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口腔がんは免疫の攻撃を自ら止める?広島大学がYAP/TAZとPD-L2の関係を解明

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2026年10月30日

口腔がんは免疫の攻撃を自ら止める?広島大学がYAP/TAZとPD-L2の関係を解明

(歯科助手さんの治療見学ノート)

はじめに

私たちの体には、細菌やウイルスだけでなく、体の中で生まれた異常な細胞を見つけ、排除しようとする免疫の仕組みがあります。

それなのに、どうしてがんは発生するのでしょうか。

がん細胞には、正常な細胞とは異なる特徴があります。遺伝子に異常が生じたり、普通の細胞では作られないようなタンパク質ができたりする場合があります。

そうした違いは、免疫細胞ががん細胞を認識する手掛かりになることがあります。それなら、異常が多いがん細胞ほど免疫に見つかりやすくなり、早く取り除かれるのではないでしょうか。

ところが、実際にはそう単純ではありません。

がん細胞は、免疫細胞に見つからないようにするだけでなく、免疫細胞が攻撃しようとしても、その働きを抑えてしまう仕組みを利用することがあるからです。

2026年10月23日、広島大学を中心とする研究グループが、口腔がんを含む頭頸部扁平上皮がんで、この免疫逃避に関係する新たな分子機構を報告しました。

研究の中心となったのは、細胞の増殖に関係する「YAP/TAZ(ヤップ/タズ)」と、免疫細胞の働きを抑える「PD-L2(ピーディーエルツー)」です。

研究では、細胞増殖を調節するHippo経路の構成分子LATS1/2を欠失させると、YAP/TAZの過剰な活性化に伴い、DNA損傷やゲノム不安定性に関係する変化が認められました。

一方、YAP/TAZの働きはPD-L2の発現増強にも関係しており、T細胞による攻撃からの逃避を促すことが実験で示されました。

しかも、研究者たちは、PD-L2を遺伝子操作で取り除くと、がん細胞がT細胞の攻撃を受けやすくなることも確かめています。

がん細胞は、ただ隠れているわけではない。攻撃される可能性があっても、免疫細胞にブレーキをかけることで生き残っているのかもしれない。

今回の研究は、そんな一見矛盾する現象に、新しい説明を与えてくれました。

今回は、歯科診療室で見つかる口腔粘膜の異常から、がん細胞を調べる病理検査、免疫細胞の働き、そして広島大学の最新研究へと、順番に見ていきたいと思います。

なお、今回の研究は新しい口腔がん治療薬の臨床効果を証明したものではありません。研究室で確認された仕組みと、実際の患者さんの治療で確かめられた効果は、分けて理解することが大切です。

口の中の異変が、がん研究につながることがある?

歯科医院では、虫歯や歯周病など、歯と歯ぐきの状態を調べることが多いのですが、歯科医師が確認しているのは歯だけではありません。

舌の側面、頬の内側、口底、歯肉、口蓋など、口腔粘膜の状態も診察の対象です。

例えば、口の中に白い部分があったとします。

単に歯や義歯がこすれて粘膜が角化している場合もあれば、白板症のように、将来がんへ進行する可能性を考慮しなければならない病変もあります。

赤い部分がある場合も同じです。炎症、外傷、感染症、免疫に関係する粘膜疾患など、さまざまな原因が考えられますが、ときには悪性腫瘍が含まれることもあります。

また、口腔がんは必ずしも初期から強い痛みを伴うわけではありません。痛みの少ない潰瘍やしこり、粘膜の色の変化として見つかることがあります。

つまり、「痛くないから大丈夫」とは限らないのです。

1,252人の検診で見つかった口腔がん

2024年に『総合健診』へ掲載された横林らの研究では、富山市医師会健康管理センターで2017年7月から2023年6月までに実施された歯科・口腔がん検診の結果が報告されています。

対象となったのは1,252人です。このうち、口腔がんが2人に見つかりました。いずれも舌がんで、検診受診者における発見割合は0.16%でした。

また、24人に口腔潜在的悪性疾患として白板症が確認されています。

もちろん、この0.16%という数字が一般人口における口腔がんの発症確率を表すわけではありません。検診を受けた人たちの集団で、実際にどのような病変が見つかったかという結果です。

それでも、口の中の粘膜を観察することによって、治療や精密検査が必要な病変を発見できる場合があることが分かります。

ちなみに、この研究で見つかった2例の舌がんは、一方がⅠ期、もう一方がⅣ期でした。同じ舌がんでも、発見された段階は大きく異なっていたのです。

口腔粘膜に異常が見つかったとき、必要な診察や検査につなげることの重要性を感じます。

若い人だから口腔がんにならない、というわけではない

口腔がんは一般に高齢者で多くみられます。しかし、若い世代にも発生します。

2026年に昭和医科大学の研究グループが報告した口腔扁平上皮がん260例の解析では、15〜39歳のAYA世代が23例、全体の8.8%を占めていました。さらに、その23例のうち21例、91%が舌がんでした。

この割合は単一施設の手術患者における結果であり、若い人全体の発症確率ではありません。また、若い患者さんの舌がんが必ず高齢者のがんより悪性度が高いということを示す結果でもありません。

実際、この研究ではAYA世代とそれ以外の患者さんとの間で、3年全生存率や3年無病生存率に統計学的な有意差は確認されませんでした。

ただ、年齢だけで口腔粘膜の異常を軽視してはいけないことを教えてくれます。

口内炎のような病変が2週間程度たっても治らない、白い部分や赤い部分が持続する、しこりがある、硬さが変わってきたといった場合には、歯科医師や口腔外科での確認が重要です。

ブランデンタルクリニックでも、口腔がんの初期症状については口腔がんの早期発見についてで詳しく紹介しています。

ところで、こうして口の中の病変が見つかったあと、それが本当にがんなのかどうかは、どのように判断するのでしょうか。ここから、今回の研究につながる細胞の世界へ進んでいきます。

口腔がんと頭頸部がんは、同じ意味なの?

今回の広島大学の論文を読む前に、一つ整理しておきたい言葉があります。それが「口腔がん」と「頭頸部がん」の違いです。

口腔がんは、口の中にできる悪性腫瘍です。舌、歯肉、頬粘膜、口底、硬口蓋などが主な発生部位になります。

一方、頭頸部がんは、口腔だけでなく中咽頭、下咽頭、喉頭、鼻・副鼻腔など、頭や首のさまざまな部位に発生するがんを含む、より大きな分類です。

今回の論文の正式なタイトルは、Dysregulation of the Hippo pathway enhances PD-L2 transcription to promote immune evasion in head and neck squamous cell carcinomaです。

日本語では、「Hippo経路の制御異常がPD-L2の転写を促進し、頭頸部扁平上皮がんの免疫逃避を促す」という意味になります。

ここに登場する頭頸部扁平上皮がんは、英語でHead and Neck Squamous Cell Carcinoma、略してHNSCCと呼ばれます。

扁平上皮がんとは何か

口腔粘膜の多くは、重層扁平上皮という組織に覆われています。この上皮の細胞から発生する悪性腫瘍が、扁平上皮がんです。

口腔に発生する悪性腫瘍の大部分は、この扁平上皮がんに分類されます。

ただし、口腔内には唾液腺由来の悪性腫瘍や悪性黒色腫、悪性リンパ腫なども発生するため、口腔がんがすべて扁平上皮がんというわけではありません。

今回の研究では、ヒトの舌扁平上皮がんに由来する細胞株が重要な実験材料となりました。一方、免疫療法を受けた患者さんのデータ解析では、頭頸部以外のがんも含まれています。

したがって、これから紹介する研究のすべての結果が、口腔がん患者さんだけを調べて得られたものではありません。

実際の患者さんのデータ、研究室で培養した舌がん細胞、別の臓器のがん細胞などを組み合わせ、分子の働きを検証した研究なのです。

同じ舌でも、場所によって分類が異なる

もう一つ覚えておきたいのは、舌の前方にある可動部分と、奥にある舌根は、がんの分類上、同じ部位ではないということです。

舌の前方部分は口腔に含まれますが、舌根は中咽頭に分類されます。

中咽頭がんではヒトパピローマウイルス(HPV)が重要な発がん要因となる場合があります。一方、一般的な口腔扁平上皮がんを、すべてHPVが主な原因のがんとして説明することはできません。

今回の研究でもHPV陽性・陰性の頭頸部がん細胞を使った実験が行われていますが、それぞれのがんの発生部位や原因が同じという意味ではありません。

病理検査では、がん細胞の何が分かるの?

口腔内に気になる病変が見つかっても、見た目だけでがんと確定することはできません。必要に応じて行われるのが、生検という検査です。

生検では、歯科医師や口腔外科医が病変の一部、あるいは状況によって病変全体を採取し、病理検査に提出します。

採取された組織は固定され、非常に薄い切片に加工されたあと、顕微鏡で観察できるよう染色されます。

ここで重要なのは、病理医が細胞一つひとつだけでなく、細胞がどのように並び、周囲の組織とどのような関係にあるかまで調べることです。

がん細胞は、形にも異常が現れる

正常な口腔粘膜では、細胞は一定の秩序を持って並び、表層へ向かって成熟していきます。

ところが、口腔上皮性異形成では、その秩序が乱れ始めます。細胞の大きさがばらばらになったり、核が大きくなったり、細胞の並び方が不規則になったりします。異常な場所で細胞分裂が起こることもあります。

こうした変化が高度になる場合や、上皮の下にある組織へがん細胞が入り込む場合には、さらに慎重な診断が必要です。

2025年に日本口腔腫瘍学会の口腔表在癌ワーキンググループが発表した資料では、WHO頭頸部腫瘍分類第5版に基づく口腔潜在的悪性疾患と口腔上皮性異形成の診断上の問題が詳しく解説されています。

口腔上皮性異形成は、遺伝子変異の蓄積と関連して細胞や組織の構造に変化が生じ、扁平上皮がんへの進展リスクを伴う病変です。

ただし、異形成の診断や分類には専門的な判断が必要であり、WHO分類と日本の診断上の取り扱いにも違いがあります。「少し細胞が変わっていたら、もうがん」という単純な話ではありません。

白板症は、一度調べればずっと安心?

