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歯科医療費3兆円は高いのか?国民医療費に占める割合が約7%まで低下した理由と治療・管理・連携へと変わる日本の歯科医療

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2026年8月28日

歯科医療費3兆円は高いのか?国民医療費に占める割合が約7%まで低下した理由と治療・管理・連携へと変わる日本の歯科医療

(院長の徒然コラム)

はじめに――歯科には年間3兆円以上が使われている。それは高いのか?

日本では、いったい年間どれくらいのお金が歯科医療に使われているのでしょうか。

歯科医療関係者であれば「3兆円くらい」という数字を一度は耳にしたことがあると思います。

では、その3兆円は高いのでしょうか。

それとも、国民全体の口腔の健康を支えるための金額として考えれば、決して大きすぎるとはいえないのでしょうか。

日本では高齢化が進み、医療・介護を含む社会保障費の増加が大きな政策課題になっています。そのため「医療費はできるだけ抑えたほうがよい」という議論が出てくるのは当然です。

しかし、歯科医療費について調べていくと、単純に「増えたから悪い」「減ったから良い」と評価できない、かなり複雑な構造が見えてきます。

2023年度の国民医療費は48兆915億円。そのうち歯科診療医療費は3兆2,945億円で、国民医療費全体に占める割合は6.9%でした。

ところが長期的にみると、歯科診療医療費の金額そのものは大きく増えているにもかかわらず、国民医療費に占める歯科の割合は低下しています。

さらに最近の統計をみると、歯科医療費が増えているからといって、患者の延べ受診日数が同じ割合で増えているわけでもありません。

虫歯を削る、詰める、被せる、入れ歯を作るといった、かつて歯科医療の中心的なイメージだった診療の比重も変化しています。

その一方で、歯周病を長期間管理すること、歯を失わないよう重症化を防ぐこと、残っている歯と口腔機能を維持すること、通院困難な高齢者に在宅で歯科医療を届けること、医科や介護と連携することなど、歯科医療が担う範囲は広がっています。

今回は「歯科医療費3兆円」という数字を入口に、日本の歯科医療費がどのように変化してきたのか、その中身は何に使われるようになったのか、そして今後、歯科医療費をどのような視点で評価するべきなのかを考えてみたいと思います。

まず「国家予算」と「国民医療費」は同じものではない

最初に用語を整理しておきます。

日常会話では「国は歯科に年間いくら使っているのか」と表現したくなりますが、厚生労働省が公表している「国民医療費」は、国家予算そのものではありません。

国民医療費とは、その年度内に医療機関などで傷病の治療に要した費用を推計した統計です。

その財源には国や地方自治体の公費だけではなく、社会保険料、事業主負担、患者本人の自己負担などが含まれています。

一方、歯科健診、歯科保健施策、歯科医療提供体制の整備などに国が直接計上する政策事業の予算は、これとは別のものです。

したがって、「日本社会全体で歯科診療にどれだけのお金が使われているのか」を考える場合には歯科診療医療費を、「政府が歯科政策へ直接どれだけ予算を組んでいるのか」を考える場合には国の予算を、それぞれ分けて考える必要があります。

