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「永久歯のむし歯経験ゼロ」の子から新たなむし歯の8割超?小学生3,321人を4年間追跡

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2026年10月22日

「永久歯のむし歯経験ゼロ」の子から新たなむし歯の8割超?小学生3,321人を4年間追跡

(歯科衛生士さんのある日の日誌)

はじめに――「今までむし歯ゼロでした」は、とても良い知らせです

「むし歯がない」と聞いて安心するのは当然のこと

例えば、こんな場面を考えてみてください。

小学生のお子さんの歯を見ていると、保護者の方から、こんなお話を聞くことがあります。

「今まで一度も永久歯にむし歯ができたことがないんです」

「学校の歯科健診でも、いつもむし歯なしと言われています」

「このまま大人の歯も、全部むし歯なしで育ってほしいですね」

そう聞くと、私も素直にうれしくなります。

むし歯がないというのは、とても良いことです。

痛い思いをせずに済んでいることも、歯を削らずに済んでいることも、これから長く使う永久歯を良い状態で維持できていることも、どれも大切なことだと思います。

歯科衛生士としては、治療が必要な場所を見つけるだけではなく、今ある健康な歯を守っていくことも大切な仕事です。

ですから、「むし歯ゼロ」という結果を聞いたときに、無理に不安を感じる必要はありません。

ただ、その一方で、私たちが忘れてはいけないこともあります。

「今までむし歯がなかった」ということと、「これからも絶対にむし歯にならない」ということは、同じではない。

特に小学生の時期は、乳歯から永久歯への生え替わりが進み、お口の中の環境が毎年少しずつ変わっていきます。

去年はまだ生えていなかった奥歯が、今年は顔を出しているかもしれません。

今まで歯ブラシが届きやすかった場所も、新しい歯が生えることで磨きにくくなる場合があります。

そんなことを考えながら子どもたちの歯を見ているのですが、今回、とても興味深い日本の研究が発表されました。

ところが、日本の小学生を4年間追跡すると意外な結果が

2026年9月30日、東京科学大学が小学生のむし歯予防に関する研究成果を発表しました[2]。

東京都足立区の小学生3,321人を、小学2年生から6年生まで4年間追跡した研究です。

その結果には、少し驚かされます。

研究開始時点で永久歯のむし歯経験がなかった子どもたちから、4年間に新しく増えた永久歯のむし歯経験本数の80%以上が生じていたのです[1]。

「えっ、むし歯がなかった子どもから、そんなにたくさん?」

そう感じるかもしれません。

でも、ここにはもう一つ大切な結果があります。

過去にむし歯経験があった子どもの方が、一人当たりで見ると、その後もむし歯経験が増えやすかったのです。

つまり、

一人ひとりを見ると、過去にむし歯があった子どもの方が高リスク。

それなのに、子どもたち全体で数えると、むし歯経験ゼロだった子どもたちから、新しいむし歯の大部分が生じていた。

一見すると、矛盾しているように感じます。

どうして、こんなことが起きるのでしょうか。

実はこの結果には、予防医学で昔から知られている「予防のパラドックス」という考え方が関係しています。

今日はこの研究を詳しく読みながら、むし歯がない子どもにとっての予防の意味を、歯科衛生士の立場から考えてみたいと思います。

東京科学大学が発表した、小学生3,321人の4年間の研究

調査が行われたのは東京都足立区

今回の中心となる論文は、2026年の国際学術誌『Journal of Dentistry』に掲載された研究です。

正式な論文タイトルは、

Evaluation of caries incidence and caries risk among elementary school children in Japan: results from A-CHILD longitudinal study

です。

日本語にすると、「日本の小学生におけるむし歯発生とむし歯リスクの評価――A-CHILD縦断研究の結果」といった意味になります。

研究を行ったのは、東京科学大学の島田怜実氏、相田潤氏、伊角彩氏、藤原武男氏らの研究グループです。

論文は2026年6月27日にオンラインで先行公開され、東京科学大学は9月30日に研究成果を公式に発表しました[1,2]。

使用されたのは、東京都足立区の子どもたちの健康や生活環境を調べている「A-CHILD研究」のデータです。

A-CHILD研究では、子どもの健康状態だけでなく、家庭の経済状況や生活環境なども調べられています。

今回の研究では、このデータと学校歯科健診の記録を組み合わせ、永久歯のむし歯経験が4年間でどのように変化したかを検討しました。

小学2年生から6年生までを追いかけた

研究開始時点は2016年です。

対象となった子どもたちは小学2年生で、年齢は7〜8歳でした。

2016年の開始時調査には4,358人が回答し、回答率は81.4%でした。

その後、2020年の小学6年生の時点で3,669人が追跡され、追跡率は84.2%でした。

今回の解析に最終的に使用されたのは、必要な情報がそろった3,321人のデータです。

研究期間と人数を整理すると、次のようになります。

調査段階 学年・時期 人数
開始時調査 2016年・小学2年生 4,358人
追跡時調査 2020年・小学6年生 3,669人
最終解析 2016〜2020年のデータ 3,321人

この研究は、子どもたちを毎日観察したというものではありません。

学校歯科健診で記録された2016年と2020年の永久歯の状態を比較し、4年間にむし歯経験本数がどれだけ増えたかを調べています。

また、研究開始時点と追跡時点の両方で情報が得られ、最終的な解析に必要な情報がそろった児童が対象となっています。

そのため、最初に回答した4,358人全員が、そのまま統計解析に含まれているわけではありません。

このような研究では、途中で追跡できなくなった子どもや、必要な情報がそろわなかった子どもがいることも、結果を読むときに考慮する必要があります。

何を調べ、どのように比較したのか

研究者たちは、主に2つの条件に注目しました。

一つは、2016年時点で永久歯に何本のむし歯経験があったか。

もう一つは、家庭の所得水準です。

そして、2020年までに新たな永久歯のむし歯経験本数がどれだけ増えたかを調べました。

むし歯経験については、開始時点で0本、1本、2本以上という3つのグループに分けています。

所得についても、3つのグループに分けています。

そのうえで、過去のむし歯経験や所得が、将来のむし歯経験本数の増加とどのように関連しているかを統計的に調べました。

ここで一つ、最初に確認しておきたいことがあります。

この研究は、特定の予防法を行った子どもと、行わなかった子どもを比較した介入試験ではありません。

フッ化物洗口を行ったら何%むし歯が減った、という研究でもありません。

研究の目的は、どのような子どもたちから新たなむし歯経験の増加が生じていたのか、その分布と関連要因を明らかにすることでした[1]。

この違いは、後半で具体的な予防方法を考えるときにも重要になります。

研究でいう「むし歯ゼロ」とは、どういう意味?