2026年に橋本和彦が発表した論文では、初回に口腔上皮性異形成と診断され、150日以上経過してから再度生検または切除が行われた18例を検討しています。

そのうち9例では、後の検査で浸潤性扁平上皮がんや疣状がんが確認されました。

ただし、この18例は一定の条件を満たす症例を選んだ集団です。9例が悪性転化したという結果から、「口腔上皮性異形成の半分ががんになる」と考えるのは誤りです。

また、研究で「悪性転化なし」と分類された群にも、後の検査で上皮内癌と診断された症例が含まれています。単純に「9人はがんになり、9人は完全に正常だった」という比較ではありません。

研究では、初回の組織で低異型度だった病変でも、後に浸潤性がんが確認された例がありました。また、病変の見た目が大きく変わらない場合でも、組織学的な異常が進行することがあります。

こうしたことから、病変の種類や状態に応じた経過観察、必要な場合の再生検が重要になります。

細胞を「染め分ける」と、さらに違う情報が分かる

病理検査では、H-E染色という基本的な染色に加え、特定のタンパク質に反応する抗体を利用した免疫組織化学染色が行われることもあります。

例えば、口腔上皮性異形成ではCK13、CK17、p53、Ki-67などが診断の補助として利用されます。

CK13やCK17は上皮細胞の分化状態などを知る手掛かりになります。p53は細胞の異常や遺伝子の変化に関連するタンパク質で、Ki-67は細胞がどの程度増殖しているかを調べる際に使われます。

ただし、これらの染色結果だけで、すべての病変を確実に診断できるわけではありません。

そして今回の広島大学の研究でも、同じように特定の分子を調べる手法が利用されています。

YAP/TAZが細胞のどこに存在しているのか。PD-L2というタンパク質が増えているのか。DNA損傷に関係するγH2AXという指標はどうなっているのか。

こうした分子を一つずつ調べて、がん細胞の内部で何が起きているのかを明らかにしていくのです。

病理組織や免疫染色の評価にAIを利用する研究については、口腔がんの病理検査とAIによる評価研究でも紹介しています。

1982年に採取された舌がん細胞が、今も研究で使われている?

今回の論文を読んでいて、興味深いと思ったことの一つが、研究に使われた細胞の歴史です。

中心的な実験材料は、CAL27という細胞株です。米国の細胞バンクATCCによると、CAL27は1982年に、当時56歳だった男性の舌扁平上皮がんから採取された組織をもとに樹立されました。

40年以上前に採取されたがん細胞が、2026年の最新研究でも利用されているのです。

もちろん、患者さんの体内で40年以上がん細胞が生き続けていたわけではありません。採取された細胞を研究室で培養し、増殖させながら維持してきた細胞株です。

細胞株があると、何ができるの?

実際の患者さんの腫瘍は、一人ひとり異なる性質を持っています。

そのうえ、研究のために何度も腫瘍を採取したり、患者さんの体内で特定の遺伝子を自由に変更したりすることはできません。

そこで研究室では、培養細胞を利用します。同じ由来の細胞を増やし、その一部に特定の処理を行うことで、処理した細胞と処理していない細胞の違いを調べられます。

今回の研究では、CAL27のLATS1とLATS2という二つの遺伝子を欠失させました。そのために利用されたのがCRISPR/Cas9という遺伝子編集技術です。

LATS1/2は、後ほど説明するYAP/TAZの働きを抑える仕組みに関係しています。

研究者たちはLATS1/2を働かなくすることによって、YAP/TAZが過剰に活性化した状態を作り、その結果を調べたのです。

細胞株は患者さんのがんをそのまま再現するの?

ここは大切な注意点です。培養細胞は、分子の働きを調べるために非常に役立ちます。

しかし、実際のがん組織には、がん細胞以外にも血管、線維芽細胞、免疫細胞、細胞外基質などが存在します。それらは互いに影響し合っています。

研究室の培養皿にあるがん細胞が、患者さんの体内の腫瘍と完全に同じ状態にあるわけではありません。また、長い期間にわたって培養された細胞株では、元の腫瘍と比べて性質が変化している可能性もあります。

そのため今回の研究でも、培養細胞だけでなく、マウスへの移植実験や既存の患者データ解析が組み合わされています。

ちなみに、ブランデンタルクリニックでは、同じCAL27細胞を使った別の口腔がん研究を口腔がんに酸素を運ぶナノ液滴を注射したマウス研究でも紹介しています。

同じ舌がん由来細胞でも、研究者が何を調べたいかによって、まったく異なる研究につながるのは面白いところです。

そもそも免疫細胞は、どうやってがん細胞を見つけるの?

ここから、がん細胞を攻撃する免疫の仕組みを見ていきましょう。

私たちの免疫は、細菌やウイルスなどの外敵に対して働くだけではありません。体内で発生した異常な細胞を監視し、排除する働きにも関係しています。

その中で、がん細胞の攻撃に重要な役割を果たすのがCD8陽性T細胞です。

T細胞は、細胞の中を直接見ているわけではない

細胞の中には、さまざまなタンパク質が存在します。その一部は細胞内で分解され、小さな断片になります。

細胞はこうした断片を、HLAという分子を使って細胞表面に提示することがあります。T細胞は、その提示された抗原をT細胞受容体などによって認識します。

正常な細胞で作られるタンパク質とは違う、変異由来のタンパク質断片が提示されると、がん細胞を認識する手掛かりになることがあります。

ただし、T細胞が細胞表面にあるものを何でも攻撃するわけではありません。適切な抗原認識や活性化シグナルなど、複数の条件が関係しています。

ネオアンチゲンとは?

がん細胞では、遺伝子に変異が生じることがあります。その変異によって正常な細胞にはない新しいタンパク質の構造が生まれ、免疫に認識される抗原となる場合があります。

こうしたものをネオアンチゲン、新生抗原と呼びます。

がん細胞に多くの遺伝子変異があるほど、こうした抗原が生まれる可能性は増えると考えられています。

しかし、すべての変異がネオアンチゲンになるわけではありません。異常なタンパク質が作られない変異もあります。タンパク質が作られても、免疫に認識される形で細胞表面に提示されないこともあります。

さらに、T細胞が認識できても、そのT細胞が十分に働けるとは限りません。「異常が多いがん細胞は免疫に見つかりやすい」という説明には、こうした複数の段階があるのです。

そして、今回の広島大学の研究では、その最後の部分に関係する重要な仕組みが示されました。がん細胞を攻撃できる可能性があっても、T細胞の働きそのものが抑えられてしまう場合があるのです。

T細胞は、がん細胞を見つけたら必ず攻撃するの?

T細胞が異常な細胞を認識すると、細胞を傷害するための反応が始まることがあります。

しかし、免疫細胞は無制限に活動してよいわけではありません。もし免疫が強く働き続け、正常な細胞まで傷つけてしまえば、体にとって大きな問題になります。

そのため、免疫には活動を促進する仕組みと、活動を抑える仕組みの両方が備わっています。その一つが免疫チェックポイントです。

PD-1はT細胞側にある受容体

PD-1はProgrammed cell death protein 1の略称で、活性化したT細胞などに発現する受容体です。

PD-1に特定の分子が結合すると、T細胞の活性化や機能を抑えるシグナルが伝わります。例えるなら、T細胞の活動にかかるブレーキの一つです。

この仕組みは、本来は免疫反応が過剰にならないよう調節するためにも重要です。ところが、がん細胞はこの仕組みを利用することがあります。

がん細胞が利用するPD-L1

PD-L1は、PD-1に結合する分子の一つです。

がん細胞や周囲の免疫細胞などがPD-L1を発現すると、T細胞のPD-1に作用して、その働きを抑える場合があります。

つまり、T細胞ががん細胞を認識できる条件があっても、PD-1を介した抑制シグナルによって、十分な攻撃ができなくなる可能性があるのです。

ただし、PD-1が発現しているT細胞がすべて完全に働かなくなっているわけではありません。T細胞の状態にはさまざまな段階があり、PD-1は活性化したT細胞にも発現します。

また、慢性的な抗原刺激のもとでT細胞の機能が低下する「T細胞疲弊」と、PD-1が一時的に働きを調節することも、完全に同じ現象ではありません。

免疫の状態を、PD-1の有無だけで決めることはできないのです。

PD-L1だけじゃない?PD-L2というもう一つのブレーキ

ここで、今回の研究の主役であるPD-L2が登場します。

PD-L2はProgrammed death-ligand 2の略称です。PD-L1とは異なる分子ですが、どちらもPD-1に結合することができます。

名前が似ているため、単にPD-L1の別名のように感じるかもしれません。しかし、PD-L1とPD-L2では発現する細胞や、発現を調節する仕組みが異なります。

PD-L2は最近発見された分子なの?

PD-L2そのものは以前から知られています。PD-L2がPD-1に結合して免疫細胞を抑制することや、さまざまながんでPD-L2が発現していることについては、2026年以前から研究が進んでいました。

2003年、Youngnakらの研究では、PD-L2に相当するB7-DCのPD-1に対する結合親和性が、PD-L1に相当するB7-H1のおよそ2〜6倍高いことが報告されています。

ただし、これは分子同士の結合の強さについての比較です。「PD-L2はPD-L1より免疫を6倍強く抑える」という意味ではありません。

実際にどの程度T細胞の働きが抑えられるかは、それぞれの分子の発現量、周囲の細胞、免疫細胞の状態などにも左右されます。

PD-L2が免疫療法に関係する理由

ペムブロリズマブやニボルマブなどの抗PD-1抗体は、PD-1に結合してPD-L1やPD-L2との相互作用を妨げます。

その結果、PD-1を介した免疫抑制を解除し、抗腫瘍免疫を働かせることを目指します。

ここで重要なのは、抗PD-1薬はPD-L1だけを標的としているわけではないということです。PD-L2との相互作用も阻害します。

そのため、がん細胞でPD-L2が増える仕組みを理解することは、既存の抗PD-1療法を理解するうえでも意味があります。

今回の広島大学の研究は、まさに「なぜがん細胞でPD-L2が増えるのか」という疑問に踏み込んだ研究なのです。

がん細胞には「攻撃しないで」以外の合図もある?

