2026年9月22日

(歯科衛生士さんのある日の日誌)

はじめに
こんにちは。ブランデンタルクリニックの歯科衛生士です。
診療室で患者さんとお話ししていると、
「最近、前より少し噛みにくい気がします」
「歯がすごく痛いわけではないけれど、食事のときに何となく違和感があります」
と相談されることがあります。
そんなとき、私たちがまず考えるのは口の中です。
むし歯はないか。歯周病で歯が揺れていないか。歯の本数や奥歯のかみ合わせに変化はないか。被せ物や入れ歯に問題はないか。顎関節や咀嚼筋に痛みはないか。
ところが2026年9月20日、歯科医学誌『Odontology』に、少し意外な日本の研究が発表されました。
調べたのは、「普段どのくらい眠っているか」と「噛みにくさ」の関係です。
日本大学病院の健診受診者8,252人を解析したところ、睡眠時間と本人が感じる「噛みにくさ」に関連がみられ、7〜8時間睡眠群で咀嚼困難のオッズが最も低かったと報告されました。
さらに血液検査を詳しく調べると、白血球の一種である単球(monocyte)が、睡眠時間と噛みにくさを結ぶ候補として浮かび上がりました。
ただし、最初にとても大切なことを書いておきます。
「寝不足になると噛めなくなる」と証明した研究ではありません。
今回は原著だけでなく、公開された補足資料や過去の関連研究まで確認しながら、どこまで分かって、どこから先はまだ分からないのかを見ていきます。
日本の健診受診者8,252人を調べた研究
今回の研究は、日本大学病院健診センターなどの研究グループによる横断研究です。
2024年4月から2025年3月までに健診を受けた成人が対象となり、最終的に8,252人が解析されました。
- 解析対象:8,252人
- 平均年齢:51.1歳
- 男性:59.7%
- 「噛みにくさ」あり:733人
- 全体に占める割合:8.9%
8,000人を超える比較的大きな研究ですが、「日本人8,252人」といっても、日本全国から無作為に選んだ8,252人ではありません。
日本大学病院の健診センターを受診した人たちを対象にした研究です。そのため、この数字をそのまま日本人全体へ当てはめることはできません。

そもそも、この研究の「噛みにくさ」とは何?
今回の研究を読むうえで、ここはかなり重要です。
「咀嚼困難」と聞くと、咬合力計で噛む力を測ったり、グミなどの試験食品を噛んで、どのくらい細かくできるかを調べたりした研究を想像するかもしれません。
でも今回は違います。
健診時の自己記入式質問票で、普段の食事について回答してもらっています。
- 何でも噛んで食べることができる
- 歯や歯ぐき、かみ合わせなど気になる部分があり、噛みにくいことがある
- ほとんど噛めない
研究では、「何でも噛める」を咀嚼困難なし、残る2つを咀嚼困難ありとして二分しています。
つまり今回測ったのは、
「客観的にどれだけ噛み砕けるか」ではなく、「本人が普段の食事で噛みにくいと感じているか」
です。
「客観的な咀嚼能力」と「本人の噛みにくさ」は同じではない
咀嚼機能の国際的なコンセンサスでも、試験食品などを使って測る客観的なmasticatory performanceと、質問票によるself-assessment of masticatory functionは区別されています。
機械では十分噛めていても、本人は「噛みにくい」と感じることがあります。
逆に、本人としては大きな不自由を感じていなくても、客観検査では咀嚼能力が低下していることもあります。
痛み、違和感、義歯の使いにくさ、食べ物の選び方、口腔乾燥、心理状態なども、「噛みにくさ」という感覚へ入り込む可能性があります。
自己申告でも「気のせい」ではない
だからといって、「本人の感覚なら、口の状態とはあまり関係がない」というわけでもありません。
日本人男性労働者4,011人を対象に、同じタイプの「噛みにくさ」の質問と実際の歯科健診結果を照合した研究では、咀嚼不良は現在歯数、未処置歯、深い歯周ポケット、奥歯の咬合支持などと関連していました。
つまり、この質問は客観的な咀嚼能力検査そのものではありませんが、実際の歯や歯周組織、かみ合わせと無関係な「気分だけの質問」でもないということです。
歯周検査で「3、2、3……」と数字を読み上げる意味については、当院の「歯周検査の数字」を解説した記事でも詳しく紹介しています。