永久歯のむし歯経験を数えるDMFT

今回の研究を正しく理解するには、「むし歯経験ゼロ」という言葉の意味を確認する必要があります。

研究で使用されたのは、DMFTという指標です。

少し専門的な言葉ですが、考え方はそれほど難しくありません。

DMFTは、永久歯について、これまでにむし歯の影響を受けた歯を本数で数える方法です。

Dは未治療のむし歯がある歯。

Mはむし歯が原因で失われた歯。

Fはむし歯の治療を受けた歯。

Tは歯の本数を意味します。

例えば、未治療のむし歯が1本、むし歯を治療して詰め物が入った歯が2本あれば、DMFTは3になります。

反対に、これらに該当する永久歯が一本もなければ、DMFTは0です。

重要なのは、DMFTは「今、むし歯の穴が開いている歯の本数」ではないということです。

むし歯を治療してきれいな詰め物が入っていても、過去にむし歯を経験したことは変わりません。

そのため、治療済みの歯もDMFTに含まれます。

また、1本の歯に複数の治療箇所があっても、DMFTは基本的に歯の本数で数えます。

むし歯になった歯面の数を調べる指標とは異なります。

この違いは、後ほどフッ化物洗口の研究を紹介するときにも関係してきます。

乳歯にむし歯がなかった、という意味ではない

さらに大切なのが、今回の研究で対象になったのは永久歯だという点です。

乳歯のむし歯経験を含めて、「生まれてから一度もむし歯になったことがない子ども」を調べたわけではありません。

例えば、幼稚園の頃に乳歯を2本治療したことがある子どもでも、小学2年生の時点で永久歯にむし歯経験がなければ、今回の研究ではDMFTゼロのグループに入ります。

この違いは、患者さんに説明するときにも気をつけたいところです。

「永久歯は今までむし歯になっていない」ということと、「乳歯を含めてむし歯を経験したことがない」ということは、同じではありません。

もちろん、乳歯にむし歯があったことも、子どものむし歯リスクを考えるうえでは参考になる情報です。

ただし、今回の研究では、過去の乳歯のむし歯経験を含む総合的なリスク評価によって子どもたちを分類したわけではありません。

あくまでも、開始時点の永久歯DMFTを基準に分類しています。

そのため、論文中の「むし歯経験ゼロ群」という言葉を、「生まれてから一度もむし歯になったことのない子どもたち」と置き換えることはできません。

ごく初期のむし歯まで、すべて分かるわけではない

もう一つ、研究の測定方法にも注意が必要です。

今回の研究では、学校歯科健診のデータを使用しています。

原著によると、歯科医師が学校で歯科用ミラーなどを使用して診査し、国の基準に沿ってむし歯を記録しています。

むし歯の評価では、国際的な診査基準であるICDASのコード2を超える病変が対象とされています[1]。

そのため、歯の表面で起きているごく初期の変化まで、すべて同じように数えているわけではありません。

また、学校歯科健診は、歯科医院で時間をかけて行う詳細な診査とは目的や条件が異なります。

「学校健診でむし歯なし」という結果は大切ですが、それだけで、歯と歯の間や新しく生えた歯の状態まで完全に評価できたとは限りません。

今回の研究でいう「むし歯ゼロ」は、2016年時点の学校歯科健診で記録された永久歯DMFTが0だったという意味です。

ここを理解すると、研究の数字もずっと読みやすくなります。

研究開始時点で、93.6%の子どもは永久歯のむし歯経験ゼロだった

3,321人を3つのグループに分けると

では、研究開始時点の子どもたちの状態を見てみましょう。

2016年、小学2年生だった3,321人を、永久歯DMFTによって分けた結果は次のとおりです。

開始時の永久歯DMFT 人数 割合
0本 3,108人 93.6%
1本 126人 3.8%
2本以上 87人 2.6%
合計 3,321人 100%

驚くほど大きな割合を占めているのが、最初のグループです。

3,321人のうち3,108人、実に93.6%が、研究開始時点で永久歯のむし歯経験ゼロでした。

反対に、永久歯のむし歯経験が1本以上あった子どもは合計213人で、全体の6.4%でした[1]。

この大きな人数差が、今回の研究を理解するうえで、非常に重要になります。

むし歯経験のある子どもは、全体では6.4%だった

ここで少し考えてみます。

仮に、過去にむし歯経験がある子どもを、将来むし歯になりやすいグループとして重点的に予防するとします。

もちろん、それは重要な考え方です。

でも今回の集団では、その対象になる子どもは213人でした。

一方、永久歯のむし歯経験がなかった子どもは3,108人います。

もし予防の対象を213人だけに限定してしまったら、残る3,108人についてはどうなるのでしょうか。

ここが、この研究で問われていることの一つです。

ただし、3,108人全員について、専門的なリスク評価で「むし歯になりにくい」と判定されたわけではありません。

研究では永久歯DMFTを使って分類したのであって、食生活やフッ化物利用、口腔内の状態などを総合して、低リスクと認定したわけではないからです。

その意味でも、「過去の永久歯のむし歯経験がゼロ」という表現が最も正確です。

小学2年生という年齢も、93.6%を考えるうえで大切

この研究は小学2年生から始まっています。

小学2年生というと、永久歯への生え替わりがまだ進んでいる途中です。

6歳頃から生え始める第一大臼歯や永久前歯は出てきていても、すべての永久歯が生えそろっているわけではありません。

その後、小学6年生までの4年間に、新しい永久歯が次々と生えてくる子どももいます。

つまり、研究開始時点で永久歯DMFTがゼロだったとしても、それは永久歯がすべて生えそろった大人の「むし歯経験ゼロ」と、まったく同じ条件ではありません。

まだ生えていない永久歯は、当然ながら、その時点の永久歯DMFTにむし歯経験として数えられることはありません。

この年齢的な特徴も、結果を理解するうえで考慮したいところです。

ただし、今回の研究は、93.6%という割合の高さが永久歯の萌出状況によってどの程度説明されるかを、個別に検証したわけではありません。

ここは研究の結果と、歯科臨床から考えられる背景を分けて理解する必要があります。

新たなむし歯経験本数の約86.6%が、最初はゼロだった子どもから

4年間で増えた永久歯DMFTを合計すると1,298本

ここからが、今回の研究で最も興味深い部分です。

2016年から2020年までの4年間で、永久歯DMFTがどれだけ増えたかを、開始時のむし歯経験別に集計しました。

原著論文のTable 2には、実測データに基づく増加本数が示されています。

その結果は、次のとおりでした。

開始時の永久歯DMFT 4年間の増加本数 全体に占める割合
0本 1,124本 約86.6%
1本 95本 約7.3%
2本以上 79本 約6.1%
合計 1,298本 100%