がんが免疫から逃れる仕組みは、PD-1とPD-L1、PD-L2だけではありません。

2024年に『International Journal of Molecular Sciences』で発表されたKitsukawaらの研究では、日本の口腔扁平上皮がん患者21人の組織を調べ、複数の免疫関連分子の発現を比較しています。

調べられたのは、PD-L1、PD-1、CD4、CD8、CD47、CD56、CD11cという7種類の分子です。この研究で特に興味深いのが、CD47という分子です。

「攻撃しないで」と「食べないで」は違う

PD-1とPD-L1による抑制は、主にT細胞の働きに関係する仕組みです。

一方、CD47は、マクロファージなどの細胞にあるSIRPαという受容体と結合し、貪食を抑える働きに関係します。貪食とは、免疫細胞が対象を取り込む働きのことです。

そのため、PD-1/PD-L1の経路を「攻撃しないで」という合図に例えるなら、CD47/SIRPαの経路は「食べないで」という合図に例えられます。

実際の免疫はもっと複雑ですが、がん細胞が複数の方法で免疫を回避できることを理解するには、分かりやすい例えです。

舌がんと歯肉がんでは、免疫環境も違う?

Kitsukawaらの研究では、口腔扁平上皮がん21例を、角化上皮由来の腫瘍と非角化上皮由来の腫瘍に分けて比較しました。

対象は、舌6例、頬粘膜3例、下顎歯肉8例、上顎歯肉4例でした。

その結果、非角化上皮由来の腫瘍ではCD47の発現が有意に高いことが示されました(P=0.001)。また、PD-L1とCD47の両方が陽性である症例も、非角化上皮由来の群で有意に多く認められました(P<0.001)。

一方、PD-L1単独ではP=0.104、PD-1単独ではP=0.087で、統計学的に有意な差は確認されていません。

この研究は21例という小規模な解析で、今回の広島大学の研究とは独立したものです。PD-L2の発現やYAP/TAZの働きを直接調べたわけでもありません。

それでも、同じ口腔がんでも発生部位や周囲の組織によって免疫環境が異なる可能性を示した点は、興味深いと思います。

がん細胞の生き残り方は、一種類の分子だけで説明できるものではないのです。

広島大学は、がん細胞のどんな謎を調べたの?

ここから、2026年10月23日に発表された広島大学の研究を詳しく見ていきます。

研究を主導したのは、広島大学大学院医系科学研究科の安藤俊範教授らの研究グループです。

広島大学の口腔腫瘍制御学や口腔検査センターの研究者に加えて、米国国立がん研究所やカリフォルニア大学サンディエゴ校などの研究者も参加しています。

論文は『Communications Biology』第9巻、論文番号1342として公開されました。

この研究は何を調べたの?

研究の出発点となったのは、YAP/TAZというタンパク質の働きです。

YAP/TAZは細胞の増殖や分化に関わり、頭頸部扁平上皮がんでは異常に活性化する場合があります。これまでにも、YAP/TAZががん細胞の増殖や進展に関係することが知られていました。

しかし、YAP/TAZががん細胞の免疫逃避にどのように関係するのかについては、十分に分かっていない部分がありました。

そこで研究者たちは、LATS1/2を欠失させてYAP/TAZが過剰に活性化したがん細胞を作り、何が変化するかを確認しました。

研究には大きく分けて四つのアプローチがあります。

一つは、免疫チェックポイント阻害薬を受けた患者さんの既存の臨床・ゲノムデータの解析です。

二つ目は、CAL27などの培養細胞に遺伝子操作を行う実験です。

三つ目は、がん細胞をマウスへ移植して、形成された腫瘍を調べる実験です。

そして四つ目が、がん細胞にT細胞を作用させ、攻撃から逃れられるかを調べる実験です。

それぞれ調べられることは異なります。患者データからは、遺伝子変化と治療後の生存期間の関連を探索できます。

培養細胞では、特定の分子を操作して細胞に起こる変化を確認できます。マウス移植モデルでは、腫瘍として増殖した細胞の形態やDNA損傷の特徴などを調べられます。

T細胞攻撃実験では、特定の分子が免疫による細胞傷害に関係するかを評価できます。

これらを組み合わせることによって、一つの分子がどのような仕組みで働くのかを調べたのです。

がん細胞の増殖スイッチ「YAP/TAZ」とは?

YAP/TAZを理解するには、まずHippo経路という仕組みを知る必要があります。

Hippo経路は、細胞の増殖や組織の成長を調節する重要なシグナル伝達経路です。

私たちの体は、細胞が無制限に増え続けないように、さまざまな制御を行っています。Hippo経路もその一つです。

LATS1/2はYAP/TAZの働きを抑える

Hippo経路にはMST1/2、LATS1/2などのキナーゼと呼ばれる酵素が関係しています。

これらの分子が働くと、YAP/TAZはリン酸化され、細胞核の中で遺伝子発現を促す働きが制限されます。

細胞質内にとどめられたり、分解されたりすることで、過剰な増殖シグナルが抑えられます。

一方、Hippo経路による抑制が弱まると、YAP/TAZが細胞核内へ移動しやすくなります。

核内に入ったYAP/TAZは、TEADなどの転写因子と協働して、さまざまな遺伝子の働きを促進します。その中には、細胞の増殖や組織の性質に関係する遺伝子があります。

YAP/TAZは正常な細胞にも必要

ここで誤解してはいけないのは、YAP/TAZががん細胞だけに存在する「悪いタンパク質」ではないということです。

YAP/TAZは正常な組織の成長、修復、分化などにも関係しています。

問題になるのは、必要なときに適切に働くはずの仕組みが、がん細胞では異常に活性化してしまう場合があることです。

正常な組織で必要な機構が、がん細胞の増殖にも利用されてしまう。がん研究では、こうした現象が少なくありません。

今回の研究では何を操作したの?

研究者たちは、CAL27細胞のLATS1とLATS2を欠失させました。

LATS1/2が働かなくなると、YAP/TAZを抑える仕組みが弱まります。その結果、YAP/TAZの活性化が進みます。

こうして作った細胞と、LATS1/2を欠失させていない通常のCAL27細胞を比較しました。

この実験によって、LATS1/2欠失とYAP/TAZの活性化に伴い、がん細胞にどのような変化が生じるのかを調べたのです。

ただし、LATS1/2の欠失によって生じるすべての変化が、YAP/TAZだけを介して起こるとは限りません。この点は、後ほどDNA損傷やゲノム不安定性を説明する際にも重要になります。

YAP遺伝子に異常がなくても、増殖スイッチは入りっぱなしになる?

YAP/TAZの活性化は、YAP1遺伝子そのものに異常がある場合だけに起こるわけではありません。

YAP/TAZの働きを調整する仕組みには、複数の分子が関係しているからです。

例えば、FAT1、EGFR、LATS1/2などの分子の変化が、YAP/TAZの活性化と関係する場合があります。

今回の原著では、先行研究の背景情報として、頭頸部扁平上皮がんにおけるFAT1の欠失または変異が29.8%、EGFR増幅が15.0%、YAP1増幅が4.4%という数字が紹介されています。

ただし、これは後ほど紹介する免疫療法患者1,662人の解析結果ではありません。異なる研究集団の数値なので、合算することもできません。

EGFRはYAP/TAZにも関係する

EGFRはEpidermal Growth Factor Receptor、上皮成長因子受容体の略称です。

細胞の増殖などに関係する受容体で、頭頸部扁平上皮がんでも重要な分子として研究されています。

広島大学などの研究グループは、2021年にもEGFRとHippo経路の関係を報告しています。

その研究では、EGFRがMOB1のチロシンリン酸化に関与し、Hippo経路の制御を変化させることでYAP/TAZの活性化を促す仕組みが示されました。

つまり、YAP1遺伝子そのものに変化がなくても、別の分子からの信号によってYAP/TAZの働きが強くなる場合があるのです。

遺伝子の変化とタンパク質の活性化は違う

ここは、後半の免疫療法の話につながる重要なポイントです。

患者さんのがん細胞に特定の遺伝子変化が見つかったとしても、それだけでYAP/TAZが必ず過剰に働いていると判断できるわけではありません。

実際にタンパク質が細胞核へ移動しているか。関連する遺伝子の発現が増えているか。別の分子経路の影響を受けていないか。

こうした情報も重要になります。

将来、YAP/TAZを免疫療法の効果予測に利用するなら、単に遺伝子の配列を調べればよいのか、タンパク質の活性化状態まで調べる必要があるのか、慎重な検証が求められます。

LATS1/2をなくしたがん細胞は、どんな姿に変わったの?

今回の原著Fig. 2では、LATS1/2を欠失させたがん細胞がどのように変化したかを調べています。

研究者たちは、通常のCAL27細胞とLATS1/2欠失CAL27細胞をヌードマウスに移植し、形成された腫瘍を病理組織学的に比較しました。

ヌードマウスはT細胞を中心とする獲得免疫に大きな制約があるため、ヒトの免疫環境を完全に再現する動物ではありません。今回の実験でも、主に腫瘍細胞の形態や分子の変化を評価する目的で利用されています。

がん細胞の核が大きくなった

LATS1/2を欠失させた細胞由来の腫瘍では、通常のCAL27由来腫瘍と比べて、核の大型化が認められました。

また、異常な核分裂像や複数の核を持つ細胞も増加しました。

病理検査では、こうした細胞の形態異常を細胞異型として評価することがあります。

ただし、核が大きいという所見だけで、がんの種類や悪性度を決められるわけではありません。細胞の並び方、組織の分化、浸潤の状態なども含めて評価します。

扁平上皮らしい特徴が失われた

原著ではCK10というタンパク質の染色も行われています。CK10は扁平上皮への分化に関係する指標の一つです。

通常のCAL27由来腫瘍ではCK10の陽性所見が認められた一方、LATS1/2欠失細胞由来の腫瘍ではCK10の発現が低下していました。

これは、扁平上皮としての成熟した特徴が失われる方向に変化したことを示しています。

「分化が悪い」とは何を意味する?