このコラムでは以後、「咀嚼能力が低かった」と断定せず、「噛みにくさを自覚していた」という表現を基本にします。
睡眠時間も、機械で測ったわけではない
睡眠時間についても、補足資料から実際の質問内容を確認できます。
「普段、1日に何時間眠りますか?」
という自己申告です。
研究では睡眠時間を連続値として解析するとともに、次の5群へ分類しました。
- 5時間未満
- 5〜6時間
- 6〜7時間
- 7〜8時間
- 8時間以上
つまり「7〜8時間群」といっても、睡眠検査や腕時計型の活動量計で全員の実睡眠時間を確認したわけではありません。
「普段は7〜8時間くらい眠っている」と本人が答えた群です。
自己申告の睡眠時間と、加速度計や睡眠検査で客観的に測った睡眠時間は必ずしも一致しません。大規模研究では全員に睡眠検査を行うのは難しいため、自己申告睡眠時間はよく使われますが、精密な実測値とは区別して考える必要があります。
7〜8時間睡眠群で“噛みにくさ”のオッズが最も低かった
原著で最も目を引く結果はここです。
研究全体では、7〜8時間睡眠群で咀嚼困難のオッズが最も低かったと報告されました。
さらに補足資料には、年齢、性別、運動習慣、飲酒、喫煙に加えて、BMIと糖尿病まで追加調整した感度分析が掲載されています。
- 5時間未満:OR 1.00(基準)
- 5〜6時間:OR 0.84[95%CI 0.59〜1.19]
- 6〜7時間:OR 0.63[0.45〜0.89]
- 7〜8時間:OR 0.59[0.41〜0.84]
- 8時間以上:OR 0.65[0.42〜1.02]
ここで重要なのは、OR 0.59は主解析そのものの数字ではなく、BMIと糖尿病を追加した感度分析の値だということです。
5時間未満群を基準にすると、7〜8時間群では咀嚼困難のオッズが約41%低かったことになります。

「7〜8時間寝れば、噛みにくさが41%改善する」ではない
この数字は読み方を間違えやすいところです。
今回の研究では、人を無作為に「5時間睡眠群」と「7時間半睡眠群」に分け、その後の咀嚼機能を比較したわけではありません。
もともと睡眠時間が違う人たちを、一時点で比較しています。
ですから、
「7〜8時間睡眠群では噛みにくさのオッズが低かった」
までは言えますが、
「7〜8時間眠るようにすれば、噛みにくさが41%改善する」
とは言えません。
さらに6〜7時間群のORは0.63で、7〜8時間群の0.59とかなり近い値です。
8時間以上群も点推定は0.65ですが、95%信頼区間は1をまたいでいます。
したがって、「7〜8時間だけが歯にとって特別な魔法の睡眠時間」と考えるのも行き過ぎです。
「歯のためには7〜8時間寝るべき」と決まったわけでもない
一般的な成人の睡眠については、米国睡眠医学会とSleep Research Societyのコンセンサスで、健康のため定期的に7時間以上眠ることが推奨されています。
一方、厚生労働省の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」では、成人は個人差を踏まえつつ、6時間以上を目安として必要な睡眠時間を確保することや、睡眠時間だけでなく「睡眠休養感」を高めることも重視されています。
つまり、全員に共通する「7時間30分が正解」という話ではありません。
睡眠には時間だけでなく、質、規則性、中途覚醒、睡眠時無呼吸など、さまざまな側面があります。
今回調べたのは、その中の自己申告の睡眠時間です。
ここからが面白い――血液中の「単球」
今回の研究は、「睡眠時間と噛みにくさに関連がありました」で終わりませんでした。
健診の血液データから、白血球全体だけでなく、好中球、リンパ球、単球といった白血球分画まで調べています。
そこで研究者が注目したのが、単球(monocyte)でした。
単球は白血球の一種で、感染防御や炎症反応に関わり、組織へ移動したあとにマクロファージなどへ分化することもあります。
睡眠時間と単球数は一直線ではなかった
原著では、睡眠時間と単球数の関係を曲線的な関係まで調べられる解析(restricted cubic spline)で検討しています。
その結果、P for non-linearity=0.03で、睡眠時間と単球数には非線形の関連が示されました。
短い睡眠時間側では単球数が高めで、睡眠時間が延びるにつれて低くなり、長時間睡眠側では再び少し上向く形です。
