に思い浮かぶのは「砂糖」かもしれません。
でも今回の研究者たちは、糖だけを測って終わりにはしませんでした。
同じ20製品について、
- 口腔内の細菌が利用して酸を作る材料になり得る発酵性糖
- 製剤そのもののpH
- 酸性を中和するためにどれくらいの塩基が必要かを見る滴定酸度
を調べています。
ここが今回の研究の特徴です。
「糖が多い薬は、必ずpHも低いのか」
「今回測った糖が見つからない薬なら、酸性ではないのか」
「pHが同じくらいなら、中和されやすさも同じなのか」
これらは、実は別々の問題です。
今回の研究自体も、「この薬を飲むと何%むし歯になる」と病気を予測することを目的としていません。
頻回・長期使用を考えるときに関係し得る薬そのものの特徴を整理することが目的でした。
まず「糖」――20製品中7製品で3種類の発酵性糖が定量されました
研究では、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)という分析法を使い、
- 果糖
- ブドウ糖
- ショ糖
の3種類を測定しました。
その結果、20製品中7製品で、これらの糖のいずれかが定量されました。
7製品の多くはシロップでした。
ショ糖は6製品で定量され、果糖は1種類のシロップで定量されています。
シロップでは、果糖が約240 mg/mL、ショ糖は約292〜638 mg/mL。
一つの顆粒製剤では、1回量あたり約880 mgのショ糖が測定されました。

「液体の薬だから、含まれる糖はごく少量だろう」
とは限らないことが分かります。
ただし、この「7製品」という数字にも注意が必要です。
「20製品中7製品だけに糖が入っていた」という意味ではありません
今回測定したのは、
果糖・ブドウ糖・ショ糖
の3種類です。
すべての糖質を網羅的に測定した研究ではありません。
研究者たち自身も、
- 乳糖
- マルトデキストリン
- 糖アルコール(ポリオール)
などは今回の定量対象ではなく、それぞれ発酵性やむし歯との関係が異なり得ることを限界として挙げています。
ですから、
「7製品には糖が入っていた」
「13製品には糖が入っていなかった」
と完全に二分するのは正確ではありません。
この記事でも、
「今回測定した3種類の発酵性糖が7製品で定量された」
と表現します。
また、メーカーが製品へ表示する「シュガーフリー」と、今回の分析で「果糖・ブドウ糖・ショ糖が定量されなかった」という結果も、厳密には同じ意味ではありません。
表示上の最大用量で計算すると、1製品から最大14.9 g/日の糖
さらに研究者たちは、実際に測った糖濃度と、製品表示上の最大1日量を組み合わせて、一日にどれくらいの糖を摂取する可能性があるかも計算しています。
その結果は、
0.19〜14.9 g/日
でした。
最大値は、アセトアミノフェン(パラセタモール)系のシロップでみられています。

14.9 gという数字は、かなり目を引きます。
ただし、この数字も慎重に読む必要があります。
14.9 gは「その薬を飲む子が毎日必ず摂る量」ではありません
14.9 gという数字は、
製品表示上の最大1日量を使った場合の推定値
です。
実際の服用量は、
- 年齢
- 体重
- 症状
- 薬の目的
- 1回量
- 服用回数
などによって変わります。
ですから、
「この薬を飲む子どもは毎日14.9 gの糖を摂取する」
という意味ではありません。
一方、この研究が示している大事なこともあります。
お菓子やジュースだけでなく、薬も日常的な糖の摂取源になる場合があるということです。
数日間だけ使う薬と、何か月・何年も繰り返して使う薬では意味が違います。
長期・反復的に服用する製剤では、薬に含まれる糖も、その子が一日の中で接する糖の一部になる可能性があります。
でも、今回もっと気になったのは「糖」よりpHでした
ここからが、今回の研究のもう一つの重要な部分です。
20製品のpHは、
2.37〜9.26
