2026年9月22日

(歯科助手さんの治療見学ノート)

はじめに
パンダが顎の矯正治療を受けた――。
そんなニュースを見かけて、どのような装置を使ったのだろうと論文を開いてみると、口腔内スキャナー、歯に接着する装置、矯正用のゴムが登場しました。人間の歯科治療でも見かける道具です。
さらに気になったのは、そのゴムを飼育員さんが毎日交換していたこと。デジタル技術で装置を作る工程と、日々の世話の中で治療を続ける工程が、一つの症例の中につながっていました。
今回の「歯科助手さんの治療見学ノート」は、ジャイアントパンダの治療を、論文と報道からたどる特別編です。現地で治療に立ち会った記録ではありませんが、診断から装置作り、毎日の管理、治療後の評価まで、順番に見ていきましょう。

ミルクを飲むことにも影響した、北侠の顎のずれ
治療を受けたのは、雄のジャイアントパンダ「北侠(Bei Xia/ベイシャー)」です。
2026年9月21日の人民網日本語版によると、北侠は2022年に生まれ、出生直後に母親との接触で左前肢と顎を負傷しました。左前肢の損傷は重く、生後24時間以内に切断手術を受けたとされています。その後、生後3か月ごろには授乳中にミルクが口からこぼれ、成長や発育にも影響が出るようになりました。人民網日本語版の報道
症例報告にも、生後3か月のころに下顎の偏りが認められ、成長とともに左へのずれが強くなったことが記されています。正常に吸うことや噛むことが難しくなっていたのです。
こうした状態に対して、四川大学華西口腔病院と成都ジャイアントパンダ繁育研究基地の専門家が協力し、人間の矯正歯科で使われてきた考え方を応用しました。
目指したのは、顎の位置関係を整え、口から栄養を取るための働きを回復させること。幼い北侠にとって、飲むこと、噛むことは、その後の成長にも関わる課題でした。
なお、9月に報道されたこの治療は、その時期に新しく始まったものではありません。経過をまとめた症例報告は、2026年5月8日に矯正歯科の学術誌『The Angle Orthodontist』でオンライン公開されています。今回たどるのは、その論文に記録された治療です。Fanらの症例報告
CTで見ていたのは、顎を支える骨の位置関係
「下顎が左へずれている」と聞くと、歯の並び方や、下顎の骨の長さに原因があるのかな、と考えたくなります。
北侠の検査では、もう少し広い範囲が調べられていました。顎の骨に加えて、顎関節と、その関節を支える頭蓋骨側の形や位置関係です。
顎関節は、下顎と頭の骨をつないでいる関節です。下顎側の先端にある「下顎頭」と、それを受ける頭蓋骨側のくぼみである「関節窩」が、顎の動きに関わっています。
北侠のCTでは、頭蓋骨の底の部分にあたる「頭蓋底」の左側の発育が十分でなく、左の関節窩が右に比べて後方に位置していると判断されました。一方、下顎の左側には、こうした位置関係に対応するような発育が見られ、下顎の一部の計測値は左のほうが大きくなっていました。
つまり、この症例を理解するには、頭蓋底、関節窩、下顎を組み合わせて見る必要があったのです。
著者らは、出生直後の外傷、左前肢の切断後に生じた瘢痕、体を支える力の不均衡などが関係した可能性を考察しています。ただし、どの要因がどれほど影響したのかは確定していません。「左前肢を失ったために顎がずれた」と、一つの原因だけで説明できる段階ではありません。
人間の診察でも、歯の接触と顎関節の動きを合わせて確認することがあります。当院の別の見学ノートでは、顎関節と下顎頭の動きを診察で確認する理由を紹介しています。対象や病態は異なりますが、口の中を見る際に、関節にも目を向ける理由を知る助けになります。
成長途中の北侠に選ばれた「機能的顎矯正」
治療方法としては、頭蓋骨への手術や顎矯正手術など、侵襲の大きな方法も候補として挙げられました。そのうえで、北侠の若さや発育状態を考慮し、より侵襲の小さい方法として「機能的顎矯正」が選ばれました。
少し難しい名前ですが、今回の治療の狙いは、装置で顎の位置関係や力のかかり方を変え、成長中の組織がそれに適応する働きを利用することです。
成長途中であれば、顎や関節の形態は変化していきます。その過程に働きかけようとしたわけですが、「ゴムで引けば、引いた方向へ骨がそのまま伸びる」という単純な仕組みではありません。歯を介して力が伝わるため、歯の位置や、歯を支える部分の変化も関わり得ます。
また、年齢だけで治療法が決まったわけでもありません。北侠が実際に飲食しにくくなっていたこと、画像でどのような形態が確認されたか、どの装置なら使用を続けられそうか。そうした条件を合わせた判断でした。
ここで覚えておきたいのは、論文の「生後3か月」は、顎の偏りに気づいた時期だということです。装置の装着開始月齢と同じだと読み替えることはできません。
パンダの歯型も、口腔内スキャナーで3Dデータに
治療の準備で使われたのが、口腔内スキャナーの「iTero Element 5D」です。北侠の上顎と下顎の歯列を読み取り、デジタル模型を作成していました。
口腔内スキャナーは、口の中で見えている歯などの表面を光学的に読み取り、立体的な形のデータにする機器です。北侠の治療では、この歯列データがオーダーメードの装置を設計する土台になりました。
ここで、先ほどのCTとの違いを整理しておきましょう。
口腔内スキャンで得たいのは、主に歯の表面の形や並び方の情報です。装置をどの歯に合わせ、どこへ接着するかを考える際に役立ちます。
一方、CTは、頭蓋骨や下顎の骨格、関節周囲の形態や位置関係を調べるために使われました。どちらも立体的な画像として表示できますが、記録している情報と、その使い道が違います。
「歯列を3Dにできるなら、スキャナーだけで顎の骨も分かる」ということではないのですね。光学印象の仕組みは、口腔内スキャナーで歯型を3Dデータにする仕組みでも詳しく紹介しています。

