2026年6月30日

(院長の徒然コラム)

歯周治療でHbA1cは下がるのか、という問いの危うさ
「歯周病を治療すると、HbA1cが下がることがあります」
この説明は、糖尿病と歯周病の関係を患者さんに伝えるとき、非常に使いやすい表現です。実際、糖尿病診療ガイドラインや歯周治療ガイドラインでも、2型糖尿病患者に対する歯周治療が血糖コントロール改善に寄与し得ることは整理されています。
しかし、この表現には注意が必要です。
「歯周治療でHbA1cが下がる」という言い方は、少し強調しすぎると、「歯周治療が糖尿病治療の代わりになる」「歯石を取れば血糖値が下がる」「歯周病菌を減らせば糖尿病が治る」という誤解につながりかねません。
歯周治療の目的は、HbA1cを下げることそのものではありません。
歯周治療の本質は、歯周ポケット内に存在するバイオフィルム、歯石、炎症性肉芽、出血を伴う慢性炎症の場を減らし、歯周組織の炎症負荷を下げることです。その結果として、全身の炎症環境やインスリン抵抗性に影響し、平均値としてHbA1cの改善が観察される患者群がある、という理解が現実に近いです。
糖尿病と歯周病の関係は、一方向ではありません。糖尿病は高血糖、AGEs/RAGE、酸化ストレス、免疫応答異常、微小循環障害、創傷治癒遅延を介して歯周病を悪化させます。一方で、歯周病は歯周ポケット内の慢性炎症、BOPを伴う炎症面積、炎症性サイトカイン、菌血症、口腔—腸連関、咀嚼機能低下などを介して、血糖管理の邪魔をする可能性があります。
この双方向性を理解すると、歯周治療の位置づけはより明確になります。
歯周治療は糖尿病の薬ではありません。
しかし、糖尿病患者にとって、歯周病は無視できない慢性炎症です。
歯周治療は、血糖管理を妨げる可能性のある口腔内の炎症負荷を減らす介入です。

HbA1cは「その日の血糖値」ではない
HbA1cを歯科で扱うとき、最初に避けなければならない誤解があります。HbA1cは、来院当日の血糖値ではありません。
HbA1cは、血液中のブドウ糖が赤血球内のヘモグロビンに結合した「糖化ヘモグロビン」の割合を示す指標です。血糖値が高い状態が続くほど、ヘモグロビンに結合するブドウ糖が増え、HbA1cは高くなります。
つまり、HbA1cは「今この瞬間の血糖」ではなく、一定期間の血糖コントロールの履歴を反映する数値です。患者さん向けには、「ここ数か月の血糖の成績表」に近い表現になります。
この性質を理解していないと、歯周治療効果の説明はずれます。
歯周基本治療を行ったからといって、翌日からHbA1cが下がるわけではありません。歯周ポケット内の炎症を減らし、出血を減らし、セルフケアが安定し、再評価で炎症の改善が確認され、その状態が数か月単位で維持されたとき、はじめてHbA1cという指標に影響が見え得ます。
また、HbA1cは平均値です。平均値である以上、血糖変動の大きさ、食後高血糖、夜間低血糖、日内変動までは十分に反映しきれません。近年はCGMによってTIR、TAR、TBRなどの指標が重視される場面も増えています。歯周炎が血糖の日内変動や炎症性ストレスにどう影響するかという論点は、今後さらに重要になる可能性があります。
ただし、歯科臨床で医科と共有しやすい指標は、現時点ではやはりHbA1cです。患者さんも、内科主治医も、歯科側も、共通言語としてHbA1cを使いやすい。そのため、歯周治療効果を説明するときには、HbA1cを無視するのではなく、HbA1cだけに依存しすぎないことが重要になります。
歯周治療の結果として見るべきものは、HbA1cだけではありません。
PPD、BOP、PISA、PCR、排膿、動揺、咀嚼機能、歯周組織の安定性、メインテナンス継続性、患者さんのセルフケア行動の変化まで含めて評価する必要があります。

糖尿病は歯周病のリスク因子であり、治癒を妨げる背景でもある
糖尿病があると歯周病が悪くなりやすい。
これは多くの歯科医療者にとって、すでに常識に近い知識です。
しかし、糖尿病が歯周病に影響する経路は、単なる「免疫低下」だけではありません。高血糖、AGEs、酸化ストレス、炎症性サイトカイン、微小循環障害、唾液分泌低下、創傷治癒遅延、コラーゲン代謝異常、骨代謝変化が複合して関与します。
日本糖尿病学会2024では、糖尿病が歯周病を悪化させる要因として、好中球機能低下、AGEsによるコラーゲンやラミニンの変化、口腔乾燥、唾液自浄作用低下、微小循環障害、アディポサイトカイン、創傷治癒遅延などが整理されています。
つまり、糖尿病は歯周病の発症リスクを上げるだけではありません。
歯周病になった後の炎症の強さ、組織破壊の進み方、治療後の治癒反応、再発しやすさにも関与します。
この視点は重要です。
糖尿病患者の歯周治療では、「歯周ポケットを浅くする」だけでなく、「治癒しにくい全身背景の中で、どのように炎症を安定させるか」を考える必要があるからです。
糖尿病患者では、口腔乾燥や唾液自浄作用の低下も問題になります。口腔乾燥があると、プラークが停滞しやすくなり、歯肉炎や歯周炎の管理が難しくなることがあります。夜間の口呼吸や口腔乾燥については、こちらでも詳しく解説しています。
【寝ている間に口が乾くのはなぜ?口呼吸・いびき・朝のネバつきと口腔ケアを歯科衛生士が解説】
AGEs/RAGE:高血糖が歯周組織を変える中心機序
糖尿病と歯周病の関係を説明するうえで、AGEs/RAGEは避けて通れません。
AGEs、つまり終末糖化産物は、高血糖状態や酸化ストレス、慢性炎症の中で生成・蓄積する不可逆的な糖化産物です。HbA1cも糖化という現象を反映しますが、HbA1cそのものをAGEsと同一視するのは正確ではありません。HbA1cは血糖管理の指標であり、AGEsは組織や血管壁、コラーゲンなどに蓄積し、より長期的に組織機能へ影響する病態分子として考えるべきです。
AGEsが歯周組織に蓄積すると、RAGEと結合し、NF-κBをはじめとする炎症性シグナルを活性化します。その結果、TNF-α、IL-1β、IL-6、MMPなどの発現が増え、組織破壊、コラーゲン代謝異常、骨吸収促進が起こりやすくなります。
糖尿病性歯周炎患者では、非糖尿病性歯周炎患者と比較してAGEsが高い傾向があり、AGE/RAGE発現がPPDやCALなど歯周病重症度と関連する可能性も整理されています。研究デザイン上、因果関係を断定するものではありませんが、AGE/RAGEが糖尿病性歯周炎の病態理解に重要であることは十分に示唆されます。
患者さんに説明する場合は、分子名をすべて伝える必要はありません。
「血糖値が高い状態が長く続くと、体の中で糖化という変化が進みます。その影響は血管や腎臓だけでなく、歯ぐきや歯を支える骨にも及ぶことがあります。糖尿病がある方で歯周病が進みやすいのは、単に歯みがきの問題だけではなく、歯ぐきの治り方や炎症の反応そのものが変わるためです。」
この程度の説明でも、糖尿病が歯周病の進み方を変えることは十分に伝わります。