まで広がっていました。
そのうち、
20製品中13製品がpH5.5未満
でした。
さらに、
3製品はpH3.0未満
でした。
同じ「子どもが口から飲む薬」といっても、製剤の酸性度にはかなり差があります。

では、
「pH5.5未満だった13製品は、歯を溶かす薬だった」
という意味なのでしょうか。
そうではありません。
「pH5.5未満=その薬で歯が溶ける」ではありません
pH5.5は、歯科ではよく登場する数字です。
ただし、ここはかなり丁寧に読まなければなりません。
今回の論文ではpH5.5を、プラークがある条件でエナメル質の脱灰を考える際に広く引用される、おおよその目安として使っています。
研究者たちは、この数字を20製品の特徴を記述上分けるために使ったのであって、
「pH5.5を下回れば酸蝕症になる」
という臨床的な境界値として使ったわけではありません。
実際の口の中では、
- 唾液
- 唾液の緩衝作用
- 獲得被膜
- カルシウムやリン酸
- 歯面への接触時間
- 飲み方
- 歯の場所
- 摩耗や咬耗
など、さまざまな条件が関わります。
研究者たちも、低いpHだけを実際の歯面喪失と同じ意味にしてはいけないと注意しています。
ですから、
13/20がpH5.5未満
という結果は重要ですが、
「13製品が歯を溶かした」
とは言えません。
「今回測った糖が見つからない=酸性ではない」とも限りませんでした
では、果糖・ブドウ糖・ショ糖が定量されなかった製品はどうだったのでしょう。
ここが、今回の記事のタイトルにつながる部分です。
今回測定した3種類の糖が定量されなかった13製品のうち、
7製品はpH5.5未満
でした。

つまり、
「今回測定した発酵性糖が見つからない」
ことと、
「酸性ではない」
ことは同じではありませんでした。
「シュガーフリー」という表示を見て、
「砂糖がないなら、歯に関係する要素も全部なくなる」
と考えるのは少し早そうです。
糖と酸は、分けて考える必要があります。
「シュガーフリーの薬のほうが危険」という研究でもありません
ここは逆方向に言い過ぎないことも大切です。
なお、ここで比較しているのは厳密には、今回測定した果糖・ブドウ糖・ショ糖が定量されたかどうかによる分類です。
滴定酸度をpH7.0まで評価できた製品に限ると、今回測定した3種類の糖が定量されなかった10製品では滴定酸度の中央値が605.00 µL、糖が定量された6製品では78.44 µLでした。
数字だけを見ると、
「糖が定量されなかった製品のほうが悪いのでは?」
と感じるかもしれません。
でも、この研究はそう結論していません。
対象は20製品と少なく、製品数も群ごとにそろっていません。
市場から無作為に抽出された20製品でもなく、反復・長期使用される可能性のある製品などを考慮して意図的に選ばれています。
さらに、研究者たちは群間で正式な仮説検定を行っていません。
したがって、
「砂糖ゼロでも、それだけで歯への影響全部は判断できない」
とは言えますが、
「砂糖ゼロの薬のほうが歯に悪い」
とは言えません。
ここで「むし歯」と「酸蝕」を分けて考えてみます
「歯が酸で溶ける」と「むし歯」は、患者さんとのお話の中で一緒になってしまうことがあります。
どちらも歯のミネラルが失われる現象を含みますが、考え方は同じではありません。
発酵性糖から考える「むし歯」
発酵性糖が口の中に入ると、歯垢の中の細菌がそれを利用します。
その代謝によって酸が作られ、歯垢の中のpHが下がります。
この状態が繰り返され、脱灰が再石灰化を上回ると、むし歯につながります。
大まかには、
糖
↓
歯垢中の細菌
↓
酸
↓
脱灰
という流れです。
製剤そのものの酸から考える「酸蝕」
一方、酸蝕による歯の摩耗では、外から入ってきた酸そのものが歯面に作用します。
細菌が糖を代謝して酸を作らなくても、酸性の液体そのものが歯面へ化学的な負荷を与えることがあります。
こちらは、
酸性の製剤
↓
歯面への直接的な酸負荷