今回の記事で主として扱うのは前者、すなわち厚生労働省の「国民医療費」や「医療費の動向」に示される歯科診療医療費です。

1962年度には国民医療費の約12%が歯科だった

厚生労働省の長期統計を遡ると、現在とはかなり違った姿が見えてきます。

1962年度の国民医療費は6,132億円で、そのうち歯科診療医療費は759億円でした。

割合にすると約12.4%です。

つまり当時は、国民医療費のおよそ8円に1円が歯科診療医療費だったことになります。

2000年度になると、歯科診療医療費は2兆5,569億円まで増えました。一方、国民医療費に占める割合は8.5%でした。

そして2023年度。

歯科診療医療費は3兆2,945億円まで増加しましたが、国民医療費全体に占める割合は6.9%です。

ここで重要なのは、「歯科医療費が減った」のではないということです。

金額そのものは大きく増えています。

しかし、その間に国民医療費全体がそれ以上の規模に拡大したため、歯科の構成割合は約12%から約7%へ低下しました。

したがって、「歯科医療費はずっと削られてきた」とだけ表現するのは正確ではありません。

反対に、「歯科医療費は3兆円を超えるまで膨張した」とだけ表現するのも、医療費全体との関係を無視しています。

歯科診療医療費を考えるときには、絶対額と医療費全体に占める割合の両方を見る必要があります。

2024年度の概算歯科医療費は3兆4,033億円――しかし受診日数はほとんど増えていない

「国民医療費」は確定統計であるため、公表まで時間がかかります。

そこで、より直近の動向を見るときには、厚生労働省の「医療費の動向(MEDIAS)」が参考になります。

2024年度の概算歯科医療費の全数は3兆4,033億円で、前年度から3.4%増加しました。

ところが同年度の受診延日数は前年度比0.3%増にとどまり、1日当たり医療費は3.1%増加しています。

さらにコロナ禍前の2019年度から2024年度までの平均伸び率をみると、歯科医療費は年平均2.4%増だったのに対し、受診延日数は年平均0.8%減、1日当たり医療費は年平均3.2%増でした。

