歯科診療の騒音で歯科医師の集中力は落ちる?作業成績・ストレスとBGMの可能性|広島市中区立町の歯医者(紙屋町、八丁堀、袋町からすぐで通いやすい)|ブランデンタルクリニック|土曜日、日曜日、祝日診療

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歯科診療の騒音で歯科医師の集中力は落ちる?作業成績・ストレスとBGMの可能性

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2026年9月17日

歯科診療の騒音で歯科医師の集中力は落ちる?作業成績・ストレスとBGMの可能性

(院長の徒然コラム)

はじめに

歯医者の音が好きです、という患者さんには、あまり会ったことがありません。

高速ハンドピースの「キーン」。バキュームの「ゴーッ」。超音波スケーラーの高い音。金属器具がトレーに触れるカチャッという音。

歯科医院は、改めて考えるとなかなか賑やかな職場です。

患者さんから「歯医者は音が怖い」と言われれば、こちらもよく分かります。以前、歯医者の「キーン」と「ブーン」は何が違うのかについて、高速・低速ハンドピースやタービン、コントラの違いを取り上げました。

ただ、一つ忘れがちなことがあります。

その音を、毎日の診療で何度も、しかも音源のかなり近くで聞いている人間がいる。

歯科医師です。

しかも、ただ聞いているわけではありません。

小さな術野を見ながら器具を数mm単位で動かし、患者さんの表情や体動を見て、アシスタントとコミュニケーションを取り、次に何をするか判断しながら治療しています。

そんな環境で「キーン」「ゴーッ」を浴び続けたら、歯科医師の集中力や作業成績はどうなるのか。

2026年9月16日、東京科学大学などの研究グループから、まさにそれを調べた研究が公開されました。

今回はこの新しい歯科論文を入口に、「歯医者はうるさいね」で終わらず、騒音と集中力、ストレス、BGM、サウンドマスキング、そして歯科診療室そのものの音環境設計まで考えてみます。

2026年9月16日公開、患者ではなく「歯科医師」を調べた研究

今回の論文は、Kido氏、Katagiri氏らによる「Effects of Dental Noise on Dentists’ Performance and Stress Responses: A Randomized Crossover Trial」です。

Journal of Occupational Healthに2026年9月16日公開された研究で、東京科学大学病院などの歯科医師を対象としています。

なお、この記事を書いている2026年9月17日時点では、査読後に受理されたAccepted Manuscriptとして公開されています。つまり論文としては受理済みですが、まだ出版社による最終的なcopyeditingや組版前の版です。今後、組版された最終版へ置き換えられる予定ですが、DOIはそのまま引き継がれます。

この研究がおもしろいのは、二段構えになっていることです。

まず歯科医師・臨床研修歯科医44人に、「診療中の騒音をどう感じているか」「どの機器の音が不快か」を質問しています。

その後、歯科医師11人を対象に、静かな条件と歯科騒音のある条件の両方を経験してもらうランダム化クロスオーバー試験を行っています。

つまり、「騒音に強い11人」と「騒音に弱い11人」を別々に集めて比較したわけではありません。

同じ人が静音条件でも騒音条件でも試験を受け、自分自身が対照になる設計です。

さらに、今回使用された内田クレペリン検査には繰り返しによる学習効果があるため、2条件の実験は最低2か月空けて実施されています。carry-over effect、つまり先に受けた条件の影響が次の試験へ持ち越されていないかについても統計学的に検討されています。

対象人数は小さい。しかし「11人しかいないから雑な実験」というわけではなく、小規模なりに条件差をできるだけ丁寧に見る設計になっています。

44人の93.2%が「歯科診療中の騒音は不快」

まずアンケート結果から見てみましょう。

44人中41人、93.2%が診療中の歯科機器の騒音を不快に感じると回答しました。

さらに「最も不快な機器」を尋ねると、口腔外バキュームが79.5%、HVEが18.2%、高速エアタービンが2.3%でした。

「歯医者の嫌な音」と聞くと、多くの患者さんはタービンの「キーン」を想像するでしょう。

ところが歯科医師側では、今回圧倒的だったのが口腔外バキュームの「ゴーッ」でした。

さらに騒音の影響については、56.8%が「ストレスが増える」、47.7%が「パフォーマンスが低下する」と回答。耳鳴りを挙げた人が25.0%、診療上必要な音が聞き取りにくくなると答えた人も18.2%いました。

