2026年9月24日

(院長の徒然コラム)

はじめに
「歯科衛生士が足りない」
歯科医院の採用について調べたことがある方なら、一度は聞いたことがある言葉かもしれません。
では、日本で働く歯科衛生士は減っているのでしょうか。
実は逆です。
厚生労働省の衛生行政報告例によると、就業歯科衛生士は2010年の10万3,180人から、2014年11万6,299人、2018年13万2,629人、2022年14万5,183人へと増え、2024年には14万9,579人になりました。1)2)
それでも、歯科衛生士の採用は簡単ではありません。
厚生労働省の職業情報提供サイト「job tag」に掲載された2025年度のハローワーク有効求人倍率は2.78倍です。3)
一方、全国歯科衛生士教育協議会の2026年度調査では、2025年度の就職者6,616人に対し、養成校へ寄せられた求人人数は15万2,550人でした。就職者数に対する求人人数の比率は23.1倍です。4)
ただし、この23.1倍を「歯科衛生士の有効求人倍率」と呼んではいけません。ハローワークの有効求人倍率と、養成校に届いた求人人数を就職者数で割った指標は別物です。同じ求人が複数の養成校へ出されることも考えられるため、両者は分けて読む必要があります。
それでも、一つのことは分かります。
就業者数は増えている。それにもかかわらず、現場では強い採用需要が続いている。
一見すると矛盾しているようですが、この二つは同時に成立します。
今回の院長の徒然コラムでは、歯科衛生士不足を「資格を持っている人が何人いるか」だけではなく、
- 何人が実際に働いているのか
- どの時間帯に働けるのか
- どの地域にいるのか
- どの仕事を担当できるのか
- どれくらい長く働き続けられるのか
という「供給側」と、
- 患者さんを何年間管理するのか
- 一人の患者さんにどの程度の時間を使うのか
- 歯科衛生士が担当する業務範囲がどこまで広がったのか
- 外来以外の病院・介護・在宅でどれだけ必要とされるのか
という「需要側」の両方から考えてみます。
先に結論を言えば、現在の歯科衛生士不足は、単純に「歯科衛生士の人数が減っている」という現象ではありません。
全国の総人数だけでは見えない、時間・場所・技能・就業継続のずれがあります。そして歯科医療側では、予防、重症化予防、長期管理、口腔機能、高齢者医療、在宅、病院口腔管理など、歯科衛生士を必要とする仕事そのものが広がっています。

「歯科衛生士は何人いる?」には複数の答えがある
まず整理したいのが、「人数」という言葉です。
歯科衛生士には、
- 免許を持っている人
- 現在、歯科衛生士として就業している人
- 実際に必要な地域・時間帯・業務で働ける人
がいます。
厚生労働省資料では、2024年の歯科衛生士免許登録者は32万1,241人、就業者は14万9,579人で、免許登録者に対する就業割合は46.6%と整理されています。2)
ここだけを見ると、
「免許を持っているのに働いていない人が約17万人いるのなら、その人たちに戻ってもらえばいい」
と思うかもしれません。
しかし、この差をそのまま「今すぐ復職できる潜在歯科衛生士」と考えることはできません。
すでに高齢になった人もいます。別の仕事に就いている人もいます。家庭や介護の事情で勤務できない人もいます。長期間臨床から離れ、器材や治療法の変化に不安を感じる人もいるでしょう。
免許を持っていることと、明日から歯科医院で働けることは同じではありません。
就業者は増えている。しかも、かなり増えている
2024年の14万9,579人という数字だけを見ると、「歯科衛生士不足」という言葉から受ける印象とはかなり違います。
- 2010年:10万3,180人
- 2012年:10万8,123人
- 2014年:11万6,299人
- 2016年:12万3,831人
- 2018年:13万2,629人
- 2020年:14万2,760人