歯科助手としては、パンダの口でどうやって読み取りを進めたのかも気になるところです。ただ、今回の論文には、スキャン時の麻酔の有無や所要時間などの詳しい条件は記されていません。そこは想像で補わず、上下の歯列データを取得して設計に使った、という確認できる工程を追っていきます。
装置選びには「パンダが使い続けられるか」という条件も
歯列データがあっても、人間用の装置をそのまま選べるわけではありませんでした。
人間の機能的矯正装置には、自分で取り外せるものもあります。たとえば「ツインブロック」は、その一つです。しかし、パンダに装置の使い方を説明し、決められた位置に保って使ってもらうことは難しいと考えられました。
次に候補となったのが、「Forsus」という固定式の装置です。こちらも、パンダの強い力で壊され、金属を飲み込んだり、気道をふさいだりするおそれが懸念され、採用されませんでした。
最終的に選ばれたのは、歯に接着するフック付きの装置と、矯正用ゴムを組み合わせる方法です。
装置選びには、必要な方向に力をかけられることに加えて、北侠の口や行動に合うこと、治療中の管理が可能であることも関わっていました。
論文のこの部分を読むと、治療計画には「どのように効かせるか」と「どのように使い続けるか」が一緒に含まれていることが分かります。
画面上の設計を、歯に接着する装置へ
装置は、歯列のデジタル模型上で設計されました。
接着する部分はメッシュ状で、ゴムを掛けるためのフックが付いています。上顎右側の奥歯、下顎左側の奥歯、上下左右の犬歯に対応する装置が計画されました。
画面上で歯列に合わせ、ゴムを掛けた状態も検討してから、3Dプリントを用いた歯科技工の工程で製作されています。装置の形だけでなく、ゴムをどの位置からどの位置へ掛けるかまで、設計につながっていたのです。