という別の経路です。
今回の論文でも、発酵性糖による歯垢中の細菌の酸産生と、低pHによる直接的なミネラル溶解は分けて説明されています。
ですから、
「甘くない=酸蝕しない」
でも、
「酸性=むし歯になる」
でもありません。

さらに第三の数字、「滴定酸度」があります
今回の研究は、pHだけで終わりません。
滴定酸度
という指標も測っています。
少し聞き慣れない言葉ですよね。
pHは、その製剤が測定した時点でどの程度酸性・アルカリ性なのかを見る指標です。
一方、滴定酸度は、
その酸性を中和するために、どれだけ塩基が必要なのか
を見る別の指標です。
今回の研究では、1 mol/Lの水酸化ナトリウムを少しずつ加え、pH7.0まで上げるために必要だった量を測っています。
たとえば、二つの液体のpHが同じくらい低かったとしても、
一方は少し中和すればすぐにpHが上がる。
もう一方は、かなり中和しないとなかなかpHが上がらない。
という違いがあり得ます。
だから、pHと滴定酸度は同じものではありません。

滴定酸度は5.83〜2333.30 µL――かなり大きな幅がありました
pH7.0までの滴定酸度を評価できたのは、20製品中16製品でした。
その値は、
5.83〜2333.30 µL
と大きくばらつきました。
剤形ごとの中央値を見ると、
- シロップ 101.77 µL
- 顆粒 660.00 µL
- 発泡錠 1600.00 µL
でした。

ここで面白いのが、発泡錠です。
発泡錠3製品のうち、pH5.5未満だったのは1製品でした。
一方で、滴定酸度の中央値は発泡錠が最も高くなっています。
発泡させるための酸・塩基系や、製剤に含まれる緩衝成分などが関係していると考えられます。
つまり、
「pHがそれほど低くない=中和する負担も小さい」
とは限りません。
pHと滴定酸度も、きれいには一致しませんでした
研究者たちは、pHと滴定酸度の関係も探索的に調べています。
スピアマン順位相関係数は、
ρ=−0.42
95%信頼区間 −0.76〜0.09
p=0.102
でした。
pHが低いほど滴定酸度が高そうな方向はみられます。
ただし、評価できたのは16製品と少なく、95%信頼区間も広いため、
「pHが低いほど必ず滴定酸度が高くなる」
とは言えません。

ここでも、
糖
pH
滴定酸度
は、それぞれ違う特徴を見ていることが分かります。
なぜ子どもの薬に、糖や酸が使われるのでしょう
ここまで読むと、
「それなら最初から、糖も酸も入れなければいいのでは?」
と思うかもしれません。
でも、小児用の薬には小児用ならではの難しさがあります。
薬は、有効成分だけでできているわけではありません。
子どもが飲みやすい味にする。
苦味を和らげる。
溶けやすくする。
製品を安定させる。
保存しやすくする。
必要な剤形にする。
こうした目的で、さまざまな添加剤が使われます。
今回の研究でも、
- 有機酸
- 炭酸塩・重炭酸塩
- クエン酸を含む成分
- 保存料
- 糖アルコール
- 糖を使わない甘味料
- 香味成分
- 粘度を調整する成分
など、製剤全体の構成がpHや滴定酸度へ影響し得ると考察されています。
ですから、今回の記事は、
「歯に悪い薬が売られている」
という話ではありません。
病気を治療する薬として飲みやすく、安定して使えるように作られた製品を、
歯科の側から見るとどんな特徴があるのか
という話です。
薬そのもののpHと、飲んだ後の口の中のpHは同じではありません
研究室で測った「薬そのもののpH」と、実際に飲んだ後の「口の中のpH」は同じではありません。
口の中では、唾液が出ています。
私たちは意識しなくても、何度も唾液を飲み込んでいます。
唾液が出る
↓
口の中の物質が薄まる
↓
一部を飲み込む
↓
また新しい唾液が出る
ということが繰り返されています。
このように、口の中の物質を唾液で薄めて外へ運ぶ働きを、専門用語で「唾液クリアランス」と呼びます。