- 2022年:14万5,183人
- 2024年:14万9,579人
したがって、
「歯科衛生士不足=働いている歯科衛生士が減っている」
という説明では、現在の状況を説明できません。

増えた歯科衛生士の「年齢」を見ると、さらに景色が変わる
総数だけでなく、年齢別に見ると興味深い変化があります。
2012年と2024年を比べると、25~29歳の就業歯科衛生士は2万650人から2万43人へ、むしろ607人減っています。
一方で、大きく増えているのは中高年層です。
2024年の50歳以上を合計すると、
- 50~54歳:1万7,320人
- 55~59歳:1万2,621人
- 60~64歳:7,850人
- 65歳以上:4,717人
合計4万2,508人です。全就業歯科衛生士の約28.4%を占めます。2)
2012年の50歳以上は1万5,190人でしたから、実数では約2.8倍です。
つまり現在の就業者増を支えているのは、新卒者だけではありません。
以前より長く働き続ける歯科衛生士が増えたことも、総数増加の重要な要素です。
経験を積んだ歯科衛生士が長く臨床に残ることは、患者さんにとっても、新人教育にとっても大きな意味があります。
しかし将来の供給を考えると、現在供給を支えている50代・60代が10年後も同じ勤務量を維持できるとは限りません。
「今15万人近くいる」ことと、「10年後も同じ供給力がある」ことは別です。

毎年7000人以上が国家試験に合格しても、7000人ずつ増えるわけではない
2026年3月の第35回歯科衛生士国家試験では、7,882人が受験し、7,452人が合格しました。合格率は94.5%です。5)
では毎年7千人以上が資格を取得するのだから、数年待てば不足は解消するのでしょうか。
そう単純ではありません。
人材供給は概念的には、
現在働いている人
+新しく就職する人
+一度離職して復職する人
-離職する人
-退職する人
によって決まります。
厚労省も、歯科衛生士の供給推計について、歯科医師などとは異なり、離職や再就業をどのように見積もるかが大きな課題であり、さらに非常勤者が一定数いるため勤務時間にも幅があると整理しています。2)
国家試験合格者数は重要ですが、それだけでは実際の供給量は分からないのです。
さらに、養成校の「席」が埋まらなくなっている
供給側でもう一つ見逃せないのが、養成課程の入口です。
全国歯科衛生士教育協議会の2026年度調査では、185校すべてから回答が得られました。
- 入学定員:9,856人
- 志願者:9,373人
- 入学者:7,876人
- 定員充足率:79.9%
- 志願者が定員未満の学校:65.2%
- 入学者が定員未満の学校:74.5%
でした。4)
つまり、
「歯科衛生士が足りないなら、養成校を増やせばいい」
という段階ではありません。
すでに存在している定員が埋まっていないのです。
学校種別では、志願倍率に専門学校・短期大学・大学で差もみられます。ただし、なぜその差が生じたのかをこの調査だけから決めることはできません。
少子化が進むなか、新卒の若者だけを供給源として大幅な人数増を期待することは、今後さらに難しくなる可能性があります。
入学したら終わりではない――臨床実習の段階から職業への自信は揺れる
養成校へ入学しても、国家試験まで一直線に人材が供給されるわけではありません。
2026年に発表された研究では、臨床実習を経験した歯科衛生学生896人から回答を得て、そのうち639人を分析しています。6)
臨床実習で感じる、
- 指導者や実習環境になじめない
- 自分の知識や技術が足りない
- 患者さんとのコミュニケーションが難しい
- 記録作成や時間に追われる
といった負担は、歯科衛生士という職業への自信や職業的な自己認識と負の関連を示しました。6)
ただし、この研究は一時点で行われた横断研究です。
「臨床実習でストレスを感じたから、その後に離職した」と因果関係を証明した研究ではありません。