歯科医師の約半数が、自分でも「仕事のパフォーマンスに響いている気がする」と感じていたことになります。

もっとも、この質問票は今回の研究者が予備的なスクリーニング用に作成した4項目のもので、心理尺度として妥当性が検証されたものではありません。

したがって、93.2%という数字は興味深いものの、「標準化された騒音ストレス検査で93.2%の歯科医師に異常が見つかった」という意味ではありません。

実測すると、最もうるさかったのは「キーン」ではなく「ゴーッ」

研究チームは、アンケートで不快度上位だった3機器の騒音も測定しました。

機器平均騒音レベル
口腔外バキューム(EOS)91.7 ± 0.6 dBA
HVE88.0 ± 0.3 dBA
高速エアタービン82.3 ± 0.7 dBA

今回の測定条件では、ここでも口腔外バキュームがトップです。

ただし、この表を「すべての歯科機器を完全に同じ条件で比較した性能表」のように読んではいけません。

実際の診療位置を模して、EOSは40cm、HVEとエアタービンは30cmの距離で測定しています。

機種、距離、向き、周囲の反射などによって数値は変わります。

したがって、「どこの歯科医院でも口腔外バキュームは91.7 dBA」という意味ではありません。

なお、口腔外バキュームと、患者さんの口の中に入れる太いHVEは別の器具です。口腔内で使う吸引器具については、口腔内バキュームと排唾管の違いで詳しく解説しています。

11人全員が「静音」と「約90 dBA」を経験した

本番の実験に参加したのは歯科医師11人です。

男性4人、女性7人、26〜45歳、臨床経験3〜21年でした。

実験室は外部騒音を抑えるためコンクリート壁に囲まれた閉鎖環境で、静音条件では参加者の耳元をLAeq 45 dBA未満に保ちました。

一方、騒音条件では口腔外バキュームを頭部から40cmの位置に置き、参加者の耳付近で約90 dBAになるようにしています。

静音条件には白色雑音を入れていません。研究者らは、白色雑音自体が認知パフォーマンスに影響し得る「能動的な聴覚介入」になり得るため、対照条件では使用しなかったとしています。