分化とは、細胞が特定の組織らしい性質を獲得していくことです。

扁平上皮がんの場合、正常な扁平上皮に似た構造や角化の特徴を持つものは、分化が比較的よいと評価されることがあります。

一方、正常な組織の特徴が失われ、未熟な細胞が不規則に増殖する場合には、低分化・未分化という表現が使われます。

今回の研究では、LATS1/2の欠失とYAP/TAZの活性化に伴って、そうした分化の低下が認められました。

ただし、これも遺伝子操作した細胞を使った実験結果です。すべての口腔がん患者さんで同じ変化が起こっていると証明されたわけではありません。

がん細胞のDNAに傷が増えると、免疫に見つかりやすくなる?

今回の研究で、非常に興味深いのがDNA損傷とゲノム不安定性の関係です。

LATS1/2を欠失させたがん細胞では、形態の異常だけでなく、DNAに関係する変化も確認されました。

γH2AXはDNA損傷を調べる手掛かり

研究者たちは、γH2AXという指標を利用しました。

γH2AXは、DNA二本鎖切断などのDNA損傷応答に関係するタンパク質の修飾状態を示す指標です。

DNAの損傷が起こると、細胞は修復のためにさまざまな反応を始めます。γH2AXは、その反応を調べる際に利用されます。

今回の研究では、LATS1/2欠失CAL27由来の腫瘍で、通常のCAL27由来腫瘍よりもγH2AXの染色が強く認められました。これはDNA損傷に関連する反応が増えていることを支持する結果です。

エクソーム解析では変異の増加も示された

研究者たちはさらに、腫瘍のDNAをエクソーム解析によって調べました。

エクソームとは、主にタンパク質を作る遺伝子情報を含む領域のことです。その領域を解析することで、どのような遺伝子変化があるのかを調べられます。

今回の研究では、LATS1/2欠失細胞由来の腫瘍で、体細胞変異数やTMBの増加が示されました。

TMBとはTumor Mutational Burden、腫瘍遺伝子変異量のことです。一般には、一定のDNA領域あたりにどの程度の体細胞変異が存在するかを表す指標として使われます。

ただし、今回の実験で得られた数値を、そのまま患者さんのTMB検査や免疫療法の投与基準に当てはめることはできません。

YAP/TAZが直接DNAを傷つけたの?

ここで、研究結果の解釈に注意が必要です。

今回の研究で確認されたのは、LATS1/2を欠失させた細胞では、YAP/TAZの過剰な活性化に伴い、DNA損傷指標やゲノム不安定性に関係する変化が増えていたということです。

一方、LATS1/2には細胞内で複数の働きがあり、LATS1/2を欠失させた結果として生じた変化のすべてが、YAP/TAZの活性化だけを原因としていると完全に証明されたわけではありません。

原著でも、分化異常やゲノム不安定性が生じる詳しい分子機構については、今後さらに調べる必要があると述べています。

そのため、「YAP/TAZがDNAを直接傷つける」と断定することはできません。

DNAの傷が多ければ、必ず免疫に見つかる?

ここも今回の研究を理解するうえで、特に慎重に考えたいところです。

DNAの損傷が多いこと、遺伝子変異が多いこと、ネオアンチゲンが増えること、そしてT細胞が実際にがん細胞を認識することは、すべて同じ現象ではありません。

遺伝子変異が増えることで、新しい抗原が生まれる可能性はあります。しかし、変異由来のタンパク質が作られなければ、T細胞の認識につながりません。

タンパク質が作られても、細胞表面で適切に提示されなければ、やはり認識されない場合があります。

そして今回の研究では、患者さん自身のT細胞が、LATS1/2欠失によって増えた変異由来の抗原を実際に認識する過程まで直接確認されたわけではありません。

原著は、ゲノム不安定性の増加によって免疫原性が高まる可能性を論じています。

そのため、「ゲノム不安定性が増えた」「免疫に認識されやすくなる可能性がある」という部分と、「PD-L2によってT細胞の攻撃を逃れた」という実験結果は、分けて理解する必要があります。

それでも、ここには大きな疑問が残ります。遺伝子変異が増えたがん細胞では、免疫療法の効果も変わるのでしょうか。

免疫療法を受けた1,662人のデータでは、何が見つかったの?

今回の研究は、培養細胞だけを使った研究ではありません。

研究者たちは、過去に免疫チェックポイント阻害薬を受けた進行がん患者1,662人の既存の臨床・ゲノムデータも再解析しました。

このデータには大腸がん、悪性黒色腫、頭頸部扁平上皮がんなど、複数のがん種が含まれています。

口腔がん患者1,662人を集めて調べた研究ではありません。

Hippo経路に関係する遺伝子を調べた

研究者たちは、FAT1、NF2、LATS1、LATS2、YAP1という遺伝子に注目しました。これらはHippo経路やYAP/TAZの調節に関係する遺伝子です。

今回のデータセットにおける変化の頻度は、FAT1が9.9%、NF2が2.9%、LATS1が2.9%、LATS2が2.6%、YAP1が0.8%と記載されています。

複数の遺伝子変化が同じ患者さんに存在する場合もあるため、これらの割合を単純に足すことはできません。

遺伝子変化がある群では、全生存期間が良好だった

研究では、これらの遺伝子に変化のある群と、変化のない群で生存期間を比較しています。

原著Fig. 1では、遺伝子変化がある群の全生存期間が、変化のない群より良好という結果が示されました。

群間比較のログランク検定では、P=1.265×10⁻⁴でした。また、遺伝子変化がある群では、変異数とTMBも高い結果が得られています。

ここで気を付けたいのは、全生存期間と抗がん剤の奏効率は違う指標だということです。

全生存期間は、一定の起点から患者さんがどの程度生存したかを評価するものです。奏効率は、定められた基準に従って腫瘍が縮小した患者さんの割合などを表します。

今回のFig. 1の重要な結果は、遺伝子変化と全生存期間との関連です。この図だけから「遺伝子変化がある患者さんでは、腫瘍が縮小する確率が何倍になった」とは言えません。

なお、原著本文では全体を1,662人と記載していますが、Fig. 1fの群別人数は遺伝子変化あり261人、なし1,400人で、合計は1,661人となっています。

この1人の差について、原著本文から明確な説明は確認できません。数値は原著に記載されたものとして区別して扱う必要があります。

免疫療法が効きやすい遺伝子だと確定したの?

ここも重要な注意点です。

今回の患者データは、免疫チェックポイント阻害薬を受けた人たちの集団です。

その中で遺伝子変化と生存期間との関連が認められたとしても、免疫療法を受けなかった場合と比較しなければ、その遺伝子変化が本当に免疫療法の利益を予測しているのかを判断することは難しくなります。

つまり、遺伝子変化そのものが患者さんの予後と関係している可能性もあります。

また、遺伝子変化が実際にYAP/TAZの機能的な活性化につながっていたかどうかも、患者ごとに確認できたわけではありません。

この研究は、将来の治療効果予測に役立つ可能性を示すものですが、現時点で確立した臨床検査を完成させたわけではありません。

口腔がんの遺伝子異常やT細胞の状態については、口腔がんの遺伝子変化と免疫環境についての研究でも、異なる研究をもとに詳しく取り上げています。

どうして研究者はPD-L2に注目したの?

今回の原著Fig. 3では、研究者たちがYAP/TAZとPD-L2の関係を調べています。そのために利用されたのが、RNAの発現データです。

DNAには遺伝情報が保存されていますが、その情報がどの程度使われているかを調べるには、RNAの量が重要な手掛かりになります。

ある遺伝子のmRNAが増えている場合、その遺伝子の転写が活発になっている可能性があります。ただし、mRNAが増えたことと、タンパク質の量が必ず同じ割合で増えたことは同じではありません。

そこで研究者たちは、RNAとタンパク質の両方を調べました。

大規模な遺伝子発現データから候補を探した

研究ではTCGA PanCancer AtlasやCCLEなどのデータが利用されました。

原著Fig. 3では、TCGAの10,660検体、CCLEの1,019細胞株に基づく解析が示されています。これらは先ほどの免疫療法患者1,662人とは別のデータです。

研究者たちはYAP/TAZに関係する遺伝子発現パターンを調べ、免疫に関係する遺伝子の中から、特にPDCD1LG2に注目しました。

PDCD1LG2は、PD-L2をコードする遺伝子です。この遺伝子が、YAP/TAZに関連する遺伝子群と強く結び付いていたのです。

LATS1/2を欠失させるとPD-L2が増えた

続いて、CAL27細胞の実験です。

通常のCAL27細胞とLATS1/2欠失CAL27細胞を比較すると、LATS1/2欠失細胞ではPD-L2のmRNAが増加していました。

さらに、タンパク質を調べる実験でもPD-L2の増加が確認されました。

つまり、遺伝子発現データ上の関連だけではなく、実際に遺伝子操作した細胞でもPD-L2が増えていたのです。

YAPとTAZは、完全に同じ働きではなかった

研究者たちはさらに、HEK293Aという細胞を利用して、YAPとTAZの働きをそれぞれ調べました。

YAPを過剰発現させ、LATS阻害薬で活性化を促した条件では、PD-L2の発現が著しく増加しました。

一方、TAZを過剰発現させて活性化した条件では、PD-L1の発現が誘導されました。

この結果は、YAPとTAZがPD-L1・PD-L2の転写制御において、異なる役割を持つ可能性を示しています。

ただし、「YAPはPD-L2だけ、TAZはPD-L1だけを増やす」という完全な役割分担ではありません。原著では、細胞の種類や条件によってPD-L1の反応に違いがあることも確認されています。

全体としては、YAP/TAZによる調節が特にPD-L2の発現と強く関係していることが、今回の重要な発見です。

PD-L2が増えると、PD-L1まで増えることがある?