それでも、人材確保を、
「何人入学したか」
「何人国家試験に合格したか」
だけで考えるのは不十分だということは分かります。
歯科衛生士として働く自信や、専門職としての将来像は、卒業してから突然形成されるものではありません。

新卒者は何を見て職場を選んでいるのか
全国の歯科衛生士卒業年次生6,264人を対象とした調査では、卒業後最初の勤務先で希望する勤務年数は、
- 3年未満:19.5%
- 3年以上5年未満:45.1%
- 5年以上:35.5%
でした。7)
約65%は、最初の職場について「5年以上」を希望していません。
ただし、これを「最近の若者は長く働く気がない」と読むのは適切ではありません。
同じ調査では、仕事と生活を両立したいと考える学生が76.1%でした。また、就職先を決める際に重視する項目では「職場の人間関係」、就業を続けるうえで重要と考える項目では「仕事のやりがい」、就職への不安では「自分の技術・知識不足」が最も多くなっています。7)
働きたくないのではなく、働き続けられる環境を選ぼうとしている。
そう考えた方が、調査結果には合っています。
20代から30代で減り、その後また増える
1982~2018年の衛生行政報告例を使い、同じ出生世代の就業歯科衛生士数を追った研究があります。8)
全国的に20歳代から30歳代にかけて就業者数が減少し、40歳代になると再び増える、いわゆるM字型の形が確認されました。また、若い世代ほど谷が浅くなる傾向もみられています。8)
結婚、出産、育児などのライフイベントと就業行動との関係は他の研究でも指摘されていますが、この出生世代別統計だけから、就業者数が減った原因を結婚や出産と断定することはできません。
ここで重要なのは、
一度離れた人が、その後もう一度戻ってくることも、歯科衛生士供給の重要な一部だ
という点です。
「復職したい人がいる」ことと「必要な時間に働ける人がいる」ことは違う
復職については、宮城県で行われた研究が具体的です。
この研究では、非就業者70人のうち59人が復職時の希望勤務形態について回答しました。
そのうち非常勤希望は59.3%でした。
さらに非常勤勤務を希望した回答者では、
- 午前中:41.4%
- 昼間:27.6%
- 都合のよい日を1日単位で:27.6%
- 午後:3.4%
- 夕方:0%
でした。9)
宮城県の一調査ですから、全国の歯科衛生士すべてが同じ割合だとは言えません。
しかし、医院の採用を考えるうえで非常に重要な問題を示しています。
働ける人がいることと、医院が必要とする曜日・時間帯に働ける人がいることは別です。

14万9579人は、14万9579人分のフルタイム勤務ではない
14万9,579人という数字は、一人を一人として数えた人数です。
しかし、週5日勤務の人もいれば、週3日の人もいます。午前だけの人もいれば、短時間勤務や非常勤の人もいます。
したがって、
就業者数と、実際に供給できる労働時間は同じではありません。
ここでは説明のために、医院が実際に利用できる人材量を「有効供給力」と呼びます。これは公的な統計用語ではありません。
有効供給力は、概念的には、
- 就業人数
- 勤務時間
- 必要な時間帯との一致
- 勤務地域との一致
- 必要技能との一致
- 働き続けられる期間
によって変わります。
全国に約15万人いる。
しかし、
「この地域で」
「この曜日に」
「この時間帯に」
「この業務を担当できて」
「この勤務条件で働ける」
ところまで条件を絞れば、対象者はずっと少なくなります。

給与だけでは説明できない――人間関係、労働時間、専門性も関係する
待遇はもちろん重要です。
宮城県の研究では、歯科衛生士が離職関連要因として挙げたものの上位は、
- 人間関係の問題:78.2%
- 時間面の労働条件:68.6%
- 給与面の待遇:58.4%
でした。また、歯科衛生士と歯科医師の間で、離職理由に対する認識の差も確認されています。9)