そして重要なのが、騒音を聞かせた時間です。

口腔外バキュームは、内田クレペリン検査の15分前から作動しています。

内田クレペリン検査は15分の計算、5分休憩、さらに15分の計算。

騒音はその終了時まで続きました。

つまり騒音条件では、約90 dBAの口腔外バキューム音を、T−15分からT+35分まで計約50分間連続して聞かせたことになります。

ここは非常に重要です。

今回の実験は、「普通の歯科医院で一日働いたときの平均的な音環境」を再現したものではありません。

著者らも、高強度の歯科騒音へ標準化された短時間曝露を行い、その急性反応を調べる実験であり、日常的な職業性騒音曝露を再現する目的ではないと明記しています。

騒音下では作業量が2066.1から1868.0へ減った

いよいよ結果です。

内田クレペリン検査の平均作業量は、静音条件で2066.1 ± 322.7、騒音条件で1868.0 ± 345.0でした。

差は198.1。

静音条件を基準に単純計算すると、約9.6%少なくなったことになります。

統計学的にもp<0.01でした。

そして誤答率は、静音条件で0.7 ± 0.3%、騒音条件で1.2 ± 0.3%

こちらもp<0.01で、騒音条件の方が高くなっていました。

つまり今回の実験条件では、約90 dBAの口腔外バキューム音が続いていると、作業量は減り、計算の間違いは増えた

かなり分かりやすい結果です。

ただし、ここで盛り上がりすぎると、翌日には「歯医者のバキュームで医療事故が増える!」みたいな見出しになりかねません。

それは、この論文が調べたことではありません。

今回鳴っていたのはタービンではない

ここは誤読されやすいので、もう一度書きます。

作業成績を比較したクロスオーバー試験で使われた騒音源は、口腔外バキュームです。

高速エアタービンやHVEについて行ったのは騒音値の測定です。

したがって、

「タービンのキーンという音で歯科医師の誤答が増えた」

とは書けません。

今回の実験において、キーンは脇役です。

主役はゴーッです。

タービン側からすると、ここで罪を着せられるのは少し濡れ衣です。

唾液αアミラーゼにも違いが出た

研究では作業成績だけではなく、生理的なストレス関連反応も調べています。

測定したのは、唾液αアミラーゼ(sAA)、分泌型IgA(sIgA)、クロモグラニンA(CgA)の3種類です。

まずsAA。

計算課題前のpreでは、静音条件が60.96 ± 22.41 U/mL、騒音条件が116.96 ± 43.41 U/mL

postでも、静音条件が72.81 ± 33.03 U/mL、騒音条件が124.04 ± 52.64 U/mLでした。

preとpostでは騒音条件の方が有意に高く、midでは騒音条件126.77、静音条件112.22だったものの、その時点の条件差は有意ではありませんでした。

sIgAはpreとmidで騒音条件の方が有意に高い値を示しました。

一方、CgAには静音条件と騒音条件の間で有意差がありませんでした。

つまり、「ストレスマーカーを3種類測ったら全部きれいに上がりました」という研究ではありません。

唾液αアミラーゼは交感神経系の活動などと関係し、暗算やスピーチなどの急性ストレス課題で変化することが知られています。

ただし、唾液によるストレス評価には注意が必要です。

採取時刻、飲食、歯磨き、喫煙、採取方法、日内変動なども測定値へ影響し得ます。

生体マーカーは数字が出ると、急に絶対的なものに見えます。

血液や唾液は人間より無口なので、なんとなく説得力がありそうに見えますが、無口だからといって解釈まで自動的に正しくなるわけではありません。

「pre」は騒音を聞く“前”ではない

今回の原著で、個人的にかなり重要だと思ったのがここです。

実験タイムラインを見ると、騒音条件ではT−15分から口腔外バキュームが作動しています。

そしてT0で最初の唾液を採取しています。

つまり論文中の「pre」は、内田クレペリン検査を始める前ではありますが、騒音曝露を始める前ではありません。

すでに約15分間、騒音を聞いた後です。

したがって、

「騒音を聞く前はsAAが60だった。それが15分聞いたら116になった」

とは言えません。

静音条件と騒音条件を比較する研究デザインにはなっていますが、騒音曝露直前の値からどれだけ上昇したのかを直接測定した研究ではないのです。

論文を読むときは、「pre」という文字だけではなく、何のpreなのかを見る必要があります。

ストレス反応が大きい人ほど作業成績も悪かった?