PD-L2とPD-L1は異なる分子です。それぞれが独立して作られ、働いているようにも見えます。

ところが今回の研究では、PD-L2の発現がPD-L1にも影響している可能性が示されました。

PD-L2を取り除くと、何が起こった?

研究者たちは、LATS1/2を欠失させたCAL27細胞から、さらにPD-L2を欠失させました。

すると、PD-L1の発現が部分的に低下しました。一方、PD-L1を欠失させても、PD-L2の発現は低下しませんでした。

これは、PD-L1とPD-L2が単純に同じように調節されるわけではないことを示唆しています。

Stat3という分子が関係していた

そこで研究者たちは、細胞内のシグナル伝達に注目しました。特に関係が示されたのがStat3です。

Stat3は、細胞の増殖や炎症、免疫などに関係する遺伝子の発現を調節する分子です。

今回の実験では、PD-L2を欠失させると、Stat3の活性化を示すリン酸化が減少しました。

さらに、Stat3阻害薬であるS3I-201を作用させると、PD-L1とPD-L2の発現が低下しました。

これらの結果から研究者たちは、次のようなモデルを提案しています。

YAP/TAZの過剰な活性化によってPD-L2の発現が増える。そのPD-L2に関連してStat3が活性化する。そして、PD-L1とPD-L2の遺伝子発現がさらに促進される可能性がある。

ここで覚えておきたいのは、すべての分子の関係が、患者さんの腫瘍内で直接証明されたわけではないという点です。複数の細胞実験を組み合わせて提案された分子機構です。

それでも、PD-L2は単に免疫細胞のPD-1に結合するだけでなく、がん細胞内部の遺伝子発現制御にも関係している可能性があることが示されました。

がん細胞は、PD-L2をどうやって大量に作っているの?

今回の研究では、PD-L2が増える仕組みを、遺伝子の転写制御まで掘り下げています。ここで登場するのが、スーパーエンハンサーという言葉です。

少し難しく感じるかもしれませんが、順番に見ていくと理解しやすくなります。

遺伝子には、働きを調節する領域がある

DNAには、タンパク質を作るための情報を含む領域があります。しかし、遺伝子がどのタイミングで、どの程度働くかを決めるには、その周囲にある調節領域も重要です。

エンハンサーは、遺伝子の転写を促進する調節領域の一つです。スーパーエンハンサーは、複数の転写調節要素が集まり、特定の遺伝子の強い発現に関わる領域です。

がん細胞では、こうした転写制御の仕組みが異常に働く場合があります。

YAP/TAZは一人で遺伝子を働かせているわけではない

YAP/TAZは転写補助因子と呼ばれる分子です。DNAに直接結合してすべてを制御するのではなく、TEADなどの転写因子と協働します。

今回の研究では、TEADに加え、BRD4やRNAポリメラーゼIIという分子も重要な役割を果たす可能性が示されました。

BRD4は、クロマチンの状態や転写の制御に関係するタンパク質です。RNAポリメラーゼIIは、DNAの遺伝情報をRNAへ転写する酵素です。

研究者たちは、YAP/TAZとTEADが関係する転写制御の仕組みにBRD4やRNAポリメラーゼIIが加わることで、PD-L2の転写が強まるというモデルを示しています。

BRD4を阻害すると、PD-L2が減った

この仕組みを調べるため、研究者たちはJQ1という阻害物質を利用しました。

JQ1はBRD4などのBETファミリータンパク質の働きを阻害する研究用の化合物です。JQ1を使った実験では、PD-L2のmRNA発現が低下しました。

また、YAP/TAZをノックダウンした実験でも、PD-L2に関係する転写制御の変化が確認されました。

さらに、細胞核内でYAPとBRD4が近接していることを調べる実験も行われています。こうした複数の結果から、YAP/TAZとBRD4の関係がPD-L2の転写制御に重要である可能性が支持されました。

スーパーエンハンサーを取り除く実験

研究者たちはさらに、PD-L1とPD-L2の遺伝子の間に存在するスーパーエンハンサー領域を欠失させました。

すると、LATS1/2欠失によって増加していたPD-L1とPD-L2の発現が低下しました。これは、その調節領域が両方の遺伝子の発現に関係していることを支持する結果です。

ただし、スーパーエンハンサー自体の存在や、PD-L1・PD-L2への作用が2026年に初めて発見されたわけではありません。

2019年にも、XuらがPD-L1とPD-L2の発現を同時に調節するスーパーエンハンサーについて報告しています。

今回の研究の新しさは、その仕組みにYAP/TAZ・TEAD・BRD4がどう関係するのかを掘り下げ、免疫逃避とのつながりを示したところにあります。

また、重要なChIP-seq解析には、頭頸部がん細胞だけでなく、乳がん由来のMDA-MB-231細胞のデータも利用されています。

したがって、すべての分子の結合過程が口腔がん患者さんの組織で直接確認されたわけではありません。研究者たちは、異なる実験材料を組み合わせながら、PD-L2が増える仕組みを検証したのです。

PD-L2を取り除くと、がん細胞は本当に攻撃されやすくなる?

ここまでの研究で、YAP/TAZの活性化によってPD-L2が増える仕組みが見えてきました。

しかし、PD-L2が増えているだけでは、本当に免疫細胞の攻撃を逃れているかどうかは分かりません。

そこで研究者たちは、T細胞による攻撃を実際に試す実験を行いました。今回の論文で、特に重要な部分です。

EGFR-CAR-T細胞とは?

研究に使われたのは、EGFR-CAR-T細胞です。

CAR-T細胞とは、T細胞に人工的な受容体を持たせ、特定の分子を認識して攻撃できるようにした細胞です。今回のCAR-T細胞は、EGFRという分子を標的にするよう設計されています。

これは患者さん自身のT細胞をそのまま取り出して調べた実験ではありません。また、EGFR-CAR-T療法が一般的な口腔がんの標準治療として確立しているという意味でもありません。

あくまで、がん細胞に対する特定のT細胞攻撃を評価するための実験です。

がん細胞1に対して、CAR-T細胞5

研究者たちは、がん細胞とEGFR-CAR-T細胞を共培養しました。その割合は、がん細胞1に対してCAR-T細胞5です。

一定の条件で両者を一緒にしたあと、どの程度のがん細胞が生き残っていたかを調べました。

比較したのは、次の四つの条件です。

① 通常のCAL27細胞。

② LATS1/2を欠失させたCAL27細胞。

③ LATS1/2欠失に加え、PD-L2も欠失させた細胞。

④ LATS1/2欠失に加え、スーパーエンハンサー領域を欠失させた細胞。

通常のCAL27細胞は、EGFR-CAR-T細胞による攻撃を受け、細胞の生存率が低下しました。

ところが、LATS1/2を欠失させた細胞では、攻撃後も多くのがん細胞が生き残りました。

つまり、LATS1/2を失い、YAP/TAZが過剰に働く状態のがん細胞では、T細胞による攻撃を回避する現象が認められたのです。

PD-L2を取り除くと、生き残るがん細胞が減った

ここで紹介する数値は、原著Fig. 5dの棒グラフから読み取ったおおよその値です。

研究者が本文中に列挙した厳密な測定値ではなく、実験条件下で残存したがん細胞の割合を理解するための参考値です。

原著Fig. 5dのグラフを読み取ると、がん細胞の生存率はおおむね次のようになっています。

通常のCAL27細胞:約26%。

LATS1/2欠失細胞:約67%。

LATS1/2欠失+PD-L2欠失細胞:約39%。

LATS1/2欠失+スーパーエンハンサー欠失細胞:約20%。

これらは患者さんの生存率ではありません。EGFR-CAR-T細胞と共培養したあとに残っていたがん細胞の生存率を表しています。

ここが最も重要です。LATS1/2を欠失させた細胞では、T細胞の攻撃から生き残りやすくなりました。しかし、PD-L2を取り除くと、その生存率が下がりました。

さらにスーパーエンハンサー領域を欠失させると、通常のCAL27細胞と同程度にまで低下しました。

これは、PD-L2が単に増えていたというだけでなく、T細胞の攻撃から逃れる働きに機能的に関係していることを支持しています。

CAR-T細胞が、がんの目印を見失ったわけではない?

もしLATS1/2の欠失によってEGFRがなくなっていたなら、CAR-T細胞が攻撃できなかった理由は単純かもしれません。

しかし、研究者たちは先行研究で、LATS1/2の欠失が複数のがん細胞株におけるEGFRの総発現量を変化させないことを示していました。

今回もその知見を踏まえ、攻撃からの逃避は単なるEGFRの消失ではなく、PD-L1・PD-L2などを介した免疫抑制と関係すると解釈しています。

特にPD-L2を欠失させたときにT細胞による攻撃が強まったことは、PD-L2の重要性を示す結果でした。

この実験で証明されていないこともある

ここで注意したいことがあります。

今回のEGFR-CAR-T細胞は、人工的にEGFRを認識するよう設計されています。

したがって、この実験は、LATS1/2欠失によって増えた遺伝子変異から新しい抗原が生まれ、それを患者さん自身のT細胞が認識して攻撃した、という過程を直接証明したものではありません。

また、抗PD-1薬を患者さんに投与して治療効果を調べた臨床試験でもありません。

それでも、PD-L2を取り除くという操作によって、がん細胞がT細胞の攻撃を受けやすくなったことには大きな意味があります。

PD-L2は、単にがん細胞に存在している目印ではなく、実際に免疫からの逃避に働いている可能性が高い分子だったのです。

「免疫に見つかりやすいのに逃げられる」という矛盾は、どう説明できる?