全体で1,298本の永久歯DMFTの増加が記録されました。

そのうち、開始時点で永久歯のむし歯経験がゼロだった子どもたちから生じた増加は1,124本です。

反対に、開始時点で1本以上のむし歯経験があった子どもたちの増加は、合わせて174本でした。

ここで注目したいのは、1,124本と174本という差です。

一人当たりのリスクをまだ考えず、集団全体で新しく増えたむし歯経験本数だけを見ると、開始時にDMFTゼロだったグループが大部分を占めていたのです[1]。

なお、1,298本は研究上の処理を行った後の集計です

ここで、数字の計算方法について一つ補足しておきます。

今回の研究では、2016年よりも2020年のDMFTが少なく記録されていた児童が107人いました。

DMFTは過去のむし歯経験を含む指標なので、本来、過去のむし歯経験が消えたように減少することは想定しにくいものです。

研究者たちは、こうした減少が学校歯科健診の記録上の分類違いなどによって起きた可能性を考えています。

そこで、107人については、減少した値をそのまま集計するのではなく、4年間の新たなむし歯経験の増加本数をゼロとして扱いました。

つまり、先ほどの1,298本は、この処理を行ったうえで集計された数字です。

107人のむし歯経験が実際になくなったという意味ではありません。

この扱いが研究結果に与える影響については、後半の「研究の限界」で詳しく確認します[1]。

「1,124本÷1,298本」が示すこと

この割合を計算すると、

1,124本 ÷ 1,298本 × 100 = 約86.6%

となります。

4年間に新しく増えた永久歯のむし歯経験本数のうち、約86.6%が、研究開始時点でDMFTゼロだった子どもたちから生じていました。

これが、今回の研究で特に注目したい数字です。

ただし、ここには大切な注意点があります。

この86.6%は、むし歯になった子どもの割合ではありません。

新しく増えた「歯の本数」を基準にした割合です。

例えば、一人の子どもに新たに2本のむし歯経験が生じた場合、DMFTの増加は2本になります。

ですから、1,124本という結果から、1,124人の子どもが新しくむし歯になったとは判断できません。

同じ子どもが複数本の増加を経験している可能性があるからです。

86.6%だからといって、86.6%の子どもがむし歯になったわけではない

数字を読むときに、もう少し整理してみましょう。

今回の研究には、似ているようで意味が異なる割合が2つあります。

一つ目は、93.6%。

これは、研究開始時点で永久歯DMFTがゼロだった「子どもの人数」の割合です。

分母は3,321人です。

二つ目は、約86.6%。

これは、4年間に新しく増えた永久歯DMFTのうち、開始時DMFTゼロのグループに由来する「歯の本数」の割合です。

分母は1,298本です。

この2つは、分母がまったく違います。

「3,321人の86.6%がむし歯になった」という意味ではありません。

「最初にむし歯がなかった子どもの86.6%が、4年間でむし歯になった」という意味でもありません。

正しくは、新しく増えた永久歯のむし歯経験本数の86.6%が、開始時点でむし歯経験ゼロだった多数の子どもたちに由来していたということです。

ここは、今回の記事でぜひ押さえておきたい部分です。

所得別の80%超とは、少し違う計算である

大学の公式発表では、「所得水準にかかわらず80%以上」という結果が紹介されています。

こちらは、原著のFigure 2Aに示された、統計モデルによる所得群別の推定値です。

一方、今紹介した約86.6%は、原著Table 2の実測集計から求められる、全対象者をまとめた割合です。

つまり、実測集計の全体割合と、所得群別のモデル推定割合は、同じ数字ではありません。

所得別の84.4〜87.7%については、後ほど詳しく見ていきます。

ここまで読んで、「むし歯経験ゼロだった子に、こんなに新しいむし歯が生じるなら、過去にむし歯があったかどうかは、あまり関係ないのでは?」と思うかもしれません。

ところが、そうではないのです。

それでも、一人当たりのむし歯発生リスクは「経験あり」の子の方が高かった

むし歯経験が1本あった子は2.08倍

今回の研究では、過去のむし歯経験と、その後の永久歯DMFT増加との関連も調べています。

その結果、研究開始時に永久歯DMFTが1本だった子どもは、DMFTゼロだった子どもに比べて、調整済みの発生率比が2.08でした。

95%信頼区間は1.47〜2.93です。

これは、性別と所得を考慮した統計モデルによる比較です。

開始時の永久歯むし歯経験が1本あったグループでは、経験ゼロのグループよりも、その後のDMFT増加の発生率が高かったという結果です。

2本以上の子どもでは2.52倍

さらに、開始時点でDMFTが2本以上だった子どもでは、調整済み発生率比が2.52でした。

95%信頼区間は1.57〜4.06です。

どちらのグループでも、開始時DMFTゼロ群との差は統計的に有意でした[1]。

つまり、過去に永久歯のむし歯を経験していたことは、その後のむし歯経験本数の増加と明確に関連していたのです。

ここは重要です。

今回の研究は、「むし歯がない子どもも、実はみんな高リスクだった」という話ではありません。

過去にむし歯経験があった子どもの方が、一人当たりのDMFT増加の発生率は高くなっていました。

だからこそ、むし歯経験がある子どもを重点的に予防することには、きちんと意味があります。

2.08倍と2.52倍の差にも、注意が必要です

ここでもう一つ、統計上の注意点があります。

開始時DMFT1本のグループは2.08倍、2本以上のグループは2.52倍でした。

数字だけを見ると、2本以上のグループの方が大きくなっています。

しかし、この2つの数字は、それぞれDMFTゼロ群を基準にして求められた発生率比です。

この結果から、開始時DMFT1本のグループと2本以上のグループの間にも、統計的に有意な差があったとまでは判断できません。

その2群間の差を直接検定した結果は、原著のTable 2には示されていないからです。

したがって、ここで確実に言えるのは、

「開始時DMFT1本の群も、2本以上の群も、DMFTゼロの群より、その後のDMFT増加の発生率が高かった」

ということです。

2.08より2.52の方が数値として大きいことと、両群の間に統計的に確認された差があることは、同じではありません。

患者さん向けの記事では細かく感じられる部分かもしれませんが、研究結果を正確に伝えるうえでは大切な区別です。

実際の一人当たり平均増加本数でも差が見られた

統計モデルだけでは、少し分かりにくいかもしれません。

そこで、原著の実測データに基づく一人当たり平均増加本数を見てみましょう。

4年間に増えた永久歯DMFTの平均は、

  • 開始時DMFTゼロの子ども:0.36本
  • 開始時DMFT1本の子ども:0.75本
  • 開始時DMFT2本以上の子ども:0.91本

でした。

一人当たりでは、過去にむし歯経験があった子どもの方が、経験ゼロだった子どもよりも、将来のむし歯経験本数が増えやすかったことが分かります。

0.36本という平均値は、子ども一人ひとりの歯が0.36本むし歯になったという意味ではありません。

4年間の増加本数を、グループの人数で割った平均です。

実際には、DMFTがまったく増えなかった子どももいれば、複数本増えた子どももいたと考えられます。

今回の論文に記載された集計値だけから、その詳しい人数分布まで復元することはできません。

2.52倍は「むし歯になる確率が2.52倍」ではない

ここで、少し統計の話をします。

論文の2.52倍という数字は、発生率比と呼ばれる指標です。

今回の研究では、永久歯DMFTの増加本数を負の二項回帰という統計方法で分析しました。

そのため、2.52倍は、子どもが少なくとも1本むし歯になる確率が2.52倍だったことを直接意味するものではありません。

また、DMFT2本以上の子どもの2.52倍の人数がむし歯になった、という意味でもありません。

今回の結果を患者さん向けに言い換えるなら、

「研究開始時に永久歯のむし歯経験が2本以上あった子どもでは、むし歯経験ゼロの子どもより、その後の永久歯DMFT増加の発生率が高く、調整済み発生率比は2.52でした」

と説明するのが正確です。

少し長い表現ですが、研究を正しく伝えるためには大切な違いです。

なぜ個人では高リスクなのに、集団ではむし歯ゼロの子から多く発生するの?

一人当たりの増加本数と、集団全体の増加本数は違う

ここまで、2つの結果を見てきました。

一つ目は、過去にむし歯経験がある子どもの方が、一人当たりの発生率が高いこと。

二つ目は、集団全体では、過去にむし歯経験がなかった子どもたちから新しいむし歯経験本数の大部分が生じていたことです。

この2つは、矛盾していません。

理由は、人数が違うからです。

研究開始時点でDMFTゼロだった子どもは3,108人。

一方、DMFT1本だった子どもは126人、2本以上だった子どもは87人でした。

DMFTゼロのグループは、一人当たりの平均増加本数が最も小さいグループでした。

しかし、そのグループには非常に多くの子どもがいました。

そのため、集団全体の増加本数を合計すると、最も多くなったのです。

人数が非常に多ければ、一人当たりのリスクが低くても合計は大きくなる

集団のむし歯経験本数の増加は、基本的には次のように考えられます。

集団全体の増加本数 = 人数 × 一人当たりの平均増加本数

今回の実測集計を、この考え方で整理すると次のようになります。

開始時DMFT 人数 平均増加本数 集団の増加本数
0本 3,108人 0.36本 1,124本
1本 126人 0.75本 95本
2本以上 87人 0.91本 79本

表に表示した平均値は小数第2位に丸められているため、表示値から人数を掛け直しても、合計本数と完全には一致しません。

しかし、考え方としてはとても分かりやすいと思います。

一人当たりの平均増加本数は0.36本と最も少ない。

それでも人数が3,108人もいるため、増加本数の合計は1,124本になりました。

一方、一人当たりの平均増加本数が0.91本と最も多いグループでも、人数は87人なので、合計増加本数は79本でした。

「一人当たりで増えやすい集団」と、「全体で最も多くの増加本数を占める集団」は、同じとは限らない。

今回の研究が示しているのは、まさにこの違いです。

予防のパラドックスとは

この考え方は、今回初めて登場したものではありません。

公衆衛生学者のGeoffrey Roseは、1985年に発表した「Sick individuals and sick populations」という論文で、個人の高いリスクに注目することと、集団全体の病気を減らすことの違いを論じています[4]。

特定の病気になる可能性が高い人たちがいても、その人数が少なければ、集団全体の病気の発生数としては小さくなる場合があります。

反対に、一人当たりのリスクが比較的低い人たちでも、非常に人数が多ければ、集団全体の病気の多くがそこから生じることがあります。

このような現象は、予防のパラドックスとして知られています。

今回のA-CHILD研究では、この考え方が小学生の永久歯のむし歯経験本数にも当てはまることが示されました。

私は、この部分が今回の研究で特に面白いところだと感じました。

歯科医院で一人の子どもを診ているときと、学校全体、地域全体の子どもたちを見ているときでは、考えるべきことが少し違うのです。

「むし歯経験ゼロだから実は危険」という意味ではない

ここで、もう一度確認しておきたいと思います。

今回の研究は、「むし歯ゼロでも本当は危険だった」と言っているわけではありません。

過去にむし歯経験がある子どもの方が、一人当たりのむし歯経験本数の増加率は高くなっていました。

ですから、過去にむし歯があった子どもに対して、予防の必要性を丁寧に評価することは重要です。

一方で、むし歯経験がない子どもを「今のところ大丈夫だから予防は必要ない」と考えてしまうと、集団全体の新しいむし歯経験の多くに目を向けられなくなる可能性があります。

つまり、どちらか一方だけを考えればよいわけではないのです。

ハイリスクアプローチとポピュレーションアプローチ

予防医学では、病気のリスクが高い人を重点的に支援する方法を、ハイリスクアプローチと呼びます。

歯科であれば、過去に何度もむし歯を経験している子どもや、現在の口腔状態からむし歯発生の可能性が高いと判断される子どもに対して、特に手厚い予防を考えることがこれに当たります。

一方、集団全体を対象として健康状態の改善を目指す方法を、ポピュレーションアプローチと呼びます。

例えば、学校や地域で、むし歯経験の有無にかかわらず予防の機会を届ける仕組みを考えることです。

ここで大切なのは、両者が対立する方法ではないことです。

高リスクの子どもに重点的に対応することも必要。

むし歯経験がない子どもたちにも基本的な予防を届けることも必要。

この2つを組み合わせて考えることが、今回の研究から得られる重要な示唆だと思います。

また、集団全体で新しいむし歯経験本数の多くを占めるグループが分かったとしても、そのグループへの予防によって必ず最も多くのむし歯を減らせると決まるわけではありません。