実際の装着時には、専門の獣医師による全身麻酔が行われました。そのうえで、歯面を処理し、洗浄・乾燥を行い、矯正用の接着材で装置を固定しています。
この工程にも、人間の矯正歯科で使われる接着の手順が登場します。装置を用意するだけでなく、それを歯面へ保持させるための準備が必要だったわけです。
大きな特徴は、歯に接着した装置のフックを、次の工程で力をかける場所として利用したことでした。装置の設計・装着工程を記載した原著
左右で違う掛け方と、前方の斜めの1本――3本のゴムをどう使った?
ここからが、今回の治療の仕組みを理解するうえで面白いところです。
北侠の下顎は左へ偏っていました。そこで、3本の矯正用ゴムを組み合わせ、下顎を右へ誘導するとともに、左右の力のかかり方を調整しようとしました。
以下の「左」「右」は、すべて北侠自身の左右です。向かい合って見ている人の左右ではありません。
左側は、上の前方と下の奥歯をつなぐ
左側には「Class IIエラスティック」と呼ばれる掛け方を使っています。上顎左側の犬歯と、下顎左側の奥歯側の装置をつなぐ形です。
下顎側の接続点に注目すると、前方へ引く力の成分が働きます。
右側は、上の奥歯と下の前方をつなぐ
右側は「Class IIIエラスティック」です。上顎右側の奥歯側の装置と、下顎右側の犬歯をつないでいます。
こちらは、下顎側の接続点を後方へ引く力の成分を持ちます。
前方には、右上と左下をつなぐ斜めのゴム
さらに、上顎右側の犬歯と下顎左側の犬歯を、斜めのゴムでつないでいました。
下顎側には右方向へ引く力の成分が働きます。左右の前後方向の力に、この斜めの力も組み合わせたのです。
「左は前へ、右は後ろへ、前方は右へ」と整理すると、治療の狙いが少し見えてきます。
ただし、これは前後・左右の方向に注目した説明です。実際のゴムは斜めに掛かるため、上下方向の力も生じます。また、ゴムの両端に力が働くので、上顎側も力を受けます。下顎の骨だけが、矢印どおりに動く仕組みではありません。
Class IIとClass IIIという名前も、この説明では主にゴムの掛け方の違いを表しています。片方が「成長を促す特殊なゴム」で、もう片方が「成長を止める特殊なゴム」だった、という意味ではありません。
どこに掛けるかによって、力の向きが変わる。その組み合わせを、北侠の顎の位置関係に合わせて考えた治療だったのです。原著の装置配置と力の方向

ゴムを毎日交換したのは、飼育員さんだった
論文には、ゴムの規格と管理方法も記されています。
使用したのは、直径5/16インチ、表示強度8 ozの矯正用ゴム3本。飼育員さんが掛け、24時間ごとに交換していました。
一般の読者がこの数字を覚える必要はありませんが、治療の内容が「ゴムで引いた」という一言で終わらず、どのようなゴムを、誰が、どの頻度で管理したかまで記録されている点が印象に残ります。
北侠は当初、装置やゴムを繰り返し外そうとしたものの、次第に慣れていったと報告されています。治療は約6か月続きました。
口の中に装置を付ける工程は、一度きりの大きな出来事として目を引きます。その後の毎日に目を向けると、ゴムを掛け替える管理も治療を続けるうえで欠かせない工程だったことが分かります。
矯正用ゴムは、使っている間ずっと同じ力を保つわけではありません。ヒトの顎間ゴムを調べた2025年の研究でも、使用時間とともに力が低下することが示されています。ただし、その研究で使われたゴムの規格や条件は、北侠のものとは異なります。北侠のゴムがどれだけ弱くなったかや、24時間という交換間隔が最適だったかを調べた研究ではありません。顎間ゴムの力の変化を調べた研究
人間の矯正でも、ゴムの掛け方や交換頻度は、それぞれの治療に合わせた指示に従うものです。北侠の毎日の交換は、今回の症例で採用された管理方法として読んでください。

なお、装置を接着した際の全身麻酔と、日々のゴム交換は別の工程です。論文は飼育員による交換を記していますが、そのたびの麻酔や保定の条件までは詳しく述べていません。「毎日麻酔をした」「麻酔なしで簡単に交換できた」のどちらも、本文からは断定できません。
約6か月後、食べる機能とCTにはどんな変化が見られた?
治療後の結果は、「どのように口を使えるようになったか」と「画像でどのような形が確認されたか」に分けて読むと、理解しやすくなります。
まず、口の働きです。論文では、下顎の偏りがほぼ修正され、正常な咀嚼や咬合の機能が回復したと報告されています。吸う、噛み切る、飲み込むという動作もできるようになったと記されています。
授乳や摂食に支障があったという治療前の状態を思い出すと、こうした機能の変化は大きな意味を持ちます。一方で、専用の検査によって噛む力や飲み込む能力を数値化し、何%改善したと示した報告ではありません。
次に、CTです。治療後のCTでは、下顎の偏りの改善に加えて、左右の関節窩の前後的な位置が近づいていました。
原著では、関節窩から頭蓋骨の後方の基準位置までの距離を測っています。その値は、次のように変化していました。
- 治療前:左41 mm、右52 mm。左右差は11 mm。
- 治療後:左60 mm、右62 mm。左右差は2 mm。
この計測では、左右の差が小さくなったことが分かります。著者らは、発育が遅れていた左側の頭蓋底に、追いつくような成長が生じたと解釈しています。