既存の唾液研究でも、唾液分泌と嚥下の繰り返しによって口腔内の物質が希釈され、唾液分泌量や嚥下回数が少なくなると、その効率も低下することが説明されています。
ですから、
pH2.37の薬を飲んだから、口の中全体が長時間pH2.37になる
とは言えません。
反対に、
すぐ飲み込むから、薬そのもののpHはまったく関係ない
とも言えません。
実際の口の中では、
薬側の酸性度・滴定酸度
と、
口腔側の唾液・緩衝・排出
の両方が関係します。

酸性のものが口に入っても、唾液は何もしないわけではありません
唾液の働きをイメージしやすい、別の実験があります。
これは薬の研究ではなく、100%オレンジジュースを使った小規模な研究です。
実験前の安静時唾液pHは平均7.26でした。
オレンジジュースを飲んだ後には、唾液pHが平均1.49低下しています。
この研究ではpH5.4を一つの基準としており、10人中4人で一時的にその値を下回りました。
しかし、その4人も30〜60秒後には5.4を再び上回り、約10分でほぼ安静時の水準へ戻っています。
また、安静時の唾液分泌速度は平均0.34 mL/分だったのに対し、摂取直後5秒の区間では3.38 mL/分と、約10倍まで増えていました。
もちろん、これはオレンジジュースの実験です。
今回の小児用薬20製品へ、その数字をそのまま当てはめることはできません。
また、この5.4も、すべての状況に共通する絶対的な境界値という意味ではありません。
この実験は、小児用薬を飲んだ後のpH回復時間を示したものではありません。
あくまで、口の中では唾液による希釈や中和が働くことを理解するための参考です。
製品そのもののpHから、実際の歯への影響までの間には、唾液という大きな調節因子が入ります。
実は、同じ口の中でも条件は同じではありません
口の中を一つの大きな容器のように考えがちですが、実際には場所によって唾液の流れ方が違います。
唾液によって口の中の物質が薄まっていく速さを調べた研究では、下の前歯の舌側と、上の前歯の唇側などで差がみられています。
酸性飲料を用いた測定でも、pHが比較的早く戻る場所と、戻りにくい場所がありました。
だからといって、
「薬を飲むと上の前歯だけ危ない」
という意味ではありません。
今回の小児用薬の研究では、歯面ごとのpHや薬の付着を測っていません。
ただ、
口の中は一枚のpH試験紙ではない
ということは覚えておいてよさそうです。
そして「夜のお薬」は、日中と少し条件が違います
小さなお子さんでは、発熱や咳などで、寝る前や夜中にも薬を飲ませることがあります。
慢性疾患のお子さんでは、治療計画上、夜間の服薬が必要な場合もあります。
ここで歯科の側から気になるのが、唾液です。
睡眠中は、日中より唾液分泌が大きく低下します。
嚥下の回数も少なくなるため、口の中の物質を薄めて運ぶ働きも、日中とまったく同じ条件ではありません。
既存の唾液資料でも、睡眠中は唾液分泌が大きく低下し、唾液分泌量や嚥下回数が少なくなるほど希釈効率が低下すると説明されています。
今回の論文でも、酸性の液体へ繰り返し接する場合、唾液量の低下、唾液による中和能力の低下、頻回の夜間服用などが影響し得ると考察されています。

ただし、
「夜に薬を飲んではいけない」
という意味ではありません。
治療上必要なら、指示された時間に服用することが優先です。
歯科では、
「就寝前にも飲んでいるのか」
「夜間にも何度か飲むことがあるのか」
という情報を、口の中の状態を見る材料の一つとして確認できます。
「薬そのものの糖や酸」と「薬の作用で唾液が減ること」は別の問題です
ここも整理しておきたいところです。
今回の研究が直接測ったのは、
- 薬そのものに含まれる果糖・ブドウ糖・ショ糖
- 薬そのもののpH
- 薬そのものの滴定酸度
です。
一方、薬の種類によっては、その薬理作用によって唾液分泌が減ることがあります。
これは別の話です。
つまり、薬と口の中の関係には、
製剤そのものの糖・酸という問題