さらに研究では、騒音条件と静音条件の差を使って、作業成績の変化とsAA変化の関連も調べています。

midのsAA変化と作業量変化はr=−0.66、p<0.05

preのsAA変化と誤答率変化はr=0.61、p<0.05でした。

つまり、sAAの変化が大きかった参加者ほど、作業量低下や誤答率増加も大きい傾向がみられました。

これはおもしろい結果です。

ただし11人です。

そして相関です。

したがって、「騒音でsAAが上がったことが原因で集中力が落ちた」という因果関係まで証明したものではありません。

正確には、生理的なストレス関連反応の変化と作業成績変化に関連がみられたと読むべきでしょう。

ここで一度ブレーキを踏む――これは「歯科治療のミス」を調べた研究ではない

今回の研究を一番雑に紹介すると、

「歯医者の騒音で歯科医のミスが増えた」

となります。

分かりやすい。

そして、かなり危ない。

今回増えたのは内田クレペリン検査の誤答です。

虫歯を削り過ぎたわけでも、根管を穿孔したわけでも、補綴物の形成マージンを壊したわけでもありません。

また対象は11人です。

単施設。

短時間の実験。

そして約90 dBAの口腔外バキューム音を計約50分間連続して聞かせています。

通常の歯科診療では機器はONになったりOFFになったりしますし、音源との距離や向きも変わります。

診療室には他の機器、会話、吸音材、パーティションなども存在します。

原著自身も、今回の実験は標準化された高強度騒音の急性影響を調べるもので、観察された変化量を日常診療へ直接外挿すべきではないとしています。



○ この研究で言えること
約90 dBAのEOS連続騒音条件で、計算作業量が減り、誤答率が増え、一部のストレス関連指標にも差がみられた

△ まだ言えないこと
実際の歯科治療ミスが増える
日常診療で常に能力が9.6%落ちる
BGMで解決できる
特定の曲を流せば治療精度が上がる

91.7 dBAだから「歯科医師は一日中危険」でもない

91.7 dBAという数字を見ると、かなり大きく感じます。

実際、職業性騒音として無視してよい数字ではありません。

ただし、騒音による職業上のリスクを考えるときには、音圧レベルだけではなく、どのくらいの時間曝露したかをセットで考える必要があります。

日本では、厚生労働省の2023年改訂「騒音障害防止のためのガイドライン」で、作業環境を改善する措置を講じても85 dB未満にならない場合などに作業時間の短縮を検討するための参考として、「等価騒音レベルによる許容基準」が示されています。

  • 85 dB:8時間
  • 88 dB:4時間
  • 90 dB:2時間30分
  • 91 dB:2時間
  • 92 dB:1時間35分

ただし、これは主として長期的な騒音性難聴を防ぐための職業性騒音管理の考え方です。

「91 dBを超えると集中力が低下する」という認知パフォーマンスの境界値ではありません。

ですから、EOSを一度測って91.7 dBAだった=歯科医師が毎日一日中91.7 dBAを浴びているでもなければ、91.7 dBA=集中力が必ず9.6%低下するでもありません。

音の大きさ、曝露時間、作業内容は分けて考える必要があります。

さらに厚生労働省のガイドラインでは、周囲の音や会話を聞く必要がある作業では過度な遮音を避けることや、聴覚保護具によって会話によるコミュニケーションがさらに難しくなり得る点にも注意が促されています。

これは歯科診療を考えると、かなり重要な話です。

では「音は少なければ少ないほど良い」のか

ここから、この論文を少し外へ広げてみます。

東京科学大学の研究だけを読むと、

騒音があると作業成績が悪くなる。なら静かにすればよい。

という結論になりそうです。

ところが、騒音と集中力の研究全体を見ると、それほど単純ではありません。

労働安全衛生総合研究所が2023年に報告した実験では、無音条件と約65 dBAのピンクノイズ、高域・低域を強調したホワイトノイズを比較しています。

被験者は主観的には無音を最も「作業しやすい」と評価しました。

ところがPC作業の処理速度や正確性を見ると、無音条件が常に最良という結果にはならず、音の周波数特性による明確な差も得られませんでした。

各群4人という非常に小規模な研究で、統計学的な検定も行われていないため、強い結論は出せません。

しかし少なくとも、「音が存在する=必ず作業成績が低下する」という単純な図式では説明できなさそうです。

「集中できる気がする」と実際の成績は同じではない

さらにおもしろい研究があります。

2025年の日本音響学会誌に掲載された、オフィス音環境についての実験です。

32人を対象に、無音に近い空調音、ドビュッシーの「アラベスク第1番」、普通の背景音声、内容を理解できないよう加工した「提案音声」の4条件で、繰り返し足し算を行わせました。