つまり、最近の歯科医療費の増加を「歯医者に来る患者が急増したから」とだけ説明することはできません。

受診する延べ日数が増えていない、あるいは長期的にはむしろ減っている中で、1日当たり医療費が上昇していることが、歯科医療費全体を押し上げています。

2024年度の「3.4兆円」と「3兆3,354億円」は別の集計である

ここは統計を読むうえで注意が必要です。

先ほど示した3兆4,033億円は、2024年度の概算歯科医療費の「全数」です。

一方、厚生労働省がNDBの歯科レセプトを用いて詳しく分析している「歯科医療費(電算処理分)の動向」では、同年度の歯科医療費は3兆3,354億円です。

こちらは全数の98.0%をカバーしています。

つまり両者は非常に近い数字ですが、集計対象が完全に同一ではありません。

2024年度の全数では歯科医療費+3.4%、受診延日数+0.3%、1日当たり医療費+3.1%。

電算処理分では歯科医療費+4.2%、受診延日数+1.0%、1日当たり医療費+3.2%でした。

以下で診療内容別の内訳をみる場合には、より詳細な集計が可能な電算処理分の3兆3,354億円を用います。

2000年と2023年を比べると、患者の延べ診療日数はほとんど増えていない

さらに長い時間軸でみると、歯科医療費をめぐる構造変化がより明確になります。

鳥山佳則氏は厚生労働省のレセプト統計を用い、2000年度と2023年度の歯科医療を比較しています。

2000年度を100とすると、2023年度のレセプト件数は154まで増加しました。

ところが、診療日数、すなわち延べ患者数に近い指標は97でした。

ほぼ増えていません。

1件当たりの診療日数は2.51日から1.57日に低下し、1件当たり点数も1,472点から1,279点へ減少しています。

それでも歯科医療費全体は2.5兆円から3.2兆円へ増加しました。

「患者が増え続け、同じ歯科治療を大量に行うようになった結果、3兆円を超えた」という単純な構図ではないことが分かります。

虫歯を削って、詰めて、入れ歯を作る歯科の比重はむしろ低下している

診療内容にも大きな変化があります。

鳥山氏の分析では、2000年度から2023年度にかけて、レセプト100件当たりの充塡の算定回数は53回から30回へ減少しました。

有床義歯は5.62回から1.96回まで減少しています。

もちろん、これだけをみて「虫歯や欠損がなくなった」と判断することはできません。

診療報酬制度の変更、材料や治療方法の変化、歯科疾患の軽症化、残存歯数の増加など、複数の要因が関係しています。

しかし、かつて歯科医療費の非常に大きな部分を占めていた「修復・補綴中心」の診療構造が変化していることは確かです。

Satoらは、日本の国民皆保険制度下における歯科医療費について、1984年から2020年までの長期推移と、1996年以降の診療内容の変化を分析しています。

2020年の物価水準に調整しても、歯科医療費は1984年の1.96兆円から2020年の3.00兆円へ1.53倍に増加していました。

特に65歳以上では、歯科医療費が1,850億円から1兆1,800億円へ大きく増加しています。

一方、歯冠修復・補綴が歯科医療費全体に占める割合は、1996年の50.3%から2021年には32.4%まで低下しました。

高齢者では、補綴の比重が低下する一方で、医学管理や在宅歯科医療などの支出が増加していました。

こうした結果からみても、現在の3兆円規模の歯科医療費を、昔と同じ「削って詰めて補う歯科」の延長だけで説明することはできません。

2024年度の厚労省データでも、歯科医療費の「中身」が変わっている

2024年度の電算処理分3兆3,354億円について、診療内容別にみてみます。

最大なのは依然として「歯冠修復及び欠損補綴」で9,671億円、構成割合29.0%です。

ただし2023年度は9,656億円であり、実額としては前年とほぼ横ばいでした。

一方、処置は6,945億円で前年比8.3%増、医学管理は4,879億円で3.9%増、検査・病理診断は2,637億円で7.3%増、在宅は1,281億円で7.1%増でした。

ただし、ここで注意すべきことがあります。

2024年度は診療報酬改定年度です。

したがって、医療費が8.3%増えたからといって、その診療行為が8.3%多く実施されたことをそのまま意味するわけではありません。

医療費の増減には、算定回数の変化だけでなく、診療報酬点数や算定要件の変更なども影響します。

また「医学管理」という診療報酬上の区分を、そのまま「予防」と読み替えるのも正確ではありません。

それでも、歯科医療費の構成が「修復・補綴一辺倒」ではなくなり、処置、管理、検査、在宅といった領域へ広がっていることは確認できます。

「治療から予防へ」ではなく、「治療に加えて管理・機能・連携へ」

歯科医療の変化は、しばしば「治療から予防へ」と表現されます。

しかし私は、この表現だけでは現在の歯科医療を十分に説明できないと思います。

虫歯になれば治療は必要です。

歯髄炎や根尖性歯周炎になれば根管治療が必要になることがあります。

歯を失えば、ブリッジ、義歯、インプラントなどによる機能回復が必要になる場合があります。

補綴治療が不要になるわけではありません。

変わったのは、そこに新しい仕事が加わったことです。

  • う蝕や歯周病の発症予防
  • 初期病変の管理
  • 歯周病の重症化・再発予防
  • 多数の残存歯を長期間維持するための管理
  • 根面う蝕への対応
  • 口腔機能低下への評価と介入
  • 通院困難者への在宅歯科医療
  • 周術期・入院患者への口腔管理
  • 医科・介護・薬局との連携