酸化ストレスと炎症は、歯周組織の修復を鈍らせる
高血糖環境では、ROSが過剰に発生します。ROSは単なる副産物ではなく、炎症、細胞老化、ミトコンドリア障害、骨代謝異常、創傷治癒遅延に関わります。
高血糖環境下では、免疫細胞、幹細胞、線維芽細胞、上皮細胞が複合的に影響を受けます。具体的には、AGEs/RAGE、ROS、TLR/MyD88/NF-κB、NETs、M1マクロファージ優位、Th17応答、歯根膜幹細胞の骨芽細胞分化抑制、線維芽細胞のコラーゲン合成低下などが、歯周組織破壊と再生阻害に関与すると考えられています。
ここで重要なのは、糖尿病が歯周病を悪化させる機序は「炎症が強くなる」だけではないということです。炎症が強くなると同時に、修復の側も鈍くなります。
歯周治療は、炎症を減らす治療です。
しかし、治癒とは炎症が減るだけでは成立しません。上皮が閉鎖し、結合組織が再編成され、コラーゲンが合成され、歯根膜や歯槽骨の代謝が整い、細菌叢と宿主応答のバランスが安定する必要があります。
糖尿病では、この修復過程の複数段階にブレーキがかかります。
そのため、同じ歯周基本治療を行っても、非糖尿病患者と糖尿病患者では、BOPの減り方、ポケット改善、再発リスク、外科後治癒、再生療法の反応が異なる可能性があります。
好中球、マクロファージ、T細胞:糖尿病下の免疫応答は単純な「低下」ではない
糖尿病患者では免疫が弱い、と表現されることがあります。
しかし、歯周病の文脈では「免疫が弱い」というより、免疫応答が乱れると表現した方が正確です。
好中球は、歯周ポケット周囲で細菌に対する第一線の防御を担います。しかし、高血糖環境では好中球の遊走能や殺菌能が変化し、同時にROSやMMP、NETsの過剰形成を通じて組織障害に関与することがあります。つまり、防御力が落ちる一方で、炎症性の組織障害は強くなるという、矛盾した状態が起こり得ます。
マクロファージも同様です。高血糖環境では、炎症促進性のM1マクロファージが優位になり、M2マクロファージによる炎症収束や組織修復が相対的に弱くなる可能性があります。M1マクロファージはTNF-α、IL-1βなどを介して炎症を増幅し、M2マクロファージはIL-10やTGF-βなどを介して修復や炎症収束に関わります。糖尿病性歯周炎では、この炎症促進と炎症収束のバランスが崩れることが問題になります。
T細胞では、Th1、Th17、Tregのバランスが重要です。Th17系の応答は、IL-17を介して炎症や骨吸収と関わります。糖尿病と歯周炎が併存する環境では、Th1/Th17系の炎症応答が強まり、Tregによる制御が十分に働かない可能性があります。
このように見ると、糖尿病患者の歯周炎は、単に「細菌が多い」「清掃が悪い」というだけでは説明できません。
細菌に対する宿主応答そのものが変化し、炎症が長引き、組織破壊が進み、修復が遅れる。ここに糖尿病性歯周炎の難しさがあります。
コラーゲン、線維芽細胞、歯根膜幹細胞への影響
歯周組織は、単なる歯肉の炎症組織ではありません。上皮、結合組織、歯根膜、セメント質、歯槽骨からなる複合組織です。その中で、線維芽細胞、歯根膜細胞、歯根膜幹細胞、骨芽細胞、破骨細胞が組織の維持と修復に関わります。
糖尿病では、これらの細胞機能にも影響が及びます。
AGEsはコラーゲン代謝を変化させ、線維芽細胞の増殖や移動、コラーゲン合成を障害し得ます。高血糖環境では、歯根膜由来細胞や歯根膜幹細胞の骨芽細胞分化が抑制され、RUNX2、ALP、OCN、BMP2など骨形成に関わる因子の発現が低下する可能性があります。
この視点は、歯周基本治療だけでなく、歯周外科、歯周組織再生療法、インプラント、矯正治療にも関わります。糖尿病患者では、感染や炎症のコントロールだけでなく、治癒・再生の土台そのものが変化している可能性があるからです。
患者さんには、
「糖尿病があると、歯ぐきの炎症が強くなりやすいだけでなく、治り方も遅くなることがあります」
という説明で十分です。
その背景には、AGE/RAGE、ROS、免疫応答、線維芽細胞機能、歯根膜幹細胞、骨代謝の変化があります。

糖尿病だから歯周病になる、ではなく、糖尿病が歯周病の進み方を変える
糖尿病と歯周病の関係は、単純な原因結果ではありません。
糖尿病だから必ず歯周病になるわけではありません。
血糖コントロールが悪い患者さん全員が、同じように重度歯周炎になるわけでもありません。プラークコントロール、喫煙、年齢、遺伝的背景、肥満、薬剤、唾液、咬合、口腔清掃習慣、メインテナンス歴など、多くの因子が関与します。
しかし、糖尿病があると、歯周病に対する宿主側の反応は変わります。
細菌に対する炎症反応が過剰になりやすい。
組織破壊が進みやすい。
コラーゲン代謝が乱れやすい。
微小循環が障害されやすい。
創傷治癒が遅れやすい。
歯周治療後の安定性が得にくい場合がある。
したがって、糖尿病は歯周病の「発症リスク」であると同時に、歯周病の「重症化因子」であり、さらに歯周治療後の「治癒反応を修飾する因子」でもあります。
「糖尿病の人は歯周病になりやすい」という説明だけでは、臨床的な意味が薄くなります。
より正確には、糖尿病は、歯周病の存在そのものよりも、歯周炎症の質、持続性、組織破壊の速度、治癒反応、再発リスクを変える全身背景です。
歯周病は歯ぐきだけの炎症では終わらない
糖尿病と歯周病の関係は一方向ではありません。
歯周病が血糖コントロールや糖尿病の病態に影響し得る方向も重要です。
この説明も、単純に「歯周病菌が血糖値を上げる」と言い切ると不正確になります。歯周病は、歯周ポケットという局所の感染・炎症病変から始まりますが、その炎症が長期に持続すると、細菌成分、炎症性サイトカイン、菌血症、内毒素、口腔—腸連関、咀嚼機能低下などを通じて、全身の代謝環境に影響し得ます。
歯周病が糖尿病へ影響する経路は一つではありません。
第一に、歯周ポケット内の慢性炎症が、IL-6、TNF-α、CRPなどの全身炎症と接続する経路です。
第二に、歯周病原細菌やLPSなどの細菌成分が、菌血症や血管内皮反応を介して全身へ波及する経路です。
第三に、嚥下された口腔内細菌が腸内細菌叢に影響し、耐糖能異常やインスリン抵抗性に関与し得る経路です。
第四に、歯の動揺、咬合痛、歯の喪失によって咀嚼機能が落ち、食習慣や栄養状態が変化し、血糖管理に影響する経路です。
歯周病は「歯ぐきから血が出る病気」にとどまりません。慢性炎症、細菌叢、代謝、栄養、咀嚼機能が交差する疾患として捉える必要があります。
歯周ポケットは慢性炎症の供給源になり得る
歯周病が血糖管理に関与し得る理由を考えるとき、まず見るべきは歯周ポケットです。
歯周ポケットは、単なる「歯と歯ぐきのすき間」ではありません。深い歯周ポケットの内部には、嫌気性菌を主体としたバイオフィルム、歯石、炎症性滲出液、潰瘍化したポケット上皮、出血、排膿が存在することがあります。BOPが陽性であるということは、プローブが触れた刺激で出血するほど、その部位のポケット上皮や結合組織に炎症が残っていることを示します。
この炎症が局所にとどまっているうちは、全身への影響は限定的かもしれません。しかし、炎症面積が大きく、BOP陽性部位が多く、歯周ポケットが全顎的に広がると、歯周病は「一部位の感染」ではなく、広い面積の慢性炎症として理解する必要があります。
歯周治療後にも炎症の履歴や細菌ネットワーク、宿主応答がどのように残るのかという点は、こちらでも詳しく解説しています。
IL-6、TNF-α、CRPとインスリン抵抗性
糖尿病と歯周病をつなぐ中心概念の一つが、慢性炎症です。
2型糖尿病そのものが、肥満、内臓脂肪、インスリン抵抗性、低度慢性炎症と深く関係しています。そこに歯周病という慢性炎症巣が加わると、炎症性サイトカインや急性期反応を介して、代謝環境へ追加の負荷がかかる可能性があります。
特に、IL-6、TNF-α、CRPは、歯周病と糖尿病の関係を説明するときに頻出するマーカーです。TNF-αはインスリンシグナルを阻害し、インスリン抵抗性に関与する代表的な炎症性サイトカインです。IL-6は肝臓でCRP産生を促し、全身炎症の指標としても扱われます。CRPは歯周病の炎症負荷や心血管リスクと関連して議論されることがあります。
ただし、歯周病があるから必ずCRPが高くなるわけではありません。歯周治療をしたから必ず炎症マーカーが下がるわけでもありません。肥満、喫煙、肝疾患、腎疾患、感染症、関節リウマチ、薬剤、年齢など、多くの因子がCRPやサイトカインに影響します。
したがって、「歯周病があるから血糖が悪い」と単純化するのではなく、歯周病は血糖管理を悪化させ得る慢性炎症負荷の一つであると説明する方が正確です。