一方、2026年に東北6県の歯科衛生士152人を対象にした研究では、現在の職場で働き続けたいという意向と、
- 歯科保健指導への満足
- 歯科医師との人間関係
- 患者とのコミュニケーション
- 労働時間
- 職場の安全性
が有意に関連しました。10)
この研究では多変量解析で給与は統計学的有意ではありませんでしたが、それを「給与は関係ない」と読むことはできません。地域限定の横断研究であり、別の研究では給与・待遇が離職関連要因として明確に挙がっているからです。
ここから言えるのは、
給与だけを変えれば定着問題が解決するわけではない
というところまででしょう。
「歯科衛生士でなくてもできる仕事」で勤務時間を使い切れば、供給力は増えない
人手不足の歯科医院では、全員が何でもやらなければ診療が回らない場面があります。
受付、片付け、準備、器材運搬、資格を必要としない補助業務。
小規模な医院では完全分業が難しいのは当然です。
しかし、歯科衛生士という国家資格者の勤務時間の多くを、歯科衛生士でなくても行える仕事に使えば、人数としては在籍していても、歯科衛生士として患者さんへ提供できる時間は少なくなります。
歯科衛生士と歯科助手では資格も業務範囲も異なります。詳しくは「歯科衛生士と歯科助手の仕事内容とは?」でも解説しています。
人材不足対策は、
何人採るかだけではなく、誰にしかできない仕事へ、誰の時間を使うか
まで考える必要があります。
ここから需要側を見る――「歯科衛生士にしてほしい仕事」が増えている
ここまで供給側を見てきました。
しかし、歯科衛生士不足を説明するには、需要側も見なければなりません。
2020年の需給研究では、全国統計と養成校に届いた求人票を分析し、一般病院や介護分野における歯科衛生士業務の増加、求人施設数の増加、病院求人の増加などから、歯科衛生士需要が経年的に高まっていることを示しています。11)
さらに2025年の診療報酬に関する論考では、2000年から2022年にかけて就業歯科衛生士が約6万7千人から約14万5千人へ約2.2倍になったにもかかわらず不足が続く背景として、歯科疾患構造の変化と、それに対応した診療報酬上の評価の積み重ねが指摘されています。12)
以前の歯科医療をかなり単純化すれば、
悪くなった歯を治す
という比重が大きかった。
現在は、
- 病気にならないようにする
- 重症化を防ぐ
- 治療後の再発を防ぐ
- 高齢になっても歯を維持する
- 口腔機能を維持する
- 通院できなければ訪問する
- 入院やがん治療中にも口腔を管理する
と、歯科が関わる範囲が広がっています。

2026年度にも、歯科衛生士の仕事はさらに制度化された
この変化は昔の話ではありません。
2026年度診療報酬改定では、歯科衛生士による口腔機能に関する実地指導を評価する「口腔機能実地指導料」46点が新設されました。13)
口腔機能発達不全または口腔機能低下を来している患者に対し、所定の研修を受けた歯科衛生士が歯科医師の指示のもとで口腔機能に関する指導を行うことなどが要件になっています。13)
これは今回の問題を考えるうえで象徴的です。
単に、
「歯科衛生士が1人いればよい」
ではありません。
その仕事を担当できるよう教育・研修を受けた歯科衛生士が必要になる。
人数の需要と同時に、技能に対する需要も生まれています。
診療報酬は「必要なケア」を「実際の仕事」に変える
患者さんにとって必要なケアが存在することと、それが実際の診療として広く提供されることは同じではありません。
医療制度の中で評価され、歯科医院がその診療を提供するようになれば、担当する人材も必要になります。
鳥山の2025年の分析では、2023年の社会医療診療行為別統計をもとに、歯科衛生実地指導料がレセプト100件当たり53回算定されていると整理しています。12)
さらに、歯科衛生実地指導、歯周病検査、歯周基本治療、機械的歯面清掃処置、歯周病安定期治療、歯周病重症化予防治療など、歯科衛生士との関係が深い項目を著者が集計すると、歯科医療費のおよそ22%に相当するとしています。12)