ここまでの結果を一度整理してみましょう。

今回の研究では、LATS1/2を欠失させ、YAP/TAZが過剰に働く状態にすると、いくつかの変化が認められました。

一つは、がん細胞の形態や分化状態の変化です。核の大型化や異常な核分裂などが増え、扁平上皮らしい分化の特徴が失われました。

もう一つは、DNA損傷やゲノム不安定性に関係する変化です。γH2AXの増加やエクソーム解析での変異数・TMBの増加が示されました。

これらは、LATS1/2欠失とYAP/TAZの過剰な活性化に伴って認められた変化です。ただし、YAP/TAZの活性化だけが直接の原因となってDNA損傷を増やしたと、すべての過程が証明されたわけではありません。

そして、こうしたDNAの異常が増えることで、免疫に認識される新しい抗原が生まれる可能性があります。

しかし同時に、YAP/TAZの働きに関連してPD-L2も増加しました。PD-L2はT細胞のPD-1に作用し、免疫細胞の攻撃を抑えることができます。

そして、PD-L2を欠失させると、実際にEGFR-CAR-T細胞による攻撃を受けやすくなりました。

つまり、今回の研究からは、次のようなモデルが考えられます。

LATS1/2欠失に伴うYAP/TAZの過剰な活性化とともに、がん細胞ではDNA損傷やゲノム不安定性が増える。

その結果、免疫に認識される可能性が高まる一方で、YAP/TAZはPD-L2の発現も増やす。

そして、PD-L2がT細胞の働きを抑え、がん細胞が免疫による排除から逃れる。

これが、広島大学の研究グループが示した免疫逃避のモデルです。

ただし、DNAの変異が増えたことから患者さん自身の免疫による認識が増えるまでの全過程が、今回の実験で直接確認されたわけではありません。

ゲノム不安定性の増加は実験で示され、PD-L2がT細胞攻撃からの逃避に関係することも実験で支持されました。一方、その間にある免疫原性の増加については、追加検証が必要な部分があります。

この違いを理解すると、研究の価値と限界の両方が見えてきます。

がん細胞が免疫に見つからないように隠れるだけではなく、攻撃の手を止めさせる仕組みまで利用している。今回の研究は、その仕組みの一つを分子レベルで説明したのです。

同じ頭頸部がんでも、免疫細胞の集まり方は違う?

今回の研究ではPD-L2という分子が中心になりました。しかし、患者さんの体内にある実際のがん組織では、がん細胞だけでなく、さまざまな免疫細胞が存在します。

この環境を、腫瘍免疫微小環境と呼びます。

2022年に『頭頸部外科』へ掲載された辻川らの研究では、頭頸部がんの免疫環境を詳しく調べた研究成果が紹介されています。

中咽頭がん38例から見えた三つの免疫特性

研究グループは、HPV陽性中咽頭がん21例とHPV陰性中咽頭がん17例、合計38例の組織について、免疫細胞の種類や密度を解析しました。

その結果、免疫細胞の構成によって、リンパ球系優位型、低免疫細胞型、骨髄系優位型という三つの免疫特性が見いだされました。

一つ目のリンパ球系優位型は、T細胞などのリンパ球系免疫細胞が豊富なタイプです。

二つ目の低免疫細胞型は、腫瘍の中に入り込む免疫細胞が少ないタイプです。

三つ目の骨髄系優位型は、マクロファージや好中球などの骨髄系免疫細胞が豊富なタイプです。

この研究では、骨髄系優位の免疫特性が予後不良と関連する結果が報告されています。

さらに、口腔がんを含む頭頸部扁平上皮がんのTCGAデータを用いた解析でも、同様の傾向が検討されました。

ここで大切なのは、この三つの特徴が、すべての口腔がんを確実に分類できる完成した臨床検査というわけではないことです。

元の組織解析は中咽頭がん38例を対象としており、その後のデータ解析で、より広い頭頸部がんへの関連が探索されています。

それでも、がん組織に免疫細胞が多いか少ないかだけでは、その性質を十分に理解できないことが分かります。

どのような免疫細胞が存在しているのか。その細胞がどの程度働いているのか。がん細胞との位置関係はどうなっているのか。こうした違いが重要になるのです。

1枚の組織から14種類の目印を調べる

辻川らの研究では、多重免疫染色という技術が利用されています。

これは、1枚の組織切片で複数の分子を可視化し、さまざまな細胞を区別して調べる方法です。

研究では14種類のマーカーを利用する解析系が紹介され、免疫細胞の種類、密度、分布などが評価されています。

通常の病理診断が組織の形態を調べることを中心にするのに対し、こうした研究では免疫細胞がどこに存在し、どのような状態にあるかまで解析します。

ただし、14種類のマーカーを同時に調べることが、すべての一般的な病理検査で標準的に行われているわけではありません。

治療の前後で免疫環境が変わることもある

さらに同じ資料では、PCE導入化学療法を受けた進行頭頸部扁平上皮がん患者30例について、治療前後の組織60検体を比較した解析が紹介されています。

PCE療法とは、パクリタキセル、カルボプラチン、セツキシマブを組み合わせた治療です。

研究では、治療前に免疫細胞の浸潤が少なかった群で、治療後に免疫細胞密度とPD-L1のCPSが有意に増加しました。

また、リンパ球系優位型と低免疫細胞型では比較的良好な腫瘍縮小が認められた一方、骨髄系優位型では腫瘍縮小率が不良でした。

これはPCE化学療法についての研究であり、今回の広島大学のYAP/TAZ・PD-L2経路を直接操作したものではありません。

それでも、がん組織の免疫環境は、治療前からずっと同じ状態で固定されているわけではないことが分かります。

がん細胞だけを見るのではなく、その周囲に存在する免疫細胞も一緒に調べる必要があるのです。

PD-L2が多いがんは予後が悪いのに、免疫療法が効きやすいこともある?

今回の研究を理解するうえで、もう一つ興味深い疑問があります。

PD-L2は、がん細胞が免疫から逃れる働きに関係しています。それなら、PD-L2が多いがんは、単純に悪いがんということになるのでしょうか。

実は、過去の研究を見ると、そう簡単には言えないことが分かります。

2021年の研究ではPD-L2高発現が予後不良と関連

2021年、Qiaoらは頭頸部扁平上皮がんにおけるPD-L2と患者さんの予後の関係を報告しました。

研究では、腫瘍の62.7%でPD-L2の陽性所見が認められました。また、PD-L2の高発現は全生存期間の不良と関連していました。

さらに、PD-L2とCD3・CD8などの免疫細胞関連指標を組み合わせた解析では、良好な特徴を持つ群と不良な特徴を持つ群で、生存期間中央値が72か月と10か月という違いが報告されています。

ただし、この差はPD-L2だけによる比較ではありません。免疫細胞の状態も組み合わせた群間比較です。

2017年の研究では、抗PD-1療法への反応と関連

一方、2017年にYearleyらが発表した研究では、頭頸部扁平上皮がん患者さんのペムブロリズマブ治療と、PD-L2の発現との関係が調べられました。

その結果、PD-L1とPD-L2の両方が陽性だった群では、奏効率が27.5%でした。PD-L1が陽性でPD-L2が陰性だった群では、奏効率は11.4%でした。

PD-L2の陽性状態は、PD-L1の発現を考慮した後でも、治療反応との関連を示しました。

では、なぜPD-L2が多いと予後不良に関連する研究がある一方で、抗PD-1薬への反応がよい可能性を示す研究もあるのでしょうか。

免疫を抑える仕組みが、治療の標的になる

一つの考え方として、PD-L2が多いことでT細胞への抑制が強まり、がん細胞が生き残りやすくなる可能性があります。

しかし、抗PD-1薬はPD-1とPD-L2の相互作用も妨げます。そのため、PD-L2を介した免疫抑制が存在する腫瘍では、その抑制を解除する治療が作用する余地があるとも考えられます。

ただし、これは別々の研究結果をつなげた生物学的な解釈です。患者さん一人ひとりについて、PD-L2の量だけで予後や薬の効きやすさを決められることを証明したわけではありません。

予後因子と治療効果予測因子は違う

ここでは、二つの言葉を区別する必要があります。

予後因子とは、病気がどのような経過をたどるかに関係する指標です。

一方、治療効果予測因子とは、ある治療によって得られる利益の違いを予測する指標です。

例えば、ある分子を多く持つ患者さんが長く生存したとしても、それだけでは、その分子が特定の薬の効果を予測しているとは言い切れません。

治療を受けた場合と受けなかった場合、あるいは別の治療を受けた場合を比較する必要があります。

今回の広島大学研究でも、YAP/TAZに関係する遺伝子変化が免疫チェックポイント阻害薬の治療後の生存期間と関連していました。

しかし、その結果をそのまま、確立した治療効果予測検査として使える段階ではありません。

PD-L2には、免疫からの逃避に関わる分子でありながら、免疫療法の反応を考えるための手掛かりにもなり得るという、興味深い側面があるのです。

免疫チェックポイント阻害薬は、2026年にどこまで使われている?

今回の研究は、免疫チェックポイント阻害薬が今後どのような患者さんに有効なのかを考えるうえで、重要な基礎研究です。

では、現在の頭頸部がん治療では、免疫チェックポイント阻害薬はどこまで使われているのでしょうか。

抗PD-1薬は、がん細胞を直接殺す薬とは違う

一般的な細胞傷害性抗がん剤は、細胞分裂などの仕組みに作用し、がん細胞の増殖を抑えたり傷害したりします。

一方、免疫チェックポイント阻害薬は、免疫細胞の働きを抑える仕組みに介入します。

ペムブロリズマブやニボルマブなどの抗PD-1抗体は、PD-1に結合することで、PD-L1・PD-L2との相互作用を妨げます。

その結果、T細胞が持つ抗腫瘍免疫の働きを回復させることを目指します。

ただし、免疫のブレーキを解除しても、すべての患者さんで十分な治療効果が得られるわけではありません。がん細胞の抗原提示、周囲の免疫細胞の状態、他の免疫抑制経路など、さまざまな条件が関係しているためです。

PD-L1のCPSとは?