菌血症、LPS、血管内皮への影響
歯周病が血糖管理や糖尿病合併症に関与し得るもう一つの経路は、菌血症や細菌成分による血管内皮への影響です。
歯周ポケット内部では、P. gingivalis、T. forsythia、T. denticolaなどの歯周病関連細菌が、嫌気性環境の中で増殖します。これらの細菌やその成分、特にグラム陰性菌由来のLPSは、宿主免疫を刺激し、炎症性サイトカインの産生、血管内皮の活性化、単球・マクロファージの応答、酸化ストレスを引き起こす可能性があります。
糖尿病患者では、もともと血管内皮機能障害、酸化ストレス、AGEs蓄積、脂質異常が起こりやすい背景があります。その状態に歯周炎由来の炎症刺激が重なると、局所の歯周病変だけでなく、血管内皮や動脈硬化性変化との関連も考える必要があります。
歯周治療の意義をHbA1cだけに閉じ込めず、血管内皮、酸化LDL、アディポネクチン、慢性炎症の文脈でも捉える必要があります。
口腔—腸連関:嚥下された口腔細菌が代謝に影響し得る
近年、歯周病と全身疾患の関係を考えるうえで、口腔—腸連関が重要な論点になっています。
口腔内細菌は、唾液とともに日常的に嚥下されています。健康な状態では、胃酸や腸内細菌叢、腸管免疫によって一定の恒常性が維持されています。しかし、歯周病によって口腔内ディスバイオーシスが生じ、病原性の高い細菌や炎症性成分が増えた状態では、嚥下された口腔細菌が腸内細菌叢や腸管バリアへ影響する可能性があります。
ここでも表現には注意が必要です。
「歯周病菌が腸に行って糖尿病になる」とは書けません。現時点で臨床的に正確なのは、口腔内ディスバイオーシスが、嚥下や腸内細菌叢の変化を介して、代謝異常や全身炎症と関連し得るという表現です。
口腔—腸連関は、歯周病と糖尿病の双方向性を支える第三の経路として整理できます。
咀嚼機能低下と食習慣の変化という別経路
歯周病が糖尿病に影響する経路を、炎症と細菌だけで語ると片手落ちになります。もう一つ重要なのは、噛めないことによる食習慣の変化です。
歯周病が進行すると、歯の動揺、咬合痛、歯の移動、歯の喪失が起こります。特に臼歯部の支持が失われると、患者さんは硬いもの、繊維質の多いもの、噛む回数が必要なものを避けやすくなります。その結果、軟らかく、糖質や脂質に偏りやすい食事を選びやすくなる可能性があります。
患者さんにとって、「歯ぐきの炎症が全身のサイトカインを介してインスリン抵抗性に影響する」という説明は分かりにくいことがあります。一方で、「歯周病で噛みにくくなると、食べられるものが偏り、血糖管理にも影響することがあります」という説明は実感しやすいものです。
炎症経路と咀嚼・栄養経路は、分けて考える必要があります。
この二つを混ぜてしまうと、歯周治療の効果がすべて炎症マーカーやHbA1cだけで説明されるように見えてしまいます。
食習慣や間食の回数が口腔内環境に与える影響については、こちらでも詳しく解説しています。

PISAという考え方:ポケットの深さではなく炎症面積を見る
PISAはPeriodontal Inflamed Surface Areaの略で、歯周炎症表面積と訳されます。簡単に言えば、出血を伴う歯周ポケット内面の炎症面積をmm²で表す指標です。
従来の歯周病評価では、PPD、CAL、BOP、PCR、動揺度、X線上の骨吸収などを個別に見ます。これらは歯周治療に欠かせない指標ですが、医科と共有するときに一つ問題があります。PPDが6mmの部位が1か所ある場合と、4〜5mmのポケットが全顎的に広がりBOPが多数ある場合では、全身への炎症負荷は同じとは限りません。
つまり、「一番深いポケットが何mmか」だけでは、炎症の総量が分かりにくいのです。
PISAはこの問題を補うために、歯周ポケット上皮の面積とBOPを組み合わせ、炎症を起こしている歯周組織の面積として表現します。PISAが大きいということは、単にポケットが深いというだけでなく、出血を伴う炎症面積が広いことを意味します。
PISAの価値は、研究指標としてだけではありません。患者説明や医科歯科連携にも使いやすい点にあります。
患者さんに「歯周ポケットが6mmあります」と説明しても、どのくらい悪いのかは伝わりにくいことがあります。
しかし、「歯ぐきの中に、出血を伴う炎症面積が広がっている状態です」と説明すると、歯周病が単なる歯石や歯みがき不足ではなく、慢性炎症であることが伝わりやすくなります。
医科との連携でも同じです。
内科医に「歯周ポケットが4〜6mmです」と伝えても、全身炎症との関係は見えにくいかもしれません。しかし、「BOPが多く、PISAが高く、歯周炎症面積が大きい状態です」と整理できれば、歯周病を慢性炎症負荷として共有しやすくなります。
もちろん、日常臨床で全患者にPISAを算出する必要があるかは別問題です。PISA算出には歯周組織検査データが必要であり、日々の診療ではPPD、BOP、PCR、X線所見、臨床経過を総合して判断することが多いでしょう。
それでも、PISAの概念は有用です。
歯周病を「深さ」だけでなく「面積」として考える視点を与えてくれるからです。

PISAが高ければ必ずHbA1cが下がるわけではない
ただし、PISAにも注意点があります。
PISAが高い患者で歯周治療を行えば、必ずHbA1cが下がるというわけではありません。PISAは歯周炎症面積を示す指標ですが、HbA1cは食事、運動、薬物療法、体重、内臓脂肪、肝機能、腎機能、感染、睡眠、ストレス、薬剤変更など、多数の要因に影響されます。
そのため、PISAは「HbA1c改善を予言する魔法の指標」ではありません。
むしろ、PISAは次のように使うべきです。
歯周病を慢性炎症の量として説明する。
歯周治療によって炎症負荷が減ったことを示す。
医科歯科連携で、歯周病の全身的意味を共有する。
HbA1c改善の可能性を考える補助指標にする。
ただし、HbA1cの変化は多因子性であり、PISAだけで説明しない。
このバランスが重要です。
歯周病は血糖管理の唯一の原因ではなく、邪魔をする炎症因子である
歯周病が糖尿病へ影響するメカニズムは複雑です。
歯周ポケット内の慢性炎症。
BOPを伴う炎症面積。
IL-6、TNF-α、CRP。
菌血症。
LPS。
血管内皮。
口腔—腸連関。
咀嚼機能低下。
食習慣の変化。
栄養状態。
オーラルフレイル。
これらが重なって、歯周病は血糖管理に影響し得ます。
しかし、だからといって「歯周病が糖尿病の原因です」と書くのは不正確です。糖尿病は、遺伝、肥満、内臓脂肪、食習慣、運動不足、加齢、インスリン分泌能、肝臓・筋肉・脂肪組織の代謝、薬物療法など、多くの要素が関与する疾患です。歯周病だけで糖尿病を説明することはできません。
臨床的に最も安全で、かつ意味のある説明はこうです。
歯周病は、糖尿病の血糖管理を妨げる慢性炎症因子の一つになり得る。
この表現なら、歯周病の全身的影響を過小評価していません。
同時に、歯周治療で糖尿病が治るかのような過剰表現も避けています。
歯周治療でHbA1cはどのくらい改善するのか
糖尿病と歯周病の双方向性を臨床で説明するとき、最も注目されやすい数値はHbA1cです。
患者さんにとっても、内科医にとっても、歯科側にとっても、HbA1cは共有しやすい指標です。歯周ポケットが何mmか、BOPが何%か、PISAが何mm²かという歯周側の指標は、歯科医療者には重要でも、医科や患者さんには直感的に伝わりにくいことがあります。それに対して、HbA1cは糖尿病診療の中心的な共通言語です。
そのため、「歯周治療でHbA1cが下がるのか」という問いは、糖尿病と歯周病の関係を説明するうえで避けて通れません。
ただし、この問いには注意が必要です。
歯周治療の目的は、HbA1cを下げることそのものではありません。歯周治療の直接的な目的は、プラーク、歯石、歯周ポケット内の感染源、BOPを伴う炎症、排膿、歯周組織破壊の進行を抑えることです。その結果として、歯周炎症が全身の低度慢性炎症やインスリン抵抗性に影響していた患者群では、HbA1c改善が観察されることがあります。
つまり、HbA1c改善は歯周治療の主目的ではなく、歯周炎症を制御した結果として起こり得る全身的アウトカムの一つと考えるべきです。
日本糖尿病学会2024ではどう整理されているか
日本糖尿病学会の「糖尿病診療ガイドライン2024」では、第16章として「糖尿病と歯周病」が扱われています。この中で、2型糖尿病における歯周病のリスク、血糖コントロール状態と歯周病重症度、歯周治療による血糖コントロール改善が整理されています。
同ガイドラインでは、2型糖尿病において歯周治療は血糖コントロール改善に有効であり推奨される、という立場が示されています。機序としては、歯周基本治療によりプラークや歯石などの感染源を除去し、全身の炎症が軽減し、インスリン抵抗性の改善が得られるという考え方が説明されています。
ここで重要なのは、日本糖尿病学会が歯周治療を糖尿病治療の代替として扱っているわけではない、という点です。ガイドライン上の位置づけは、糖尿病患者の併存疾患として歯周病を捉え、歯周治療が血糖管理に寄与し得るというものです。つまり、内科的な薬物療法、食事療法、運動療法と並行して、口腔内の慢性炎症を管理するという立場です。
歯周治療は糖尿病の薬ではありません。
しかし、糖尿病患者にとって歯周病は無視できない併存疾患であり、歯周炎症のコントロールは血糖管理の邪魔を減らす可能性があります。
日本歯周病学会2023ではどう整理されているか
歯周側の公式資料としては、日本歯周病学会の「糖尿病患者に対する歯周治療ガイドライン2023」が重要です。このガイドラインでは、「糖尿病を有する歯周病患者に対して歯周基本治療はHbA1cの改善に有効か?」が正面から扱われています。
結論は明確です。糖尿病を有する歯周病患者に対して、歯周基本治療はHbA1c改善に有効であり、歯周基本治療の実施を強く推奨するとされています。また、医科で血糖コントロール中の糖尿病患者において、歯周基本治療介入によってHbA1cが統計学的に有意に改善するというRCTが多く、改善するHbA1cの値は約0.5%であると整理されています。
ただし、このガイドラインは一方的に肯定的なことだけを書いているわけではありません。その効果に否定的な論文も存在することを明記したうえで、複数のメタアナリシスでは血糖コントロール改善効果が支持されている、とバランスを取っています。
この姿勢は、歯周治療効果を説明するうえで非常に重要です。
日本歯周病学会が強く推奨していることに加え、否定的研究も存在すること、効果は一律ではないこと、約0.5%という値は平均的な推定であること、歯周治療の質や患者背景によって変わることを併せて示す必要があります。
過剰に効果を強調するよりも、肯定的エビデンスと限界を同時に示す方が、臨床的には正確です。
Cochrane 2022:0.3〜0.5%という数字の中核
HbA1c改善幅を説明するうえで、最も扱いやすいのがCochrane 2022です。
Cochraneの2022年アップデートでは、糖尿病と歯周炎を有する患者に対して、歯肉縁下インスツルメンテーションを含む歯周治療が血糖コントロールを改善するかが検討されています。複数のRCTを統合した結果として、歯周治療後のHbA1c低下は3〜4か月で約0.43%、6か月で約0.30%、12か月で約0.50%と整理されています。
この結果から、患者説明や医科歯科連携で用いる数字は、0.3〜0.5%前後が最も安全です。
0.3%では小さいと感じる人もいるかもしれません。
0.5%なら薬剤に近いと表現したくなる人もいるかもしれません。
しかし、ここで重要なのは、歯周治療は血糖降下薬ではないということです。
歯周治療は、局所の感染源と炎症を減らす治療です。その介入によって平均0.3〜0.5%程度のHbA1c改善が観察されるなら、それは「小さい」と軽視する数字ではありません。一方で、「薬の代わりになる」と言ってよい数字でもありません。
歯周治療によるHbA1c改善は、研究全体では平均0.3〜0.5%前後とされます。これは慢性炎症への介入として臨床的に無視できない一方で、糖尿病治療薬の代替ではなく、効果には個人差があります。