背景音あり条件は概ね45 dB、無音条件は約40 dBです。

回答した問題数そのものには明確な差がありませんでした。

ところが、正答数は無音より音楽条件と提案音声条件で有意に多かったのです。

さらに興味深いことに、提案音声では客観的な正答数が無音より高かった一方、本人の印象評価では無音の方が「集中に寄与する」と評価されました。

「静かな方が集中できそうだ」。

これは私自身もそう思います。

でも、集中できる“気がする”ことと、実際に正確に仕事ができることは、必ずしも同じではないらしい。

ここから音環境の話が少しおもしろくなってきます。

そこで出てくる「サウンドマスキング」という発想

騒音対策というと、普通は「音を小さくする」「遮音する」「耳栓をする」と考えます。

もちろん発生源そのものを静かにできるなら、それが一番分かりやすい。

しかし、完全に消せない音もあります。

そこで出てくるのがサウンドマスキングです。

簡単に言えば、ある音を別の音によって目立ちにくくする考え方です。

2025年の工学院大学の研究では、研究目的そのものが「騒音を完全に消すのではなく、気にならなくする」というものでした。

騒音を低域・中域・高域に分け、そのエネルギー分布や時間的な変動を分析し、音響的に似た音楽フレーズを自動的に組み合わせる方法です。

発想としては、「騒音に勝つために音楽を大音量でかぶせる」のではありません。

騒音を音楽の一部のように知覚させ、突出感を下げる。

こちらの方が近い。

歯科医院を考えるうえでも、かなりおもしろい発想です。

BGMは魔法の集中力ボタンではない

では歯医者でクラシックを流せばすべて解決するのでしょうか。

そこまで世の中は都合よくできていません。

背景音楽と認知課題について95論文・154実験、計6,246人を整理した2022年のsystematic reviewでは、BGMの効果は一貫していません。

特に記憶や言語に関係する課題では悪影響がみられる研究があり、歌詞を含む音楽はインストゥルメンタルより妨害的になる傾向が整理されています。

課題の種類や難易度、音楽の特徴、個人差も影響します。

つまり、

「クラシック=集中」

「lo-fi=仕事がはかどる」

「モーツァルトを流せば偏差値が上がる」

というほど単純ではありません。

音楽は薬ではないので、「バッハ1日3回、毎食後」と処方するわけにもいきません。

むしろ重要なのは、音量、歌詞の有無、テンポ、急激な音量変化、本人の好み、そして何をしている最中なのかです。

カルテを読んでいるときと、形成しているときと、患者さんへ説明しているときでは、理想的な音環境が同じとは限りません。

歌のあるBGMは「第二の会話」になってしまうことがある

ここで、2011年のHaapakangas氏らの研究が参考になります。

54人を対象に、背景会話と、その会話をマスクするための複数の音を比較しました。

  • フィルター処理したピンクノイズ
  • 換気音
  • インストゥルメンタル音楽
  • ボーカル入り音楽
  • 小川の音

背景会話だけの条件では短期記憶課題が悪化しましたが、小川の音で会話をマスクした条件では、背景会話のみの場合より成績が改善しました。

一方、ボーカル入り音楽は、背景会話と似たような妨害作用を示しました。

これは歯科研究ではありませんが、示唆は分かりやすい。

人の声が邪魔だから、その上からさらに歌声を足せばよい、とは限らない。

集中させるつもりでBGMを流したら、脳にとっては会話がもう一人増えただけ、ということもあり得ます。

歯科医院でBGMを考えるなら、「何か曲が流れていればよい」という話ではなさそうです。

ピンクノイズ、流水音、ピアノを混ぜるとどうなる?

2024年には、マスキング音と知的作業・複数人会議を比較した研究があります。

候補にはピンクノイズ、流水音、雨音、クラシック、ピアノ、lo-fiなどが含まれ、最終的に帯域制限ピンクノイズ+流水音+アラベスク系のピアノ音を組み合わせた条件が評価されました。

個人課題の平均正答率は、マスキング音条件で約3.9%高かったものの、統計学的な有意差はありませんでした。

ですから、

「ピンクノイズと流水音とピアノを混ぜれば、歯科医師の集中力が3.9%上がる」

という話ではありません。

そんな便利なレシピがあるなら、待合室より先に院長室へ導入します。

この研究で重要なのは、「音楽を流せば良い」という結論ではなく、背景音の内容によって、人が感じる集中しやすさや作業環境が変わり得るという点でしょう。

「何の曲か」だけではなく「どの周波数を隠すか」

さらに一歩進むと、サウンドマスキングは「クラシックか、lo-fiか」という選曲の話だけではありません。

松本氏の研究では、周囲の会話音をマスクするため、周波数特性の異なる音を比較しています。

その研究条件では、−6 dB/octより−3 dB/octのマスカーの方が音声情報のマスキングに適すると評価され、さらに先行研究を踏まえて177〜5656 Hzに帯域制限したマスカーが使われました。

そこへ快適性を加える目的で、バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」を加えた条件も検討されています。