すなわち、「治療をやめて予防に置き換える」のではありません。

治療を残したまま、管理、機能維持、在宅、連携まで歯科医療の守備範囲が拡張していると捉えるほうが実態に近いのではないでしょうか。

8020が進んでも、歯科医療ニーズが消えたわけではない

ここで、歯科医療ニーズを考えるうえで非常に重要な問題があります。

日本では長年、8020運動が進められてきました。

80歳になっても20本以上の歯を残している人の割合は大きく増加しました。

これは日本の歯科保健医療が挙げてきた大きな成果です。

では「歯を失う人が減ったのだから、補綴を必要とする患者数も減少している」と考えてよいのでしょうか。

相田潤氏が2024年に示した分析は、この考え方に重要な注意を促しています。

75歳以上で現在歯数19歯以下の人の「割合」は低下しました。

1999年までは80%を超えていましたが、2022年には51.0%まで低下しています。

ところが、その「人数」は逆方向に動きました。

  • 1981年:約353万人
  • 1999年:約718万人
  • 2022年:約988万人

1000万人近くまで増えています。

理由は人口高齢化です。

高齢者一人ひとりの残存歯数が改善していても、高齢者人口そのものが大幅に増えれば、歯を多く失った高齢者の絶対数は増えることがあります。

相田氏が指摘しているのは、「割合」と「実数」を混同すると、歯科医療ニーズを過小評価する危険があるということです。

8020の達成割合が向上したことと、補綴を必要とする高齢者の人数が少なくなったことは同じ意味ではありません。

さらに相田氏は、2022年の歯科疾患実態調査を基に、日本で永久歯に未処置う蝕を有する人は約30%、人数にするとおよそ4000万人に相当すると論じています。

歯科疾患は、特定の少数者だけがかかる病気ではありません。

患者一人ひとりの状態が改善してきたことと、日本社会全体としての歯科医療ニーズが小さくなったことも、必ずしも同義ではないのです。

歯が残るということは、その歯を80代、90代まで管理するということでもある

これは日々の臨床を考えると、さらに理解しやすいと思います。

高齢者が多数の歯を残せるようになったこと自体は、大きな成功です。

しかし80歳で20本以上残っている歯が、すべて無修復の健康な天然歯というわけではありません。

  • 歯周病を抱えながら維持している歯
  • 根管治療を受けた歯
  • クラウンが装着された歯
  • ブリッジの支台歯
  • 歯肉退縮によって根面が露出した歯
  • 根面う蝕のリスクが高い歯
  • 清掃が難しい補綴物周囲

こうした歯を抱えながら80代、90代まで生活する人が増えています。

そこへ口腔乾燥、手指機能の低下、認知機能の変化、糖尿病をはじめとする全身疾患、多剤服用などが重なります。

そして「歯が多く残っていること」と「問題なく食べられること」も同義ではありません。

咀嚼能力、舌・口唇の運動、嚥下、唾液、義歯の安定など、口腔機能そのものを評価する必要があります。

口腔機能低下症については、当院の「口腔機能低下症を“検査項目”で終わらせない」でも詳しく解説しています。

「歯を失ったら義歯を入れて終わり」という歯科医療から、「多数の歯を残した人の口腔を長期間どう維持し、食べる機能までどう守るか」という歯科医療へ、需要の内容そのものが変わってきているのです。

歯周病は「治したら終わり」ではなく、長期管理が必要な疾患である

この構造変化を理解するうえで、歯周病は象徴的です。

歯周病は慢性炎症性疾患です。

歯周基本治療や必要な歯周外科を行えば、それ以降は一生治療不要になるという疾患ではありません。

治療後に再評価を行い、状態に応じてSPTやメインテナンスへ移行し、長期間にわたって再発・重症化を防ぐ必要があります。

歯周病の基本的な病態や治療については、当院の「歯周病とは」でも詳しく解説しています。

厚生労働科学研究でNDBの歯科レセプトを分析した報告では、2019年から2024年にかけて1日平均患者数は、う蝕が0.89倍、歯髄炎等が0.86倍、根尖性歯周炎等が0.85倍、補綴関係が0.88倍となった一方、歯周炎等は1.01倍とほぼ横ばいでした。

ただし、この数字には重要な限界があります。

歯科レセプトでは、医科レセプトと同じように主傷病を厳密に選択することが難しく、この1日平均患者数をそのまま疾病の有病者数とみなすことはできません。

研究報告書自身も、傷病別の傷病量としての妥当性や有用性について慎重な評価をしています。

それでも、う蝕や補綴を中心とした従来の歯科需要だけでは、現在の歯科診療を説明できなくなっていることを考える一つの材料になります。

では、歯科医療費は減らせば減らすほど良いのか

ここで一度、財政の視点へ戻ってみます。

医療財源は有限です。

効果が乏しい医療や非効率な制度は見直すべきですし、診療報酬も費用対効果や社会的な優先順位を考えて設計する必要があります。

しかし、「歯科医療費が低いこと」そのものを政策の成功と考えてよいのでしょうか。

2026年に発表された全国規模のGIS研究は、この問題を考えるうえで興味深い結果を示しています。

全国68,806件の歯科診療所と75歳以上人口を地理情報システムで解析したところ、全国で41万4,526人、75歳以上人口の2.27%が自動車15分の到達圏外に居住していました。

さらに都道府県単位でみると、自動車15分圏外人口割合が高い地域ほど、75歳以上の歯科受診率が低く、1人当たり歯科医療費も低いという相関が認められました。

歯科受診率とのSpearman相関係数は-0.579、歯科医療費とは-0.446でした。

これは重要な示唆です。

歯科医療費が低い地域だからといって、必ずしも「歯科疾患が少なく、国民の口腔状態が良い」とは限りません。

「歯科医院へ行きにくいため、必要な歯科医療まで利用されていない」という可能性も考える必要があります。

ただし、この研究は都道府県単位の地域相関研究です。

人口密度、所得、教育、公共交通、高齢化率などの交絡因子が存在する可能性があり、地理的アクセスの悪化が直接歯科医療費を下げたという因果関係を示した研究ではありません。