0.3〜0.5%をどう評価するか
HbA1c 0.3〜0.5%という改善幅をどう評価するかは、読み手によって印象が分かれます。
糖尿病診療に慣れている医師であれば、0.5%のHbA1c改善は決して小さくないと感じるかもしれません。薬剤追加、体重減少、食事療法、運動療法などの効果と比較しても、0.5%前後の変化には臨床的意味があります。
一方で、歯科側がこの数字を過度に強調すると、誤解が生じます。
歯周治療は血糖を直接下げる薬ではありません。
血糖降下薬のように用量を決め、薬理作用で一定の血糖低下を狙うものでもありません。
歯周治療の介入内容は、診断、歯周基本治療、SRP、セルフケア改善、再評価、必要に応じた歯周外科、SPTまで含む複合介入です。
また、HbA1cは多因子に影響されます。
同じ時期に糖尿病薬が変更されるかもしれません。
食事指導が入るかもしれません。
体重が変化するかもしれません。
感染症、睡眠、ストレス、運動量も関係します。
したがって、HbA1cの変化をすべて歯周治療に帰属させることはできません。
それでも、複数のRCTやメタ解析で平均効果が示されている以上、歯周治療と血糖管理の関連を無視することもできません。
つまり、0.3〜0.5%は、誇張してはいけないが、軽視してもいけない数字です。
平均値と個々の患者の反応は分けて考える
メタ解析で示されるHbA1c改善幅は、あくまで集団平均です。
臨床では、平均値と個々の患者の反応を分けて考える必要があります。
ある患者では、歯周治療後にHbA1cが明らかに改善するかもしれません。
別の患者では、歯周状態は改善してもHbA1cはほとんど変わらないかもしれません。
さらに別の患者では、歯周治療後にHbA1cが悪化することもあります。これは歯周治療が悪いという意味ではなく、糖尿病薬の変更、食事、体重、感染症、生活習慣、全身状態などがHbA1cに影響するためです。
歯周治療のHbA1c改善効果を説明するときには、平均効果を示したうえで、個人差を必ず添えるべきです。
たとえば、患者さんにはこう説明できます。
「研究全体では、歯周病の治療によってHbA1cが0.3〜0.5%前後改善することが報告されています。ただし、これは平均値です。全員で同じように下がるわけではありません。歯周病の炎症が血糖管理の邪魔をしていた方では改善が見えやすいことがありますが、糖尿病の状態、食事、薬、体重、運動などによって結果は変わります。」
この言い方なら、歯周治療の価値を伝えつつ、過剰な期待を避けられます。
歯周治療のHbA1c改善効果は、全員に一律に発現する直接的薬理効果ではなく、歯周炎症が全身炎症・インスリン抵抗性に寄与している患者群で可視化されやすい集団平均効果です。
HbA1cが高い患者ほど効果が出るのか
HbA1cが高い患者ほど、歯周治療による改善余地が大きく、HbA1cが下がりやすいように思えるかもしれません。実際、ベースラインHbA1cがある程度高い患者群で、歯周治療後の血糖改善が見えやすいという報告もあります。
しかし、血糖コントロールが極端に不良な患者では、歯周治療への反応性そのものが低下する可能性があります。HbA1cが高い2型糖尿病では歯周治療の反応性が低下する可能性も整理されています。
つまり、HbA1cと歯周治療効果の関係は、単純な「高いほど下がる」ではありません。
高血糖がある程度あれば、歯周炎症が血糖管理に影響している余地が見えやすいかもしれません。
しかし、高血糖が強すぎると、免疫応答、創傷治癒、コラーゲン代謝、微小循環、骨代謝の障害が強くなり、歯周治療そのものへの反応が鈍くなる可能性があります。
したがって、中等度の血糖コントロール不良では、歯周治療によるHbA1c改善が見えやすい可能性があります。一方で、著しい血糖コントロール不良では、歯周治療への局所反応や創傷治癒が低下し、歯周状態の改善そのものが得にくくなる可能性があります。
歯周基本治療の中身を曖昧にしない
歯周治療によるHbA1c改善を語るとき、「歯周治療」という言葉の中身が研究によって異なることにも注意が必要です。
歯周治療と一口に言っても、内容はさまざまです。
歯肉縁上スケーリングだけなのか。
SRPを含むのか。
全顎的に行うのか。
抗菌薬を併用するのか。
歯周外科を含むのか。
口腔衛生指導の頻度はどうか。
再評価はあるのか。
SPTはどの程度行われるのか。
対照群は無治療なのか、通常ケアなのか、歯肉縁上清掃なのか。
これらが違えば、HbA1cへの影響が変わるのは当然です。
特に、歯周炎症を全身炎症負荷として減らすという観点では、単に歯石を少し取るだけでは不十分です。BOP陽性部位を減らし、歯周ポケット内の感染源を減らし、PCRを改善し、再評価で炎症の消退を確認し、その後もSPTで炎症再燃を抑える必要があります。
患者さんに「歯石取りをすれば血糖が下がる」と伝えると、ここが曖昧になります。
正確には、歯周基本治療とセルフケア改善によって歯周炎症を減らし、その状態を維持できた場合、血糖管理にも良い影響が出ることがある、という説明になります。
歯ブラシの管理や毛先の開きがプラーク除去に与える影響については、こちらでも詳しく解説しています。
【歯ブラシの交換時期はいつ?毛先の開きと磨き残しの関係を歯科衛生士が解説】
抗菌薬併用を主役にしない
糖尿病患者の歯周治療では、抗菌薬併用が研究されてきました。局所抗菌薬や全身抗菌薬を併用した研究では、歯周病原細菌の減少、PISAやBOPの改善、HbA1cや炎症マーカーの改善が示されたものもあります。
しかし、糖尿病患者の歯周治療では、抗菌薬を主役にすべきではありません。
理由は二つあります。
第一に、日常臨床で糖尿病患者全員に抗菌薬を併用するわけではありません。
第二に、HbA1c改善を目的に抗菌薬を使うという説明は、薬剤耐性や適応の問題を考えると危ういからです。
歯周治療の主役は、あくまで歯周基本治療とセルフケア改善です。
プラークコントロール、SRP、再評価、必要に応じた外科、SPTが基盤です。抗菌薬は、病態やリスク、感染の程度、治療反応性を見ながら選択する補助的手段です。
「歯周治療でHbA1cが下がる」という話が、「抗菌薬を使えば糖尿病が改善する」という短絡に変わってはいけません。
歯周治療効果を見る時間軸
HbA1cは時間軸を持つ指標です。
したがって、歯周治療効果も時間軸で考える必要があります。
歯周基本治療を始めた直後は、局所炎症が変化します。
1〜3か月でBOP、PPD、PCR、排膿などの歯周指標を再評価します。
HbA1cに変化が見えるとしても、一般には数か月単位で見る必要があります。
6か月、12か月では、メインテナンスの継続、糖尿病管理、生活習慣の影響も加わります。
したがって、患者さんに「次の内科検査ですぐ下がります」と言うべきではありません。
より正確には、
「歯ぐきの炎症が改善して、その状態が続けば、数か月単位でHbA1cに良い影響が出ることがあります」
と説明します。
歯周治療効果は「急性の処置効果」ではなく、「炎症負荷を下げて維持する介入効果」として扱うべきです。