しかも、その曲は単に「クラシックだから」という理由で選ばれたわけではありません。

候補67曲から、長調で、急激な音圧変化が少なく、聞き慣れていて快適なものを絞っています。

つまりサウンドマスキングを真面目に考えると、

  • 何の曲か
  • どのくらいの音量か
  • どの周波数帯を含むか
  • 時間的にどのくらい変動するか
  • 何の音を隠したいのか

まで考える必要があります。

もちろん、この実験は歯科診療を対象としたものではなく、対象人数も小さいため、「歯科医院では177〜5656 Hz+バッハが最適」という話ではありません。

むしろ重要なのは、BGMを選曲の問題だけで考えず、音響環境として設計する視点です。

マスキングにはかなり困った副作用がある

先ほどの2024年の研究では、複数人で会議を行う実験も実施しています。

マスキング音を流した一部グループでは声量が大きくなり、会話が活性化したように見える場面がありました。

しかし参加者への質問では、発言の聞き取りやすさ、意見の言いやすさ、会議のしやすさが悪化しました。

研究者は、マスキング音によって会話自体までマスクされた可能性を指摘しています。

ここは歯科医院では非常に重要です。

歯科医師が集中したいからといって、周囲の音を全部消すわけにはいきません。

患者さんの「痛いです」。

「ちょっと苦しいです」。

「うがいしたいです」。

アシスタントからの声掛け。

機器の警告音。

いつもとは違う機械音。

こうしたものは聞こえなければ困る音です。

歯科の音環境で必要なのは、全部を聞こえなくすることではなく、不要な音だけが注意を奪いにくくすることでしょう。


ノイズキャンセリングにも同じ問題がある

歯科騒音に対するactive noise control、いわゆるANCを検討した研究もあります。

Kim氏らは高速・低速ハンドピースや吸引音などを測定し、歯科騒音には4〜5 kHz付近や15 kHzを超える領域など、機器によって特徴的な周波数成分があることを報告しました。

そしてANC機器によって、低減しやすい周波数帯が異なることも示しています。

ここでも、「高性能なノイズキャンセリングイヤホンを付けて診療すれば終了」ではありません。

必要な会話まで抑えてしまえば、安全面では逆効果です。

将来的には、歯科機器特有の邪魔な周波数を選択的に抑え、人の声や警告音は残すような音響制御の方が、歯科には合っているかもしれません。

ところで、歯を削る人にBGMを聞かせた研究はないのか

ここまでオフィスや一般的な認知研究を紹介してきました。

では、本当に歯を削っている人にBGMを聞かせたらどうなるのか。

実は、こちらも研究が出始めています。

2023年のJournal of Dental Educationでは、歯学部3年生を対象に、背景音楽の有無によるストレスやシミュレーション窩洞形成への影響を調べています。

手技を比較したクロスオーバー部分では24人が対象となり、slow background musicのある条件で、主観的ストレスだけでなく、窩洞形成の時間利用や品質にも改善が報告されました。

ただし、歯学生によるシミュレーションです。

患者さんを実際に治療した研究ではありません。

それでも、「患者さんをリラックスさせるためのBGM」だけではなく、術者側の手作業にも音環境が関係する可能性を示した点は興味深いと思います。

2026年には「若手歯科医師128人+自分で選んだ音楽」のRCTも出た

さらに2026年には、20〜30歳の若手歯科医師128人を対象にしたランダム化比較試験が報告されています。

一方の群は自分で選んだ音楽を聞きながらPFMクラウン形成を行い、もう一方は音楽なし。

音楽群では処置後の状態不安が低く、心拍数・呼吸数の低下も大きく、さらにクラウン形成の評価スコアも有意に高かったと報告されました。

これは今回のテーマとかなり近い研究です。

ただし、ここでも注意が必要です。

これは、「口腔外バキュームの約90 dBA騒音をBGMで打ち消したRCT」ではありません。

個人選択音楽ありと音楽なしを比較した研究です。

したがって東京科学大学の騒音研究と直接つないで、「EOSで落ちた能力をBGMが回復させる」とまでは言えません。

しかし、次に検証したくなる研究の方向は、かなり見えてきます。

モーツァルトより「自分で選んだ音楽」?