それでも「歯科医療費が低い=良い歯科政策」と短絡できないことは分かります。

自己負担を増やして受診を減らせば、それは「医療費適正化」なのか

もう一つ考える必要があるのが、患者の自己負担です。

患者負担を増やせば、一般に医療利用を減らす方向へ働く可能性があります。

しかし、不要な受診だけを選択的に減らしてくれるとは限りません。

2019年のJAGESデータを用いたNakazawaらの研究では、自立した65歳以上の15,389人について、所得・教育と歯肉出血、歯科受診との格差を自己負担割合別に分析しました。

その結果、自己負担割合が低い群ほど、社会経済的要因による歯肉出血や歯科受診の格差が小さい傾向がみられました。

1割負担群では、所得による歯肉出血の絶対的・相対的格差は統計学的に有意ではありませんでした。

もちろん、これも横断研究です。

また当時の自己負担割合は年齢と強く関連しているため、「自己負担を下げれば歯周病が改善する」という因果関係が直接証明されたわけではありません。

それでも医療費を考えるときには、「利用を減らすこと」と「必要な医療へのアクセスまで失わせること」を区別する必要があります。

「歯科にお金を使えば医科医療費が下がる」は、まだ言い切れない

歯科医療費を論じるとき、非常に魅力的な主張があります。

「歯科を充実させれば全身疾患が減り、その結果として医科医療費まで下がるのではないか」という考え方です。

実際、口腔状態と医科医療費との関連を示した研究は複数存在します。

Murataらは、被用者保険の大規模レセプトデータ1,288,713人を用いて、咬合支持と医療利用との関連を検討しました。

咬合支持状態が良好な群ほど医科医療費が低い傾向がみられ、咬合支持の悪化と医療資源利用との関連が報告されています。

また、NDBを用いた研究では、歯周炎病名を持ち医科レセプトと突合可能だった40歳以上2,231,983人を解析しています。

男女とも40~79歳では19歯以下の群のほうが20歯以上の群より医科点数が高く、50歳代では1歯が失われるごとに医科医療費が約2.4%増加する傾向が報告されました。

非常に興味深い結果です。

しかし、ここから「歯を失ったことが原因で医科医療費が上がった」と直ちに結論づけることはできません。

歯が多く残っている人と少ない人では、所得、教育、健康行動、喫煙、食習慣、全身疾患、医療へのアクセスなどが異なっている可能性があります。

全身状態が悪いために歯を失いやすく、同時に医科医療費も高くなっている可能性もあります。

つまり「歯を失ったから医療費が上がる」「歯を残せば医療費が下がる」という一方向の因果関係を、観察研究だけから証明することは困難です。

「歯科に1万円使えば、医科からそれ以上の医療費が戻ってくる」というところまで、現在のエビデンスは示していません。

歯科医療の社会的価値を主張するときほど、この線引きは重要だと思います。

歯科健診は「医療費を増やす」のか、それとも将来の治療を減らすのか

一方、歯科健診や歯科保健活動については興味深い縦断研究があります。

2024年に発表された持田らの研究では、某企業の従業員2,104人を対象に、5年間の歯科健診受診状況と、その後の外来歯科診療医療費・診療実日数との関連を検討しました。

5年間に事業所での集団歯科健診を4~5回受けた人は、健診を一度も受けなかった人に比べ、年平均外来歯科診療医療費のrate ratioが0.87、診療実日数が0.86でした。

継続的に集団歯科健診を受けた人ほど、後の歯科医療費や歯科受診日数が少ないという関連です。

ただし、この研究でも歯科健診への参加は任意でした。

もともと健康意識が高い人が健診に参加しやすいという選択バイアスや、所得・教育・生活習慣など十分に把握されていない交絡因子があります。

したがって「歯科健診を行えば必ず歯科医療費が13%削減できる」という意味ではありません。

また、12年間2,691人を追跡したIchihashiらの研究では、定期的な職域歯科健診群で累積歯科医療費は低かった一方、研究対象全体では健診頻度と累積医科医療費との有意な関連は認められませんでした。