HbA1c改善を歯周治療の成功基準にしすぎない
HbA1cだけを歯周治療の成功基準にしてはいけません。
糖尿病患者の歯周治療でまず見るべきは、歯周組織の改善です。
BOPが減ったか。
PPDが改善したか。
排膿がなくなったか。
PCRが改善したか。
患者さんがセルフケアを継続できているか。
動揺や咬合痛が安定しているか。
急性発作が減ったか。
SPTに移行できたか。
歯の保存可能性が高まったか。
咀嚼機能を維持できているか。
これらが歯周治療の直接的なアウトカムです。
HbA1cは重要ですが、歯科側が単独でコントロールできる数値ではありません。歯周治療が成功しても、食生活が悪化したり、薬物療法が変更されたり、運動量が低下したり、感染症が起きたりすれば、HbA1cは悪化することがあります。逆に、歯周治療が不十分でも、内科治療が強化されればHbA1cは改善することがあります。
だからこそ、HbA1cは歯周治療の唯一の評価指標ではなく、医科歯科連携の中で共有する全身アウトカムの一つと位置づけるべきです。

代表的RCTから見える、歯周治療効果の幅
歯周治療とHbA1cの関係を考えるうえで、DPTT/JAMA 2013とD’Aiutoらの2018年RCTは対照的な結果を示す重要な研究です。
DPTTは、非外科的歯周治療がHbA1cを改善しなかった代表的なRCTです。
D’Aiutoらの2018年RCTは、集中的歯周治療によって12か月後のHbA1c改善を示した代表的なRCTです。
この2つのRCTは、一見すると相反する結果を示しています。しかし、その差は歯周治療による全身的アウトカムを単純に「効く」「効かない」で分けられないことを示しています。
歯周治療は、薬剤のように投与量や作用点が均一な介入ではありません。治療強度、歯周炎症の量、BOPやPISAの改善度、支持療法の継続、糖尿病治療の変更、生活習慣、評価時期によって、HbA1cへの影響は見え方が変わります。
したがって、歯周治療はHbA1cを改善し得る一方で、すべての患者さんに同じ幅の改善を期待できるものではありません。臨床では、HbA1cだけでなく、歯周所見と全身背景を併せて評価する必要があります。
DPTT/JAMA 2013:歯周状態は改善してもHbA1cは改善しなかった
DPTTは、2型糖尿病と中等度〜進行した慢性歯周炎を有する患者を対象に、非外科的歯周治療がHbA1cを改善するかを検討した多施設ランダム化比較試験です。試験デザインとしては、スケーリング・ルートプレーニングを中心とする非外科的歯周治療を行い、主要評価項目をベースラインから6か月後までのHbA1c変化としています。
結果は、歯科側にとってやや厳しいものでした。
非外科的歯周治療は、2型糖尿病と中等度〜進行した慢性歯周炎を有する患者の血糖コントロールを改善しませんでした。JAMAの結論でも、この結果は、HbA1cを下げる目的で糖尿病患者に非外科的歯周治療を用いることを支持しない、と明記されています。
ここで重要なのは、DPTTが「歯周治療は無意味」と言っているわけではないことです。
歯周治療によって歯周指標は改善しています。問題は、歯周状態の改善が、6か月時点のHbA1c改善としては見えなかった、という点です。
歯周ポケットが改善すること。
BOPが減ること。
口腔内の炎症が減ること。
歯周病の進行リスクが下がること。
歯の保存可能性が上がること。
これらは歯周治療の直接的な価値です。
しかし、それが必ずHbA1c改善として現れるとは限りません。
DPTTは、まさにこの点を示しています。
DPTTをどう解釈すべきか
DPTTの結果を読むときに、極端な解釈は避けるべきです。
極端な解釈の一つは、
「DPTTでHbA1cが下がらなかったのだから、歯周治療は糖尿病に関係ない」
というものです。
これは言いすぎです。
もう一つの極端な解釈は、
「DPTTは特殊な研究だから無視してよい」
というものです。
これも不誠実です。
正確には、DPTTは次のことを教えてくれます。
歯周治療によって局所歯周指標が改善しても、それがHbA1c改善として必ず検出されるわけではない。
この理由はいくつか考えられます。
まず、HbA1cは歯周炎症だけで決まる数値ではありません。
食事、運動、体重、内臓脂肪、糖尿病薬、インスリン分泌能、肝機能、腎機能、感染症、ストレス、睡眠など、多くの要素がHbA1cに影響します。歯周治療によって歯周炎症が改善しても、全身代謝を左右する他の因子が大きければ、HbA1cへの影響は見えにくくなります。
次に、治療強度の問題があります。
「歯周治療」と一口に言っても、非外科的治療、集中的治療、抗菌薬併用、歯周外科、抜歯、支持療法、再評価の質によって、炎症負荷の下がり方は変わります。歯周ポケットの一部が改善しても、全身炎症に影響するほどの炎症面積低下が得られなければ、HbA1cへの影響は見えにくい可能性があります。
さらに、評価時期の問題もあります。
DPTTの主要評価は6か月です。HbA1cは数か月の血糖履歴を反映する指標であり、歯周治療の全身効果は、治療直後よりも炎症改善が維持された後に見えやすい可能性があります。
DPTTは、歯科側にとって不都合な研究ではありません。
むしろ、過剰説明を防ぐために必要な研究です。
D’Aiutoらの2018年RCT:集中的歯周治療で12か月後のHbA1c改善
次に、陽性RCTであるD’Aiutoらの2018年RCTを見ます。
この研究は、2型糖尿病と中等度〜重度歯周炎を有する患者に対して、集中的歯周治療が血糖コントロールや全身アウトカムに与える影響を検討した12か月のランダム化比較試験です。集中的歯周治療群では、対照群と比較して、12か月後にHbA1cが0.6%低い結果が示されています。
この結果は重要です。
DPTTだけを見ると、「歯周治療はHbA1cに影響しない」と見えてしまいます。
一方で、D’Aiutoらの研究だけを見ると、「歯周治療でHbA1cは0.6%下がる」と言いたくなります。
しかし、どちらも単独で一般化しすぎるべきではありません。
D’Aiutoらの研究では、集中的な歯周治療を行い、12か月という比較的長い期間で評価し、歯周指標だけでなく全身炎症や血管機能にも目を向けています。これは、歯周治療が単なる歯石除去ではなく、炎症制御介入として十分に実行された場合、全身指標にも影響し得ることを示す重要な研究です。
ただし、これを一般臨床にそのまま持ち込んで、すべての糖尿病患者に「歯周治療でHbA1cが0.6%下がります」と説明するのは危険です。