同じ2026年には、根管治療シミュレーションでもおもしろい研究が出ています。

歯学部3年生105人を3群に割り付け、まず全員が静音環境で人工大臼歯の根管治療を行い、その後、Mozart、無音、自分で選んだ音楽という各群の聴覚条件で再び処置を行いました。

その結果、自分で選んだ音楽の群では、不安が有意に低下し、手技成績も改善しました。

一方、Mozart群では不安は低下したものの、手技成績に有意な改善は確認されませんでした。

無音群にも有意な変化はありませんでした。

これも人工歯を用いた教育研究です。

ただ、この結果を見ると、「クラシックだから良い」というより、「本人が選んだ音」が重要なのではないかという仮説が出てきます。

少なくとも、「モーツァルトをかけておけば歯医者が上手くなる」という話ではなさそうです。

モーツァルトも、そこまで責任を背負わされても困るでしょう。

患者さんのためのBGMから、術者のためのBGMへ

歯科で音楽というと、従来は主に患者さんの不安や恐怖を和らげる手段として研究されてきました。

日本の歯科文献でも、音楽鎮静法や自律神経反応についての研究は以前から引用されています。

しかし最近の研究を見ると、少し違う方向へ広がっています。

患者さんを落ち着かせるための音楽だけではなく、治療する側のストレス、注意、手技成績に音環境はどう関係するのか。

ここが新しいところです。

ただし「自分の好きな曲をイヤホンで爆音」はたぶん違う

個人選択音楽がよい可能性があるなら、歯科医師全員がイヤホンを入れて好きな曲を流せばいい。

……という結論にもなりません。

患者さんやスタッフとの会話が聞こえなければ困ります。

医院全体のBGMとして流せば、今度は一人には好きな曲でも、別の一人には騒音かもしれません。

好きな曲ほど無意識に歌詞や旋律へ注意が向いてしまうことも考えられます。

systematic reviewでも、背景音楽の効果は個人差や課題内容に左右され、万能の改善効果は示されていません。

ここは非常に悩ましい。

だからこそ面白い。

なお、患者さん側で治療音が苦手な場合については、治療中の音や無音が苦手な方への対応もご覧ください。

患者さんが使うイヤホンの話と、術者が集中するための音環境の話は分けて考える必要があります。

さらにややこしいことに、うるさい機械ほど役割がある

では、騒音の大きな口腔外バキュームを使わなければいいのか。

もちろんそんな簡単な話ではありません。

2026年の『口腔衛生会誌』には、飛沫飛散を可視化した感染対策教育の研究が掲載されています。

その論文では、口腔外バキュームは飛沫対策で使用が推奨される一方、導入費用や設置スペースに加え、吸引音が大きく、患者さんやアシスタントスタッフとのコミュニケーションが取りにくいことが積極的使用の障害になり得ると記載されています。