これは非常に重要です。

「歯科健診をすれば医科医療費まで必ず下がる」と単純化することはできません。

以前、当院の「国民皆歯科健診」を扱った院長コラムでも書いたように、健診は診断や治療そのものではありません。

必要な人を見つけ、必要な検査・診断・治療・管理へつなげる入口です。

医療経済的にも「健診を何回増やしたか」だけでなく、「健診で何を見つけ、どの段階でどのような介入へつなげたか」を評価する必要があります。

高齢社会では、歯科医療費だけでなく介護費まで考える必要がある

さらに高齢社会では、歯科医療費と医科医療費だけを比較しても十分ではありません。

介護費があります。

KiuchiらはJAGES参加者8,429人を8年間追跡し、歯科受診パターンと累積介護保険費用との関連を分析しました。

予防目的の歯科受診があった人では、歯科受診がなかった人と比べ、推定累積介護費が約1,090米ドル低いという関連が報告されています。

これも観察研究なので、「歯科受診をすればその金額だけ介護費を節約できる」という因果関係を示したものではありません。

しかし、今後の歯科医療の価値を評価するときに、歯科医療費という一つの財布だけを見ればよいのか、という重要な問いを投げかけています。

オーラルフレイルと医療費の関連も報告されている

高齢者の口腔機能という点では、オーラルフレイルと医療費との関連も報告されています。

後期高齢者2,190人を対象とした研究では、健常群、プレオーラルフレイル群、オーラルフレイル群を比較し、医科・歯科の年間外来医療費との関連を検討しています。

年齢、性別、BMI、喫煙、教育年数、併存疾患、フレイルなどを調整したモデルでも、健常群に比べオーラルフレイル群では医科年間外来医療費のコスト比が1.244、歯科年間外来医療費が1.333でした。

さらに個別項目では、客観的な咀嚼機能低下と医科医療費の高さとの関連も認められています。

ただし、この研究は横断研究です。

研究者自身も、オーラルフレイルと医療費の因果関係を明らかにすることはできないと明記しています。

「オーラルフレイルへ介入すれば医療費が24%下がる」という意味ではありません。

それでも、口腔機能の低下を単なる「歯科だけの問題」として切り離してよいのかという点で、重要な研究だと思います。

診療報酬は単なる「歯科治療の値段表」ではない

歯科医療費を考えるうえでは、診療報酬の役割も重要です。

診療報酬は単に「この処置はいくら」と値段を決めるだけのものではありません。

国が今後どのような医療を評価し、どのような医療提供体制を普及させたいのかを示す政策手段でもあります。

鳥山氏は、歯科診療には一種の「二極性」があると指摘しています。

審美性が高く、患者満足度も高く、採算性も確保しやすい診療は、自由診療として市場の中で普及しやすい側面があります。

一方で、医療安全、感染対策、障害者やハイリスク患者への対応、地域包括ケア、在宅、医科歯科連携などは、患者や社会にとって重要であっても、医療機関の収益増へ直接結びつきにくいことがあります。

こうした領域では、診療報酬によって政策的に評価し、普及を促す意味が出てきます。

ここに、「歯科医療費を総額で何円減らすか」だけでは見えない問題があります。

歯科医療費3兆円を、何に配分するのか。

これは総額そのものと同じくらい重要な問いです。

2024年度診療報酬改定も「管理・機能・連携」へ評価を広げた

2024年度診療報酬改定では、診療報酬本体が+0.88%、各科改定率では医科+0.52%、歯科+0.57%、調剤+0.16%とされました。

歯科では、口腔管理体制強化加算、口腔機能管理、歯科口腔リハビリテーション、在宅歯科医療、周術期・回復期の口腔管理、医科歯科連携などへの対応が進められました。

たとえば口腔機能管理料は、2018年度に歯科疾患管理料の加算として新設され、2020年度には独立した項目となり、2022年度には対象年齢が65歳以上から50歳以上へ拡大しました。