頭頸部がんの免疫療法では、PD-L1の発現を評価するためにCPSという指標が使われます。

CPSはCombined Positive Scoreの略称です。PD-L1陽性の腫瘍細胞と、特定の免疫細胞の数を評価し、腫瘍細胞数との関係から計算する指標です。

ただし、CPSはPD-L2の量を直接測るものではありません。

今回の広島大学研究で注目されたYAP/TAZの活性化やPD-L2の発現量は、将来の治療効果予測につながる可能性がありますが、現在のPD-L1検査と同じように確立した指標ではありません。

2026年2月、日本で新たな適応が承認された

2026年2月19日、日本ではペムブロリズマブについて、局所進行頭頸部がんにおける術前・術後補助療法への適応追加が承認されました。

これは、免疫療法が再発・転移性の頭頸部がんだけでなく、一定の切除可能な局所進行頭頸部がんにも組み込まれるようになったことを意味します。

ただし、すべての口腔がん患者さんが対象になるわけではありません。病期、切除可能性、治療方針、患者さんの全身状態などを踏まえて、専門医が適応を判断します。

KEYNOTE-689試験の714人

この承認の根拠となったのが、国際共同第III相試験KEYNOTE-689です。

対象となったのは、III期またはIVA期の局所進行頭頸部扁平上皮がん患者714人でした。

ペムブロリズマブ追加群に363人、標準治療群に351人が割り付けられました。

試験では、手術前にペムブロリズマブを投与し、手術後にも放射線療法などと組み合わせて使用する治療戦略と、標準治療を比較しています。

報告された無イベント生存期間(EFS)の中央値は、ペムブロリズマブを追加した群で51.8か月、比較対照群で30.4か月でした。

ハザード比は0.73で、95%信頼区間は0.58〜0.92でした。

国内の製品情報に示された片側ログランク検定ではP=0.00411、原著論文に示された両側検定ではP=0.008です。P値が異なるのは検定の方法が異なるためであり、別の臨床試験の結果という意味ではありません。

この結果は、試験で定義された病勢進行、再発、死亡などのイベントについて、ペムブロリズマブ追加群で発生リスクが低かったことを示しています。

ただし、無イベント生存期間は全生存期間とは異なります。

また、手術や放射線療法などを組み合わせた治療戦略の結果であり、ペムブロリズマブ単独で51.8か月の生存期間が得られたという意味でもありません。

全生存期間については、初回中間解析では有意差が確立していない

ここは臨床試験の読み方として、特に区別したい点です。

2024年7月25日をデータカットオフとする初回中間解析では、全生存期間(OS)について、あらかじめ定められた統計学的な有意差の基準を満たしませんでした。

実際、PD-L1 CPSが10以上の患者集団では、OSのハザード比が0.72、95%信頼区間が0.52〜0.98、片側P値が0.01793でしたが、事前に規定された有意水準0.0104には到達していません。

このため、あらかじめ決められていた多重性調整の手順に従い、CPSが1以上の集団や全患者集団について、OSの優越性の検定は行われませんでした。

EFSの延長が証明されたことと、全生存期間の延長が統計学的に証明されたことは、同じではありません。

なお、これは初回中間解析に関する説明です。将来の追跡結果まで否定するものではありません。

広島大学の研究が、この治療効果を証明したの?

いいえ。

KEYNOTE-689は実際の患者さんを対象にした臨床試験であり、今回のYAP/TAZ・PD-L2研究とは独立した研究です。

今回の広島大学研究によって、KEYNOTE-689の治療が有効だったと証明されたわけではありません。

また、KEYNOTE-689でYAP/TAZやPD-L2が治療選択用の検査として確立されたわけでもありません。

今回の基礎研究は、なぜ免疫療法が効く患者さんと効きにくい患者さんがいるのか、その違いを理解するための新たな手掛かりになる可能性があるのです。

なお、免疫チェックポイント阻害薬とは別に、薬剤と光照射を組み合わせた光免疫療法も存在します。両者は同じ治療ではありません。

光免疫療法については、光免疫療法(アルミノックス治療)という別の頭頸部がん治療で紹介しています。

免疫のブレーキを外す治療で、口の中が荒れることもある?

免疫チェックポイント阻害薬は、T細胞の働きを抑える仕組みを解除する治療です。

しかし、免疫の働きを変化させることによって、正常な組織にも影響が出る場合があります。これを免疫関連有害事象と呼びます。

免疫療法と口腔症状

2025年、MASCC/ISOOの専門家グループは、免疫療法に関連する口腔合併症の管理について臨床実践声明を発表しました。

そこでは、免疫療法に伴う口腔症状として、口腔粘膜や歯肉の炎症性病変、味覚障害、嚥下障害、口腔乾燥、唾液分泌低下などが紹介されています。

口腔扁平苔癬に似た粘膜病変が生じる場合もあります。こうした症状は、食事や会話、歯磨きなどの日常生活に影響することがあります。

KEYNOTE-689では口内炎も報告されている

先ほど紹介したKEYNOTE-689試験では、ペムブロリズマブ追加群だけでなく、標準治療群でも口腔に関係する副作用が報告されています。

安全性解析の対象となったのは、ペムブロリズマブ追加群361人と、標準治療群315人です。

まず、口内炎はペムブロリズマブ追加群で140人(38.8%)、標準治療群では164人(52.1%)に報告されました。

口内乾燥は、ペムブロリズマブ追加群で63人(17.5%)、標準治療群で68人(21.6%)でした。

味覚不全は、ペムブロリズマブ追加群で46人(12.7%)、標準治療群で56人(17.8%)でした。

嚥下障害は、ペムブロリズマブ追加群で37人(10.2%)、標準治療群で49人(15.6%)でした。

これらは試験の全治療期間で報告された副作用です。ここで、二つの点に注意が必要です。

第一に、両群とも手術や術後放射線療法などを含む治療が行われています。患者さんによってはシスプラチンも併用されています。

そのため、口内炎の38.8%という数字を、ペムブロリズマブ単独による免疫関連有害事象の発生率と考えることはできません。

第二に、今回の数字だけから「ペムブロリズマブには口内炎を予防する効果がある」と結論づけることもできません。

口腔症状の発生には、放射線療法の内容、併用薬、患者さんの状態、治療の実施状況など、さまざまな要因が関係します。試験の目的も、ペムブロリズマブの口内炎予防効果を証明することではありません。

数字だけを切り取って解釈すると、誤解につながる可能性があるのです。

免疫療法による口内炎と、放射線治療による粘膜炎は違う?

口の中が赤くなったり、痛みが出たり、潰瘍ができたりすると、見た目には似た症状になる場合があります。

しかし、免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連有害事象と、放射線療法や細胞傷害性抗がん剤による口腔粘膜障害では、発生の仕組みが異なります。

免疫関連有害事象では、免疫の調節機構が変化することによって炎症性の反応が生じます。

一方、放射線療法や細胞傷害性抗がん剤では、粘膜細胞や周囲組織への傷害、炎症などが関係します。

複数の治療を組み合わせている患者さんでは、症状の原因が一つとは限りません。実際の診療では、治療内容や症状の経過を踏まえて評価することが必要です。

口腔粘膜の異常を、すべて副作用と決めつけない

免疫療法中の患者さんに口内炎や粘膜のただれが見られた場合でも、それが必ず免疫関連有害事象とは限りません。

細菌や真菌などによる感染、歯や義歯による機械的刺激、既存の粘膜疾患、他の薬剤の影響、そして悪性病変などとの鑑別が必要になる場合があります。

免疫療法を受けているからといって、口の中の病変をすべて薬の副作用と判断することはできないのです。

歯科医院では、どのようながん治療を受けているのか、いつから症状があるのか、どのような薬剤が使われているのかなどを確認することが重要です。

必要に応じて、がん治療を担当する医療機関との情報共有が行われます。

口腔粘膜疾患の鑑別については、口腔粘膜の異常と免疫療法の副作用を含む鑑別の解説でも詳しく説明しています。

免疫の働きを調節する治療が、がんへの攻撃を助ける一方で、正常な口腔粘膜にも影響する場合がある。

免疫の仕組みを理解することは、治療の効果だけでなく、副作用を理解することにもつながるのです。

PD-L2を減らす新しい薬が、これから口腔がんを治すの?

今回の広島大学の研究を読むと、PD-L2を減らすことができれば、がん細胞を免疫で攻撃しやすくできるのではないかと期待したくなります。

実際、研究ではPD-L2を欠失させると、特定のT細胞攻撃実験でがん細胞の生存率が低下しました。

さらに、YAP/TAZの働きやBRD4、TEADなどに介入すると、PD-L2の発現が低下することも示されています。

では、この仕組みを利用した新薬がすぐに患者さんへ使えるのでしょうか。現時点では、そうではありません。

研究室で使う阻害物質と、治療薬は違う

今回の研究ではJQ1というBRD4阻害物質や、Stat3阻害薬S3I-201などが利用されています。

また、YAP/TAZとTEADの相互作用を妨げるための実験的な仕組みも使用されました。

これらは、特定の分子が本当にPD-L2の発現に関係するのかを調べるために役立ちます。

しかし、培養細胞でPD-L2が減少したからといって、その物質が人の口腔がんを安全に治療できるとは限りません。

薬剤が体内でどのように分布するか。正常な組織にどのような影響を与えるか。長期間使用した場合に問題がないか。

実際の患者さんで腫瘍を縮小させたり、生存期間を延ばしたりできるのか。こうした点を段階的に検証する必要があります。

YAP/TAZを抑えれば、増殖と免疫逃避の両方に作用できる?