実際の予防効果は、どの予防法を使うか、どれだけ継続できるか、誰に届くかなどによっても変わります。

今回の研究は、予防の対象を考えるための大切な情報を提供しましたが、具体的な介入効果そのものを測定したものではありません。

家庭の所得によっても差があった。それでも「むし歯ゼロ群」が8割超

今回の研究でいう所得は、単純な世帯年収ではない

今回の研究では、家庭の所得水準も調べています。

ただし、ここで使用されたのは、単純な世帯年収ではありません。

2015年の世帯年間所得を、世帯人数の平方根で割った「等価所得」という指標です。

これは、世帯人数によって生活に必要な費用が変わることを考慮して、経済状況を比較するための方法です。

研究では、この等価年間所得を3つのグループに分けました。

等価年間所得 人数
225万円未満 943人
225万円以上335万円未満 1,105人
335万円以上 1,273人

これらは研究のために分類された所得群であり、個々の家庭の生活状況を完全に表すものではありません。

また、今回の所得情報は、保護者への質問票に基づくものです。

そのため、実際の生活環境や経済的な負担を、等価所得という一つの数字だけで完全に把握できるわけではありません。

低所得群では、むし歯経験本数の発生率比が1.44

研究者たちは、高所得群を基準として、その後の永久歯DMFT増加との関連を調べました。

結果は次のとおりです。

所得群 調整済み発生率比 95%信頼区間
高所得群 1.00 基準
中所得群 1.06 0.84〜1.33
低所得群 1.44 1.14〜1.81

低所得群では、高所得群と比べて調整済み発生率比が1.44でした。

95%信頼区間は1.14〜1.81で、統計的に有意な関連が認められています。

一方、中所得群の発生率比は1.06で、95%信頼区間は0.84〜1.33でした。

こちらは統計的に有意な差が確認されたわけではありません[1]。

研究では、所得とその後のむし歯経験本数の増加に関連があることが示されています。

ただし、「所得が低いことそのものが、直接むし歯を引き起こした」と証明されたわけではありません。

家庭の経済状況は、食生活、利用できる予防の機会、保護者の時間的な余裕、受診環境など、さまざまな条件と関係する可能性があります。

そのため、この結果を家庭の努力や責任だけの問題として説明することは適切ではありません。

どの所得群でも、開始時DMFTゼロの児童が大多数だった

では、所得群ごとに、研究開始時のむし歯経験を見てみましょう。

低所得群943人のうち、永久歯DMFTゼロだった子どもは872人でした。

中所得群1,105人では1,037人。

高所得群1,273人では1,199人です。

それぞれの割合は、

低所得群92.5%。

中所得群93.8%。

高所得群94.2%。

となります。

所得群によって多少の違いはありますが、どのグループでも、開始時点で永久歯DMFTゼロだった子どもが大多数でした。

ここでも、最初からむし歯経験ゼロだった子どもたちの人数の多さが目立ちます。

モデル推定では、どの所得群でも84.4〜87.7%

研究者たちは、所得と開始時のむし歯経験を組み合わせて、4年間に新たに増えた永久歯DMFTの本数を統計モデルから推定しました。

原著のFigure 2Aには、その結果が示されています。

新しく増えたむし歯経験本数のうち、開始時点でDMFTゼロだった子どもたちに由来する割合は、

低所得群84.4%。

中所得群87.3%。

高所得群87.7%。

でした。

つまり、所得水準にかかわらず、どのグループでも新しいむし歯経験本数の80%以上が、開始時点で永久歯DMFTゼロだった子どもたちから生じると推定されました。

ここで使われているのは、性別を考慮した負の二項回帰モデルによる推定値です。

先ほど紹介した全体の実測集計86.6%とは、計算方法が異なります。

また、84.4%と87.7%という数字だけを比べて、「高所得群の方が、むし歯ゼロの子どもが危険だった」と判断することもできません。

この割合は、各所得群で生じた新しいDMFT増加本数のうち、開始時DMFTゼロ群がどれだけ占めるかを示したものです。

個々の児童の発生率そのものではありません。

今回の研究で注目すべきなのは、3群間の小さな順位の差よりも、どの所得群でも同じように80%を超える分布が見られたという点だと思います。

所得とむし歯経験との交互作用は、明確には認められなかった

原著では、所得と過去のむし歯経験の組み合わせによって、その後のDMFT増加との関連が変わるかどうかも検討しています。

統計では、こうした関係を交互作用と呼びます。

今回の分析では、交互作用項のP値は0.424〜0.800で、統計的に有意な交互作用は確認されませんでした。

つまり、所得によって過去のむし歯経験と将来のDMFT増加との関連が明確に異なっていた、という証拠は得られていません。

ただし、これは「所得とむし歯経験は完全に独立している」と証明したことではありません。

研究では所得と過去のむし歯経験の両方に注目し、それぞれが将来の永久歯DMFT増加とどのように関連するかを調べています。

私はこの所得別の結果を見て、むし歯予防は一人ひとりの問題であると同時に、学校や地域全体で考える問題でもあるのだと、改めて感じました。

実は2020年にも「むし歯ゼロ群から多く発生」という研究があった

沖縄県の小学生1,542人を1年間追跡

今回の研究とよく似た現象は、以前から報告されていました。

2020年、Kusamaらは沖縄県の小学生1,542人を1年間追跡した研究を発表しています[3]。

この研究でも、開始時点の永久歯DMFTを利用し、その後のむし歯経験本数の増加を調べています。

開始時点でDMFTゼロだった児童は、1,542人中1,138人、73.8%でした。

そして、統計モデルによる推定では、新たなむし歯経験本数502本のうち300本、59.7%が、開始時DMFTゼロだった子どもたちに由来していました。

つまり、この研究でも、個人のむし歯経験と、集団全体で発生したむし歯経験本数との間に違いが見られたのです。

実測値とモデル推定値では、割合が異なっていた

2020年の研究でも、実測集計とモデル推定値を分けて読む必要があります。

実測データでは、1年間のDMFT増加本数は584本で、そのうち302本、51.7%が開始時DMFTゼロ群に由来していました。

一方、統計モデルによる推定では、全体502本のうち300本、59.7%でした。

2020年研究の集計方法 DMFTゼロ群 全体 割合
実測集計 302本 584本 51.7%
モデル推定 300本 502本 59.7%

なお、モデル推定の300本と502本は、丸めて表示された数字です。原著が報告する割合は59.7%であり、表示された整数だけを使って再計算した割合とは、丸めの影響でわずかに異なります。

同じ研究であっても、実際の集計結果と、統計モデルによる推定結果は一致するとは限りません。

この違いは、今回の2026年研究で約86.6%と84.4〜87.7%を区別した理由ともつながります。

また、2020年研究では、1年間に新たなむし歯経験が生じた児童317人のうち、55.8%が開始時DMFTゼロだったと報告されています。

このように、2020年研究では歯の本数だけでなく、児童の人数を単位にした結果も検討されています。

一方、今回の記事の中心となる2026年研究の「80%超」は、永久歯DMFT増加本数についての結果です。

異なる研究の数字を比べるときには、対象だけでなく、何を数えた割合なのかも確認する必要があります。

今回の新しさは4年間の追跡と所得別の検討

2020年の研究は、1,542人を1年間追跡したものでした。

一方、今回の2026年研究は3,321人を4年間追跡し、さらに所得を3つのグループに分けて結果を検討しています。

そのため、今回の研究は「むし歯経験ゼロの子どもたちから多くのむし歯経験の増加が生じる」という現象を、比較的長い追跡期間と所得別の分析によって、さらに検討した研究と位置付けられます。

4年間という期間も重要です。

小学2年生から6年生は、永久歯への生え替わりが進む時期です。

その間に永久歯のむし歯経験がどのように増えるかを調べたことは、子どもの予防を考えるうえで大きな意味があります。

59.7%から80%超へ増加した、とは言えない

ここで気をつけたいのは、2020年の59.7%と今回の80%超を、そのまま時間の流れとして比較しないことです。

2020年研究と2026年研究は、対象地域も参加児童の年齢構成も追跡期間も異なります。

2020年に59.7%だったものが、2026年には80%以上に増えたという、同じ集団の時系列データではありません。

また、2020年研究の59.7%はモデル推定値であり、今回の実測集計86.6%とは算出方法も違います。

したがって、「日本では6年間で予防のパラドックスが強くなった」と断定することはできません。

それでも、異なる日本の小学生集団で、同じ方向の現象が報告されたことは重要です。

小学2年生から6年生は、永久歯の環境が大きく変わる時期

小学2年生では、まだ永久歯が生えそろっていない

さて、ここからは歯科衛生士として、実際の子どもたちのお口の中を考えてみたいと思います。

小学2年生は、永久歯への生え替わりの途中です。

早い時期に生えてきた第一大臼歯や前歯が見えていても、まだ多くの乳歯が残っている子どももいます。

その後、小学3年生、4年生、5年生、6年生と成長する間に、乳歯が抜けて永久歯が生え、新しい奥歯が見えてくることもあります。

永久歯の本数が増えれば、歯ブラシを当てなければいけない場所も増えます。

歯と歯の間の形も変わり、歯並びの段差も変わります。

去年と今年で、まったく同じお口の中というわけではありません。

生えたばかりの奥歯は、形態や位置によって磨きにくい

特に注意したいのが、生えたばかりの奥歯です。

例えば6歳臼歯は、乳歯の一番奥よりもさらに後ろから生えてきます。

そのため、乳歯が抜けた場所に新しく歯が出てくる場合と比べ、保護者の方が気づきにくいことがあります。

生え始めの奥歯は、噛む面が周囲の歯より低い位置にあることもあります。

歯ぐきが部分的にかぶっていたり、奥歯の溝に汚れが残りやすかったりする場合もあります。

また、永久歯が萌出して間もない時期は、萌出後のエナメル質の成熟が進む途中でもあります。

そのため、歯の生え方や形態、清掃状況に応じた予防を考えることが大切です。

ブランデンタルクリニックでは、以前の「小学生の歯磨きはどこを見る?6歳臼歯と生え替わり期のチェックポイント」でも、生え替わりの時期に確認したい場所を詳しく紹介しています。