と、
薬の作用によって唾液環境が変わる問題
の両方があり得ます。
今回の20製品研究が直接調べたのは、前者です。
「一日に何g」だけでなく、「一日に何回触れるか」も別の軸です
糖については、「最大14.9 g/日」という数字が目につきます。
でも、歯の側から考えると、総量だけでなく、口の中へ触れる回数も別の要素です。
同じ量でも、
- 一日1回
- 一日3回
- 数時間ごと
- 夜間にも服用
では、薬が歯や口の中に触れる機会が違います。
酸への接触でも、総量だけではなく、回数や時間帯、口の中に残る時間が重要と考えられています。
ただし、薬の場合はジュースやお菓子とは大きく違います。
歯のために服用回数を勝手に減らすことはできません。
服用回数や時間は、治療上の必要性をもとに決められています。
歯科で「頻度を見る」というのは、
薬を減らすためではなく、その子の口腔リスクを理解するため
です。
数日だけ飲む薬と、長く続ける薬も同じではありません
もう一つ考えたいのが、服用期間です。
風邪や発熱で数日だけ使う薬。
それと、
- 慢性疾患
- 反復する症状
- 長期治療
- 毎日の補助療法
などで、何か月、何年と使う薬。
この二つを同じように考える必要はありません。
今回の研究者たちも、薬由来の糖について、急性の病気だけでなく、慢性的・反復的な治療では累積した摂取源として意味を持ち得ると述べています。
だから私たち歯科衛生士が見たいのは、
「この薬に糖が何g入っているか」
という一つの数字だけではありません。
どのくらいの期間、どのくらいの頻度で、そのお子さんがその製剤を使っているか
まで含めて考えたいところです。
この問題は、2026年に突然見つかったわけではありません
「砂糖を含まない薬なら、歯への影響も考えなくてよいのか」という問題は、以前から研究されています。
2007年には、英国の小児用薬について、砂糖を含まない製剤でも酸性度や滴定酸度の観点が必要であることを調べた研究が報告されています。
2022年には、pHと滴定酸度がエナメル質や象牙質の酸蝕へどう関係するのかを調べた研究もあります。
今回の論文も、そうした過去の研究を踏まえています。
今回の特徴は、
同じ20製品について、発酵性糖・pH・滴定酸度をまとめて調べたこと
です。
その結果、
- 糖が定量された製品
- pHが低い製品
- 中和するために多くの量が必要だった製品
は、きれいに同じグループにはなりませんでした。
では、薬を飲んだ後はどうすればよいのでしょう
ここまで読むと、
「じゃあ、薬を飲ませた後に何をすればいいの?」
と思いますよね。
実は今回の研究だけから、そこまで強い答えは出せません。
研究者たちは、今後調べる価値のある行動として、
- 食事と一緒に服用すること
- 口の中に長時間残さないこと
- 服用後に水ですすぐこと
- フッ化物への接触
などを挙げています。
ただし、これらは今回の研究で実際に比較し、
「これをすればむし歯や酸蝕を防げる」
と証明された方法ではありません。
研究者自身も、今回の物理化学的なデータだけから、有効な予防法だと推定してはいけないとしています。
また、薬によっては服用時刻や水分の取り方などについて個別の指示があります。
実際の服用方法は、薬の説明書や医師・薬剤師から受けた指示を優先してください。
まず一番大切なのは、必要な薬を自己判断で中止しないことです
ここは何度でも書いておきたいところです。
歯科で糖や酸の話をしたからといって、
「この薬は歯に悪そうだから今日は飲ませない」
「夜の分を減らしてみよう」
「シロップを勝手に別の薬へ変えよう」
とはしないでください。
薬を飲む理由は、病気や症状を治療するためです。
治療上の必要性と、歯科から見た製剤の特徴は、単純にどちらかを選ぶような関係ではありません。
「シュガーフリーの薬へ変えてください」と歯科だけで決める話でもありません
長く飲む薬について、糖や酸性度が気になる場合には、処方医や薬剤師へ相談できることもあります。