これは厚労省が「歯科衛生士が歯科医療費の22%を担当している」と公式に認定した数字ではなく、あくまで著者による集計・整理です。
それでも、歯科衛生士が現在の歯科医療で単なる補助人員ではなく、歯科医療を成立させる重要な人的基盤になっていることはよく分かります。
「歯を残すことに成功した」からこそ、守り続ける仕事が増えた
ここには一見逆説的な変化があります。
2024年歯科疾患実態調査では、80歳で20本以上の歯を保つ、いわゆる8020達成者は61.5%と推計されました。14)
多くの高齢者が自分の歯を持ったまま年齢を重ねられるようになった。
これは非常に良いことです。
しかし、歯科医療の仕事量という視点では、
残った歯には、残った歯を守るための管理が必要です。
同じ2024年調査では、4mm以上の歯周ポケットを有する人の割合は80~84歳で61.6%でした。高齢者で歯が残るようになった一方、残った歯の歯周管理は引き続き重要です。15)
- 天然歯の歯周管理
- 根面う蝕の予防
- 補綴物の管理
- インプラント周囲の管理
- セルフケア支援
- 加齢に応じた口腔機能の評価
といった仕事が長く続きます。
「歯が残る社会」は、「歯科が暇になる社会」ではありません。
歯科健診を受ける人も増えている
2024年歯科疾患実態調査では、過去1年間に歯科健診を受けた人の割合は63.8%でした。14)
さらに国の「歯・口腔の健康づくりプラン」では、歯周疾患検診の対象年齢に20歳と30歳を追加する方向が示され、若年期からの歯周病予防・早期発見を進める考え方が強くなっています。16)
つまり歯科医療は、
「痛くなったら来る」
だけではなく、
症状がなくても定期的に確認し、早く見つけ、悪化を防ぐ
方向へ進んでいます。
患者数だけでなく、「何年間管理するか」を考える必要がある
歯周病治療後の管理を考えると、さらに分かりやすくなります。
2026年の日本歯科衛生学会雑誌に掲載された研究では、10年以上中断なくSPTを継続している54人を調べたところ、平均継続期間は16.8±4.4年でした。17)
これは10年以上継続している人を選んだ小規模研究ですから、全国のSPT患者の平均継続期間を意味する数字ではありません。
それでも、一人の患者さんを10年、15年、20年という単位で管理する臨床が実際に存在することは分かります。
歯周病の長期管理では、前回と今回の歯周ポケット、出血、プラーク、動揺、セルフケア、全身状態などを継続的に比較します。
詳しくは、当院の「歯周病治療後のメインテナンスは普通の定期検診と何が違う?」や、「歯医者で『3、2、3…』と数字を読み上げるのはなぜ?」でも解説しています。
この記事では便宜上、
一人の患者さんを何年間継続して管理するか
という累積的な仕事量を「管理患者年」と考えてみます。これも公的な統計用語ではありません。
人口が少し減ったとしても、一人の患者さんを管理する期間が長くなれば、歯科衛生士の仕事量が人口と同じ割合で減るとは限りません。
歯科衛生士が関わる範囲は、口腔機能にも広がっている
高齢者歯科では、歯の本数だけを見る時代ではなくなっています。
- 噛む力
- 舌の力
- 舌や唇の動き
- 咀嚼能力
- 嚥下
- 口腔乾燥
こうした口腔機能を評価し、必要な管理や指導につなげます。
口腔機能管理料は2022年度診療報酬改定で対象年齢が65歳以上から50歳以上へ拡大されました。これは「口腔機能低下症という病態が50歳以上にしか存在しない」という意味ではなく、保険診療上の口腔機能管理料の対象年齢が50歳以上に拡大されたという意味です。18)
当院でも口腔機能低下症について詳しく解説しています。
仕事の量だけでなく、仕事の内容そのものも複雑化しているのです。
診療室の外へ出れば、同じ1時間でも提供できる患者数は変わる
訪問歯科も、歯科衛生士需要を考えるうえで重要です。