DPTTとD’Aiutoらの研究の違いはどこにあるのか
この2つのRCTが示す結論は、一見すると矛盾しているように見えます。
しかし、臨床的にはむしろ自然です。
歯周治療は、薬剤のように均一な介入ではありません。
薬剤であれば、同じ成分、同じ用量、同じ投与期間で比較できます。もちろん薬剤にも個人差はありますが、介入そのものは比較的標準化できます。
一方、歯周治療は複合介入です。
口腔衛生指導。
縁上スケーリング。
SRP。
深いポケットへのアプローチ。
再評価。
必要に応じた歯周外科。
保存不可能歯の抜歯。
咬合安定。
支持療法。
セルフケアの継続。
これらがどの程度徹底されるかで、炎症負荷の低下量は大きく変わります。
DPTTは、非外科的歯周治療が6か月時点のHbA1c改善を示さなかった試験です。
D’Aiutoらの研究は、集中的歯周治療が12か月時点のHbA1c改善を示した試験です。
ここから導けるのは、どちらか一方が正しく、もう一方が間違っているという結論ではありません。
歯周治療のHbA1c効果は、治療強度、歯周炎症の減少量、評価期間、患者背景によって変わる、という理解が必要です。
治療強度、評価期間、患者背景の違い
まず、治療強度の違いがあります。
歯周基本治療といっても、全顎的に炎症をどこまで落とせたかが重要です。歯石を除去しただけで、BOPが多く残り、深いポケットが残り、セルフケアが改善していなければ、全身炎症負荷としての歯周病は十分には減っていないかもしれません。
一方、集中的歯周治療によって、BOP、PPD、PISA、PCRが大きく改善し、その状態が維持されれば、慢性炎症への介入としての意味は大きくなります。
次に、評価期間です。
DPTTは6か月の評価が中心です。
D’Aiutoらの研究は12か月で評価しています。
歯周治療の直後に局所炎症が改善しても、それが血糖管理に反映されるには時間がかかります。HbA1c自体が数か月の血糖履歴を反映する指標であり、歯周炎症の改善が安定して続かなければ、数値として見えにくい可能性があります。
ただし、ここで「長く見れば必ず下がる」とは言えません。
長期になればなるほど、糖尿病薬の変更、食事、運動、体重、全身疾患、メインテナンス継続状況などの影響も大きくなります。
重要なのは、歯周炎症の改善がどれだけ得られ、それがどれだけ維持されたかです。
患者背景も大きく影響します。
歯周治療によるHbA1c改善が見えやすい患者は、おそらく「歯周炎症が血糖管理の邪魔をしている割合が大きい患者」です。
たとえば、全顎的にBOPが多い。
PISAが高い。
深い歯周ポケットが複数ある。
排膿がある。
PCRが不良で炎症が持続している。
hs-CRPなどの炎症マーカーが高い。
このような患者では、歯周治療によって慢性炎症負荷が減れば、血糖管理に何らかの影響が見えやすい可能性があります。
一方、歯周炎症が軽度で、PISAが低く、BOPが少ない患者では、歯周治療によるHbA1c改善は見えにくいかもしれません。歯周治療は口腔内には意味がありますが、HbA1cに影響するほどの全身炎症負荷がもともと小さい可能性があるからです。
Sato 2024:日本のリアルワールドデータから見えること
RCTだけでなく、日本の実臨床データも見ておく必要があります。
Satoらの2024年研究では、日本のJMDC Claims Databaseを用いて、2型糖尿病患者における歯周治療と血糖コントロールの関係が検討されています。全体としては歯周治療群で血糖コントロール改善傾向がみられましたが、特にベースラインHbA1c 7.0〜7.9%の参加者では、歯周治療を受けた群が歯科受診なし群と比較して良好な血糖コントロールを示したとされています。
この数字は、CochraneやD’Aiutoらの研究で示される0.3〜0.5%、0.6%と比べるとかなり小さく見えます。
しかし、ここで「効果が小さいから意味がない」と見るのは早計です。
リアルワールドデータでは、介入内容が研究的に均一ではありません。歯周治療の強度も、患者の歯周病重症度も、セルフケアも、医科側の治療変更も、さまざまです。しかも保険請求データを用いた研究では、臨床的な炎症量、BOP、PISA、PCR、SRPの質までは十分に見えにくい。
そのような条件で、全体では大きな差が見えにくく、HbA1c 7.0〜7.9%の層で差が出たという結果は、むしろ臨床感覚に合っています。
つまり、歯周治療の血糖改善効果は、すべての糖尿病患者に均一に出るものではなく、ある程度血糖コントロール不良があり、かつ歯周治療によって炎症負荷が下がる患者群で見えやすい可能性があります。
効きやすい患者をどう考えるか
歯周治療によるHbA1c改善が見えやすい患者像を整理します。
まず、歯周炎症が大きい患者です。
BOPが多く、深いポケットが複数あり、PISAが高く、排膿や腫脹を繰り返すような患者では、歯周治療によって炎症負荷が大きく下がる余地があります。
次に、セルフケア改善が入る患者です。
歯周治療は医院内で完結しません。毎日のプラークコントロールが改善しなければ、BOPは再燃します。逆に、患者さんが歯間清掃やブラッシングを継続できるようになれば、歯周炎症の改善は維持されやすくなります。
さらに、HbA1cが中等度に高い患者です。
HbA1cが完全に良好な患者では、歯周治療後のHbA1c改善幅は小さく見えるかもしれません。一方、極端に高すぎる患者では、歯周炎症以外の代謝要因が支配的になり、歯周治療単独の効果は見えにくくなる可能性があります。
また、医科側の管理が安定している患者では、歯周治療の影響を見やすくなります。薬剤変更や大きな生活習慣変化が同時に起きると、HbA1cの変化が何によるものか分かりにくくなります。
HbA1c改善が見えやすい患者像は、次のように整理できます。
全顎的な歯周炎症がある。
BOPやPISAが高い。
治療によって炎症負荷を大きく下げられる。
セルフケア改善が入る。
SPTが継続される。
HbA1cが中等度に高い。
糖尿病治療の変更が大きすぎない。
喫煙や重度肥満、重度CKDなどの交絡が比較的少ない。
ただし、これは「この条件なら必ず下がる」という意味ではありません。
歯周治療による全身効果が見えやすい可能性がある臨床像です。

効きにくい患者をどう考えるか
逆に、HbA1c改善が見えにくい患者もいます。
まず、歯周炎症が小さい患者です。
歯石や軽度歯肉炎はあっても、BOPが少なく、PISAが低く、深いポケットがない場合、歯周治療による口腔内改善は得られても、HbA1cに影響するほどの炎症負荷低下は起こりにくいかもしれません。
次に、糖尿病の悪化要因が歯周炎症以外に大きい患者です。
食事、体重、内臓脂肪、運動不足、糖尿病薬の中断、感染症、ステロイド使用、肝機能、腎機能、睡眠、ストレスなどがHbA1cに強く影響している場合、歯周治療の効果はHbA1c上では埋もれます。
また、血糖コントロールが非常に悪い患者では、歯周治療そのものの反応が鈍くなる可能性があります。高血糖環境では創傷治癒遅延、微小循環障害、好中球機能異常、AGE/RAGE、ROSが関与するため、BOPやPPDの改善、外科後治癒、再生療法の反応が不十分になることがあります。
さらに、喫煙、肥満、低栄養、CKD、心血管疾患、服薬状況、口腔乾燥なども、歯周治療反応やHbA1c変化を複雑にします。
そして、最も多いのは、歯周治療が途中で止まるケースです。
初期治療を始めても、SRPが完了しない。
再評価に来ない。
セルフケアが変わらない。
SPTに移行できない。
この場合、歯周炎症は十分に下がらず、HbA1cへの影響も期待しにくくなります。
「歯周治療でHbA1cが下がらなかった」というケースを見たときには、単純に効果がないと判断するのではなく、次を確認する必要があります。
歯周炎症は本当に下がったのか。
BOPは減ったのか。
PISAは下がったのか。
PCRは改善したのか。
深いポケットは残っていないか。
治療は完了したのか。
SPTは継続されているのか。
糖尿病薬や生活習慣は変わっていないか。
体重や全身状態に変化はないか。
この確認なしに、HbA1cだけを見て歯周治療効果を判断するのは危険です。
歯周治療が効いたとは何を意味するのか
歯周治療が効いた、とは何を意味するのでしょうか。
HbA1cが下がったこと。
BOPが減ったこと。
PPDが改善したこと。
PISAが下がったこと。
歯の保存可能性が上がったこと。
咀嚼機能が維持されたこと。
急性発作が減ったこと。
患者さんのセルフケアが改善したこと。
医科との情報共有が進んだこと。
これらは、すべて歯周治療の成果です。
HbA1c改善は重要ですが、それだけが成功ではありません。
むしろ、HbA1cが下がらなかったとしても、BOPが減り、歯周ポケットが安定し、排膿がなくなり、歯の保存可能性が上がっていれば、歯周治療は口腔内では成功しています。
一方で、HbA1cが下がったとしても、それが内科の薬剤変更や食事療法によるもので、歯周炎症が残っているなら、歯周治療が成功したとは言えません。
歯周治療の直接アウトカムは歯周炎症の制御であり、HbA1cは歯周炎症制御が全身代謝に反映された場合に観察される副次的アウトカムです。
糖尿病患者の歯周治療で確認すべきこと
糖尿病患者の歯周治療で重要なのは、「糖尿病があるかどうか」だけではありません。より重要なのは、糖尿病がどの程度管理されているのか、どの薬を使っているのか、低血糖リスクがあるのか、合併症があるのか、感染や創傷治癒に影響する背景があるのかを把握することです。
歯科で確認すべき情報は、最低限でも次のような内容です。
糖尿病の診断を受けているか。
HbA1cの最近の値。
内科の通院状況。
使用薬剤。
インスリン使用の有無。
低血糖を起こしたことがあるか。
腎症、網膜症、神経障害、心血管疾患の有無。
食事摂取状況。
感染を繰り返していないか。
抜歯や外科処置の予定があるか。
お薬手帳の持参。
特に歯周治療では、HbA1cだけを見ればよいわけではありません。HbA1cが比較的安定していても、低血糖を起こしやすい患者さん、食事摂取が不安定な患者さん、腎機能が低下している患者さん、抗凝固薬や抗血小板薬を服用している患者さんでは、処置計画や予約時間、術後管理を慎重に考える必要があります。
ただし、「糖尿病があるから歯科治療ができない」という説明は避けるべきです。
血糖コントロールが安定しており、合併症や低血糖リスクが把握されている患者さんでは、多くの歯科治療は通常通り計画できます。一方で、血糖コントロールが不良、急性炎症が強い、外科処置を予定している、食事摂取が不安定、全身合併症がある、といった場合には、医科情報を確認しながら治療計画を調整する必要があります。
糖尿病患者の歯科治療で大切なのは、過剰に恐れることではなく、情報を確認してリスクを見積もることです。