2024年度改定では、管理と指導訓練が整理され、歯科口腔リハビリテーション料3も新設されています。

一方、こうした新たな評価を追加するための財源が無制限に存在するわけではありません。

既存項目を縮小・再編し、その財源を別の項目へ振り向けることも行われます。

鳥山氏は、2024年度改定ではクラウン・ブリッジ維持管理料の対象縮小によって、改定率0.37%相当の財源が捻出されたと試算しています。

つまり診療報酬改定とは、「歯科全体へ何%増やすか」という話だけではありません。

限られた財源の中で、何を高く評価し、何を低く評価し、どこへ資源を移すのかという政策判断でもあります。

歯科医療費が増えれば悪いわけではない。減れば良いわけでもない

ここまでの統計や研究をまとめると、歯科医療費を見るときに最も避けたいのは、金額の増減だけで善悪を判断することだと思います。

歯科医療費が減ったとしても、その理由によって意味は全く異なります。

  • う蝕や歯周病そのものが減った
  • 予防や早期介入によって重症治療が減った
  • 診療が効率化された

のであれば、望ましい減少かもしれません。

しかし、

  • 自己負担が重くて治療を諦めた
  • 近くに歯科医院がなく受診できない
  • 高齢や要介護状態で通院できない
  • 必要な歯科医療へアクセスできない

ために歯科医療費が低下したのなら、同じ「医療費減少」でも意味は正反対です。

反対に歯科医療費が増えた場合も、単純に悪いとはいえません。

  • 高齢者人口が増えた
  • 自分の歯を多く残す人が増え、長期管理の対象が増えた
  • 在宅歯科医療が必要な人へサービスが届くようになった
  • 口腔機能管理や医科歯科連携が新たに評価されるようになった
  • 診療報酬改定や物価・材料価格の影響を受けた

という場合もあります。

だからこそ、歯科医療費の「総額」だけでなく、その中身までみる必要があります。

3兆円は「高いか安いか」より、「何を生み出しているか」で評価する

最初の問いに戻ります。

歯科医療費3兆円は高いのでしょうか。

私は、金額だけを見て「高い」「安い」と答えることはできないと思います。

1962年度には国民医療費の約12%を占めていた歯科診療医療費は、2023年度には6.9%まで低下しました。

その一方で、歯科医療費の絶対額は増えています。

長期的にみると延べ診療日数は大きく増えておらず、修復・補綴の比重は低下しました。

高齢者の歯科医療費は増えています。

多数の歯を残す高齢者が増えました。

その一方で、19歯以下の高齢者の絶対数も約1000万人に達しています。

歯周病を長期間管理する人、根面う蝕を予防・管理する人、口腔機能を維持する人、在宅歯科を必要とする人、医科と連携して口腔管理を受ける人も増えていきます。

この状況をみれば、日本の歯科医療費は単純に「増えた」というより、使われる対象と役割そのものが変化してきたと考えるほうが適切です。

おわりに――問うべきなのは「その3兆円で何を守るのか」

歯科医療費3兆円。

数字だけを見れば、非常に大きなお金です。

当然、その使われ方は厳しく検証されるべきです。

歯科医療側も、「歯科は大切なのだから予算を増やしてほしい」と主張するだけでは十分ではありません。

どの診療が患者の健康にどのような価値を生み出しているのか。

どの医療は適正化できるのか。

どの領域には逆に十分な評価が必要なのか。

その根拠を統計と研究で示す必要があります。

一方で、財政側も「医療費が下がれば成功」という一つの物差しだけでは、必要な歯科医療へのアクセスを失わせる可能性があります。

予防。

早期発見。

う蝕治療。

歯周治療。

歯の保存。

補綴。

重症化予防。

口腔機能。

在宅。

医科歯科連携。

限られた財源の中で、これらをどのように組み合わせ、国民の健康をどこまで守るのか。

歯科医療費について本当に問うべきなのは、

「歯科医療費をいくらまで減らせるか」ではなく、「その3兆円で国民の何を守るのか」

なのではないでしょうか。

そして、制度として歯科医療が存在するだけでは十分ではありません。

必要な人が、必要なときに、実際にその医療へ到達できることも重要です。

ブランデンタルクリニックは広島市中区立町、立町駅徒歩1分の立町中央ビル4階にあり、4階まではエレベーターをご利用いただけます。当日電話受付可、急患同日可としているのも、必要な歯科医療へ実際につながることを大切にしているためです。

歯科医療費を考えることは、歯科医院の収入だけを考えることではありません。

日本が口腔の健康をどこまで社会保障として守り、そのために限られた医療資源をどのように配分するのかを考えることなのだと思います。

参考文献・資料

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