東京都の歯科診療所調査では、訪問診療を行っている施設で対応している指導として、
- 訪問時の口腔衛生指導:85.6%
- 歯科衛生士による歯科訪問衛生指導・居宅療養管理指導:42.7%
- 食への支援・摂食嚥下障害への対応:37.0%
が挙げられています。19)
訪問診療では患者さんが診療室へ来るのではなく、医療側が患者さんのところへ移動します。
移動時間、器材準備、患者さん本人へのケア、家族・介護職への説明、義歯管理、食事・嚥下への対応、多職種との情報共有、記録。
同じ「1時間勤務」でも、診療室で連続して患者さんを診る場合とは、対応できる人数が違います。
人手不足そのものが、医療提供量を減らしている可能性もある
同じ東京都調査には、さらに興味深い数字があります。
以前は訪問歯科診療を行っていたものの、現在は実施していない施設に理由を尋ねると、
- 時間がなくなった:31.2%
- スタッフの減少:24.5%
- 担当者の高齢化:23.6%
などが挙げられました。19)
これだけで、歯科衛生士不足によって全国で何件の訪問需要が満たされていないかを計算することはできません。
ただし、
実際の診療件数が少ないから、需要も少ないとは限らない
ことは重要です。
人手や時間が足りず提供できなかった医療は、診療実績には表れません。
病院や介護の現場も、同じ歯科衛生士を必要としている
2024年の就業歯科衛生士14万9,579人のうち、歯科診療所勤務は13万5,499人で90.6%を占めます。一方、病院には7,675人、介護老人保健施設等には1,533人が就業しています。1)2)
なお、「介護老人保健施設等」は調査年によって集計対象の範囲が変更されているため、介護分野については長期的な人数を単純比較しない方が安全です。2)
病院では、がん手術、化学療法、放射線治療、心臓手術、移植、緩和ケアなど、さまざまな場面で口腔管理が行われます。
長崎大学病院の報告では、口腔管理センターに歯科医師17人、歯科衛生士8人が配置され、手術前の専門的口腔ケアから術後の病棟往診まで行われていました。20)
つまり歯科衛生士を必要としているのは、街の歯科医院だけではありません。
病院、訪問歯科、介護、行政、教育。
働く場所そのものが広がっています。
全国に15万人いても、地域ごとには同じではない
歯科医療は全国平均で行われるわけではありません。
患者さんも歯科衛生士も、特定の地域で生活しています。
厚労省の検討資料でも、歯科衛生士の需要と供給には地域差があり、都道府県単位での需給を考える必要性が議論されています。2)
さらに2026年の研究では、全国の75歳以上人口のうち41万4,526人、約2.27%が自動車15分で歯科診療所へ到達できない地域に居住すると推計されました。21)
これは歯科衛生士の地域分布そのものを調べた研究ではありません。
しかし、高齢者歯科医療では、
「何人いるか」だけではなく、「どこにいるか」「患者さんへ到達できるか」
も重要であることを示しています。
小さな歯科医院では「1人辞める」影響が大きい
もう一つ、歯科診療所の規模も重要です。
東京都の5,516診療所から回答を得た調査では、回答施設の平均は、
- 常勤歯科医師:1.3人
- 非常勤歯科医師:0.9人
- 常勤歯科衛生士:1.2人
- 非常勤歯科衛生士:0.8人
でした。19)
東京都の回答施設の数字なので、全国平均ではありません。
それでも、小規模な歯科医院で「一人が抜ける」ことの影響を考える参考にはなります。
歯科衛生士が20人いる組織から1人辞めるのと、2人の医院から1人辞めるのでは意味が違います。
後者では、常勤歯科衛生士の半分を一度に失うこともあり得ます。
人数不足が休みにくさや負担増を生み、それがさらに定着を難しくする悪循環も起こり得ます。
同じ国家資格でも、すべての仕事をすぐ同じようにできるわけではない
歯科衛生士免許は同じでも、臨床経験や得意分野は同じではありません。