メインテナンス間隔は短めに考える
糖尿病患者の歯周治療では、初期治療だけでなく、その後のメインテナンスが非常に重要です。
糖尿病がある患者さんでは、歯周炎症が再燃しやすく、創傷治癒や炎症収束が遅れることがあります。したがって、歯周基本治療で一度改善したとしても、その後にBOPやPCRが悪化すれば、再び慢性炎症負荷が高まる可能性があります。
日本糖尿病学会2024では、糖尿病患者のサポーティブペリオドンタルセラピーについて、非糖尿病患者の3〜6か月間隔より短い3か月以内の間隔、全身状態によっては毎月の管理も考慮されることが示されています。
これは実践的に重要なポイントです。
患者さんには、
「糖尿病がある方は、歯ぐきの炎症が再発しやすいことがあります。治療して終わりではなく、炎症が戻っていないかを短めの間隔で確認することが大切です」
と説明できます。
メインテナンス間隔は固定ではなく、リスクに応じて調整するべきです。
HbA1cが高い。
BOPが多い。
PISAが高い。
喫煙がある。
口腔乾燥がある。
歯周ポケットが残っている。
セルフケアが不安定。
過去に急性発作を繰り返している。
腎症や心血管疾患などの合併症がある。
こうした背景がある場合、3か月より短い間隔を考えることがあります。一方で、歯周状態が安定し、セルフケアが良好で、糖尿病管理も安定している患者さんでは、過剰に短い間隔に固定する必要はありません。
重要なのは、糖尿病という診断名だけで一律に決めるのではなく、歯周炎症の再発リスクと全身背景を合わせて間隔を決めることです。
医科歯科連携で共有したい情報
糖尿病と歯周病の連携では、歯科側から医科へ何を伝えるか、医科側から歯科へ何を教えてもらうかを明確にしておく必要があります。
歯科側が医科に共有しやすい情報は、次のようなものです。
歯周病の重症度。
BOPの多さ。
深い歯周ポケットの有無。
排膿や急性炎症の有無。
抜歯や外科処置の予定。
口腔清掃状態。
咀嚼機能や歯の喪失状況。
メインテナンス継続状況。
歯周治療に対する反応。
一方で、歯科側が医科から知りたい情報は、
HbA1c。
使用薬剤。
低血糖リスク。
腎機能。
合併症。
感染リスク。
外科処置時の注意点。
食事摂取や栄養状態。
内科的に処置延期が必要な状態か。
です。
ここで大切なのは、歯科から医科へ「HbA1cを下げるために歯周治療をします」と伝えることではありません。より正確には、
「歯周病による慢性炎症があり、歯周治療で炎症負荷の軽減を図ります。糖尿病管理と並行して、口腔内の炎症管理を進めます」
という伝え方がよいです。
歯科は糖尿病を治療する診療科ではありません。
しかし、糖尿病患者の慢性炎症管理の一部を担う診療科ではあります。
この立ち位置を明確にすることで、歯科側の役割が過小評価されず、同時に過大評価もされません。
患者さんに避けたい説明
糖尿病と歯周病の関係を患者さんに説明するとき、避けたい表現があります。
たとえば、
「歯周病を治せば糖尿病が治ります」
これは明らかに言いすぎです。
「歯石を取ればHbA1cが下がります」
これも危険です。歯周治療の中身を単純化しすぎています。
「歯周病菌が糖尿病の原因です」
これも不正確です。糖尿病は多因子疾患であり、歯周病菌だけで説明できるものではありません。
「HbA1cを下げるために歯周治療をしましょう」
これも少し危うい表現です。歯周治療の主目的がHbA1c低下に見えてしまいます。
避けるべきなのは、歯周治療を糖尿病治療の代替のように見せる説明です。
歯科医療者側にその意図がなくても、患者さんがそう受け取る可能性があります。
特に、糖尿病治療に不安や抵抗がある患者さんでは、「歯周病を治せば薬を減らせるのではないか」「内科に行かなくてもいいのではないか」という誤解につながる可能性があります。
したがって、説明では必ず、
内科治療の代わりではない。
食事・運動・薬物療法が基本である。
歯科は口腔内の慢性炎症を減らす役割である。
HbA1c改善は平均値であり、個人差がある。
という点を添えるべきです。
患者さんに使いやすい説明
患者さんには、次のように説明すると誤解が少なくなります。
「歯周病は、歯ぐきの中に慢性的な炎症が残る病気です。糖尿病があると、その炎症が強くなりやすく、治りにくくなることがあります。一方で、歯周病の炎症が強く残っていると、血糖管理の邪魔をすることがあります。歯周治療は糖尿病の薬の代わりではありませんが、血糖管理を邪魔する口の中の炎症を減らす治療です」
この説明には、双方向性が含まれています。
糖尿病が歯周病を悪化させる。
歯周病が血糖管理の邪魔をする。
歯周治療は糖尿病治療の代替ではない。
しかし、口腔内の慢性炎症を減らす意味がある。
HbA1cの数字を入れる場合は、次のように続けます。
「研究全体では、歯周治療によってHbA1cが平均0.3〜0.5%前後改善することが報告されています。ただし、これは平均値です。全員で同じように下がるわけではありません。大切なのは、内科での糖尿病管理と並行して、歯科で歯ぐきの炎症を安定させることです」
この表現なら、誇大表現を避けながら、歯周治療の全身的意義を伝えられます。