ただし、
- 同じ有効成分
- 同じ用量
- 同じ年齢で使えること
- 同じ治療目的
- 同じように飲みやすいこと
を満たす代替製剤が必ずあるとは限りません。
この問題は、医師・薬剤師・歯科、それぞれの役割を分けて考えるほうがよいと思います。
医師は、病気の治療上必要な薬と用法を判断する。
薬剤師は、剤形、添加剤、使用方法、代替製剤などの薬学的情報を確認する。
歯科は、むし歯、酸蝕、唾液、口腔衛生、フッ化物などの側から、そのお子さんの口の状態を確認する。
保護者の方が自己判断で選び直すのではなく、必要ならそれぞれの専門職へ相談する。
その形が安全です。
歯科で教えていただけると助かることがあります
長期的に薬を飲んでいるお子さんを診るとき、歯科衛生士として知っておきたいことがあります。
たとえば、
- 薬の名前
- シロップ、顆粒、発泡錠などの剤形
- 一日何回飲んでいるか
- どの時間帯に飲むか
- 就寝前や夜間にも飲むか
- どのくらいの期間続けているか
- 口が乾きやすくなっていないか
- 最近むし歯が増えていないか
- 歯の表面に酸蝕を疑う変化がないか
などです。
薬の名前を全部覚えて来院する必要はありません。
処方薬ならお薬手帳、薬局で購入した薬なら箱や説明書、成分表示を撮ったスマートフォンの写真などでも確認できることがあります。
歯科側も、
「その薬は歯に悪いです」
と決めつけるのではなく、
「その子が、どんな条件で、どのくらいその薬を使っているのか」
を見ることが大切です。
服薬後の歯磨きは「30分待てばよい」と単純には言えません
酸性のものを口にした後について、
「すぐ歯磨きすると歯を傷めるから、30分待ったほうがいい」
という話を聞いたことがあるかもしれません。
酸に触れた歯面とブラッシングの関係は長く研究されていますが、研究結果は単純ではありません。
少なくとも今回の小児用薬20製品の研究から、
「薬を飲んだら必ず○分歯を磨いてはいけない」
という待ち時間を決めることはできません。
普段の歯磨き習慣を自己判断で大きく変えるのではなく、長期服薬がある、酸蝕が気になる、むし歯を繰り返している、といった場合には歯科で相談してください。
フッ化物は大切。でも、それだけで全部が帳消しになるわけではありません
日々のむし歯予防として、年齢に合ったフッ化物配合歯磨剤を適切に使うことは大切です。
日本では、日本口腔衛生学会、日本小児歯科学会、日本歯科保存学会、日本老年歯科医学会の4学会が、年齢に応じたフッ化物配合歯磨剤の使用量や濃度、使い方をまとめています。
フッ化物配合歯磨剤は、むし歯予防では脱灰を抑え、再石灰化を助ける基本的な方法の一つです。
一方、酸蝕による歯の摩耗に対するフッ化物製剤の作用についても研究されていますが、製剤や成分によって効果は同じではありません。
したがって、
「フッ化物を使っているから、酸性の薬へ何度接しても問題ない」
という意味ではありません。
薬、食生活、唾液、歯磨き、フッ化物。
それぞれを一つずつ重ねて考えることが大切です。
今回の研究から分からないことも、かなりあります
実際の子どもの口の中を調べた研究ではありません
今回の研究は実験室内の製品分析です。
実際の口の中にある、
- 唾液
- 唾液の緩衝作用
- 獲得被膜
- 歯垢
- 食生活
- 歯磨き
- フッ化物
- 嚥下
などを再現した研究ではありません。
ベルギーで販売される20製品です
日本の小児用薬20製品を調べた研究ではありません。
したがって、
「日本の子どもの薬の65%がpH5.5未満」
とは言えません。
ベルギー市場全体を無作為に調べた研究でもありません
研究者たちは、一般的に使われる製剤や、反復・長期使用される可能性のある製品などを考慮して20製品を選んでいます。
ベルギー市場全体における割合を推定する研究ではありません。
1製品につき1製造ロットです
各製品で調べたのは一つの製造ロットです。