「昨年むし歯ゼロ」でも、今年確認することは変わる

小学生のお口を診るとき、以前のむし歯本数はもちろん大切な情報です。

ただ、それだけで予防の内容を決めるわけではありません。

新しく永久歯が生えていないか。

奥歯の溝に歯垢が残っていないか。

本人が自分で磨ける場所は増えてきたか。

反対に、まだ保護者の方の手助けが必要な場所はないか。

こうしたことを、その時点のお口の状態に合わせて確認していきます。

小学2年生で永久歯DMFTがゼロだった子どもも、小学6年生になる頃には、お口の中の状態がずいぶん変わっている可能性があります。

今回の研究は、歯の萌出状況ごとに予防効果を分析したものではありません。

しかし、研究対象となった年齢の特徴を考えると、むし歯経験がない状態を維持するためには、成長に合わせて予防を見直していくことが大切だと感じます。

むし歯の減少が進んだ日本で、なぜ集団全体への予防が重要になるのか

むし歯のある子どもが減るほど、ゼロ群が大きくなる

日本では、以前に比べて子どものむし歯が減少してきました。

文部科学省の令和7年度学校保健統計では、全国の12歳児における永久歯の一人当たり平均むし歯等数は0.47本と報告されています[17]。

これは、むし歯治療を受けた歯なども含む永久歯の指標です。

以前の日本では、子どもの永久歯のむし歯経験本数が今より多い時期もありました。

長い年月の中で、フッ化物の利用や予防処置、口腔保健への意識の変化など、多くの要素が子どものむし歯の減少に関わってきたと考えられています[13]。

ただし、2025年度の全国統計と、2016〜2020年の足立区の3,321人の結果は、同じ子どもを調べたものではありません。

対象年齢や調査方法にも違いがあるため、数値をそのまま並べて発生率の変化を計算することはできません。

国内の学校保健統計については、当院の「2025年度学校保健統計調査が示す子どもの口腔健康の実態」でも詳しく扱っています。

むし歯の減少と、予防の必要性がなくなることは同じではない

子どものむし歯が減ることは、とても良いことです。

痛い思いをする子どもが減り、歯を削らずに済む子どもが増えることは、歯科医療にとっても大切な成果です。

しかし、むし歯が減ったからといって、予防が不要になるわけではありません。

むし歯経験のない子どもが大多数になれば、その多くの子どもたちに基本的な予防を届けることが、集団全体のむし歯発生を考えるうえで重要になってきます。

もちろん、開始時のむし歯経験ゼロ群が大きければ、必ず新しいむし歯の80%以上がそこから発生するというわけではありません。

集団の人数だけでなく、一人当たりの発生率にも左右されるからです。

今回の結果は、足立区の2016〜2020年の児童集団について確認されたものです。

それでも、むし歯経験のない子どもも予防の対象として考えることの大切さを、具体的な数字で示してくれています。

「むし歯がある子」だけを数えていては見えないことがある

ある時点で、むし歯経験が何本あるかを調べることは大切です。

しかし、将来のむし歯を減らすことを考えるなら、今むし歯がある人の数だけではなく、その後にどこから新しいむし歯が生じるかを見る必要があります。

今回の研究は、まさにその違いを示したものです。

過去にむし歯経験がある子どもは、経験ゼロだった子どもより高い発生率を示しました。

一方、集団全体で新しいむし歯経験本数の多くを占めたのは、過去にむし歯経験がなかった多数の子どもたちでした。

歯科医院で目の前の子どもを見る視点と、学校や地域の子どもたち全体を見る視点。

この2つを持つことが、予防を考えるときには大切なのだと思います。

集団全体へのむし歯予防とは?学校でのフッ化物洗口という方法

家庭だけに予防を任せない仕組み

では、集団全体へのむし歯予防とは、実際にはどのような方法なのでしょうか。

一つの例が、学校や地域で行われるフッ化物洗口です。

家庭での歯磨きや食生活の管理は、むし歯予防において大切な役割を果たします。

しかし、すべての家庭が同じ条件にあるわけではありません。

保護者の方が仕事で忙しい家庭もあれば、家族の介護や、きょうだいの世話で時間を取りにくい家庭もあります。

予防用品や歯科受診に使える時間・費用も、家庭によって違います。

そんな中で、学校という場所で一定の予防機会を提供できれば、家庭環境にかかわらず、多くの子どもへ予防を届けられる可能性があります。

これが集団全体を対象とする予防の利点の一つです。

2016年コクランレビューが示した予防効果

フッ化物洗口には、今回のA-CHILD研究とは別に、予防効果を調べた研究があります。

2016年のコクランレビューでは、子どもや青少年を対象にしたフッ化物洗口の研究が統合されています[8]。

そのうち、永久歯の歯面単位のむし歯経験増加を評価した35研究、15,305人のデータでは、フッ化物洗口による平均的な抑制率は27%でした。

95%信頼区間は23〜30%です。

また、永久歯の歯数単位で評価した13研究では、平均的な抑制率は23%でした。

95%信頼区間は18〜29%です。

どちらも中程度の確実性のエビデンスと評価されています。

ここでいう27%は歯面単位、23%は歯の本数単位です。

同じように見える数字ですが、評価している単位は異なります。

また、これらは試験における平均的なむし歯経験増加の抑制率であり、洗口した子どもの27%や23%が完全にむし歯を防げたという意味ではありません。

そして何より、今回の足立区のA-CHILD研究が、フッ化物洗口によってむし歯を23%減らせると示したわけではありません。

A-CHILD研究は、むし歯の発生分布を調べた観察研究です。

フッ化物洗口の予防効果は、別の研究によって評価されています。

この違いを明確にしておくことが大切です。

また、同じフッ化物を利用する方法でも、歯磨剤・洗口・歯面塗布は、使用する濃度や方法、対象者、実施場所が異なります。

予防法ごとの効果を説明するときには、それぞれの研究結果を区別して考える必要があります。

日本の研究でも、集団洗口と地域間格差との関連が調べられている

日本でも、学校でのフッ化物洗口について研究が行われています。

2016年のMatsuyamaらの研究では、日本の47都道府県のデータを利用し、学校フッ化物洗口の普及と12歳児の永久歯DMFTとの関係を調べています[7]。

その結果、学校でのフッ化物洗口の普及率が高い地域ほど、12歳児のDMFTが低い傾向が認められました。

また、地域間のむし歯経験の格差との関連も検討されています。

この研究では、フッ化物洗口の普及率が都道府県間のDMFTのばらつきの25.2%を統計的に説明したと報告されています。

ただし、この25.2%は「フッ化物洗口によってむし歯が25.2%減った」という意味ではありません。

都道府県間の差を統計的にどの程度説明したかという数字です。

さらに、これは都道府県単位のデータを利用した観察研究です。

学校フッ化物洗口とむし歯経験の少なさに関連があったとしても、その研究だけで、個々の子どもにおける因果的な予防効果を確定することはできません。

学校洗口を実施すれば、すべてのむし歯が防げるわけではない

フッ化物洗口は、むし歯予防の有力な方法の一つです。

しかし、それだけですべてのむし歯を防げるわけではありません。

また、実施する際には、子どもが洗口液を飲み込まずに吐き出せるか、適切な方法で実施できるか、薬剤の管理ができるかなどを確認する必要があります。

厚生労働省は2022年に「フッ化物洗口の推進に関する基本的な考え方」と関連マニュアルを示しています[10]。

そこでは、特に小児期のフッ化物洗口の意義や、実施方法、管理上の注意点などが説明されています。

学校や地域で実施する場合には、保護者の意向や実施体制も考慮することが必要です。

集団全体への予防は、全員に同じ処置を無条件で強制することではありません。

子どもたちが必要な予防にアクセスしやすくなる仕組みを整えることが、その本来の目的だと考えています。

また、国内のフッ化物洗口の歴史や実施方法については、石塚洋一氏による2024年の総説にも詳しくまとめられています[9]。

集団全体への予防を考えるときには、効果の大きさだけでなく、安全な実施体制や継続可能性まで含めて検討する必要があります。

歯科医院では「むし歯ゼロ」の子に何を確認する?