つまり、
「1時間長く寝るたびに、単球が同じ量だけ減る」
という単純な直線関係ではありません。

「睡眠時間→単球→噛みにくさ」というモデルを調べた
研究者らはさらに、単球が睡眠時間と噛みにくさの間に入る可能性を媒介分析で検討しました。
イメージとしては、
睡眠時間 → 単球 → 噛みにくさ
という経路です。
補足資料では、睡眠時間からlog単球数への経路はβ=−0.0037、p=0.014、log単球数から咀嚼困難への経路はβ=0.842、p=0.005でした。
そして単球を介した間接効果は、
−0.0031[95%CI −0.0072〜−0.0003]
で、95%信頼区間が0をまたぎませんでした。
解析には媒介分析用の統計手法であるPROCESS macro version 4.2、Model 4が使われ、5,000回の再標本化(bootstrap)が行われています。
白血球全部ではなく、単球だけだった
さらに、白血球全体、好中球、リンパ球、単球をそれぞれmediatorとして調べています。
- 白血球:間接効果 −0.0018[95%CI −0.005〜0.0004]
- 好中球:−0.0005[−0.0028〜0.0011]
- リンパ球:−0.0019[−0.0055〜0.0003]
- 単球:−0.0031[−0.0072〜−0.0003]
95%信頼区間が0をまたがなかったのは、今回検討した4つの白血球系指標の中では単球だけでした。
これは確かに面白い結果です。
ただし、「単球だけが噛みにくさの原因だった」という意味ではありません。

睡眠を削ると、本当に単球は変わるの?
ここは今回の研究を離れて、過去の人の実験研究を見ると面白くなります。
健康な男性9人を、8時間睡眠のあと5夜連続で4時間睡眠にし、その後7日間8時間睡眠へ戻した研究では、睡眠制限中に総白血球、単球、好中球、リンパ球が増加し、回復睡眠では単球が徐々に低下しました。
つまり、「普段短く眠る人には、たまたま単球が多かった」という観察研究だけではなく、実際に睡眠時間を制限すると単球数が動いた人の実験研究もあります。
さらに、一晩の部分的睡眠不足を起こした実験では、翌朝に単球のIL-6やTNF-α産生が増加し、炎症関連遺伝子の発現変化も報告されています。
別の実験では、部分的睡眠不足後に炎症関連の転写因子であるNF-κBの活性化も確認されています。
したがって、
睡眠の乱れが単球系や炎症シグナルへ影響する
という前半の仮説には、今回の研究以外にも人の実験的な裏付けがあります。

6週間の睡眠制限では「血液を作る側」にも変化
さらに興味深い研究があります。
2022年の研究では、健康成人を対象に十分な睡眠期間と睡眠制限期間を比較しています。
平均睡眠時間は、十分睡眠では約7.4時間/夜、睡眠制限では約6.1時間/夜。
つまり、極端な徹夜ではなく、日常生活でも起こり得る約1時間20分の睡眠短縮を6週間続けた条件です。
睡眠制限後には一部の単球サブセットだけでなく、血液細胞のもとになる造血幹・前駆細胞(HSPC)にも変化がみられ、造血系のエピジェネティックな状態にも変化が報告されました。
動物研究ではさらに、睡眠断片化から骨髄での造血、単球増加へ至る神経―免疫経路まで詳しく検討されています。
ここまで見ると、「睡眠と単球が関連する」こと自体は突飛な話ではないことが分かります。
でも「単球が多い=全身炎症が強い」ではない
ここで少しブレーキをかけます。
単球は一種類ではありません。
- classical monocyte
- intermediate monocyte
- nonclassical monocyte
など複数のサブセットがあり、それぞれ働きも同じではありません。
今回の8,252人研究で測ったのは、血液検査で得られる総単球数です。
「炎症性の単球だけが増えた」「IL-6が高かった」「TNF-αが高かった」「NF-κBが活性化していた」ところまで、今回の研究で直接測定したわけではありません。
さらに血液中の単球数は、睡眠・覚醒や概日リズム、採血時刻などによっても変動します。
したがって、
単球数=その人の炎症の強さ
と単純に置き換えることはできません。
原著タイトルにも「potential involvement」、つまり関与の可能性という慎重な表現が使われています。
では、単球と「噛みにくさ」はどうつながる?