同じ製品でも、別の製造ロットで完全に同じ値になるかまでは分かりません。
糖は3種類だけを測定しています
果糖、ブドウ糖、ショ糖です。
それ以外の糖質や糖アルコールなどをすべて測ったわけではありません。
滴定酸度は20製品すべてで評価できたわけではありません
pH7.0までの滴定酸度を評価できたのは16製品です。
粘度や歯への付着時間も測っていません
製剤の粘り、歯面への付着、口の中から消えるまでの時間などは、実際に歯へどれくらい長く触れるかを考えるうえで重要かもしれません。
しかし今回、それらは測定されていません。

こうした限界を考えると、今回の研究は、
「どの薬が何本むし歯を作るか」
を教えてくれる研究ではありません。
日本の薬も同じなのでしょうか
これは、今回の研究だけでは答えられません。
ベルギーと日本では、
- 製品
- 添加剤
- 剤形
- 濃度
- 使用方法
が同じとは限りません。
日本の製品でも、添付文書や説明書から添加剤を確認できる場合があります。
ただし、
「クエン酸が入っている」
「甘味料が入っている」
という成分表示だけを見ても、製剤そのものの実測pHや滴定酸度まで分かるとは限りません。
今回と同じように、日本で流通している小児用シロップ、ドライシロップ、顆粒などを実測した研究が増えれば、さらに具体的なことが分かってくると思います。
歯科衛生士として一番気になるのは、「薬そのもの」だけではありません
今回の論文を読んでいて、最後に一番残ったのはここでした。
同じ薬を飲んでいたとしても、
- 一日1回なのか、何回もなのか
- 数日なのか、何か月・何年なのか
- 日中だけなのか、夜間にも飲むのか
- 唾液が十分に出ているのか
- 口が乾きやすいのか
- 歯磨きはできているのか
- フッ化物を使えているのか
- 食事や飲み物から糖・酸へ触れる機会が多くないか
- すでにむし歯が多いのか
- 酸蝕を疑う所見があるのか
によって、口の中での意味は変わります。
だから診療室で、
「この薬は歯に悪いですよ」
と一言で済ませることはできません。
私たちが見たいのは、
薬だけではなく、その薬を使っている「その子の口の中全体」
です。
「砂糖ゼロ」という一語だけで、歯への影響すべてを判断しない
最初の質問へ戻ります。
「このお薬、シュガーフリーだから歯には大丈夫ですよね?」
今回の研究を読んだ後なら、私はこう考えます。
シュガーフリーという情報は大切です。
発酵性糖を減らすことは、むし歯を考えるうえで意味があります。
でも、それだけですべてを判断することはできません。
今回調べた20製品では、
- 7製品で果糖・ブドウ糖・ショ糖のいずれかが定量された
- 最大表示用量では0.19〜14.9 g/日の糖摂取が推定された
- pHは2.37〜9.26だった
- 13製品がpH5.5未満だった
- 今回測定した3糖が定量されなかった13製品のうち7製品もpH5.5未満だった
- 滴定酸度は、評価可能だった16製品で5.83〜2333.30 µLと大きく異なった
という結果でした。
糖、pH、滴定酸度は、きれいに一緒には動きませんでした。
研究者たちの結論も、これらは必ずしも同時に現れるものではなく、薬そのものの口腔健康への意味を考えるなら、一つだけではなく合わせて見る必要があるというものです。
薬は、子どもの健康を守るために必要なものです。
歯のために必要な薬を我慢するのではありません。
その必要性を守ったうえで、長期間、何度も薬を使うお子さんなら、
「砂糖が入っているか」
だけではなく、
どんな剤形なのか、何回飲むのか、いつ飲むのか、口が乾いていないか、むし歯や酸蝕の所見がないか
まで歯科でも一緒に見ていく。
「砂糖ゼロなら大丈夫」という一言から、もう一歩先へ。
今回の研究は、子どもの薬と歯について、その見方を少し広げてくれる研究だと感じました。
参考文献
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