まずは現在の口腔状態を個別に見る

ここまで、学校や地域全体の予防について考えてきました。

では、実際に歯科医院で一人の子どもを診るときは、どうでしょうか。

私はまず、その子の現在のお口の状態を見ていくことが大切だと思っています。

以前のむし歯経験は、もちろん参考になります。

でも、それだけですべてが決まるわけではありません。

永久歯がどこまで生えているのか。

生え始めの奥歯に汚れがたまっていないか。

歯と歯の間が磨けているか。

どのような歯磨剤を使っているか。

本人が自分で磨くことに慣れてきたか。

保護者の方が、どこまで手助けできるか。

甘い飲み物やお菓子を口にする機会がどのくらいあるか。

こうした情報を、必要に応じて確認します。

「むし歯ゼロ」という結果は、その子の大切な情報の一つです。

しかし、それだけで、将来のむし歯リスクを完全に判断できるわけではありません。

6歳以上のフッ化物配合歯磨剤の使い方

家庭でできる予防として、まず確認したいのがフッ化物配合歯磨剤です。

2023年に発表された日本の4学会合同提言では、6歳以上の子どもについて、1400〜1500ppmFのフッ化物配合歯磨剤を使用する方法が推奨されています[11]。

使用量は、歯ブラシ全体に1.5〜2cm程度です。

就寝前を含めて1日2回歯を磨き、歯磨き後は歯磨剤を軽く吐き出します。

うがいをする場合は、少量の水で1回のみとする方法が示されています。

もちろん、製品の表示や使用上の注意を確認し、子どもが適切に使用できるようにすることが大切です。

フッ化物配合歯磨剤を使っているかどうかだけでなく、濃度や使用量、うがいの方法も確認したいところです。

詳しい使い方については、当院の「子どもの歯磨き粉は何歳から大人用?6歳からのフッ素濃度と使う量の目安」でも紹介しています。

奥歯の溝にはシーラントという予防法もある

新しく生えた永久歯の奥歯では、噛む面の深い溝がむし歯の発生場所になることがあります。

こうした溝を歯科用の材料でふさぐ予防処置が、シーラントです。

2025年に日本小児歯科学会が公表した「乳歯と幼若永久歯の小窩裂溝塡塞ガイドライン」では、幼若永久歯の健全な咬合面に対するシーラントが提案されています[12]。

ただし、推奨の強さは「弱い推奨」、エビデンスの確実性は「低」と評価されています。

そのため、すべての子どものすべての奥歯に、無条件でシーラントを行うべきだという意味ではありません。

歯の形態、溝の深さ、萌出状況、むし歯リスクなどを見ながら、必要性を判断することが大切です。

シーラントについては、当院の「子どもの奥歯のシーラントとは?6歳臼歯を虫歯から守る予防処置を歯科衛生士が解説」でも詳しく紹介しています。

甘いものを禁止するのではなく、食べ方を一緒に考える

食生活も、むし歯予防を考えるうえで大切な要素です。

ただし、私は「甘いものを絶対に食べてはいけません」という説明だけでは、予防は続けにくいと思っています。

子どもにとって、おやつは楽しみでもあります。

家族でお菓子を食べたり、友達と一緒に飲み物を飲んだりする時間も、日常生活の一部です。

大切なのは、何をどのくらいの頻度で口にしているかを知り、無理なく改善できる部分を考えることです。

例えば、糖分を含む飲み物を長時間少しずつ飲んでいないか。

お菓子を何度も食べる習慣になっていないか。

食事や間食の時間が不規則になっていないか。

こうしたことを一緒に確認するだけでも、予防の話を具体的に進めやすくなります。

砂糖と健康の関係については、当院の「砂糖は虫歯だけの問題?228本の系統的レビューで見えた18の健康領域と証拠の濃淡」でも詳しく検討しています。

今回の研究では、砂糖の摂取頻度を変えたときの予防効果を直接調べたわけではありません。

あくまで、一般的なむし歯予防の考え方として紹介しています。

むし歯経験のある子どもには、必要に応じて予防を手厚くする

ここで、今回の研究の最初の結果に戻ります。

開始時点で永久歯のむし歯経験がある子どもでは、その後のDMFT増加の発生率が高くなっていました。

ですから、むし歯経験がある子どもには、その子の状態に応じて、予防をより丁寧に考える必要があります。

ただし、すべての子どもに同じ方法、同じ回数、同じ通院間隔が適切というわけではありません。

むし歯経験、現在の口腔状態、家庭でのケア、フッ化物利用、食生活、受診環境などを踏まえて考える必要があります。

反対に、むし歯経験ゼロの子どもにも、基本的な予防が不要になるわけではありません。

一人ひとりに必要な予防を考えることと、集団全体に予防の機会を届けること。

この両方を忘れずにいたいと思います。

全員への予防だけでは足りない?健康格差というもう一つの問題

全員に同じ情報を渡しても、実行できる環境は同じではない

今回の研究について考えていると、もう一つ気になることがあります。

それは、予防を「全員に届ける」と言っても、実際に予防を実践できる環境は家庭によって異なる、という問題です。

例えば、学校で子どもたち全員に同じ歯磨き指導を行ったとします。

その内容を理解し、毎日の生活に取り入れられる家庭もあるでしょう。

一方、保護者の方が多忙であったり、家庭にさまざまな事情があったりして、理想的な方法を毎日続けるのが難しいこともあります。

予防の情報が届くことと、その情報を実際の生活で実践できることは、必ずしも同じではありません。

公衆衛生の分野では、集団全体への介入によって健康状態が改善しても、社会的に不利な立場の人々には十分な恩恵が届かず、結果として健康格差が残ったり広がったりする可能性が論じられています。

2008年のFrohlichとPotvinの論文では、このような問題が「不平等のパラドックス」という観点から検討されています[5]。

もちろん、集団全体への予防が必ず健康格差を拡大するという意味ではありません。

どのような方法で、誰に、どの程度の支援を届けるかによって、結果は変わります。

また、学校で行う集団的な予防と、家庭で自ら実行することを前提とした健康教育では、支援の届き方も異なる可能性があります。

家庭の努力に依存する部分が大きい方法だけでなく、家庭環境にかかわらず参加できる予防の機会を整えることにも意味があるのです。

足立区の別研究では、継続的な貧困とむし歯の関連も調べられていた

今回のA-CHILD研究に関連して、同じ足立区の子どもたちを対象とした別の研究もあります。

2023年のMatsuyamaらの研究では、4,291人の児童について、複数の時点で家庭の経済的困難を調べ、その後のむし歯経験数との関連を検討しました[14]。

その結果、継続的な貧困を経験した子どもたちでは、小学2年生から6年生までの乳歯と永久歯を合わせたむし歯経験数の増加が平均3.81本でした。

一方、調査期間中に貧困を経験しなかった子どもたちでは、平均2.39本でした。

交絡要因を考慮した推定平均差は1.54本で、95%信頼区間は0.60〜2.48でした。

この研究では、一時点だけの経済状況ではなく、貧困が継続することと子どものむし歯経験との関連が検討されています。

この研究でいう「貧困」には、所得以外の条件も含まれています

ここで、2023年研究の貧困の定義についても確認しておきます。

この研究では、単純な世帯所得だけで家庭の経済的困難を判断したわけではありません。

年間世帯所得300万円未満という条件に加え、生活に必要な物を十分に確保できない物質的剥奪や、電気・ガス・水道などの生活に必要な公共料金の支払い困難も、貧困の判定に用いています。