- 一般歯科
- 歯周治療
- 矯正
- 訪問
- 摂食嚥下
- 高齢者歯科
- 病院口腔管理
- 口腔機能
それぞれで必要な経験や知識は違います。
広島県で歯科訪問診療に従事する歯科衛生士203人を調べた2025年研究では、訪問経験5年未満群では、義歯の清掃・取り扱い指導や摂食嚥下訓練・口腔機能向上訓練の実施率が低く、経験年数による有意差が認められました。22)
これは「若い歯科衛生士にはできない」という意味ではありません。
その仕事に必要な教育と経験があるという意味です。
当院でも、歯科衛生士による局所麻酔については講習・研修を受け、安全管理や歯科医師との連携を前提として取り組んでいます。詳しくは「歯科衛生士も局所麻酔をする?研修・認定を受けて学んだ浸潤麻酔の流れと安全管理」で解説しています。

厚労省は2034~2035年をどう見ているのか
ここまでの話を、国の将来推計に当てはめてみます。
厚労省の2026年の検討資料では、近年と同じ傾向が続くと仮定した場合、2034年の就業歯科衛生士数は、おおむね18万4千~18万6千人台になると推計されています。2)
現在の14万9,579人から、さらに3万数千人増える計算です。
では、それで需要を満たせるのでしょうか。
厚労省の基本的な2035年需要推計は18万7,606人です。2)
ただし、この数字にも前提があります。今後の歯科医療需要が一定の想定に沿って推移し、将来の歯科医師数と歯科衛生士配置の関係を用い、すべての歯科診療所で歯科医師数に応じて歯科衛生士が勤務すると仮定した推計です。2)
さらに、在宅歯科医療や口腔管理に対する近年の需要増を加味すると、必要数は19万9,821人と推計されています。2)
そこから、今後の業務効率化を、
- 3%と仮定した場合:19万3,827人
- 5%と仮定した場合:18万9,830人
としています。2)
つまり推計の考え方は、
基本需要18万7,606人
↓
在宅・口腔管理需要を加味すると19万9,821人
↓
そこから3~5%の効率化を見込むと18万9,830~19万3,827人
という構造です。

需要を増やす力と、減らす力の両方がある
厚労省資料は、歯科衛生士需要が一方向に無限に増えると仮定しているわけではありません。
業務量を増やし得る要因としては、
- 高齢者の根面う蝕
- 健康意識の高まり
- 歯科健診の普及
- 歯周病の重症化予防
- 口腔機能管理
- 周術期・回復期の入院患者の口腔管理
- 在宅歯科医療
- 多職種連携
などが挙げられています。2)
その一方で、
- 小児う蝕の減少
- 情報通信技術の活用
- 医療のデジタル化
- 文書作成・管理の効率化
- 歯科医療機器の進歩
- 適切な業務分担
- 組織運営の改善
- 診療所の機能分化や大規模化
などは、必要な業務時間を減らし得る要素として考えられています。2)
将来の需給は、患者側の変化だけでなく、医療制度、働き方、技術、医院運営によってかなり変わります。
2035年の不足は「決まった未来」ではない
ここは非常に大切です。
厚労省は、離職防止や復職などによって就業率が改善するシナリオも計算しています。
条件によって2034年の供給推計は、約18万9千人から24万人台まで大きく変わります。2)
したがって、
「2035年には必ず歯科衛生士が何万人不足する」
と断言するのは適切ではありません。
そもそも需要推計は2035年、供給推計は2034年で、厳密には同一年の直接比較でもありません。
現在に近い就業構造が続けば需要が供給を上回る可能性がある一方で、就業率が改善すれば供給が需要を上回るシナリオもあります。
将来不足は、決まった運命ではありません。
では、何を変えればいいのか
ここまで見てくると、歯科衛生士不足に一つだけの解決策がない理由が分かります。
養成課程の入口では
- 歯科衛生士という職業を進路として選んでもらうこと
- 社会人・既卒者を含めた幅広い入口を考えること