ここから先は、睡眠と単球の関係よりも証拠が弱くなります。
歯科領域では、単球・マクロファージ系と歯周炎との関係が以前から研究されています。
2022年のsystematic review/meta-analysisでは、157研究を定性的に検討し、そのうち29研究をmeta-analysisに組み入れています。
歯周炎患者では一部の単球サブセットに違いがみられましたが、「総単球が一様に増える」という単純な結果ではなく、単球集団の構成そのものが変化している可能性が示されています。
一方、2026年のsystematic reviewでは、歯周病患者で咀嚼performance、咬合力、食事関連の口腔機能が悪い傾向がまとめられています。
歯周病が進行すれば、歯の動揺、歯の喪失、奥歯の咬合支持低下などが起こり、噛みにくさにつながることは臨床的にも不思議ではありません。
それでも「単球が増えたから噛みにくくなった」とはまだ言えない
ここが今回の研究を読むうえで、一番大切なポイントの一つです。
過去の研究をつなげれば、
- 睡眠の乱れ → 単球系の変化という証拠はある
- 歯周炎 ↔ 単球・マクロファージ系という証拠もある
- 歯周炎 → 咀嚼機能低下にも研究がある
ところが、
「血中単球数が増えた人を先に見つけ、その人が後から新しく噛みにくくなったかを追跡した」
という一本の因果関係を直接確認した強い人の研究は、今回確認した範囲では見当たりませんでした。
ですから、
睡眠不足 → 単球増加 → 歯や歯周組織が悪化 → 噛みにくくなる
という一続きの流れが証明されたわけではありません。
今回の単球は、答えというより、次に検証すべき仮説です。
逆に「口が悪いから眠れない」可能性もある
因果関係を考えると、反対方向も忘れられません。
歯が痛ければ眠りにくいでしょうし、顎関節や咀嚼筋の痛みでも睡眠が乱れることがあります。
顎関節周辺に痛みや違和感がある場合については、当院の耳の前を押して確認する顎関節の診察の記事でも詳しく紹介しています。
口腔顔面痛と睡眠については、睡眠状態が後の痛みに影響する方向を支持する研究もあれば、痛みがその後の睡眠へ影響する可能性を示す研究もあります。
つまり現実には、
睡眠 → 口
だけでなく、
口 → 睡眠
もあり得ます。
今回の研究は一時点を切り取った横断研究なので、どちらが先だったのかを決めることはできません。

「歯周病」が単球と噛みにくさの両方に関係した可能性も
さらに歯科側から見ると、もう一つ気になる点があります。
今回の主解析では、DAG(因果関係を整理する図)に基づいて、年齢、性別、喫煙、飲酒、運動習慣を調整しています。
BMIと糖尿病については睡眠より下流の代謝因子と考え、過剰調整を避けるため主解析から外し、感度分析で追加しています。
これは研究者が共変量を適当に選んだわけではなく、因果構造を考えて解析しているという点で、この研究の良いところです。
一方、詳細な歯周ポケット、BOP、CAL、歯の動揺、現在歯数、臼歯部の咬合支持、TMDや口腔顔面痛などをすべて測定・調整した研究ではありません。
もし既存の歯周炎が、
歯周炎 → 単球系の変化
を生じさせる一方で、
歯周炎 → 歯の動揺・喪失 → 噛みにくさ
にもつながっていたら、血中単球と噛みにくさに関連が見える可能性があります。
つまり、単球が噛みにくさを起こしたのではなく、別の口腔疾患が単球と噛みにくさの両方に関係していた可能性も、今回の研究だけでは完全には除外できません。
噛みにくさには「口の乾き」も関係する
咀嚼というと歯だけを考えがちですが、唾液も大切です。
唾液は食べ物を湿らせ、まとまりやすくし、飲み込みやすい食塊を作る働きがあります。
本人が感じる「噛みにくさ」は、歯数や咬合だけでなく、口腔乾燥などの影響も受け得ます。
「口が乾く感じ」と実際の唾液量が必ずしも一致しない理由については、当院の「口が乾くのに唾液は出ている?『乾燥感』と唾液量が一致しない理由」でも詳しく解説しています。
こうした要素も、今回の「噛みにくさ」という1問だけでは細かく切り分けられません。
過去の日本人研究でも「噛みにくさ」と睡眠は関連していた
睡眠と噛みにくさの関連そのものは、今回初めて報告されたわけではありません。
2019年には、日本人6,025人を対象にした研究があります。
その研究では、咀嚼問題がある人で、
- 睡眠の質が悪い:調整OR 1.65
- 6時間未満睡眠:調整OR 1.30