具体的には、これらの条件のいずれかに該当する場合を、研究上の貧困状態として評価しています。

そして、小学1年生、2年生、4年生、6年生の複数時点で、その状態がどのように続いていたかを調べました。

つまり、「継続的な貧困」は、ある年の世帯年収が低かったという一時点の状態だけを意味しているのではありません。

生活上の経済的困難が、子どもの成長期間にわたって続いていたかどうかを考慮しています。

この点は、2026年のA-CHILD研究との大きな違いです。

今回の2026年研究では、世帯人数を考慮した等価所得を3群に分けて使用しています。

一方、2023年研究では、所得だけでなく物質的剥奪や公共料金の支払い困難を含む指標を用い、さらに複数時点での継続性を調べています。

したがって、両者の「低所得群」と「貧困を経験した群」は、同じ条件で分類された集団ではありません。

また、2023年研究は乳歯と永久歯を合わせて評価しているため、永久歯DMFTだけを扱った今回の数字と直接比較することもできません。

それでも、子どものむし歯予防を考えるときに、生活環境を無視できないことを示す重要な関連研究です。

家族の歯磨きの努力だけでは、説明しきれない問題もある

さらに、2026年には、日本全国68,312人の子どもと保護者を対象とするエコチル調査の研究も発表されました[15]。

この研究では、4歳までにむし歯と診断された子どもの割合は23.0%でした。

また、世帯所得や保護者の教育歴が低い集団では、乳幼児期のむし歯診断歴が多い傾向が見られました。

研究者たちは、2歳時点のフッ化物利用、歯磨き、哺乳瓶の使用、間食頻度などが、社会経済状況とむし歯の関連をどの程度説明するかも分析しています。

その結果、調べられた各行動が説明する割合は、それぞれ総効果の5%未満でした。

これは、社会経済状況と乳幼児期のむし歯との関連が、今回測定された個別の口腔保健行動だけでは十分に説明されなかったことを示しています。

ただし、この研究は4歳までの乳幼児を対象とし、むし歯診断歴は保護者の申告に基づいています。

小学生の永久歯を学校健診で評価した今回の研究とは、対象年齢も方法も異なります。

また、歯磨きやフッ化物の予防効果が小さいと示した研究でもありません。

大切なのは、子どものむし歯を、家庭の努力不足だけで説明しようとしないことだと思います。

全員に基本的な予防を届け、必要な子どもにはさらに支援を

では、どのように考えればよいのでしょうか。

一つの方向性として、すべての子どもに基本的な予防の機会を提供しながら、支援の必要性が高い子どもには、状況に応じて手厚い支援を行うという考え方があります。

公衆衛生では、必要性に応じた普遍的な支援と呼ばれる考え方に関連します[6]。

全員が基本的な予防を受けられるようにする。

そのうえで、むし歯経験が多い子ども、家庭でのケアが難しい子ども、歯科受診に障壁がある子どもなどに、必要な支援を追加する。

こうした方法であれば、集団全体への予防と個別の支援を組み合わせて考えられます。

むし歯ゼロの子どもにも予防は必要。

むし歯経験のある子どもには、さらに注意が必要な場合がある。

そして、そもそも予防や治療を受けることが難しい子どももいる。

これらは、どれか一つを選ぶ問題ではありません。

受診したくてもできない子どもに、どう支援を届けるか

2025年の『口腔衛生学会雑誌』には、中本知之氏と相田潤氏による「デンタルネグレクトを超えて:歯科保健医療が受けられない子どもたちへの対策の一提案」という報告があります[16]。

この報告では、歯科医院、子ども食堂、行政が連携し、歯科受診が難しい子どもを支えた取り組みが紹介されています。

歯の健康に関する講座を開くだけでなく、必要な子どもを歯科医院へ連れていく支援、医療券の準備、受診後の継続的な声かけなどが行われました。

実際の同行受診については、2事例の報告です。

大規模な介入試験ではないため、この取り組みが一般的に何%のむし歯を減らせるかまで示しているわけではありません。

それでも、予防や治療の情報を伝えるだけでは、支援が届かない場合があることを考えさせられます。

子どもが歯科医院へ来られない理由は、一つではありません。

家庭の時間的な事情、経済状況、保護者の健康状態、交通手段、医療機関との関係など、さまざまな要因が考えられます。

そのため、受診できていないという事実だけで、保護者の責任やネグレクトを決めつけることは適切ではありません。

歯科衛生士としても、患者さんの背景を想像しながら、実践可能な予防方法を考えていくことが大切だと思います。

今回の研究を読むときに、知っておきたい限界

ここまで、今回の研究と関連する予防の考え方を紹介してきました。

ただし、どんな研究にも限界があります。

今回の結果を正しく理解するために、原著で示されている注意点も確認しておきます。

足立区の2016〜2020年の結果を、日本全国にそのまま当てはめられるわけではない

今回の研究は、東京都足立区の児童を対象としています。

しかも、調査期間は2016年から2020年です。

他の地域や異なる年代でも、同じ割合になるとは限りません。

特に研究開始時点で永久歯DMFTゼロだった児童が93.6%という、むし歯経験のない子どもが非常に多い集団でした。

著者らも、むし歯経験が多い地域では、今回と同じ結果をそのまま一般化できない可能性を限界として挙げています[1]。

「日本のどの小学校でも、必ず新しいむし歯の86.6%がゼロ群から生じる」という意味ではありません。

また、最終解析に含まれたのは3,321人であり、開始時調査に回答した4,358人全員ではありません。

研究に参加した子どもたちと、途中で追跡できなくなった子どもたちの間に、結果へ影響するような違いがあった可能性も考える必要があります。

今回の資料だけで、そうした影響を完全に否定することはできません。

学校歯科健診の記録には、診査上の分類の違いが起こり得る

原著には、少し気になる点も記載されています。

今回の研究では、107人の児童で、2016年よりも2020年のDMFTが少なく記録されていました。

DMFTは過去のむし歯経験を含む累積的な指標です。

一度むし歯を治療した永久歯は、治療後にきれいになったからといって、過去にむし歯を経験した事実が消えるわけではありません。

そのため、通常はDMFTが減ることは想定しにくい指標です。

では、なぜ減っていたのでしょうか。

研究者たちは、例えばコンポジットレジンで修復した歯が、後の健診では健全歯と分類されるなど、診査記録の誤分類が起こった可能性を考えています。

そこで今回の研究では、DMFTの増加が負の値になった児童については、4年間の増加本数をゼロとして扱いました。

107人という数を、全体の3.2%だけで考えてよいのか

107人は全体3,321人の約3.2%に当たります。

一方、開始時点で永久歯DMFTが1本以上だった子どもは213人でした。

ここで、もう少し詳しく考えてみます。

DMFTが減少するためには、開始時点でDMFTが1本以上ある必要があります。

開始時点でDMFTゼロだった子どもは、それより小さいDMFTにはなりません。

つまり、107人という数字を、全対象者3,321人だけを分母にして評価するのは十分ではありません。

開始時点でDMFTが1本以上だった213人を分母にすると、

107人 ÷ 213人 × 100 = 約50.2%

となります。

DMFTが減少して記録された107人は、開始時にむし歯経験があった児童213人の約半数に相当します。

このことを考えると、診査記録の分類違いが、むし歯経験のあるグループの増加本数の評価にどの程度影響していたかは、慎重に考える必要があります。

著者らは、誤分類による偏りは小さいと考えています。

しかし、少なくとも、開始時に永久歯のむし歯経験があった213人のうち、107人でDMFTが減少して記録されていたという点は、測定上の問題として注意が必要です。

ただし、107人全員について誤分類の原因や場所が特定されたわけではありません。また、約50.2%という割合は、研究の発生率比や増加本数が50.2%誤っていることを意味するものでもありません。

この記録上の不一致が推定結果にどの程度影響したのかは、別の処理方法を用いた再解析がなければ判断できません。

したがって、この点を理由に研究全体が無効だと断定することも、逆に影響がまったくないと断定することも適切ではありません。

重要な研究成果を評価するときには、測定上の限界も同時に確認することが必要です。

感度分析でも主な関連は確認されているが、すべての疑問が解消したわけではない

ここで、原著が行った追加の統計解析にも触れておきます。

研究者たちは、主な負の二項回帰分析に加え、ゼロ過剰負の二項回帰という方法でも感度分析を行っています。

これは、むし歯経験本数の増加がゼロだった児童が多いデータの特徴を考慮するための統計的方法の一つです。

その分析でも、過去のむし歯経験や所得と、むし歯増加との間に、主解析と整合的な関連が報告されています[1]。

このことは、主要な関連の解釈を考えるうえで参考になります。

ただし、この感度分析は、107人の負のDMFT増加について別の処理方法を用いた場合の結果を直接比較したものと同じではありません。

そのため、ゼロ過剰負の二項回帰でも関連が確認されたことだけを理由に、107人の記録上の問題が完全に解消されたと判断することはできません。

今回の研究の結論は重要ですが、どのような仮定や処理によって数値が得られたのかを知ることも、論文を読むうえでは大切だと思います。

所得情報は自己申告に基づく

家庭の所得と世帯人数は、保護者への質問票から得られています。

そのため、所得の申告に誤差が含まれる可能性があります。

また、研究では所得や過去のむし歯経験と、新たなDMFT増加との関連を調べていますが、すべての関連要因を測定したわけではありません。

所得が低いこととむし歯経験の増加に関連が認められたとしても、その関係がどのような経路によって生じたのかを、完全に明らかにしたわけではありません。

家庭の所得は、子どもの食生活や歯科受診のしやすさ、予防用品の利用など、多くの要素と関連する可能性があります。

しかし、今回の研究だけで、そのうちどの要素がどの程度結果に影響したのかを断定することはできません。

むし歯経験だけで個人リスクのすべてを評価したわけではない

今回の研究では、過去の永久歯DMFTを、将来のむし歯発生を考えるための主な分類指標として使用しています。

しかし、実際のむし歯はさまざまな要因が関係する病気です。

口腔内の細菌、歯の状態、糖分の摂取、唾液、フッ化物利用、歯垢の管理、生活環境など、多くの要因が関わります。

研究では、所得とむし歯発生の関係を考える際、歯磨きや口腔保健行動などがその関連を媒介する可能性を考慮し、主解析ではそれらを調整していません。

これは研究目的と因果関係の考え方に沿った解析上の選択です。

「歯磨きを調べ忘れた」という意味ではありません。

ただし、どの行動が所得とむし歯の関連をどの程度説明するのかは、今回の主解析だけでは分かりません。

また、今回の研究の結果から、個々の子どもに対して将来のむし歯本数を正確に予測できるわけでもありません。

過去のむし歯経験は重要な情報ですが、それだけで一人ひとりの将来が決まるわけではないのです。

この研究は、特定の予防法で何%減らせるかを調べたものではない

そして、もう一つ大切な限界があります。

今回の研究では、集団全体へのむし歯予防が重要である可能性が示されました。

しかし、実際にすべての子どもへ特定の予防法を行い、その効果を比較したわけではありません。

フッ化物洗口を行えば、今回の1,298本のうち何本を防げたのか。

シーラントを全員に行えば、どの程度DMFT増加が減ったのか。

どのような予防の組み合わせが、最も効果的だったのか。

これらは、今回の研究だけでは分かりません。

したがって、「新しいむし歯の86.6%は予防で防げる」と解釈してはいけません。

今回の研究が示しているのは、新たなむし歯経験本数の多くが、どのような子どもたちから生じていたのかということです。

その結果を踏まえて、どのような予防方法を、誰に、どのように届けるのがよいかを考える必要があるのだと思います。

よくある質問――むし歯ゼロだった子も歯科医院で予防した方がいい?