今回の研究が興味深いのは、YAP/TAZが細胞増殖と免疫逃避の両方に関係している点です。

もしYAP/TAZの異常な働きを適切に抑えることができれば、がん細胞の増殖を抑えると同時に、PD-L2を介した免疫抑制にも介入できる可能性があります。

ただし、YAP/TAZは正常組織の維持や修復にも関わります。そのため、単に強く阻害すればよいというわけではありません。

がん細胞への作用と正常組織への影響を分けて評価することが必要です。

PD-L2にはPD-1以外の結合相手もある

さらに、PD-L2はPD-1だけに結合する分子ではありません。RGMbという別の受容体にも結合することが知られています。

2023年には、PD-L2とRGMbの相互作用が免疫療法への抵抗性と関係する可能性について、動物実験を中心とした研究が報告されています。

これは今回の広島大学研究とは別の研究ですが、PD-L2の働きがPD-1との関係だけでは説明しきれない可能性を示しています。

将来の治療開発では、PD-L2そのものを標的にするのか、PD-1との結合を妨げるのか、YAP/TAZなどの上流の仕組みを抑えるのか、さまざまな方法が検討されるかもしれません。

患者さんの腫瘍では、まだ確認できていないことがある

今回の論文では、研究者たち自身が臨床応用に向けた限界を説明しています。

特に重要なのは、患者さんの腫瘍組織を使って、Hippo経路の遺伝子変化、YAP/TAZの活性化、PD-L1・PD-L2の発現、免疫細胞の浸潤を直接対応づけて確認できていない点です。

患者データでは遺伝子変化と生存期間との関連が解析されました。細胞実験ではYAP/TAZとPD-L2の関係が検証されました。

しかし、この二つの研究結果を、同じ患者さんの腫瘍組織と臨床経過によって完全につなげられたわけではありません。

今後は、独立した患者集団を用いた検証や、腫瘍組織の多面的な解析などが必要になります。

また、研究に使われたヌードマウスでは正常なT細胞免疫を十分に評価できないため、免疫機能を持つ動物モデルでの検証も重要です。

今回の研究は、免疫療法の新しい可能性を示しています。しかし、その可能性を実際の患者さんの治療へつなげるためには、まだ多くの研究が必要なのです。

歯科医院は、免疫療法の研究とどんな関係があるの?

ここまで、がん細胞のDNAやタンパク質、T細胞の働きなど、診療室では直接見ることのできない世界を詳しく調べてきました。

では、こうした研究と、私たちが働く一般歯科医院には、どのような関係があるのでしょうか。

大きく分けると、口腔内の異常を見つけることと、がん治療を受ける患者さんの口腔管理に関わることが挙げられます。

口腔内の異変を確認する役割

口腔がんを含む口腔粘膜疾患では、症状や見た目だけで診断できない場合があります。

歯科医師は診察を通じて病変の状態を評価し、必要に応じて口腔外科などの専門医療機関へ紹介します。

一般歯科医院では、虫歯や歯周病の治療、メンテナンスなどで患者さんの口の中を見る機会があります。

その際、歯だけでなく、舌や頬粘膜などにも注意を向けることが、異常の早期発見につながる場合があります。

ただし、通常の歯科診療で口の中を見たからといって、すべての口腔がんを確実に発見できるわけではありません。

口腔粘膜疾患にはさまざまな種類があり、必要な場合には専門的な検査が重要になります。

がん治療の前後にも歯科医療が関係する

口腔がんを含む頭頸部がんの治療では、手術、放射線療法、薬物療法などが行われます。

治療内容によっては、口腔内の感染源の確認、歯周病や虫歯の管理、粘膜の清掃、義歯の調整、口腔機能の維持などが重要になります。

2020年に長崎大学病院の研究者らがまとめた周術期等口腔機能管理に関する総説でも、病院とかかりつけ歯科医院の連携が取り上げられています。

がん治療前から口腔内の状態を確認し、必要な処置を行うこと。入院中も患者さんの状態に合わせて口腔管理を行うこと。退院後に必要な歯科治療やメンテナンスを継続すること。

こうした連携は、がん治療を受ける患者さんの生活を支えるうえで重要です。

もちろん、口腔管理を行うことで今回のYAP/TAZ・PD-L2経路が抑えられると証明されたわけではありません。がんの分子機構に関する研究と、口腔管理の実務は別のものです。

それでも、患者さんの治療と生活を支えるうえでは、どちらも大切な役割を持っています。

歯科助手さんとして大切にしたいこと

歯科助手は、口腔がんの確定診断や免疫療法の適応判断を行う立場ではありません。診断や治療方針の決定は、歯科医師や担当の専門医が行います。

一方、歯科助手としては、診療の準備や介助、必要な情報の共有など、診療の流れを支える役割があります。

がん治療を受けている患者さんから、口腔乾燥や粘膜の痛み、食事のしにくさなどについて相談があった場合には、診療を担当する歯科医師へ正確に伝えることが重要です。

また、患者さんがどのような治療を受けているのか、どの医療機関と連携しているのかを理解することも大切だと思います。

がん細胞の分子を調べる研究そのものを、歯科助手が行うわけではありません。それでも、その研究の意味を知ることで、患者さんが受けている治療や検査をより深く理解できるようになります。

医科と歯科が互いの専門性を理解することの重要性については、医科歯科連携と口腔の診察についてでも取り上げています。

まとめ|がん細胞の「免疫ブレーキ」を知ることで見えてきたもの

今回の広島大学の研究では、口腔がんを含む頭頸部扁平上皮がんの免疫逃避について、新たな分子機構が示されました。

中心となったのは、細胞の増殖に関係するYAP/TAZと、免疫を抑えるPD-L2です。

LATS1/2を欠失させた細胞では、YAP/TAZの過剰な活性化に伴い、分化異常やゲノム不安定性に関係する変化が認められました。同時に、PD-L2の発現も増加しました。

そして、PD-L2を欠失させると、EGFR-CAR-T細胞による攻撃を受けたがん細胞の生存率が低下しました。

この結果は、PD-L2が単に増えているだけではなく、実際の免疫逃避に関係していることを支持します。

さらに研究者たちは、YAP/TAZ、TEAD、BRD4、スーパーエンハンサーなどが、PD-L2の遺伝子発現を促進する仕組みを検討しました。

がん細胞の増殖に関係する経路が、免疫細胞からの攻撃を逃れる働きにもつながっている。そのことが、今回の大きな発見です。

ただし、LATS1/2欠失に伴って確認されたゲノム不安定性が、どのような分子経路を通じて生じたのかについては、さらに検証が必要です。

また、ゲノム不安定性の増加が患者さんの免疫による抗原認識をどの程度高めるのか、YAP/TAZやPD-L2を使って実際に免疫療法の効果を予測できるのか、新しい阻害薬が患者さんの治療に役立つのかについても、今後の研究が必要です。

今回の研究だけで新しい口腔がん治療が完成したわけではありません。

それでも、なぜ免疫細胞が存在していてもがんが生き残るのかという疑問に対して、新しい説明が加わったことには大きな意味があります。

口の中にできた小さな病変を見つける診療。採取された組織を顕微鏡で調べる病理検査。がん細胞の中で働く分子を調べる基礎研究。そして、実際の患者さんで治療の効果や安全性を確かめる臨床研究。

それぞれは違う仕事ですが、口腔がんを理解し、患者さんによりよい診療を届けるためにつながっています。

診療室では直接見えない分子の働きにも、病気の仕組みを理解するための重要な情報が隠れている。

今回の研究を通じて、そんなことを改めて感じました。

よくある質問(FAQ)

Q1.免疫が正常に働いていれば、口腔がんにはならないのですか?

免疫には異常な細胞を認識して排除しようとする働きがありますが、すべてのがん細胞を確実に排除できるわけではありません。

がん細胞は抗原提示の仕組みを変化させたり、周囲の免疫環境を変えたり、PD-L1・PD-L2などによって免疫細胞の働きを抑えたりする場合があります。

今回の研究は、そのうちYAP/TAZとPD-L2に関係する仕組みを調べたものです。

日常生活で免疫力を高めればPD-L2の働きを確実に抑えられる、ということを示した研究ではありません。

Q2.PD-L1とPD-L2は同じものですか?

異なる分子です。

どちらもPD-1という受容体に結合し、T細胞の働きを抑える場合がありますが、発現する細胞や発現の調節機構には違いがあります。

今回の研究では、特にYAP/TAZの活性化がPD-L2の発現増強に関係することが示されました。

また、PD-L2がStat3を介したシグナルと関係し、PD-L1の発現にも影響する可能性が検討されています。

Q3.PD-L2が多いがんでは、免疫チェックポイント阻害薬がよく効くのですか?

PD-L2の発現と抗PD-1療法への反応との関連を示した研究はあります。しかし、PD-L2が多ければ必ず効くというわけではありません。

今回の研究でも、YAP/TAZやPD-L2を治療効果予測の指標として利用できる可能性が示されていますが、患者さんごとの治療選択に使える検査として確立したわけではありません。

実際の治療選択は、がんの種類や病期、患者さんの状態、承認された治療の適応などを踏まえて専門医が判断します。

Q4.歯科医院でPD-L2を調べれば、口腔がんかどうか分かりますか?

PD-L2の発現だけで口腔がんを診断することはできません。

口腔がんの診断には、口腔内の視診や触診、必要に応じた生検・病理検査などが重要です。

PD-L2は免疫逃避に関係する分子として研究されていますが、今回の研究によって、一般歯科医院で使用できる新しい口腔がん診断検査が完成したわけではありません。

Q5.痛くない口内炎や白い病変でも、歯科医院で診てもらった方がよいですか?

痛みがないことだけで、病変が良性かどうかを判断することはできません。

特に、2週間程度たっても治らない潰瘍、持続する白斑や紅斑、しこり、硬さの変化などがある場合には、歯科医師や口腔外科で確認してもらうことが大切です。

もちろん、こうした病変がすべて口腔がんというわけではありません。炎症や外傷など、さまざまな原因が考えられます。

大切なのは自己判断で放置せず、必要な診察や検査につなげることです。

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本記事は、2026年10月23日に発表された広島大学の基礎研究と、関連する医学研究・臨床試験を紹介するものです。特定の治療法の効果を保証するものではありません。患者さんごとの診断や治療方針は、担当する医療機関で判断されます。

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