という関連が報告されました。
興味深いのは解析の向きです。
2019年研究では「噛みにくさ」と睡眠問題の関連を調べ、今回の2026年研究では睡眠時間から「噛みにくさ」の方向に解析しています。
どちらも横断研究なので、「睡眠が先なのか、口の問題が先なのか」は決められません。
ただし、異なる日本人集団で、睡眠と噛みにくさが無関係ではなさそうだというシグナルが繰り返し見つかっている点は興味深いと思います。
睡眠と口の研究は、全部が同じ方向ではない
一方で、「睡眠不足なら口が悪くなる」と研究結果がきれいにそろっているわけでもありません。
2024年に11件の横断研究をまとめたsystematic review/meta-analysisでは、一般的な短時間睡眠全体と歯周炎の関連はOR 1.04[95%CI 0.83〜1.29]で有意ではありませんでした。
ところが、睡眠時間を5時間以下に限定すると、歯周炎との関連はOR 1.41[1.33〜1.51]でした。
つまり、「少し短い睡眠」と「かなり短い睡眠」では同じでない可能性があります。
ただし、これは歯周炎をアウトカムにした研究であり、今回の「本人が感じる噛みにくさ」とは別のものです。
媒介分析は「原因を証明する装置」ではない
今回の研究では、PROCESS macro version 4.2、Model 4を使い、5,000回の再標本化で間接効果を評価しています。
統計解析としては丁寧です。
ただし、5,000回計算すれば、
睡眠が先だったのか、単球が先だったのか、噛みにくさが先だったのか
まで分かるわけではありません。
媒介とは本来、
睡眠 → 単球 → その後の噛みにくさ
という時間順序を想定する考え方です。
ところが今回は、睡眠時間、単球、噛みにくさを同じ横断データの中で見ています。
MaxwellとColeは、横断データだけで縦断的な媒介過程を推定すると、direct effectやindirect effectを大きく歪める場合があることを方法論研究で示しています。
ですから今回の結果は、
「単球を媒介変数と仮定した統計モデルで、有意な間接効果が検出された」
と読むのが正確です。
非線形の関係を「一本の係数」でまとめている点にも注意
もう少しだけ研究方法を細かく見てみます。
原著では、睡眠時間と単球数の関係は非線形でした。
一方、補足資料の媒介分析では、睡眠時間を連続変数として一つの係数で扱っています。
つまり、「4時間から5時間へ増える場合」と「8時間から9時間へ増える場合」で単球との関係が本当に同じとは限らないのに、媒介分析では全体を一つの傾きとして要約しています。
したがって、間接効果−0.0031という一つの数字が、すべての睡眠時間帯に同じように当てはまるわけではない点にも注意が必要です。
この研究の良かったところ
注意点をたくさん書きましたが、今回の研究自体を否定しているわけではありません。
むしろ、かなり面白い研究だと思います。
- 8,252人という比較的大きな集団を解析した
- 睡眠時間を5群だけでなく連続値でも解析した
- 白血球総数だけでなく白血球分画まで調べた
- 睡眠時間と単球の非線形性を検討した
- DAGを使って調整因子を選択した
- BMI・糖尿病を加えた感度分析を行った
- 白血球、好中球、リンパ球、単球をそれぞれ媒介候補として比較した
- 5,000回の再標本化を用いた媒介分析まで行った
単なる、
「睡眠と噛みにくさに関連がありました」
で終わらず、
「では、その間には何があるのだろう?」
と一歩先まで探しにいったところが、この研究の魅力です。
今回の研究で「言えること」と「まだ言えないこと」

今回の研究から言えること
- 睡眠時間と、自覚的な「噛みにくさ」に関連があった
- 7〜8時間睡眠群で、咀嚼困難のオッズが最も低かった
- BMI・糖尿病を追加調整した感度分析でも、7〜8時間群の関連は残った
- 睡眠時間と単球数には非線形の関連があった
- 単球をmediatorとしたモデルで、有意な統計学的間接効果が検出された
今回の研究だけでは言えないこと
- 寝不足が噛みにくさを起こした
- 7〜8時間寝れば噛みやすくなる
- 7〜8時間が歯科的に最適な睡眠時間である
- 単球が噛みにくさの原因である
- 単球性炎症が今回直接証明された
- 8時間以上眠ると口の状態が悪くなる
- 睡眠時間を改善すれば咀嚼機能が改善する
患者さんは「7〜8時間寝なきゃ」と焦らなくて大丈夫です