さらに教育動画視聴後には、口腔外バキューム使用の間接指標として測定した65 dB超の騒音発生頻度が有意に増加しました。

もっとも、研究者自身も「騒音が増えた=口腔外バキューム使用が確実に増えた」と直接証明したわけではないと注意しています。

これが歯科の難しいところです。

飛沫対策を強める。

すると、騒音という別の負荷が増えるかもしれない。

騒音を減らす。

だからといって、飛沫対策に使っている機器を単純に止めればよいわけでもない。

典型的なトレードオフです。

歯を削るときに注水とバキュームが必要な理由もそうですが、歯科では「うるさいから不要」という判断ができない機器が多くあります。

BGMを考える前に、まず騒音そのものを減らす

ここまでBGMの話をしておいて何ですが、対策の順番は大切です。

最初にやるべきことは、BGMを足すことではありません。

機器そのものを静かにできるなら静かにする。

劣化や振動で余計な音が出ていないか整備する。

音源と術者の距離・向きを考える。

壁、床、天井、パーティションによる反射を抑える。

複数機器が同時に動いたときの総音圧を考える。

そのうえで、どうしても残る突出音に対してサウンドマスキングやBGMを検討する。

この順序でしょう。

大きな騒音を、さらに大きなBGMで覆い隠す。

これは騒音対策というより、騒音の追加です。

院内がフェス会場になります。

「何dBか」だけでは足りない

もし本気で歯科診療室の音環境を評価するなら、単純な騒音計の数字だけでは足りないと思います。

同じ平均60 dBAでも、ずっと「サー」と続く音と、静かな状態から突然「キイーン!」と立ち上がる音では、人の注意への影響が同じとは限りません。

隣から聞こえる意味の分かる会話、誰も取らない電話、突然鳴るアラームなどは、必ずしも最大音圧が大きくなくても注意を奪います。

Banbury氏とBerry氏によるオフィス研究でも、背景会話や電話音は集中を妨げる音として報告されています。

歯科医院でも、何dBかだけではなく、どこから、いつ、何の音が、どの程度予測不能に入ってくるのかを見る必要があるでしょう。

そして逆に、ある程度一定した背景音なら順応しやすい可能性があっても、変化の大きい音や意味のある会話は注意を奪いやすい。

「騒音計では同じ60 dB」と表示されていても、人間の脳にとって同じ音環境とは限らないわけです。

私なら次にこんな実験を見てみたい

ここからは論文の結果ではなく、今回いろいろ調べていて思ったことです。

次にぜひ見てみたいのは、「歯科騒音×実際の歯科手技×BGM/マスキング」の試験です。

同じ歯科医師に模型歯を形成してもらい、例えば次のような条件をランダムな順序で経験してもらう。

  • 歯科騒音のみ
  • 歯科騒音+低音量のインストゥルメンタルBGM
  • 歯科騒音+術者が選んだBGM
  • 歯科騒音+騒音の周波数特性に合わせたマスキング音

そして単に「集中できましたか?」と聞くだけではなく、形成時間、切削量、マージン形態、三次元スキャンによる形態誤差、過切削、患者役との会話聞き取り、心拍変動、sAA、疲労感などを比較する。

そこまでやって初めて、「音環境を変えることで、歯科手技そのものをより安定させられるのか」が見えてくるでしょう。

個人的には結構やってみたい研究です。

ただ、いきなり実患者で、

「今日は先生にピンクノイズと川のせせらぎを聞かせながらクラウン形成します」

と言われたら、患者さんも少し心配になるでしょう。

まず模型からが無難です。

目指すべきは「最も静かな歯科医院」ではないのかもしれない

今回の東京科学大学の研究では、約90 dBAの連続歯科騒音条件で、歯科医師の計算課題の作業量が低下し、誤答率が増加し、生理的ストレス関連反応にも変化がみられました。

これは重要な結果です。

しかし、周辺研究まで見ていくと、「静ければ静かなほど良い」という単純な話でもありません。

ある背景音が作業成績を改善した研究もあれば、BGMが逆に認知課題を邪魔した研究もあります。

マスキング音が集中しやすさを改善しても、会話の聞き取りを悪くすることがあります。

個人選択音楽で歯科手技成績が改善した研究もありますが、すべての歯科医師に同じ効果が出るとは限りません。

となると、目標は、「音がゼロの診療室」ではないのではないか。

むしろ、「必要な音はきちんと聞こえる。しかし不要な音には注意を奪われにくい診療室」ではないでしょうか。

私はこの違いがかなり大事だと思います。

歯科医院の「音」も医療環境の一部ではないか

私たちは歯科医院を作るとき、感染対策、滅菌、照明、換気、診療台の配置、動線、人間工学など、いろいろなことを考えます。

ところが「音」は、患者さんの快適性やBGMの選曲程度で終わりがちな領域です。

でも考えてみれば、歯科医師や歯科衛生士、歯科助手は、その環境で毎日何時間も仕事をします。

しかも歯科医療は、細かい手作業と判断を長時間繰り返す仕事です。

今回の研究はまだ11人の探索的研究です。

実際の歯科治療ミスを示したわけではありません。

「歯科騒音で治療が危険になる」と結論するには、はるかにデータが足りません。

しかし、これまで患者さん側の恐怖や不快感として語られることの多かった「歯医者の音」を、歯科医師側の作業成績と生理反応から測った。

それ自体が、かなりおもしろい視点だと思います。

そして次に考えるべき問いは、「どうすれば歯科医院をもっと静かにできるか」だけではありません。

「どういう音環境なら、患者さんとのコミュニケーションを保ちながら、術者が最も安定して集中できるのか」です。

飛沫対策に使う「ゴーッ」も残る。

切削に伴う「キーン」も、しばらくは残る。

ならば、その音とどう付き合うか。

歯科医院の音も、そろそろ「仕方のないもの」ではなく、設計する医療環境の一つとして考えてもよい時期なのかもしれません。

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