ここで注意したいのは、これが、成長中の同じ個体を治療前後で比べた結果だということです。治療を受けていない比較対象がないため、自然な成長と、治療による変化がそれぞれどれだけ含まれるかは分けられません。
左右差が11 mmから2 mmになったことを「骨が9 mm再生した」と表現したり、左側の数値の増加分を、そのまま「ゴムで伸ばした量」としたりすることはできないのです。
また、装置を外した後、固定に用いた歯に動揺は認められなかったと記されています。装置を支えた歯の状態にも目を向けている点は、治療経過を読むうえで大切な情報です。原著の治療結果とCT比較
竹を食べるパンダの顎には、横へ動く意味もある
ここで少し、パンダの食事の話へ寄り道してみます。
パンダが竹を食べている姿を見ると、太い竹を噛み砕く力に目が向きがちです。ところが、その口の働きには、顎を横へ動かすことも関わっています。
2021年の形態学的研究では、パンダの顎関節や歯の形と、竹を食べることへの適応が調べられています。顎の横方向への動きと、小臼歯を使って竹の外側を剥ぐ働きとの関係が示されています。Vallittuらによるパンダの顎関節の研究
これは北侠の治療効果を測った研究ではなく、パンダの頭蓋骨などを調べた別の研究です。研究に含まれたパンダの頭蓋骨は2点であり、北侠の顎運動を治療前後に測定したものでもありません。それでも、パンダの「噛める」を考えるとき、上下に口を閉じることに加えて、動かしながら食べ物を処理する働きにも目を向けたくなります。
人間の歯科でも、噛んだ位置と、顎を動かす途中では確認する情報が変わります。その違いは、「カチカチ」と「ギリギリ」で確認する情報の違いで紹介しています。パンダと人間の顎を同じものとして扱うことはできませんが、食べる動作を立体的に考えるきっかけになります。