この記事を読んで、
「私は毎日6時間半だから、歯が悪くなるのでは?」
と心配する必要はありません。
今回の研究は、そのようなことを証明していません。
そして「最近噛みにくい」と感じた場合に、まず睡眠時間を増やして様子を見ましょうという研究でもありません。
噛みにくさがあれば、まず歯科で、むし歯、歯周病、歯の破折、歯の動揺、かみ合わせ、義歯、顎関節や咀嚼筋などを確認することが大切です。
そのうえで、極端に睡眠時間が短い、日中強く眠い、いびきや無呼吸を指摘される、十分眠っているのに休んだ感じがしない、といった問題があれば、睡眠や全身状態についても別の視点から考える必要があります。
今回いちばん面白かったのは、「単球が答え」ではなく「単球が次の問いになった」こと
今回の論文を最初に見ると、
「7〜8時間睡眠群で噛みにくさが少なかった」
という数字がどうしても目に入ります。
でも原著、補足資料、周辺研究まで追っていくと、本当に面白いのはそこだけではありませんでした。
なぜ睡眠時間と「噛みにくさ」が一緒に動くのか。
その問いに対して研究者らが、
「もしかすると単球や免疫・炎症系が一部に関係しているのではないか」
という新しい手掛かりを示したことです。
単球が答えだと分かったのではありません。
むしろ、次に何を測れば、この関係の正体に近づけるのかが見えてきた研究なのだと思います。
本当にこの仮説を確かめるなら、将来は睡眠を先に測り、その後の単球や炎症指標を追い、さらに歯周状態や歯数、客観的な咀嚼機能、本人の噛みにくさがどう変化するかを時間を追って調べる必要があります。
口の中の問題と、睡眠や全身状態。
別々のものに見えますが、体の中では完全に切り離されているわけではないのかもしれません。
歯科衛生士さんのまとめ
2026年に発表された日本の健診受診者8,252人の研究では、7〜8時間睡眠群で自覚的な咀嚼困難のオッズが最も低くなっていました。
BMIと糖尿病まで追加した感度分析でも、5時間未満群を基準にした7〜8時間群の調整オッズ比は0.59[95%CI 0.41〜0.84]でした。
さらに睡眠時間と単球数には非線形の関連があり、媒介分析では白血球、好中球、リンパ球ではなく、単球だけに有意な統計学的間接効果がみられました。
ただし、
- 7〜8時間寝れば噛みやすくなる
- 寝不足が噛みにくさを起こす
- 単球が噛みにくさの原因である
ことを証明した研究ではありません。
今回の「単球」は結論ではなく、
睡眠と口をつなぐ仕組みを次に調べるための、新しい手掛かり。
そこが、この研究で私がいちばん興味深いと思ったところです。
よくある質問
Q.7〜8時間寝れば噛みやすくなりますか?
今回の研究からは分かりません。
7〜8時間睡眠群で「噛みにくい」と答えるオッズが最も低かったという観察結果であり、睡眠時間を7〜8時間へ延ばしたら咀嚼機能が改善したという介入研究ではありません。
Q.5時間未満しか眠らないと、歯が悪くなりますか?
今回調べたのは「歯が悪くなったか」ではありません。
本人が普段の食事で「噛みにくい」と感じているかどうかです。
5時間以下のかなり短い睡眠と歯周炎の関連を示したmeta-analysisもありますが、その研究群の多くは横断研究であり、因果関係までは分かっていません。
Q.8時間以上寝るのは良くないのですか?
今回の結果だけからは言えません。
BMIと糖尿病まで追加した感度分析では、8時間以上群のORは0.65でしたが、95%信頼区間は0.42〜1.02で1をまたいでいました。
「寝すぎると噛みにくくなる」と結論づけるデータではありません。
Q.血液検査で単球が多ければ歯周病ですか?
単球数だけで歯周病を診断することはできません。
歯周病は歯周ポケット、出血、歯槽骨、歯の動揺などを口腔内で診査して判断します。
今回の研究で扱った総単球数を、そのまま「歯周病の数値」と考えることはできません。
Q.最近噛みにくいのですが、まず睡眠を改善すればいいですか?
まず歯科的な原因を確認することが大切です。
むし歯、歯周病、歯の破折、歯の動揺、かみ合わせ、義歯、顎関節や咀嚼筋の問題など、噛みにくさにはさまざまな原因があります。
そのうえで極端な睡眠不足や強い日中眠気などがあれば、睡眠や全身状態についても考えてみる、という順番がよいと思います。
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