Q1.むし歯が一本もないなら、歯科医院へ行かなくても大丈夫?

むし歯経験がないことは、とても良い状態です。

ただし、現在の状態が良いことと、将来も何も起こらないことは同じではありません。

特に小学生は、永久歯への生え替わりが進む時期です。

新しく生えた奥歯の状態、磨き残し、歯磨剤の使い方などを確認し、必要な予防を続けていくことには意味があります。

ただし、全員に同じ頻度で歯科医院を受診する必要があると、今回の研究が証明したわけではありません。

お子さんの状態に応じた受診や予防について、歯科医師や歯科衛生士と相談することが大切です。

Q2.昔むし歯があった子は、必ずまたむし歯になる?

いいえ、必ずではありません。

今回の研究では、過去に永久歯のむし歯経験があった子どもの方が、その後のDMFT増加の発生率が高いことが示されました。

しかし、2.52倍という数字は集団間の統計的な比較であり、個人の将来を確定するものではありません。

むし歯経験がある子どもでも、その後の予防や口腔環境によって、新しいむし歯を経験せずに経過することはあります。

過去にむし歯があったからといって、あきらめる必要はありません。

Q3.乳歯にむし歯があっても、永久歯はゼロにできる?

乳歯と永久歯は別の歯です。

乳歯にむし歯を経験していたとしても、永久歯にむし歯経験がない状態を維持することは可能です。

今回の研究でも、永久歯DMFTゼロという分類は、乳歯にむし歯があったかどうかを示しているものではありません。

ただし、乳歯のむし歯経験も、将来のむし歯リスクを考えるうえで参考になります。

乳歯にむし歯があった場合には、その経緯や現在の生活習慣なども踏まえ、永久歯を守るための予防を考えていきましょう。

Q4.8割以上がむし歯経験ゼロの子からなら、経験のある子を重点的に予防する意味は薄い?

いいえ、意味は薄くありません。

今回の研究では、過去に永久歯のむし歯経験が1本あった子どもも、2本以上あった子どもも、経験がなかった子どもより、その後のむし歯経験本数が増えやすい結果でした。

そのため、むし歯経験がある子どもへの重点的な予防は、引き続き大切です。

一方で、集団全体のむし歯を減らすことを考えるなら、今までむし歯経験がなかった子どもたちにも予防を届ける必要があります。

高リスクの子への重点的な予防と、むし歯経験ゼロの子を含む集団全体への予防は、どちらも大切です。

Q5.フッ化物洗口は、すべての小学生が行うべき?

フッ化物洗口は、子どもの永久歯のむし歯予防に有効性が示されている方法の一つです。

ただし、実施するときには、子どもの年齢、洗口液を飲み込まずに吐き出せるか、実施体制などを確認する必要があります。

学校での集団洗口では、専門家による指導や安全な管理、保護者の意向への配慮も重要です。

また、家庭で使用するフッ化物配合歯磨剤も、むし歯予防の基本的な方法です。

フッ化物洗口をしているから歯磨剤は必要ない、あるいは歯磨剤を使っているから他の予防を一切考えなくてよい、という単純な話ではありません。

それぞれの方法の目的と条件を理解して利用することが大切です。

Q6.忙しくて毎回完璧に歯磨きできない場合、どうしたらいい?

子どもの歯磨きは、毎日の生活の中で続けていくものです。

すべてを毎日完璧に行おうとして、家族の負担が大きくなりすぎてしまうこともあります。

大切なのは、今できていることを確認し、改善しやすい部分から続けていくことだと思います。

例えば、就寝前の歯磨きを大切にすること。

年齢に合ったフッ化物配合歯磨剤を使うこと。

新しく生えた奥歯など、磨き残しが出やすい場所を確認すること。

こうしたことから始めてもよいと思います。

もし学校歯科健診でむし歯を指摘された場合には、詳しい検査のため歯科医院を受診することも大切です。

学校健診でむし歯を指摘された場合の対応については、当院の「学校検診で虫歯を指摘されたら?放置しないで早めに受診しましょう!」でも紹介しています。

まとめ――むし歯ゼロは「予防しなくてよい」ではなく、「これからも守りたい状態」

今回の研究で確認された3つのこと

今回紹介した2026年のA-CHILD研究では、東京都足立区の小学生3,321人を4年間追跡し、永久歯のむし歯経験本数の変化を調べました。

大きく分けると、3つの重要な結果がありました。

一つ目は、過去に永久歯のむし歯経験があった子どもの方が、経験ゼロだった子どもより、その後のむし歯経験本数の発生率が高かったことです。

開始時点でDMFT1本の子どもでは調整済み発生率比2.08、2本以上の子どもでは2.52でした。

これは、両群がそれぞれDMFTゼロ群より高い発生率を示したという結果です。

2.08と2.52の数値差そのものが統計的に有意だったと示したものではありません。

過去のむし歯経験が将来のむし歯発生と関連することを、改めて確認した結果です。

二つ目は、集団全体では、新たな永久歯DMFT増加本数の多くが、開始時にDMFTゼロだった子どもたちから生じていたことです。

開始時点でDMFTゼロだった児童は3,321人中3,108人、93.6%でした。

そして、4年間の実測集計によるDMFT増加本数1,298本のうち、1,124本、約86.6%がこのグループから生じていました。

なお、この実測集計では、DMFTが減少して記録された107人の増加本数をゼロとして扱っています。

三つ目は、所得水準を分けて考えても、同じような分布が見られたことです。

統計モデルによる推定では、低所得群84.4%、中所得群87.3%、高所得群87.7%が、開始時DMFTゼロの子どもたちに由来していました。

この結果から、研究者たちは、高リスク児への重点的な対策だけでなく、集団全体への予防も重要である可能性を指摘しています[1]。

予防の対象は「むし歯が見つかった子」だけではない

歯科医院では、むし歯のある場所や、治療が必要な場所に目を向けることが多くなります。

それは当然のことです。

痛みがある歯、治療が必要な歯、すでにむし歯経験がある子どもについて、きちんと対応する必要があります。

ただ、むし歯予防という点から考えると、今はむし歯のない子どもにも目を向ける必要があります。

むし歯がない子どもに予防を行うというのは、特別なことではありません。

その良い状態を維持するために、毎日の歯磨きやフッ化物の利用、歯の生え替わりに合わせた確認などを続けていくことです。

そして、むし歯経験がある子どもには、その子に必要な予防を、より丁寧に考える。

さらに、予防や治療を受けることが難しい子どもにも、必要な支援が届くように考える。

この3つを組み合わせることが大切なのだと思います。

「今までむし歯ゼロだった」を、これからも大切に

最初にお話しした、「今までむし歯ゼロでした」という言葉に戻ります。

私は、この言葉を聞いたときに、これからも素直に喜びたいと思っています。

むし歯経験がないことは、とても良い状態です。

今回の研究を読んだからといって、その良い結果を不安に変える必要はありません。

ただ、その結果を、予防の終わりだとは考えないこと。

新しく生えてくる永久歯があります。

成長とともに変わっていく歯並びがあります。

本人が少しずつ自分で歯を磨けるようになり、生活習慣も変わっていきます。

その変化に合わせて、必要な予防を続けていく。

むし歯ができてから守るのではなく、むし歯がない今から、健康な状態を守り続ける。

今回の3,321人の研究は、その大切さを改めて考えさせてくれました。

「むし歯ゼロ」は、予防しなくてもよいという意味ではありません。

これからも大切に守っていきたい、良い状態なのだと思います。

ブランデンタルクリニックでも、子どもたち一人ひとりのお口の変化を見ながら、今ある健康な歯を守るための予防を、一緒に考えていきたいと思います。

参考文献

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