人間の子どもの矯正にも、そのまま当てはまる?
成長中のパンダに、顎の位置や力のかかり方を調整する治療を行った。そう聞くと、人間の子どもの顎のずれについても気になる方がいるかもしれません。
今回の症例で共有されているのは、成長段階を評価し、顎の位置関係を調べ、力の方向や装置の使いやすさを考えて治療する、という視点です。
ただし、今回の応用の出発点は人間の矯正歯科にあります。人間で用いられてきた考え方を、北侠の状態に合わせて組み直したものです。パンダ1頭で改善が見られたことをもって、人間の機能的矯正装置の効果が新しく証明されたわけではありません。
人間の機能的装置については、人間を対象とした研究を読む必要があります。たとえば、ツインブロックで治療した17人と、治療を受けていない9人の8か月間の変化を比較した研究があります。過去の診療記録や画像を用いて、顎関節周囲の三次元的な変化を調べた「後ろ向き研究」です。規模の小さい研究ですが、成長中は治療を受けない場合にも形態が変化するため、比較対象を置く意味が分かります。Jiangらによるツインブロックの研究
そのうえで、歯の位置が変わったのか、歯を支える部分が変わったのか、顎の骨格に変化があったのかを分けて評価します。治療終了直後の変化と、その後も保たれる変化も、同じではありません。
実際の子どもの治療では、歯の生え替わりや成長段階、骨格の特徴、顎のずれ方などによって判断が変わります。「成長期なら、同じゴムで治せる」「できるだけ早く始めればよい」「6か月で治る」といった結論にはつながりません。
北侠の症例からは、成長を治療計画の中でどう考えるかという問いを受け取ることができます。その答えは、それぞれの患者さんの診断と、人間で積み重ねられた研究に照らして考える必要があります。
「世界初」の新しさと、1症例から分かること
今回、報道で「世界初」とされたのは、ジャイアントパンダの下顎の非対称に対する機能的顎矯正治療です。動物への歯科治療が初めて行われた、という意味ではありません。
ニュースとしての意外性はありますが、論文を読んでいて面白いのは、治療の判断や工程が具体的に示されていることでした。
何を画像で調べ、どんな装置を候補にし、なぜ別の方法を選んだのか。歯列のデータをどう設計につなげ、ゴムをどの方向に掛け、日々どう管理したのか。そして、治療後に何を観察したのか。
1頭の症例でも、こうした経験を記録して共有する価値があります。
一方、この報告だけでは、ほかのパンダでも同じように改善するか、どの装置要素がどれだけ結果に寄与したか、成長が進んだ後もどの程度安定するかまでは分かりません。成功率や長期の再発率を示す報告でもありません。
「世界初」という新しさと、治療効果についてどこまで言えるかは、それぞれ確かめながら読む必要があります。その両方を見ておくと、この症例の工夫を、無理に大きく見せることなく理解できます。
よくある質問
Q.パンダも、人間と同じように歯列矯正をしたのですか?
歯に装置を接着し、矯正用ゴムで力をかけた点には、人間の矯正歯科と共通する工程があります。今回の治療では、成長中の下顎の偏りを改善し、吸う・噛む・飲み込むといった機能を回復させることが目標でした。人間の矯正治療をそのまま再現したものではなく、パンダの状態に合わせて装置や管理方法が検討されています。
Q.歯全体にワイヤーを通す装置だったのですか?
原著に記載されているのは、歯に接着したフック付きの装置と、3本の矯正用ゴムを組み合わせる方法です。一般的な、歯列に沿ってブラケットとワイヤーを並べる装置をイメージすると、今回の構成とは異なります。
Q.口腔内スキャナーだけで、顎の骨まで調べられるのですか?
今回の口腔内スキャンは、歯列の表面形状をデータにし、装置の設計に利用するためのものです。頭蓋骨や下顎、顎関節周囲の骨格の評価にはCTが使われました。二つの検査は、調べる情報と役割が異なります。
Q.ゴムを交換するたびに、全身麻酔をかけたのですか?
論文には、装置の接着時と治療後のCT検査で全身麻酔を行ったことが明記されています。毎日のゴム交換は飼育員が行ったとされていますが、その際の麻酔や保定などの詳細は記載されていないため、交換のたびにどうしていたかは断定できません。
Q.人間の子どもにも、同じゴムの掛け方が使えますか?
この症例だけを根拠に、同じ掛け方を当てはめることはできません。人間の治療では、歯並び、骨格、顎関節、成長段階などを診断して方法を決めます。矯正用ゴムを使っている方も、この例を参考に自己判断で掛け方や本数を変えず、担当する歯科医師の指示に従ってください。
Q.6か月で治療が終われば、その後も顎はずれませんか?
約6か月は、北侠の症例で報告された治療期間です。その後の成長を通して生涯ずれないことや、一般的な再発率を示す数字ではありません。治療後に観察された改善と、長期にわたる安定性は分けて考える必要があります。
今回の見学ノート――装置を作る工夫と、毎日続ける工夫
最初は「パンダにも口腔内スキャナーを使うのだ」という驚きから読み始めた論文でした。
読み終えて印象に残ったのは、歯列を記録し、装置を設計し、歯面を整えて接着し、毎日ゴムを交換し、機能と画像で経過を確かめるという、治療全体のつながりです。
画面上の設計を、実際の口の中で使える装置へつなげる人がいる。その装置を使う北侠を、毎日支える人がいる。歯科と獣医療、飼育のそれぞれの仕事が、同じ治療の中にありました。
歯科助手として普段目にする道具や準備が、こうした専門家の判断と工夫を通じて、パンダの「飲む」「食べる」を支える治療にも使われていた。そのことが、今回のいちばんの発見でした。
主な参考資料
- Fan Q, et al. Functional orthopedic treatment for mandibular asymmetry in a giant panda with amputation. The Angle Orthodontist. 2026;96(4):381–389. DOI: 10.2319/013125-102.1
- 人民網日本語版「世界初となるパンダの顎の矯正治療に成功」2026年9月21日公開。記事
- Ptáčková L, et al. Force Degradation of Intermaxillary Latex Elastics: Comparative In Vitro and In Vivo Study. Clinical and Experimental Dental Research. 2025;11(1):e70072. DOI: 10.1002/cre2.70072
- Vallittu PK, et al. Temporomandibular joint and Giant Panda’s (Ailuropoda melanoleuca) adaptation to bamboo diet. Scientific Reports. 2021;11:14252. DOI: 10.1038/s41598-021-93808-2
- Jiang YY, et al. Three-dimensional cone beam computed tomography analysis of temporomandibular joint response to the twin-block functional appliance. Korean Journal of Orthodontics. 2020;50(2):86–97. DOI: 10.4041/kjod.2020.50.2.86