- 将来のキャリアを描ける教育を行うこと
新人時代には
- 技術を学べる環境
- 質問できる環境
- 失敗を一人で抱え込まない仕組み
就業後には
- 給与・待遇
- 労働時間
- 休暇
- 人間関係
- 職場の安全性
- 専門性を発揮できる仕事内容
ライフイベント後には
- 短時間勤務
- 柔軟な勤務時間
- 復職研修
医院側には
- 歯科助手や受付との適切な業務分担
- 記録・事務作業の効率化
- 一人が休んでも補える体制
- 専門職として成長できる教育体制
が必要になります。
単に「学校を増やせばいい」「給料を上げればいい」「復職してもらえばいい」という一つの対策だけでは、今回見てきた構造全体には届きません。
デジタル化は、人を減らすためではなく、専門職の時間を戻すために
電子カルテ、予約管理、情報共有、文書作成、診療記録。
こうした部分が効率化されれば、同じ勤務時間でも患者さんに向き合える時間を増やせます。
厚労省の将来需要推計でも、業務効率化を3%、5%と仮定したシナリオが示されています。2)
ただし、デジタル化を、
「歯科衛生士そのものを不要にする技術」
と考えるのは少し違うと思います。
歯肉を見る。歯周ポケットを測る。器具を操作する。患者さんの話を聞く。生活習慣を一緒に考える。高齢者の状態変化に気付く。
こうした専門職の仕事まで単純に消えるわけではありません。
当院でも以前、「歯科電子カルテを2030年ほぼ100%へ――年間いくら払い、何時間楽になる?」で費用対効果を検証しましたが、デジタル化の価値は「導入した」という事実より、何時間の作業を減らし、その時間を何へ戻せたのかで見る必要があります。
「歯科衛生士不足」は、人数だけを数えても見えてこない
改めて最初の数字へ戻ります。
就業歯科衛生士は14万9,579人まで増えました。
しかし供給側では、
- 養成校の定員が埋まらない
- 若年人口が減る
- 卒業後に離職する人がいる
- 一度離れたあと復職する人もいる
- 働ける曜日・時間帯が人によって違う
- 地域が違う
- 必要な経験・技能が違う
- 現在の就業者増を中高年層が大きく支えている
という条件があります。
一方、需要側では、
- 高齢になっても歯が残る
- その歯を長期間管理する
- 歯周病の重症化・再発を防ぐ
- 歯科健診を受ける人が増える
- 口腔機能を評価・管理する
- 在宅へ出る
- 病院でも口腔管理を行う
- 介護職・医療職と連携する
- 新しい歯科衛生士業務が診療報酬で評価される
という変化があります。
だから、
「歯科衛生士が増えたのだから、不足は解消するはず」
とはならないのです。
歯科衛生士不足とは、歯科衛生士そのものが減っているという単純な現象ではありません。
必要な地域、必要な時間、必要な技能という条件を満たす供給に対して、求人・配置・業務の需要が上回る場面が生じている。
そして厚労省の将来推計でも、現在に近い就業構造が続けば、将来の需要が供給を上回る可能性のあるシナリオが示されています。一方で、就業率改善や業務効率化によって、その関係を変えられる可能性もあります。2)
もう一つ興味深いのは、この不足が必ずしも歯科医療の「失敗」だけから生じたわけではないことです。
歯を残せるようになった。
予防を重視するようになった。
治療後も長く管理するようになった。
高齢になっても口から食べる機能を守ろうとするようになった。
入院やがん治療の場でも口腔管理を行うようになった。
言い換えれば、日本の歯科医療は、
「悪くなった歯を治す医療」から、
「口の健康を長く守り続ける医療」へ
少しずつ重心を移してきました。
その変化の中心にいる職種の一つが、歯科衛生士です。
14万9,579人まで増えたのに、それでも足りない。
その一見した矛盾は、現在の歯科医療がどこへ向かっているのかを、かなりよく表している数字なのだと思います。
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