臨床Q&A:HbA1cと歯周治療効果をどう説明するか
Q1. 歯周治療でHbA1cは本当に下がるのか?
平均としては、下がり得ます。
Cochrane 2022では、歯周炎と糖尿病を有する患者に対して、歯肉縁下インスツルメンテーションを含む歯周治療が、無治療または通常ケアと比較して、HbA1cを平均的に改善することが整理されています。日本糖尿病学会2024でも、3か月、6か月、12か月でそれぞれ約0.43%、0.30%、0.50%の低下が紹介されています。
ただし、これは平均値です。すべての患者さんで同じように下がるわけではありません。
Q2. HbA1c 0.3〜0.5%の改善に意味はあるのか?
意味はあります。
歯周治療は血糖降下薬ではありません。そのため、薬剤効果と単純に比較するべきではありません。しかし、口腔内の慢性炎症を減らす介入によって、平均0.3〜0.5%前後のHbA1c改善が観察されるなら、臨床的に無視できる数字ではありません。
ただし、患者さんには「0.5%下がります」と断定しない方がよいです。
「研究全体では平均0.3〜0.5%前後の改善が報告されています。ただし個人差があります」
と説明するのが安全です。
Q3. DPTTでHbA1cが下がらなかったのは、どう解釈すべきか?
DPTTは非常に重要です。
DPTTでは、2型糖尿病と中等度〜進行した慢性歯周炎を有する患者に非外科的歯周治療を行いましたが、6か月後のHbA1c改善は認められませんでした。一方で、歯周指標は改善しています。
この結果は、「歯周治療は無意味」という意味ではありません。
むしろ、「歯周状態が改善しても、それが必ずHbA1c改善として見えるわけではない」という重要な警告です。
HbA1cは、歯周炎症だけで決まる数値ではありません。食事、運動、薬物療法、体重、全身状態など、多くの要因に影響されます。DPTTは、歯周治療効果を過剰に説明しないために必要な研究です。
Q4. D’Aiutoらの2018年RCTの0.6%改善は一般臨床でも期待してよいのか?
代表的な陽性RCTとして重要ですが、そのまま全患者に一般化するべきではありません。
D’Aiutoらの2018年RCTでは、2型糖尿病と中等度〜重度歯周炎を有する患者に集中的歯周治療を行い、12か月後にHbA1cが対照群より0.6%低い結果が示されました。
ただし、これは集中的歯周治療、12か月評価、研究として管理された条件での結果です。
一般臨床では、治療強度、歯周炎症の量、セルフケア、SPT継続、糖尿病治療変更、生活習慣などが大きく影響します。
患者さんには、
「0.6%下がります」
ではなく、
「集中的に歯周炎症を改善できた研究では、HbA1c改善が示されています。ただし、全員で同じように下がるわけではありません」
と説明するのが妥当です。
Q5. HbA1cが高い患者ほど歯周治療効果は出やすいのか?
単純に「高いほど効く」とは言えません。
HbA1cが中等度に高い患者では、歯周治療による血糖改善が見えやすい可能性があります。一方で、血糖コントロールが極端に不良な患者では、創傷治癒遅延、免疫応答異常、微小循環障害などにより、歯周治療そのものへの反応が悪くなる可能性があります。
したがって、
「HbA1cが高いから歯周治療で必ず下がる」
ではなく、
「血糖管理が不安定な方ほど、内科治療と歯周治療を並行して進める必要がある」
と説明する方が正確です。
Q6. HbA1cが高い患者では歯周治療を待つべきか?
一律に待つ必要はありません。
歯周病が強く、BOP、排膿、腫脹、疼痛がある場合、歯周炎症を放置すること自体がリスクになります。歯周基本治療や口腔衛生指導は、全身状態を確認しながら進めるべきです。
ただし、抜歯、歯周外科、広範囲の侵襲処置では、HbA1c、感染状態、腎機能、服薬、低血糖リスクなどを確認し、必要に応じて内科と連携します。
「糖尿病だから治療しない」ではなく、
「糖尿病の状態を確認しながら、治療内容とタイミングを調整する」
という考え方が適切です。
Q7. PISAは日常臨床で使うべきか?
全症例で計算する必要はありません。
ただし、PISAの概念は非常に有用です。PISAは、歯周病を「ポケットの深さ」ではなく、「出血を伴う炎症面積」として捉える考え方です。糖尿病や全身炎症との関係を説明するとき、PISAは歯周病を慢性炎症負荷として共有しやすくします。
日常臨床では、PPD、BOP、PCR、X線所見、排膿、動揺、咬合、患者背景を総合して判断します。そのうえで、患者説明では、
「歯ぐきの中に炎症面積が広がっている状態です」
というPISA的な表現を使うと、歯周病の全身的意味が伝わりやすくなります。
Q8. 抗菌薬併用はHbA1c改善目的で使うべきか?
基本的には、HbA1c改善目的で抗菌薬を主役にすべきではありません。
歯周治療の主役は、プラークコントロール、SRP、再評価、必要に応じた外科処置、SPTです。抗菌薬は、病態や感染の程度、治療反応性を見て適応を判断する補助的手段です。
「糖尿病だから抗菌薬を使う」
「HbA1cを下げるために抗菌薬を使う」
という説明は避けるべきです。
抗菌薬を使用する場合でも、目的は歯周感染・炎症の制御であり、HbA1c改善は副次的に観察され得るアウトカムと考えるべきです。
Q9. 洗口剤やセルフケアだけでHbA1cは改善するのか?
セルフケアは非常に重要ですが、それだけで歯周ポケット内の炎症が十分に改善するとは限りません。
歯周病では、歯肉縁下のバイオフィルムや歯石、深いポケット内の感染源が問題になります。歯ブラシや洗口剤だけでは、これらを十分に除去できません。
したがって、糖尿病患者の歯周管理では、
セルフケア改善。
歯周基本治療。
SRP。
再評価。
必要に応じた追加治療。
SPT。
を組み合わせる必要があります。
洗口剤は補助であり、歯周治療の代替ではありません。
フッ素配合歯磨き粉やうがいの量については、予防管理の文脈でこちらにもまとめています。
【歯磨き粉はどのくらいつける?うがいをしすぎるとフッ素は残らない?】
Q10. 糖尿病患者のメインテナンス間隔はどのくらいがよいか?
一律ではありませんが、短めに考えることが多いです。
日本糖尿病学会2024では、糖尿病患者では非糖尿病患者より短い3か月以内のSPT、状態によっては毎月の管理も考慮されるとされています。
ただし、全員を毎月にする必要はありません。
BOP、PCR、残存ポケット、HbA1c、喫煙、口腔乾燥、急性発作歴、セルフケア、合併症を見て調整します。
実際には、
安定している糖尿病患者は3か月前後。
BOPやPCRが不安定なら1〜2か月。
急性炎症や重度歯周炎後はより短期。
安定し、セルフケア良好なら状態を見て延長。
というように、リスクベースで考えるのが現実的です。
Q11. 糖尿病患者の抜歯・外科処置では何を確認するべきか?
確認すべきなのは、HbA1cだけではありません。
HbA1c、空腹時血糖、使用薬剤、インスリン、低血糖歴、食事摂取、腎機能、感染徴候、抗凝固薬・抗血小板薬、全身合併症を確認します。
血糖コントロールが安定している患者では、多くの処置は通常通り計画できます。一方で、コントロール不良、急性感染、摂食不良、広範囲外科、合併症がある場合は、内科と連携して治療時期や術後管理を判断します。
患者さんには、
「糖尿病があるから抜歯できない、ということではありません。ただし、傷の治りや感染、低血糖のリスクを考えるため、血糖の状態やお薬を確認してから安全に進めます」
と説明するとよいです。
Q12. 最終的に患者さんへどう説明するのが最も安全か?
最終的には、次の説明が最も安全です。
「糖尿病と歯周病は、お互いに悪影響を与えることがあります。糖尿病があると歯ぐきの炎症が強くなりやすく、治りにくくなることがあります。一方で、歯周病の炎症が強く残っていると、血糖管理の邪魔をすることがあります。歯周治療は糖尿病の薬の代わりではありませんが、血糖管理を邪魔する口の中の慢性炎症を減らす治療です。研究全体ではHbA1cが平均0.3〜0.5%前後改善することが報告されていますが、全員で同じように下がるわけではありません。内科での糖尿病管理と、歯科での歯周病管理を並行して行うことが大切です」
この説明なら、誇大表現を避けながら、歯周治療の全身的意義を十分に伝えられます。
まとめ:歯周治療は糖尿病治療の代替ではなく、慢性炎症への介入である
糖尿病と歯周病は、単純な一方向の関係ではありません。
糖尿病は、高血糖、AGEs/RAGE、酸化ストレス、免疫応答異常、微小循環障害、創傷治癒遅延、コラーゲン代謝異常を介して、歯周病を悪化させます。
歯周病は、歯周ポケット内の慢性炎症、BOPを伴う炎症面積、PISA、IL-6、TNF-α、CRP、菌血症、口腔—腸連関、咀嚼機能低下を介して、血糖管理を妨げる可能性があります。
歯周治療によるHbA1c改善は、研究全体では平均0.3〜0.5%前後と説明するのが妥当です。Cochrane、日本糖尿病学会、日本歯周病学会はいずれも、糖尿病患者における歯周治療の血糖管理への意義を支持しています。
一方で、DPTTのようにHbA1c改善を示さなかったRCTもあります。D’Aiutoらの2018年RCTのように0.6%の改善を示した研究もあります。日本のリアルワールドデータでは、全体では大きな変化が見えにくい一方、特定のHbA1c層で改善が示唆されています。
これらは矛盾というより、歯周治療の全身効果が、患者背景、歯周炎症の量、治療強度、SPT、糖尿病管理、評価時期によって変わることを示しています。
以上を踏まえると、歯周治療の位置づけは明確です。
歯周治療は、糖尿病治療の代替ではありません。
しかし、糖尿病患者にとって歯周病は無視できない慢性炎症です。
歯周治療は、血糖管理を妨げる可能性のある口腔内の炎症負荷を減らす介入です。
患者さんには、過剰な約束をしてはいけません。
しかし、歯周病を「歯ぐきだけの問題」として過小評価してもいけません。
歯科が担うべき役割は、糖尿病そのものを治すことではありません。
糖尿病管理の邪魔をし得る歯周炎症を見つけ、減らし、再燃させず、噛める口を維持することです。
その意味で、糖尿病患者の歯周治療は、単なる口腔清掃ではなく、慢性炎症を管理する医療行為です。

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